2023年12月31日日曜日

年越しとは言うけれど、残念な最終日

 二日連続の当直が明けて家へ戻りました。

朝の五時に訳の分からない病棟からの電話で起こされて病棟へ行ってみると、ある患者さんに関していろいろと事前の報告が欠けていて「残念な状態」での診察開始。入院時点では心房細動の無かった方が1分180回程度の頻脈状態になっていました。検査を幾つか行い治療を導入して安定化。

病棟で連絡してきた子は職位のポジションを上げるという事に関しては熱心と師長からは聞いていたのですが、実務の勉強のほうが全く追いついていません。病棟のには時々そういう子達が居るのですが、必ずしも実力が伴っている人材ばかりではないのが残念なところです。

こういうのは学校で教頭、校長になろうという事に関して積極的な人物が「必ずしも」人事管理等で優秀な人物では無いように、そして現場の生徒たちから信頼されている人物では無いようなものです。w

さて、睡眠時間が変な事になってしまって体のリズムはおかしなことになった為、副院長に病院内の問題のある患者さん達に関する申し送りを行って帰宅。家に帰ってからは更にひと眠りして昼過ぎまで気を失っていました。

夕方前には起きだして息子を連れて年末のモールを散歩したのですが、人手はそれなりに多く年末年始の食材の買い出しで賑わっている感じでした。

家ではWBCの回顧録の様なものをやっていました。更に数年ぶりに紅白歌合戦を脇目で観ていましたが、それもチラチラ見る程度。出ている歌手の皆さんも知っているのは半分を超える程度という感じで、中学の時に親父を見ていた自分の感覚はまさに今の自分の子供から浴びている視線と同じなのだろうなと心の中で苦笑いでした。

今日の夜は地下鉄が終夜運行というのは知っていましたので、日本酒をくいくいと飲んだ後、何時も行っている神社に向かって地下鉄駅へ一人で向かいました。何事も一人の時間は大切だと思っていましたが、今年の夏からは殊更それを自覚しましたので、今夜も一年の締め括りとして神社に向かいました。

神社は近づくにつれ正規分布曲線の山を片方から登る様に人が増えていきました。そしていざ近づくとはるか遠くに並びの終末がある感じ。ガックリです。列に並ぶのが嫌いな私はココから離れて周囲を散策。

2023年最終日の夜に遠くで追いかけっこをする珍走団の爆音が聞こえていたのでした。2024年は前厄。何というか、また人生の運行的にいろいろな事が起きる年ごろになってきたという事でしょう。気を付けたほうが宜しいのでしょうか。

そう言えばもう一つ年末に残念なことが。年末に応募したマクドナルドの福袋が外れているのに気づきました。これで2年連続の外れです。orz

2023年12月30日土曜日

坂田師匠の訃報

年末になって悲しい報せが入ってきました。

アホの坂田こと坂田師匠がお亡くなりになったとのニュースがネットニュースを開いた時に目に飛び込んできて愕然としました。自分にとって脱力系の笑いの原点は坂田師匠。なんとも言えないハラホロヒレハレ感が私が反応できる人生最初のテレビからの笑いとしてドリフと共に幼い自分に入ってきたと思っています。

死因は「老衰」との事でしたが、82歳で老衰というのはギリギリ私なら書かないかなと云うところですが、恐らくこの判断をされた医師はその言葉以外に適切な言葉が思いつかないほど自然な流れの中での師匠の永眠だたのだろうと推測されます。

私も90位の歳を境にして、それより若ければ明確な死因として急性・慢性疾患の延長上の病態としての死を迎えられた方には慢性心不全・慢性腎不全・誤嚥性肺炎などの個別の死因を詳記することはありますが、90を超えてくるといろいろな病態が複雑に絡み合っていたりいなかったりという状況ではあっても、実際には老衰という記述を以てそれを置き換えることもあります。

90歳まで生きれば正直もうお祝いに近いというのが私の本音です。勿論、正確な死因の記述は我が国の統計の基礎ですから義務として可能な限り死因を書き込みますが、それが出来ずに本当に生物として「細胞の時計」が時を止めたとしか言えないような無くなり方も自然の形としてあるのです。

例えば心臓が止まった、呼吸が止まったからと言って心不全、呼吸不全というような死因の記述をしてはいけない、という注意書きもありますので、殆ど死因の記述をした事の無い科の人にとっては死亡診断書を作成する事は結構敷居が高い事なのです。

最後になりましたが、私の愛した「アホの坂田」師匠の安らかな出発に掌を合せたいと思います。師匠、お疲れさまでした。アッチでもたくさんの方を笑わかせてください!

2023年12月29日金曜日

仕事場とパソコン内の大掃除

いよいよ年末も押し迫ってきました。

こういう時は掃除をする良いチャンス。看護師さん達は病棟の中やナース・ステーションを大掃除したのが仕事納めの日でしたので、私の個人的な仕事場大掃除は随分とズレてしまいました。

まず最初にやり始めたのは600通近くにまで膨らんでしまった未読のメールの片付けでした。これでもGmailのガチガチのフィルターを通ってきた正式のメールばかりでここまで溜まっているので、単純に私自身が読み切らないで溜まったものだったのですが。

Gmailは迷惑メール等といモノはほぼ完璧にシャットダウンして通しませんので、残っているメールをタイトルに従って眺めていくのですが、メールの中身の80%程度は医学系のモノ。しかし、企業の提供する医学系の情報は時間が経つとリンクが切れるタイプのものが多く、今回チェックしてみた所一年ほど前の古いリンクは半分程度はリンク切れとなってしまっていたため、逆に捨てるのは思い切りよくできました。

格闘する事一時間程度でメールの数は1/3の200をギリギリ切るほどにまで減りました。これでメールはある程度年末状態というのを迎えることが出来ました。その後はフォルダーの中から要らないモノをサクサク捨てて掃除。これは直ぐに終わりました。更にWindows One Driveの切り離しを行いさらにシンプルにしてPC関連は終了。

最後は物理的にデスクトップを乾拭きして要らないと思える書類をスコスコと捨てて厚さを半分に。もともと私のデスクトップはミニマリストの何もない奇麗な机ですので、本棚の方を少しだけ整理するだけで終了でした。

こうして病棟の落ち着いている日の当直の夜は更けていきます。

2023年12月28日木曜日

貧乏暇なし

世間では年末年始に10連休なんていう人達もいますが、私には無縁です。

この時期どうしても登頂に入りたくない、もしくは他の病院でのより割の良いバイト当直に精を出す人が居るためにその隙間を補う役目を負わされてしまいます。まあ、XX長等という役職を与えられていると、その名前に応じてしなければいけない「やりたくない業務」等というものが入ってきますので、なかなか面倒くさいもんです。

取りあえず年末は二連直。今年まではなんとかこれで行きますが、寝当直レベルであればこれでもギリギリなんですが、実際は働き方改革上やっていく事は避けたい当直です。

何というか病院内には年末感というのは全く無くて、精々が週末の延長。特にこうやって仕事を強引に当て嵌められているような状況では楽しみもありません。

と云う訳でやることは必然、映画の視聴や勉強、そして読書など。あとは少しビクビクしながらエルゴメーターで一時間ほどrowingして500カロリー+αほどのカロリーを消費しています。病院内にあるリハビリ室に置いてある自分のマシンでやっているんですが、トレーニング中にPHSが鳴らないことを祈りながらのワーク・アウトです。

今日の隣の精神科当直の先生は当番日に当たっているのか「物凄い数」のコールが鳴りっぱなし。統合失調の女性なのでしょうか大声をだしながら受け付けの横で警察の方と疲れた表情の家族さんに付き添われて薄い暗闇の中で走りだしそうな様子でした。

こういう時の内科医の私は全く出番なし。

そもそもこういう状況でやってくる多彩な精神症状を示す人達の正確な診断など出来る訳も無く、実質的には病棟において内科的問題がある人達の内科的問題の解決に最大の努力を払う事が精々です。

こうしたシュールな状況の中で二人の医師が当直する年末深夜の精神病院の夜は更けていくのでした。

2023年12月27日水曜日

まるで夜逃げ!

訪問診療のバイトが終わって、職場の後輩の引っ越しを手伝いました。話は数日前に遡ります。

実は自分の働いている病棟のナース・ステーションにいつも一生懸命病棟で働いている若手がやってきました。するとそこで師長とこの若手の間で始まったのは年末の急ぎの転居の話。種々の事情で今住んでいるマンションを出なければならないとの事。

しかも話を気にもせず聞いていると、後輩は車を持っていない状態かつ今年中に今住んでいる所を出ないといけない等という切羽詰まった状況だという事を「たまたま」病棟で知ってしまいました。その哀れな若者に住んでいる住所を聞いたところ何と自分の働いているバイト先の病院からかなり近いところ。車なら数分で移動できる距離でした。

そこで・・・ちょっと親切心を起こして、傍でカルテに記入していた私は「X君、もし待ち切れるんやったら仕事が終わった後に荷物ちょこっと運んだろか?」とオファー。まあ、オジサンの年末奉仕という感じで話を切り出してみました。最初は「え~っ」とか「いや、申し訳ないっす」とか言っていたのですが、私の方から逆に「そんじゃ車とか引っ越し業者とかもう手配しとるんか?この時期に急な引っ越しの依頼とか絶対頼めんし、見つかったとしても相当ぼられるゾ!」と言ったところ、本人は急に真面目な顔になって黙りこくってしまいました。

そこで、話を切り上げ「手伝っちゃるから待っとき!」と言ったところ素直に従う事に。

私のバイト先での仕事が終わるのが6時なのですがこの時期は既にもう外は真っ暗。新人君の家に着いてまとめておいてもらった荷物を私の車の中にバンバン積み込んでは新居へ、そしてまた元の家へ戻って残りの荷物をガンガンと積み込んで新居へ。こうやって真っ暗な中で、二回荷物を積み込んでいく様は誰がどう見ても「夜逃げ」でした。w

作業自体は本当にスムーズに終了したのですが、何だかカッコ悪い引っ越しとなりました。しかし、新人君からは猛烈に感謝されて仕事は終了。この時点で全く何も食べていなかったのですが、そもそも今日の夜食はこうなることを予想して朝の時点から外で食べると決めていたので、新人さんを千種の本郷亭に誘って白湯麺を注文。腹が朽ちると急に眠気が襲ってきましたが、最後の力を振り絞って彼を家に送り届けて本日の業務は終了。

朝の早い段階からのバイト仕事と合わせると長い長い一日でした。まあ、新人さんのお金をセーブすることが出来たと思えば良い一日でした。






2023年12月26日火曜日

何にもないクリスマス

今年のクリスマスは本当に行事的に「無」でした。

いわゆる「行事」として家族が何かを揃ってすることも無い淡々とした日々の連続があっただけ。普通の夕食を食べてそれで終わり。息子達はアイスのカップケーキの様なものを食べていたようですが?

アメリカに居た頃はハロウィーンが終わるや否や(日本の標準サイズからすると)でっかいクリスマスツリーを屋根裏から引っ張り出して来て皆でワイワイと飾りつけをしていたものですが、日本に戻ってからはそんな事も無くなってしまいました。所詮はインスタント・クリスチャンである事がその根本なのでしょうが…。

何もないクリスマスというのもまた乙なもので、本来はそこに居るべきでない人間が何だか他の宗教の行事を嬉々としてやっているという事自体が本質的には可笑しなことなんですが、そこは四の五の言わずに流れに乗るべきなのかと云うところ?なんでしょうか。しかし、オジサンはもうこの手の事には余り関心が無くて、他のより興味深い事に時間を割くのが面白い状況になっていますので、正直今の時期がクリスマス・シーズンである事さえ忘れがちになっていました。

病院の中に飾ってあった大きなクリスマス・ツリーも三人の事務員の手でササッと片付けられてしまい、昨日までの「らしい雰囲気」というのは一瞬で消滅。日本のクリスマスは儚いものです。w

一方、アメリカの我が家は今住んでおられる日本人女性の方の手で電飾が奇麗に飾り付けられている写真が送られてきていて、実にあの辺りのアメリカっぽい写真が出来上がっていましたので、国が変われば行事も変わるという事で良いんだなと個人的に納得です。

まあ、アメリカに居た頃は新年などというものは休みでも何でもありませんでしたからね。上に書いたような国が変わればというのは正に字句通りです。中国人の看護師さん達も日本での旧正月、中国での春節には結構普通に二週間くらい帰ってしまいますし。

とにもかくにも、何もない平凡な12月25日という年末の一日でした。

2023年12月25日月曜日

大工という仕事が希少種に?

ネットで見たニュースに改めて人口減少と職種の変化と言うものを実感しました。

3K等と言う言葉が生まれて久しくなりますが、大工なども実際にそういった仕事の範疇に入れられて相当長くなっています。しかし、私の頭の中では大工などと言うのは創造性のある人、モノを造るのが大好きな人間で手先の器用な完全主義者みたいな人が目指す素晴らしい仕事なのかなと思っていますし、その考えは今も変わりません。

しかし、実際は大工の多くは低所得のまま。キリストももともとは大工だったというのは有名な話ですけど、人の住む家を建てる仕事がどうしてここまで買い叩かれるのか本当に理解に苦しむところですが、実際は日本の建築業界における重層的な搾取構造がその根底にあるようで、大手建築会社による子請け、孫請け、曾孫請けと階層を重ねてピンハネをする仕組みでどの業界も変わらないのでしょうが日本の建築業界は本当に昔から典型的なコレ。

これでは宮大工になるようなレベルの賢く、意欲も根性もある人間をどうやって育て続けようというのでしょう。

もともとH12年に64万人いた大工がH22には40万、R2にはなんと29万7千と急速にしぼみ続けているとの事。しかも65歳以上が全体の3割と言うのですからこれから10年経ったらどうなるか、ちょっと考えただけでも恐ろしい程の変化が起きそうな気がします。

大阪万博なんかも建築をする人間自身が集まらずに四苦八苦しているという話が漏れ伝わってきますが、こういう統計的な数字を見るにつけそういった話はあながち「噂」では無いだろうなと言う気がします。

年収の平均が現時点では事業規模によって300万台の後半から400万台の半ばのようですが、こんなトンデモナイ数字でこれからも大工という職種を維持出来る筈もなく。これから建築の需要というのも減っては行くのでしょうがいくら何でもこの大工の人員減少は異常。そのうち需要と供給の関係から「選別された大工さん達」には大きな報酬が払われる時代が来るような気がするんですが、外れますかね・・・?

これから高いレベルの仕事が出来る大工さんには大きなチャンスが巡ってくるような気もするのですが、そういうシステムを逆に作り上げていく知恵を持った人にはこれからの大工仕事はブルー・オーシャンにならんかな?なって欲しいな。

2023年12月24日日曜日

年末の車の修理

病院へ行って昨日から気になっていた患者さんのその後を確認に行きました。

幸いにしてビックリするくらい元気になっておりまして、我ながら思わず「めでたしめでたし」と思う程度の変化でした。命が繋がって家族さんも顔の変化を見て喜んでくれたようでした。

その後も気になる患者さん達の居る病棟を回りに回って指示を出し続けてひと段落、クリスマス・イブも全く関係ない一日でした。でもまあ、こうやってこそこそ(ゴソゴソ?w)各病棟をゴキブリの様に移動することで何らかの良い影響が出るのであればお安い御用です。^^

さて、その後は先日来問題となっていた私自身の車のライトの問題を解決することにしました。私の車のLow beamがしばらく前から点かなくなっていたので夜間は走行できないような状況。十分に見えるのですが、この状態で走るのはリスクがあります。

そこでネット経由で自分の車のバルブを注文。純正品だと容易に5倍以上するのですが、ネットで評判の良いバルブを注文して商品の到着を待つ間に近所のDIYショップに行って必要と思われる特殊な工具も買い込んで待っていました。正直なところディーラーに行って作業を依頼すると容易に数万円が飛んでしまいますので、同じ作業を自分でやってアメリカに居た時の様に安くあげるのが目標です。

モノと工具が二つ揃ったので、病院の広い駐車場で作業開始。アメリカと違ってガレージが無いのが日本の家の悲しいところ。しかし、場所は見つけれああるという事で病院を選びました。ここなら休日は誰にも邪魔されずに仕事が出来ますからね。

ボンネットを開けてYouTubeで見た通りの手順で作業開始。時々「?」と云うところもありましたが、特に大きな問題も無くバルブを交換。10分ほどバルブを空焚きして問題ないことを確認し内部へ再挿入。両方とも交換して無事終了しました。

ヨーロッパ製のバルブシステムは初めて見たのですが、内部のガラス・ケース内に砕け散る感じでその破片が散らばっていて驚きました。

最後の最後にビームの光軸を合わせて終了。お金をセーブするという意味では充実した午後を過ごすことが出来ました。新車どこの車を買ってはや7年ちょっと。大事にすれば幾らでも乗れるとは思っていますが、自分で整備する場所が少ない事と部品代が高い事を考えるとそれがどこまで通用するのか。

アメリカとの違いを感じるのでした。

2023年12月23日土曜日

先生、訴えられるよ…

今の日本でこのセットアップは不味いよな。

先生、患者さんの御家族の気持ちを解って無いよなって思う事が病棟で発生したようです。「ようです」と言うのは昨日の夕方、家に帰る直前に私がその先生に呼び出されてある患者さんが急変しているとのことで、病棟に入り種々の処置を施した後で「恐らくこれなら何とか小康状態を保てるか?」と言う状況を期待できるものと変わりました。

しかし、90を超えようかと言う御歳。しかも基礎疾患としてかなり末期的なものが幾つか重なっていましたので、私を呼び出した精神科の女性には主治医として「家族に急変の可能性が高い事を説明を十分にしておくべき」というsuggestionを行いました。

直ぐに電話をして家族さんに電話が通じたのですがその後がいけなかった。orz

実はこの先生、5時前に説明をした後にサッサと家に帰ってしまって連絡もつかない状況に…。ところが、この家族さん直後にもう一度聞きたいことがあって電話をかけてきたのでした。主治医の先生が患者の危篤状態で五時直後に居なくなっているという事に強い不満を持たれて様で、電話越しにかなり嫌味一杯の文言を残していったとの事。

恐らくこの主治医センセイ的には十分説明を行って「もう私の精神科主治医としての仕事は終わった」と思われたのでしょうが、もう少し患者さんのそばに寄り添ってあげるべきではなかったかと。

アメリカであれば定時に終了してそこからは体を触りもしないで次の先生にガッチリ引き継ぐという事になるのかもしれませんが、そもそも日本はそのようなドライかつきちんとしたセットアップは出来ていません。

こういう時に「もし」直後にこの患者さんがお亡くなりになるような事があったら?

私はそういうところの誠意と言う対応の差に裁判の火種と言うのがあるような気がしてなりません。



2023年12月22日金曜日

統計処理の能力は文字を書くのと同じくらい大事な能力

「解析に適切なパラメータを適切な手段で収集してそれを業務に活用する」という事が全くできない部署は悲惨です。

あのデータはどこにある?あの人に関する記録はどこに?というような検索型のデータでさえ一々紙のファイルを探しているような部門はまずオワコンですし、会計業務や労務管理におけるデータを使った種々の解析が出来ていない部署などに至ってはほぼ存在意義さえ無いと私は思っています。

しかし、私は個人的に思っているんですが、日本の組織というのはこの手のデータアナリストの重要性がほとんど理解されていないのではないかと強い危惧を持っています。その結果、企業や自治体においては適切なデータを求める人間はおらず、適切なデータを収集するような命令を出す人間も居らず、例えデータが集まってもそれを適切に解析できる人間が居らずというような寒々とした世界が広がっている訳です。

日本が出してくる行政の広報に一体どれだけの頻度で適切なグラフによる解析結果が提示された統計が出てくるでしょうか?少なくとも名古屋市においては多くの場合はエクセルによる数字の羅列がダウン・ロードできる形式でウェブ上に上がっているだけで終了というパターンが多すぎます。

お役所の仕事は実際はココからが始まりの筈なのですが、スタート地点で終わってしまっている例が殆ど。文言による解説は当然あるとして、その解析(しているとしたら!w)や説明の妥当性を裏付けるグラフ解析の結果が殆どの場合に提示されていないのです。orz

税金を徴収するのは全く構わないけど、その程度の基本的な事も出来ないような連中は本音を言わせて貰えば、本当は全員「馘首」にして欲しいところです。

統計学は黄金の学問の一つ。その基本のキが出来ない人達に都市計画や未来のプランを語って欲しくないと思うのは私だけでしょうか?

2023年12月21日木曜日

名古屋のインチキ医療

世の中は悪い奴が多いですね。しかも医療系の!

名古屋にも怪しいクリニックが幾つかあって、疲労回復の点滴とか脳波の解析とか言って無辜の人々から金を巻き上げるのを何とも思わないそういう「医療を標榜するインチキ野郎共」が蠢いているようです。

その事を知ったのは精神科のある病棟の看護師さんのふとした一言から。

「脳疲労」の治療をしなければならないからお金が無いと言うのです。この前ボーナス貰ったばかりの筈だが?と思ってもう少し聞いてみました。そもそも「脳疲労」等という言葉は医学部の授業で一度も聞いたことが無い言葉。(授業はほとんど出ていませんでしたが…)

そして、こういうインチキ・クリニック系に有りがちな怪しい診断装置が・・・有りました!QEEGの検査からその先に経頭蓋磁気刺激等というものの照射によって50万とか80万とかいう金を巻き上げていくのです!

其々の説明のコピーというのを見せて貰ったのですが、噴飯物の似非科学の羅列そのもので、こういう「ギリギリ真実の理解できない際モノ」に尤もらしい説明を付加してその「信者」から金を吸い取り続けるというトンデモの世界。

信者の集合体ですから、そのウェブサイトには金を巻き上げられて嬉々としている信者が書き込む高評価機関になっているのが又グーグル様の罪深いところ。

一番笑ったのはその測定が一回に2万弱なのですが、その診断結果に「あなたの頭は混線しています。治療が必要です!」という文言を見つけたこと。コ・ン・セ・ン!医学用語にコンセンって言葉があるんだって気づいた瞬間でした。(勿論ありませんが^^)

それがどれほどのインチキなのか、近くにいた神経内科の脳波読みの専門家の先生と大笑いしながら説明。彼女は「お金を大分払ってボーナス消えました」ってしょげかえっていました。気の毒でしたが、こんなものに騙されちゃいけませんよ、医療関係者ともあろう者が。orz

2023年12月20日水曜日

病院に行ったことが無いんですよ!(*`ㅅ´*)ドヤッ

毎度毎度、こういう患者さんが登場してきます。

役所からの依頼で検査入院となった患者さん、開口一番「先生!私は病院に行ったことが無いんですよ~!」と本当にドヤ顔で言ってくる人が居るのです。しかも一度や二度などというものではありません。

このタイプの人達には凡そ二種類あって、一つ目は病院に世話になったことが無い事をひたすら自慢したい人。どっちかと云うと体の丈夫さのアピールが主目的。そして二つ目は病院というものが嫌いで、検査など受けるのは真っ平御免!という感じの人々。

しかし、結論から言うとこのどちらのタイプも病院で検査を受けて種々のスクリーニングを行うとその反動が体の中にバッチリ出てきている人が「非常に」多いのが残念な事実。そしてその検査結果をご本人に告げると反応はまさに二分されます。

こう云った「病院に行ったことが無い」系の人々というのは実際には役所依頼で病院にやってきた時点で家族から縁を切られていたり、一人暮らし歴云十年という感じが普通。子供はいるけどもう何十年も会ってないというパターンが多いのです。

その間に酒浸りになっていたり、本当に低栄養の出鱈目な食生活を送っていたり。

結局そういった日常の何十年分もの積み重ねがびっくりするような病変を体に形成させたりしているのです。そういう人物を見ていると、実質的な独身男性状態というのは病気というものにとっては疾病の孵卵器の様なものなのでしょう。

嗜好品に偏った食事、多い酒量、桁違いの喫煙量。そして何よりもそれらを指摘してくれる配偶者やパートナーの不在。対話の相手も無くて頭に対する刺激が入って来ない状況の連続。体も頭もそれが健康を維持する条件とはとてもとても思えません。

願わくは検査入院で見つかった病気が治療可能なものである事。見ていると、元気が自慢だった人が多い分、精神的な凹みが出やすい事も多い感じです。

検査入院の後は元気になってまた働きに出たり、適切な施設に出て行ったりしてくれると私達としても来て頂いた甲斐があるというものですが、100%はそうならない所が少し悲しいです。


2023年12月19日火曜日

次女の挑戦再び

次女が再びアメリカのアート・スクールに挑戦しているようです。

何とも厳しい挑戦だと親の目から見ても思えるのですが、次女にしてみれば己の作品と文章を通じてインタビューの壁を潜り抜けることになります。極めてアメリカらしい選抜方法ですが、これにはもう一つ推薦状という重要なキー・アイテムが入ってくるとの事。

娘によるとやはりエッジの所では著名人による推薦状は爆発的な推進(推薦)力を持つのは確実で、知り合いでの実例を列挙してくれました。確かに「例えば」ノーベル賞受賞者がある人物を強く推薦したとしたら、まずはその人物と会ってみようか?等という事になるでしょうが、それから先は?

果たしてアートの世界のような資格試験とは無縁の世界の戦いが入学後にも保障されるのかというと絶対になかろう?というのが何も知らない親父としての考え方。

資格試験の延長線上に存在する医師の様な仕事は未だ「ヤブ」であっても食いつないでいくことが出来ます。しかし、アートの世界はまさに実力の世界という気がするんですよね。無論、何らかのハロー効果で一時的には有名になるような事が起きる人物というのは発生はするんでしょうが、そのような人の作品が歴史という時間の試練に残るのかな~という考えもぼんやり浮かんできたりはするんですよね。

それと、アートの値段の世界をそのアーティストの成功の基準にするのもどうだか…という気もします。画商たちが自由自在にそのアートの価値を左右することに心血を注いでいるという話はフツーにネットで読めますし、実際にバスキアなどのアートの値段、その他の有名現代アーティストの値段などもかなりいろいろと複雑な手法で値段の維持が図られると聞いています。

こういう定量化できないモノの世界の話というのは本当に複雑怪奇ですよね。

話は横に大きくズレてしまいましたが、今持っているアートの作品群を以て今回3つほどチャレンジするようです。頑張れ!とは思いますが、それ以上のことが出来ないのが何も知らない親の情けないところです。

2023年12月18日月曜日

違法じゃないけどヤバい事

職場の人間で(私とは関係のない部署なのですが)自分から「アル事」が原因で辞めていった人間が居ます。

何で?と思ったんですが、その女性が私に面白おかしく教えてくれたのは、それを聞いた後に思わず「マジすか!」と自分で声に出してしまったような事でした。

その中身は大変シンプルで、ちょっと職場で問題があると思われていた人が自分のスマホを使って皆の会話の中身を全て録音しようとしていたのでした。何故バレたのか?ここがその女性の間抜けなところなのですが、そのソフトは音声を感知して録音を始めるときに「録音を開始します」と音を出すんだそうですが、その音を出さないようにしていなかったというのです。w

結局、その女性が仕事場でそのスマホをポケットに忍ばせていた時にこの「録音を開始します!」という元気な音がシーンとした小部屋でドーンと鳴り響き、皆が騒然となったとの事。想像に余りあるカオスですが、その日以降その女性はもう来なくなったそうで、暫くして辞表を出したという事。

何というか…その部署で何があったのか想像する事さえできませんが、コメントの出しようもありません。そこで上に書いたような「マジすか!」という話になってしまった訳です。私の様なシンプルな人間にとってはそういう事を職場でやっちゃうという一線を超えた瞬間の事を考えるだけで何だか脱力してしまうのです。

ところが、今日また別の話を聞いてしまいました。それは、別の部署である人物の机の上に「盗聴システム」が付けられているのが見つかったというもの。その人物は私の業務上でも関係のあるある女性なのですが、どうやら部下の声の録音を行って自分の事を悪く言っていないかスクリーニングしているというのですが。

見つけた人は実は私には見つけた事実を写真と共に教えてくれたのですが、それを見て「う~ん」としか言えませんでした。

そういうのを見せられると、それ以降はやはりどうしてもその人物を色のついた眼鏡で見てしまいますよね。残念ですが。

しかし、この盗聴という行為は日本の法律上は違法じゃないんだそうです。驚きですが。個人の情報を漏洩したり、それを使って脅したりした瞬間に訴えることは可能なんだそうですが、その行為自体は合法というのは改めてネットで調べて驚きでした。

まあ、そんな事をしていることが皆にバレた瞬間に並の神経の持ち主ならばそこには居れないでしょうけどね。


2023年12月17日日曜日

認知症というのは・・・

認知症で入院して「なぜ食べられないのか」という疑問を持たれる家族さんがいます。

私の方から説明させて頂くのは進行する認知症というのは残念ながら、記憶のみにダメージを受けるだけではないのです。感情やその延長上にある性格、そして睡眠や視覚・聴覚なども大きなダメージを受けます。そして最も大事なのは食欲や嚥下能力をを含めた「食べる」という事全般に関するダメージ。

昨日まで元気だったのに急に食べなくなってしまって、その後に頑張って食べさせようとしたら今度は咽(ムセ)てしまって、夕方には熱を出して…等という誤嚥の典型的なパターンを辿ってきた話を私達医療者側に改めて説明する事になったりするわけです。

しかし、何故認知症がそういう事態を引き起こすのかという脳神経のレベルから説明をしても実際にはなかなか理解できないお話。それも無理はありません。それでも可能な限り分かりやすく説明をしていくのですが、なかなか理解出来無い人々が居る事は仕方がないと思っています。

老いの途上で出現する様々な障害。生物としての終わりの始まり。

勿論様々な方法でそれから逃れよう、遅らせよう、改善しようという努力は続けられますがそれでも時間と共に残酷に進んでいく針に抗う事は今の医学ではまだまだ至難の業なのです。

それでも、患者さんの御家族の中には「食べられなくなるのはおかしい」という認識をされる方が少数ではありますが存在していて、説明する側も難渋することがあります。ほとんど宗教の様になって「何らかの方法で助けることが出来るはず」という事を言われる方も。

そう言われる方には他の病院や施設をいつでも御紹介しているのですが、そこまで来ると却ってこの病院に置いてくださいという謎のリアクションをされることもあってこちらとしては思わず「うーん」と言ったことになるのでした。

思い込みにとらわれず現実を理解できる御親族をお呼び頂きたいと願うのですが、そのような親族が存在しないお年寄り夫婦も多く、日本語ではなく理屈の理解の壁に苦しむこともたまにある私の日常です。

2023年12月16日土曜日

変体仮名が読めません

最近になって万葉集や種々の和歌に興味が湧いています。

自分の場合、もとは百人一首からの流れですが、百人一首自体は日本人であれば中学高校の頃には少なくとも一度は聞いたことのある歌ばかり。しかも百人一首だから人口に膾炙している歌ばかりであろうというだけでなく、明らかに優れた歌が選ばれているという当たり前と言えば当たり前の事実に「やっぱり残るよね、コレなら」という感想を持たざるを得ません。

韻、暗喩、全体の言葉の選択なども間違いなく素人にもわかるレベルで「差」があることは明らか。実際に古今和歌集やその他の撰集を見てランダムに歌を詠んでみても、良いんだけどやっぱり百人一首と比べると結構落ちるな~っていうのが正直なところ。

と云う訳で、その百人一首や古今和歌集などの大元の写本などを国会図書館のデジタル・アーカイブなどで読もうとするのですが、これがもう全く読めません。orz

厳しい理由は主に「変体仮名が読めない」という一点に集中しています。
私の錆びついた小さな脳ではその形をなかなか覚えきれないのです
上にあるような崩し字が読めることがまず第一関門なのでしょうが、それ以外にも「字母」が異なるためにおなじ「あ」でも違う字が幾つも使われていたり…等という感じで、上に書かれているのは所謂「代表的」なモノばかりですから、少なくとも代表的なものだけでも100は知らないと「読む」という夢の鳥羽口にしか立てていない訳です。

その先の夢はこの変体仮名を「書く」という世界なのですが、現代文でさえ異様に下手な字しか書けない己にはまさに夢のまた夢。w

これからも少なくとも古文を原文そのままで読んで格好よく味わいたいものです。次回の初夢としましょう。

2023年12月15日金曜日

コロナを超えての忘年会

ある病棟の忘年会が本当に4年ぶりに開催されました。

病院から少し離れた所にあるのですが、忘年会でのみ使っていたその店に入ること自体が本当に4年ぶり。懐かしさで昔の様子が脳内にフラッシュ・バックする感じでした。

師長の挨拶で始まり乾杯の音頭を別の医師がたどたどしく述べてすぐにカニを食べ始めました。まあ、所詮こういうところのこういうカニですから「それなり」のものでしか無かったのですが、要は大事なのはソコじゃ無くて皆が集まってマスク無しで話が出来るという時代が日常に戻ってきたという事。

周りのいろいろな若者達の話を聞いていると日頃のいろいろな考え方がいろいろな口から私の耳の中に流れ込んできます。常々顔を合わせる病棟では聞けないような話が聞けました。しかしそれはそれ。隣に座っていた看護副部長等とも常には聞けない話を聞き、意見交換を行い互いの認識が一つの方向を向いているのかどうかなどの確認が出来ました。大変有意義な一次会も暫くして終了。

今日の部屋の貸し切りの時間が告やって来て次は藤が丘駅へ移動。まだ皆ワイワイ大はしゃぎ状態で、いよいよ二次会という感じです。私自身はここから地下鉄に乗って私が最近贔屓にし始めたある酒屋にコッソリ行くつもりだったのですが、若手達が私に纏わりついてきて逃げることが出来ませんでした。w

まあそれはそれで可愛いもので、彼らの親相当の年齢である私としてはついて来る彼らを遠ざける必要もありません。一緒に連れて行ってそこの御主人にちょこっとだけ紹介し飲酒開始。ところが、これがまさか朝まで長引くとは開始時点では全く思っていませんでした。

もう大概この子達も酔っぱらって終電も過ぎたどころかもう始発の電車が出ようかという頃に店を出て、ふらつく足元の男女を抱えながらまっすぐ歩かせ朝の名古屋の街をヒーヒー言いながら歩くのは何かの苦行の様でした。

途中池下の生垣の中に腹を出して寝ている若い兄さんが見つかり死んでる?と思い、声を掛けたら「あ~大丈夫です~」と生存確認の返答。「起きてね!死んじゃうよ」と声を掛けて更に先へ進むことに。

始発の時間ぎ来て其々の行き先を聞き取って間違いなく行き先が指せる方向だという事を確認する頃には彼らも酔いが覚め始めた様できちんと電車に乗って手を振ってくれました。

オジサンとしてはこんな朝まで若者と飲むのは猛烈に体力を使ったのですが、ソレはソレ。朝帰ってきて着替えだけしてベッドに倒れ込んだのでした。


2023年12月14日木曜日

95歳のお嬢様

病棟に誤嚥性肺炎が理由で施設から入ってきたおばあちゃんが居ます。御年95歳。

昭和3年生まれの95歳ですが、この年は張作霖爆殺事件、リンドバーグの大西洋横断の翌年、フレミングのペニシリ発見、イギリスで女性参政権の施行、昭和天皇の即位、ハウス・カレーの発売等があった本当に本当に私にとってさえ大昔の話です。(最後のはちょっとビックリでしたが)

このおばあさん足腰は衰えてしまってもう動かないのですが、頭脳はカリカリに回っていて何を話してもカ~ンと打った後の鐘の如く返ってきます。歳をとっても全く会話のレベルが落ちてなくて、80年前の話も何だか昨日の事のように話すという時々居る全く頭脳が衰えないタイプの人の典型例。

ある日、私がベッドサイドに行ってお話をしようとすると、逆にベッドの柵越しに向こうから話しかけて突然「先生、結婚してる?」との問いかけ。「何だろう、突然?」と思ってお婆ちゃんの顔を見つめていると問わず語り。

「先生、結婚はね、早くするもんじゃないよ」との謎のsuggetion…。

何故?という無粋な質問返しをしましたが、それに対してはお婆ちゃんは何故か無言。何らかの考えがあったのかもしれませんが、もう還暦になんなんとするオッサンも、お婆ちゃんから見れば結婚前の若者にでも見えたのでしょうか。w

私のほうから話を切り替えてお婆ちゃんに「お母さんはどこ生まれ?」と聞くと、御両親とも東京生まれであるとの事。その後、問わず語りで、生まれて成人するまで乳母二人とお手伝いさん達の居ない生活は経験したことが無いとのお話が出て来ます。お父さんは幾つもの会社をお持ちだったとのことで、自分自身も海外旅行ばかり行っていたとの事。

アメリカは一度も行ったことないけれど、行くのはほぼヨーロッパばかりとのこと。スイスなんかは小さい国過ぎて、マッターホーンは良いけれど、あとはレマン湖を観たら他に行くところ無かったとか、やっぱりよかったのはパリだね~とかいう話が出て来ました。

それよりも驚いたのは「若いころの友達が殆どアテネフランセにお勉強に行っていた」という話が出てきた時。嘘でこんな単語が出てくるわけがありません。その後、御両親も居なくなりご自分は施設に…という話だったんですが、95歳になっても気位高くしっかりとしている所は「そだち」に依るところなんでしょうね。

お嬢さんは死ぬまでお嬢さんのままなのでしょう。







2023年12月13日水曜日

デブのコントロール

やっぱり年齢と運動不足、そして食習慣が重なると中年以降のデブの解消は容易ならんもんがあります。

高い壁として自分の目の前に立ちはだかる生活習慣病に対する攻撃は全く成功しません。75キロという壁の周りをウロウロするばかり。基本的に一人暮らししていた時には食の質も低く、必然的に手抜き食で粗食だったのですが、家族が帰国してからの食生活は出されたものをただ受動的に食べるだけでなく、その後の生活時間帯も遅い時間にシフトしがちでこれがデブを助長しているのは明白です。(夜遅く起きていると腹が減って何か摘まんでしまう)

また、この摘まむという条件に当てはまる食べ物なんですが、家族が沢山いると冷蔵庫の中身も充実しがちで、それをどうしてもちょこっと~という悪癖がついてしまうのでした。

最近の生化学検査の結果をみていると、やはり時にASTやALT(昔はGOT、GPTと呼んでいました)の正常上限を少し上回ったあたりの所に数字が動いてしまっているのです。これは非常に良くないシグナルでして、実はNASH(非アルコール性脂肪肝炎、最近は呼び名もNAFLDと呼び名が変わり始めています)になり易いのです。

これが進展していくと、飲酒などとは関係なく肝硬変から肝癌へと進行していく事があるのです。そしてそのリスクの程度を計算するFIB-4 indexという計算式があるのですが、これが最近上昇気味。それが長引くのは大変恐ろしいことで、医者としては恥ずかしい事だと思っています。

最近は朝食を摂っても昼飯抜いていることが多く、それでも腹が減らなくなってきてはいるんですが、や症のコントロールという意味で総カロリーを何とか減らさないといけません。家族とは別に一人で野菜中心の食事に変える方向性も検討しているのですが、精々なれるのは次女と同じのペスカタリアン程度、しかも時には肉を食うというパターンになりそう。

毎日近所のFreshnesburgerのSoyburgerでも食べることにしましょうかね?
まあ、生活習慣をもっとどうにかせん事には何も変わらんのでしょうが。

2023年12月12日火曜日

息子も疲れたのかな

実は旅の始まる少し前(2日ほど前)から腹が緩んでいました。

そもそも洟が少し出るようになってから何というか下腹部に絶え間ないしかし非常に小さなサイズの不快感が波の様に私を悩ませていました。

恐らくは連続して夜に飲み続けたことに対する天罰が当たったのだろうと考えておりましたが、一番いやなのは「だからと言って」溜まっている便が出た訳ではないという状態だった事です。それが旅に出てからは一転して腹が柔い状態に…。

少しでも油断すると父親であるオノレ自身が息子を笑えない状態にならんとも限らない状態になりかねません。そういう決意のもとに向かった伊勢志摩だったのですが、運転していても万一渋滞に巻き込まれたりして「やらかし」状態が発生したら目も当てられません。幸いにして「ソレ」は旅の間中発せしませんでしたが、ホテルのトイレにはかなりの非インドで座り込まざるを得ませんでした。

便座に座って出てくるのは細い奇麗な茶色の軟便。尾籠な話ですが、旅の間中コレばっか。orz

それでも幸いなことに食欲そのものには影響せず、家族の行動にも影響せず私自身も行動に制限はかかりませんでした。

ところが、帰宅途中から問題が発生。帰りがけの車内での運転中の疲れ方が尋常ではなかったのです。単に渋滞に巻き込まれて云々というようなものでは無かったのです。しかも帰宅してからは熱まで。まずは麻黄湯を飲んでアメリカの容量のでかい解熱剤をサクッと飲んでソファで横になりました。

その一時間ちょっとすぎた頃…私は息子の嫌な声で飛び起きました。そうです、息子がてんかんの発作を久し振りに起こしたのでした。PCでYouTubeを視ていた息子が「ア、ア、ア、ア」という彼が発作時に出す声を出し始めたのが直ぐ判ったので弾かれるように息子の所へ。

スーッと背中側に寄り添い倒れないようにして様子を見るといつもの発作より少し緩い感じ。しかし、今回はそれが落ち着いたときに舌の先端を少しだけ噛んでいた様で薄く出血していました。まずはそのまま床に寝かせて布団を被せ一時間ほど休ませ、そのあと私自身が声掛けをして息子とともにベッドルームへ。

布団を被せると落ち着いた息子はそのまますやすやと寝息を立てて朝まで寝ていました。

やっぱり二泊三日のスケジュールの中でも行事が多すぎたのかもしれません。息子にはホテルの晩も、車内でも疲れを溜めないように良く寝かせていたんですけどね…。リズムという点でずれてしまったのかな。

てんかんのコントロールは本当に難しいです。



2023年12月11日月曜日

伊勢志摩滞在2日目の続き

実は、この時操船して下さっていた船長さんが興味深い話を幾つかして下さったのですが、実はこの方は水産高校を出て生物の養殖・栽培などを習っていたんだそうです。

そして、この英虞湾内で採れるというか皆が育てていってるアオサや真珠の話などもして下さったのですが、目の前に見えているアオサの養殖というん尾は実は物凄く繊細なものだそうで、網を張ってそこに仕掛けていれば良いというようなものでは「全く」無いという話を興味深く伺いました。

この船長さんの高校の後輩でアオサを生業としている人がいるんだそうですが、勉強のほうは正直出来んかったけど、何というか自然に対するセンサーというものが抜群に働くんだそうです。まあ、理屈を超えた何かという奴なんでしょうが。

アオサは当然育てる適温というのがあって、温かいとダメである程度寒くなるまで待って種を植え付けてその網を海面からある程度離して浸けてばっかりでもダメ、海面から離してばっかりでもダメという状態で管理していくものだそうです。更に難しいのは海水だけでもダメで、時には雨を貰っていわゆる真水の影響も受けないと育ってくれないという繊細な植物だという事。しかも、雨の降りすぎで赤潮が発生しそうな時などは遠く他の海面まで網を移動させるのだと言われました。

「というか漁業権が他のエリアにもあるでしょうに、その権利はどうなるんですか?」と問うたところ、使うか使わないか判らないけど使う可能性のある海面の漁業権は国(県だったか?)を通じて予め支払っておくものだとのこと。( ゚Д゚) そりゃ金かかるわなという話です。

他にも、アオサは一度の種付けで大体3回は収穫するんだそうですが、味は一回目のがやっぱりというか一番美味しくて、二番目、三番目と落ちていくのだそうです。何だかお茶と似てるな~ってな感想です。

クルーズの最後のほうで御木本幸吉翁の真珠作製成功までの極貧生活と、それを支え続けた嫁さんの暮らし、そして初めて真珠の養殖に成功した島を指さしてくれたりして教えてもらいました。幸吉翁の奥様は32歳で亡くなられており、貧乏が体を痛めつけたのでしょうか…。

その後の幸吉翁の世界への飛翔は誰もが知るところですが、最近は英虞湾内でも真珠養殖をする過程はずんずん減っているんだそうです。

さて、この後は以前も行った安乗ふぐのお店「まるせい」に行って、再びこれでもか!というほどのフグを食べさせていただきました。その後は以前行きたくてもタクシーだったために行けなかった安乗岬灯台に行ってその素晴らしい眺望に感嘆しつつも高さに怯えてさっさと降りて参りました。w

また、帰りの伊勢の道は亀山あたりから四日市に至るくらいまで物凄く混雑していて本当にフラフラになりながら帰って参りましたとさ。

2023年12月10日日曜日

伊勢志摩滞在2日目

朝はだサクッと7時に起きて食事を摂りに「あの」レストランに降りていきました。

レストランに入っていくと期待した通りのシンプルだけど猛烈に美味しい朝食が待っていました。下品な田舎者の私が言っても余り説得力はないし響くことも無いんですが、上品というのはこういう事だよな~ってしみじみと思わせるものでした。w

ただ、我々のテーブルの横で夫婦とその関係者?と思われる人物達が話していた話が下品すぎてちょっと萎えましたが…。大きな声で耳に入ってくるのは後継者をどうすれば良いとかある人物に関する下種な話で、そのほとんどは女性の口から吐き出されるもの。なんだか朝の一番からこの手の話が美味しい朝ごはんと一緒に出てくるのは何だかね~って感じで…。 

ともあれ美味いものは美味いという事実が厳然と眼の前の皿の上に並んでいるわけで、この後お昼に行く予定となっている安乗フグの昼ご飯の事を考えると「本当は沢山は食べてはいけない筈」の朝食だったのですが、思わず沢山食べてしまいましたとさ。w

この後は前日に予約していた英虞湾のクルーズに出発しました。英虞湾内のクルーズというのは幾つもの発進基地がるようで、ネットで簡単に情報をゲット出来るものだけでなく、各ホテルも独自のルートをセットとして持っているようです。我々もそれを利用してホテルから直結する湾にホテルマンの方と130段の坂を下って降りていきました。

そこには8人が定員の湾内周遊船が待っていてくれました。船長さんの指示でベルト状のライフジャケットを装着して船に乗り込みました。船は直ぐに出発して各ホットスポットを回りながら種々の案内をしてくださいました。
この船にお世話になりました
賢島を島で無くならせた賢島大橋。美しい数学的アーチを見せます
アオサを作るネット!この話をしてくれた漁師さんの話は深く驚きに満ちたものでした
途中で擦れ違った有名なエスペランサ号
英虞湾内で唯一との説明を受けた間崎島
何でももう60人程度の人口でピーク期の1/10程度とのこと。
御木本幸吉真珠王の住まわれていたお家。
また、この手前の真珠加工場は観光客向けには未公開の場所だそうです。
最後に英虞湾を一周して下船。船長さんに厚くお礼を述べて、待っていたホテルの方に写真を照って頂きました。最後に再び自分達のホテルに戻ってきたのですが、130段を上がるのは若い彼にもきつそうで息が上がっているのを見て思わずクスッとしてしまいました。

さて、このクルーズに纏わるちょっとした話とこの後の行動はまた明日書いて自分のメモとしたいと思います。

2023年12月9日土曜日

週末に志摩観光ホテルへ

今回、素晴らしい景色の中で美味しい料理を食べるために息子と嫁さんと三人で志摩観光ホテルに行って参りました。(いつもの如く次女は猫と一緒にお留守番ですw)

都ホテルグループ傘下との事を後に地元の方に伺いましたが、そもそも近鉄グループが持っているホテル群の一つなんだそうです。私は中部経済圏の事は一切判りませんが、やっぱり九州の田舎と違ってでっかい企業群がいろいろ持ってるのが関西や中部なんですね。

昼過ぎまで嫁さんと息子は支援施設の年末大掃除に参加していたのですが、余りに遅くなるといろいろと食事などの時間に支障が出るので昼過ぎ少しには施設を辞して私が運転手として伊勢志摩のほうへと走っていきました。お伊勢様はそのまま素通り。何度も何度も人を案内し続けた神社ですから今回は申し訳ないのですが時間の関係でパスさせていただきました。

高速を降りて鳥羽から右折するとその先は山の中をくねくねと走るかなり厳しい道。令和の時代にしてはなかなかアクセスの厳しい場所にあるといえます。

最終地点に着くとそこには巨大な建築物が!玄関で荷物を預け、受付を済ませると案内されたのは5階の素晴らしい眺望のお部屋。向こう側に伊勢志摩の複雑に入り組んだ海岸の様子が手に取るように見えました。
向こうに見えるのが伊勢志摩サミットの開催されたベイ・スイートです
ベイ・スイートの庭園に上って自分たちが泊まったホテルを写すとこんな感じ
当時のサミットではこの屋上で記念写真が撮られ、こんな感じに
元気だったころの安倍元首相が本当に楽しそうに写っていましたが、あの頃は本当に絶頂でしたね。もう二度とあの時は戻ってきません…。この時の写真で今も現役の元首はトルドー首相くらいです。たった7年前の話なのに…。

夕方にはミシュランのガイドにも載っている立派なレストランへ案内されてビックリするような品々が出されてきました。
忘れられない一覧です
今の料理長は樋口さんという女性。シュバリエを叙勲されている超一流の方です。食べ終わった後、お腹は超満足。家族で来た甲斐があったと思える素晴らしい「醍醐味」でした。

部屋に戻ってゆっくり過ごし、伊勢志摩の夜景を眺めながらスーッと眠りについた三人でした。



2023年12月8日金曜日

連日の忘年会(ちょっと飲みすぎモード)

今週三回目となる忘年会に行きました。

流石にちょっと行き過ぎという感じですので、飲酒量はバチっと抑えて(いるつもりでの)参会という事にしているのですが、前腹の突出が気になりますのでよっぽど意識的に気をつけていかなければというところでが…。

今回の飲み会はバイトをしている外の病院の先生方とのもので、顔と名前が一致しないような先生も居られるし、そもそも出勤する曜日が異なって顔さえ見たことが無い先生まで居られるようなものでしたが、それでも面白い。

変わった発想、面白い発言、知らなかった横顔など、其々のテーブルに集いいつもはこうやって日常や私生活の事を話すチャンスの無い人と話をするのは本当に楽しいものです。

今回一番笑わせて貰ったのは或る科に属していて訪問診療の世界に飛び込んでこられた若々しい先生。その先生がネット上で毎回5分間の個人的なキャスティングをされているんですが、私が驚いたのは全く自分の所属している医療の世界とは関係の無い「農業」に関する配信を継続されている事。

実際にその場で受信用のソフトをダウンロードし、先生の話を聞かせていただいたのですが、話の内容は至って真面目なものでとてもこの配信をしている人が医療従事者とは思えないような高度なお話。いわゆる伊達や酔狂でやっているような内容ではありませんでした。

しかし…その配信にて得られた収益はというと「先月は6円!w」という事でズコーッと周り一同がひっくり返ってしまいました。その先生には私から一言。「大丈夫です、明日から私が一日一話聞きますので月収は7円!15%アップです!」と。周りも大笑いしながら先生のキャスティングを聞くべくソフトをダウンロードしていました。

他にも意外な先生がインスタをやっているのが判明したり、今まで見たこの都の無いようなソフトで情報発信をしたりしているのを見てっぱり人は見かけに依らんもんだな~と改めて思った次第です。

帰りにはいつものひとり二次会飲み屋にふらりと寄って一人で数杯の泡盛をときおり呷り、豆腐餻を爪楊枝で削りながらの良い時間を過ごしました。

2023年12月7日木曜日

馬鹿と阿呆と犯罪者

 ニュースなどで読んでいるホスト関連の犯罪において、いろんな連中の名前が次から次へと出て来ますが、その登場人物に関して私自身が出せる明確な感想というものがコレと言ってありません。

しいて言えば只々その構図に憐れみを感じるだけで、馬鹿と阿呆が攻守にわたって入り乱れている様は本当に大笑い。三流の絵師の描いた図柄にこれまた下手な版画師がろくでもない色付けをして、更にその版がズレちゃってるような印象を持ってます。

騙して金を引き出す側のホストに群がるアホな女達がこれまた金欲しさに「頂き子ちゃん」的な役を演じて、モテない馬鹿な小金持ち達から金を巻き上げるという明確な収奪連鎖講そのものです。

結局、この構造体の最上位に位置するのはホストではなくホストを仕切るオーナーもしくはそのオーナー達から金を絞り出すヤーさん達なんでしょうが、先日の警察庁長官の繁華街出動でも判るが如く、国会の論戦にも登場するが如く…となってしまった時点でこの「業界」にとっては一つの大きな赤信号。これ以上今までと同じようなスキームで仕事をしていたら日の丸親方がかち込むど!という明示的な示威行動を出されたからにはアウトローとて後ろに手が回らないようにしなければヤバいでしょうから、恐らく何らかの対応策を取ってくる事でしょう。既に多くは取っていると思いますが。

それにしても、こんな糞判りやすい詐欺行為に大量の身銭を投入した挙句に売春して金を稼いだり、風俗に行ったり、ホストを刺し殺そうとしたり。もう何が何だか。恐らくも何も、これから法律が変わろうとも男を騙す女と女を騙す男という世界がこの世に男と女が居る限りなくなることは有りませんし。

申し訳ないですけど、第三者はその都度それらの掲載された雑誌やニュースを見ながら毎度毎度それぞれの人の人生の背景に応じた「種々の感慨」って奴を持つんでしょうな。

鶴田浩二の歌じゃないけれどまさに「馬鹿と阿呆の絡み合い」のリアル版です。十年経ったらこの世界どうなってるんでしょうね。恐らくは何も変わっていないんでしょうけどね。ソープランド業界の様に。


2023年12月6日水曜日

立て続けの個人的忘年会

今日は病院の若手を三人連れての極私的な忘年会となりました。

若手のほうから人数を揃えての忘年会。藤が丘駅から仕事を終えた四人の男達が地下鉄に揺られて今池を経由して瑞穂区役所のほうへ。そこから少しだけタクシーに乗って家族でも行く美奈登へと乗り込みました。

コメカミ、下がり、モツ等々何を食っても美味い世界。更にメンバーの一人このお店の牢名主的オバちゃんの孫であることから特別にコッソリとサービスが頂けました。結局ここだけでほぼ腹がくちてしまい、後は惰性となりつつもありとあらゆる話が飛び出す事態に。一番の若手とその上の二人。私自身が一番年上でスポンサーです。

暫くして河岸を変更する事になったのですが、どこに行くかは決めていなかったので、そこに至るまではこれまた暫く歩き続けました。ワイワイ言いながら歩いているうちに「取りあえず栄のほうに行こう」という事になって私がほぼ行った事の無い名古屋でもっとも有名な夜の街「錦三丁目」俗にいう錦三(きんさん)に辿り着きました。

この街は本当にきらびやかでネオンと灯で昼の様に明るくなっていましたが、私が今まで見たことのないような変わった作りの居酒屋や屋台の集合店がビル内にあって目を楽しませてくれました。しかし結局のところ行ったのは鳥銀という店(私は初めてだったのですが)で、彼らは時々利用しているとのことでした。私以外の若者は鬼の様にハイボールを空けながら病院の話にずっと花を咲かせていました。

しかし話の中身自体はかなり深刻なもので、彼ら若手の危機感や不満がモザイクの様に水面から浮き上がってくるような中身の濃い話でした。私としては院内で起きている人間模様とその裏表を知る意味で大変に興味深い話のオンパレードで、それなりのスポンサーシップを見せるだけの価値があるものでした。

見ている人間はきちんと見ているという事をしっかりと理解できた出した金額以上に収穫の大きな夜でした。


2023年12月5日火曜日

4年ぶりの宿題提出

 年末、遂に懸案事項を一つ消化しました。

以前からお世話になっていた先生を飲みに誘いだしお食事を提供させていただきました。病院を退職された後、今までいろいろとお世話になった御恩を何とか形にしたいと食事のお誘いをしていたのですが、その直後に発生したのが新型コロナ肺炎騒動。

それ以来ずっと他人との外出は封印、特に年配の先輩などに万一の事があってコロナを発症するような事があったら奥様やご家族に申し開く言葉もありませんので、つい最近までアクションを取ることはありませんでした。

しかし、最近は街行く人々のマスクもかなり外れ、飲み屋街には人の足も戻ってきていましたので、一度先生をテキストを打ってお誘いしたところ二つ返事でO.K.でしたので、ネットで探し出した伏見の大甚本店と云うところへ行って来ました。

創業明治40年という事で、長く続くには理由があろうという感じで興味を引きましたのでここは行ってみようと思い立ちお誘いした次第でした。実際に6時に店に行ってみると既に先生は中に入っておられて、見知らぬ他のお客さんと何気ない話で盛り上がっていました。

そのあと私も入っていったのですが、私も一緒に盛り上がりビールや鉢盛の小分けを大量に食べながら今までお世話になった様々な事どもを話しながらどんどんと時間が過ぎていきました。二人とも腹が満たされガソリン・メーターもかなり針が振れて来た頃に河岸を移すことにしました。

かなり遅くにはなりましたが、地下鉄の動いているうちに覚王山の無国籍居酒屋へと移動。更に二人のメートルはあがっていき、豆腐餻(とうふよう)を爪楊枝で切り崩しながら新酒の泡盛をガバガバと飲み続けたのでした。

気づくともう時間は朝方。この前、孫のお宮参りの後の宴会で酒を飲みすぎて救急車で運ばれたという先輩をこんな時間まで引き連れ廻してしまったという事で奥様に怒られないことを祈りつつお別れとなりました。

私はそれから一人覚王山駅の脇を通り、凍える街中を一人長い時間をかけて家までかなりふらつきながら帰っていきました。w

2023年12月4日月曜日

異食症

いろいろなものを食べる・食べてしまう人達が居ます。

実は私の息子も何か食べ物とは言えないようなモノを極稀に口にしてしまう事があります。勿論、私の知らない所で他にも何か食べたことがあったりする可能性は大なのですが、以前ここでもちょこっと書いたように写真立ての後ろのメタルの棒を飲んでいて驚かされたことがあります。

自分の勤める病院では精神科の人達のなかにやはりこのような症状を疾患の一つとして持っている人が居るのですが、誤嚥とは違って積極的にそれらを食べてしまうのです。髪の毛などは実際はそういうものの一つなのでしょうが、そういうのは女の子の成長過程でもみられたりしますので、量が極端だったり余りにも過激なものでなければ正常と異常の境目は意外とあいまいなのかもしれません。それに、貧血の人がたくさんの氷を食べるのはよくある症状そのものですので。

今回、実は今までで「異食症の人の食べたもの」としては一番ギョッとしたものがでてきました。実はある患者さんが黒色便を出しはじめていたのが看護師さんからある先生に報告されました。

その先生と放射線科の読影室で擦れ違った際にその患者さんの腹部単純写真が映されたものを見せられて驚きました。そこに映っていたのは長さが15センチくらいはあろうかというやや変てこりんな形をしたものが小腸の中に入り込んでいるものでした。

何と表現して良いか曰く言い難い形状。真っ直ぐ目の枯れ枝にグルグルグルグルと幅広い帯を均等に巻き付けたような形と言いましょうか…。

疑問に思ったのはこれだけの長さと形状のものが良くも小腸の中へ入っていき、しかも通過障害無しでここまで来たなという事。普通はこれだけの巨大なものが小腸の中を動き切るなというものですが、私は消化器外科医ではないのでこのようなものの「限界長」というのを知りません。

さて、その異物は腸の中を次々と移動していって最後には排便と一緒に出てくるところまでやってきたのでした。特に腹部症状もなにも無く保存的に様子を見た結果だったらしいのですが、出てきたものを見て今までの事に納得。

実は全ては直径2センチ、厚さ5ミリ程度の程度の丸い磁石が30個ほど積み重なっていたのでした!鉄分が溶出して排便を黒く見せ、積み重なった磁石はその相対的な位置を小腸の壁の緩やかな曲がりに沿って変形し、肛門まで辿り着いたと云う訳でした。

まさに人体の神秘ですよね!

2023年12月3日日曜日

大学の教育力とな?w

日大って少なくともトップの連中は終わってるなって良く解ります。

産経新聞が「大学スポーツには、競技力の育成だけでなく、学生たちの人格を磨く「教育力」が試されているといえそうだ」等という一文をこの記事に記していますが、私にとってこの文章は「は~?」という内容です。

そもそも、運動部員の処分事例は「違法薬物を含め、暴行や未成年飲酒、恐喝、無免許運転等々」とその中身を記していますが、そのほかにも性的暴行も良くある話であって、大学生というのはもう立派な大人です。

いにしえの「大學府」という国家を背負って立つ少数のエリート養成機関とは全く違うし、30年前とも違って今では正直なところ馬鹿でも阿保でも大学という名前がつくシステムになら必死で狙えば(選ぶ事さえしなければ)誰でも大学に引っ掛かります。残念ながら中国やインドアメリカと違って日本は少子化でそのレベルも…ですし。況や運動系の学生達の学力や人格を問うてどうする?てなもんでしょう。

アメリカの大学だって運動系の選手の学力の問題はかなり深刻なのは私が居た大学でも相当に深刻で、NCAAのような組織もある一定レベルの成績を達成できていなければ試合には出られないようなセッティングにしてますし、大学の側も大学内で家庭教師を彼ら彼女らにみっちり付けてテストのパスを必死でサポートしています。

勿論、運動も凄くて頭脳も大学のテスト程度なら普通にパスするという選手達だって当然いますが、そういう人達ばかりでは無いというのも厳然たる事実。

私が居た大学でも、スター選手がスマホを盗んで試合に出られなくなったり手あたり次第まわりの女性に手を付けて子供を数人「学生時代に」つくってしまったり。申し訳ないんですが、そういっことは正直なところ高校生までに倫理観の醸成という形で家庭内でフィニッシュしておくべき問題であってダイガクという高等教育機関が担う仕事では断じてありません。

日大が幾らシステムを改革しても、そのシステムに入ってくる連中の運動能力以外の「いろいろな」レベルが低いままであれば、ガチガチに内規を厳しくして何かあれば即追放という銀行員育成システムみたいにしておかないと、犯罪は無くならんでしょう?いや、それでも無くならんか。w

「石川や 浜の真砂は 尽きるとも 世に盗人の 種は尽きまじ」と五右衛門は辞世の句に残しましたが、大学とて同じ。アメフトのクラブを廃部にしたところで何も改善されんでしょう。そもそも、以前のトンデモ・タックル問題の時点で「お前らグラウンドから消えろ」という感想を持っていたんですが、それが今の今まで延びただけの話。

こんな所を選んだ諸君には大変申し訳ないんですが、それも運命。人生いろいろです。今どきバブルの頃の様な体育会系の社員選出も流行らんでしょうしね。地道に他の道で生きれば大学でなくても幾らでも生き方はあるし、本当に才能あるなら他の大学に転入するというのもあるのではないでしょうか。知りませんが。




2023年12月2日土曜日

裁判官も変なのが多い

医者にも変なのは多いのですが、裁判官もオイオイというのが沢山いるのは世間を騒がせるトンデモ判決のニュースで知る事がありますよね。現実・現場というものを全く見ていない輩。

生き物は必ず死にます。それは生き物である人間も例外ではありません。これから医療や科学全般が進歩していって多くの病気がかなりのレベルで克服され、かつそれに伴う様にして平均的な寿命も延びていくでしょうが脳の力を維持する事自身は恐らく相当先の未来でも難しいと思っています。

だとすると、いくら外見を変え内臓の臓器を再生医療などで新規の細胞を増やして機能を回復させるような事があったとしても脳はやはり機能を戻さないだろうし、生殖機能の回復も相当のレベルで難しいでしょう。だとすると、一体何のために長生きしているのかという事自体も大いなる疑問になってきますが、金を払える人間は恐らくこういった事に莫大な金をかけ続ける事でしょうね。

話しは逸れてしまいましたが、今回タイトルにあるような判決を下した一件が医師のフォーラムで大きな話題になっていたことで私の目にも飛び込んできました。

一体どういう案件かというと、このリンクに有るのですが、消えることも考えてそのテキストの概略を張っておきます。「広島の介護施設で90代の男性がゼリーを喉に詰まらせて窒息死した件で、男性の長男が施設を運営する社会福祉法人に損害賠償を求めた訴訟の判決が下り、法人に2365万円の支払いが命じられた。判決は、施設職員が男性の誤嚥を防ぐ義務を怠ったことが原因であり、職員は男性が誤嚥しているのを見ていなかったとされた。一方、救命処置は適切に行われており、男性側の主張した救護義務違反は認められなかった。男性の長男は判決に満足し、再発防止を求めたが、施設側は不服を示し控訴する意向を示した。」というもの。

これに対する医療介護者その他の人々の意見が沢山書いてあるのですが、私自身は本当に「無理やろ」というもの。まず、90代の男性で嚥下能力が大きく低下し、生物として寿命のエンドポイントに居る人に「食べる」という最後の幸せを行為として与えている施設職員と施設を訴えるというのはどういうことかという事。

何でも相手が悪くて、家で面倒をみきれない親を預けておいてその最後がこういう形であったという事で施設を訴えるような事で判決の結果がコレであれば、これから先「少しでも」リスクのある老人は胃瘻を造設するか何らかの静脈栄養で~という形式でしか受け入れてもらえないという時代が来るのではないでしょうか。

一体何時からこんな事が罷り通る時代になったんでしょうか。確かにニュースに出てくるような碌でもない介護をする介護者や看護師などはいます。しかし、多くの残りの人々はまさにゆるぎない善意の下に糞便や吐物をものともせずに介護をしているのです。その人達を追い込むような判決はあってはならないと思うのです。

一言申し添えれば「例え横に看護師がついてゆっくりと流動食を食べさせていても誤嚥は起きる」という事実。その機能評価をVF等で行って嚥下能力が低下していることを少しでも確認できれば「食べる」という行為自体を患者さんから奪うのが一番安全でしょう。

御家族のあなたはそれを避ける為に何かできますか?経鼻チューブによる水と栄養の補給?それとも老いたご両親に胃瘻を造りますか?

2023年12月1日金曜日

きっと戻る

こんな事があっていいものかと思う事が世の中にはあります。

私自身であれば自分が開心術を受けなければならない状況に陥った42歳の厄年の瞬間でした。そんな事は誰にも起きて欲しいとは思わないようなインシデントですが、実際には誰にでも起きる可能性はあります。

事故、怪我、病気それが自分だけだとしても何種類もの「出来事」が起こりうるわけですし、年齢があがればあがるほどどうしても起き易くなり始める要素がある類の出来事です。そもそもそれが若者に起きるのはあって欲しくないし、可能であれば身近では起きて欲しくも無いものです。

昨日、廊下を歩いている時に久しく見ていなかった青年看護師が私に向かって手を振っているのに気がつきました。本当に久し振り。今の時期は彼は病院外の研修施設で次のプロモーションに向けて資格取得に向けて頑張っている筈でした。能力も人望もあり、確実に将来の病院で看護部を背負っていくであろう人材とおもっている人材です。

その彼が私に近づいてきて言いました。「先生、ちょっとお時間頂けませんか…」。明らかに顔色が優れません。内心どうしたのかと心配しながらも彼に冗談を言って言葉を返したりしたのですが、それでも元気が無い。

実は…と言って彼が話し始めたのはもしかすると珍しい癌になってしまったかもしれないとの話でした。

具体的な病状を彼から聞いてグッと来てしまいましたが、それでもまだまだこれから先の可能性は幾らでもポジティブなものだと思える状況です。肩を落として涙ぐむ彼を見ていると本当に自分の息子を見ているようなもの。己が1/1000程度の確率でかかった僧帽弁の腱索断裂というしっぺうに比べると彼の疾病は1/100000のエチオロジー。

まさに彼の親の年齢に当たる私としてはクソッタレ!と叫びたい気持ちでした。

「若い者に試練は必要かもしれません、それでも必要以上の試練を与える必要は無いよ」と神様仏様に言いたいです。

それでも彼の事。きっと全ての試練を乗り越えて笑顔で戻って来てくれると心の底から信じている自分がいます。別れ際には彼が笑顔を見せてくれたのがその証拠になってくれるでしょう。

2023年11月30日木曜日

外で先生と呼ばれるとドキッとする

近所のモールに息子と二人で出かけた折にエスカレータに乗っていると誰かが後ろのほうから甲高い声でセンセ~と呼んでいる声がしました。

ほとんどエスカレーターを上り終えたあたりだったのですが、息子と二人手を繋いで何か息子に合う冬服でも無いかいな~という感じであちらへフラフラ、こちらへフラフラと探索していた時でしたので、突然の先生コールを理解するのには一秒ほど間が空いてしまいましたが、どこかで聞き覚えのある声でした。

もしやU主任?と思って後ろを振り返ると案の定Uさん。ニコニコと笑いながら「やっぱり先生だったんだ!」との第一声。後ろ姿だけでも判るもんかいなと思っていたら、Uさん曰く「最初は息子さんのバックパックに可愛いお菓子のキーホルダーとかが一杯ついているし、可愛いなと思っていたらヘルプ・マークも見えたので(あ、だから手を繋いでいるんだ)と思ったんです。だけど、その繋いでる相手を見たら(これ先生じゃん!?)とわかったんで、声掛けしてみたんです」とのこと。

一年ほど前にもU主任には「先生、スマホ持ちながら長久手のほうをスタスタ歩いてたでしょう!」と、走る車の中から家族ぐるみで見つめられていたとのことで、思わず「ポケモンしてた」と正直に話してしまいました。w

何だか生活圏が被っている病院の人達からは時々姿を見られている私なんですが、放射線技師さんからも、精神科の先生からも意外な場所で見られていて、それがパン屋だったり、本屋だったりしているので悪い事は出来んもんです。^^

そもそも500人以上も居る病院の種々の職員。名古屋の多くのエリアに散って生活していますし、病院内の制服と違って当然私服で生活していますから、マジマと顔を見るまでそれがいつもの職員さんと判らないことも多々あるのでした。

それにしても外で「先生」と呼ばれるのは何だか身が竦む思いです。成人の男性同士で手を繋いで地下鉄でも栄でもいつも仲良く二人で歩いていますので、もしかして歳の差ゲイ・カップルとか思われてるのかな~等とふと考えることもあるのですが、息子のハッピーな顔を見ていると正直「どう思われようと、どうでも良いこった」とおもって、思い切り手を振りながら二人でどこでも歩くのでした。^^


2023年11月29日水曜日

人生最後の過ごし方が変わってきた

日本に帰国してはや八年が過ぎようとしています。

私の様な臨床経験が少ない人間にとっても平成から令和への移行は現場における様々な変化を感じることが出来ます。十年一昔という期間に少しだけ欠ける長さではありますが、この間の変化は「充分」という長さだと改めて思います。

一番の変化は人生のエンディングに関するdecision makingの中身の変化でしょう。

特に高齢者が入院して来た時に、高齢の患者さん御自身が独り身の方であればその方自身に伺う事となる「万一の場合の救命措置や栄養補給等の有り方」についての選択を入院の時点でお伺いすることになっているのですが、最初の頃は心臓マッサージや人工呼吸器の装着、胃瘻の造設などを求める方が沢山おられました、また、医師の判断に任せるという選択肢を選ぶ方も患者さんや御親族を含めて大変多かったのですが、今ではすっかりそのような選択肢をされる方々は珍しくなりました。

患者さんの御意見の場合でも、御家族の御意見の場合でも、最近それに代わってきたのは「無理な延命は止めてください。その代わりなるべく苦しみの少ないように安らかな人生の終わりを」というものです。

言葉の枝葉末節は其々の方々で表現が異なりますが、ほぼ言いたいことは皆同じで大同小異という感じです。

緩和ケアも含めて癌やCOPDの末期の方々の人生の終わりの迎え方を何度も何度も経験するうちに私自身も学ぶ事が沢山ありました。私は基本的に世俗的な仏教徒だと自分では思っていますし、詫び寂びというものも理解しようと常に心がけていますが、その本質的な「実体」が眼の前の旅立つ人の中に見えてきている気がします。

人生の終盤で「持っていても儚いだけ」と思えるものが増えるにつれ、様々な欲が体と心から剥がれ落ちていって、最後には身一つでサラリとあの世へ旅立つ心の準備ができる人が増えているのかもしれません。

昭和が終わり、バブルに塗れた平成が遠くなるにつれてますます日本人の選択肢はこのような方向に収束してきているのではないかとふと思うのでした。

2023年11月28日火曜日

更に厳しくなる病院経営

これから更に病院経営が厳しくなっていく事はほぼ確定的です。

今回、財務省の諮問機関である財政制度等審議会の分科会で診療所(ベッド数が20床未満)がサービスの対価として受ける診療報酬が「極めて良好な経営状況を踏まえ(医師らの人件費にあたる)報酬本体をマイナス改定にすることが適当」と提言していますが、ビックリするの今回のデータ・ベースがコロナ前の医療収入と、補助金によってグワッと底上げされた医療収入とを比較して12%の伸びを示した一方で、医薬品や機器貸借料などの費用の伸びは6.5%だったので、その余剰金がある分をマイナス改定に持ち込むという乱暴な議論。

まあ、何とも官僚らしいインチキ満艦飾の強引な数字付けです。まさに恣意的統計解析というやつで、数字に弱い、官僚の意見に何の見識も持てない増税眼鏡オジサンらしい押されっ放しの発表となっています。

こういう特異な時期の特異な数字の変化を以てこれからの日本の医療費の大幅削減を求めていくのであれば、当然医療の質自体は「自然にかつ絶対的に」下げざるを得ないでしょう。

国民皆保険というシステムの中で日本人は恐ろしい程の高度な医療を実に安価に手軽にうけていますが、海外で日本の現在の医療水準と同じレベルのサービスを提供されるにはどれ程の金を使わなければいけないか日本人は全く解っていないと思います。まあ、共産主義的な民主主義国家である日本では金持ちは国家の中に存在を許さない方向で一致団結していますので、医者程度が金を持っている側の「代表」にされて叩かれるという構図が過去からずっと続いています。

これから多くの診療所は今よりも速いペースで潰れていき、淘汰どころか必要な分量の診療所も維持されず、多くの患者は不便を強いられながらも長い待ち時間の果てに大規模病院で短時間診療でまわされるというイギリス型の公的医療制度へと順応させられることとなるでしょう。

そしてその時になって初めて「良質な医療には金がかかる」という単純な事実を確認し、過去のサービスが如何に医療従事者側の犠牲の上に成り立っていたのかという事実に思いを馳せることになる事でしょう。

私、ずっと思っているんですけど、こういった暗い近未来の予測を知ったうえで高校の進路指導の教師達は教え子を医学部に送っているのだろうか?と勘繰ってしまうんです。w

2023年11月27日月曜日

ARTというのはやっぱりセンスの問題だよな~

アメリカの家に新たに住み始めてくださった日本人女性のデザイン・パワーが炸裂している感じです。

アメリカから送られてきた一回のトイレを御自身のペインティングの技能とデザイン・センスを組み合わせて奇麗に塗り直してくださった動画が届いたのですが、単純に言葉を失いました。それはそのトイレが余りにも奇麗に生まれ変わっていたからでした。

私はアメリカの家の一階のトイレ部分を前の持ち主から買い取った後、ダサいピンクに塗られていた壁を一度wall paperを買ってきて、ノウハウ本を読みながらテクスタイルを張り直して、更に大きなミラーも近所のLowe’s買ってきて奇麗に作り直したつもりでした。

それも次第に飽きてきてはいましたが、日常の忙しさにかまけて10年ほど放っておいたのですが、この度見せられたトイレの中身は驚くほどシンプルかつ清潔な美しいトイレへと生まれ変わっていました。ちょっとビックリするレベルでして、心の底から「ああ、この人に家を貸して良かった~」と改めて思えたのです。

デザインのセンスがあって、その目標を達成させるだけの技能がセットになっているとビックリするほどの仕上がりになるんだなという事が嫌というほど解った今回のリノベでした。要するにプロの仕事ですね。キャビネットまで黒檀調のカラーに変えられていて、以前のままの素材剝き出しだった私が居た頃の「おもかげ」は跡形もなく消えておりました。

何度画像を見ていても「飽きない」と云う位の仕上がりって本当に良いですよね。普通だったら間違いなく高いお金を払うレベルの技術料と材料費。ペイントの魔術師という感じでした。今度はリビングのブロックをペイントする予定との話を間接的に聞いたのですが、今から仕上がりが愉しみです。

彼女には何年住んでも最初に決めた額の家賃のままで結構ですというお話で契約をさせて頂いたのですが、本当にこれからも長く住んで貰えればと思ったのでした。

2023年11月26日日曜日

認知症の看護師・医師

恐ろしいことですが、現実に存在するのが認知症の医師や看護師。

認知症をどう定義するのかによってその「幅」も変わってくるでしょうが、どの職場においても通常は定年というシステムを以てその認知機能障害の方が職場で業務を混乱させる可能性というリスクを大きく低減させるのですが、医療業務の世界ではなかなかその可能性が低減されないという場面も出て来がちなのです。

会社の創業者や、会社の重役がいつまでも業務に関与し、下の人間がその人間の意見を変えられない時に「もし」その人達に認知症の症状が出ていたら…、という仮想の話なんですが、実際はこの話は意外と普遍的に起きている話で、定年の無い会長職クラスの人物などが大きな会社を傾かせたり潰す状態にまで至らせた話というのは枚挙に暇がないのです。

医学界においては古い話ですが、ドイツの外科の大教授が認知症になって手を消毒しないまま何度も手術を行い大量の患者を殺してしまうという事件が起きていますが、これなどは下の人間が教授の権威の前に「判ってはいても誰も何も言い出せない」という竦み上がった状態で被害が拡大していった一例ですが、実際はこれで終わりではありません。

やはり、こういうインシデントを知ってしまうと定年制というのはある意味disasterの発生においてある程度のブレーキの役割を果たしているのは間違いありません。

病院においてもリスクは必ず存在しています。国公立大学や国公立系の病院であればある程度は定年によるセーフティ・システムが医師にも看護師にも網のように被さってきますので、病を得る前に人のほうがシステムから切り離される可能性のほうが遥かに高くなる訳です。ところが、これが私立系の病院になると年齢制限のタガがかなり緩くなるところが増えてきます。

すると、、、びっくりするような高齢の看護師や医師が現役で仕事を続けているというような場合も有り得るし、実際にも私の周囲にはあります。そして残念ながら恐らくは既に現場の人間としては既に耐用期間を過ぎてしまっている状態の方々が散見されることがあるのです。やはり人間は己の引き際というものを自覚できる間に仕事を辞めるという事が出来なければ己が知らないだけで恥をかくことになるだけでなく、患者さんを大変な目に遭わせることになるのが医療従事者の特に恐ろしいところです。

そして、このような方々に限って自覚が無い、そして自覚がある人にそれらの事を暗に指摘するだけで逆切れする事も現場では多々起きているので、問題は厄介この上ないのです。orz
一部の現場はそれらの人々の存在によって大きく疲弊しているのですが、その人々をシステムから切り離すのはこれまた大変。認知機能検査などをやろうとしたら人権侵害などといわれて訴えられて終わりでしょう。

さて、我々はこれからの長寿時代をどうやってシステムを安定化させつつ仕事をしていかなければならないのでしょうか。難しい時代です。

2023年11月25日土曜日

狐憑き家族

そもそも狐憑き(信仰)というのは古来中国から伝わってきたようです。

狐狸妖怪などと、キツネやタヌキにとっては有難迷惑な比喩が日本語の中に成立していますが、それもこれも日常生活の中でそれらの小動物達が始終目と鼻の先に出てきていたからに他なりません。

さて、そんな狐憑きというのは日本においてはしばしば精神疾患、恐らくは特に統合失調症の一表現型として村という共同体で受容されていたようです。祟りや憑依などに対して村人なりの解釈が彼らなりの合理性をもってなされ、御狐様が憑いたことでおかしくなってしまったという解釈が最終的に村人達をして「なるほど」という形で安心させていたのでしょう。

ところが、今の時代にも未だにこの御狐様が頭の中で跋扈している方々がおられるようで、前回に引き続き今回も病棟に現れました。ある認知症のお婆さんの末期の状況を見てインチキ霊媒師のネット上のお話をプリント・アウトして「こんな感じですから」と再び現れたのでした。

私としては患者さんの家族達が何を信じようと全く構わないのですが、その個人的な確信をあたかも「そうですよね」という感じで我々に同意を求めるのは勘弁して欲しいものです。w

正直なところ、彼らの精神構造には恐らく統合失調の萌芽の様なものがあるのだろうと「非精神科医」の私は一人思っているんですが、そういう人達に同意を求められても私としては曖昧に優しい笑いを返してあげることが最善の表現系だと思っています。

恐らくこれから1000年経っても(もし人類が存在していればの話ですが!)この手の人達は絶対に絶滅することはありませんよね。間違いなく。orz

2023年11月24日金曜日

アメリカの教授と旧交を温める

今日はちょうど日本に2週間ほどの予定で帰ってきている大学の元同僚と旧交を温めました。

今、彼は大学でfull professorとしてcancer biologyの研究と講義を担当しています。同じく研究者であった御父君は既に8年ほど前にお亡くなりになられていますが、御兄弟は日本に居られるため、年に一回は帰国しているという感じです。

私もここ数年、先生には毎年一回会っている感じなのですが、会う度に毎度毎度大笑いするような面白い話が飛び出して来るので、会って一緒に酒を呑みながら食事をするのが楽しみです。

今回は今池にあるふる~いお好み焼き屋でホタテの肉巻きやイカ肉焼きそば、軟骨などを食べながら生ビールをグイグイ飲みました。腹も随分満タンになったところで河岸を変えて覚王山へ移動、URA58-無国籍居酒屋で沖縄好きの御主人が作る様々な料理や沖縄のアルコールをお腹に入れながら家族や仕事の話をして盛り上がりました。

研究の話は今でも特に面白くて、研究をするときのあの時の知的興奮が話をするうちに蘇ってきます。大学院生や大学生達をきちんと使って予算を獲得しながら前に進み続けることの難しさを訥々と話してくれる彼に一々頷く私。これは経験のない人にしか解らない世界の感覚です。

同じ釜の飯を食った仲という感覚を持つ友人を年に一回名古屋に迎えて一緒に酒や食事を摂るのは本当にメンタル・ヘルス的にも素晴らしいな~と感じる私でした。次回は神戸のほうで酒を呑むという話もあるのですが、私にはかなり魅力的に映ってしまいます。何といっても神戸は美味しいB級グルメから高級なものまでの食べものと素敵な街のコンビという印象がありますからね。なかなか抗し難い感じです。w

実際の所アメリカに私が行ったときに一緒に飲み食いするというのもアリなんですが!

2023年11月23日木曜日

こんな事もあるんだ…

余りにも突然の事で、あんぐりとしてしまいました。

病院の当直の時にも良く使っていたし、何か必要なちょっとした物を手に入れたい時にも当然の様に使っていました。その対象物とはセブン・イレブン。病院から50メートルも離れていない所に存在したコンビニで、患者さん達もタバコやお菓子、雑誌なども含めていろいろなものを買い込んでいた店でした。(隠れてアル中の人間が酒を買っていたのは公然秘密でした。)

そのセブン・イレブンがまさに何の前触れもなく、水曜日に煙のように店を畳んでしまいました。

朝、仕事を始めようとした瞬間にある看護師さんが「先生知ってます?あそこのセブン急に店が閉まっちゃったんですよ!」と話しかけてきたのでした。私は最初、どこのセブンの話?という感じで聞いていたのですが、再度確認をしてみるとどうやらまさに病院の多くの人にとっての生命線と思っていたセブンの事でした。

なんでも、一日経たずに店の中の全ての商品は勿論、看板類も含めて全てが外され白いビニールカバーで全体が駐車場とともに封鎖されたのだそうです。

恐らく日本全体で、こんな事は始終行われていて、セブンの本部にとっては日常のワンシーンなんでしょうが、自分の真横で起きると「うーん」という感じですねえ。経済原則なんでしょうが、儲からない店は潰れるという事しか延命の論理に助けられなのでしょうね。

実は、店はお昼時には良く繁盛していたけれども、夜はそれほど入らなくてダメだったという話がありましたが、私の勤める病院の精神科の患者達が万引きをして、その所為で…等という根拠不明の噂も…。

閉店の真実を知るのは店長と数人の関係者のみでしょう。嗚呼。

2023年11月22日水曜日

患者さんの所持金・資産の横領

病院の患者さんは入院時に幾ばくかの現金を持ってくるという事が普通です。

そしてその状況は精神や身体に障害を持った人も、身寄りの有る人も無い人も実に様々。状況は種々重なりますので、患者さんを取り巻く金銭の保有状況は通帳管理の有無も含めて大変複雑な状況です。

例えば家族、親族さんがその人の金銭管理をしてくれていても「正当な」管理をしてくれていないような例も幾らでもあるのです。そういう意味では少なくとも我々の病院に入院した時点でのすべての金銭の状況を紹介してくれた役所や前の病院などの協力を得て可能な限り細かく状況を把握することは大変重要な事なのです。

ところが、この状況には常に危険が潜んでいます。つまり、お金が無い患者さんの時にはその患者さんから万が一にも収奪されるお金は少なめなのですが、中には自分がいくら持っているか知らないし、例えその通帳や現金などを見せてもその事実を理解する能力も残っていないのだけど、数千万持っているような人もいるのです。

このような人々の「資産」をキチンと管理できない病院や役所が時々やらかしをするのです。

この前も名古屋で生保の担当に当たる役所の人間が、担当している人が亡くなったり、病院から移動するときに預かるお金などを勝手に自分の懐に入れていた例が摘発されてニュースになっていたのですが、恐らくそれは全くもって一部の報道のみだと思っています。

要するに、闇から闇の処分の世界も必ずある筈で、見つかった部署で上司が部下に「これをどう説明する?」という時点で警察沙汰になる前に自分から払い戻した上で自己都合による退職を選ばせてもらっている人間もいるだろうし、ニュースになる人間もいるというのが私の見解。やはり人の金銭というのは必ず組織内で二人以上の人間が相互監視する形で管理するすることが必須だと考えます。

こういった横領事件は大事(おおごと)になることで組織の信用を大きく失墜させる前に組織が秘密裏にその案件を処理というのも全国で毎年数百件では済まない事でしょう。弁護士でさえ時にやらかしますしね。

権利や理解力の無い人をきちんと守りきりその人の生活の安定を守ってあげる。自閉症の子を持つ私にとっても全く他人事ではありません。



2023年11月21日火曜日

イボを取って貰った

若い方なら余り気にもならないことですし「なんじゃそりゃ」という感じで笑われそうですが、敢えて書こうと思います。w

歳をとるという事は、体のいろいろな機能が次第に(人によっては急速に)低下していく過程を経験することを意味します。シュワルツェネッガーだろうがスタローンだろうが、どんな可憐な美人でも私の大好きなあのオードリー・ヘプバーンでさえもその「美しさ」という点においてはやはり時計の針の進み具合には全く勝てないわけで、物理学の法則に支配される生物の悲哀を色々な現実を通して見せつけられる事になります。

人の体のパーツとしては筋肉、骨、神経、皮膚などありとあらゆるパーツが細胞の持つライフサイクルと機能低下の法則に従って遅速はありながらも衰えていきます。

その途上で癌細胞が出てきたり、骨粗鬆症で骨がスカスカになったり、見事なボディ・ビルダーが見る影も無くなったり~等という事になるわけですが、外見という意味では皮膚が最も目立つ老化の組織表現となるのではないでしょうか。

特に皺などは水分の含有量や線維芽細胞の変化に伴って目立ってきますし、シミも日光に当たり易かった部位を中心にボンボンと目立ってきます。そして何だこれは?というものの代表がイボ。皮膚科学的にはありとあらゆるタイプのイボが存在する訳ですけれども、かくいう私にも水いぼの様なものが1‐2個ほど小さくはありますが存在しています。気にはなっているけど取らんといかん程のものでは無いという存在ですが風呂に入ると思わず触ってしまったり~なんていう存在。

更には扁平な盛り上がりを見せるタイプの角化部位なども老化の一部として姿を見せることもありそれが一個私の脚にもこの10年ほど居座っていました。

そこで、バイト先の同僚の皮膚科の先生が診療の後に液体窒素が余っていることを利用して「とって差し上げます~」とのお申し出をして下さったことにより今回これらのモノを一気に取り去ることとしました。専門家による診察と治療なので、これほど安心な事はありません。先生は簡単に、しかし慎重に見極めて「これは普通のイボなので直ぐ焼灼できます。こっちのは繊維腫ですし、首の後ろのモノは比較的出血しやすいので大学病院なんかの大きめの施設で取ってもらう事をお勧めします!」という事で直ぐに可能な場所に液体窒素をサクリサクリと当ててくださいました。

するとどうでしょう。一週間後に連中は見事に全滅。極一部の枯れ残しを除いて奇麗サッパリとフラットになってしまいました。一週終了後に「念のため」と言われてほんのかすのように残っていた部分にだけ液体窒素を当てて終了。これで完璧です。

何というか、今まで連中をじっと眺めていた数年間は何だったんだろうと云う位あっけない幕切れでした。

もっと早くからやっておけば良かった…。

2023年11月20日月曜日

長女のアメリカの友人が遊びに来た

どういう交友範囲なのか良く解らないのですが、長女の友人には私とは違った交友のスぺクトラムがあります。

世代も育った国も仕事をしている国も異なりますので、そういうのは至極当然なのですが、時々その友人達に驚かされます。

例えば私の周囲で交友関係がある人々と言えば大学や研究所の友人達が中心。しかも、そう言った繋がりというのは今の時代は精々のところFBやメール位。そもそもアメリカに居た時点で日本の大学時代の友人などとは年賀状などでの挨拶はしていませんので、その消息を知るのはFBや同窓会で回覧されるメール程度。

やはり地元に居ないと地元の人間達との物理的交流は必然的に減ってしまうというのが、我々の世代の比較的標準的な交流というものでは無いでしょうか。

ところが、娘達の交流を見ているとネットの存在がその交友・交流というものの形態を変えてしまっているようで、我々の繋がり方とはネットレベルでさえも大きく違っている感じなんですが、それがどう違うのかも正確には描き出せません。w

娘たちは何時でもアメリカの友人達とビデオ・チャットで繋がっていますし(<これは私にとっては大変迷惑で、家の中で変な恰好で歩けません。娘が映している画面の中に間違って映り込んだことも一度や二度では…)、道を歩いている時も何だかイヤホン着けたまま一人で会話しています。(一昔前だったら一見すると統合失調の独語そのものですが…)

さて、今日我が家を訪れたのは在米韓国人の女の子で、いわゆるtatoo artistをしているようです。すごく気の利く女の子ですが、その腕からはtatooがにょきにょき。腕どころか掌にも曼荼羅のようなものが彫ってありますので、ある意味振り切れてるな~と言う感じ。職業にしているような人はやっぱり彫り込みもレベルが違いますね。

4日間ほど我が家に滞在して名古屋の街を遊び歩くようですが、何といっても前回日本に来たのは今年の3月。「絶対にもう一回来なければならない!」という感じで直ぐやってきたようです。

若い人たちのエネルギーはやっぱり凄いですね。(持ってるお金も!w)

2023年11月19日日曜日

地元でのWRC開催はやはりトヨタの力!

 地元長久手の英雄「勝田」選手がその才能を存分に見せつけてくれました。

WRC JAPANが行われていたこの週末に、私自身は足を運ぶことは出来ませんでしたが、それでも毎日入ってくるラリーの情報は私を興奮させるのに十分以上のコンテンツを見せてくれました。

大学の頃に自動車部に入っていてラリーをしていたので、世界の天才的ラリー・ドライバー達がこの日本で!しかも地元愛知の新城で!我々のよく知っているようなタイトで滑りやすい山道を信じられないようなスピードでぶっ飛んでいく様は何だか「夢の向こう側」を見せられているような素晴らしい時間でした。

1.26tの車両に500hp・500N以上のシステムをのっけてそれを4WDで動かすとか、もう何だか危ないほどの空飛ぶ車です。世界の超一流が運転するからこそのアノ運転ですが、やっぱりああいう車両を一度は運転したいもんです。男なら。

それにしても、田舎の濡れた下りの細い山道で180キロを出していく能力と勇気にはただただ唖然としました。そして、それを許す物凄い車両にも驚きましたが…。いったいどれだけドでかいsteel ballsを股間にぶら下げているのか、只々顎が外れるほどです。

特に三日目の勝田選手はいわゆるキレている状態で、リスクを冒してカッ飛んで行く時の異様な速度は殆ど憑依状態という感じで、アイルランド人のコ・ドライバーと一緒にとんでもない速度でペースノートを読みながら空気を劈いて進んだ結果はエバンス、オジェ、ロバンペラ、ラッピに次ぐ5位!タナク、ヌービルより速いとかどういう世界でしょう。

これであのクラッシュさえなければ…マジで一位も有ったよな!ギラギラの才能をグイグイと見せつけられた一日でした。本当はモリゾー会長はこの日本で勝田選手と一緒にGR YARIS Rally1 HYBRIDのボンネットの上でジャンプしたかかったんだろうな…。

勝田選手の出てきた長久手の隣の瀬戸には天才藤井八冠もいるというフィーバー状態。愛知県、何だか熱いです!熱くないトホホ男は私だけですナ。orz

2023年11月18日土曜日

アスペに関する勉強会

今日は一日の午後の4時間ほどが産業医研修会にあてられました。

産業医講習会というのは5年間の間にいろいろなコンビで20単位以上を取らないと資格の継続が出来ませんので、業務の隙間を縫うことなく資格を維持しようとしたら大体において今日の様に週末を犠牲にしないといけません。

実際、何度も週末をこれらの退屈な講義に費やさなければならなかったのですが、実際に大変有意義な講義も時々あります。今回の講義は私には大変興味深いもので、タイトルは「発達障害への理解と職場における合理的配慮」というもので、メンタルクリニックの先生が講義してくださったのですが、めちゃくちゃ面白かったです。

実際はASD(自閉症スペクトラム)の中のアスペルガー症候群の人間が職場の中にいる場合の対応に関する種々の実例を挙げてのお話で、実際にどこの病院でもこういう実例というのはあると思うのですが、身近でこのようなタイプの看護師に猛烈に悩まされた病棟に所属していましたので、なんだか既視感のある話ばかりで私にはアレもコレも納得のいく実例が多く興味深かったです。

結局私たちの病院に居たASDの看護師はある組織に駆け込んで、いじめに遭ったという事で訴えていたようですが、弁護士の勧めに従って「例え勝てる裁判」でも面倒ですから相手の言うままにしましょうという事で病院が倍の退職金と欠勤の間の給料を払ってお辞め頂いたようです。

病棟のほうでは皆「あの人が来ると胃が痛い」とか、「病院に来るとあの人一人への対応で疲れ切る」等という人が沢山いる状態でしたので、辞めたという話がさざ波の様に広がった後は皆で「申し訳ないけど助かりました」という心からの感想が出てきていたのには正直「でしょうな」と納得したものです。

しかし、言うは易く行うは難しでして、この一人の人の存在で病院全体が大揺れに揺れる状態でしたので、私は入職の担当に当たった看護部長を後々相当皮肉たっぷりに責めた覚えがあります。

産業医の講習会の様にそういう人への対応が絵に描いたように上手くいくとはとても思えませんでした。周囲のストレスは物凄いのです。

ここで一つ私が学んだ「確かな」こと。それは、前職での職歴がいつも短くて「前職で虐められて辞めました」という人が居たら相当注意してレッド・フラッグを上げておいたほうが無難だという事。

恐らくは、あなたの職場でも相当な問題を起こす可能性があると強く思います。


2023年11月17日金曜日

製薬会社の若手を鍛える

今日は夕方にある製薬会社の若手のプレゼンを見せて貰いました。

実は前回、当院にその若手が来てある製品のプレゼンをしたのですが、何とも歯痒い仕上がりでして、スライドの中身もメタメタならプレゼンも眼の前の原稿を「読んで」いるのが丸見えの状況。

その上で更に悪いのはプレゼンの後に行われる質疑応答がアカンというレベルでしたので、こちらも気の毒になってそれ以上の深い質問は避けました。

本質的にその薬品のウイーク・ポイントにあたるような質問を次々にしていった時などは敵も本腰を入れてきて理学部や薬学部卒の製薬に関連する知識を持ち合わせた人間を連れてきて「普段は見せないデータ」を見せてくれることもあります。

製薬会社も医師に薬のプレゼンをするときには本当にいろいろな方法で攻めてくるんですが、良くあるのは医局会で昼食を出してそれを食べている間に薬の内容説明などを行うというもの、その次はホテルなどに医師を呼んでそこに教授などを司会として置いておいて、他の教授などを更に演者としてプレゼンさせその中に売りたい薬の効果を紛れ込ませるというよなもの。

とは言え、最近はコンプライアンスの問題が大きくconflict of interest (COI)の観点からただでは食事を提供しないとかが普通になっています。更に昨今はコロナで人を集めなくなったため、ネットでの映像提供ですべてを済ませるような講演会の形式が標準となってきました。興味ある案件に関するネット講演会などは全国から6‐7000人ほどの医師がその画像を視聴する、等という時代です。

さて今回、その製薬会社から以前「不味いプレゼン」をしていたMRさんが来たのですが、私の居る病院で一時間の質疑応答付きのプレゼンをしていろいろとしつこい突っ込みを入れるという訓練をしました。

プレゼンが始まってまずすぐにびっくりしたのは、この一か月の間に猛烈にプレゼンの質が急激に上がっていて、きちんと訓練してきたというのが非常に良く判るほどレベルアップしていたという事がきちんと可視化されていて大変印象的でした。質問にもレスポンス良く答えてくれて、私は「やっぱ若い人の伸び代はおっきいな~」と改めて若さの持つ凄さに感心することしきりでした。

やっぱ大学院生よりかは商売っ気のある若者のほうが熱量が高いこともあるんですね。w


2023年11月16日木曜日

ボジョレー・ヌーヴォーを頂きました

私はワイン通などという世界の人とは対極の人で、酒に関する勉強をしたこともないし、出されたお酒は種類に関係なくまずは己で飲んでみてその好みは自分自身で決めます。

そんな中で見つけたのがどぶろく、日本酒、ウイスキー等でした。ビールは何だか量を呑むものではないかなというのが私のビール感。ロシアなどで飲まれるウォッカなどは何だかただの工業用アルコールの様な感じがして、私の様な普通の肝臓しか持たない人間には味わうとかなんとか云うレベルの飲料ではないと感じています。酔う為だけに飲むような飲み物はチョットね~というのが正直なところ。

そして時々飲んでいるのはワインですが、あまり飲みません。銘柄にもよりますが、カリフォルニア・シャブリを始めとしたロゼや白ワインを美味~いとは思うものの、なかなか赤ワインで美味しいと思うものはありません。勿論自分の探索が浅いだけで、見つけていないだけというのがほぼ確実なんですが、家族の誰かが家庭に育っていないし親父は酒はゼロ・トレランス人間なので、まあそんな家庭で育った人間の多くはこんなもんでしょう。

昔ヨーロッパに授業をサボって行っていた頃に飲んだトカーイ・ワインの強烈なアルコールの強さに驚愕した思い出とか、カリフォルニアでナパ・バレーに行ってそれなりに美味いと思えるワインを飲んだ思い出くらいはあるんですが、それ以上でもそれ以下でもありません。また、知り合いの女性にフランスまで本物のチーズ作りを二年ほど習いに行った女性が居て、その方にワインの話を伺ったのですが、奥が深すぎてとても一度や二度では理解できるものでは無い事が理解できた段階で理解が止まってしまいました。w

さて、そんな感じの私の浅~~~いワイン歴ですが、昨日いつも病院でお世話になっているリネンのおばさんから突然ボジョレー・ヌーヴォーを頂きました。私が驚いておばさんの所に行くと「いつもお世話になっているから!」との一言でおわり。
なんでも「私はなんもわからんからあんたならこのワインの中で何を飲みたい?」と言って選ばせたのが「Beaujolais-Villages Nouveau Vieilles Vignes 2023」と「Donmaine Chassagne Beaujolais Villages Nouveau 2023」の二本。タイユヴァンのセレクションが一本目、二本目は・・・わかりません。

連絡を入れたワイン通の女性からは「解禁日に飲むものですよ!」と言われたのですが、その時は既に日本酒が胃袋に。orz

日々これ勉強です!おばちゃん有難う。また、近隣の小旅行に家族で行きましょう。^^

2023年11月15日水曜日

世界に取り残される日本

ニュースを読んで今日もガックリしました。

NHS(National Health Service)が2040年までに子宮頸がんを撲滅するセッティングを行ったとのこと。彼我の巨大な差に溜め息も出ません。一部のヒステリックなファミリーの反応によってもたらされたマスゴミ共々の過剰反応が日本から正常な判断力を奪い「何時もの日本らしい」責任を誰も取らないシステムが本格始動。

このあたりは安定の大日本帝国健在でして、とにかく何もせずに理不尽なクレームが自分の周囲から通り過ぎるのをいつもの如くただ只管(ひたすら)待つのでした。時間が経過し、海外の知見や成果が華々しく報じられ誰も文句が言えない程に結果、成果が山積みになったところで恐る恐る日本版パンドラの箱を何処かの誰かがゆっくりと、コッソリと開ける。

今回その犠牲になったのは日本の若い女性達ですが、本来責任を取るべき行政の人間は子宮頸癌という疾病がその女性達を襲う頃には退職したりとっくに御役御免の世代になって責任など取れやしないのです。その事はブログで何度も書いてきました

イタリア、スウェーデン、オーストラリア等での取り組みも良く報道されますが、日本はようやく再始動のエンジンが掛かったばかり。

WHOとしては10万人あたり4人以下の発症率になった時に子宮頸癌の撲滅として定義して良いと考えているようですが、ワクチンの接種率を法的レベルで上昇させて、検診率を上げるとともに「男の子にも」当然のようにワクチンを接種することで男女間での身体的接触が大きな発生源となる疾患である本疾患を双方向から潰しにかかる確率がぐっと上がるわけです。

ただし、世の中にはワクチンに対するphobiaを持っている一部の人間達が、己の子供にまったく法で定められたワクチン接種を行わないという恐ろしい例も皆無ではないのです。

ゴリゴリの法的施策とふんだんに金を使うことで、おそらく「HPVによる子宮頸癌」になる人は本当にレアケースとして学会報告レベルになるほど減るかと考えられますが、必ず何時の時代にも反ワクチン団体は登場してくるでしょうから。天然痘のように世界から完全に消すことは出来ないでしょうけど、それでも多くの女性達はこれからも子宮頸癌ワクチンの恩恵に浴することとなるでしょう。

しかし、これからも日本の女性は先進国で生まれたにも関わらず、他の国々よりも遥かに高い確率で子宮頸癌に苦しむことになるのが目に見えているのです。残念。orz

2023年11月14日火曜日

どうしたら救急車を無視できるのか?

今日はビックリするような景色を見ました。

家に帰る途中にかなり遠い向こう側からでもすぐに判るギラギラと光り輝くライトを回す救急車の接近が認められました。方角的に東部医療センターあたりに運ぶ感じかな…と思われるような走行経路でしたが、そこに驚くべき登場人物を認めました。

モーセの出てくる出エジプト記における紅海を分けた無敵の力の如く、後方から接近する救急車を認めた車が混雑時にもかかわらず見事に道を分けていっているのが向かい側の私の車内からも良く見えていたのですが!

そこに迷い込んだうさぎの如く「一人の若い女性」が救急車の直ぐそこまで来ているのに気づかないかの様に横断歩道を渡って救急車の目の前に飛び出したのでした。ラフな格好でしたが、鞄を脇に抱えた30代後半くらいの感じの人にも見えました。結局、救急車のほうがびっくりして止まった感じ。救急車のまん前を小走りになるでもなく停まって救急車を優先させるでも無く、悠々と渡っていくのですから周囲はジッとその女性を見つめる感じ。
横断歩道の反対側に居た人達も、オイオイ!と言う感じで固まっているのが見えましたが、当然でしょう。

しかし、救急隊の人に言わせると緊急車両の周りで驚くような行動を見せる人というのは何処にでも居るとのことで、一々驚いていては仕事にならないと聞いたことがあります。まあ、私が救急車に同乗したときなども救急車の真ん前でずーーーっとゆっくり走り続けるトンデモ女が居たことは以前このブログにも書いたような気もしますが、こう言う人達というのはどういうメンタリティをしてるのか本当に知りたいです。

何処で生活し、日頃どんな発言をしているのか。そしてそういうシーンを咎められたらこの手の人達は何らかの言い訳するのでしょうか?教育によっても救えない人というのはやはりどんなレベルのどんな世界にも居るんじゃないかという気がうっすらします。

こういう行為をする人間をもし救急車が巻き込んでしまっても、きっと悪いのは救急車と言われるのが日本という国なんでしょうかね。

2023年11月13日月曜日

苦労知らずの金持ちって強いナ~w

医者になると金持ちと貧乏人が混ざります。

基本的に先ず国立の医学部と言うところには金持ち出身で良く教育の行き届いたお坊っちゃまというレベルの人間から、そこそこ金持ちだけどその金持ちのレベルが「育ち」にまでは影響を及ぼしていない程の連中。残りはいわゆるサラリーマンなんかの子供で、金持ちとは程遠い世界で普通の感覚で生きてきた連中。この中には私も含まれます。マア、その中でも私なんかは経済と言う名目でのカテゴリー分類では更に下層階級に属します。

そもそも学生の頃には家賃11,000円の幽霊屋敷と呼ばれる下宿に住んでいたのですが、戦後直ぐに建ったような建物で、共同風呂、共同便所で住んでいたのはたったの四人。自分以外の三人は革マル派の多浪医学部生と何時も酔っ払ってる建築労働者、そして隣は沖縄から来た貧乏歯学部学生でした。

貧乏すぎて仕送り無しの時期が長く、麻雀で先輩から金を巻き上げて糊口を凌いでいたのもこの時期でした。w

貧乏な学生の中でも私などは塾に行けるような金もなく、況や家庭教師などというのはどこの世界のブルジョア?というような感覚です。逆に医学部に入ってからは塾の講師や家庭教師にはなりましたが、そんなにお金が無さそうなのに意外と無理して家庭教師代を出す人達というのが居られるというのにおどろいたりもしました。しかし国立の医学部に学生としている間は貧乏人同士、自然に貧乏人の感覚が通じる友達が沢山いました。

しかし実際に医者になってみると私立の医学部の先生達と出会うことに…。

本当に金銭感覚が違う!と言うのはこの私立大学から来た先生方と出会った時に解った気がしました。その中でも中小企業以上のレベルの会社の社長の子供として生まれた先生で医学部に行った人達というのは「本当に」違う。

乗ってる車などはマセラティやポルシェというのはごく普通で、海外に行くにもファーストクラスをのチケットをごく当たり前のように購入し、友人の分まで!購入したりするのを見て「・・・」と言う感じ。

趣味にかけるお金の額も凄いのですが、一部の先生の仕事に対するヌルさも「・・・」と言う感じ。何というか別にマジメにしなくても良いし、金なんていくらでもあるから給料とか別に幾ら貰うとか気にもしなくて良いんよと言うレベルの人が居るのにはやっぱり驚きます。(本当は金のことを気にしなくていい人間こそが大学院なんかに行くというのが本筋なんだと私は思うんですけどね。)

金を得ようとしたら「医師」なんていうのは一部の自由診療を行う美容外科の人間以外は所詮下流なんでしょうね。w

2023年11月12日日曜日

インフルエンザの予防注射ズンズン

いま、病院内の職員さん達を中心に大量の予防接種を行っています。

週に二回の予定で都合四回のショットで先ずは職員を希望者全員イミュナイズ。その次に患者さん達の中で希望者を募って次々にショットなのですが、今の時点では数百人にショット済み。基本的にインフルエンザ・ワクチンは日本においては皮下注というのが基本的な状況なので、新型コロナワ・クチンのショットのように筋注とはなっていません。

ショットを打つ時に必ず出てくるのは本物の注射嫌い。大人かつ成人の医療従事者であるはずの男女なのですが、自分が注射を打たれる番になると本当に子供に戻ってしまう人がごく一部ではありますが「毎回」居るのです。w

列に並んでいて自分が打たれる直前までは緊張した面持ちで並んでいるのですが、いざ座って打たれる番になると本当に「うろたえて」右往左往して子供のようにワーワー言う人が居るんです。

当病院では男女の医師が一人ずつ。そして看護師さんにも一人居られます。何というか、毎回こっちのほうが冷めてしまう感じのうろたえ様なんですが、きっとチビちゃんだった頃はお母さんにむんずと腕を掴まれて大泣きしてたんだろうなと想像してしまうのでした。

何人にもなにがしかのphobiaというのはあるものなんでしょうが、こういうのって先端恐怖症なんでしょうか、それとも痛覚に対する幼児体験に伴うPTSD、そしてその延長上にあるpanic disorderの様なものなんでしょうかね?わかりません。

しかし、目の前で大の大人が子供に戻って逃げ回る様を見ていると「人間って体の底から出てくる恐怖には生物として正対出来ないものなんだな~」と逆に学びを感じてしまいます。

まあ、自分の場合は体の底から出てくる恐怖というのは高さに対する恐怖ですけどね。こればかりは体が竦んでどうしようもありません。動かなくなるんですから仕方ありませんね。原始的な生物としての危険の感知なんでしょうが、世の中には高さが全く怖くない人達がいますので、その人達にしてみれば高さを怖がる俺を見て思うのは私が注射を怖がる人を見て抱く感想と大差ないのでしょうね。

恐怖って不思議なもんです。

2023年11月11日土曜日

仕事をしない、責任を取らない医者

勤務する病院にタイトル通りの医師が一人います。

外来でも病棟でも働かないことで有名で、患者に対する愛情も何もありません。本人にはあるつもりなのかもしれませんが、少なくとも外からは欠片もそれを感じ取ることが出来ません。

(何科の人間かは身元がバレるといけないので書きませんが)以前も彼の領域のスペシャリティである患者さんのコンサルをした事があったのですが、彼の以前所属していたその科のドクター達からも猛烈に胡散臭いドクターとして嫌われていて、彼が患者を送るか送らないかで時間ばかりが経っているうちに私の病院に来ている(以前その問題がある先生が所属していた科のバイトの)先生が「私の名前で送ります」と私からコンサルして、患者さんの画像を見て30秒で決断して下さってその患者さんが助かったことがあります。

この医師に対しては病棟の看護師さん達がそもそもある一定レベル以上の仕事を頼まなくなっておりまして、形式的に程度のごく軽い患者さんを一人か二人割り当てています。まさに形式的にと言う感じ。w

しかも、この医師は自分に仕事が割り振られないことを良いことに理事には別の医師が「私が仕事をする前に他の医師が早朝から入ってきて仕事を取っていくんです」と訴える始末。ところが、理事は既にその異医師の悪評や事実関係を正確に理解しておられまして「知らぬは己ばかりなり」状態。不満を上に上げること自体が呆れさせていることを知らないのは御本人ばかりです。

何故自分の患者を持たないのかと思ったら「責任を取りたくない」「面倒な患者説明やその家族への説明をしたくない」というコミュ障ならではの理由がそのメジャーな理由だと推察されるます。

以前呆れたインシデントがありました。それはある別の科の先生が主治医となっている患者さんのカルテに自分はこの患者を頼まれて手短かに診察しただけで、以前から関わってはおらず、今後何かが起きても現在診ている医師が責任を取るベきであるというような文言をA4の紙にワープロで打って綴じ込んでいるのを発見した時のことで、まさに開いた口が塞がらないという感じで愕然とした経験がありました。

昼の休憩時間には院内に存在しませんし、一体どこに行っているのか。orz

そのうち上から沙汰が下るような気がしてなりません。


2023年11月10日金曜日

能面作りに行く次女

 アメリカから一時帰国している長女も家で何だかよくわからないアート作品を毎日作っています。

仕事をしながら、遊びながら、旅行をしながら、アート作品を作りながらの日々を過ごしているのですから私のような昭和の職業倫理感を持っている人間からしたら「謎」の人生です。基本的にリモートワークの登場というものがもたらした新しい世界に住んでいる世代の仕事に対する感覚は私にはもうトンと理解できません。

さて、家にはアートを作成し続けるもう一人の人間として次女も居ります。その次女が最近私に対してある資金援助をリクエストしてきました。

それは能面製作を行う教室に通いたいというものでした。最初は?と言う感じでしたが、この前から能楽を観に行ったりしてそれなりに何らかの知識を日本の能から吸収しようとしている感じはあったのですが、最終的に能面製作も行いたいと何処かからかそういう教室があることを見つけ出してきたみたいです。

NHKカルチャーに「能面教室」というのがちゃんとありまして、日本能面工芸会主催の展示会に向けて制作していくようで、教室自体はトータルで10回ほど催されるようで、それに参加するために道具や材料・受講料が必要で、初回はやはり諸々込みで8万ちょっとかかるようです…。

今回のリクエストはその支援という事なのですが、種々の画材といいこういったょうコク関連お道具、材料といい「やすいもの」は本当にない感じですね。音楽関連の習い事にかかるレッスン料などに比べればどうなんだろうというところなんですが、アートは金が動く世界なんですかね。しりませんが。

娘のような初心者は先ずを作っていくみたいです。

まあ、翁の能面は女面のように怖さ、不気味さが大きくありませんのでとっつきやすいのかもしれません。女面は何だか家に飾ったら魂が籠もりそうでちょっと怖いですしね。w

次女が今回の経験を何らかの形で自分のアート・ワークに活かして欲しいものです。

2023年11月9日木曜日

今年は病院にも忘年会が戻ってくる模様

「遂に」というか、我々の病院に忘年会が戻ってきそうです。

今年は特に禁止令のようなものは出ておらず、我々の所属する内科病棟でも師長さんから「先生、今年は病棟主催の忘年会をしようと思ってるんですけど、何日なら空いてますか?」という問いかけがありました。

私は「あ、今年はやるんだ?当直の日以外なら何時でも良いけど?」と返事をして数秒後には取り敢えずの日が決められたようでした。

新型コロナの流行は未だ存在していて波状攻撃が続いているわけですが、明らかに低下しているその病原性とより拡散しやすいその性質の変化が新型コロナに対する社会自体の対応の変化を生み出しました。

最近は地下鉄に乗っても、ショッピングモールに行ってもマスクをしている人の数は本当に少なくなりました。特に道を普通に歩いている時にはマスクをしている人のほうが大幅に少ないという状況が普通だと思います。少なくとも名古屋では!想像に難くありませんが、長女に言わせるとアメリカなんかではしてる人なんていない…という事なんですが、最近はアメリカの日常を知らなくなっている私は彼女の言う事を素直に信じざるを得ません。まあ、そのとおりだろうと容易に想像できますけど。

とは言え病院内ではやはりコロナの院内感染が戻ってきており、看護師やその他の人間からの持ち込みのラインというのが確実に存在しているのは否定できない事実です。それでも、死者が出ていないという意味では2類であった以前の新型コロナとは別物かなと思います。

それでも忘年会という「以前の日常」を戻すべきか否かと言うのは大いに悩むところで、post Coronaという時代においてその自粛の影響が何処までも何年も後を引いて良いのか?というのも実務的な質問。医療機関だけは何時までもすべての院外活動に自粛を続けるべきなのかというのは検討すべき課題だと思いました。

一般の会社の皆さんというのはオフィスビル内ではどんな風に過ごされてるんでしょうかね?飲食関連の接客業ではデフォルトはまだまだw/ maskみたいですので、医療関係と同じなんでしょうが。

さて来年の年末は更に緩くなっていくのでしょうか。来年はこのあたりの記事を読み返して答え合わせをしたいと思います。

2023年11月8日水曜日

偏屈クソジジイの心を溶かす孫パワー

精神科病棟に「煮ても焼いても食えない」と言う表現がピッタリ嵌るような偏屈な爺さんが入院してきました。

私からすると、ただ困った患者さんなんですがその心根を考えると憎めない。しかし、インタビューをした御兄弟に言わせると「単なる学歴コンプレックスの塊で、誰からも愛されない偏屈者。大学の非常勤講師に一度ついただけの非正規就業者」等との酷い解説。w

まあ、兄弟からの言われようはこのように結構切り捨て調なのですが、この患者さんの様子を見ていると先ず根底にあるのが昭和のクソ親父にありがちな女性蔑視。そして次にあるのはレ当館の裏返しのような偏差値信仰。そして固くぶつかってくるものには激しく反発するということでしょうか。

ですから「男性・医師・主治医ではないので特に患者さんの言動を責めることもない私」に対してはそれなりに言葉の遣り取りをしてくれますが、主治医である精神科の女医さんにはもう滅茶苦茶な暴言。実際は地方のホテルなどで問題を起こしたりして警察や病院のご厄介になっておられるとの事なんですが、なんかテレビを一時賑わしたアノ「マスク男」ってこんな感じなんだろうなと思ってしまいます。

一方的に自分の考えを滔々と述べて異論は挟ませず、討論をする時に理屈の上で追い込まれると感情的になって「屁」理屈で粘るということの繰り返し。結局は周囲の誰からも愛されず増々孤立していくという悪循環。

他の大きな病院でもかなり手を焼いたようで、看護記録や医師からの診療情報提供書には服薬拒否や入浴拒否、摂食拒否などの種々の抵抗の末に身体が衰えてしまいADLも低下し続けてきたことが記録されていましたが、何と戦っているのかよく見えません。あえて言えばそもそもが存在しないプライドの保持に戦っているような?

この方もう70代なのですが、名古屋大学のXX先生とか偏差値がYYとか受験生のようなことを縷々言われるのですが、相手しているこちらは「ふーん」と言う感じ。何だか見ていて可愛そうというか愛おしくなってしまいます。偏差値教育の「被害者」なんだろうな~と感じるんですが、この爺さんの心をも溶かす相手が出てきました!

それは入職してまだ半年の私からすれば娘の世代、爺さんからすると孫の世代に当たる初々しい女性看護師です。

本当に淡々と、しかし誠心誠意対応するこの女の子には爺さんも「何故か」心を開くようで、最初はツンデレ風だった応対も次第に和らいで、固まった体も拭かせてくれて、眼脂も拭き取らせてくれて、飲み物や食べ物は勿論のこと服薬までも再開してくれるという劇的な変化を起こしました。この女の子の前では変な屁理屈も弄しません。w

偏屈爺さんのカチカチの心を氷の中から救い出したのは北風ではなく太陽だったのでした。

2023年11月7日火曜日

施設における虐待と役所の対応

役所というのは不思議んところです。

基本的に日本の役所の人間というのは与えられた仕事が明確であればサクサクっと仕事をこなす能力を備えた人達が揃っている場所だというのが基本的な私の認識。しかし、与えられた内容が自分の部署でないとか、何をやって良いのか明文化されていないことに関しては本当にヨワイ。
要するに「何をして良いのかわからない」ということなのでしょう。

もう一つ役所が嫌うことが「責任を取る案件」を取り扱うことでしょう。我々の病院でも、万一受け容れた患者に虐待の疑いが有った時には必ず、そして迅速に報告する義務があります。ところが役所は法令で決まっているこの様な虐待の可能性のある案件に関与することを避ける傾向があることを明確に感じます。

それは警察も同じ。一旦この様な案件が捜査の対象として動き出すと物凄く長いプロセスを経て書類と証拠の山を積み上げて刑事被告人を追求することになる訳ですからその想定される最終的なプロセス長は年単位のものになる事は必定。

それでも私は思うのです。必ずやれ!と。無念の思いを持ってその虐待を伝えられなかった精神障害者や精神発達遅滞の人間の想いを代弁してあげられるのは我々医療従事者と法務関係者を含む公的機関の人間しかいません。

障害のある人間、何らかの疾病を得た結果として自分の思いを表現できない人間を虐待する人間は決して許さず「何処までも」その犯罪を追求し責任を取らせる思いを決して己の内側から消す事の無いように炎を燃やし続けていこうと思っています。

虐待は犯罪。
明確な事実です。そして、医療機関から通報が有った際にそれを明確に検証しない公的機関があると感じたら私自身は個人的にであってもそれをあらゆる手段で明確に公表して追求していく所存です。

2023年11月6日月曜日

精神科医にはやっぱりなれない

 私は精神科の医師ではありませんが、精神科のドクターが周囲にウジャウジャいるのでそのため息を聞くことが良くあります。

多くの場合は「問わず語り」の話なのですが、ドクターの悩みを聞いていると(何度もこのブログには書いたセリフですが・・・)本当に「俺には精神科医とか無理だわ」と思います。

若年者の複雑性PTSDのレスキューとか、発達障害のなかでも生活保護の中で妙ちくりんで自分勝手な理屈を並べ立ててくる連中とか、朝機嫌良く甲高い声と共に満面の笑みで挨拶してきたと思ったら昼擦れ違った時にはもう鬼か能面のような顔をして脇を通り過ぎたりするような双極性障害の人とか。

病院の性質上、内科外来の廻りでも種々の患者さんが来られますが、多くは認知機能障害。その他に統合失調症、妄想性障害などの疾病と診断されている方々なのですが、そのような方々は少なくとも私にとっては所謂「慣れた方々」でありまして、ほぼ全員がみんな可愛い愛すべき対象です。

しかし、上に書いた中でも私が正直人間として普通に対峙出来ないな~というのが、知能などの問題は大きくないのに大言壮語したりオタクっぽい理屈を並べ立てるのに、実生活はデタラメで全く何も達成できず。更には朝起きられないとか言うのに実際はスマホのゲームに生保の金をつぎ込んで夜遅くまでハマり続けているせいで起きられ無いだけというのが実態。この人物、言うに事欠いて「自分のゲームの課金のためにもっと生保の基礎支給額を増やしてもらいたい」等と碌でもない発言を精神科医に言ったりするのです。

そんな発言を直接・間接に見聞するもので、私のような気の短い人間はそのあまりの身勝手かつ不見識な発言にそれを嗜めるような話をするのですが、それが気に入らないらしく私の内科外来に来たがらないような状況になったりしています。

その話を精神科の先生にしたところ「先生、普通の人と思って話をしたらダメです。先生の方にストレスが溜まるばかりで、良いことは一つもありません。障害として対処しないと」と笑われる始末。

確かに疾病としてフレーミングして観察をすれば冷静になれるのでしょうが、私は患者さんを普通の人として応対することで話を始める人なので、精神科のドクターのような「普通だったら我慢ならないようないろいろな語り」を淡々とカルテに書きつけながら対応を取るなどという事はとても冷静には出来ません。

そう考えると、やっぱり俺は精神科向きじゃないわ・・・と言う結論に至るのでした。



2023年11月5日日曜日

阪神タイガース38年ぶりの優勝!!

59年ぶりの関西対決と38年ぶりの日本一。

岡田監督が27歳の時(私自身は二十歳!の時)に選手として優勝を経験していましたが、監督としても65歳で優勝達成。夢を叶えるために実質的に「阪神」に一生を賭けた男の中の男となりました。

勝負の流れを大きく変えたのはシーズン中は選球眼の無さで問題児と言われていたノイジー。4回に5番打者の彼がスタンドにドでかいHRを叩き込んでWBCの優勝の立役者の一人である宮城を粉砕、その次の比嘉もその次の大山も火のついた阪神打線にボッコボコに打ち込まれ、5回までにほぼ勝負の趨勢は見えてしました。いわゆる勢いの差という奴ですね。

大阪のパブリック・ビューイング会場となった阪神甲子園球場も大盛り上がりでしたが、当然でしょう。正直なところ甲子園球場のほうが盛り上がった感がありましたがそれも宜なるかな。基本、阪神応援団のみで構成された場所ですから一体感は桁外れでしょう。

監督の勝利者インタビューで監督がオリックス・バファローズに対するリスペクトを強く表現していたのも深く印象に残りました。これぞ人生の重みが為せる成熟した指導者の心の発露ですよね。

バファローズはそもそも近鉄の名称。阪急ブレーブス>オリックス・ブレーブス>オリックス・ブルーウェーブ>オリックス・バファローズとなりましたが、私にとっては日本における野球というスポーツの存在は近鉄の消滅とともに無くなったのですが、こういう形で何度も日本シリーズに出てくるのは近鉄のおかげだと「私は」勝手に思っております。w

それにしても、印象深かったのは今年の7月に亡くなられた横田選手のユニホームを掲げて監督の次に胴上げされた岩崎でした。私には亡くなった横田選手も一緒に胴上げされているのが見えました。御家族もファンと一緒にきっと心から喜ばれたことと思いました。

何はともあれ西日本の軍団が勝って良かったです!


2023年11月4日土曜日

50年ぶりに将棋をしてみたら…

本当に「超」が付くような久しぶりの感じで将棋をしました。

とは言っても、スマホにインストールした将棋ですが。正直この50年間ほど駒を握ったことは勿論、誰かが将棋をしているのを横から見ることもありませんでした。医局で極マレに将棋をしている年寄りの先生が居ることは居るのですが、いつも忙しすぎて脇を素通りするばかり。

今日やってみた将棋ソフトはダウンロードした三つのソフトの中の2つ。将棋連盟御推薦の将棋ウォーズ、そして将皇と将棋クエストをダウンロードしたのですが、とりあえずやってみたのは最後の二つ。

赤ちゃんレベルの強さとその次の次のレベルまでは何とか訳の分からないまま勝てたのですが、見ていても明らかに無駄打ちをしてくれたり、こちらに反撃できるのに反撃してこなかったりと「わざと」負けてくれているのがド素人の私にも解るレベル。この辺りまではユーザーを離さない設定で「まだ」優しいです。w

そして第四段階になると、初めて「型」というのが相手の打ち手に登場!ややこちらも緊張感が上がってきたのですが、この段階から己の打ち手に「あ、しまった~」が連発。まだまだ弱~い筈の、旅立っても居ない最初の村の段階で既に負けを記録してしまいます。待ったが効かないシステムであるのも辛い。(^^;)

しかも、50年ぶりに将棋をしてみて判明したのは桂馬の動かし方を理解していなかったこと。桂馬がT字型に動いて二つ向こうのラインの正面3つ全てを取れると思い込んでいました…。もう本当になんちゅうか、、、この時点では既に情けなさ過ぎて「あ」という言葉も出ませんでした。orz

今回、いきなりの将棋再体験を思い立ったのは藤井八冠の師匠の杉本昌隆八段の書かれた「師匠は辛いよ」とう本を読んでみて将棋やってみようかな?と思ったことがきっかけでした。

そもそも私が小学校低学年の頃以来将棋をしなくなったのは母の弟二人が滅茶苦茶将棋好きで、その二人の叔父がコマの動かし方をようやく覚えたばかりの小学2年生の私を代わる代わるこてんぱんになぶって以来「コマは握りたくない」というトラウマを植え付けたからでした。

まあ、藤井八冠ならここで猛烈に悔しがって盛り返すのでしょうが、私は負けず嫌いでもなく、藤井八冠のような超天才でもなく。<言い訳。

もう少しソフトで遊んでみようと思います。

2023年11月3日金曜日

看護師さんのリクルート方法

最近更に看護師さんのリクルート方法が変わってきています。

以前の募集と言えば履歴書と面接の後に採用可否通知があって試用期間を経て正式採用というのが日本のスタンダードだと思っていたのですが、最近は履歴書に書いてある「以前いた病院」での職務内容やその時期に関する種々の情報まで込みで書き込む別紙を提出させてから面接に臨むことが多いのだそうです。

もう一つは看護師専門の人材派遣業。これは巨大システムでいわゆるピンハネ業ですね。wこれも良く使われているんですが、まあ本当に玉石混交。多くの病院の理事長や院長はこの人材派遣業にお世話になりつつも毎回騙されて大枚を叩かされ続けています。

各病院にとっては良い人材、そして出来ればその良い人材であって「かつ」長く残ってくれる人たちを求めているのは当然。きちんと働ければ年齢は問わず、性別も問わずというのは近年ごく普通の事なのですが、例えば市井の❝非医療職❞の人達が頭の中で優秀なのでは?と考えているような大学病院や国公立の病院等から来る様な看護師さんには残念ながら頭でっかちで、とてもとても普通の私立の病院では(少なくとも最初は)使えないような人が混ざっている事も多いのです。

上に書いたような話がトンデモナイ偏見と言い切れれば寧ろ良いのですが、実際に看護師さん達は結構「単能的」な方々が多くて、私立の病院の様にアレもコレもと言った感じでマルチプルに雑務をやらされてきた経歴が無い人も多くて、年がら年中採血する部署にいる人とか、カメラ室専属とかいう尖った育てられ方をされていることも多く、そのようなシステムが普通と思っていた人達が「外の世界」に出てくると、巣の内側しか知らなかった雛が初めて空を飛んだら何じゃこりゃ?という状態になることが多いのです。

しかも、看護記録や勉強会をする事がメインの仕事だったような人達からしてみれば、医者に言われて「あれ持ってきて、これ伝えてきて」なんていう今までの病院ではあり得ないような指示が出されるようなシステムは恐らく耐え難いものである部分も無いとは言えず、辞めていく人の中には(極マレであるものの)3日で辞めちゃうような人とか、一か月だけとか一年で~なんていう人は意外と多いのです。

正直なところ「一体どこのどいつが採用したんだ?リクルートの責任者出てこい!」というような人物も時には採用されている訳なんですが、そう言ったすり抜けを防ぐためにでき始めた近年の履歴書以外の用紙提出なんでしょうね。日本の雇用法は絶対的に被雇用者が強いので、一旦採用しても試用期間だろうが何だろうがそう容易にはもう首を切れないのです。orz

アメリカの様に(場合によっては数枚の)推薦状を持ってないと次の職場に行けないようなシステムにしておけば良いのでしょうが、まだまだそれがスタンダードになのは日本では一部の外資系等の高級職に限られているのでしょうね。



2023年11月2日木曜日

女性に多い訴えへの対処

女性の体調不良の訴えは内科外来では頻繁に出てくるトピックスの一つです。今日もそのよな訴えへの対応が多い日でした。

彼女たちの訴えの中身を詳細に伺う過程で実際には自身の生活のプライベートに関する問題が聞かれることが多々あります。身体症状としては耳鳴り、頭痛、吐き気、ふらつき、肩こり、ホットフラッシュなども含めた不定愁訴とも言えるような外来での訴えはごく日常的なもの。

これらの問題は慎重に判断していかないと、心的要因で発生している等という言葉で一括りに処断するのは完全な間違いで、実際にその症状のバックグラウンドでは明確に診断のつく種々の重大な疾病が隠れていることも本当にたくさんあるからです。

例えばふらつき、めまいなどの訴えの外来患者のデータを見ていくと高血圧や鉄欠乏性貧血が隠れていることは良くあることで、これは鉄補充で劇的に改善されていきます。肩こりの原因には腱板断裂も数多いことに驚きます。また、内臓疾患からくる連関痛も良くあることで、婦人科領域の子宮筋腫や子宮頸癌、卵巣癌等も稀ならず発見され婦人科等との連携も重要です。

女性の付属臓器の腫瘍や子宮内膜症の検索なんて言うのは想像とは真逆で、臓器自体の構造も複雑で、診断も全く易しいものではありません。大切なのは疑わしいと思われた場合には迷わず適切に婦人科に紹介を行うことで、あれこれ悩まず、自分で抱え込まず患者さんの万一を考えて「餅は餅屋」に任せています。

しかし、そういった画像やバイタルから検査可能なものだけでなく心のストレスから来る症状が多彩なのも女性には多いと感じます。男性でも抑うつ症状の手前などで何らかの身体症状がサインとして出てくることも多々ありますが、女性はそれ以上にサインが頻回かつ多彩な印象があります。

こういう時は問診で話を詳細に聞くことが大事で、その裏側には介護での疲れ、家庭での子供や家族間での悩み、職場での過重な仕事や対人関係に絡んだ軋轢等が多彩な心因性の症状の発端になっていることも多く、それらには漢方がよく効くことがあります。しかもびっくりするほど。

ただ、こういった漢方処方は我々は大学の薬理学で学んできておりませんので、どちらかと言うと独学や漢方を得意とする先生からの「お知恵拝借」が多いのが正直なところで、東洋で長年に亘って積み上げられてきた経験値がナチュラル・アルカロイド等の力を借りて心や体の複雑な問題をマイルドに解決するのをみると、最初は怪しんでいた漢方の効能も効く時は効くな!と納得すること頻りです。

男性とはちょっとスペクトルの違う女性特有の悩み。医師にとっては常に奥の深いテーマです。


2023年11月1日水曜日

ブログ・ランキングのバナーが問題になりそうなので外すことにしました

何だか良く解らないのですが、「恐らくは」ブログの下にいつも張り付けている「ブログ村」とブログ・ランキングのバナーがグーグルが配信する広告主様の広告配信に邪魔な様なのです。(詳細は不明なのですが、問題はおそらくそれくらいしか見当たらない)

と云う訳で、サイトの中からこの部分ともう一か所だけ気になっている部分を削除したいと思います。

今までこのブログ・バナーからのフィードバックでこのブログに辿り着いて来られた奇特な皆様ありがとうございました。mOm

まあ、そもそも読まれようが読まれまいが個人の日々の考えや日記の代わりに使っていた記録付けの為だけのサイトですので、記録全体が記入できなくなるほうが私には問題ですので、グーグル様の御意見に従って削除などを導入してみたいと思います。

と云う訳で本日より記事内のバナーはゼロとなりました。

とは言え、17年分全部削らないとダメなのかね?考えただけでぶっ飛びそうです。orz

2023年10月31日火曜日

オバちゃん、全然ダメじゃんw

端っから駄目とは思っていましたが、やっぱり駄目でした。

日大理事長への就任記者会見の時点で「何であんたが?」という感じで、私は冷たい目線をこのルンルン・オバさんに投げつけていたのですが、ここまで駄目とはね~というのが逆の意味で驚いたというのが正直な感想です。林真理子さ~ん、器じゃ無いですヨ!早く気づいて。w

そして、もう一つの驚きは「まっくろくろすけ」こと前・田中理事長があそこまでボロボロで、ありとあらゆる事をやらかし続けた挙句に辞任したのに、それを通じて日大がコンプライアンスの意味を全く学習できなかったという事実です。

ルンルンすっからかんさんには最初から期待ゼロなんで、まあ当初予想通りのダメっぷりが単純に顕在化しただけの話なのですが、組織としての日大が全く機能していないというのがお笑いレベルです。

長い間、お相撲オジサン達に好き勝手に大学を弄られていたツケなのでしょうか、いきなりガバナンスを形成する自由を与えられても、コンプライアンスとは何かと云うところから始めるべきだったのでしょうが、理事の皆さんもいきなり天から降ってきたルンルンさんと一緒に爆死してしまいました。

まあ、ここは速やかに全員辞任させて(辞任しないなら馘首で)現在のNEW NICHIDAIなんていう看板を外すか、NEW NEW NICHIDAIとかいうようなネタレベルのお笑い標語を提供して心機一転を図られては如何でしょう。

学生がいくら頑張ってもトップの連中がこれじゃ~ね…っていう世界はまさに今の日大。つい先日、3年連続で私学助成金連続不交付という不名誉な新記録を達成したばかり。以前は年90億貰っていたといいますから、ルンルンオバサンが居るだけでこの記録は更新され続けられそうで、外野で見ている私としてはワクワクします。

一言「我々の税金が馬鹿共の飲食代に消えなくて良かった!」というべきなのでしょう。なるべく長く、このルンルンさんにトップに留まって頂き日大がどの程度ダメージを受けるのかという「危ない実験の先」にあるもの=怖いもの見たさというのもあるのでした。

でもまあ、ステークホルダー達から引きずり降ろされるやろな、、、。無理。

2023年10月30日月曜日

5分前の記憶が消える

基本的に私自身は記憶の「能力」というのがとても低い人間です。

小学校の頃から年表の数字とイベント合わせとか本当に最悪の記憶。書き出すだけ書き出して結局何も覚えられなかったという苦い記憶だけは鮮烈です。w

しかし、長ずるに連れて世の中には凄い記憶力の持ち主が居ることを実体験として何度も見せ受けられます。その記憶の方法も開陳の仕方もその人達其々にかなり独特なのですが、それも記憶の世界の面白さなのでしょう。

ある友人はテストの前に山川出版の日本史と世界史の教科書を脚注の所も含めて全部覚えてくるのでした。そしてその記憶を辿る時の様子というのが面白くて、目玉を上転させてプルプルと眼球を震わせながら頭の中の教科書を読むような感じで全文を読んでいくのでした。

また医学部に入ってからは、本当に普段から何もしない私の出席番号近くの友人がテストの前日などに私の部屋にやって来て「おい、今から遊び行こうぜ!」とかいう感じで悪魔のお誘いを毎度の様にしてくるんですが、解剖の試験などでも、脈管や骨、神経解剖なども含めて全て「前日に目でなぞるだけ」で覚えていくのです。

眼の前で見ていると、本当に30秒毎くらいの間隔でページを捲りながらあっと言う間に明日の勉強は終了。こっちはそもそも何も覚えられないので「おめえはあっち行け馬鹿野郎。w」という感じで揉めるのでした。結局一緒に酒を呑みに行ってあっちは受かって己は当然の如く再試という憂き目に。orz

そんな人間暗記パンのようなチート能力を持っている人間を見るとウググとなりそうですが、やはり上には上が居て「意味も解らず」眼の前に提示されたものを全て即座に覚える様な能力の人物達、いわゆるphotographoc memoryを持った人間が歴史上何人も居りますので、人の能力の桁違いの深みというのには毎度驚かされるとともに己の中に何も無いというemptinessに凡人の中核を成す「凡人力」をただ一つだけ見出すのでした。w

記憶に纏わる思い出を書き出したのは患者さんで5分前の記憶が見事に消えていく器質性脳障害をもつ患者さんの事を今日、病棟で診ていて「うーん、どうしても継続性を持った指示が入れられないな~」と考え込んでしまったからでした。

御本人に確認してもつい先ほど懇切丁寧に説明したことをまさに「漂白したように」奇麗サッパリと忘れてしまう状況。ベッドの脇に色々と易しい言葉で書いてあげるのですが、それも読んではくれません。

MRIで解剖学的なスクリーニングを行うとやはり記憶を担う海馬領域に明確でシリアスな変化が発生しているのでした。

世界が巨額の金を投じてこの領域の変化を抑える薬の開発に鎬を削ってはおりますが、未だ曙光は見えずと私は思っております。私も影響を受けるんでしょうかね…。その時はおんなじ記事をここに毎日書いているようになっている気がします。w


2023年10月29日日曜日

年齢と仕事の限界

高齢になっても仕事が続けられるというのは良い事だと思います。

ただし、それは続けられるという「可能」である事を表現しているだけのお話で、そのクオリティが維持される限りという大前提があっての話。

仕方のないことですが、加齢に伴って若かりし頃の仕事の速さ、正確さ、その熟す量などはあるところでピークを迎えたあとは落ちていきます。その落ちる速度はまさに人それぞれでしょうが、ある時点で急速にダメになる人は余り居ないと周りを見ていても感じるのですが、いわゆるズレが目立つようになって次第次第に周りの平均的期待値に添えなくなって、最後には「老害」と陰で呼ばれるようになるのでしょう。

そういう意味では平均的な退職年齢というのはそれなりに考えられたシステムだと思うのですが、実際にはその歯止めが効いていない組織があるのもまた事実。私的な組織においてownerがその退き時を認めない時などがその最たる例でしょう。

巨大な組織でも、その人物の存在がその巨大な船を沈めたり傾けてその船員達を諸共に沈めてしまうような事も稀ならず起きる訳ですが、それが他人の組織である間は最悪でも「ご愁傷様」で済むのでしょうが、それが己の所属する組織に起きれば……。

実は病院という組織は公的な機関であれば基本的にかなり厳密に定年制によって人員の強制入れ替えが「淡々と」進むのですが、私的な医療機関ではそれが決まっていないことが多くて、その弊害が様々な形で表に裏に出てくることになります。

一番の問題は「自分はやれている!」という勘違いの下で組織を動かそうという人物の存在。明らかに周囲からは「認知入ってる」とか「もうあかんやろ」とか言われているんですが、残念なのはそのトップやトップ下を取り除く人が誰も居ない時。

実際に私は近所の私立大学や私的なownerのいる病院組織でのその手の話を山のように聞いていますし、実際に医師のネット・フォーラムでも良くその手の話が漏れ漏れになってきては、明確に「ああ、あの大学か」とか「アノ病院だな」とかいう感じで裏が透けて見える様な感じです。

何時も恐れているのですが、それが己の組織に起きないことを心から祈るのみです。家族を路頭に迷わせることが無いように、万一の場合の為にエスケープ・ハッチを見つけておかなければならない!と云うようにはなりませんように…。

2023年10月28日土曜日

新しいiPhone15Proの到着と地獄のセットアップ

思っていたより「かなり」大変でした。

今回実質的に7年振りのスマホの新調でiPhone15を褐炭は良かったのですが、お金をセーブしたくて色々なことを同時に更新しようとしたら多数の見えないバリアが眼の前に登場して文字通りヒーヒー言わされました。

テレビ番組ではないのですが「何と言う事でしょう!」というアノ声が聞こえてくる事数知れず。

まずは私自身に届いたスマホにeSIMを導入するという初めての経験から開始。最初に新しいiPhoneを立ち上げると次々に何をすべきか指示が出てきますのでそれらに素直に従っていくと古いiPhoneからデータその他の必要な情報のほとんどが徹底的に吸い上げられていきます。その上でWiFiに繋いで、古いiPhoneでセットアップしておいたeSIMの為の番号を使ってeSIMをダウンロードしてしまえば一気に開通でした。

その瞬間に今まで使っていた物理SIMの入った古いiPone8は電話が掛けられなくなりました。当然と言えば当然ですが、感覚的には不思議なものです。この技術にどれほどの数学がつぎ込まれているか考えただけで人類の姿勢に畏敬の念を覚えました。

今回したことを直接DoCoMoでやったら一台につき余計に数千円ずつ払わないといけませんので、金の事を気にしない私以外の家族のメンバーには任せられません。w

と云う訳で、次にやった事はアカウントの契約をムカーシ、ムカシに契約して放ったらかしにしておいた家族シェアパック30の解約、その次にはそれをirumoの9ギガという契約に変更(事前に数か月分の私のデータ使用料を見ていったところほぼ10ギガを超える事はまず無いという事でこれに決定)、その上で家族の残りのデータ・プランを変更していくというものでした。

ところが、始める前に予感していた漫画の様な事態が発生。指示に従ってやっていってもいろいろなところで躓きます。もっとも大変な障害は個人認証に関するもの。本来何の問題も無く通っていくべき所が最大の障害になって先へ進めません。

何が大変かというとほとんど問題なく吸い上げられた情報は「銀行やクレジットカード以外の情報」であって、実際にスマホで使うそれらのIDとPW類の入力に当たって、それ以外の個人情報を色々と入力しないといけないのでした。これが大変。

5年以上前にセットアップしたPW類はマイクロソフトのAuthenticatorにお任せ状態で、メモも既に古い状態。かなり忘れたものが多く、これをリカバリーしながらの再セットアップが鬼状態。orz

おまけに本来ならば何の問題も無しに次に進める事の出来るはずのステップが進まないシーン連発で、堪り兼ねてそれらの関連会社に問題解決のコールをしてステップを踏んでいったのでしたが、会社の人も理解できない謎の問題が更に盛沢山。それでも、最終的には全問題が何とか解決して「肩の凝り」は発生せずに済みました。

もう世の中からPWというシステム廃止して生体認証だけにしてくれ!頼む。私の様なズボラなオジサンには幾つも幾つもIDとPWを揃えるのは厳しいのよ。w

それにしても、各会社のカスタマー・サポートの窓口の人達は毎日毎日こんな訳のわからない電話に懇切丁寧に、辛抱強く対応されてるんですな…。頭が下がります。自分なら一日で退職か続けるなら直ぐにストレスで毛が抜けてしまいそうです。

2023年10月27日金曜日

アレルギーって大変

実は次女のバイトの一つに近所の老健での食事作りがあります。

そこで仕事をするのに朝5時には普通に仕事をしたりしてるのが「昔の次女」を知る私には驚きなのですが、そこの厨房に居るおじさん、おばさんにいろいろと優しく教えてもらって急速に料理の腕に磨きがかかったようです。

そこでの話を聞いているとやはり認知症の老人たちも含めて、まあ私の両親世代の人々がケアをされているようで、ポイントとなるのは其々の入所者にあったものを作るというよりも量の調整や料理の硬さ等の調整がメイン。

誤嚥をもたらす様なサイズの粒を出してはいけない人とか、流動に近いものを出す人出さない人など、そういう事に気を使う必要があるというどこの老健、病院でも聞かれるような話を母親としているのを聞きます。

ところが、この前の法事で九州に帰った時に聞いた保育園での話は全く別世界でした。義理の妹がこれまた近所の保育園で栄養士として働いているらしいのですが、今の保育園の子供達は各種のアレルギーに対するケアが物凄く細かく分類されていて、定期的に食べてはいけないもの、食べられないもの~の様な聞き取り調査が行われているのだそうです。

それに合わせて作る側も必死で食事の中身を微調整するということで、正直「めちゃくちゃ気を使う」と言っていました。まあ、確かにそうですよね。食べ物によっては酷い湿疹や喘息のような症状を出すこともありますし、極端な話ピーナツ・アレルギーなどの様な激烈なアレルギー反応は自分の近くにそれがあるだけで気絶しそうになるような子供まで居るでしょうから。

そう考えると、我々が幼稚園や小中学生だった頃などというのは、ほぼ全くアレルギーのケアなんぞなかったというのが日常だったと思います。食べないと何時までも教室の後ろでごそごそもぞもぞと食べさせられ、昼休みの時間が終わり、掃除の時間が始まるまで時々食べていた子がいたのが未だに目に焼き付いていますが、当時のああ言う状況ってもしかしたらアレルギーで食べるのが苦手とかいう子も含まれていたの「かも」しれませんね。

それにしても、今の時代(私の長男も少しありますが)何らかのアレルギーを持つ子が本当に増えましたよね。昔から一説には清潔な生活がその大本などと言われていますが、そのほかにも戦後激増した花粉類の影響で惹起されているとか、人口添加物の影響などいろいろとその原因は追究されています。

何れにしても食事を作る側の人間にとっては将来、給食の様な公的サービスとしての一律の食事提供というのがますます難しくなる時代が来るような気がしないでもありません。

私の勤める病院では今までの所、じいちゃんの中に「青魚」がダメという人が2名居たのが印象に残っているくらいですけどね・・・。

2023年10月26日木曜日

地下アイドルという謎の世界

今日は病院の職員さん達に100人以上インフルエザ・ワクチンを打ったのですが、その時ある看護師さんから終わった後にある誘いを受けました。

ショットを終わった後に娘と同じくらいの女の子に「この前言ってた地下アイドルの事ちょっとネットで見てみたけど何だかいろんな意味で凄いね。w」と話しかけました。実はこの女の子、いわゆる地下アイドルの「押し活」で週末を過ごしているらしいのです。

実はその子の居た病棟をある患者さんの処置で偶々訪れた時に「先生、私今週末は地下アイドルの押し活で過ごしてるんですよ~!」と何だか楽しそうに言ってくるのですが、言葉としての地下アイドルというのをネットでチラチラッと見ることはあっても、それ迄はそれが何かまでは調べずに、オジサンに有りがちな勝手な推測で「凡そ売れない女の子達が小さな劇場なんかで繰り広げるサブカルの世界」という様に思っておりました。

それでも、病棟でその女の子が「先生!見てください!!」といって、奥のステーションに走って行って自分のスマホの画面をスワイプして、今までにその押し活で撮った「押している」地下アイドルの女の子の写真の数々を次々に見せてくれたのですが、何ともオジサンにはなんと返答していいか良いのか解らない月の裏側の世界。w

私から見ると、ケバケバしい衣装に身を包んだ派手なメイクの女の子の猛烈に近くで写真を撮っている事は良く判るのですが、正直それが良いのか悪いのかも全く判断がつきかねるキワモノにしか見えません。

曲を聞いたことも無いのに好きかどうかとか言われてもねえ~という感じでしたが、その時はそれでお終いでした。

しかし数日後に家でPCを触っている時にちょっとその時の事が気になったので、地下アイドルというものをちょっと検索してみると…出るわ出るわ。名古屋のような大きな都市にはそれなりに大量の地下アイドルというべきアイドル予備軍が沢山いて、それに人気の順位などもごく当然の様についていました。

更には地下アイドルよりももうちょっとディープな地底アイドルというのも存在しているようで、このレベルになると自分の持ち歌じゃない歌を歌ったりしている云々等と記述されています。もう、このレベルになると私にとっては月の裏側どころか土星の地下3000メートルくらい意味が解らない世界なのですが、それでもちょっとだけサブカルの一面を見た気にはなりました。

さて、冒頭の話に戻るとその看護師さんの誘いというのは「先生!私が先生の分のチケットも買いますから一緒に応援しに行きましょう」というもの。それを内科の看護師さんたち全員の前で言うような変わった子なのですが、その眼は真剣そのもので、私は何と答えていいか全く思いつかず、ただただ「う、お、うーん、はいはい」という感じ。

返答のしようもありません。w

名古屋の大須ではそう言えばこの前商店街の中を歩いていた時に、数人の若い女の子達が30人位のオジサンやオタク風の青年達の前で一生懸命踊っているのを遠目に見たのですが、押し化したらアレがそうだったのかも?と今になって思い返したのでした。

今度、意味も無くコッソリ一人で行ってみるか?とも思ったのですが、私にとってそれはバンジージャンプをするよりも勇気の要ることなのでした。

2023年10月25日水曜日

謎の犬の謎が解けた!

今日、午前中の診療が終了して病院から一旦外に出たところでいつも散歩をしている男性とすれ違いました。

この方、恐らくい引退しているくらいの年齢の方なんですが、時々この病院の周辺をヨーキーを連れて歩いているのを見かけていました。時にはすれ違いざまに「こんにちは~」程度の軽い挨拶・会釈はするのですが、アメリカに居た時と違って見知らぬ人とそれほどフレンドリーにしないのがこの国のフツー。

と云う訳で今まではその程度だったのですが、今日はちょっと趣向を変えました。それは簡単な理由で、歩いていたヨーキーが恐らく右前脚の関節炎をおこしているのか、脱臼を起こしているのか上手く歩けない状態で、いわゆるヨタヨタだったのです。

思わず声をかけて「お幾つですか?」と声を掛けたところ、スッと立ち止まって下さり破顔一笑「あと二月で18歳です!」とのお返事。「えー!長生きですね~。私の所もほんのこの前まで16歳半のヨーキーが居て恐らく肺癌で亡くなっちゃったんです」と言ったところ「いや~、うちの子も本当に最近は老いてきちゃって、こんな風にしか歩けなくなってしまってですね…」と、優しい目で我が子を見ておられました。

その時、私は何時もこの病院の前を散歩されているもう一人の70代後半位のお婆ちゃんの連れている元気なヨーキーの話をしたところ。「あ~、知ってます、知ってます~」と直ぐに共通の目撃談に話が咲きましたが、ここからが意外な展開。

私が「この前、あのオバちゃんに犬の歳を伺ったら19歳!って言われてたんでビックリしましたよ」と話したところ、大笑いされて「あ~、あのオバちゃんね。もう、いつ聞いても年がバラバラなんですヨ。恐らく、どの数字も当てずっぽうで毎回違ってるんです。笑」という感じ。

「いや、あの見掛けで19歳とか。5歳って言われても信じるレベルですもん」と説明してくださって、その実感に私も強く同意。(あのオバちゃん、もしかして…認知症か虚言癖でもあるんか…)と言う自らの心の声でオバちゃんの語る話の筋が見えてしまいました。orz

いやあ、どう考えてもあの跳ね回り具合で19歳は無いんじゃない?と思っていた小さな疑いの炎は急速にその火種から消えたのでした。

まあ、そんな事は些事ではあるのですが、久しぶりに己の家にいたSpookyを思い出したのでした。もし生きていたらこの31日に17歳!になる筈だった我が息子。死んだ子の歳を数えるという気持ちが何となくわかった気がしました。

2023年10月24日火曜日

次々に届く荷物を見て

何でこんなに素早く配達されるのでしょうか。

今回次女のアートの制作に関連して、下地の準備に使うジェッソや数種類の大型のアクリルペイント、その他の諸々をアマゾンを通してネットで注文したのですが本当にそれらの到着はあっという間でした。

その一方直近のニュースでよく視るのは「深刻化するトラックドライバー不足」の文字。30億トンの荷物を運ぼうにも年々高齢化してくる平均的な種々のサイズのドライバー達。

しかも、時間指定や配送は準備できたらバラであっても直ぐ発送等と言うあり得ないようなサービスのセッティングで行われるせいで人口は減ってもそのパッケージ数は増えはしても減ることはありません。こんな事していたら需給のバランスがぶっ壊れるのは日の目を見るよりも明らかな事なんですが、今のところブレーキング・ポイントに向かって真っすぐに突っ込んでいっている感じです。

置き配やロッカーへのデポジット、コンビニ預かりなど様々な工夫を凝らし続けている配送側ですが、ラスト1マイルの厳しさにはどこの会社も頭を悩ませているのは配られる側のこちらでさえひしひしと伝わってきます。

良くトラックドライバーや小型貨物便の人が荷物を投げて起こっている様子などが盗撮されて拡散されたりしてますが、何度配送し直しても不在とかいうような状況の家があったら、配送する側も泣きたくなったり怒りたくなったりするのも「私は」理解できます。無論だからと言ってパッケージを投げたり蹴ったりして良いなどと言うものでは全くありませんけどね。

病院関係の知り合いの方で、仕事を退職された後に黒ナンバーの軽トラを購入されて自分でラスト1マイルのデリバリーの仕事をされるという方の話を聞いて「それありかも」とは思いましたが、如何せんトラックドライバーの年収は正規であっても平均して500万の年収に届かないという話。

これでは腰を痛め、疲れ切った中で夜遅くまで再配送を繰り返す中での仕事に人が集まる訳がありません。やはり彼らの年収を上げていく為には「労苦に見合った賃金」を払うべきで、アマゾンもそろそろ過剰な明日お届けとか本日配送とかいうよな無理筋のデリバーは行わずに、最後のオーダーまで「まとめて」配送を許すなら5%引きとか、一個ずつ直ちに配送させるならすべての商品にそれぞれ5%上乗せして配送させるなんて条件つけても良いんじゃないでしょうか。

それくらいは受益者側である購入者も負担してあげないと、サービスの質を維持できない時代が「直ぐそこ」まで来てると思うんですけど、私が無理筋言ってるんですかね。w

殆どのモノはちょい我慢しておけばやがては家に来るもの。よほど急ぐのであれば速達のように特急料金のような柄分を払うようにしておけばよいのではないの?と思うのは間違いですかね。

アマゾンは自分達だけで完結するアマゾン・ロジスティクスと言う配送システムの構築を目指しているとのことですが、実際にそこで働く人達の労働条件が良質なものであることを心から祈るばかりです。

ロボットとか自動云々と言うシステムの大量導入をしなければとてもとても間尺に合わないような凄いシステムとなるしかないのでしょうけど、ジェフ・ベゾスならやるのかもしれませんね。ただ、アメリカではアマゾンの配送センターは私がアメリカに居た頃は現代の奴隷工場等とも呼ばれていましたが…。


2023年10月23日月曜日

孔子の子孫とか( ^ω^)

何ちゅうか、謎多き国です。

知り合いの子が人づてに頼まれて、アメリカの大学2つを卒業した後に日本に来ているとかいう中国人の男の子を自分の会社に雇い入れたというのですが、その子から聞いた話が随分と謎めいていて腕組みしてしまいました。

彼女に聞いた話では、彼の履歴書ではMITのコンピューター・サイエンス(おそらくEECS)を4年で卒業した後、コロンビア大学の統計学専門修士課程で統計学を2年勉強したとのことが書いてあるんだそうです。(本当にそういう超一流の所を出ているのか一度diplomaを見せて貰えとアドバイスしましたが!)

家は代々孔子の家系で、既に100代目までこの家系では次の子供達の名前等が決められているんだそうで、親達は超金持ちで日本に来たのはそもそもNYに居た時に銃撃戦に巻き込まれてアメリカで就職するのが怖くなり日本という安全な国に移り住むために日本語をまず独学、その次に日本のECCに入学して日本語の勉強をやり込んだとのこと。(しかし中国には孔子の子孫なんて自称他称を含めて100万人位フツーに居そうですよね^^)

言語は5か国語を話すらしいのですが、社長と話をしていても所謂おぼっちゃまそのものだそうで、何事も親が決めた運命に従い行動するため、自分では彼女をつくろうと「どうせ親が決めた女の子と結婚することになるんだから、僕と付き合う子が可哀想」と言って彼女も作らないんだとか…。もう下々の者には何が何だかわからないくらいセットアップの決まった人生のようです。

聞くところによると、親の資産は日本円にして5000億近く。いったい何の仕事をしているんだか、政治関係でヤバい紐がついてなければいいんでしょうが…。しかも、今回の会社への応募と言うのは日本の永住権を獲得するものであって、給料も間接的にお母さまが年1千万円を振り込んでくれるんだとか。ちょっと何もかもが怪しく、やばく、強烈すぎるので「沢らんほうが良いと思うよ」とアドバイスしたのですが、もう雇っちゃったとのこと。

ただし、流石はお坊ちゃま。週に三回の勤務で良いからという事にしてあるのに既に会社で働く気は無いと言って出社を渋っているとかいう話。

私は「無理&ヤバすぎ」と言って、いろいろな意味で切ったほうが良いと助言しました。実際、彼女によると「あの国」の人達は日本で仕事をしていても忽然と姿を消すという事が頻繁にあるという事で、それが政治絡みなのか、それともヤバい組織絡みなのかさえも判らないまま消えていくという事ですから。

触らぬ神に祟り無しです。

2023年10月22日日曜日

こんな輩も居るんですorz

今日は透視室で仕事をしている時に顎が落ちる様な話を聞きました。

最初に聞いたときは思わず「え~っ!」と声を上げて絶句、しかし良く考えなおすと「あ~、あの人物ならやらかしかねんなw」と思わず笑ってしまった話でした。他の病院でもあるのかもしれませんし、論理的にはどういう形でもこういう事はあり得る話ではあるんでしょうが、私自身としては医師として何とも情けなくなりました。

話は実に簡単で、病院の男性医師が病棟師長をパワハラで訴えたという話。パワハラを受けたという訴えを受けた女性の病棟師長自身が話したのを直接聞いたという透視室の人の説明では、「あなたがいると仕事が進まないので、この仕事は他のドクターにして欲しい」と言われ、仕事から排除されたというのが事務方への訴えだったんだそうです。w

うーん、残念ですけどそうやって断定的に師長さんにそれを直に言い切られてしまったというのはそれなりの経緯というものがその前段として多重というレベルで重なっているのが透けて見えてしまうんですよね。

そもそもこの先生の日頃の働きと言うのを直接・間接的に知っているだけに恐らくこの師長の堪忍袋が「遂に」切れたんだろうな~と言うのが私の率直な極個人的感想です。

それにしても、こういう極端な医師の例は別として今の時代こんな恥も外聞も矜持も無い輩も普通に出てきたんだなという感慨があります。私の正直な感想は「いい歳こいてお前は何をやってるんだ?」と言う話。恥ずかしい案件でガタガタ文句を言う暇があったら、そんな恥ずかしいことを言われないように真面目に働けば済むこと。

信頼がないから仕事の案件から排除されるという極端な排除行為はあったにしても、それをパワハラとして院内で反撃する筋の悪さこそがあなたが仕事から排除される元凶そのものなんですが…と言うような事を諭したとしても聞く耳は持たないでしょうから言うだけ無駄ですかな。

こんなのが裁判とかになるような事があるのなら日本も末ですな。


2023年10月21日土曜日

ライド・シェアの導入

日本のニュースで「深刻なタクシー・ドライバー不足」の事が報じられていました。

なんでも、2019年からの4年間でコロナ禍を経て6万人ものタクシー・ドライバーが減少したといいますから、コロナのパンチは日本の運輸業の形態まで変えてしまったことになります。現在の総ドライバー数は26万人程度なのだそうですが、車はいつも余っている状態で運転手の平均年齢の情緒がすごいみたいで、還暦ドライバー以上と言うのがどこも半数以上と言う感じのようです。

個人タクシーの年齢制限と言うのが75歳らしいのですが、これを80歳!にまで上げてドライバー不足の一助にしようとしているらしいのですが、なんだかもうただの焼け石に水としか思えないのは私だけですかね?しかも、間違いなく「危ない」でしょうし。自分の親父世代周辺の人間がどういう動体視力や反応性を保持できているのか知っているだけに怖いなと思う事多々です。

実際に時々しか使わないタクシーでも、乗ってみたら明らかに高齢者だな~と思えるドライバーさんだという事が多いことからも運転手の高齢化は進んでいるんだろうなと言う実感があります。

そこでニュースでつないでいたのはライド・シェアの解禁。アメリカでは私が現地に居た頃から大学単位のものも含めて極フツーにされていたので、結局は法律の縛りとトップの決断次第という事だと思います。

一番の問題は万一の事故が起きた時の保証やライド・シェアで起きないとは限らない暴力やレイプ絡みの事件に対する対応でしょうか。日本ではどうかなと思いますけど、乗る車が軽かメルセデスかによっても安全に対するマージンの差が価格差に出てきても良いような気もしますし、運転手の評判も当然乗った人の接客経歴としてお客さんから後で評価されるLyftやUberやシステムの間借りで十分対応できると思いますけどね。

日本ではGoタクシーを使っている人が多いんでしょうけど、田舎に住んでる親父に聞いたところ朝の9時に迎えに来てくださいなんて言ったところで「そんなの無理です」と、まるでこちらが無理筋の事をお願いしたかのような返事をされて驚いたとのことで、田舎のような過疎化が進んでいるエリアでは間違いなくこう言った事が当たり前で、そのうちバスもタクシーも走らないエリアだらけになってくるんじゃないかと割と真面目に思ってます。

縮んでいく国ではその途上で、平成までの常識では考えられなかったようないろいろな不都合が起こりそうですね。

自分が生きているうちには見るのが怖いような変化だと思います。

2023年10月20日金曜日

谷村新司さんの死と世代の差

これは世代格差ではなくて単に世代の差、ズレなんでしょうがやはりこちらがギョッとしてしまうような事を「当然」知らない世代が同じ職場に居ると「俺も年寄りだよな~」と一人笑ってしまいます。

今回の衝撃は74歳という若さで亡くなられた谷村新司さんの件。今月8日に亡くなられていたとの事でしたが、このニュースが速報でナース・ステーションに流れてきた時の事でした。私自身が休憩中で、ベンチに座っていたところLINEの通知音。何気に開けてみたところ私にとって衝撃的なニュースであった谷村さんの死が伝えられていたのでした。

思わずナース・ステーションで「谷村新司死去って!」と言うと周りにいた40台前後以上の看護師さん達からは一斉に「え~~~っ!」という声が上がりました。その後も医療関係者らしい会話が続き、死因に対するいろいろな疑義や質問が私のほうに返ってきたのですが、それらの内容に関しては全て憶測の繰り返しであって、ここに書くような事ではありませんし。

その後、中心静脈栄養のルートを入れる為に別室に移って仕事をし始めたのですが、その準備の時に私の補助に入ってくれた若手の看護師さん達(共に20代)に「谷村新司っていう人知ってる?」と恐る恐る聞いたところ、本当に申し訳なさそうな顔をして「済みません、知らないです…。」と消え入りそうな様子。

私は追っかけで「じゃあ、当然アリスっていうグループも知らないよね?」と言ったところ、やっぱりの反応。そこで「24時間テレビのサライは知ってる?」と聞いたところ「あ、それは知ってます。谷村さんが歌を作ったんですか!」と言う話になりました。その時の加山雄三との即興での制作余話などを話したところであんまり解らないだろうし記憶にも残らないだろうと思って、それ以上の話はしませんでしたが、親子の歳の差はやはり情報の断絶と言う形で出てきますよね。当然ですが。

それにしても、我々が高校・大学生のころなどもラジオで軽妙な下ネタ披露で大笑いさせられていたころを知っている我々にとっては谷村新司と言う人物は歌い手と言うよりも話の達人と言う側面を強く印象付けられている人と言う感じが強いですね。

まあ、その人物像に関する個人の印象と言うのはその人の体験に基づいていますのでこういったバリエーションは仕方ないところでしょうが。

心より御冥福を祈ります、と思っていたところで財津一郎さんがお亡くなりになっていたことが報告されました。こうい訃報の積み重ねもやがて我々の年代に近づいてきて、やがては己の順番になる日が来るのですよね。


2023年10月19日木曜日

近所で起きた爺さん同士の車事故

家からそれほど遠くないところで80歳の爺さんが運転する車が喫茶店に突っ込みました。

自己自体は所謂アクセルとブレーキの踏み間違いかギヤの入れ間違いということですが、恐らくは後者でかたいと思います。車止めを乗り越えてバックしていった挙げ句に喫茶店の中に居たこれまた80代の男性を怪我させたというものです。

話自体は日本全国で起きている話で、この前も直接看護師さん自身から聞いたのですが看護師さんもコイン・ランドリーに車で突っ込んで車と店を壊した話をしてくれましたので、ニュースにならないものも含めれば、恐らく毎日のように日本中で起きている話なのでしょう。そんな中で高齢者が加害者だったり、被害者が小さな子供さんだったりすると話は大きく報道されますが…。

最近は歩道を歩いていても「高齢者や病気で運転中に意識を喪失した人」がもしかすると突っ込んでくるかも知れないという大前提で常に構えています。交差点に立つ時はこっちから車がこう来てもここの車止めにぶつかれば俺は怪我せんなとか、この大きな電柱の影に立ってればココに車がやってきても大丈夫とか頭の中で軽いシミュレーションをしながら息子の手を引っ張って歩いたりしています。

歩行者として歩いている時は加害者にならないように気をつけているのは上に書いたとおりなんですけど、実際自分も還暦に近づき始めて「自分が加害者にならないように」という事が頭を過ることが多いです。工業院の90代のクソジジイが親子を轢き殺しておいて、恬として恥じなかった様子を見ているとああいう老醜を晒すような事だけは絶対に避けたいし、自分より若い命を車で奪いさるというような事もそれ以上に避けたいと思うのです。

こういうのは自分の恥云々を超えて、人の明るく長い未来の可能性を奪う所業ですからその加害者だけには絶対に…と考えつつも、万一運転中に意識を喪失するようなインシデントが発生したらと思うとそれはそれで恐ろしいことです。

今自分が日常的に乗っている車は取り敢えず危険が近づいている時にはアラートが普通に出て、危険を回避すべく自動で停まるものですがそれでも100%などとは「程遠いもの」です。残りの数%のリスクで十分に人を殺したり怪我させたりと言うことは起き得ますので、どこまでいっても運転というのは大きなリスクを背負っている行為だということで、最近はそういったリスク発生に対する疑念や不安が強くなっています。

何時の日か「これはあかん」と思うような前振りベントがあったら運転を止める・控えるなどという区切りがあれば良いのでしょうが(親父は自宅のカーポートにバックで車庫入れ中に車を当てて以来運転を止めました)、自分はどこかの年齢で区切ったほうが良いのかも知れないなと、このようなニュースを見る度に考えることが増えているこの頃です。

幸い名古屋市は敬老パスがかなり良い条件で使えますが、美しい区切りをつける「その日」があればよいのでしょうが。

2023年10月18日水曜日

資産のことで揉める患者さんとその家族達

どんなに患者さんの病気が酷かろうと、その周辺の人達が関わっているお金を中心とした各種の資産の配分というのは本当にウンザリするほどその人達の「見たくない部分」を見せつけられることが多いですね。

患者さんの兄弟姉妹、息子や娘、甥や姪まで入れた親族までも患者さんが近未来に遺していくであろう動産や不動産に纏わる影の闘いはその資産の由来を含む真実、親族間の関係などの内情を表面的にしか理解できない私のような外野の人間にとっては、ベッドサイドで小声や大声で親戚同士、兄弟同士、患者さんとその家族の間で交わされ、漏れてくる会話には文字通り聞かなければよかったと思えるような「エグい」話が存在しています。

具体的にウン十万とかウン百万などという数字を口に出す人、アソコの土地とココの家付きの土地は誰がどうする等と言うことを病室で開始する様は、正直「あんたらときたら…」という言葉が歯の裏まで出てきそうになることもあるのです。

個々の人物という意味でお話する時はまるで普通に見えた人達が、私の居ないところでは私が膝を突いてしまいたくなるような会話を交わしていると「お金が絡むと人は変わる」こともあるのだなという事実を実感するのでした。

今迄、こういう事以外にも遺骨を巡る取りあいも良くあります。亡くなった方も本当に浮かばれないな~と感ずることも少なくないというのが本当にあるんですよね。納骨されない骨が親族に探されても、その所在が判らない状態で隠し続ける誰か一人の人間が親族に居るだけでトンデモナイ心理的不幸が親族全体の胸中に漂い続けることになるのです。

とは言えその正反対の御遺族達がいることもまた真実。遺産となるべきものを綺麗に兄弟たちで分割して「ハイ終わり」として済む人達や「もう私達は要らないから」と言って誰か一人に資産を寄せてお終いにする人達。

そのどちら側も世の中の真実。そういう人達を見ると、世の中そんなに捨てたもんじゃないなとも思うんです。

短い人生と小さな血縁の輪っか。小銭を巡るしょうもない争いなどでぶっ壊さないに越したことはありませんよね。

2023年10月17日火曜日

国はスマホをタダで配れば?

ココまでスマホが進化してしまったら国は国民一人ひとりにスマホのような「何らかの電子システム」を配っても良いのかもしれません。

マイナンバーカードが結局のところは保険証と一体化されるのは既に規定&ほぼ終了。髪やプラスチック型の従来型保険証を持って行っても、医療機関ではスマホなどでの受給者資格なども提示しなければならないので余計に複雑になるだけの話。お爺さんお婆さんには本当にご愁傷様なシステムです。

その上で、来年の末迄には運転免許証も一体化しようというのですから、どこまでもどこまでも行政事務の簡略化と個人認証の一体化に向けて突き進んでいくことでしょう。子のブログにも何度も書きましたが、恐らくグリーンカードの様にありとあらゆる場所でIDとして使われるものと思います。これに加えて個人の認証には印鑑と言うシステムは消滅しその存在は恐らくは歴史上の知識として残るのみになるのではないでしょうか。

全ては個人によるサインとマイナンバーカードの下四桁などの組み合わせが全てになる気がします。(恐らくほぼ全てのアメリカ人は自分のIDとしての9桁全てを暗記していると思うんですが)日本で自分のマイナンバーの載っているINC(Individual Number Card)は4桁の区切りで全体が12桁ですので、全部は覚えきれないと言う人が出るかも知れませんが。

私がアメリカに住んでいた頃はグリーンカードなどは先ず絶対に持ち歩かず、頭の中に数字が入っていることで外出先のシステムによってX桁までを書いて下さい(多くの場合は下四桁のみ)という事で普通に対応できていました。

私は絶対にこういう形になっていくとずっと思っています。ほぼ確信。下々の者が何と言おうと必ず!そしてその果てにあるのは全銀行講座の完全監視と税金の追求が容易になる世界が待っておりますが、悪い事をしていないという自身がある方はそのまま普通に生活して居られれば宜しいだけ。

尤も、私自身は総体としての国家等「毛ほども」信じておりませんので、自分の記録を覗き見された記録(何時何処で誰がどの部分に関する情報を見たか)を全て閲覧する権利をオンラインで行使できるシステムは是非我々国民に保持させていただきたいと思うのでした。

それが出来なければヤバいですね。

それにしても、ココまで電子情報の一元化が進むのであればすべての情報は(少なくとも希望者達には)スマホ(若しくはそれに類似したデバイス)の中に全てを収納するシステムを導入してもらったほうが私には便利になると感じています。その際は国家が作ったデバイス若しくはソフトを配り続ける努力が必要だとは思いますが。

更にこれからも、アナログの世界を知る人間達が生きている間は未だ何十年も大小の抵抗は続くでしょうが、デジタル・ネイティブ世代には寧ろそれが自然の世界になってしまうもので、「何故紙やプラスチック?」と言われて終わりとなるものと思われます。

もっとも、アナログ世代でさえ紙の保険証の全体像などでさえ、きちんと把握している人間がどれほど居るのでしょうか?というところですが。w