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2026年10月15日木曜日

中国人の看護師さんの日本語の能力

私の働く病院では正看護師として働いている中国人の看護師さんが何人もいます。

平均すると各病棟に1人は居る感じと言って良いと思います。他の国の看護師さんは居るかと言われれば、ヘルパーさんには比較的多くのアジアの各国の人が居ても、看護師さんには居りません。彼や彼女達はベトナム、インドネシア、フィリピン、ミャンマーの人達が殆どですね。

では何故この中で日本で看護師をしている人達が殆ど中国人なのかと考えるとそれは偏に高等教育システムと考え方の違い、母数となる人間の数の差だと思います。

私は本当に最近迄全く知らなかったんですが、日本で正看護師になるためにはN1というレベルの日本語能力試験をパスしないといけないという話でした。たまたまXの記事の中に韓国人でN3とN2というその下二つの検定資格を取得したという韓国軍人の写真が出ていたのですが、その人を褒め称える文章を読んでいるとN2でも十分に難しいという事が書いてあります。

そこで、ネットで実際にN1のお試し問題という形で試験を受けてみました。

実際に問題を解いてみると確かにこれは日本語を殆ど自然に操る人と思っていいレベルの問題でしたね。しっかり高校受験対策をしている中学生が問題を解く感じのレベルと言ったらよいでしょうか。これ位の問題をスラスラ解けるようだったら、確かに日本に来て更に日常会話や方言、時代にあった言い回し等を吸収続けていけば病院でも働けるかもと思いました。

しかし、言葉というのはある一定水準に達した後に次のレベルに進むためには間違いなく「研鑽」が必要。

では私の病院で働いているその中国人看護師さん達はどうかというと、病院にやってきた当初からびっくりするくらい普通に日本語を理解できるし記述も出来たのですが、2年以上経過した今、彼女達の日本語能力が「上達」したのかと言われるとその答えには極めて大きな疑問符が付くというのが正直なところでしょうか。

確かに素晴らしく上手!しかし進歩は見られない。特に会話能力。これって多くの外国語話者に比較的共通する特徴じゃないかなと思うんですよね。無論、人によっては読解力が、会話能力が、筆記能力が伸びない等とそれぞれ違うのでしょうが。勿論、私もこれらの例外ではありません。

アメリカに居た時にガンガン喋って読み書きも大量にしていた頃に比べると明らかに能力が萎んだという実感があります。言葉や能力は常に磨き続けることが大事だという事実に、まさに他人を実例としてみる事で改めて気づく自分でした。

特に私のように還暦すぎた人間は今後に発生する種々の生理的能力の低下の事を考えればもっと真剣に勉強しないとね!w

2026年10月13日火曜日

熊出現ちょっとヤバいかも

今年は私がよく狙っていくキャンプ地で多くのクマ目撃情報が出ています。

このあたりの熊は当然の如くツキノワグマでして、基本情報によると体長は1.1~1.4mなんだそうです。ただ、強烈な爪と顎を持っていますから人間が相対しても真剣勝負して勝てる相手ではありません。勿論、銃器以外の武器で戦ってでもっていう意味ですけど。恐らく普通の人間がナイフなどで向き合って戦ったところで、最初の一撃でゴッソリと体の一部が削り取られるか、噛みつかれて喉笛嚙み切られて試合終了となる事でしょう。

マップで調べてみると以下のような感じ。
基本的には瀬戸よりも東、豊田や新城よりも北側に出現すると思って良い様です。という事は…「俺のキャンプエリアとバチ被り」という事です。w
今年のクマの餌となるドングリの生育状況に関する情報も出されていてそれは以下のようになっているんですけど、平年並みにできている筈なのに凶作であった昨年、一昨年よりもずっと多い目撃数の様です。
どうしてそうなるのかは私のような生態系の非専門家には理解できないのですが、実際にはエリア毎のクマの食べ物の細かな差もあるとの事ですし、みんなが例年以上にクマによる被害というものに関して神経質になっている事が報告数の増加という形になているのかもしれません。あくまで根拠も何もない推測ですが。

クマの目撃数が激減する12月から1月頃迄はこのエリアでは一人でキャンプするのは止めないといけないのかな~って少し思ってしまいました。

2026年10月12日月曜日

レア・コレクション

実は関に関連したお話がもう一つあります。

先日、私の畑仕事の相棒が関の刃物関連の会社にも出入りしている事をチラリと書きました。ところが実際にそこの出入りしている会社の剛毅な大将は、私の為に相棒経由であるナイフを「何と」プレゼントしてくれたのです。

最初は「自分の好きなタイプのナイフを選んでその写真を送ってくれれば、それにあったタイプのものを見繕って造ってあげる」との話だったのですが、私がそのナイフの写真を選び出して相棒に送信して「これなんかどうでしょう?」という感じでお伺いを立てていたのですが、今回大将の手から出てきたのはもっと凄いものでした。

相棒が当直中の私の病院まで寄ってくれて手渡してくれたのは、関の刃物博物館で見かけて「たまたま」写真に収めた凄いナイフと同じ系統のものでした。
病院の駐車場で手渡された時には「うわ~、スゲーナイフが出てきちゃってるよ!」と思って調べてみたところSOG Bowieというものでした。ただし、調べ始めた当初は上にある写真のナイフと自分が手渡されたナイフが同一系統のものだとは全く気付かずに「こんなナイフをキャンプに持っていける訳がない。w」という感じでなんという妖しい魅力を持ったコンバット系のナイフだなと思っていたんですが、上の写真を撮っていたことを思いだして、画像を突き合せたら間違いなくこれでした。しかも、純粋な関バージョンで、黒い焼き入れ?無しのもの。
上にこのナイフの由来が書き込んでありますが、やはりかなりの物語を持っているようです。しかし、私のは恐らく2008年までで製作が止められたその派生バージョン、もしくは製造前の刀匠による試作物なのではないかと思われます。
容れ物がまた特別なのですが、これはちょっとある理由で写真は出さないでおこうと思います。これ以外にも大将は別のコレクションを持たれているのですが、関というエリアの職人さん達は本当に密なネットワークで繋がっていて、いろいろと見えないところで助け合ったりするように出来て居るようです。

そりゃそうですよね!関のような歴史ある職人町ではきっと何代も何代も前から複雑な地縁と職業上の縁で複雑に絡み合っていると考えるのが私にとっては普通に思えます。今度機会があったら大将のところに挨拶に伺っていろいろとお話を伺いたいと思っているナイフ初心者の私でした。

2026年10月11日日曜日

関の刃物まつりへ

嫁さんと行ってまいりました!

関には既に数回行っているんですが、こういうフェアのような事に当たったのは初めてです。ちょっと前にたまたま相棒から「今週末にお祭りあるから行くと良いよ」と言われていたので、ガチの予定として今週末の行き先にしておりました。

この週末は珍しく嫁さんが仕事入っていなかったので、ゆっくりと息子を連れて三人で関へ向かいました。私が昨日テント泊をしていたので、帰ってきた時間に合わせてちょっとだけ休憩して関へ向かいました。

関に到着すること自体は一時間もかからなかったのですが、案の定駐車場はどこも満杯だったので、バスでシャトル便が出ている関市役所から出発しました。
出発する前にも市役所のステージでは楽しそうなステージが開かれていたのですが、こういった出し物が一緒に観られるのもなかなかいいもんですね。

さて、ここからまたバスに乗った後到着したのは食べ物や刃物など、いろいろな店が出店を出してくれていました。
人通りは大変なものでした
長い長い出店の列も見終えた後に関の刃物会館の方へ移動しました。ここも大変な数の人達が居たのですが、意外と早く店仕舞いをするところが多くて、そこは残念なところでした。
実は上の写真の場所は大小の企業や個人がそれぞれの刃物や入れ物を持ち寄って商売をしていた場所なんですが、行った時はちょうど片付けが始まった時間帯で、超残念な気持ちで満タンになってしまいました。面白そうな刃物製作所や個人の出店もあったのに⋯。orz

今後はもう少し長めに、少なくとも5時くらいまでは店を撤収することなく展示に励んでいただけると嬉しいなと「個人的には」思いました。

帰りは家族で近所のアピタに移動して息子の好きなマクドナルドを食べました。

  

2026年10月10日土曜日

中国人の作る中華料理

日本人が寿司を握り蕎麦を打ち、フランス人がフランス料理を作るように、中国人が中華料理を作るのは自然に思えますよね。

しかし、料理が国際化する時代である今では日本人が作るフランス料理がフランスで大きな賞を獲ったり、美味しい「日本化された」中華で中国人を驚かせたりしています。しかし、その逆も然りで、寿司や和食でも外国人達が工夫を重ねたりコピーでアレンジしているうちに本家とは似ても似つかぬ「別の何か」に変わってしまって、名前が一緒で中身は違う何かに置き換わるのがごく普通になってしまっています。

ある国の人が作るある有名な料理が外国人の手によってモディファイされると、口やかましい人達は「これはXX等では無い!」等と、嗤いくさす事で拒絶することは簡単ですが、実はそこにアレンジとして新たな世界が展開するネタになる訳ですよね。実際にそこから生き残って美味しい料理となる生き残りは幾らでもある訳ですから。

そもそも、アレンジが拡がらないような料理などは豊饒な大地を育む素地にさえならない訳ですけどね。^^

まあそれはそれとして、私と嫁さんは昨日連れだって先日鵜沼で食べた中華のお店「喜祥」に向かいました。ここは以前別の場所で店を開いていたらしいのですが、店の人気が凄いのに駐車場が少なすぎて何時も大変な事になっていたとの事で新しく引っ越してきたんだそうです。

という訳で私にとっては二度目、嫁さんにとっては初めてのお店訪問でした。お昼は11:00からだったのですが、我々は30分前までには到着して1番乗りでした。外の駐車場で待っていて、時間が来たら即店内のカウンターへ入って注文。私は豚骨の刀削麺と回鍋飯を嫁さんはトマト刀削麺とチャーハンを食べる事になりました。

前回は相棒と初めて食べたこの店の刀削麺でしたが、今回は夫婦で早速やって来て二人で食べてみたのでした。嫁さんからの判定結果は「大好評」でした。これから何度もお世話になる事必定ですね。

やはり、中国人が作る中華料理は長崎に居た頃から「特別な味」でしたが、今回食べた中華はやはり今迄見た事の無い料理で、その味は私の舌には新しい世界でした。これからも行く度に新しい皿を注文して、自分の舌を喜ばせたいと思いました。

これで今時たったの990円!値付けがおかしいです。


2026年10月8日木曜日

「考える」とはどういうことなのか

AIが今の時代のように数週間単位で長足の進歩をしていく様子を見ていると「知能」とか「考える」という言葉が持つ本質的な意味を考えざるを得ません。

AIが「質問に対する答えを出してくる」という出力は一体全体「知能が生み出した思考の結果なのか?」それとも、ストックされたデータから抽出したエッセンスを言語の統計的処理の結果として並べただけのものなのか、議論になるところです。

ここで思い出したのは天才チューリングのオラクル・マシンの話。オラクルというのは神の御宣託みたいなものなんですが、チューリングの考えたオラクル・マシンというものは計算不能問題を即答する数学的ブラック・ボックスであり、それは完全正確で、計算可能性の理論を拡張するための概念として存在しています。一方で人工知能は統計的推論を行う不確実な機械であって、当然後藤もすれば計算の限界を超えるわけでもないマシンなんですね。

第二次世界大戦の時代のど真ん中で発表されたチューリングの論文は恐ろしい程に現代のLLMの姿を描き出していて、時代をはるかに超えたチューリングの天才的想像力の一端を嫌でも見せつけらる恐るべきマスターピースです。

無論、現代の哲学的議論の中ではチューリングが主張するところの「知能」に対する議論ではチューリング・テストで言われるところの知能=人間らしい振る舞いを見せ、その内部構造は問わない(=行動主義)であり、中国語の部屋という論理学的問題提起で主張されるチューリング・テストに対する矛盾の指摘では、そもそも記号操作だけでは意味理解は生まれない上に、内部の意味理解こそ知能の本質であるという(=内部主義)という反論が提示されていますが、チューリングはこの中国語の部屋という静的なルール・ブックの構成する世界はチューリングの想定するテストで討論されている知能の定義には当てはまらないと再度否定しています。

AIが発達してきたからこそより深まる哲学的議論としての「意味の理解」とは何なのかという人智の最も深く重要な部分へのアプローチが進んでいくのではないかと思います。

AIがオラクル・マシンへと進化するような事は「無い」と思いたい私ですが、果たしてこれからの10年後がこの世界に人類の進歩した正常な世界として出現する余裕があるのか、それとも滅亡へのカウントダウンが始まってしまうのか、本当にどうなってしまうんでしょうね。

私にはわかりません。

2026年10月7日水曜日

個人情報被害

ここ数週間、個人情報に関連したハッキングのニュースがネットを賑わしている感じです。特に大手有名サイトや業界のサーバが大量の情報を抜き取られたという話。

我々がいくらパスワードをきちんと設定しても、それ自体が保存されているサーバがアタックされて情報を抜き取られてしまえばPW自体が暗号化されていても個人情報にあたる部分は幾らでも有効活用できる訳ですよね。おまけに、このような抜き取られた情報はあちこちの「闇」で売られていますから、同じメルアドを重ね合わせて本人特定後にその個人情報を再構成したり、PWの使いまわしの可能性を推測して他のサイトにそのPWを使ってみれば「かなりの人」でウェブ(銀行やSNS)に突入できるという「当たり」が出ちゃうんじゃないでしょうか。

ともかく我々の個人情報は、今の時代あちらこちらで抜き取られて売り買いされていると考えるのが普通と思うほうが「普通」だと腹を括っておくのが正解でしょう。その上での日常生活ありきという時代。丸裸にしたうえで丸裸にしていることを黙って闇で蠢く人々の存在があると考えるのは当然と考えます。

些末な情報でもパズルのピースを寄せ集めれば全体像をかなり正確に再構成するというようなもんだと思います。クレジット・カードに付帯する購入履歴からその人の経済情報を抜き取るだけでなく、嗜好、生活像、移動履歴、収入の推定、乗っている車のガソリンの種類や平均的移動距離、その先の利用銀行情報、使っているウェブ・サービス等々…シロートの私がちょっと考えただけでも、クレジット・カードの情報だけで個人のかなりの部分を丸裸にすることが出来る恐ろしい情報の塊です。

そういう意味ではレシートの写真を撮ってその情報を僅かなポイントと個人情報を交換してる人達というのは凄いもんだと思います。w

しかし、Google Mapを使ったりポケモンGoをやっている私なども、これらの人達を嗤う事は「全く」出来ません。まあ、我々は個人を狙いうちしようとする人間達にとってみれば、恐らくは丸裸に近いのでしょうね。

そして、その丸裸具合はネット利用が日常になればなるほどより「素っ裸状況」は酷くなるんでしょうね。これから先、一体全体我々の世界はどうなっていくんでしょうか?AIの台頭とともに近未来の予想はカオスのようにしか見えないんですけどね、私には。

知恵と悪知恵のぶつかり合い。最終的にどちらがどのような勝利を得るんでしょうかね。それともずっと手を変え品を変え戦いは続くのでしょうか。

2026年10月6日火曜日

Monster Patient

まさに令和版の怪物患者を診てしまいました。

この人、私が別のドクターから引き継いだ患者さんなんですが、今まで診ていたドクターと看護師さんの対応の間違いの積み重ねが生んだモンスターだと強く思いました。悪く言えば精神的に未熟なクレーマー体質。簡単に言うと中二病ともいうべき還暦過ぎのおばさんです。

生活保護の方なんですが、前医から引き継いで最初に行った日から強い違和感があったのです。まず看護師さんからその人物の部屋に入る前に「山のような数の禁忌事項」というのが伝達されておりました。曰くブザーは鳴らさずごく小さな音でトントンと叩いて。曰くドアを開けるときには音をさせないようにゆっくり開け、閉める時も絶対に音を出さないで…。

正直「?」という感じで、めんどくせーな~としか思っていなかったんですが、診察を始めるために家に入ってその違和感は確信へと変わりました。

部屋中がハイターで拭いてあって「ぷ~ん」とハイター臭いんですが、その上に総てのドアの取っ手という取っ手にはサランラップが巻いてあるんです。見た瞬間「あ、不潔恐怖症とOCDが重なっとるんかな」というのが私の感想。診察を始めても、身体所見をとる為に近づくだけで瞼がプルプル震えています。もうね、この御仁ヤバいな…と思ったんですが、そこは表情を変えず優しい言葉で対応します。相手が子供じみていてもこちらはプロですからね。ネガティブな感情なんか見せる必要もありません。w

ところが、その後がまたとんでもない感じで看護師さんに文字通り目を吊り上げておかしな理屈で噛みついたり、大声で「もう薬は飲まな~い」とか、自分の指示で薬を処方させようとするのを見て内心「あ、これはもう終了案件やな」と確信。

一体どうしたらこんな怪物が育つまで前のお医者さん達は放っておいたんだろう?と思ったんですが、精神科の先生なんかはこの手の人間には結構きつくあたり、毅然とした態度でバシッと言い捨てて終診とする人が多いというのを日常見ているんですが、そういう対応に内科の医師たちは慣れていなかったんだろうと推測しました。

正直なところ、この患者さんいろいろと薬の処方はセンシティブな組み立てをしていかないといけない人なんですが、患者が医学の知識もないのに気分で薬を飲まないとか、変えないとか、自分で処方を支持するとかいうのは「患者と医師の間での信頼関係が築けない」という理由で診療を終了させることになります。

まあ、もっと正直に言うとこういう患者さんを放置しておくと「万一の事が起きた時」に責任をとれませんので!患者さんは勿論、関与して処方を納得して受け容れて貰えなかった医者にとっても危険なのです。

実際、この手の患者さん達は数千人も患者さんのマスがいあれば数人は必ず居るものでして、それはある程度不可避なものだと思います。実際、もっと危ない鎮痛剤中毒の人もいましたしね。世の中まともな人ばかりでは構成されておりません。そしてそれがこの世の中というものなんですけどね。

これで病院にとっての頭痛のネタが減ったことになります。大量の「普通の対応が可能な」患者さん達を淡々と加療していかなければいけない中で、こういう御仁たちはあちこちの診療機関から次々と診療を断られ行き場を失っていく事になる訳ですが、それこそ文字通りの因果応報・自業自得。

可哀そうという気持ち自体がそもそも起きてこない可哀そうな方のお話でした。

2026年10月5日月曜日

覚王山日タイ文化フェスティバル

日曜日の少し曇りがちな天気の中、日泰寺で行われていた毎年恒例の文化フェスティバルに行ってきました。

お目当ては食べ物とTシャツ。^^

もう何度もこのお祭りには来ていますので、どんな事が行われているのかはよく知っています。縁日のほうはいつも参道に出店が来るのですが、このフェスティバルは基本的にお寺の境内で行われますので、参道をずっと歩いてお寺に近づくとまず山門に到着。

ほぼ例年と変わらない配置で賑やかそうな様子が入る前から伝わってきました。小さな子供達のはしゃぎ声や着飾った女性達のそろいの法被を着た様子などを見ると既に多くの行事が行われているようでした。それでも、我々の目標は基本的にそれらの演じものでは無くてタイ料理とTシャツ。

さっさとシャツを売っているお店に近づいて派手なタイ製のシャツを一枚ゲットした後、パッタイその他の料理の行列に(主に嫁さんが)並んで数種類のタイ料理をゲットしました。とは言え、私は息子にほとんど食べさせて嫁さんと私はちょろっと食べただけ。それでも、息子の幸せそうな顔を見ているのは大満足でした。

その後は即座に一旦家にかえってアピタに行って久しぶりにマクドナルドでハンバーガーを食べた我々でした。

嫁さんとしては一日中食事の準備が手抜き出来て別の意味で大満足ではなかったでしょうか?w

2026年10月4日日曜日

関の刃物

畑仕事の相棒はメカ関連の仕事をしています。

いろいろな作業用の器具をいろいろな業者に納入しているため、様々な業界に「顔が広い」という人物。もともとは大型車両の整備をしていたとの事ですが、今ではそういう縛りも無くなりプレス・マシンやその他の種々のマシンを取り扱っているという事です。

さて、その彼は今もよく刃物の町関市に行ってはそこで刃物造りの中心人物となっている方にあらゆる伝を頼って各種マシンなどを入れているうちに親しくなったようです。

私は気づかなかったんですが、この方のインスタグラムを見ていたら、なんと以前行った刃物博物館で刃物を時々削っている人物であることが判りました。あの時あそこで仕事をしていた人なのかもしれないと思うとちょっとワクワクしているんですけど、実はこの方の作った刃物を直に相棒経由で注文して貰えるかもしれないという話になりました。

この方の作成している刃物は実は超一流のレストランのシェフから一生モノと言ってもらえるレベルの作品。そんな方に間接的であってももしかしたら素晴らしいナイフ・包丁を作っていただけるかと思うと胸が熱くなります。

刃物を鉄の板から研いでいく様子を見ていると、その中から現れてくる刃紋がさざ波のように見えて美しい事この上なし。自分用のキャンプ・ナイフと、嫁さん用の包丁。この二つが手に入れられればもう大満足です。相棒からは「どんな形のどんなものを手に入れたいのかよく考えて」と言われていますが、悩みは深いのです…。^^

木曜日までに考えておいてと言われました。どうしましょ…。

2026年10月3日土曜日

落花生の収穫とロスト・アーク

実は前回のサツマイモの収穫の時に畑の端っこに二株ほど「遊び」で植えていたのですが、そのうちの一粒だけを前回のサツマイモ堀りの時に見つけたからでした。
上の写真にあるように地面の上に極わずか体を突っ込むように埋まっている落花生を拾い上げて割ってみると見事な落花生が本当に薄いピンクの皮に包まれているのがよく判る状態で出てきます。

鵜沼の親父さんに話を伺ってみると、これをきちんと乾燥させたらいわゆる普通の落花生になるという事です。またお母さんに伺ってみたところ、このままでも茹でて美味しい生の落花生を味わえるよ~と楽しそうに話してくれました。

ただ、今回の落花生植えはまさに試験的なもので、一体全体「落花生」というものはどうやって育ってどうやって収穫するものかというのを観察するためのサイズであれば十分だったからです。^^

そして、その収穫を実際にしてみたところ以下のようなものが出来上がってきました。
こうやって土の中に沢山の「実の入った殻」が出てくることが解りました。何とも凄い自然のシステムですね。人間の知恵なんて軽く吹き飛ぶ進化の面白いところです。植えたものが育って人間が食べられる形のあるものになるなんて言うのは本当に感動的です。

さて、今回こうやって落花生は少量ですが収穫できました。しかし、ここで驚くべきことが起きました。落花生を収穫し終わって畑を再度眺めまわしたところ、どう考えてもこれサツマイモの葉だよね?という部分が畑の中に残っている事が判明したのです。そして直ぐに相棒と考えた事は「これってこの前どこに行ったか判らなくなった紫イモの葉じゃなかい?」という事。

そこで、数メートルに亘って生い茂っている葉っぱの根元を搔き分けてみると出てくる出てくる真ムラサキの芋!

やった~!という感じで相棒と二人で興奮して畑を掘り返すこと一時間弱。ゴッソリ出てきた紫イモに、心の中で「隠れとったか!見つけてやれんで悪かった」と謝りました。何にしろ「おっかしーなー、絶対植えたのに一体どこに消えたんや?」という感じで相棒と二人でその謎に悩まされ続けていた訳ですから、今回の図らずもその謎が解けたのは素晴らしい主格となりました。

畑の近所にある親父さんの家に戻ってその話をしたところ皆に大笑いされました。その後、近所の種苗を売っているローカル・ストアに向かい一玉384円もするニンニクを3玉購入して親父さんの畑に植え込まさせてもらいました。来年の種ニンニクにする為です。18株のニンニクが6株のニンニクを実として付ければ来年には100粒以上のネタになる筈です。それでも来年はそれをネタにしてさらに増やそうかなと折っているんですけどね!w

ニンニクがどう育つかた新たな愉しみです。


2026年10月2日金曜日

京都まで歩く????

私の勤める病院にバイトで来ている外科の先生から「あるお誘い」を受けました。

それは「京都まで160キロ二泊三日で歩くんだけど一緒に行こうよ!」というもの…。一瞬ですが、本気で固まってしまいました。w

そもそも私が散歩で一番歩くのでも家族と共にモリコロパークに行く往復の散歩。恐らくこの散歩でさえ16キロ程度です。この距離でゆっくり歩いて3時間ちょっと。その往復を二回しても約30キロでしかありません。たったの30キロ。それでは家から名古屋駅まで歩いていけばどれくらいかというと約14キロ。往復でやっぱり30キロ弱です。

つまり、家からモリコロパークへ向かって歩き、その後家まで戻ってくると名駅へ向かってま直ぐ歩くことで約21キロの道のりを終了、そしてそこから戻ってきて家に戻ってくることでやっとマラソンと同じ程度の距離。グーグルの予測時間を積み重ねるとハーフの距離で4時間半程度。往復でなんと無休憩で9時間も掛かるコースです。

40キロで9時間!朝8時に歩き出して何もせずに歩き続けて夕方の5時にやっと40キロなんですが…。( ゚Д゚)

そう考えると、仮に体力がもっと続いて日に9時間歩けたとしても120キロにしか届きません。京都までの距離をグーグル・マップで見てみると到着地点が京都駅だとして143キロ!一日に約48キロ!は歩かないと届かない事になります。しかも、この距離を歩くのにほぼ10キロ程度の荷物を持って途中は一人用テントで寝起きしようというのがお誘いの内容。

道は中山道経由でないときついと考えられます。なぜならば全部を舗装路で歩くとなると返ってくる反動は脚を壊す可能性があるからです。しかも、靴はその時に靴擦れを起こさないことが前提ですから、ある程度は慣らして履き込んでおかないといけませんし。

こういった事を全て勘案してChatGPTに対してこの道中の厳しさを聞いてみると…超上級者向きのUltra Walkになるというお話。しかも、厚底クッション・ メリノウール靴下+ワセリンで靴擦れ防止・荷物は5kg以下(可能なら送る)・  夜間歩行は避ける(危険)・  こまめなストレッチと休憩・水分は1日2〜3L・事前に40km歩行を2回以上試す、云々という長い長い試し書きが付いてきました。orz

しかも、普通の人間は1日に30キロ以上歩くと翌日は強烈な疲労や体調の問題を起こすと書かれていて、先生が主張する「出来たら60キロは行きたいな」というような距離は私のようなど素人が居ては到底無理でしょう。w(なんと、先生は「80は無理か?」等という事を呟いていましたが。orz)

何段階か練習を重ねたうえで靴やテントを試してからチャレンジしていかないと「到底」無理なことは明らかですな!

2026年10月1日木曜日

山本夏彦はやはりイイ!

先日購入した古本の中に3冊の山本夏彦の本が入っていました。

3冊の題名は①「社交界」たいがい②良心的③一寸さきはヤミがいいというものなんですが、昔から私は山本夏彦氏のファンで、その一刀両断振りは普通に考えれば諧謔と機知を超えた素晴らしい切れ味の批評の連発。

新聞屋と銀行屋と株屋の話は何時も飛びぬけて面白いのですが、氏の話が常に面白いのは世間のモノの見方とは一線を画す切れ味と裏面の真実の暴露があるから。世間の常識が如何に嘘に塗れて間違っているのかというのが次々と解りやすく示されます。

いつも彼の文章を読んで思うのは正義を標榜する人間達の胡散臭さの観察眼の鋭さでしょうか。

ものごとは裏と表から見てその評価を定めないといけない、そして人間というものを純粋な正義などと見誤らない事を何度も何度も対象とインシデントを替えて教えてくれます。そして必ず戻ってくるのは上に太字で書いたような正義を騙る人間達の裏の顔を嗤えというものでしょう。

社会の木鐸を標榜する人間達の垂れ流す道徳論を嗤い、戦前暗黒史観を繰り返し「それは嘘だった」と叩き続ける。歴史というのは書いたもの勝ちですから、正しかったことを少数であろうと書き続けることが大事。そういう意味では既にとうの昔にお亡くなりになった氏が繰り返し書き続けた数多くの文章は何時の日か大きな意味を持つことと思います。

私は彼を右翼とは思わないし、極端な思想の持ち主だとも思いません。淡々と世の中を見つめて自分の体験した世界をもとに自分の皮膚感覚で事実を記述する。なかなか出来そうで出来ない事です。

恐らく多感な時期(15歳~18歳)をフランスで育ち、その後に戦争に突入するような当時の日本に帰ってきたのが普通の日本人とは違うものの見方をさせたのかもしれませんね。

人とは違うモノの見方、常に持っておきたいと思います。(変人扱いされても。w)

2026年9月30日水曜日

もう9月も終わりとな!

あっという間でした。

雨ばかりいつまでもいつまでも降り続くと思ったらいきなり9月の終わりです。関東地方に至っては35日とか連続で雨の日が続いたとかいう観測史上初のレベルの秋の長雨だったようです。わたし、これを見ていてなんか「天気の子」を思い出しました。^^

何れにしても、今年の九月は「雨・台風」という言葉で全てが語られるような状況でした。今のところこれほどの長雨が続いたことで、昨年迄のダラダラと続いた酷暑が消えてしまったという事で体には優しかったのですが、農作物に対してはとてもとても厳しいものとなりました。日照不足という天災ともいえる状況が酷暑の代わりに襲い掛かってきました。

それでもこうやって時間が飛んでいく感覚を持つのはやっぱり歳を取ったという事なんですよね。子供にとっての一年と年取ってからの一年は全く感覚も違えば意味も違うのは大人なら誰でも理解できること。それが今年の九月は特に「その感じ」を強くしたものとなったのでした。

結局、今年の秋は作物の追加作付けも前回音連れた鵜沼の農作業でははとても出来ず、多分このまま。まだまだ我々新米農作業隊は農業の鳥羽口に多々だけだという事を強く実感させられました。

美味い作物を作りたいというのは当然なんですが、実際作り始めて気づいたことは自分で作った作物はなんでも美味いという事でした!

来年の作付けの計画は先輩や親父さん達と相談しながら今年以上に淡々といろいろなものを植えていこうと考えています。しかし、今年の作付けもそうでしたが、言うは易く行うは難しというのはまさに農業そのもので、お天道様は我々の希望などガン無視ですから我々の計画なんちゅうのは軽くぶち壊してくださる訳です。w

それでも頑張ってやるしかありません。来年は土づくりのところから策を練っていきたいと思います。

2026年9月29日火曜日

久しぶりの胃カメラ

最近胃の調子が悪くてうちの病院に来てくれている手練れの消化管ファイバーの先生にカメラをして頂きました。

10日ほど前にチャーハンを食べようとしていきなり何故か「おえっ」という感じで嘔吐感出現。正直嫌な感じがしました。もともと私自身は30年ほど前に日本に一時帰国していた頃に、先輩の開業していた内科病院で胃カメラをして頂いたところ、潰瘍バンバンで、コロナが強陽性の人でした。

小さい頃から井戸水を使うシステムの下で育った私ですから胃の中にピロリが居ても全く疑問は起きてきません。それでも、一旦除菌したつもりだったのですが、最終の除菌判定をしないままアメリカに帰国してしまっていたのです。

その後、胃の調子は良くなりまあよかったのかな程度で放置しておいた後にうんちの臭いも全く無くなり「除菌できたのかな?」程度と思っていました。

日本に帰ってきた後一度は胃カメラをしてもらったのですが、その時は綺麗で特に問題が無かったのです。その他にもCFもしてもらい、大腸も何の問題が無い事を5年ほど前に確認済みでした。

ところが今回の症状は胃癌や食道狭窄をもたらす何らかの占拠病変などが存在していてもおかしくない症状。急いでチェックしてもらったところ萎縮性胃炎状態になっていました。orz

検査当日までタケキャブを飲み続けて症状はかなり落ち着いていたのですが、潰瘍の弱い跡も残っていました。という訳で、2週間ほどはH2ブロッカであるファモチジンに置き換えた後、尿素ガス検査をしてもし陽性なら除菌していきたいと思います。

これから暫くは毎年カメラせんといかんですな。orz

2026年9月28日月曜日

アジア大会・名古屋の混乱

連日熱い競技が繰り広げられて日本中を沸かせる結果も度々出ているアジア大会・名古屋ですが、最初からいろいろとトラブルが連発している事が「ほぼ連日」報じられています。

例年、他の国で行われる競技会がどれほどこういったトラブルが出てきて、どの程度のレベルの大きさのインシデントが発生したのかは知りませんが、ネットに散らばるニュースからざっとピックするだけでも、私がニュースで把握していなかったものもゾロゾロ出てきてちょっとヤバくない?という気がするんですが…。
  1. 男子バレー韓国代表のシャトルバスが誤った会場へ到着 犬山市体育館へ向かうはずが岡崎中央総合公園体育館へ到着し練習できず。パキスタン代表も誤送で試合直前に到着する事態に。
  2. 宿泊施設で男女選手が同室に割り当てられるトラブル 選手村を設けない分散宿泊方式の混乱が表面化。水球・女子バレーなど複数チームで宿泊トラブル。  
  3. 韓国戦で誤って北朝鮮国歌を演奏する重大ミス ホッケー男子韓国戦で音源を誤再生。韓国側が強く抗議し、組織委が謝罪。 
  4. 送迎バスが配車されず、韓国男子バスケが練習中止に 決勝前の午前練習ができず。海外メディアから「未熟な運営」と批判。  
  5. 表彰式で韓国を「リパブリック・オブ・チャイナ」と誤アナウンス 直後に「コリア」と訂正するも、国際的な批判が拡大。  
  6. 中国選手団が宿泊施設到着まで6時間待たされる  クルーズ船宿泊の手続き遅延・悪天候で乗船できず、食事も12時間空くなど深刻な混乱。 
  7. インド選手団が空港で長時間足止め  入国審査・登録の不備で長い列が発生。インド側が「初期トラブル」と説明するも批判続出。   
  8. 韓国選手が空港で5時間以上待機、送迎バス不足も発生  韓国側は状況把握と対応を表明。SNSでは「アジア大会の不条理」が拡散。  
  9. 報道陣用シャトルバスが会場に入れず15分足止め、降車場所も迷走 スタッフがバスの用途を把握しておらず、案内が二転三転。記者が体感した混乱として報道。 
  10. 大会準備の遅れを示す内部資料が流出、仏GL社との契約に問題指摘  照明全損、バス未配車などの背景に、委託企業との連携不備があったと文春が報道。 
これだけでも十分重大ですが、他にもバドミントンの試合が深夜に及んだ時も他のコートは空いていた等と言う訳の分からん杓子定規の運営もあるみたいですし、最初の頃は韓国のバスケ選手がベッドが小さくて云々なんてのもありましたしね。

まあ、小さい事を一旦上げ連ね出したらキリがないんでしょうけど、それにしても目立つミスが多すぎませんかという話。私が個人的に気になるのは上の最後に書かれているニュースでして、フランスのGL社って何だという話。

記事を探してみると「GLは、フランス・リヨンに本社を置き、世界20カ国以上でイベントの企画・設営・運営を手掛けるGL eventsグループの日本法人。大阪・関西万博では複数のパビリオンの施工や運営を受注したが、工事代金の未払いを訴える下請け業者が相次ぎ、訴訟に発展している企業」と書いてあるではないですか…。orz

しかもここには700億円近く払っているって言いますからマジで何を考えとるんか?という話。とことんおかしくないか?

アメリカだったらこれって訴訟になっとらんかい?日本の事だからどうせナーナーで終わりそうですけど、大村知事って愛知でビッグイベント開くのもう止めたらええんちゃいますかね。前の2019愛知・トリエンナーレでもいろいろと酷い運営で金銭的補償や展示法にまつわる大きな禍根を残したイベントになりましたが…。

税金使ってるっていう認識があまりにも欠如しているという気がします。は~。

2026年9月27日日曜日

閉まる古書店で選び放題

先日このブログに書いた近所の古書店閉店のお話。

実はこの日曜日迄で都合三回の探索と購入を行いました。毎回の購入額は1万にも満たないんですが、何しろ今までちょっと手が出し辛い程の値段が付いていた本も普通の本が半値、文庫本は5冊で1,000円。全集に至ってはなんと8割引き!ですから良いものがあれば買わない手はありませんわね。

この三回の購入で使った金額は3万もいっていないと思うんですが、得られた収穫は豊かなもので、死ぬまでに購入した本は全部きちんと読めるかな、いや結局積読になるのかな等と一人想像を巡らせたりしています。

今回はいろいろと手に入ったものの中で目に付くものがありました。それは谷崎潤一郎の「瘋癲老人日記」の初版本です。珍しく綺麗な箱入りで、ちょっと気になったもんで奥付を見てみると何と初版本ではないですか。向田邦子の本などでも結構初版本を手に入れる事が多い私ですが、これは素晴らしい出会いだなと思いました。その脇には同じ箱入りで「鍵」が並んでいましたが、こちらは7刷。それでも瘋癲老人日記の62年初版本が手に入ったことに兎に角大満足でした。^^

他にも裸の大将放浪記の4巻本が手に入ったことも嬉しかった出来事ですね。こうやって買い込んだ本を全部積み上げると、この三回で凡そ2メートル程度になる程度にはなるでしょうか。しかも、手に入れた本は全て自分の読みたい本ばかり。これほどの喜びは所有欲と読書欲の両方を埋めるという意味で滅多にあるもんではありません。しかも手軽な値段で!

実は今回、店の外の張り紙が手直しされていて、10月も延長で日曜日毎にお店を開いてくれるようです。このままいけば最後のほうはもう少しディスカウントが入るのではないかなどと下種な事を考えてしまいますが、そんなのを待っていると素晴らしい本はどんどん消えてしまいます。

これからも時間があればどしどし出向いて行って積極的に購入したいと思います。廻れば廻るほど「見逃した一冊」が見つかる確率は上がりますからね!

2026年9月26日土曜日

息子のパズル作成と謎の一つ

息子の家でしている事の一つにジグソーパズルがある事は前にもここで書いたのですが、今までに何十枚もパズルを作るうちに気づくことがありました。

そのなかの一番大きな問題はほぼ毎回1-2ピースのパズルのブロックを無くしてしまうということなんですよね。息子は異食症があって、結構コッソリと食べてはいけないものを口に入れてしまいます。今までにも5センチくらいのメタルの棒やプラスチックのカード、でっかいスティッカーなんかを胃に入れてきました。

幸いにして今まで窒息などという事にはなっていないのですが、親としては目の届かないところで何かよろしからぬモノを胃の中に入れている可能性が高いと思うといつもひやひやです。それでも、パズルのピースを食べる事は少なくとも無いと思っています。

そもそも、パズルを完成させることは息子の性格や持っているキャラからしてMUSTというレベル。完成しない部分があると「独特のこだわり」でその未完の部分を気にし続ける素振りを見せます。実際のところ、この見つからなかったピースが本棚の下の奥から出てきたり近くの容れ物の底から見つかったこともありました。嫁さんも絶対に掃除機では吸い込まないように気を付けているとの事なんですが…。

そして、これが今回のマイクロ・ピースで構成された1000ピースのお寿司のパズル。難しいのは何も印刷されていない黒い部分が多い事なんですが、とりあえず息子は以下の状態までは仕上げました。
良く見て頂けると判ると思いますが、欠損した3つのピースは右下に集中しています。今回もパズルの販売元さんに位置情報と大まかな形を書き写した情報を備え付けの葉書に添えて送りましたので暫くしたらこれらのピースもサービスとして送り返してこられると思うのですが、この紛失ピースは一体幾つくらいまで許されるものなんだろうかといつも嫁さんと疑問に思っています。

極まれに売っている数千ピースのパズルなどは長い期間かけて仕上げていくうちには掃除の途中で無くしたりするピースも多いと思うんですけどどんなもんなんでしょう。

実はこのパズルを作成するときの下敷きになるものとして便利な道具がある事を知ったのは最近。調べてみると、板のものだけでは無くてフェルトの上で作り続けてその日が終わる度に丸めて収納するようなものも有るとの事ですので、今度適切なものが見つかったら息子用に一枚買おうかな?

2026年9月25日金曜日

明日は伊勢湾台風の日

9/26の土曜日という日は昭和34年(1959)年に伊勢湾台風で多くの人命が失われた日です。

当時のアメリカ軍の記録ではカテゴリー5で、更に台風は26日18時過ぎ、929hPaの勢力を持って潮岬の西15キロ付近に上陸、上陸時の勢力としては本州へ上陸した台風の中では今でも史上最強とwikiの記述に残っています。

ここ名古屋においては市内だけで死者・行方不明者は1851人。全壊流出が7723棟、半壊43249棟、浸水は上下合わせて67352棟というまさに激甚災害。今でも緑区には滝の水公園という伊勢湾台風の瓦礫で作られた、高さ35メートルの高台がありますが、当時の大災害の酷さ・凄さを形として伝える遺構になっています。

さて、私はこの前の名古屋を襲った線状降水帯と集中豪雨でも名古屋という街が示した抵抗力は東海大水害を経て物凄いレベルでresilienceを獲得したことを示しました。勿論、名古屋市の策定している計画の下敷きにはこの伊勢湾台風があり、更にこれより酷いレベルの台風による高潮が発生したという前提で行政計画を立てているという事です。

しかも、この台風等による風水害への備えは今も時々刻々、年々歳々先へ先へと進歩しているというのですからなかなかのものです。そもそも、名古屋という街は地質学的にはごく最近まで海の中だった街。しかも、名古屋城の西側は更に水に弱い街。また、名古屋の東の端に至るまでかなり緩やかに勾配が上がり続ける訳ですが、南と西は相変わらず津波の発生には非常に弱いエリアですから今後の備えも次々に改善する必要はある訳ですが…。

今回、AIに「もし今、伊勢湾台風が名古屋を襲ってきたらその被害はどうなる」という質問を投げかけてみたところ、興味深い回答が返ってきました。

まず、災害の予測能力が桁違い。そしてその警報を通知する能力が桁違い。更に建っている構造物が当時とは全く異なる上に、ハザードマップを含めた行政側の準備のレベルが桁違いという事で、死者・行方不明者は最終で数十人、最大で数百人とのことで時代の違いを感じさせます。

ただし、自動車の水没、電気設備の故障、工場設備の損壊、倉庫物流システム、地下鉄、データセンターの被害等(特に地下施設関連)はやはり大きいだろうとの事。
そして、今でも港・南・中川・熱田・瑞穂・緑区の一部などは今でも相当危険との事で、このエリアから災害の犠牲者が出てくる可能性が残るという予想でした。

何れにしても天災は不可避なもの。人知の及ばぬ規模の災害がいつ来るのか誰にもわかりません。備えあれば憂いなしという言葉が本当になるためにはいつまでも準備を磨き続けることが大切ですよね。

2026年9月22日火曜日

愛知県の人口減少

感覚的には「まさか」というものでしょうが、人口推移予測では名古屋市でさえ既に人口は3年前の2023年にピークを迎えたといわれています。

2060年には211万人程度との事で、これから数十年はゆっくり減少するという話なんですが、実際のところ転入は超過が続くのだそうですが、死亡による自然減が続くために人口の減少は続くとの事。

しかしまあ、大都市名古屋は未だこの程度で済むんですがヤバいのは周辺エリア。大トヨタがある一大産業都市とは言え、名古屋の周辺エリアは財政も人口も維持するのが困難な限界集落化しつつあるエリアが結構ある事が統計でよくわかります。特に愛知県の中でもショッキングなほど維持が無理なのは愛知の東側の多くの村や町。

設楽、豊根は言うに及ばず南東部のエリアも南部のエリアも財政の自立度は異様に低く、人口の減少速度もほぼロケットで加速をつけたような感じ。その他にもあま市のように財政的にきついのに馬鹿な豪華市庁舎を立てる自治体とか。犬山、蒲郡、津島、愛西、田原、美浜、南知多、東栄などもグリグリにヤバそうです。そしてあの豊橋でさえも減少に加速が付いているというのですから日本全体に勢いが無くなるのも仕方ない訳です。

こうなると地方の財政もボコボコになる訳で、まさかとは思いますけど豊根村とか設楽とかは夕張のようになりませんかね?もう、こんな勢いで人口がシュリンクしてくると己が勝手に住みたいところに「自己責任」で住む!という前提でしか住めなくなるわけで、医療、教育、行政などのサービスは勿論、インフラなども「我々が決めたエリアの外に住んでいるあなた方には残念ながらサービスは届きません」でも税金は市内や村内に住んでいる限り徴収はしますよ~という様になりかねない気がします。もしくはエリア別に異様に水道料金が高くなるとか?

既にいろいろな自治体が無い袖は振れないという眼の前の事実に呻き声をあげる中、どこまでそういう「サービスエリア外」のところにサービスを届ける事を続けられるのか?医療サービスのようにそもそもお金がかかる分野も財務省、厚労省は既に明確に切り捨てを始めていますし、これからはある一定レベルの水準以上のサービスを受けたければもう田舎に住む人達は諦めなさいという残酷な時代のタイマーのカウントダウンが動き始めているのでしょう。

国が老いるというのは世界の多くのエリアで必然としても、いざ眼の前にこうやって現れてくるとやはり厳しいものですね。