ラベル 医療 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 医療 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2026年10月27日火曜日

ケアマネ(ケア・マネージャー)の質

介護をしたりされたりする人は殆ど誰でも役所経由でケアマネージャーと繋がる事になります。

しかし、いろいろなケアマネを見ているからこそよく解るのですが、このケアマネというのが実にクセモノ。いいケアマネに当たったあなたは幸せ者。外れのケアマネをあてがわれた方はスタートから残念賞を貰ったようなもんです。

このケアマネという存在、患者さんや家族と様々なケアのシステムを繋げるハブのような役割を果たしてくれるのですが、「だからこそ」このハブがオンボロだと実に悲惨な事になります。

働かない、動きが遅い、仕事に興味が無い、単純に能力が低い…等々理由は時に幾つかに別れたり、幾つかが重なったりもしますがとにかくこういう「ハズレ」に当たってしまうと暫くの間、皆さんは悲惨な目に遭い続けます。

一番可哀そうなのは認知症なのに身寄りがなく、一度あてがわれたダメマネにとことん蝕まれることがあるのです。

こういうことが起きた時に大切なのはこういう人物を役所経由でも結構なので「忌避」すること。自分のところに来たケアマネは永遠の指名とは何の関係もないシステム上の人物であって、理論的には自分がベストと考えるマネージャーに当たるまで指名し続ける事も可能なのです。(勿論、そんな時にはあなたのほうに問題があると役所側から大いに疑われるでしょうが!w)

今回、この手のケアマネを二人たて続けに知る機会があり、残念なパターンの存在もそれほど少なくないのだなと強く感じた次第でした。ここでケアマネさん達の名誉の為に記しておきますが、私の知る多くのケアマネさん達は実に勤勉誠実で細部にも良く気が回る方が多いです。どういう意味で今回知ったその反対のタイプのケアマネを見ていて「ああ、こんな残念なケアマネも居るんだ」と感じ入った次第でした。

皆さんのケアマネさんが「当たりの人」であることを心から祈っております。

2026年10月21日水曜日

ピロリの除菌

ひと月ほど前に胃部不快感が発生しました。

家に帰って夜にチャーハンを食べようとした瞬間に、突然気持ち悪くなって少量の内容物を戻してしまったのです。orz

普通こういう症状があると我々医者は「嫌な事」を想像してしまいます。例えば胃噴門部の狭窄、幽門部閉塞に伴う逆流、食道の狭窄による通過障害…。想像は幾らでも逞しく広がっていき、かつ良くない事ばかり想像してしまいます。

そこで、ここからは胃カメラの登場です。自分の病院にバイトに来ている胃カメラの上手な先生にまずはカメラによる検査をしてもらうと萎縮性胃炎になっているではないですか!そこで次はピロリの検査なんですが、ここに至るまでに既に私はタケキャブという薬を飲んだり、歯科治療の時に抗生剤を服用していましたので、今ピロリの呼気検査をしたところで偽陰性が出る可能性は高いという事で、抗生剤とタケキャブの中止で2週間待ちました。

その上で窒素ガスを用いた呼気検査を行ったのですが、とりあえず数値は陰性に近いものでした。しかし、こういうものは偽陰性であるパターンも否定できず。

という訳で、最終的に抗体検査を行いました。するとこれでは陽性に判定!

20年ほど前にアメリカから短期日だけ日本に帰国したときに先輩のクリニックで受けた検査で潰瘍と共にピロリ強陽性の判定を受けた訳ですが、その後に除菌して症状が消え去ったので、そのまま判定する時間もないままアメリカに帰国していたのでした。

そして今、ピロリはカムバック状態。という訳で本日よりボノサップ400というキットになった除菌システムを用いて今日から七日間の服薬継続によるピロリ除菌を行います。

何だかな…。面倒くさいですが、人間にとって細菌やウイルスとの戦いは永遠ですよ。

2026年10月19日月曜日

サプリメントとかやめとけ

最新の疫学的研究を読んでいると、生理的事実と加療による目標達成には大きなギャップがあることが良くわかります。

最近一番気になったのはやはり弱まっていく骨の組成を回復する為にビタミンDやカルシウム製剤を骨折予防の目的で使用する事にはほぼ意味が無いという事が明確になってきたというトピックでしょうか。

日本においては未だに骨粗粗鬆症の治療薬として漫然とビタミンやエルデ・カルシドール等を投与している人がいますけど、本当に必要なのはそれらの投与前に「まず強力な骨吸収抑制薬や骨形成促進薬を使う」という手順が重要視されてきています。

その一つであるビス・ホスホネートには時に恐ろしい副作用があり、きちんとしたモニタリングを行う事が大変重要ですし、年に一度の骨密度測定で骨密度の推移を追跡することの大切さも今さら敢えて言うまでもありません。(最近保険審査で骨密度の測定は年一回しか認められなくなったため、以前のように年二、三回とかいう事は出来なくなりました。)

今でもテレビのチャンネルによっては年寄りから金を巻き上げるためのサプリの宣伝が「毎日のように」流れていますよね。

曰く「このカルシウム・サプリ、今なら二個でなんと4,000円!更に、今回だけの特別企画でもう一本お付けします。これから30分間受付の人数を増やして対応いたします!ただし、商品がなくなり次第サービスは終了とさせていただきます。」なんて言う嘘をたっぷり含んだしょうもないCMがダラダラと流されて、爺さん婆さんの財布から金を抜き取っていっている訳です。

同じ事はコラーゲンなどでも一緒。コラーゲンが膝関節に分解されずに届く訳もなく…。一度必ず消化器で分解されてたんぱく質やアミノ酸として再度何かに合成されるだけの話。一体全体こんな医学的にインチキとしか思えない事にどうしたら厚生労働省は詐欺事件として鉄槌を下せないのか。

アメリカでも大問題になりましたけど、医療用に作られていない市販のサプリメントに含まれたPCB等の高濃度不純物の話は今では歴史の一ページに…と言いたいところですけど、絶対今も変わってないと思います。

騙すほうも悪い、騙されるほうも悪い。しかし我々は情報に接することでこういったインチキを是正していって「データと理論に裏打ちされた正しい常識」を普及させる必要があると強く思うのでした。

2026年10月15日木曜日

中国人の看護師さんの日本語の能力

私の働く病院では正看護師として働いている中国人の看護師さんが何人もいます。

平均すると各病棟に1人は居る感じと言って良いと思います。他の国の看護師さんは居るかと言われれば、ヘルパーさんには比較的多くのアジアの各国の人が居ても、看護師さんには居りません。彼や彼女達はベトナム、インドネシア、フィリピン、ミャンマーの人達が殆どですね。

では何故この中で日本で看護師をしている人達が殆ど中国人なのかと考えるとそれは偏に高等教育システムと考え方の違い、母数となる人間の数の差だと思います。

私は本当に最近迄全く知らなかったんですが、日本で正看護師になるためにはN1というレベルの日本語能力試験をパスしないといけないという話でした。たまたまXの記事の中に韓国人でN3とN2というその下二つの検定資格を取得したという韓国軍人の写真が出ていたのですが、その人を褒め称える文章を読んでいるとN2でも十分に難しいという事が書いてあります。

そこで、ネットで実際にN1のお試し問題という形で試験を受けてみました。

実際に問題を解いてみると確かにこれは日本語を殆ど自然に操る人と思っていいレベルの問題でしたね。しっかり高校受験対策をしている中学生が問題を解く感じのレベルと言ったらよいでしょうか。これ位の問題をスラスラ解けるようだったら、確かに日本に来て更に日常会話や方言、時代にあった言い回し等を吸収続けていけば病院でも働けるかもと思いました。

しかし、言葉というのはある一定水準に達した後に次のレベルに進むためには間違いなく「研鑽」が必要。

では私の病院で働いているその中国人看護師さん達はどうかというと、病院にやってきた当初からびっくりするくらい普通に日本語を理解できるし記述も出来たのですが、2年以上経過した今、彼女達の日本語能力が「上達」したのかと言われるとその答えには極めて大きな疑問符が付くというのが正直なところでしょうか。

確かに素晴らしく上手!しかし進歩は見られない。特に会話能力。これって多くの外国語話者に比較的共通する特徴じゃないかなと思うんですよね。無論、人によっては読解力が、会話能力が、筆記能力が伸びない等とそれぞれ違うのでしょうが。勿論、私もこれらの例外ではありません。

アメリカに居た時にガンガン喋って読み書きも大量にしていた頃に比べると明らかに能力が萎んだという実感があります。言葉や能力は常に磨き続けることが大事だという事実に、まさに他人を実例としてみる事で改めて気づく自分でした。

特に私のように還暦すぎた人間は今後に発生する種々の生理的能力の低下の事を考えればもっと真剣に勉強しないとね!w

2026年10月6日火曜日

Monster Patient

まさに令和版の怪物患者を診てしまいました。

この人、私が別のドクターから引き継いだ患者さんなんですが、今まで診ていたドクターと看護師さんの対応の間違いの積み重ねが生んだモンスターだと強く思いました。悪く言えば精神的に未熟なクレーマー体質。簡単に言うと中二病ともいうべき還暦過ぎのおばさんです。

生活保護の方なんですが、前医から引き継いで最初に行った日から強い違和感があったのです。まず看護師さんからその人物の部屋に入る前に「山のような数の禁忌事項」というのが伝達されておりました。曰くブザーは鳴らさずごく小さな音でトントンと叩いて。曰くドアを開けるときには音をさせないようにゆっくり開け、閉める時も絶対に音を出さないで…。

正直「?」という感じで、めんどくせーな~としか思っていなかったんですが、診察を始めるために家に入ってその違和感は確信へと変わりました。

部屋中がハイターで拭いてあって「ぷ~ん」とハイター臭いんですが、その上に総てのドアの取っ手という取っ手にはサランラップが巻いてあるんです。見た瞬間「あ、不潔恐怖症とOCDが重なっとるんかな」というのが私の感想。診察を始めても、身体所見をとる為に近づくだけで瞼がプルプル震えています。もうね、この御仁ヤバいな…と思ったんですが、そこは表情を変えず優しい言葉で対応します。相手が子供じみていてもこちらはプロですからね。ネガティブな感情なんか見せる必要もありません。w

ところが、その後がまたとんでもない感じで看護師さんに文字通り目を吊り上げておかしな理屈で噛みついたり、大声で「もう薬は飲まな~い」とか、自分の指示で薬を処方させようとするのを見て内心「あ、これはもう終了案件やな」と確信。

一体どうしたらこんな怪物が育つまで前のお医者さん達は放っておいたんだろう?と思ったんですが、精神科の先生なんかはこの手の人間には結構きつくあたり、毅然とした態度でバシッと言い捨てて終診とする人が多いというのを日常見ているんですが、そういう対応に内科の医師たちは慣れていなかったんだろうと推測しました。

正直なところ、この患者さんいろいろと薬の処方はセンシティブな組み立てをしていかないといけない人なんですが、患者が医学の知識もないのに気分で薬を飲まないとか、変えないとか、自分で処方を支持するとかいうのは「患者と医師の間での信頼関係が築けない」という理由で診療を終了させることになります。

まあ、もっと正直に言うとこういう患者さんを放置しておくと「万一の事が起きた時」に責任をとれませんので!患者さんは勿論、関与して処方を納得して受け容れて貰えなかった医者にとっても危険なのです。

実際、この手の患者さん達は数千人も患者さんのマスがいあれば数人は必ず居るものでして、それはある程度不可避なものだと思います。実際、もっと危ない鎮痛剤中毒の人もいましたしね。世の中まともな人ばかりでは構成されておりません。そしてそれがこの世の中というものなんですけどね。

これで病院にとっての頭痛のネタが減ったことになります。大量の「普通の対応が可能な」患者さん達を淡々と加療していかなければいけない中で、こういう御仁たちはあちこちの診療機関から次々と診療を断られ行き場を失っていく事になる訳ですが、それこそ文字通りの因果応報・自業自得。

可哀そうという気持ち自体がそもそも起きてこない可哀そうな方のお話でした。

2026年10月2日金曜日

京都まで歩く????

私の勤める病院にバイトで来ている外科の先生から「あるお誘い」を受けました。

それは「京都まで160キロ二泊三日で歩くんだけど一緒に行こうよ!」というもの…。一瞬ですが、本気で固まってしまいました。w

そもそも私が散歩で一番歩くのでも家族と共にモリコロパークに行く往復の散歩。恐らくこの散歩でさえ16キロ程度です。この距離でゆっくり歩いて3時間ちょっと。その往復を二回しても約30キロでしかありません。たったの30キロ。それでは家から名古屋駅まで歩いていけばどれくらいかというと約14キロ。往復でやっぱり30キロ弱です。

つまり、家からモリコロパークへ向かって歩き、その後家まで戻ってくると名駅へ向かってま直ぐ歩くことで約21キロの道のりを終了、そしてそこから戻ってきて家に戻ってくることでやっとマラソンと同じ程度の距離。グーグルの予測時間を積み重ねるとハーフの距離で4時間半程度。往復でなんと無休憩で9時間も掛かるコースです。

40キロで9時間!朝8時に歩き出して何もせずに歩き続けて夕方の5時にやっと40キロなんですが…。( ゚Д゚)

そう考えると、仮に体力がもっと続いて日に9時間歩けたとしても120キロにしか届きません。京都までの距離をグーグル・マップで見てみると到着地点が京都駅だとして143キロ!一日に約48キロ!は歩かないと届かない事になります。しかも、この距離を歩くのにほぼ10キロ程度の荷物を持って途中は一人用テントで寝起きしようというのがお誘いの内容。

道は中山道経由でないときついと考えられます。なぜならば全部を舗装路で歩くとなると返ってくる反動は脚を壊す可能性があるからです。しかも、靴はその時に靴擦れを起こさないことが前提ですから、ある程度は慣らして履き込んでおかないといけませんし。

こういった事を全て勘案してChatGPTに対してこの道中の厳しさを聞いてみると…超上級者向きのUltra Walkになるというお話。しかも、厚底クッション・ メリノウール靴下+ワセリンで靴擦れ防止・荷物は5kg以下(可能なら送る)・  夜間歩行は避ける(危険)・  こまめなストレッチと休憩・水分は1日2〜3L・事前に40km歩行を2回以上試す、云々という長い長い試し書きが付いてきました。orz

しかも、普通の人間は1日に30キロ以上歩くと翌日は強烈な疲労や体調の問題を起こすと書かれていて、先生が主張する「出来たら60キロは行きたいな」というような距離は私のようなど素人が居ては到底無理でしょう。w(なんと、先生は「80は無理か?」等という事を呟いていましたが。orz)

何段階か練習を重ねたうえで靴やテントを試してからチャレンジしていかないと「到底」無理なことは明らかですな!

2026年9月29日火曜日

久しぶりの胃カメラ

最近胃の調子が悪くてうちの病院に来てくれている手練れの消化管ファイバーの先生にカメラをして頂きました。

10日ほど前にチャーハンを食べようとしていきなり何故か「おえっ」という感じで嘔吐感出現。正直嫌な感じがしました。もともと私自身は30年ほど前に日本に一時帰国していた頃に、先輩の開業していた内科病院で胃カメラをして頂いたところ、潰瘍バンバンで、コロナが強陽性の人でした。

小さい頃から井戸水を使うシステムの下で育った私ですから胃の中にピロリが居ても全く疑問は起きてきません。それでも、一旦除菌したつもりだったのですが、最終の除菌判定をしないままアメリカに帰国してしまっていたのです。

その後、胃の調子は良くなりまあよかったのかな程度で放置しておいた後にうんちの臭いも全く無くなり「除菌できたのかな?」程度と思っていました。

日本に帰ってきた後一度は胃カメラをしてもらったのですが、その時は綺麗で特に問題が無かったのです。その他にもCFもしてもらい、大腸も何の問題が無い事を5年ほど前に確認済みでした。

ところが今回の症状は胃癌や食道狭窄をもたらす何らかの占拠病変などが存在していてもおかしくない症状。急いでチェックしてもらったところ萎縮性胃炎状態になっていました。orz

検査当日までタケキャブを飲み続けて症状はかなり落ち着いていたのですが、潰瘍の弱い跡も残っていました。という訳で、2週間ほどはH2ブロッカであるファモチジンに置き換えた後、尿素ガス検査をしてもし陽性なら除菌していきたいと思います。

これから暫くは毎年カメラせんといかんですな。orz

2026年9月22日火曜日

愛知県の人口減少

感覚的には「まさか」というものでしょうが、人口推移予測では名古屋市でさえ既に人口は3年前の2023年にピークを迎えたといわれています。

2060年には211万人程度との事で、これから数十年はゆっくり減少するという話なんですが、実際のところ転入は超過が続くのだそうですが、死亡による自然減が続くために人口の減少は続くとの事。

しかしまあ、大都市名古屋は未だこの程度で済むんですがヤバいのは周辺エリア。大トヨタがある一大産業都市とは言え、名古屋の周辺エリアは財政も人口も維持するのが困難な限界集落化しつつあるエリアが結構ある事が統計でよくわかります。特に愛知県の中でもショッキングなほど維持が無理なのは愛知の東側の多くの村や町。

設楽、豊根は言うに及ばず南東部のエリアも南部のエリアも財政の自立度は異様に低く、人口の減少速度もほぼロケットで加速をつけたような感じ。その他にもあま市のように財政的にきついのに馬鹿な豪華市庁舎を立てる自治体とか。犬山、蒲郡、津島、愛西、田原、美浜、南知多、東栄などもグリグリにヤバそうです。そしてあの豊橋でさえも減少に加速が付いているというのですから日本全体に勢いが無くなるのも仕方ない訳です。

こうなると地方の財政もボコボコになる訳で、まさかとは思いますけど豊根村とか設楽とかは夕張のようになりませんかね?もう、こんな勢いで人口がシュリンクしてくると己が勝手に住みたいところに「自己責任」で住む!という前提でしか住めなくなるわけで、医療、教育、行政などのサービスは勿論、インフラなども「我々が決めたエリアの外に住んでいるあなた方には残念ながらサービスは届きません」でも税金は市内や村内に住んでいる限り徴収はしますよ~という様になりかねない気がします。もしくはエリア別に異様に水道料金が高くなるとか?

既にいろいろな自治体が無い袖は振れないという眼の前の事実に呻き声をあげる中、どこまでそういう「サービスエリア外」のところにサービスを届ける事を続けられるのか?医療サービスのようにそもそもお金がかかる分野も財務省、厚労省は既に明確に切り捨てを始めていますし、これからはある一定レベルの水準以上のサービスを受けたければもう田舎に住む人達は諦めなさいという残酷な時代のタイマーのカウントダウンが動き始めているのでしょう。

国が老いるというのは世界の多くのエリアで必然としても、いざ眼の前にこうやって現れてくるとやはり厳しいものですね。

2026年9月17日木曜日

資格は大事

病院ではいろいろな資格を持っている人が集まっています。

ところが、この資格にもやっぱりレアリティにかなり比例した状態で給与に反比例した求人があると思います。簡単に取れるような資格の職種はやはりそれなりの給与が、取り難い資格にはそれに応じた給与が出される。

しかし、問題はそこでは無くて当院では事務系の人間が資格試験、入社試験を経ずに前任者の情実で入った人間達がまだまだ沢山いるという事。能力に応じた応募者の選抜が出来ていたら良かったのですが、実は恐ろしい選抜方法で人が集められていたことがある人の口から知らされて腰を抜かしました。

それは以下のようなもの。例えば応募者が3人いたとすると、三人を面接しその中で最も評価が低かったものを入職させるという「下から選ぶ!」という方式が採られていたというもの。

正直なところ、病院の中で「どうしてこの人が?」というレベルの人間が職場に数年間連続で入植してきたことが続いて、内心「ヤバくないか?」と思ってたんです。そして、その人選にあたる課長が辞めた翌年から途端にレベルが三つ上がった感じの人間が履いてくるようになって「あの噂は本当だたんやろな」と納得したのでした。

なんでそんな恐ろしい人選をしていたのかという事も実はその辞めた人が酔っ払って辞める前に吐いたことがあったらしく、その真意は[自分よりも能力の低い人間を入れ続ける事で、自分のポジションが脅かされることの無いように]というのが理由だったとか。

まさに当院における獅子身中の虫とはこの人物だった訳。

組織というのは人で成り立つもの。やはり、公正な試験と資格の有無をもってまず第一に人を選ぶことは大事。オカシナ情実や選考基準の不明な選抜は絶対に出来ない様にしておくのがトップの仕事だと思うんですが、そこら辺りが完全に腐っていたようです。悪いけど、これではね…。

病院大丈夫か?と考える私でした。

2026年9月13日日曜日

高齢患者さんとの会話の愉しみ

病院という所は科にもよりますが、基本的に年齢が上がると病気になる確率が上がってくるというのが基本。

車などと一緒で、使い込んでいるうちにあちらの部品こちらの部品にガタがきて、そこの修理を行わなければならないというのは全く一緒です。修理の方法が存在し、かつその修理代が安ければ素晴らしい。修理の方法があるのだけど大変に金銭的に高価で全替えしたほうが良いというのも当然ある訳ですが、人の体はそうはいきません。置き換えが可能になるというような治療法も必ずや未来には登場するのはわかっていても「今」ではない。

骨や水晶体は置き換えの効くものの代表ですが、肝臓や腎臓の移植などもまだまだ他人のものですし、免疫抑制剤のしようも未だに必要なパターンが普通。皮膚でさえ未だ「自己の皮膚」という形では出てきていませんし、実験室からやっと出てきて高額な医療費でチャレンジングな移植などを行うその他の臓器の治療法もありますが、少なくとも市井の医師が患者さんに向けて「じゃあ、ここに行ってこの臓器を替えてもらうことを考慮して貰いましょう」というような事も全くありません。

そういう意味では、こういう高度な医療はもう我々にはアプリケーションとしては受けない(若しくは受けられない)という覚悟を持ってくるような70代後半以降の年になってくると、私の診察に来ても「ピンピンコロリと逝かんかね、先生」とか、「長く生きすぎたからもうええわ、そろそろ何とか楽に逝けんかいな、いい薬無い?」等という事を笑顔で話しながら、実は発言自体は結構大真面目という人も沢山いるんですよね。

残念な事ではあるのですが、そういう方々の中には10年を超えて診察していくうちには癌を発症したり、重大な疾病・症状が次第に表に出てくる事も当然あります。出血や痛み、そして熱発などが表に出てきて初めてそれまで生化学的定期診断には出てこなかった「異常」が出てくることがある訳です。実際にはトイレに行った時に便が黒かったとか、血が混じっていたとか、食欲がこの三か月で随分落ちてきたとか、体重が徐々に落ちてきていたけど言わなかった、はたまたやたらと汗が出る、手に力が入りにくくなってきていたけど放っておいたとか。

そういう意味では問診は非常に大事なんですが、こういった身体の異常や感覚を「会話を通じて記憶の中から引き出す、もしくは正直に話してもらえるような状況に持ってくる」というのはそれぞれの医師が持つ大切なテクニックです。この手法を維持したり磨くのは日々大切な訓練なのですが、ある程度それぞれの医師が持っているベースというものがあって、これが全くダメな医師も稀ならずいる訳です。

大学病院のようなところで高度な医療を担当する専門医が、短時間で切れ味良く患者さんを捌くことも必要ですが、更にそういう高度医療の外側にいる我々のような医師はある程度ゆっくりと患者さんと話す時間を持ちながら病気をマネージメントさせてもらえるという「特権」を与えられると考えています。

患者さん達との会話を愉しむことが許され、その中で患者さんの悩み解決や疾病の治療をすることで患者さんに感謝される職業というのは素晴らしい仕事だなと改めて感じるのでした。


2026年9月7日月曜日

今回の帰郷で考えた事

今回両親の米寿と弟の初盆を終えて名古屋に帰ってきました。

一つ強く感じたのは両親の人生のエンディングが随分と近くなったなという事でしょうか。何時も自分でいろいろな患者さんを見ていて家族さんにも説明するんですけど、「80代の老化は毎年進む感じ、90代の老化は毎月進む感じ」というのがまさに自分の親にもぴったし当て嵌まるなっていう感じでした。

今回は親父の下腿の浮腫が「非常に」強くなっていて、腎機能の大きな低下が既にかなりのレベルに達しているなという状況を身体症状として見せつけられました。結局、心臓のほうにも影響強くなってくるだろうなと推定できるのが内心辛かったです。

昔から私よりもはるかに筋力が強く、その腕っぷしには勝てる気が一度もした事が無い柔道黒帯の親父が私の直ぐ傍で歩いている時に数回転びかけ実際に一回はどて~っと倒れたりしています。勿論こういう転倒の心配は温泉での入浴中もずっと続いていましたが…。

そして、実際に最も恐れているのは親父の単独入浴です。今回帰郷したときに旅から帰ってきた親父が風呂に入ったまでは良かったのですが、なぜか出てきません。私自身も忘れていたのですが、気づいたらもう一時間ほどは経っていた感じの時に私が浴槽を覗いてみると茹でダコのようになった親父がうなだれて鼾をかきながら寝ているでは無いですか!

余りの事に親父の肩を叩いて起こし、大きな声で怒ってしまいました。

「もう施設はいらんとヤバいやん!」すると親父は「大丈夫~!」と強がっていましたが、浴槽に浮かぶ水死体というのは日本では毎年大量にインシデントとして発生しているのです。まさに冗談じゃないというレベル。監視用のウェブカメラつけるとかせんといかんのかなと真面目に考えてしまう私でした。

いや、やっぱり施設かな…。90近い親の一人暮らし。もうエンディングはやっぱり孤独死の予感しかしません。名古屋に呼ぼうかな…。

2026年8月31日月曜日

教授選考の時期

再び教授選の季節が巡って参りました。

毎年毎年、日本全国でいろいろな大学のいろいろな教室が教授募集をかける訳です。文学、理学、医学、哲学、農学、その他諸々の科目の数えきれない程の教室で多くの人物達が定年退官を迎える事でその空きを埋めるために多くの人物達がそこに応募をかけていく訳です。

応募した人物は徹底的に、かつ多角的に人品骨柄を見極められることになる訳ですが、医学部の場合は少なくとも周りの教室との関係性、医学部長や前任者の意向、応募してくる大学間の力関係、その教室が保持する病院の数や規模、そしてそれらの病院に関連する大学の入り乱れ具合など訳が分からないほど複雑な要素が絡まってきています。

勿論、とてつもない業績があれば否が応でも教授なんかにはなり易いのですが、とてつもない業績があっても人間がとんでもない…というパターンも稀ならず有って、そこら辺りが教授選考を別の方面から難しくします。

しかも、医学部という所は恐らく他の学部以上に自分の大学出身者を「なんとか」優遇しようとしますので、Cellを二報first authorとして書いた人よりも、誰も読まないような国内雑誌や学内報を沢山出しているような人が選ばれちゃって学内からも「おい!w」というような事が行われることもしばしば。なんやかんやと屁理屈をつけて学内出身者を優先し続けるような日本の大学はこうやって沈んでいくのです。

他の大学と交流せず、おらがとこの大学を出た奴を先ず第一にしとかんと、次の教授選考もその大学から人が流れてくるかもしれんし、いずれ関連病院をそいつの出身大学の連中が乗っ取るかもしれん、等と言う名目でそういう「やらかし」を続けるんですね。

今の時代、教授になるメリットなんて老後に割り充てられるどこかの病院長くらい。気苦労多く、自分の教室に魅力が無くて人が来なければそれで終わりという時代です。

昭和の時代の白い巨塔のような事は今の時代、もう無いんです。

日本医師会のトップにいるような芸者好きのバカ男達がやるような政治ゲームが好きな連中はほぼ100%医学的実力や実績なんて何もない連中で、己の財布と老後に貰う政府が呉れる勲X等何とか章とかいうメダルを葬式の時にその棺の前にメダルと賞状を飾りたいだけの屑ばっか。w

本当に医学に貢献する連中は何とか会の会長とかで時間を潰す暇なんてありません。

一流の人間は研究と臨床と教育という巨大な三本柱に毎日自分を捧げて実力に磨きをかける事で精一杯。皆さんの命を預けられるのは「何とか県医師会」の会長様達では無くて、いつも大学や病院で走り回っている人達のほうです。

そんな一流の人達の中で、研究・教育・臨床の三本の柱を磨いて次代の人材を養成し、エリアの臨床レベルを底上げしたり治療法を改善できる人達であればいくらでも教授になっていただいて、人類を救って欲しいものです。

そうでない人で、名誉が欲しいだけの人なんかは手を挙げないでね。^^

理由は簡単、そんなヤカラが教授にでもなったら、その後に広い範囲で周りが長い間迷惑を被るからです。是非。身の程を知っておやめください。

2026年8月28日金曜日

同じ看護師なのに

当直をしていると、日勤夜勤に関わらず電話がかかってきます。

しかし、業務の忙しさ自体も、電話のかかってくる頻度も日によって大きく異なります。その変異要素の多くは実は病棟のイベントの差ではなくて病棟に勤めている看護師さん、そして最も大きなファクターは当直の師長に因ります。

その差はびっくりするほどのもので、本当に自分のほうで判断して種々の問題を解決するタイプの看護師さんや当直師長であれば、当直の時間中に本当にいろいろな自分自身の雑務をこなしたり、病棟の残り仕事を片付けたりできるのです。

ところがどっこい、その反対の方々の時は…。

本当に自分で判断する訓練をしてこなかった人間のすることは、どの職位にあろうと残念なレベル。緊急性を要する判断は当然医師にその責を負わすことが必須ですが、それは通常誰にでもできる事。ところが、判断能力を養ってこなかった人達は「なんでも」投げつけてきます。まさに何でも。

しかも時間も全く関係なし。少なくとも今聞くことでは無いよね?という事を時間に関係なく問いかけてきたり、逆に「それ今になって問いかけてきたら遅いでしょ!」なんて事を平気でやってくれることに。どうして?とこちらから強く問いかけたいくらいですが、残念ながらこういった人達には教育効果というのがほぼ無い事は繰り返された痛い経験から学んでますし、逆にこちらから指導を入れた事がパワハラ風に曲解されても嫌なので「はいはい、それで?」と対応して終わり。

要するにこの手の看護師さん達に対するこちらの対応パターンもほぼ決まっています。最も摩擦を生まない、しかもシンプルな対応。しなければならない事は事務的に済ませ、患者さんへの対応は誰で漏斗真剣に行うというパターンです。

常々、当直が開始される時点で、その日の担当者名を前もって把握できますので「お、今日はスムースに行くな」とか「あちゃ~」とかなる訳ですけど、そもそも最近は当直自体が月に一回か二回程度に減らして貰えてるので大した問題ではありません。

仕事をする上で、パートナーになる人の当たり外れって大きいですよね。^^

2026年8月26日水曜日

患者さん同士の殴り合い

病棟で仕事をしていたらいきなり食堂室のほうから大きな音が聞こえてきました。

何事かと思って駆け出してみると男性患者二人が胸倉を掴み合って殴り合いをしています。1人は90歳近い高齢のお爺さんで認知症の方。もう一人はやはり70過ぎの知的発達障害のあるお爺さんだったのですが、向こうの部屋に聞こえるくらいの音で結構な強さでパンチを繰り出しあっている状態でした。

どうやら原因はテレビのチャンネル争いだったようですが、認知症のお爺さんは何時も自分で勝手にチャンネルを変えてしまって悪びれることなく他の人達の不興を買っていました。しかも認知症があるので、その時に言われた文句などはサクッと忘れてしまうという状況で毎度毎度周りの人からブツクサ言われていたのですが、今回はそういった事に遂に堪忍袋の緒が切れた70過ぎのお爺さんが文句を垂れた様でした。

するとその90近いお爺さん、むかしは何か強い腕っぷしが必要な仕事でもしていたのか、いきなりその70過ぎのお爺さんにパンチを喰らわしてそのパンチをされた側も当然怒って殴り返したという訳です。

みんなで割って入って事無きを得たのですが離した後も二人とも興奮していて目が座っていましたね。w

最終的には最初にパンチを繰り出したお爺さんがもう一人に詫びを入れたのですが、その時点ではもう一人の人は全く許していませんでした。それでも翌日には何となく普通の感じには戻っていましたが…。

この例のみならず、時折「ヤカラ」系の人々は公共の場で怒りの雄叫びを上げる人が居るんですが、この手の人達も声は荒げたところでその怒りのやり場はどこにも無くて最終的には周りの人間から冷静な目でシラーっと見られて上げた拳の降ろし所が無い状態で恥をかく訳です。

まあ何れにしても今回のミニ・ファイト、ケガ人が出なくて良かったです。^^

2026年8月22日土曜日

他人の運転

バイト先の病院では在宅診療を行う時の移動に専属の運転手さん達を大量に雇っています。

しかし、毎度強い違和感は拭えません。違和感の元は運転手さん達それぞれの運転の特徴。運転の癖としてそれぞれ異なる停止のタイミングや強さ、運転の速度、その他の癖など様々です。

通常こういう運転手の人達というのは何らかの仕事をいったん退職されて人生の余った時間を小遣い稼ぎで何らかの生活の足しとして働いている人が殆ど。近くに住んでいるからという事で、一流企業を退職してから余り時間という感じで数年間働かれている方もいれば、もともとタクシー運転手であったという方も多いという事。

それぞれに強い癖があって、滅茶苦茶慎重な運転の人もいれば、やたらとイラチの人もいる。更にはタクシー運転手時代の癖なのか、指差し運転をする人も中には居ます。実際に接触事故をよく起こす人もいてそういう人は直ぐに馘。また、信号無視を一回でもしたらやはり馘。そういう極端な人は別としても中にはセクハラ発言をする人もいてこういう人も当然馘。w

しかし、そんな極端な人は別としても私が気持ち悪くなるのは右折左折などの時にきちんと止まって歩行者にじりじりじりじりと近づいていくような人や歩行者に舌打ちする人。これ本当にヤバいです。

そして更に嫌なのは対向車が譲ってくれたりした時に相手に「会釈」をしない人の運転。ちょっとしたことですけど、俺的には「あり得ない!」という感じ。病院の名前を車体に刻み込んで走っている車なのにそういうちょっとした事が出来ないのはかなり不味いんじゃないのという事です。

余裕が無いのかな。そういう意味では運転手としての第二の人生もそろそろ終わっていくような時期に来ているのかもしれません…。

運転というのは命の関わった仕事。高齢者ドライバーになる途上でいろいろと失っていく過程を確認する時期なのかも。

2026年8月21日金曜日

形成外科と美容外科

形成外科の苦闘を最初に見たのは大学の最終学年の時でした。

当時、雲仙の火砕流に巻き込まれた人達のレスキューに入局したばかりの形成の先輩が自分の時間を全て患者さん達の治療に充てていたところからは始まりました。みるみる疲労を蓄積させながらもそれこそ必死に患者さん達を診察して実力と自信をつけているのが会話の端々から溢れ出ていました。

それでも患者さん達は次々と敗血症性ショックで亡くなっていく状態。全身火傷も火砕流のような異常な状況での罹災で全身が酷い状態になると本当に救命は極端に困難になることが間接的にも理解出来ました。

そしてレスキュー後はまさに形成外科の標榜する「形成治心」の本領発揮です。火傷に対する何度もの皮膚移植を通じてどんどん綺麗に戻していくような加療が続きます。

その他にも形成の医師は腫瘍摘出後の乳房形成や先天性の形態異常の治療、けがなどの傷跡の治療、褥瘡に対する加療など様々な領域に日々一生懸命仕事されているんですが、これだけの大変な治療能力を持っていても今話題の美容整形の医師にはとてもとても稼ぎでは及びません。大学病院の形成の先生はバイト代入れても1,000万を超えていく程度が普通。アメリカとは全く比較にもなりません。

ところが直美だと数千万がデフォルトで、その後は…という世界。

何をどうだという気もありませんし、人にとっての「やりがい」というのは違うんでしょうが、自分としてはねやっぱりアレですよ。俺や家族がこれからも必要な先生はやっぱり形成外科の先生だけですね。

2026年8月20日木曜日

一週間に何回散歩できるか

何時も自分でセットアップした散歩コースを歩いています。

前にも少し書いたのですが、自分の家からイオンモール長久手までのアップダウンのあるまっすぐな道を歩きます。

アップは46.2mでダウンは41.1mです。トータルの距離は片道あたり約2.5kmでした。勿論、その反対に戻るときはアップダウンの数字は全く反対になりますが、基本的にそれほどきつくはありません。それでもこの暑い時期にこの往復5キロの道を歩き終えると汗びっしょり。

夜間、私の前後で同じ方向や反対方向に歩いていく人々。1人だったり2人だったり、夫婦の様だったり友達同士だったり見える人達。走る人、歩く人、自転車に乗って通り過ぎる人々が私の周りを次々に動いています。夜の闇の中では自分自身の存在を周りに示さないとはねられたりぶつけられたりしかねません。

そこで私の格好はというと基本的に上を明るい色である黄色や白系のTシャツを着て下半身も黒のスパッツを履きますが後ろ側は反射材が付いたものを履きます。更に首には白いタオルを巻いておきます。そして最終的にもう一つの安全装置としてのLEDライトを首にぶら下げた状態で歩き続けます。

正直格好はよくないのですが、撥ねられては折角の散歩の意義も台無しになってしまいますからね!

これを週に一回から二回行うのですが、片道は大体3,000歩で往復で6,000歩くらい。正直大した歩数ではありませんが、自分の健康維持に何とか資してくれないかなと心の片隅で祈っています。

取り敢えず、ポケモンGO用に作ったこのセットアップでこのルートを30キロ以上歩いていますが、まだまだ健康に何か役立っている感はありません。進行する加齢と衰える筋力に抗う小さな小さな抵抗ですが、一体いつまで続けられるのやら。

それでもやるしかありません。



2026年8月19日水曜日

患者さんも選ばれる側

在宅のバイトをしていると昔とは事情が変わってきたなと思います。

一つの病院で大量の患者さんを抱えていると、無理をしてまでトンデモ患者の面倒を我慢してまで見る必要は無いという事が標準的になってきました。

患者さんを家族ともども診る、お世話するというのが在宅診療の基本線ですけれど、病気ではない人でもトンデモない人間がいるのと同様に疾病を持っている人の中にも明らかに実におかしな人間達もたくさんいるのです。まあ、自然な事ですよね。

病院を維持するためにはある一定数以上の患者さんが居て、その人達に昼も夜も対応するためには膨大な数のスタッフが必要です。これは商売でも病院でも一緒だと思いますけど、所謂カスハラにあたるような行為をする患者さんというのが一定の割合で存在します。そういう人達は基本的にいくつかパターンがあるのですが、その中でも最も困るパターンは「自分で決めた薬を要求してくる人達」でしょうか。

データと症状とを診て、その患者さんや補助する家族さんが達成する事が出来る服薬コンプライアンスまで推理しながらどの薬を飲むべきか慎重に決定していきます。医療関係者ではない方が驚くかもしれませんが、患者さん、特に高齢の患者さん達の中には「驚くほど」服薬の手順を守れない人々が居るという事、そして服薬自体を忘れてしまう人、その他にも出した薬を「わざと」服まない人までいるという事は医師にとっては半ば常識です。

その上で服薬の組み立てを行うのですが、そういった考えにはまったく想いが至らず、自分から指示を出してその薬が出ないと判った瞬間に医師側を詰り病院を変えるという人がごくマレに居ります。

そういう時の我々の答えはシンプルで、「では医師と患者の信頼関係が醸成できませんのでこれで訪問診療は終診です」というもの。
時には追い打ちでそういった回答に激怒して「お前のところを訴えてやる」という人までいるのですが、我々はそれまでの経緯をきちんと電子カルテに記載していますので何にも負ける要素がありません。

無論、訴えて頂きたいくらいですけどそういう脅しを吐いた方々で未だかつて実際に訴えてきた患者さんは一人も居りません。^^

理不尽な怒りに身を震わせながらも、なぜそういう事を言われたのかがまた区理解できない可哀そうな方々は、同じような「トラブル」を他の医療機関でも繰り返しながら、次第に己の住む世界を狭くして最後は「そんな人達でも良い」医療機関に引き受けられていくのでした。

医師と患者の関係も所詮は人と人。常識以外の何物もその関係を作り上げる手立てというのは無いのでした。

2026年8月16日日曜日

病院で弱い人間に優しくできないような輩は…

一か月ほど前に患者の輸液に大便を混ぜて殺そうとした疑いの強い女性看護師のニュースが何度も放送されていました。

51歳の女性看護師との事ですが、ビデオ映像などから推定するのみならず、スマホの検索歴に「便注入、死ぬか」という恐ろしい検索履歴があったとの事で限りなく黒に近いというか真っ黒けです。

職場でも切れやすい性格だったとのことですが、そもそも患者と言い合う時点でヤバい。対応に困る患者というのはいつでもどこでも居ますけど、精神科病棟や認知症の病棟では尖ったキャラクターになってしまっている患者というのは何時でも居るし、それ自体が疾病。そんな患者相手に本気になるようではそもそも仕事に向いていません。

話は少し脱線しますが、上とは違って「碌でも無い患者」というのもこれまたいつでも登場し得るんですね。やくざやチンピラ。しかし、こういった連中は今の時代実に御しやすい。警察呼ぶ、退院させる。ただそれだけです。

病院というのは他の患者に迷惑をかける事を極力抑えてもらわなければならない「治療の場所」であって、治療に支障を来すような行為を繰り返したり粗暴な言動を行い看護側に業務執行に支障を来すような恐れを抱かせるような人物は私はそもそも存在を許しませんので即時・即日の強制退院です。あとその人物の疾病がどうなるのかというのは残念ながら関与することはできません。名目上は「自己都合」による退院ですから。

さて、最初の便混入疑いの看護師ですが、入院中の患者といつも言い争いになるような輩は私の勤務する病院にもいました。以前、このブログでも書いた事があるのですがもういろんな意味でトンデモでして、いろいろな資格は持っていたんですが、紙の上の勉強が出来るだけで対人関係は最低、更には看護実務も全く成長を見せないままの二年間で病院を辞めたのですが、辞める前は看護師ユニオンに飛び込んで無い事無い事ありったけを吹き込んで病院に嚙みついてきたので、当時存命中の理事長が割増退職金を支払ってまでサクッと切り捨てました。

前の職場の悪口を何時も愚痴って「自分は虐められていた」と周りに言い放っていたので、この手の人物は要注意だなと思っていた通りの結末でした。恐らく次の病院(名古屋市内にあるどの病院に移ったか既に判明しているのですが)でもこの病院の悪口を言いつのっているのでしょう。orz

病院という職場で患者と言い争いになるような「輩」は他にも数人知っていますが、私は看護師長に強く言って「言い返したり刃向かえ無いような弱い高齢患者さん達が集まる病棟、特に認知症病棟や精神発達遅滞の患者さんの居られる病棟等には絶対に配置してはいけない」と決めています。夜勤や人手の少ない週末等の人手が少ない時間帯に患者の頬や体をつねったり、叩いたりする可能性を極力排除しないといけないからです。

強い男性患者相手であれば、そもそも何かを言ったりすること自体がリスクですからよっぽどの馬鹿でない限りそういった事は起こしえませんしね。それでも、今回のように注射にそういった事をする頭のおかしい看護師が過去にも(世界的にも何人も)沢山日本で疑われている例が報告されていますので、こういった看護現場で「ナニカがオカシイ」と思われる人物をそもそも雇わない事、雇っても立場の弱い人の集まる病棟には配置しない事が理想なんですが、そういったフィルターをすり抜けてくる輩にどう対処すべきか。

事件が起きてからでは遅すぎるのです。病院長の首が飛ぶくらいでは済まないのが現実。本当に何時まで経てもこの手の輩は医療現場から消えませんね。

残念です。

2026年8月13日木曜日

手を払いのける人達

 やっぱりなかなか大変です。

こちらの方で救いの手を差し出そうとしてもそれを嫌がる人達が一定数いることは前にも書きましたが、この数ヶ月もそういった人達がコンスタントに出てきて病棟の看護師さん達を困らせ続けたのが印象的でした。

役所経由で依頼が入ってきた人や別の病院で大病を患ったのを加療され最終的に転院の形で加療継続する必要がある人達であっても、生活保護のお金を自由に使いたいという理由、外の生活で酒やタバコを自由に味わいたいという理由で病院での治療を拒む人など実にアウトローな(ここには書けないようなものも含めて)理由で出ていく人達は定期的に出てきます。

いくら公的機関が必死に傘を差し出してもその傘の庇護の下に入ることを拒むその手の人達は結局あちこちの経路を辿りながら時間をかけてゆっくりと負のスパイラルに陥ってドツボの底に落ち込んだ状態でもとの病院に戻ってくることが本当に頻繁。

何年も前に啖呵を切って出ていった患者さんが久しぶりに戻ってきたと思ったら、もう脚どころか手も動かないような寝たきり状態になっていたり、肝硬変で腹水パンパンかつ肝性脳症でせん妄状態だったり、COPDで酸素タンクなしでは寝ることも出来なかったりという変わり果てた姿で戻ってくるのです。

正直なことをいうと「人間的だな⋯」と思うんです。

しかし、最終的には大量の税金と医療費を使って人生にお別れを告げるような事になるようだったらなんでこの前は啖呵を切って出ていった?という話。威勢よく拳を振り上げたは良いけれど、その上げた拳を下ろす場所は結局無かったんだねということに。

それでも、それでもやはりそういう「人の言う事を聞かない生き方」はアリとしてあげないといけないかなと思っています。^^