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2026年8月6日木曜日

皮の堅い食べ物の食べごろ

先日お亡くなりになった患者さんの奥様が病院に来られました。

先生と面会をしたいとの事でしたので、書類書きの手を止めて病棟へ向かいました。すると、患者さんの奥様が別の男性と来棟されていました。

実はこの男性もお亡くなりになる前の患者さんに何度かお会いになっていた方でした。自分で自己紹介されたそのお話では近所に住んでいる八百屋さんで、若い頃から兄弟のように近所付き合いをし、一緒に家族ぐるみで過ごしていただたとの事。

その方が奥様と持ってきてくださったのは大量のポカリ・スエットとメロンの詰まった段ボール箱。そしてメロンのほうは「先生、家に持って帰って食べてくれ」との事でしたのでお言葉に甘えて頂きました。その時に八百屋さんが私に何度も念を押されたのは「まだ3-4日は待たんと駄目よ!」ということでした。

そこで、私は素直に「承知しました」という事で受け取ったのですが、問題はここから。こういった硬い皮を持つ種々の果物の「食べ時」というのをどうやって判別するかというのが大きな謎なのです。

一般にお尻のところから少し押してみて少し柔らかくなってきたら、それが食べごろの合図と言う事なんですが、その柔らかさ具合の「程度」というものが判りません。とは言え、中には5つも入っていてびっくり。知り合いの方々に3つ配って残りの2つで判定をチャレンジしてみました。

先ずは一つ目を八百屋さんのお言葉に従い4日後に切ってみましたが、この時はまだやや硬い感じでおしりもまだ硬めでした。ところが、切って2日もするといい感じで食べられるので、まあ早く切ってしまっても大きな問題は無いかな…という感じ。

もう一つのメロンはまだ少しだけ切るのを待っているところです。

柿は甘柿であれば容易に判別は出来ますし、スイカもまあ大きな問題はないのですがなんだかメロンは難しいですね。ネットをもうちょっと調べて勉強しておきます。

2026年8月5日水曜日

田舎の親父の腰痛

実は2種間ほど前から親父が腰椎のヘルニアで苦しんでいました。

暫くはどうにも痛くて外出することもままならんといった感じだったようで、私にLINEでその痛みのせいでいつも行く妹夫婦達との温泉外出も控えていて病院ばっかり行っているし、下腿の浮腫みを抑えるために整形の先生から渡された弾性ストッキングをはめ続けていると逆に膝の関節が痛くてかなわん…と弱音を吐いて自虐的になっていました。

自虐的なのはそもそも日々の忙しさのオリジンが病院巡りから来ているという事実を自ら「情けなし」と言っているわけでありまして「歳は取りたくないもんやわ」とため息交じりのラインでの通話でした。

わたしに対して実際に整形で撮影したMRIの画像を送って来ておりまして、確かに腰椎の辷り症と神経根の圧迫が起きていました。これじゃあ痛いはずなんですが、親父から「どうしたらいいんだ?」という助言を求める一文が書き込まれていましたので、私は自分なりにできる最大限のアドバイスをしました。

それは先ずなによりも安静、安静そして安静。この最初期に無理をせず安静を維持することで脱出した神経根がその中心部に向かってゆっくりと戻っていく事を待ってみる事、この時には鎮痛剤を胃薬と一緒に飲んでも良いけど親父は腎臓が年齢なりに悪いんで、薬の量は要調整。湿布も同じ理由でベタベタ張ったりしたら駄目と申し渡しました。そしてその時期が過ぎたら整形の先生のところにいるリハビリの先生にお願いして腰痛体操というのを教えてもらうと良いよ~と言って様子を見てねと言っておきました。

実際のところ親父のような人は人に言われたことを墨守する人ですので、私の言う事も素直に受け入れてくれて、その後に電話をしてみたところ元気な声で「おー、痛みが大分退いたよ~、大人しゅうしとって良かったわ!」との発言が出てきました。まあ、これなら大丈夫そうです。

この8月には米寿を迎える爺さんですから、大人しくしとくべき時は大人しくしとけば宜しいというお話でした。

2026年8月4日火曜日

趣味の極北

「上には上がいる」というのはどの世界でも真実であることはこの歳に至らずとも十二分に了解済み。

数学、物理、文学、博打、絵画、デザイン、種々のスポーツ等どの世界でも凄いなと思っている人々の上には更に上が居て、その凄いと思っていた人達が語る「凄い人」というのがほとんど作り話であるかのようなファンタジーとして語られます。^^

私の近くにいる人で「変わった人・変な人」というのは沢山いますが、凄い人というのは確かにいるけど数は少ないという感じ。しかし、私の知るその人達も所詮はその「能力別階層」の恐らくは下の人達であろうことは容易に推測できます。
だって、本当に突き抜けた人はどうしようもなく世の中で光り輝いてしまって、その光が今の世の中において検知されないという事は逆になかなか困難な事でしょうからね。

そういった話の中でも今日聞いた話は結構「普通の人」ではないレベルのある分野の人物。

その人あるエリアの専門医なんですけど、スペシャリティはワイン。実はある病院の医局で美味しいお酒の話に関して話をされるときに、その方が名古屋のみならず多くの有名店のいろいろな料理の事を滔々とお話されるんですね。私自身は何時もその料理の話をされる先生のお話に自分の知らない世界の匂いを嗅がせてもらえる喜びで感心しながら聞き入っていたんです。

ところが、今回ワイン・エキスパートの検定を受けた話をポロっとされて、その一次審査を先ずは通りました、そして次は…と話が拡がっていったんですけど、その中で驚きの事実が!それは彼が一か月に使うワイン代は平均して20-30万円で、いつでもお酒と料理のマッチングを考えながら淡々とワインの味を楽しみながら勉強しているという事。そしてワインの記録アプリでこの3年ほどで記録した飲んだワインの本数は何と1097本!というものでした。

びっくりするというよりも腰を抜かしたというのが本音で、目の前でいつも何かを穏やかに語るこの先生が実はγ-GTを3桁に保ちながらこうやって日々ワインのテイスティングに淡々と勤しんでいる事を知ったからでした。

何事も自分の定規で人の行為や考え方を測ると痛い目に遭いますが、今回知ったこの先生のお話も良く考えたら金と時間と肝臓をワインに注ぎ込んでいるというそん「突き抜け具合」で常人とはまた区別の次元にいるという事を知らされ、改めてもっと謙虚になろうと思った次第でした。

2026年8月3日月曜日

災害支援船

恥ずかしながら寡聞にして知りませんでした。

日本にはちゃんと災害支援船というのがあるとのことで、それは「はくおうII」という名前で、今回ようやく熊本に派遣されたとの事。民間のフェリーを改装してこういう時のために運用するシステムを作ってあって、700名程度の種々の日常を支える事が出来るとの事。

基本的には入浴支援(大規模な浴室設備)休憩スペース(冷房完備の客室)宿泊支援(個室・大部屋)食事支援(食堂設備)医療拠点としての利用、等々のフェリー由来の機能がそのまま流用できるようで、被災地の支援には最高の休憩所を提供できるのではないかと思います。

これはこれで素晴らしいと思うのですが、今後発生するであろう大規模災害に備えてアメリカ軍のように病院船というものを日本も持っていても良いのではないか思うんですよね。アメリカ軍のものは本格的な病院船であって戦闘支援の要素がでかいのでしょうが、熊本で起きた事は日本のどこででも起き得ることであることは東北大震災でも証明されている訳でして、病院船と災害支援船数隻のコンビは、日本という災害大国においては間違いなく税金を使うだけの価値のある素晴らしいシステムだと強く思うんですが、ヘリで熊本入りした高市のおばちゃんは引退前になんとかそういう構想を発表せんかね?

国旗損壊云々とか言っとる場合ちゃうやろ?てお話。

災害では手術室、処置室、ベッドを含め医療スタッフを引き連れて被災地にヘリをパッドからズンズン往復させるというシステムを、自衛隊の多用途支援艦や輸送艦だけでなくどこが主体でも良いので、追加で運営させておくのは絶対に意味のある税金の使い方でしょうよ?

今回の令和8年の熊本の地震では発生から一週間が経って未だに8,000人もの人達が家から追い出された状態でいるとの事、水や食料、トイレのみならず清潔や暑さのコントロールの支援の最大化を行っていかないと災害による直接死よりも災害関連死のほうが増えることは確実。本当に急がねばなりません。

非難生活でのストレス、衛生環境悪化、それらに絡んでの持病の悪化、そして熱中症などの二次的要因での死亡は支援の規模と速度を上げることで少しでも減らせることは明確な事実。

国を挙げての大規模支援を更に行う必要があると思います。

2026年8月2日日曜日

とんでもない家族

ここ最近「少しだけ」新型コロナが揺り戻しを見せています。

最近は熱発があっても昔のように全医療機関が以前のように全量で新型コロナのスクリーニングをしなくなったのは間違いなくて、怪しい場合にのみチェックを入れるというインフルエンザスクリーニングのような形態に変わってきています。まあ、そうなる事は以前から想定されていましたし、保険審査の誘導もかなり恣意的にそういう方向性へと誘導しているのも間違いない事ですので、自然とそうなってきます。

それでも明らかに新型コロナの感染の波はここ数か月確実に収束方向で動いていて、かつそのピークの高さも次のピークの最高到達点に達するまでの間隔も確実に低下してきていました。

見た感じは下のNHKの出しているデータで見ると判るんですけど、丁度三角関数の減衰曲線のようなものですね。

そして病棟で事件が発生しました。それは数名の患者さんの熱発から急に始まったのですが、一般に誤嚥のリスクの高くない患者さんが同室もしくは隣室などで同時発生的に高熱を出した時はこの手の空気感染、飛沫感染を起こす系統のウイルス感染のリスクが高い状況。

そして、その通りのインシデントが発生してしまいました。

その病棟担当の医師が調べたところ一部屋の患者さんは熱発していない人も含めて全員陽性で隣の部屋も一名陽性という状況。一気に病棟全体が警戒態勢に入りました。食事も各部屋への配給に変更され食堂の使用は禁止、そして皆が昔のように再び手袋装着しての入室となりました。幸いにしてこの時点での医療従事者の感染はゼロ。

実はこの感染の前にはある伏線がありました。それはいつもその病棟にやってくるある家族さん達が居るんですが、この方達いろいろな意味で「問題」を起こす人達でして、正直病院としては居て欲しくない人達なんです(詳細を書くとバレるので書きません)が、この中の一人の子連れ女性の「パートナー」という人物が、熱発しているにもかかわらずそれを黙ったまま入室し感染を拡大させていたのでした。

ポスト・コロナも時間が経って全員を毎回熱測定しなくなったその隙間を突く感じでこういう「いい加減」な人が病棟に感染症を持ち込むというパターンになってしまいました。

こういう事があると、やっぱり性悪説を取って安全のためのスクリーニングをせんといかんのでしょうかね…。

2026年8月1日土曜日

痛みや辛さという「感覚」

我々は健康で長生きでありたいと望む人がほとんどだと思います。

しかし、実際にはそう簡単にはいかない。遺伝的背景、生活習慣、事故、その他の要因で驚くほど容易に健康という本来「こうあって欲しい」という線路からズレていく訳ですが、それも人生。受け入れたいか否かは別として現実として眼の前から迫ってくる。

私の場合はそれが僧帽弁腱索断裂という形で突然登場。しかし、これとて一生のうちに1000人に1人か2人はかかるというレアに聞こえるものの、医学的なetiologyとしては比較的コモンなもの。今の時代開心術という方法があるからよかったのですが、100年前であれば恐らく次第に心不全が進行して今頃は確実にあの世に行っているであろう疾患です。

私自身はこうやって今でも生きていますが、しょせん今の心臓は傷物。w

病気になったからこそ若い時から経験できた「大病を患う」という現実の意味を文字通り強制体験させられた訳ですが、今になってみると人の病気を診る人間としてあり得ないほど貴重な経験だったと思います。若くて健康で筋肉隆々であるときに心や体を病む人の気持ちが解ることは先ずないでしょう。

丁度、生まれつき大富豪の息子として生まれた人間が「貧乏人」が明日の飯の心配をしなければならない現実が世の中には普遍的に存在しているという事実、世界に目を向ければ一日16時間の労働をして100円も貰えないような過酷な児童労働をさせられている子供達が有り得ないほど普通に発展途上国にいるという事が現実として理解できないというのと同じだと思います。

そういう「体験していない事」を理解する想像力というのは人によって大きく異なると思いますが、それでもやはり実際に体験した人間にしかわからないものはあるのです。

そして私が考えるそのなかなか理解できないものには痛み、辛さ、恐怖といったものがあると思うんですね。これらはその本人にしか解らないものの筆頭だと思います。これに関しては寄り添う事がまず大事で、「その人にとっての感じ方」に先ずは理解を示すことが大切だと本当に心の底から思います。

外見から「たったこれだけで?」そんなに「痛い・辛い」と言うの?と言うのは簡単なんですが、それは想像力の欠如。この感覚の個人差は本当に大きくて人によっては「嘘でしょ」と言う言葉を吐く人も居るんですが(たとえ病棟でも!)、これは絶対に吐いてはいけない言葉。

人の痛みをわかるというのは本当に難しいものです。何時でも自分自身を戒めながら「その人の感じ方」を可能な限り感じるようにしていますが、これが本当に難しいです。実際は神経学的な知識のみならずその疾病の経験が豊富ならばその人の事をわかってあげられるのでしょうが、万病を図べ手経験している筈もなく…。

今日も明日もわからない事をわかろうと挑戦する愚鈍な俺の日々です。

2026年7月30日木曜日

ゴキブリ登場

年に一回程度ですが、病棟でゴキブリを見ます。

二階の病棟くらいであれば窓を開けた事で野生のゴキちゃんは何時でも飛び込んでくることがあり得ます。そして実際に年に一回くらいは床を歩くゴキちゃんが見つかってしまうのです。

その上で考察まで入れると結局沢山の患者さん達が毎日3回食堂でご飯を食べますから、餌になる可能性のある破片や汁はどうしてもどこかにある訳です。いくら掃除しても破片でさえも餌という意味ではゴキちゃんには大盛り定食そのものでしょう。

今回の登場では看護師さん達が数人逃げ惑う逃げ惑う。w

わたしにとってゴキブリなんて言うのは平たくて素早く歩き回るだけのオブジェそのものですから何てことは無くて、近づいてきたらソレを触れない皆さんのためにティッシュでさっと掬ってゴミ箱へポイするだけです。

いつも思うのはこういうものに対する恐怖心の発生というのはオリジンは何だろう、プライミングは何なんだろうといつも考え込んでしまいます。自分自身の場合で言えばこういう身体が竦むようなオブジェクトは女郎蜘蛛とカニ。

どうも手足が8本あるものがダメっぽいです。あとは多くの人がダメなのは蛇でしょうね。これは確かに私もダメなもののひとつ。多くの人にとって手足の数が親しみを持てないものに関してはキット遺伝子のレベルで「危ないもの」という検知能力が備わっているんだと思います。

しかし、知り合いの兄さんは家に蛇買ってるんですがこれは安全な蛇。息子さん達は当たり前のようにどでかいこの蛇を体に巻き付けてにこにこしています。慣れとは恐ろしいもんですね。人が恐怖を感じるのは偏桃体だといいますが、そこに反応するためのステップがどういう組み立てでそうなるのか謎の答えを知りたいもんです。

まあ、とにもかくにもそういう訳で今日もゴキちゃんを捻り潰して看護師さん達からは感謝されました。

2026年7月29日水曜日

大災害時の緊急医療体制

新しい情報によるとイオン・モールの災害はガス爆発によるものとの事。

お客さん達を送り出した後で従業員さん達が店内でガスの臭いを感じる中での罹災との情報が出されていますが、正確なところはまだまだ闇の中。何よりも多くの就労者の方(恐らくバイトの方々も多いのでは?)が亡くなられている様子。各種の動画を見る限りではウクライナのミサイルが落ちた時の衝撃と本当に同じ状況にしか思えません。

かなり離れたところで走っていたトラックの荷台の壁の吹き飛び具合や同じように遠くのガード・レールのガードが剥ぎ取られて吹き飛んでいるのを見ると、同じ建物内で近傍100メートル以内に居た人達が恐ろしい状況に遭遇されたことは容易に想像出来ました。どうか被害に遭われた方が最小限で済むように祈るとともに、罹災された方々とその御親族の方々の気持ちに近くで寄り添う事の出来ない事に本当に申し訳ない限りです。

我々医療人はこういう大震災の発生時に先ず考えてしまうのは我々自身の施設で同じ事が発生したらどう動くのかというのを被害の段階別にどれほど適切に対応し、どれほど人的被害を軽減できるかという話です。

災害は必ず起こる。しかも日本では巨大災害が周期的にやってくるという大前提で種々の対策を練り、大災害がやってくる度に設計の考えのボトムアップがなされ耐震基準が改善され法が整備されてきました。しかしそれでも想像を超えてやって来るのが大災害。

私は自分の今勤めている病院がその手の準備が全くダメなことを自覚しています。駄目な状況である理由は簡単で、その「準備している」という病院側の文言が厚労省の標準的な仕様のPDFをダウンロードしただけのお粗末なものであって、残念ながら自分の病院用に改変を入れたものでは無いという事を知っているからです。

そんなものが実際の災害時に役に立たないという事は日の目を見るよりも明らかな事であるのに何度注意をしても実物を準備しない、要するに準備する能力が欠如しているという話。

今回の熊本での10年ぶりの大地震でも、やはり想定していたにも拘らず想定を超えて被害が拡大し対応できていない病院の話がD-MATの先生経由で入ってきております。それ程までに現実は厳しい。況や準備さえしていないとは!という話です。明日も事務方をつついて凹ろうと思っています。対応する能力と責任が無い人間には退いてもらわなければなりません。

大規模災害対策準備委員会が無い病院など訴えられて当然だという心構えの欠如こそが恐ろしいです。

熊本の悲劇から学ばなければ。

2026年7月26日日曜日

企業主催の公演会でも良いものは良いんだな~

実は今回の講演会、正直なところあんまり期待していませんでした。

今まで出席した企業主催の講演会には「ハッキリ言うと」企業とグダグダのCOI(Conflict Of Interest=利益相反 )塗れの演者が何の理念も無しに、明らかに正しくないと思われることを発表する事がありますからそういう時は厳しい質問を浴びせて会場を気まずくさせるのが一番。w

明らかに正しくない結論や非劣勢を示しただけのような新製品は気の毒ですけど御退場願うしかないのです。

創薬や研究の世界というのは実に残酷で、二番は負け犬。一番の発見者よりも質が高くても、より明確なデータで追補のようなものが揃っていても、発見の順番や特許の取得という点で負けてしまえば研究や創薬ではまるまるヤラレタという事態になることがほとんど。

その意味では今回の講演会はその手の新薬発表ではなくて既存の薬の精神科病棟におけ生理学的に自然な使用法というものを新たに啓蒙して旧知の医療業界自体の常識を動かしていこうとするものでしたので、消化管に関するスペシャリストが行ったその公演は私にとって大変に有用なものでした。

わたしにとってこういう説明で大切なのは「理詰め」で納得できるものであるという事。正直なところ「現時点の科学では」という前提が付くのは残念なところですけど、少なくとも整合性があって詰将棋のように(今の時点での説明は)これしかないし、こうこうだからこうなる!みたいな事が辻褄合わせてフローが出来ている事がMUSTなのです。何年か経ってあそこのあの部分には実はもう一つの別の経路が大きく関与していて…というような事は当然いつでもありますけど、インチキ説法師がドヤ顔で企業から金をもらってデータと合わない整合性のない説明をするよりはましです。

今回の講演会では沢山のメモを取って、学ぶことも多かったし病院に戻ったらさっそく月曜日から応用してみようと思えるレベルの知識が得られて大満足でした。

新しい薬の登場は今迄の治療の常識を一気に塗り替えることが時々起こります。よく言うブロックバスターと呼べる薬なんですが、糖尿病の治療でも循環器の治療でも泌尿器の治療でも癌の治療でもそういうものが時に向こうから飛んできて一気に医療の世界を塗り替えることがあります。

やっぱり何歳になっても勉強せんと時代の進歩から取り残されますね。万一にでも勉強する気が消えたり、理解できなくなったら医者を引退しようと思います。

2026年7月25日土曜日

久しぶりの東京観光

新幹線は昼には到着したので、東京駅の日本橋口から出て直ぐのホテル・メトロポリタン丸の内に一度荷物を預けました。

27階に受付がありましたが、5時の講演会まではまだ実質4時間程度の空き時間があります。直ぐにホテルの外に飛び出して新幹線の中で目をつけていた貨幣博物館へ直行。(UFJのものとは異なります)歩くと本当に直ぐに汗が噴き出るような状況でしたが、そこは水分をバンバン補給して熱中症に注意しながらの移動です。
中は基本的に撮影禁止でしたが、日本の貨幣に関する歴史が一望のもとにかつコンパクトに見渡せる最高の資料館でした。正直、ここに出されていないバックヤードにあるはずの膨大なコレクション目を瞠るレベルのものなのでしょうが!そもそも古貨幣収集家・研究家であった田中啓文氏(1884~1956年)が収集した銭幣館コレクションの寄贈がその出発点だったとのことですが、やはり個人の異常なレベルでの蒐集への執念はやはりどのエリアの蒐集物であろうと、歴史の貴重な柱を形成する素晴らしい礎になるんですね。

入口に一億円の札束と同じ重さの束を持ち上げるコーナーがありましたが、俺には関係ないオブジェクトだなと苦笑いしながら持ち上げてみましたが、それなりに重かったですね。w

さてこの後は出口すぐ脇にある日銀本店の前を通りました。
これは旧館ですが、この一角で日本の金融政策の大元が決定されているのかと思うとなんだか複雑な想いが沸き上がってきました。とは言え俺なんぞが何を想ったところで世の中何も変わりませんが。

この後は生まれて初めての皇居へのアクセスでした。滅茶苦茶暑い中での移動ではありますが大した距離ではありません。ホテルを出る前に飲み物を一本飲んでは来ましたが、絶対的に不足しているのは体が感じてしまいます。外苑からアクセスして追手門と桜田門の間くらいの道をまっすぐ行くと外国の大使達が新年会?で集まる巨大な砂利の駐車スペースが見えてきました。
そして遂に歌にも出てくる二重橋に生まれて初めて近づきました。少なくとも訪れている人の半分以上は外国人で、私みたいな日本人はむしろ少数派でした。

結局、更に歩いて追手門の入り口にまでやって来て、持っていたスカスカのバックパックを調べてもらい直ぐに門を通過。しかし、ここに至るまでに既に体はオーバーヒート状態。入り口で左手に自販機があると聞いていたのにそれらしいものを確認できず(帰りがけに脇に隠れてある事に気づきました!)顔真っ赤、汗だらだら状態で熱中症初期状態確定。

それでも、マップでは上に行きさえすれば売店があると書いてありましたのでそこに一点賭けして坂道を登りきったところで売店を右手に発見。自販機でアクエリアス・ソーダを発見してまず一本。その直後にアイス最中を食べて更に落ち着きました。それにしても地面にぽたぽたと汗が落ちて止まりませんでした。Tシャツは完全にビショビショ。ここまで汗だくなのは久しぶりでしたね。雅楽に関連した特別なメタル栞を1,200円で買って人心地が付きました。

この時点で3時半くらいだったので、今からホテルに戻ってシャワー浴びてちょこっと移動すれば間に合うでしょうという予測の元にホテルへと戻って行きましたがこの暑さは人間には良くない暑さですな。救急車がやたらと走り回っていたんですが、速報値では午後三時までに78人が搬送されていたとのことでしたので、まんざらあの音はその人達の搬送の音だったのかもしれません。

さて、これから学術集会へ移動していきました。(続きはまた明日)


2026年7月23日木曜日

東京観光なにが良いんかな?

田舎者の永遠の大都会東京。

NYでは何の衒いもなく歩けても、カリフォルニアではリラックス出来ても、大阪はサンダルで歩けても、東京にはなんか変な緊張感をもっていってしまうのが九州の田舎もんの遺伝子です。w

土曜日は学術的な用事があって東京駅の傍のガーデンシティというホテルに宿泊するんですが、そこからどこに行く?というのが私の質問。新幹線で移動して真昼に東京駅に着くのですが、近くにあるのは皇居とか官庁街。KITTEガーデンなどという場所もありますが、どうしましょうかね?

既に何回か東京駅の中自体はかなり歩きまわったので、探索はどうかなと考えているんですがまだ自分の知らない東京駅もあると思うので、そこはもう少し研究する価値があるのかもしれません。ネットを調べると本当にいろんなことが書いてあるし面白い場所なんて幾らでもあるんでしょうけどね。

前行った時は柴又やスカイツリーなんかにも行きましたけど、今回はどこを目指すべきかちょっと悩むところです。一日中ではなくて4時間程度しか空いている時間がないというところが味噌で、結局のところKITTEガーデンや丸善の丸の内本店なんかに行って時間を潰すのかもと思っています。

夕方までに研究会が終わったところで今度は横浜の友人と新橋で酒を飲むことにしていますが、正直なところ私にとっての今回の目玉はこちらでして、学術的な件に関する検討を行って、来年の「ある行事」に備えようという考えです。

但し、今回の夕方の学術ミーティングj自体も日常臨床における大切な「ある現象」を解決するためのミーティングなので、何とかして得るものを最大化しようと考えています。何歳になっても勉強するのがこの仕事。勉強するのが嫌になったらこの仕事は引退するべきだと前から思ています。^^

2026年7月21日火曜日

身も震える清潔感

ゴミ屋敷の事は何度も書いていますが、そこに住む人はどこに身を置いているのか?

こういう場所で生活を送るいろいろな人のパターンを「必然的に」見る機会は何十回とあったのですが、基本的に物凄いゴミや埃の中で座り込んで生活をしている人が多いと感じています。座り込んでいる箇所は通常一か所。

年単位で座り込んでいるその畳や絨毯はすり減ってセンチ単位で凹み、構造上の下地が見えているような事も多い感じです。そしてその脇には小便を溜めたボトルや麦茶の容器が置いてあったり、その更に脇には便の入ったオムツが置いてあったり…。

こういった話を聞くだけで、具合が悪くなるような人もいるのかもしれませんが、話はそんなところでは終わりません。その人物が通常座っている場所の周りには折り畳んだり伸ばされ切った布団が何年も場所を変えずに敷いてある事が普通で、いわゆる伝説の「万年床」が出現しているのです。

その布団は何が中にあるのかを考えただけで「怖くて」とても捲れないのですが、冷房なども当然のように付いていない空間で汗と油に塗れたその布団には一体この「ガムテープでぐるぐる巻きにしたの?」と言いたくなるような茶がかった黄色の光る物体である「元」枕であったろうモノが置いてあったりします。orz

ここに寝ているのか…想像を絶する世界なんですけどね。

そういう汚染された謎のオブジェクトを看護師さんと二人で横目に見ながら診察をしていく訳ですが、そういう患者さんにはダニや虱、疥癬(ヒゼンダニ)などが寄生しているリスクは当然の事、結核などを持っている人も比較て多くいます。家の中が埃や謎の物質だらけの不潔な部屋で、低栄養で暮らしているのですから免疫の機能も当然落ちている訳で、然もありなんですよね。

こういう人達は行政からの支援を意外と嫌いますし、部屋を綺麗にしてあげる行為自体に怒りをもって反対してくることも多いのでそれがセルフ・ネグレクとの特徴なのかななどと一人合点はしていますが、助ける手を払い除けられるとやっぱりこちら側としては助けようもないのでした…。

2026年7月17日金曜日

結婚退職の御祝い

今日は忙しい中病院の若手に誘われて病棟の看護師さんの結婚祝いを兼ねた四人池下焼き肉会をしました。

まあ四人いても最初から私が親の役割を果たして全てを私が出すつもりで出陣。結婚退職で病院を辞めていく人、結婚しても病院を辞めない人、結婚をして御主人と共に名古屋にやってきて入職してくる人などパターンはいろいろ。彼女の場合は御主人が隣県の営業のトップとして出ていくために結婚と合わせてついていくとの事でした。

ただ、話をよく聞くとやはり名古屋のほうが遊ぶところはそこよりも遥かに多いので、今後子供が生まれたら何があっても名古屋に戻ってきて自分と子供たちだけでも生活するなどと今から不穏な事を申しておりました。w

多くの看護師さん達、特に若い看護師さん達は御主人の転勤に伴って移動を繰り返しその度に病院を移って経験を積んでいくという事が多いようです。ただし、キャリアを一つ所で積んでいってそこでポジションを上げるという事はなかなか難しくなりますよね。そういう意味では奥さん側が主導権をもって赴任地を決めるというような事が多いというような時代には未だなっていませんね。(恐らく今後も無いと思いますけど、どうなりますかね?)

ガンガン肉を食べてもらったんですけど、新しく結婚する女性とその病院友達からいろいろな話を聞きながら最近の院内の看護師さん達の人間関係などを聞いていましたが、まあ、どれもこれも俺には関係ないな~という感じ。女性の世界はなんだか男性の視点とは「かなり」違う思考回路で形成されているようだと改めて感じました。

焼肉屋を出た後は、ほんの数分歩いただけで一本裏道に出ているパブによって一時間ほど過ごしました。そこではお酒の話ばかり。女の子達は私が飲んでいるラフロイグを「おえ、臭いです。無理」と言って笑っていましたが、アイラ・モルト劇的に美味いんですけどね?

最後は皆で今後の彼女の幸せと「早々に戻ってくるな」という言葉をかけて散会となりました。

2026年7月14日火曜日

すげー歯の持ち主

いつも、己の歯の惨めさに関してここで愚痴っていますが訪問先の担当患者のお婆さんにすごい人が居られました!

そのお婆さんは頭もしっかりしている90歳!の方なんですが、手先も器用で喋りも抜群。つい数か月前に御主人を亡くされたのですが、亡くなられた御主人はこれまた私がこの数年ずっと診察を続けていた方でした。

認知症は年々歳々進んではいたんですが、足腰は比較的最後の最後まで保たれておりました。愈々家ではみきれなくなりましたという事で、施設診療に移行して僅か三か月でお亡くなりになるという95年の人生でした。

その後にはお婆さん御自身からのリクエストでお婆さんの高血圧や心不全をフォローしているのですが、今日になってこのお婆さんの物凄い秘密を知りました。

問わず語りで話だしたお婆さんのお話はご自身の歯に関する事実でした。何とつい先日まで一本の歯の欠落も無かったんだそうです。この前硬い煎餅をバリバリ噛んでいたときに生まれて初めて歯が欠けたんだそうです!

何と生まれてこのかた虫歯が出来た事は一回もなく、全ての歯が生まれて今まで全て揃っているんだとか!( ゚Д゚)

驚いてそばに近づいてお口を診させていただくと、仰る通りの擦り減ってはいるけれどやや黄色がかってはいるものの歯石の付着も目立たずほぼ完璧な歯で奥のほうにも詰め物一つもありませんでした。しかも、お婆さんによれば殆ど歯を磨くこともないズボラ生活というのでした。しかもピンクの歯茎は歯肉炎など全く関係なさそうな美しいもので、歯肉の高さが減る気配も見せていませんでした。

通っている歯医者さんによると高齢で歯が健康な方でも歯自体は加齢とともに折損してしまう事はあるのだそうです。

やはり、アメリカで学んだように3歳ごろまでに定着した口腔内の細菌叢が一生の歯の健康を決めるんかなと思い出してしまいました。そういえば、長崎にいた頃に名古屋から来た歯学部の先輩はほぼ歯は磨かんけど、俺は一本も虫歯が無いよと言っていた事を思い出しました。

そういう菌の構成を受け継いだ人は幸せだな~と心の底から思う歯がボロボロの私でした。TT


2026年7月12日日曜日

弟の死から半年

実は昨日で弟が急逝して半年でした。

親父からも連絡があり「今日はXが亡くなった月命日で182日目になります。元気でメジャーの野球を観ています」との文言が入っておりました。

あの日から早くも6か月。飛行機が雪雲を迂回して遅れた分、まるまる到着が遅れ弟の死に目に会えなかったあの日でした。それでも、到着したときの弟は勿論まだまだ暖かく、穏やかな表情でした。60年近い年子の二人の人生の中で完全に人生がシンクロしていたのはわずか数年。

18になるまでは養護学校で殆どの時間を過ごし、その後は施設に入るというような人生を送ってきた弟にとって私とシンクロする時間を過ごすのは春夏秋冬の休みの期間程度でしたが、その間は私が弟の面倒を家で見ていました。父親は勿論、母親も仕事に出ていたので家には自分とと弟だけ。いつも何かに怒った弟に意味もなく髪を引っ張られながら、その理不尽な行為に反撃できず涙を流していた私です。w

弟と「物理的に」別れて以来一秒一秒自分だけが老けていく訳ですが、やがてアッチで会う日が来る時にお互い言葉を喋って「ヨ~、久しぶり!」なんて言いあえるようになってると良いなと思います。^^

6か月目の月命日。弟に手を合わせたんですけど、心の中では弟の関係は「やっぱり」なんにも変わっていないな~と心の底から感じた一日でした。




2026年7月11日土曜日

運動して食ってでは還暦過ぎには効果なしw

最近よく散歩している事をここに書きましたが、家からイオン・モール脇の長久手古戦場駅までの往復は大体一時間です。

移動は基本的には精々早歩き程度で、歩く速度としては基本的に少々汗を掻くくらいと言ってよいでしょうか。これは運動強度の表現で言う所の4METというレベルでしょうかね。その条件で私の体重で計算してみると、この一時間の散歩の消費カロリーは15メートルのアップダウンがあったとしても最大350キロカロリー程度。

もしそうだとすると、家に帰ってきて頂き物の治一郎のバウムクーヘンの小袋を一つ食べるとほぼ一発で一時間の努力?が無駄になる訳なんですが、この帰ってきてからのちょっとした夜食がやめられないのが愚か者の愚か者たる所以です。orz

折角一時間の間汗掻きながら歩いてきたのに椅子に座ってパッケージを開けてぺろりと食べてしまえば「はい、元の木阿弥です」という状況。俺は何をやっとるんだ、という事なんですけれどその「抑え」が効いていないんですね。食べた後で小さな後悔をすることは毎度の事なんですけど、体重が変わらない状況と突き出た腹を鏡の前で見る度に「アカン、Tシャツが似合わん体型や!」としっかり落ち込むのですが、その後悔が反省と実行に繋がらないのはやっぱり馬鹿だからなんですよね。馬鹿。

人間らしいという風にオブラートに包むのは簡単なんですけど、糖尿病の患者さん達に指導をしたりするくせに己は自分の体重コントロールが出来ていないじゃないか!ちゅう話。

食事療法と運動療法を通じた「日常生活の乱れを糺す事による生活習慣病の予防と改善」というわかりきった黄金の法則を自ら実行できないというのは本当に情けない事です。本当に!

糖尿病学会に所属するドクターの中にも糖尿病の人が沢山いるというのは糖尿病専門医の先生から聞いた内緒じゃない話。医者も人間というのは簡単なんですが、循環器学会や呼吸器学会が「専門医」のレベルでは非喫煙者であることが必須となっている様にまず隗より始めよというのは正しい戦略だと思います。

まあ、当たり前と言えば当たり前なんですが出来ないんですよね…食い物に関しては。TT

2026年7月7日火曜日

ジャンキー

訪問診療の仕事の中で驚く状況に遭遇することがままならず有ります。

ある女性が我々にリクエストしてきたのは鎮痛剤の追加処方。癌では無いのですが、エンドレスに鎮痛剤を処方するように話をしてきます。

しかもこの女性は他の病院にも同様に同じリクエストをして鎮痛剤を称して貰っていたのです。しかも我々から貰う経口鎮痛剤ではなく、注射剤による鎮痛のコントロール。レベルは違うものの、大量かつ通常許容される量を大きく超えた鎮痛剤を毎日使っていました。

マイケル・ジャクソンを例に挙げるまでもなく多くの有名人が鎮痛剤の魔力に絡めとられてその命の灯を消していきました。勿論、今も状況は同じで多くの人々が苦しみ、かつその力に絡めとられて行っている様は多くの映画やドラマでも描かれているのはアメリカを中心として暗い日常風景になっているのは知る人が知るところです。

我々の場合、この鎮痛剤を無限にリクエストし続ける若いジャンキー女性を訪問診療から切り離さなくては「我々自身」が巨大なリスクに直面する可能性が確実に高まってきていたので、理事長と院長に一言だけ確認を取ってスパッと切り離しにかかりました。

話はシンプルで「我々の処方のみならず、他院で使用されている鎮痛剤の送料も判らない状況で当院から更に鎮痛剤の処方をリクエストされるという事はご自身の生命予後に大きなリスクを孕むだけでなく、違法な処方となる可能性がありますので、当院からの処方は中止、即ち訪問自体を取り止めさせていただくことに御同意願います」と言わせていただきました。

この女性、私が居ないときに直ちに病院に電話をかけてきて「私に対する診察を続けないなら訴えさせていただきます」と言ったらしいのですが、理事長のほうはどこ吹く風で「どうぞどうぞw」という感じで一刀両断だったとのことです。

あれから数年経ちますが、待てど暮らせど訴状は届きません。^^


2026年7月2日木曜日

どんな美人でもゴミ屋敷に住んでいることがある

この20年はゴミ屋敷のお話が結構世の中に存在するリアルな社会問題として話題になっていますよね。

私の勤める病院でもとんでもないゴミ屋敷、ウンコ塗れの屋敷などから役所以来で救出されてくる患者さんが居ます。病院に来る時にはまずヘルパーさんや担当看護師さんから直ぐにお風呂に入れられて体を徹底的に綺麗にすることからすべてが始まります。同時に持ち込まれた服などは糞便塗れの事も多いので、それらを綺麗にしてあげることも日常生活を普通に戻すための大切な過程なんです。

さて、このゴミ屋敷に住む人達なんですが、ゴミ屋敷を作るという行為は別に普通の生活を送る方々が想像するような髭を生やして汚い服を着て、酒に飲まれているオッサン風の人達だけの専売特許ではありません。

一見すると滅茶苦茶に清潔な感じを与える美しい人でも「ふつうに」ゴミ屋敷に住んでいるというのが不思議なところ。職業や性別、収入なんかも全く関係なくそういう人達は発生してきます。実はコレらの人々は精神科医の間では精神疾患として取り扱われているんですね。
精神科臨床の現場では複数の精神症状が重なった結果として現れる生活機能障害と捉えられているのが実態です。

そもそも生活空間の荒廃が起きてくるのはうつ病、ADHD、統合失調症、認知症などで出てくる実行機能の低下考えられておりまして、片付けの段取りが組めない、優先順位がつけられない、行動開始ができないという表現型とみなされています。それには意欲低下 や強迫性障害(OCD)=物を捨てることへの強い不安、判断不能、確認行動も関与していて、不安障害、PTSD も絡まった不安・回避行動 のように、片付けを始めると不安が強くなるため、行動そのものを避けるというような行為の積み重ねの最終的な表現型がゴミ屋敷だと考えられているんですね。

要するにゴミ屋敷化は「怠け」ではなく、脳の機能低下や不安の結果として起こる医学的な現象というのが今の精神医学の考え方なんです。

更に若年層では過重労働・学業・人間関係のストレスのために生活スキルがまだ十分に確立していない、一人暮らしでサポートが少ない、メンタル不調自身への自覚が乏しいという事などが複合要因として存在し、最終的には「片付けられない自分への羞恥心 」が目の前に存在するゴミ屋敷の出現に対する問題解決に対する相談を避けるという状況に陥ってしまって、気づかないままに自分が生きている日常の生活空間が自壊し、とんでもない生活環境が更に精神状態を悪化させるという悪循環に陥るという話。

このループは、本人の意思や努力では断ち切れないことが多いのが特徴で、片付けようとしても身体が動かない、捨てることに強い不安を感じる、風呂・キッチンなどが使えず、生活空間が機能しない、不衛生環境で健康被害が出ている、社会生活(仕事・学業)が破綻し始めている等が重なっていたら疾患の容態に応じて抗うつ薬・抗不安薬・認知行動療法・強迫症治療などが早急に導入されるべきだと考えられています。

要するに当事者の自覚が乏しいまま進行するのがこのゴミ屋敷出現の経過。ゴミ屋敷化は「片付けの問題」ではなくて脳の機能・精神状態・生活環境の複合的な破綻として理解すべき現象だというのが本質的なポイント。

テレビに出てきて笑いながらゴミ屋敷を公開する恥を売り物にする芸能人達がごく普通に居ますが、画面に映されているゴミ屋敷の住人たちは実のところ治療対象の方達なのです。

今日こういう記事を書いたのは、最近ネットで公開されたあるアイドル女性のとんでもないゴミ屋敷に関する記事を見たからで、思わずこういう雑文を書いてしまいました。

2026年6月29日月曜日

消えていく家族の絆

ある患者さんが精神科病棟で亡くなられました。

90近くと御高齢の方で、長い間認知症を患い誤嚥性肺炎で苦しんでいました。自分の痰を誤嚥し続けて痰を吸引しても吸引しても誤嚥から逃れられないまま最終的には廃用が進んでお亡くなりなった方でした。

古くから入院されている患者さんのいる大きな精神科の病院・病棟ではありがちなのですが、何十年も前から統合失調で入院されていて、そのまま年老いて認知症も進んでいって最後はベッドの上でこのような形でお亡くなりになるという事が今の時代、良く起きています。

今の時代の統合失調治療薬は適切な診断の下で適切に服薬が進めば多くの場合かなりの確率でそれらの患者さん達を日常生活の場へと送り返す事が出来ます。昔の薬のように効果も「ある程度」あるけれど、錐体外路症状などの副作用が強すぎてADLを大きく制限するような薬というのは、現代的な精神薬理学を理解している医師からは忌避される傾向が強いし、なるべく少数精鋭の薬を上手に組み合わせて加療しようとしています。それが現代精神医学の進歩。

別系統の薬にはなりますが、例えば一昔前は眠剤などでもベンゾジアゾピン系の薬などは、表立っては言いませんが投薬自体を「犯罪」と言って蛇蝎の如く嫌う先生もいます。イギリスで恐ろしい程の賠償を求める裁判で製薬会社がボコボコに殴られそうになった黒歴史もあります。依存性を惹起するような睡眠薬はやはり避けるべきだと私も考えます。

ちょっと話が脱線してしまいましたが、こういった数十年にわたって超長期間入院されているような患者さんというのは、時間の経過とともに御両親、御兄弟、お子さん、親戚などの「縁」が薄くなったり切れていったりというような事が本当に多いのです。

10年前までは連絡が付いた甥っ子さんも最近電話してみたらもう誰にも繋がらない等という事はごく普通に経験します。無論、患者さん御自身が既に70-80歳台だと当然御両親は普通に居られないし、御兄弟もとっくに…等というのは結構普通ですよね。
遠い親戚も、統合失調で何十年も入院しているような叔父さんや叔母さんの存在自身が頭の中から「消えている」というような事も考えてみれば自然な流れ。

かくして、書類上は「無縁」という事になりがちなのです。

これからの時代、とくに精神疾患などを患っていなくとも「無縁仏」として葬られていく人達は激増する事でしょう。私も一歩間違えれば直ぐにそうなること請け合い。葬式を出して貰える時代に生きる人間や家族というのはまだまだ幸せなのかもしれません。

まあ、私は焼いてもらって骨は木の根っこにでも捨ててもらえばそれで十分なのですが。w

2026年6月25日木曜日

本を病院に寄贈しようと思ったけれど…

本の選択はその人自身の頭の中そのものだと思っています。

知的なレベル、知識、その人の頭の求めるものが一体何なのか鏡のように見せてくれるのが本の選択。そしてその選択の結果として並べられた本の群れがその人の家にある本棚。

本棚を見ればその人の頭の中身が解るというのは私の何時もの持論ですが、同意してくださる方は多いものと信じています。そもそも本を読まない人の家には本棚どころか本さえ無いというようなところもある訳で、私には「俄かには」信じられませんが、実際にあります。

今回、病院で暇をかこつ患者さんのために自分が持っている本の中で差し上げてもいいな~と思われる本を選び出して患者さん達に読んで頂こうと思える本を探しました。家の本棚には大量の本が本当にごっそりあるんですが、患者さん用に持っていっても良いかな?と思える本を探したました。

ところが、30分ほど時間をかけてあっちの本棚、本棚の裏に並ぶ本の群れなどを探し回ったにもかかわらず持って行ってもいいなと思えた本はたったの二冊。あちらこちらに並ぶ本の殆どは手に取らずとも「やっぱりこれは手許に」「これも無理。出せん」という感じで結局出すことになったのは二冊だけ。w

出されることになった二冊の本には申し訳なかったんですが、前から「これは要らん」と思っていた本でしたので、逆に言うと良い出先が見つかったと思うとともになんで今まで読まない漫画以外病院の患者さんに持っていこうと思いつかなかったのかと不思議に思いました。しかし、よく考えるとそもそも本を人に渡すという行為がデフォルトで自分には発想不能な状態になっているんだなと思いなおしました。

もう一つの部屋に置いてある本の群れから、あとどれだけいろいろ探せるのか?期待薄ですがやってみましょうかね。

でも、ツマラナイ本持って行っても患者さんには失礼だしな~。難しいもんです。