2021年9月30日木曜日

三度目のワクチン接種?娘との話

リッチモンドでテレワークに勤しんでいる長女からtelegram経由で質問がありました。

お父さん、追加のブースター・ショット打つのに良い時期かな?」(Is now a good time to get the COVID booster shot?)というストレートなものでした。私が返したテキストはIs it widely suggested by CDC to shot third boost in the states?というもので、そのavailabilityも含めて実際のところ現地ではどういう皮膚感覚なのかを含めて答えを待っていたところ、無難な答えが返ってきました。

It's eligible for people in healthcare and people with preexisting condition but will be available to the public soon.ということで、前回アメリカで開始されたときのように、ヘルスケア事業従事者と何らかの健康上の問題を抱える人々から優先的に打っていけるけども、すぐに普通の人達も打てるようになるだろうとのこと。まあ、間接的にネットで読み齧っていた情報とマッチしました。

娘にはこの後、正直に「この件に関してはまだお父さんいろんな論文で示されるデータを十分比較してないし、そもそもその手のデータ自身が未だ十分揃ってるとは言えないと思う。」との返事を返しました。要するにもう少し返答は待っててくれ!という事。w

今のところ手元にはワクチン接種でも戦闘国家であるイスラエルで示されたファイザー・ワクチンBNT162B2での三回目のショット(いわゆる二回目の追加ショット)が感染防御においてどの様な数値を示したのかというデータが示されています。


それを簡単にまとめると、60歳以上の実験参加者で5ヶ月以上前に一回目のブースターショットを受けた人達はこの追加ブースターショットで十分な疾病悪化防止効果を得たというものでした。
実際に、ブーストを受けなかった人達に比べて何倍効率的に防御が働いたかをその倍数で示したのが以下のグラフ。
やっぱり今回のブーストでもそれなりに間隔を開けてからでないと、ブーストの「実際の」効果は2週間を超えたあたりから15倍位になっているみたいですね。
どの年齢層においてもそれが当てはまるかどうかは今のところ未だデータが揃ってはいませんが、今のところこの60歳以上の人々では上のような結果が出てきているということです。

娘にはこの論文は送付しましたが、今後追加的データが出てくれば更に読んでいきたいと思います。

しかし・・・今回ネットをウロウロしてみて本当に驚いたのは陰謀論の多さ。もうそれはそれはビックリするほど、自分達の中で大盛りあがりです。これらのサイトは物凄く特徴的で、引用してるデータのリンクがまた陰謀論のページという大笑いのカオス状態。何というか、修学旅行の枕投げ状態で、自分達でデータに独特の解釈と注釈をつけて勝手に間違った翻訳をつけてワクチンが~、ユダヤが~というトンデモの(味方によっては社会学的解析対象としては至宝の!)サイトは粒ぞろいです!w

話が横にそれてしまいましたが、追加ショットの効果、そろそろ更なるデータが出てくると思います。その時はまた娘と話をしようと思っていますが、話の大筋は今のところもう見えている感じでしょうかね。

ところで、娘のメッセージは最後に"Getting regular flu shot today"とありました。


2021年9月29日水曜日

さいとうたかを先生、逝去

劇画の偉大な先駆者、コラボ形式でのマンガ制作の先駆者であるさいとうたかを先生が膵臓ガンで24日に84歳でお亡くなりになっておられたとの訃報がネットを駆け巡りました。

先生の代表作と言えば勿論世界記録更新中の「ゴルゴ13」。私がゴルゴに出会ったのは恐らく中学ぐらいで、床屋で読んでいた漫画の中に紛れ込んでいたのだろうと思われますが、確実にゴルゴのことを意識して読んだのは意外と遅くて大学生になって、医学部の授業で当時のゴルゴ好きの講師がやたらと授業中にゴルゴの話をしているのを聞いてからです。

その後はもう一直線。鋼の意志と神の如き肉体、そして謎に満ちた出生の背景など、引き込まれるプロットは大量にあるのですが、何よりもそのアーマライトM-16を使っての驚くべき狙撃と戦闘の数々でしょうね。

金では動かず信条で動き、隣りにいるホームレスも合衆国大統領もゴルゴの前ではタダの人間。高度な数学や物理学を一瞬で理解し、医学生物学や化学の知識もそこら辺のデータベースを真っ青にさせるレベル。おまけに少なくとも判っているだけで18カ国語を話すという・・・。

もうね、万能を超えた万能。なりたいものには何でもなれるのに敢えてスナイパーを生業にしているという神の領域に鎮座ましますワンマン・アーミー。恐らく並の軍隊1個師団程度では十分に準備をしてきたゴルゴには勝てません。スペツナズも、各国の特殊部隊も全く無駄な戦いしかできませんでしたし、ありとあらゆる格闘技のプロ達も今まで奇襲を含め様々な手段、方策を使って全力で彼に襲いかかりましたが、唯一接戦に近かったと言えるのはコロッセオで戦ったスパルタカスのみだと記憶しています。

その一方で、どんな身分のどんな社会の人間だろうとも信義をかけてゴルゴの信頼に応える人間には人種や性別、年齢を超えて最大限の敬意と保護を示すというところも痺れます。まあ、いまどきどこにも居なさそうなマッチョの中のマッチョです。

さいとう・プロダクションからは先生亡き後もゴルゴは続くと告知されておりましたし、先生御自身が既にゴルゴのエンディングも描き終わっていると仰っていたと記憶していますが、少なくともまだ終わらないということで私としては嬉しい限りです。先生の肉体がなくなろうとも、そのスピリットと作品は続くという素晴らしい「先生の現世へ残したお土産」があります。さすがは偉人です。

さいとう先生、ゆっくりとお休みください。これからも先生の作品は永遠に読み継がれる事でしょう。


2021年9月28日火曜日

嵐の二人の結婚

夕方のニュースを見て「オッ!」と思いました。

嵐の未婚組4人のうち相葉くんと櫻井くんが「それぞれ」結婚という事で同時発表がLINE経由で報告されてきました。他のニュースでも言われていましたが、最初はこの二人が結婚したのかと一瞬勘違いして「あ、彼らはゲイだったのかな?いいじゃん。」位の感じを受けていました。しかし、直後に「あ、そういう事!」という事で己の愚かな勘違いに気づきました。

この総裁選の次期や小室圭さんの帰国にぶつけてファンのショックを和らげただの、一粒万倍日だったからこの日に発表した等という推論が色々と並んでいましたが、有名人になると本当に結婚一つでも世間が大騒ぎ、というかマスゴミが大騒ぎですね。

ずっと昔から思っていたんですが、こういうアイドル系の男女に関して事務所がその恋愛や結婚を直(ひた)隠しにしなければならないというのはもういい加減に止めりゃいいのになと思います。夢を売る商売だというのも判るのですが、精神的にも肉体的にも健康な男女であれば、二十歳を過ぎればごく普通に「人」としてパートナーと心や体を通しての交流があって全くおかしくないはず。

それをあえて封印した振りをさせて、週刊誌ではよくすっぱ抜いたなどと言ってはしゃいでますけど、私から見ればはしゃぐほうがおかしいだろ?としか思えません。というかおかしいですよね。

今の時代に限らず、極端な意見や目立つ輩の意見が昔からあたかも「大方の意見」のようにライトアップされてきましたが、正にlight upと言う状況で、その他大勢のフツーの本当の大方のモノの見方は面白くありませんので、表には出てきません。あくまでも「目立った」「目立たせられた」意見が取り上げられる事になってきます。目に見えないものの大切さを改めて考えさせられます。

何れにしても、やっと表立って大手を振って二人で新生活を始められるわけで本当に何よりです。おめでとう、幸せになれよ~!という言葉以外の何もありません。(^^)/


2021年9月27日月曜日

CGM装着してみた!!!

CGMと言うシステムは一般の方には全く馴染みのない言葉かもしれません。

CGM(Continuous Glucose Monitoring)と言うのは持続的血糖測定システムのことで、皮膚に細いニードル・センサとなっている針の着いた刺すシール(リチウムイオン電池内蔵の3-4ミリ程度の厚さのコイン状センサー)を上腕の後部に貼り付けて間質液中のグルコース濃度を継続的に自動測定し、グルコース値の変化を線状のグラフとして、センサをかざすだけで常時機器上に表示する事ができるのです。

今回使用したのはfreestyleリブレというもので、専用のデータ収集器もネットで買えば7000円程度で売ってはいるのですが、それが無くともアボットの提供するタダのソフトをスマホにインストールすれば簡単に登録してすぐデータ受信機として使えます。このセンサ側の貼り付けシステムは1個3500円で、最大2週間使用可となっていて、おそらく感染対策などを考慮して2週間で自動的にデータ送付が停止されます。

実際は左のセンサパッチが一番右のシールされたカップの中に入っていて、真ん中の皮膚装着システムの中に入れてパチンと上腕後部に飛ばして貼り付けるようになっています。左のセンサパッチは500円玉より少し大きいくらいでしょうか。

集めたデータはグラフ上に記録されます。行動記録やインスリンのショットに関する記録もマーキングしたり、書き込めるようになっており、誰でも続けられるようになっていますし、インスリン使用者にとって急速に命に関わる低血糖のアラートのセッティングも簡単に出来ます。

これをDMの先生が院内で使用する開始前の実体験試験ということで、私が実験台になって測定をしてみることになりました。

皮膚を徹底的にクリーンにした後、先ずパチーンと装着した時には針が刺さるにもかかわらず先ずほとんど痛みなし。スマホにソフトをインストールした後、己の名前でソフトを登録。センサにそのスマホを近づけて一時間ほどでキャリブレーション終了。

この後は何度でも、いろんな状況で己の血糖を知ることが出来るわけで、今まで指先や耳朶で一日に何度もプチプチと血糖測定をしていたのがまるで冗談のようです。これ、アメリカでは誰でも普通にavailableらしいんですが、日本では今回のように糖尿病専門の先生が処方しないと(今回の私の場合は実質的な実験ですが。)いけないという「煩雑」な道具です。

日本らしいですね。iWatchでも心電図の日本正式認可はアメリカの数年遅れでしたから。

兎にも角にも、これから少なくとも一週間のいろいろな状況での己の血糖値を測定してどういう変動が示されるのか実際の生活に反映させるべく観ていきたいと思います。


2021年9月26日日曜日

日本が本当に貧しかった頃

Youtubeは本当に素晴らしいメディアです。

私の場合、premiumに入っていなくて下らないCMが割り込んでこようとしますが、adblockを拡張機能に入れていますのでそこは瞬間的にスキップしてくれる設定になっています。その多くはゲームのインストールを迫るものとダイエット系統の非科学的なCMで「こんなモノ本当に信じて購入したり入会したりするやつが居るんだろうか?いや、居るからこそこれほどまでに金を投入して宣伝してももとを取るほど騙される奴らが居るんだろうな。」という感想しか持てません。

まあ、そんな話は今回は脇においておいて、私が中でも感心するのは昔のドキュメンタリーものを50年、60年経ってその映像を好意によってフリーで開示してくれている幾つものスタジオがあることです。その中の一つに「山かげに生きる人達」というものがありました。

1969年の制作なのですが、1965年生まれの私にとってさえ「これは、、、」というような山形の僻地にある文明というものとはほぼ切り離された生活を送る炭焼きの一家の物語です。

風邪をこじらせても解熱剤も抗生物質もなく、医者がいる診療所まで一時間以上のところに住む一家。そして治療施設に届くことさえなく普通に死んでしまう子供達。そしてそれを淡々と受け容れる親。そう言えば、私の親の世代の頃には兄弟姉妹の中に幼い頃に無くなってしまった子遠が居るのはまだまだ普通のことでした。しかし、もうスグそこに1970年が来ようという頃でも未だこういう生活が残り、幼い子供達が先生の言葉を素直に信じ、先生も子供達を我が子のように思い可愛がっていた時代が未だ有ったという事に深い感動を覚えます。

その後、このビデオを解説してくださっている多くの方々のコメントを読むとこのエリアは今では高級和牛の産地になっているとか?ただし、少なくともこの炭焼きと言う産業自体が石油文明がこれから発達しようという日本では既に急速に終わりを迎えていた産業だったことも事実。

そういう暗い未来が確実に周りの人達からは見えていても、なかなかその渦の中にいる自分達にはそれが見えない、見たくないというもどかしさもあります。

映像の中では小学校で普通にペットとして子熊を育てていたりという凄さがまだまだあった時代ですが、ほんの50年前の日本にはこんな世界が未だ普通に有ったことを今の20代前後の人達が果たして実感できる訳もありませんし、無理でしょう。しかし、我々の日本はホンの70数年前にボコボコにされてその後必死に生きてきて今の日本が出来あがった事を間違うことなく、よく理解しておく必要があると強く思います。

古代史、世界史を学ぶのは非常に大事ですが自分の生まれる前の100年の国の近代の歴史というものを「よく」知っておくことはその国に生きるものとしてのアイデンティティ形成には必須のものだと改めて感じさせられた幾つものyoutube上の「華(はなぶさ)映画社」の映像でした。

もし皆さんも時間があればその幾つかでも結構ですので視聴して頂ければと思います。きっと時間の無駄になることはないでしょう。


2021年9月25日土曜日

次期首相って誰かな?

自民党総裁選の投開票が今月の29日水曜日に決まっています。

候補者が4人で、河野、岸田、高市、野田と言う感じで男性と女性が其々2名ずつという「時代の流れ」を感じさせる性別分布になりました。年齢を調べてみると順番に58、64、58、61ですね。ほぼ還暦前後に固まっていて一番若いのが河野太郎。

それぞれの人間に関しては個人的にはどんな人間なのか語れるような知識は全く持ち合わせていませんし、メディアが流してくる情報なんて言うのはほとんど印象操作が入っていると思われる為、リスクが高すぎてあてになりません。

ハーバードで行われた日本人医学生物学者のミーティングにおいてたまたま外務大臣として公務できていた岸田さんが、数人のSPに囲まれて講義室に登場し我々と居合わせた我々と10分弱のお話をしていったことがありますが、見るからに戦闘的で自信に溢れた人物に見えましたね。当時は恐らく今の私とほぼ同じか少し下位の年令だったのかと思うと、あの年で国家の外交の重責を担わされていたのかと思うと、正直な感覚として凄いことだなと思います。ただちょっとエリート意識が鼻につくような印象もあったのですが、本物のエリートでもそれを隠しきれる人とそうでない人がいますからそこはしょうがないところですけどね。

河野さんに関してはtwitterでオフザケtweets等も始終見ていますが、基本的には我々の世代の感覚と余り変わらないかな?っていうのが私的な感想。周りからは大きな案件において現実的な判断にどれほど適切な対応が出来るのかということに関して不安がる声もありますが、その内側には現時点ではごく親しい人しか知らない河野太郎が居るはずです。短気も宰相になったら容易には人に見せることは出来ないでしょうし。

高市早苗っていうのは私には知識の量という意味ではもっとも親しみのない人で、前坊っちゃん宰相の安倍さんの劣化コピー位の感覚でしか見ていません。後は車好き?という事くらいですかね。まあ、少なくとも今回はならんでしょう。

野田ブーに関してはそもそもがなってはいけない嘘つきのX違いオバサンですから論評に値しません。以前このブログでもこのおばさんに関してはかきましたし、この人物が文藝春秋その他の雑誌に「大昔」に書いた文章を読んだときに私が感じたのは「ああ、この人はナチュラルに嘘を語る能力のある人だな」というものでした。あくまで主観ですが、こういうのは己の感覚を信じるしかありません。

誰がなるのかは判りませんし関心も有りませんが、国益に叶う人物がなってもらえればそれで十分なんですけどね。ガラガラポンで選ぶにしてもなんだか最近は骨太の人間は消えちゃった感がありますね。軽量級と言うか・・・。

お隣の赤くて広い国にいるような孫子の兵法を体現した悪魔のようなマキャベリストに立ち向かうだけの器のサイズが有るのか。怪しいところです。何れにしても水曜日には答えが出る秋深まる日本でした。


2021年9月24日金曜日

整形美人?

最近、私が唯一1人だけInstagramでチェックしている女優さんの顔が変になってしまいました。

もともとの「素」と思われた顔が私には大変に好ましい、素朴かつ魅力的な御尊顔だったのですが、今日見た写真の顔では異様に「どでかい二重」の顔に変わってしまっていました。一体全体何が彼女に起きたのか?と言うくらいの変化だったのですが、もうインスタのフォローをやめようと思っています。かなり残念でした。本人は幸せそうな顔をしていたのでそれはそれで良いと思いましたが。

私自身は昔から美容整形というものには否定的な人間なのですが、それは完全に個人的な考えの世界であって、やりたい人はやればいいと思います。しかし、それも程度の問題で、よくあるパターンの「プチ整形」なんていうのでその入口に立ったあと、それに追加する様にエンドレスに嵌まり込んでいく一群の人達が居ることが少し怖いです。

人の体というのは人が思うほど可塑性というのは有りません。一度形を変えるのに使ったお金をかけても、元の姿・形をとり戻すことはとても出来ません。

昔から形成外科学では「形成治心」と言う言葉があると形成の友人に教わったことが有ります。怪我、火傷や奇形も含め、その人が思い悩んでいる己の形に関する問題を形を変えることで、その人の人生をよりポジティブなものに変えていくという考えのもとに治療を積極的の行っていくというものでしょう。

私には美容整形も形成外科もどちらがどうだという事は到底コメント出来ませんし、そこに技術がある限りそれを使う人も使われる人もいるのはごく当たり前のことでしょう。

顔や体の形が私から見て全く何の問題が無いような人でも、その人自身にとっては大変なコンプレックスになり、思い悩んでいるような体の場所があるわけです。しかしそれは実は体ではなく心の病気だったりすることもあるわけで、こういった事は大変に繊細な問題で他人がとやかく言えるようなものではありません。

体の美醜に関する心の問題というのはとても深い人間の根源に関わるお話です。生きていくっていうのにはいろいろと難しいことがついてますね。技術が無い頃の女優さん達の写真だけ見とこうかな?w


2021年9月23日木曜日

鬼畜の宴

以前も親と今関係に関して病院で経験したことをちょっと書いたことがありました

しかし、前に書いたのはクズ親、ダメ親が既に子に愛想を尽かされたり絶縁されたりした後の「己の所業が年老いた後に己に残酷に跳ね返ってきた例」の事でした。もし、そういったクズ親が更に「ある一線」を越えて子供を虐待していたらどうなるかという例が最近ニュースで再び報道されましたが、私は2つの意味でこの事件に頭にきました。

事件の概要は大阪摂津市に住む三歳児を持つ母親が昨年10月にSNSで松原拓海と言う男(いわゆる半グレと言われていた男ということですが。)と知り合って交際開始、家にこの無職男が同居を始めてから何度も近所の人や保育所から警察や児相に通報されているにもかかわらず子供を保護せず、今回死に至らしめるまで全く適切な対応をとっていなかったというもの。

しかもその死に様は惨(むご)たらしいという言葉そのものの死で、熱湯を五分以上顔や上半身に浴びせられ続け、皮膚は爛れリビングに倒れていたとのこと。鬼畜の所業と言う言葉がありますが、恐らくこの男と付き合っていた母親もバカ。男は勿論クズ以下の鬼畜と言う組み合わせでしょう。

こんな「心」というものが全く入っていない金正恩そっくりの男の何が良くて付き合うかは永遠の謎ですが、この手の女性には選りすぐりのクズを選ぶレーダーが備わっていることが頻回ですので何の驚きもありません。恐らく繋がっている理由はセックスと寝床のシェアということのみ。私の1つ目の怒りはこの糞男とバカ女の二人の存在に直接向けられます。

2つ目の怒りは殺された子供に実際に何度も確認された傷や痣が実際にあったにもかかわらず、何の言葉も発することのできない子供を緊急に物理的に即時に保護すると共に、親権保有者の拘束と尋問もしくは虐待を行っていると強く疑われる人間を逮捕できない行政システムに激しい苛立ちを感じます。

これがアメリカだったら・・・といつも思うのです。恐らく即逮捕と裁判所命令による子供の分離と接見・接近禁止措置などが講じられるであろうと。逆に言えばアメリカはそれほどの事をきちんとしなければならないほど酷い現実があったからのシステム構築なんでしょうが、日本もいい加減にそういう事をもっと容易に出来るようにすべき時期が来ていると強く思うのです。

最後に今回の事件を防ぐ事が出来たはずのお役所の方のコメントをここにコピー。曰く摂津市・次世代育成部・橋本秀樹部長「その時々の判断で適切な対応をしてきたと考えております。」とのこと。

次世代育成部。これ以上は無いような素敵な皮肉ですね。


2021年9月22日水曜日

体調不良

ここ一ヶ月ほどかなり体の調子がおかしくなっています。

症状としては正直「曰く言い難い」感じで、医者のくせになかなか表現しづらい症状が続いているのですが、一言でいうと神経系の症状。どっちかと言うと四肢の弱い痺れと脱力感と言ったほうがいい感じでしょうか。

医者をしてると本当にいろいろな良くない病気を知っているし、そういった病気を持つ人達の最後の状況がどういうものかも結構日常の世界で見ているために、色々と良くないことを考えてしまいますが「人間諦めも肝心」という事がこの歳になってくると結構わたしの中ではそれなりにあります。

ただ、この年令になってくると考えてしまうのは自分の病や万一の事ではなくて家族のこと。今俺が倒れたときに家族はどうなるか?ということばかりです。

結婚して子供を持つということは自分以外に配偶者と子供達の未来のことを考える「責務」が発生するということ。しかしながら、私ぐらいの歳になってくると既に同級生や同年代の人間の中には種々の事故や病気で亡くなってしまった友がいるというのも実は普通のコトです。

しかし、うちの嫁さんは普段は弱いのですが結局のところイザという時には男よりも遥かに強いのが嫁さんだと思っています。サザンの桑田佳祐も「嫁さんの言うことを聞く」と言っていますが、結婚して歳を重ねるに連れ「やっぱり人生の先輩、桑田先輩の言うことは真(まこと)なり」と感じており、私が万一居なくなってもおそらく大丈夫でしょう。

まあ、人生既に56年。家族になるべく迷惑かける事なくこれからの人生を過ごしていきたいものです。


2021年9月21日火曜日

病棟師長50歳の誕生日

今日は病棟でちょっとしたサプライズを仕掛けました。

一ヶ月ほど前からこの病棟の師長さんが、「ああ、もう私もすっかり年寄りだわ~。」とかしきりに言っていました。そこで、失礼かとは思いましたが「幾つになったん?」と、アメリカでは先ず聞けないような質問をしてみたところ「50よ50!もうお婆さんだわ!」とかとんでもない事を言うので、「何を言っとるん?今どき50歳を年寄りとか言っとったら笑われるよ。」と返しました。

という訳でその大きな節目のときにケーキ屋で買ってきた誕生ケーキを看護師さんたちと示し合わせてコッソリと看護師の休憩所に置きました。とんでもない事だと思ったのですが、私の50歳の誕生日のときもこの病院でしょうもない当直をしていた自分のことを思い出して、「そういう事だけは絶対に避けてあげたい!」と考えての行動でした。

果たして休日明けの休日の谷間で近所のケーキ屋さんなんて開いてるかな?等と考えて一つ目の病院の直ぐ側の店を訪れたら案の定休店中。(緊急事態宣言が理由っぽかったですけど。)そこで、急遽昼休みに車を駆って藤が丘の何時も行く店に行きました。この店は年中無休がポリシーなんですが、嫁さんによるとその理由というのが「人の誕生日に休みはないから!」と言うものなんだそうです。確かにそうだけど、だからと言ってオジサンが365日仕事をしなければならない訳では無いと思うんですが、そこは偉人の発想であって私のような凡人が四の五の言うことではありません。

という訳で、大きめサイズのケーキに日頃の御足労に対する感謝の文言を入れて頂いて、5と0のローソクも買い込んで、方が崩れないようにゆっくりとケーキを運びました。最後は内科外来の冷蔵庫にコッソリと入れさせてもらって保存。併せて他の小さなロールケーキとでっかいペットボトルも買い込んでおきました。

主任さんにはコッソリ話しておいて師長さんの居ないところでコソコソとセットアップ。その後ヘルパーさん達も呼び込んで歌を皆で歌ってお祝いしました。

師長さん自身は「三密三密、こんなのダメダメ~、散って散って~~~」等と言って慌てふためいていましたが、記憶に残る1分間は作ってあげられたかな?

何れにしても、何もなく誰にも祝われない人生の節目などあって良いはずがありません。ワイワイ言って皆で誰かを祝ってあげることは良いことだと素直に思います。


2021年9月20日月曜日

猫の糖尿病(治療の経過)

7月の頭に宮崎に居た猫の糖尿が判明したことで名古屋に連れて帰って以来、頻回に動物病院に連れて行って血糖測定とインシュリンのボリューム調整をおこなております。

doseとしては最初は朝一回の0.5Uから始まってそれでは全く聞かないことが判って以来少しずつ 少しずつ低血糖にならないように注意しながらの慎重なトライアルを繰り返していましたが、なかなか超高血糖が収束せず、結局は朝夕で3Uと2Uを打つことである程度落ち着いていたんですがそれでようやく200mg/dLを少し超える程度まで来る位でした。

猫の体のサイズを考慮すれば人様に使う持続型溶解インシュリン「ランタス」を20Uとか30Uと言う大量レベルで使ってるようなものだと思うんですが、この程度のインシュリンでなかなか血糖値(BS)が低下しないのが凄いナ!と感じていました。

ところが、今回3U/2Uのインシュリン量で御飯[Hill'sと言う会社の食物繊維の豊富な消化・体重管理用のw/dという食餌]の量が朝・昼・夕で其々が29g・13g・10gと固定してチャレンジしているうちに本日突然に血糖値が50mg/dL程度まで低下して来ました。

獣医さんの話では「もしかすると膵臓を休ませて来たことで、本来の膵自身からのインシュリン分泌が戻ってきている可能性があります。」とのことでした。まあ、その話自体は猫に関してはそういう事がるということを当初より伺っておりましたので、もしかしてそれがやって来ているのか?と感じたのですが、今のところは今日一日2連続で低血糖が発生して先生が砂糖水などを飲ませたとのことでしたので、本日家に連れ帰った後の夕方のインシュリン・ショットは中止となりました。

インシュリンの分泌が戻ってくると言っても「完全に使わなくて良い」と言う状態になることはあまりないそうですので、これからどうなるかは全くの未知数です。宮崎の親父の家に居たときは8キロ程度が最高で、それは駄目という事で私の次女からリクエストが入り6キロ程度まで減量。我が家に来てからは5.1キロで安定していました。我が家に来てからは尿量が減ってきて体重は安定し、5.3キロ位が暫く続いています。

おそらく親父の家では「爺さんアルアル」で、可愛いからということで特段何も考えることなくガンガン大量に食べさせていたのだと容易に推測できます。w

さてさて、今後どうなりますやら。


2021年9月19日日曜日

人間「恥」を捨てると強いもんです

行方知れずのままでも議員が続けられると言う不思議なシステム。

言わずと知れた無免許当て逃げオバサンの「木下ふみこ」さんの事なんですが、都民ファーストの会という私の全く信じていない小池都知事が主催してる会の方でしたね。今はとっくに除名されてますけど、任命責任に関してはまるで他人事というのはいつもの小池方式ですから驚きはありません。

この前の新型コロナ・ワクチン接種のときの密と予約の取れない現場に関して「しっかりやっていただきたい」という他人事発言でこの都知事の無責任さを改めて再確認(表現としては重なってますが、本当のことですから仕方ないです)したわけですが、その人の会派から出てきた人ですから数々の無法行為が後から後から見つかっても特に大きな驚きが無い所が今の政治家に対する日常的絶望感の深さと言いましょうか・・・。

ところで、このオバちゃんの凄いのは徹頭徹尾欠如している遵法意識が更に明らかになったことでしょう。次から次に出てきている案件は以前明らかになった繰り返される無免許運転と当て逃げのみならず、信号無視、速度違反等で3年で5回の免停と言う凄まじさ。笑う気力も失せるほどの明確な運転能力欠格者ではないでしょうか。

話は元に戻ってしまうのですが、こんな人を都議の席につかせておける、そして強制的に罷免をさせることの出来ないシステムというのは恐らく選良!(笑)に対する信頼をもとに作られた法律が、議員をその発言や行動で逮捕、罷免させないという戦前の特高などの反省から生まれたものなのでしょうが、こういうのは全くそういう高級なものとは全く違うものなんですけど、どうにもならんのでしょうね。

雲隠れしてしまったこの木下さん。一体何時になったら人の前に姿を現して責任を取るのでしょうか。都議会での質問の様子などを見ていると典型的な「パフォーマー」でしたが、こういう大道芸人タイプの政治家は本当に裏では信用のならん輩が多すぎて毎度うんざりです。

恥を捨てるとヒトはここまで強くなれるという凄い一例を示してくださいました。

2021年9月18日土曜日

興味の延長に生きていける人は一生幸せ

嫁さんが見ているテレビにエジプト大好き少女と骨の大好きな少年の話が出ていました。

「博士ちゃん」と言う番組で、その中で最初に出てきた少女は恐らく小学生だと思うのですが、エジプト考古学大好き少女で、古代エジプトが好きすぎる余り、自分の手で魚のミイラを作ったりしているとのこと。番組の中ではサプライズがあって、エジプト考古学の泰斗である現地の世界的博士と直接ネットで対談して、最後には招待状発送の約束まで頂いてしまったという顛末付き!

二人目は骨に興味がある中学1年生の男の子でしたが、この子も自分で動物の体を家の外で腐らせて骨格標本を作ってしまったりする本格派。しかも、小学生の段階で立派な論文級のリサーチをしている子です。

番組の中では東大の進化生物学の遠藤教授の研究室に行って実に貴重な経験を短時間で積ませていただくのですが、何という羨ましい子だろうと思いました。しかし、それもこれも彼自身が「骨」というものに対する異様に突き抜けたレベルの興味を持っていたことが全ての始まりであって、かつ素晴らしい指導者がこういった子に知的好奇心のベクトルを延長させるような方向付けをプライミングしてもらった時に一体どんな化学変化が起こるか考えただけで胸熱です。

幸せな「科学の子」と言うのはこうやって今も世界中で湧き出しているんだろうな。

ある子供がなにかに強い興味を持った時にそれを切っ掛けにして正しく伸ばしてあげられる人がどれほどいるでしょうか。ファインマンの話などを読んでいると、親父さんとの対話における物事の不思議に対する回答の内容が素晴らしかったことなどが出てきます。

少なくとも愚かな言葉で今まさに伸び出ようとする巨木の木の芽を踏み潰したりするような事のないように気をつけていきたいと思います。どんな子供も、正しい環境に置いて正しく導けば、学校の勉強とは全く別の方向でも素晴らしい事を一生のうちに成し遂げる子が沢山いると信じている私です。


2021年9月17日金曜日

急に暑さが収まってきましたが

次第に低くなってきていた毎日の気温。

ここ暫くは気温は下がっていたものの湿度は高いままで、動き回ると直ぐに汗がでるような日々でした。しかし、台風が掻き回す大気の影響でしょうか、さすがにここ数日は更に一段と体感気温は下がってきた感じです。

ここ数年日本に帰ってきて感じるのは長袖を着る機会というのが減ってきている冬と言う感覚です。少なくとも分厚く着込むような服が必要だと思うような冬がこの2年間来ていないような気がしています。私自身は夏も冬も好きなのですが、9月の末になって虫の声は盛大に聞こえてはいるのですが「秋の夜長」と言う感じが全く無いんですよね。

これが長期的な気候変動の中での「温暖化フェーズ」に向かい合っているためにこんな日々を過ごしているのかは難しいところかと思うんですけど、2100年時点で予測される気候変動シミュレーションを見ていると、ここ日本において一日のうちで30度を超える日が一年のうちで半年以上になってしまうという予測があるようで、このまま行くと人が生活できるエリア自体に大変動が起きるとともに、今の我々の時代のように食事を満足に食べるための素材が手に入らない様になってくるのではないかと真剣に心配してしまいます。

勿論その頃には今こうやって成人として社会生活を送っている我々などは殆どが土に還っていると思うんですけど、実際のところ我々の子孫の事を考えるとカーボン・ニュートラルとかの問題というのは我々「今」が考えている以上に人類が生き残ろうとするのであれば真剣かつ喫緊な問題なのかもしれません。

おそらく少子高齢化などというのはそういった意味では人減らしの為に自然が与えた選択圧なんかな等とふと考えてしまう私でした。

素肌を出して外を歩いたりするのはこれから無くなっていったり、オリンピックが夏の間に開催されたりするのはもう後数回分くらいしかチャンスが残っていないのかもしれませんし、そもそも冬季オリンピックなどというのが人工雪等を使わないと全く開催出来なくなったりとかあるのかも?そもそもスキー競技というものが無くなったりする未来というものさえ有るのかもしれません・・・。

2021年9月16日木曜日

やった!2週間誰も陽性者出ず!

感染職員が有症状のまま自分がコロナ感染していることを意識せずに職場にやってきて以来2週間が経過した最終日でした。

2週間目の今日はいつもの如く出勤前に全員がコンテナで鼻咽頭からのサンプリングでした。勿論祈る気持ちは半分ありましたが、行いが良かったせいか全員当然のごとく陰性。師長さんなどは毎日されてますから「鼻の奥が壊れちゃった」なんて言っていましたが、それは実感そのものだと思います。

取り敢えず病棟のあちこちに置かれていた特別な感染対策用のシステムをあちこちから回収し、床に張っていたゾーニング用の三種類のテープを剥いでいきました。大量に使い続けたプラスチック・ウェアと別のエリアにストックし続けた感染疑いのある排便や排尿の付着した超大量のボックス等ともこれでサヨナラです。

一時間ほどで種々のセット・アップが以前通りのものに戻りましたが、皆の気持ちも(表現が昭和ですが!)ウキウキになっているのが表情から容易に読み取れました。
ここで師長さんが提案してきたのが「みんなでお昼はピザ・パーティーにしましょう!」というもの。当然ですが、この二週間のみんなの努力と苦労に報いるために私と師長さんでお金を出して、そこに居た15人程度の人間が全員腹一杯になるほどの量の大量のドミノ・ピザとソフトドリンクをサイドの諸々のディッシュ付きでオーダーしました。

みんなで今回の無事を喜び仕事を頑張ったことをお互いに労い合いながら楽しくピザを頬張りました。

今回の件は幸いにして陽性者は患者さんも職員さんも誰も検出されませんでしたが、(言い方は悪いけど)万一の為の良いシミュレーションになりました。今後も種々の感染症が手を変え品を変え時を変え侵入してくるはず。何が来ても今回の演習の延長線上の作業で対応できるであろうという自信も看護師さん達の中についたようです。

とは言え何よりも良かったのは新型コロナが誰にも拡がらなかった事!それがにによりも何よりも際立って良いことでした!

みんなお疲れ様でした。

2021年9月15日水曜日

精神科の新型コロナ感染患者と差別

「やっと」日本精神科病院協会(日精協)から声明が出されました。

日本中の各精神科病棟を持つ病院(主に精神科病院と言われるところ)からの発出自体の遅いアンケート結果の集計を受けて集まった回答が公開されるとともに、マスコミの耳目も集まった一日となりました。
令和3年8月23日時点において感染者が発生した会員病院は310病院、総感染者数は5,091名(患者3,602名・職員1,489名)、そのうち感染者が5名以上の病院は120病院でした。当協会としては新型コロナウイルス感染症の発生当初より、精神科病院でコロナ陽性者が発生した場合には精神疾患の治療に特化している精神科病院では感染症に対する専門的な治療には限界があり、速やかに転院出来るようかねてより要望してまいりました。しかしながら、今回の調査では精神科病院が転院を要請しても転院できず死亡された方が200(正確には235!)名を超えていることが判明し、極めて由々しき事態であると認識しております。

また、調査時点でのワクチン接種については、70%の入院患者が既に2回接種を終えていましたが、65歳以上の83%に対し、65歳未満では54%と接種率は低く、接種が進んでいない状況です。その背景にはワクチン供給量が足りない、精神疾患で入院する患者について精神症状によりワクチン接種の同意を得ることや、ワクチン接種券が自宅に送付され回収が困難など様々な意見が寄せられています。
上の発表を見ると、まさに日本における精神科医療の日々の現実そのままの実態が「トップからの報告」として反映されていて、日常の中で我々の院内に流れてくる種々の断片的な情報が実際に間違いなかったんだということが最終的に数字と文言で確かめられた瞬間でした。

今回の院内における「誰かの持ち込み<勿論誰かは不明」によるコロナ禍と患者さん達の死亡は上記の如くワクチン接種が始まった後のインシデントではなく、ワクチンが手に入る前の出来事でしたから、単純に最近のインシデントとは比較できませんがどこにも出て行くことが無い精神科の患者さん達が好むと好まざるに関わらず治療行為においては「差別」されてしまうという事実は本当のことです。

他の病院してみれば、精神科の患者さんが言うことを聞かずに点滴を抜去したり、あるきまわって感染を拡げたりというイメージが強いのだと思います。しかも、最後の方で書かれているように精神症状によりワクチン接種の同意を得ることや、本⼈は同意能⼒なく、ご家族へ確認するが連絡が取れず同意を得ることが困難。他にも成年後⾒⼈からの同意がとれない。⾝寄りのいない認知症患者からの同意を得る事ができない。ワクチン接種券が自宅に送付され回収が困難などというのも実に日常のリアルです。

この診療格差が患者さんの死亡率を上げているという日常を精神科に常勤として働く我々少数の内科医は日常的に診ておりますので、声がどこにも届けられず精神的につらい日々を送らざるを得ない日々でした。

こういったトップの発言が少しでも巷間に伝わってくれればナ、、、などと今も夢想するのです。

2021年9月14日火曜日

次女の新学期の出費補助

アメリカでの新学期が始まっています。

次女も随分前にロシア語・アラビア語専攻のダブルメジャーから切り替えてアートを選択しているわけなんですが、現代のアート・スクールはやっぱりデジタル化の波を避けて通ることは出来ない世界になっているようで、歴史的な技法やスケッチを習得するだけでなく、当たり前のように日常的な授業の中でコンピュータ・ソフトを使ったデジタル・アートの講座も入っているようです。

もともとPCには高い親和性を持つ世代ですから、我々の世代のように「スキモノ」が中心となってPCを触っていたような世代ではなく、呼吸をするようにデジタル・ガジェットを日常生活の中で触っていた子供達ですから、教える人さえまともであれば後は勝手に前進して「教えていなかったはずの事」までやっていく人達ですので、大切なのはチャンスを最大にしてあげることだけです。

ところが、こういったガジェットは得てして金銭的な負担がかかるもの。授業料以外のある程度の出費は覚悟しなければなかなかやっていけない面もある訳でして、そこは格差を生み出す素因にもなるかと思います。残念ですが、それが世の中の真実というものなんでしょう。勿論、鉛筆を一本持っててもそれを深遠な数学の世界を探索する道具として使う人もいれば、くじ引きの当たりを作る人も居ますし、絵を書く人見るわけですが、鉛筆と違ってデジタル・アートは最低限のものを取り揃えるのに一つの金銭的階段を登らないといけないわけです。

とは言え・・・次女には必要なもの。しかしiPad Proの値段は優に10万超え。他のアート・サプライや教科書も私のカードを使って購入することを許可していますが、今のところ50ドル程度しか使っていないようです。次女からは殊勝にも先ず私のカードで買って、あとはマンスリーで私のほうにZelleでキャッシュバックしていって良いか?などと聞いてきますが。

まあ、娘にお金を使うのも最大後2年なので、ここは一つ足長おじさん(実物は短足ですが!)になってやろうかなと考えています。

甘いですな。

2021年9月13日月曜日

円頓寺商店街も寂しかった

物凄く久しぶりに円頓寺商店街に行ってきました。

嫁さんと息子を車に乗せてお昼ごはんを食べに行こうと行くことに。そもそも、円頓寺商店街の中に非常に美しいコーヒー・マグを使う喫茶店があったはずなのですが、それがどの店か思い出せないまま行くことに。

着いてみると・・・商店街全体が静か。以前来た時にはもう少し多くの人達が行き交っていたのですが、今回は本当に半分以下と言う感じで、食事を提供する店さえも以前来たときの半分という感じでした。そこで、息子の手を引いて商店街の端から端までゆっくりと嫁さんと「あそこは開いてるかここはどうか?」と言う感じで歩き回りました。

結局元の商店街に戻ってきて「なごのや」というタマゴ・サンドで有名なお店に落ち着きました。中には大きなアクリルの衝立やアルコールのスプレーなどが置いてあり、人と人の感覚も十分に離れていました。
中に入って注文したのは私が生姜焼き定食、息子はミンチ・カツと唐揚げ定食、そして嫁さんが鉄板ナポリタンを注文。その上で追加としてタマゴ・サンドを追加で食べることにしました。
お腹がペコペコ状態だったので、出されて来るもの来るもの全て大変美味しくあっという間にぺろりと食べきってしまいました。
実はこのなごのやさんはお泊りもできる施設で、この様な感じの御飯と宿泊を提供する「まちやど」と言うシステムに組み込まれている壮大な構想の一つの施設なのです。他の街の中にもいってみたいと思える宿がありますね。

円頓寺もコロナの被害者であるのは間違いなく、みんな商店街の人達がこんなにいろいろと考えているのにその足を引っ張り続ける新型コロナ。とんでもないですな。


2021年9月12日日曜日

Appleの新製品群発表まで後数日

日本時間の15日に新製品発表ああることが正式に告知されています。

今のところ出てくるであろう、(と言うかアップデートが未だ済んでいない巡回的にアップグレードされるべき)品々は以下の製品群で、iPhone、Apple Watch、iPad、iPad mini、MacBook Pro、iMac 27inch、Mac mini、AirPods、HomePodなどとなっていますが果たしてどれから始まるのか。

全世界的に半導体の供給が逼迫する中「設計は終わってきちんと製品が仕上がっているにもかかわらず物理的に供給が出来ない」等という事案がこの産業の米粒を使うすべての業種で発生しています。microLED等が普通になってくると、画面までもが大規模に半導体の製造能力に依拠した需給の逼迫に見舞われるわけで、発表はしたけれど実物は数カ月後なんて言うことになりかねないわけですが、これから暫くのアップル製品はどうなるのでしょうか。

さて、先ず間違いないと言われているのはiPhoneなんですが、製品名はiPhone13になるであろうと言われるのがほぼ間違いないようで、バッテリーによる電源供給時間の増強、ベゼルのもう一段の狭小化、そして緊急時の低軌道人工衛星通信能力の獲得、リフレッシュレートの倍加した画面、そしてProでのLiDARセンサの搭載によるカメラ性能のさらなる進化等と言われています。

私が使っているのがiPhone8ですが、日常使いでこれと言って困ることはな~んにも無い訳ですが、やはりソフトの立ち上がり時間や画面の美しさ、そして何よりもカメラやビデオの画質のレベルは娘達の使っている進化したiPhoneでは桁が一つ違うなと実感します。何よりも夜間の撮影に強いこと、更に画角が広角でも素晴らしいことでこの2つは正直羨ましいほどの差です。しかし買うか否かはまた別の話。実物を手にとって考えようと思います。

Watchも微妙で、結局のところバッテリーがどれほど持つかというところ。これも、一度のチャージで24時間を超えるようなものが出てくれるようになったら考えようかなと考えます。(要するに未だ買いどきではない!)

恐らくもっとも真剣に購入を考えるかな~思われるのはMacbook Proなんですが、現在使っている15インチのWindowsの極薄ノートには正直何の不満も無いので、買い換えると言うまでのモチベーションは無いのです。(というのは細かいことを言うと嘘で、バッテリーの持ちとウインドウズ特有の少しだけ左に寄ったパッド・エリアは嫌いです。しかしパワーなどには全く不満なし。)

医局で使うなら十分以上のパワーを持っているMac miniに湾曲型の34インチモニタをつけて使うなどというのもありなんでしょうが、医局に戻ってパソコンを触るほどの余裕が無いのが日常ですので、これもあんまり要らんかな?

という事で、それなりにアップしてくる性能を持った商品群なのでしょうが、なんだか以前のように「アップルの製品群」に強い魅力を感じなくなっているのはなんでなのか。もう一度その画面に日常的に触ればその製品とソフトに魅せられるのか、それともGoogleのChrome製品群やwindowsの画面が進化して差別化が難しくなっているのか。しかし、バイト先で使わされているsurfaceのラップトップとかは金貰ってでも使いたくないほど酷い製品ですしから、やっぱりアドバンテージは銭ゲバ傾向が肥大してきているappleに「まだ」あるのかな?

3日待ちましょうかね。


2021年9月11日土曜日

20年目の9/11

もう20年も経ちました。

正直もう20年?と言う感じで、あっと言う間の20年でした。あの日の早朝には未だマンハッタン島から離れたばかりで、疲れ果ててマイケル・ジャクソンのコンサートからNIHの友人と戻ってきて寝ていたところを嫁さんに叩き起こされた私でした。その事はこのブログの中に書いて居ます。俺も36だったとか・・・若いな。

10年経ったときの感想もまたこのブログに書き込んでいますが、この時に書いた気持ちは10年経っても全く変わっていません。結局、アメリカが一旦撤退すると決めた後はこれほどアッという間に撤退するとは思いませんでしたが、トランプが言い出したことを引き継いだ形で実行した感じになってしまいました。分裂する蛇の頭と一緒で、ビン・ラディンを消したところで何も変わりませんでしたね。

多くの死者行方不明者は悲劇的な死、全く罪の無い人達ばかりで誰一人として失わなくて良い生命でした。FDNYを中心として多くのヒーローたちが生まれましたが、本来ヒーローが生まれる瞬間というのは多くの場合「起きなくても済んだ」何らかの悲劇と表裏一体であることが多いのが現実です。

最近ではあのテロの現場に居た人達の中で発癌患者が増えているというような記事をネット上で見かけましたが、疫学的な調査の結果はどうなっているのか興味深いところですが、あの現場の粉塵の舞い散り具合を見ると、そういう物質が呼吸器等を通じて現場に居た人達に長期的な影響を与えなかったとはとても言えないだろうなと私は思うのです。

テロは未だに世界に蔓延り、己が信じた正義をお互いが相手に意見も聞かずにぶつけ合うばかり。宗教・原理主義のもとで小さな人間の脳味噌が考え出した小さな主義主張が自分の居場所を求めて右往左往している様を見ると本当に溜息が出るばかりです。

アフガニスタンや北朝鮮で生まれなかっただけでも人生勝ち組だなとは思うのですが、XX主義等という「イズム」が消えない限り、こういった悲劇は恐らく永遠に繰り返されるのだろうなと強く感じるのでした。それに、いつそういった「XX主義」が自分達の生活圏の中で暴れるかもしれない時代にならないと誰に言えるでしょう。実際、僅か数十年前にはこの日本にも自由な発言ができない世界が広がっていたことを絶対に忘れてはいけないでしょう。

無限に広い宇宙の中に浮かぶ「地球」というカタツムリの目玉のような小さなボールの上で、己の主義や欲望を永遠にぶつけ合っている様は他の高度に発達した生命体からはどういうふうに思われているのだろうかと時々考えてしまうのでした。

恐らく「あ~あ、またやってる。w」程度の反応なんでしょうね。

2021年9月10日金曜日

ぞうさんパクパク・大食いキング

Youtuberで美味しいご飯を提供しているお店を幾つか視ていました。

その時に右側におすすめの動画一覧が通常出てきますが、その中で「ぞうさんパクパク」という大食いのfood fighterが出てきました。基本的に大食いの人達にも二種類あって、メチャクチャ食べるけど、人間として我々も「未だ理解できる感じ」の限界を見せるfood fighterと、「この人は時間さえあればその時間分だけ幾らでも入っていくのでしょう」的な異様な感じの人とがおります。

私がよく動画で遭遇するギャル曽根ちゃんはどちらかと言うと後者の「無限の胃袋」系で、恐らく食中枢のフィードバックに何らかの問題があって食べても食べても満腹感がその人の摂食と言う行為にストップをかけないのでしょうね。

今回のぞうさんパクパクは下の動画にあるような方なのですが、この人の胃袋もいわゆる底無しと言う奴で、我々のような凡人が動画を視ているとその大食振りを見ているだけで本当に腹が膨れます。

このぞうさんパクパクで感心するのは食べるときのソフトな語り口ですね。丁寧でソフトな語り口。そして制限時間内で食べることが出来たときに出てくる賞金も受け取らず、その代わりにそのお店に来て合言葉を言った先着10人にそこのメニューを10皿分食べてくださいとか。

ギャル曽根ちゃんよりも圧倒的に速度も速く、「勝負向き」のfood fighterのようなのですが、それなりに辛いもの等も食べられるという所がかなり良いですね。食べ方もアメリカの一部のfighterのように、「勝つのは良いけど二度と視たくない」ような下品な事もなく、この衝撃的な速度を持つ割にはきれいな食べ方をします。

大相撲の力士などのように体のサイズが仕事上の強さに直接関係してくるよな人の大食いというのはまだ理解できるんですが、ぞうさんパクパクにしてもギャル曽根ちゃんにしても、全く体が大きくないのに一体その体のどこに?と言うように食べ物が消えていくのをみると人間の体って本当にまだまだ神秘の塊だな~って感じます。

恐らく異様に大量の排便も出すでしょうし、未消化の食事も大量に下に降りていっているのではないかと・・・想像はしたくないけれども職業柄そう想像してしまいます。w

そういえば、こういう大食い番組の初期の頃に登場し、驚きを持って迎えられた赤阪というおばさんが居たと思うんですけど、アノおばさんはどこに消えたのでしょうか?<-調べてみたら今ではすっかり普通の方になって居るようで、今現在66歳みたいです。大食いもやはり年には勝てないのかな?

2021年9月9日木曜日

ファイザーの新型コロナ・ワクチン接種のアレルギー対策

細かいカウントはしていませんが、ワクチン接種を全て管理している秘書さんによると私自身のファイザーワクチンの接種回数は2000人分(2回接種を1人分として)を超えたそうです。

接種するときは常に軽い緊張感を持っています。それは勿論「予期せぬリアクション」の発生に備える為です。常に最悪の事態に備えておくのが私の仕事ですのでこれはマストです。ワクチン接種「だけ」ならきちんと教示すれば看護師さんでもドラッグ・ストアの薬剤師さんでも「打てる」のは間違いありません。

しかし、1,000人に1人だろうと100,000人に1人だろうと”もしも”のときに備えている人間が後ろで備えていればこそ!というのが大切なことで、接種という行為を行う人間のみを増やしても問題は半分しか解決しないわけです。

私の病院では万一の時用の担送ストレッチャー二台と緊急対応用の種々の注射や点滴のセットを5人分ほど詰め合わせたパッケージを2セット前もって準備して接種行為に入ります。幸いにして今までにこのセットを使ったことは一回ありましたが、それは以前書いたようにアナフィラキシーというよりも心因性反応の人に「万一のときのための輸液ライン確保」のためだけにルートを採った一回きりです。

さて、今回せっかくアレルギー対策のことを書いたので、イスラエルで行われた研究が載った論文のことを書いておきます。

皆さんの中にも何らかの形でアレルギーを持った人がいると思いますが、そのういった人達の中でも「アレルギーに対して過去の病歴などをもつ8102人の人の中から、もっともリスクの高い人々429人」が選び出され、今回ファイザーのワクチンを打った時に果たしてそのリスクが無い、もしくは低いと思われる人達と比べて差があるのか無いのか?という我々医師も知りたい質問に答えたものとなっています。

結果はどうだったかというと、今回のサンプル429名のうち一回目のショットでは6例に軽度の、そして3名にアナフィラキシーが発生しました。では2回目はと言うと(通常2回目のほうが普通の人でも頭痛や腕の痛み体の怠さなどの副反応(≠ショック)の頻度はグッと上昇しますが)[調査期間中に]218例(50.8%)が2回目のBNT162b2ワクチン接種をされて、214例にはアレルギー反応がなく、4例で軽度のアレルギー反応がみられています。他の即時型・遅延型アレルギーの発現状況についてはアレルギー性が高い患者群を一般集団と比較しても同等だったとのことでした。(遅延性のかゆみや発疹の発症は除外。)

で、結論はと言うと
The rate of allergic reactions to BNT162b2 vaccine, is higher among patients with allergies, particularly among a subgroup with a history of high-risk allergies. This study suggests that most patients with a history of allergic diseases and, particularly, highly allergic patients can be safely immunized by using an algorithm that can be implemented in different medical facilities and includes a referral center, a risk assessment questionnaire, and a setting for immunization under medical supervision of highly allergic patients. Further studies are required to define more specific risk factors for allergic reactions to the BNT162b2 vaccine.
となっており、実際にアレルギーのリスクのヒストリーの無い人と比べて高いアレルギー反応がでるけれども正しく事前のリスク・アセスメントを行い評価用アルゴリズムを当てはめることで安全に接種できると書いてありますね。

まあ、429人中3人にアナフィラキシーというのはやはり高いですね。選り抜かれたリスクファクターの持ち主を選んで打つとそうなるんだろうなというのはやっぱり予想通りですが、それがカプセルであるPEG(ポリエチレングリコール)などに対するものなのかそれ以外の要素がるのかなどかは未だ詳細な研究が待たれますよね。

さてさて、三回目のブースト・ショットは来るのか?そして来るなら何時なのか?

事態は流動的です。

2021年9月8日水曜日

新型コロナに感染した職員さんが戻ってまいりました!

以前このブログで「悪いけど・・・同情できない」で書いた方が復職してまいりました!

今朝の時点で発症後2週間経過しましたが、試しに行ったPCRでは未だ陽性。そこで通常のように、そして保健所の指導通りに(=厚労省の通達通りという事)抗原検査をしたところ、これは見事に陰性。この場合ウイルス量は通常の感染に必要な量である10の4乗のparticleがサンプル内に無いということを間接的に示唆していると言います。

このラインになると仕事復帰は可能なんですが、彼が今朝検査用のコンテナ・ユニットの横に車を横付けして検査を待っていたので、彼に「お帰り。大変やったね。」と話しかけると、彼の口からは今回の感染後の話が滝のように流れ出して止まりませんでした。

最初にオカシイと感じたのは「水が甘い。抹茶まで妙に甘い。」という事だったそうです。その水の甘さに関する異常は凡そ1-2日で消失したそうなんですが、その後はその後で大変で食べるものの「味覚」が本当に驚くほど消失してしまったそうで、味を感じようとしても名古屋のコテコテの味噌カツ系のタレ「食べてミソ、つけてミソ」をグリグリに塗りまくってやっとそれらしい味がうっすらと判る感じしかしないとの事で、食欲が湧かなくなった影響でもともと痩せていた彼が、更に2キロ以上体重が減ってしまったそうです。

しかも、本人は保健所からは軽症と言う分類に入れられていたそうで、当然のように自宅待機です。ところが家で待っている間は本当に呼吸も辛く熱が上がったり下がったりといった状態だったそうです。彼曰く「罹っても絶対楽勝楽勝。若いし死にはしないと思ってました。だけど、実際にかかったらマジで洒落になりませんでしたよ。辛くて辛くて、ワクチン打たなかったことを死ぬほど後悔しました。」とのことでした。

その後、直ちにワクチン接種を希望したようなのですが、在宅医からは「今は十分の抗体量があるから、ワクチンを打つのはもう少し待って。今打っても余計な反応ばっかり出るリスクのほうが高いから。」と言われたそうです。私も彼に「普通に一回目のショットを後2ヶ月は待っても十分だよ。」と言うと「先生からもそう言われました。」とのことでした。

あれほどワクチン・ショットに懐疑的だった彼が宗旨替えレベルで意見を変えてしまったことには驚きましたが、それ程までに本当に苦しんだろうなと強く感じました。

こうなった彼を見た後は「同情」の感覚が溢れてきました。本当に大変だったんだな・・・と。こんなに若く強い彼でさえ苦しんだのかと・・・。

新型コロナ。やはり人類の敵です。


2021年9月7日火曜日

認知症の婆ちゃんのリクエスト

病棟に入院しているお婆ちゃんからあるリクエストがありました。

お婆ちゃん自身の全くの個人的なリクエストで、普通の人なら直接主治医である私にはこんな事は言ってこないと思うのですが、そこは少し認知が入っているお婆ちゃん。全く遠慮がありません。お願いというよりもほぼ命令。w

車椅子を自分でコキコキと押してナース・ステーションの中にある机で書類を作成していた私を目ざとく見つけて一言。「先生!川上屋の栗きんとん買ってきて。お金あげるから買ってきて。今の時期が一番栗が美味しいから食べたい。」
川上屋と言うお店は東海地方に住んでいれば誰でも知っている栗菓子の有名店です。この話、実は以前私自身の受け持っていた精神科の患者さんのお兄さんが栗農家であった事から直接その商取引のお話を学びました。その事はブログにも書いています

さて、栗菓子に関してはもう一つ有名なお店があってそれは「すや」です。すやのほうが180年ほど創業が古いのですが、同じ様に栗きんとんも売っております。どちらも岐阜の中津川。すやと川上屋のことに関しては詳しく書かれたサイトが有りましたので、リンクを張っておきます。わかりやすい解説ですね~!

さてさて、本当にお婆ちゃんの思念が通じたのか奇跡が起きました。
ある方が私に「たまたま」本当にたまたまなのですが、季節の贈り物として栗シリーズの種々のお菓子(川上屋製!)ををどっさりと下さったのでした。

という訳で、明日はこっそりお婆ちゃんに「栗きんとん」と「嬉しの菓」というのを持っていってあげようと思います。

こっそりですが。(コンプライアンス的には非常に怒られそうですが、家族のいないお婆ちゃんに少しでも喜んでいただきましょう。)


2021年9月6日月曜日

看護師さん達が可哀想

結局、我々の病棟にコロナ陽性の人間が登場して誤って仕事をしたことから病棟の業務体制がガラリと変わってしまいました。

当然の様に病棟は赤・黄・緑のテープでゾーニングされ、垂れ幕や換気システム、衝立(ついたて)等があちこちに設えてあります。一番大変なのは病棟で仕事をする時にプラスチック・ウェアを着て仕事をすること。本当に10分で大汗をかいて、30分も着ているとお尻の方にまで汗が落ちてくるほど。私がイケメンなら水も滴る良い男なのでしょうが、ただのオッサンですから質が悪い。

更に可哀想なのはお風呂担当のヘルパーさんと看護師さん達です。サウナ風呂もかくやという感じで、滝のような汗をかきながら一日の仕事の後にはまさに「脱水」と言う感じになっています。若い看護師さんや二十歳過ぎの男子ヘルパーさんでさえも疲弊しています。

もう一つ可哀想なのは日勤者は毎朝、そして夜勤者は夕刻の出勤時に鼻咽頭をサンプラーでグリグリされて毎回抗原検査です。この方策は厚労省からの最新の通達の一つで、濃厚接触者が入ってしまった病棟では少なくともその人間が最後にその場を離れた日から14日間は、症状があろうとなかろうと毎回抗原検査をしなさいというものです。これはどういうことかと言うと実際には現場で働く医療従事者をその現場に留め置くための苦肉の策。

実際のところ濃厚接触者が来たと言うだけで、居合わせた職員全員を職場に来させなくなってしまったら日本中の病院の機能が直ちに麻痺してしまいます。そこで考えられたのがこの代替案なのですが、毎日来ている師長さんなんかはこれで毎日やられているわけでなかなか大変そうです。

後九日間、誰にも陽性者が出ずに済めばそれで終了ですが、果たしてどうなるやら。一切気が抜けない緊張の日々が続きます。最後の日は全員PCRになる予定です。


2021年9月5日日曜日

豊橋・道の駅

豊橋の道の駅に行ってまいりました。

嫁さんがつけっぱなしにしてそのまま風呂に入っていた時に画面に登場したのは道の駅「豊橋」の案内。いろいろなものが広い市場の中に所狭しと並べられ、近所の農家の人々が持ち寄った種々の新鮮野菜や現地の名産品が沢山リーズナブルな値段で並べられていました。

私自身はこの「道の駅」というシステムに関してよく知りません。そもそも私達家族がアメリカに行く頃には本格的に道の駅が整備され始めて5年ほど経った頃で、その頃は大学院で朝から晩まで実験漬けの日々で家族サービスもあまりしていない頃。何にもサービスできないまま、日本の楽しみも知らないままにアメリカに渡っていった我々にとって道の駅というものの成長と充実ぶりは浦島太郎的なものでして、一般道にこんな感じで素敵な常設ステーションが出来て人が集い、地域の産業振興に貢献しているのは素晴らしいことだと心から思うのでした。

さて、この番組なんだったかは忘れたのですが、とりあえずは私の脳裏に強い印象を残すという意味では大成功です。今回も当直明けに家族三人で11時頃に出発。一時間半まではかからない旅程でしたが、豊橋の方へは何らかの目的を持って近づいたのは人生で初めてでした。

お隣の蒲郡へは竹島水族館や竹島へ行く目的を持って行ったことがあったのですが、それ以外はこちら方面へ近づいたこともありません。
市内までのアプローチは高速経由で猛烈に簡便で素晴らしいのですが、そこからがイケないのが豊橋だと思い知りました。市内の目抜き通りは未だ良いのですが、そこから少しでも外れると区画整理などとは全く無縁の昔の道をそのまま舗装しました風の道がだーっと延びていて、片道一車線しか無いせいで右折車、左折車がある度に車の進行が止まってしまいます。

道脇には銀行、焼肉屋、パチンコ屋などがずらりと並ぶ感じで名古屋界隈で言えば瀬戸そっくりです。とにかくこの郊外の渋滞を抜けたところにテレビで見たまんまの道の駅「豊橋」がありました。駐車場はほぼ満杯。

中に入ると沢山の野菜がてんこ盛り、更には地域の自慢の特産品や名物も所狭しと並べられていました。標準的な野菜の値段を知らない私は、嫁さんに「どう?安い?」と聞くと「安いものは安い。普通の値段のもある。」と言う返事。

それでも、いつもお世話になっている方などへのお土産などを考えて居るうちについつい買い込んでしまいました。

長居は無用です。お昼をここで済ませて帰ることにしました。食事のコーナーは市場とは別館で隣りにありました。
みんなが家族ごとに距離をとって居るのはコロナ時代の特徴ですね。
注文したのは豊橋カレーうどん!
名物のちくわがでかすぎて食べづらかったのですが、
地元の名産「うずら」が美味かったので合格。
名物のチャオのスパゲッティ・セットやピレーネを買い込みました。
上のボンとらやのピレーネ、エリアや人によって本当にいろいろな名前があるようなんですが、とりあえず寺屋のピレーネは上のものでした。東海テレビで特集されていますのでここを見てみてください。面白いですよ。

家に帰る前にお世話になっている方のお家へそれらを持っていき手渡し。その後は家に帰っても腹がくちてしまって、とても夕食を食べる余裕もなく思わず2時間ほど寝てしまいました。

美味いものを買う・食べる為に本当は県外を訪ねたいところですが、今の時期はそれは止めているのが残念です。

2021年9月4日土曜日

本当のお金持ち

物凄い資産家というのをアメリカでは身近に感じる機会がたくさんありました。

しかし、そういう人達の生活は遠くから見るだけで、実際に私のような貧乏人が「交わる機会」というものは全くありませんでしたが、娘達が幼い頃にそう行った人々の娘さんの誕生会に呼ばれた時にその一端というものをほんの一瞬だけ垣間見たことはありますが。やっぱりエグいですね。

それはそれは羨ましくも何とも無いほど遠~い世界に住んでいる人達でしたが、そういう人達であっても恐らく幸せとは言えないような状況にあることはいろいろと耳に入ってくる周りのお話で何となく「人生を楽しむのは金だけでは難しいもんですな~」と思った記憶があります。

日本で言うところの富裕層は持っている資産が1億以上の種々の資産を持っている人達なのでしょうが、アメリカではそんなのは数の中にも入れてもらえないというのは間違いない事で、彼らの持っている資産はそれこそ飛び抜けていて、いわゆる富裕層というところまでワープしている状況。

まさに持っている「総てのモノを数え上げられるうちは金持ちとは言わない」というポール・ゲッティのようなファミリーが腐るほど居るわけです。金が金を産み、いくら使ってるかもいくら持ってるかも全く意識しなくて良い状況と言うべきで、何れにしてもアメリカらしい極端さを持っているところが良いですね。

それからすると、税制や産業構造等の違いも含めあらゆるものが精々ファミリーの総資産が100億程度というのが一つの壁なんじゃないでしょうかね?でも、その多くは育てた株式未公開の会社という感じで「頑張ってここまで来ました!」という人達。やっぱりアメリカと比べると桁が一つ足りませんそしてその数も。一兆円を超える人達は日本には5人いませんが、アメリカでは1000億以上から数えるとそれこそ・・・と言う話。

大金持ちがたくさん生まれてその人達が金を落としたい社会福祉に「前澤友作的に」集中的にばらまいて貰うというのもなかなか魅力的なのですが、金持ちの多くは「いづるを制す」からこそ金持ちになったような人間が多くて、なかなか稲森さんや本田宗一郎のように生きてるうちにバンバン自分の資産を削って社会貢献なんて言うようには出来ないようです。

金はあっても哲学が無いとやっぱり周りには良い影響は及ぼさないようで、難しいもんですね。老後2000万問題とかいうのが我々庶民にとっては本当に心配のネタな訳ですけど、深刻な病気になればそんなお金などアッという間に消し飛ぶわけでして、安心する時間など無いのが我々の日常。

それでも、「金より健康の価値のほうが絶対上位」というのが私の中では変わらぬ信条です。あとはチャップリンのように日々の暮らしを支えるそれとなく支える「ちょっとしたお金」が日常にあれば良いかな~等と思いつつそのか細い支えさえもこの歳になって「無い」事に呆れる自分です。

それにしても、使い切れない金を溜め込むだけ溜め込んで外にも出さない一族って一体何が人生の目的なんでしょうかね。まあ、俺には自分の一生ではこれまでもこれからも関係無いし、考えるだけ無駄ですな。w

「本当のお金持ち」というのは考えれば考えるほど一体何なんだろうと思う、金融資産とは無縁の私でした。娘達にも俺の貧乏は遺伝するのだろうか???

2021年9月3日金曜日

一難去ってまた一難

「勘弁してくれ!」とコロナウイルスに言いたい毎日です。

今度は私が病棟長を勤めるある病棟に新型コロナ対応病棟としてのセットアップを行わなければならない事態が発生しました。どこの病院であっても、院内に勤める医師、看護師、技師、薬剤師、事務員等大量の職種が混在する状況で、最近はその誰もがコロナ感染のリスクに晒されていますが、今回やはりワクチンを打っていなかった(打てていなかった)ヘルパーさんの一人から新型コロナが検出されました。

どういう状況だったかと言うと話はシンプルで、ヘルパーさんには弟さんが居られて前日に既にコロナ陽性と判定されていたとのこと。実はこのヘルパーさんその日はその事実を知らずに勤務していて勤務中に妙に体が疲れるのと喉が痛いとは感じていたのだそうです。この弟さんとは同居はしていないのですが、実は接点が。

このヘルパーさんと同居しているお母さんは同居はしていないけれども、自分の息子であるこのヘルパーさんの弟さんを毎朝自分の車で職場に送ってあげていたとのこと。恐らくは息子さんが職場や友人経由等の経路で感染していたのでしょう。

昨日の時点で保健所から連絡があり、濃厚接触者として指定を受けたこのお母さんは心配になってヘルパーである娘さんと一緒に勤めている当院に設置されている新型コロナの感染検査棟に朝方やって来て保健所の指示に従って検査を受けたという訳。幸いにして少なくとも今朝の時点ではお母さんは陰性だったので二週間は経過観察するという状況でこれから一週間後に再度PCRで検査と言うことで落ち着きました。(勿論、今のPCR陰性であることは非感染ということを何も担保しません!)

こういう事は致し方ありません。ところが問題はここから。何と、今朝PCR検査を受けたお母さんと同居している「前日から体調が悪い」と言う娘さんが私の病棟に今朝もやって来てたった今、仕事を開始するために朝礼に参加しているというのです・・・。

私は、お母さんが病院に検査に来た時点で既に「この娘さんのPCR検査をやりましょう。」というオファーを出すつもりだったのですが、逆に何と!その娘さんが病院に来て仕事を始めようとしているという驚愕の事実をお母さんの口から聞いた瞬間に(お母さんには素振りも見せませんでしたが)衝撃で顎が床に付きそうになりました。

その瞬間に院内PHSの短縮ボタンをヒットし、自分の病棟の師長を呼び出し直ちにその娘さんであるヘルパーさんを室外に出して検査室へ誘導するように要請して抗原検査を行ったところサンプルを滴下して数秒で陽性のバンドを検出。悪い予感がどっかり当たってしまいました。orz

すぐにルーチンワークとしての検査を全看護師に実施。有熱者である患者さんも全てに実施させて頂き全員がその時点では陰性であることを確認しましたが、これから2週間は私自身は生きた心地もしません。

体調に異変がある時に何故来る?体調に異変がある時に何故言わない?(?_?)

感染してしまう事、これは仕方ありません。しかし、首から上に脳味噌という臓器がついているならば、そういうリスクを想像することは出来ませんか?と私は言いたい。ワクチンを打っていれば、そしてセカンドショットから2週間以降でかつ半年以内程度であれば私はマスク着用での行動はある程度は許容するという考えの持ち主です。しかし、ワクチンも打たずに身体症状が出ているような人がそんなアクションを起こした事実に、理性と言うか「人間としての思考回路の不在」を強く嘆かざるを得ないのでした。怒りはありませんが呆れました。

今日はその瞬間から私の勤める病棟はコロナ陽性病棟としてのハンドリングを開始し、膨大な手間が発生することになりました。全くもって他山の石どころではありません。

危険因子はコロナだけでなく、人の行動の愚かさもデカイと改めて考えさせられました。


2021年9月2日木曜日

新型コロナの火はまさに自分の足下に・・・

どんなに手を打っても寄せては返す波のように新型コロナが近寄ってきます。

今日もある病棟のヘルパーさんが同居しているお婆さんが新型コロナ陽性となったとのことで、その方と同居していたそのヘルパーさんは保健所から濃厚接触者認定。その方が勤務していた時間帯にシンクロしていた方々を中心に全ての職種の人達にまずは抗原検査。取りあえずは全員陰性とは出ましたが、この段階では全く安心できません。

感染のソースとの濃厚接触を疑われたヘルパーさん自身には保健所からの要請でPCR検査。取りあえずはこの方がPCRで陰性だと判ると例え感染していても検出可能な抗原量はそれほど多くなかった可能性が高くなりますし、その上で再度一週間後にPCRを行っていくというアプローチを行うとともに、「その間」もその病棟に関わった人間と入院中の患者さん達は厳重なサーベイ下に置かれるとともに、入退院がフリーズされます。

勿論、退院希望者にはPCR検査を経た上で退院していただくことも可能ですが、通常2週間の経過期間を経て誰も要請とならなかった病棟からの転出者でなければお互いの病院間で患者さんたちを移送したりすることは無いのが新型コロナ後の「少なくともここ近隣」の病院界隈の医療事情です。

大きな問題はそこに留まりません。一部、ほんの数%いる未接種者が病棟に居ることで、他のワクチン接種済みの人の中でその人達が「火種」になって病棟の未接種、もしくは体力が低下している入院してきたばかりの患者さん達にとっては脅威そのものなのです。

やっぱり申し訳ないけど、医療関係者で患者さんと接する可能性のあるディビジョンに勤める人達は全員法的にそういった接種をMUSTにしていただきたい。フランス式?で、ワクチン接種しない医療人は罰金と仕事の禁止みたいなアイデアが出てくることもあるかとは思うのですが、実際には本家のフランスでも反対の声が大きいこともあってなかなか実現は難しいでしょうが!ただし、あの個人主義の国といわれるフランス国民の半数以上がワクチン接種の義務化に賛成と言いますので、これからの動向が世界から注視されることになるでしょう。

いろいろこれからも起きそうですが、もとより行っていたシミュレーションを毎回具体化させて対応するのみです!


2021年9月1日水曜日

遺産相続

何だかエグいタイトルですが、私の基本方針は「児孫のために美田を買わず」です。

当然のように私自身も親からの金銭・遺産というものも全く期待していません。(尤も私の両親には田舎の家しかありませんが!w) 基本的に人から白い目で見られるような方法でも取らない限り、日本の税法では三代でスッカラカンになるように出来ている等と言いますが、実際のところはどうなんでしょう。

Bill Gatesなんかは自分の子供達に1人あたり10億円($10M)だったかな?その程度の金銭しか残さないとか言ってましたが、まあ、それでも庶民には殆ど冗談のような金額ですけどね。「どんなに金を貯めていてもあの世には持っていけない」というのは水が高いところから低いところへ流れるという現象と同じほど確かなことで、人が識る常識の中でも数少ない確実なものの一つでしょうな~。

私の場合、両親から恐らくほぼゼロの預金通帳を引き継ぐことになるのと、今や誰も住まないであろう田舎の造成団地の築30年超えの「綺麗ではあるけれど古い家」を譲られる可能性しかありません。本音を言うとそれも全くもって要らない!と言いたいのですが、税務処理という意味では何らかの処分をしないといけないでしょうから、先行きもそう長くもない私をすっ飛ばして私の子供にそのまま譲ってもらったり、二束三文で売り払って両親達の老後の経費として使い切ってから逝ってもらいたいなと言う考えもあります。

自分で稼いだものはサラッと自分の生きている間に使い切ればいいなと思うんです。本田宗一郎式です。そもそも、子育てというのは自分の脚で立って自分の力で人生を切り拓くだけの力を持った人間を育てることが最終目標。親が敷いたレールを使うと楽だし(人によっては一見すると)先にもよく進むのでしょうが、単純にそれは私の好みではありません。w

さて、最近になって遺産相続の話が気になった理由はシンプルで、親父の誕生日に再度接して「そろそろリアルな話になってくる可能性が高いな~。」と感じたからでした。生きていても認知症だと種々の個人資産の移動に関する承認も敷居がぐんと高くなるでしょうし、銀行口座も凍結されて大変な目に遭うことになるという専らの噂。

コロナで田舎との行き来も全く無くなってしまっていますが、想い出だけを残してモノ自身はごく少数の思い出深いものを除いて綺麗サッパリ破棄してしまうという事が大事かなと考える自分です。

多くのアメリカ人のようにアレヤコレヤのがらくたを必死になって溜め込むのに忙しい状態のまま人生の最後を迎えるというのも何だかな・・・と考えてしまうのです。恐らく、人生の最後の最後には自分にとって最も大事なものは自分の残した遺伝子もしくは成し遂げた仕事のみだろうなとしか思えません。

後は生きている間に全て家族や友人、仕事仲間との間で共有された多くの時間が人生の想い出として最晩年に残ればそれで資産としては十分でしょう。そしてそれ自体もそれを覚えてくれている人々が皆いなくなったところで、私の人生に関連した全ては綺麗に土に還るのだと思っています。

遺産相続での骨肉の争いとか私には想像の枠の外の話。100億の遺産でも、それで兄弟が揉めるようなら一切権利放棄したほうがよっぽど上等で、そんな金は呉れてやれば良いのです。死んだ人間の金を巡ってみっともない争いなど男の美学に悖る話です。

私が真剣に考えるのは、自分が死んだ後の嫁さんが贅沢をしなければ生きていけるだけの小銭と我々という親がいなくなった後に残される自閉症の息子が死ぬまでの間、きちんと三度三度の御飯が死ぬまで一生屋根のついた部屋の下で暮らせるシステムを残してやることだけです。