2022年10月31日月曜日

上には上がいる!

昨日は家から「自分にとっては」長い距離を歩いたことを書きましたが、病院でその話をチラッとしたところ、世の中には規格外の人間が意外と身近にも居る事を知り冗談抜きで腰を抜かしてしまいました。

私の知っている看護師さんの御主人に「ごく最近」なられたその方はフルマラソンでsub3 runnerと呼ばれる、一般人から見れば「モンスター」らしいのですが、その方の話が出てきました。

sub3と呼ばれる三時間を切ってフルマラソンを走れる人がどれほど凄いのかと言うのがネット上では数字としてきちんとあらわれています。実際に一流の選手も混ざって走る多くのフルマラソンの記録を見てみると、男性の走者記録総数296547人中9724人で、3.12%。女性では79360人中302人でわずかに0.38%。勿論、フルマラソンに出場しようとする人達自体が普通の運動をしない多くの人たちに比べれば十分に鍛えられている訳ですから、その人達ですらこれほどに難しいという話。(況や2時間ちょっとで走る超一流の選手達というのは努力と才能の塊。一体あの人達の肺と心臓はどうなっているのでしょうか。)

そう考えるとその3.12%に属している御主人さんは実際には普通ではない、選びぬかれた凄い人!であることは間違いないわけです。そもそもごく普通のサラリーマンだそうで、週末は所属するランニング・クラブで皆と一緒に走るような人なんだそうです。(そもそも奥様とはそこで出会われた方らしいのですが。)

さて、その方の走りっぷりが凄い!例えばある日の夕方家に帰り着くと着替えて長久手と言うジブリパークのある街から15キロ先の名古屋駅まで走るんだそうです。そして、そこからリターンして長久手へ戻ってくるとのことで、それだけで往復は既に30キロ。ところがこれでは終わりません!

長久手の街からさらに今度は西へ走り出して32キロ先にある紅葉の名所「香嵐渓」という物凄いど田舎まで走っていくのだそうです。そして今度はそこから戻ってきて家までの32キロを走り切るともう夜の12時を当然のごとく「遥かに」回っているらしいのですが、家の玄関にドターっと倒れ込んでしまうんだそうです。

単純に足し算しただけで94キロ…。しかも香嵐渓に向かう道は基本的に多くは上り坂だったはず。正直に私の感想を言わせてもらうと「オカシイ」です。w
体に健康どころか絶対に体に悪いと思うんですよね。心臓と脚に物凄い負担をかけてそうなんですが、この修行僧のような御主人にはもう何も言いますまい。^^

こんな凄い人の話を聞かされた後では、私の20キロ弱の徒歩コースなどまるで庭先の散歩レベルにしか感じません。当然ですが、身近にも上には上が居るもんですね。御見逸れ致しました。


2022年10月30日日曜日

遂に豊田市まで歩いた!

前回のチャレンジ中に別の病院の患者さんがお亡くなりになったために死亡確認に向かったことで一旦延期になっていたリニモ八草駅までの往復散歩。

今回は朝ゆっくりと起きた後、10時半頃から散歩開始。グリーン・ロードを藤が丘駅近傍の私の家からスタートし、思った以上に意外と起伏の多い道を目的地に向かってあるきはじめました。寒くもなく暑くもない、陽射しもそれほど強くない素晴らしい日曜日でした。

首周りにしっかりタオルを巻いてのオジサン・スタイルでしたが、もっとも楽に歩けるのがこれですから致し方ありません。今回は帽子は被らず少しだけ汗を掻く感覚で歩き続けます。右膝がほんの少しだけ痛かったのですが、歩いているうちにそれも消えていきました。

アピタを超え、イオンモール長久手を超え、トヨタ博物館を超えていきます。住宅展示場を超えて次第にジブリ・パーク(モリコロ・パーク)の大観覧車が近づいてきます。IKEAの前を通って少しきつめの上り坂を登るともうそこはいつも頻回に我が家の犬の散歩をさせるモリコロ。

脇に最近新しく「大量に」造られた駐車場が有るのですが、なんと開園は11月1日で2日先であるにも拘らず既に駐車場はの文字が点灯しています。内心「これは開園したら大渋滞間違いないな~」と確信させるに十分な混み具合でした。これは暫くはペットの散歩も行かないほうが良いなと思いました。無論ペットの移動はリニモは使えませんから「行けない」事になります。

モリコロパークから更に淡々と歩いていくと陶磁器博物館の南へ、そして遂に終点八草駅が見えてきました。八草駅野分を通り過ぎると普通にそのまま東へ向かっていく歩道は残念ながら途切れてしまいます。歩道の終わったところで左に降りていく階段があり、そこをぐるりとまわって更に戻っていく道を…と探すと有りません。w
そこで、トヨタの田んぼの中を暫くウロウロとあるいたあと(<この時点で完全に不審人物)、遠くに見える八草駅にゆっくり歌を歌いながら近づいていきました。

駅でポケモンのステーションをいくつか回した後、少しだけ疲れを感じる足を動かし始めてまた来た道を戻り始めました。上り坂で少し座って持ってきたボトルの麦茶を飲んでいるといま来たばかりの後ろの方からサイレンのヒュ~と言う音が一発聞こえました。「ナニナニ?」と思って後ろを見ると白バイに先導されたトヨタのエスティマがしょぼしょぼと付いてきていました。

それを見て見ぬふりしながら再び来た道を淡々と戻っていきました。帰りはやはり脚が疲れていたんですが、全て知った景色。比較的スイスイと帰ってくることが出来ました。それでも往復ではほぼ4時間。合計19キロのコースとなりました。しかし、フル・マラソンでこの倍以上の距離を2時間ちょっとで帰ってくる人達ってどう考えても人間じゃないですね。

家に帰り着いた頃には流石に疲れました。しかし、この後、一旦一日どこにも行かず退屈した息子を外出に連れていかなければなりませんでしたので、今度は車に乗せてアピタに連れて行って一緒に息子の好きなマックを注文して食べました。

息子のハッピー・フェイスを見ながらちょっとだけ二人で店内を廻り、息子向けの季節の服をあれこれ着合わせしてみました。2フロアを廻った後、一着だけ買ってアピタを後にしました。

店内で大の男二人が手を繋いで歩いているとちょっとアレな感じの目線を投げかけられることも有るのですが、私たちは慣れたもの。何時も手をつないでブラブラと楽しそうに歩けることが愉しみでなりません。人の目など気にしない!大事なことです。^^


2022年10月29日土曜日

馬鹿であることを繰り返し証明し続ける俺

また私らしい間違いをやらかしてしまいました。

産業医講習会のつもりで、間違って感染症専門医の講義に土曜日の午後の大事な時間を使ってしまいました。

愛知県医師会館で行われたのは「感染症および結核講習会」というもので、古来から存在して未だに大問題であり続ける結核や、話題のサル痘やSFTSの話が2人のそれぞれのエリアの専門家により2時間にわたって講義されました。最初から最後までずっと寝ることもなく興味深いお話を聞いておりました。当然のことですが、話の中には知っていたことや知らなかったこと種々あるものの、全体として「聞いて良かった~」と思えるものでした。

今のところ我々人間が全世界のサンプルから集めて「恐らくこれくらいは最低でも存在する」と思われるウイルスの種類はなんと170万種類以上とのこと。その中から人畜共通感染症として常に波状攻撃のように人と接触する動物から色々な病がやってくるのですから大変です。

よく知られている例ではHIV等も「もともとは」動物から来たウイルスの変異ですし、新型コロナウイルスなどもその例に漏れません。結局のところ今後も「間違いなく」新型のXウイルスはこれから何度も我々人類に災厄をもたらし続けるでしょう。

さて、全ての講習が終わって何時ものように出口で産業医講習会の終了のスティッカーを貰おうとしたところ…「今日のは専門医講習ですので、こちらの紙を感染症学会などに返送してください」と言われて思わず苦笑い。そうです、今日のは専門医の単位のみで産業医の単位は発行されないものだったのです。まあ、大変為になったので問題はないのですが。

それにしても、今日の講習会に行くにあたって、すれ違いで外から帰ってきた娘に外の天気を聞いたところ「歩くと暑くて汗が出る!」との返事でしたので、半袖で外に出ていったのでした。ところが講義が終わって外に出てみると風ビュービュー。もちろん皆さん長袖でコートなどを羽織っており半袖は数千人の歩行者の中で私だけでした。w

良くある日本の中の「アメリカ人」状態になってしまいましたとさ。

夜9時半には長崎から帰ってきた嫁さんと息子をセントレアで無事にピックアップして家まで戻りました。これで明日からはまた家に日常が戻ります。






2022年10月28日金曜日

犬と次女と私

何だか少し前の歌の歌詞に似たようなものがあったような記憶がありますが、一切関係ありません。

嫁さんと息子が長崎に帰って行っている間は次女がバイトを休んで家でずっと老犬の世話をしていますので、私が家に帰らないことには次女は食材を買いに出ることも出来ません。

我が家のヨーキーは本当にもうヨロヨロで、立ち上がるにも全力、歩き廻るときも殆んど目が見えてないこともあり、歩く度にあちらの壁にゴツン、こちらの壁にゴツンとぶつかる次第。部屋の奥の方などに行ってしまうと自分で戻る方角が解らないので、同じところをグルグルグルグルと廻った挙げ句、その場でオシッコを漏らしてしまったりします。家中にシートが敷いてありますし、オシッコを漏らす度に次女が出動してクリーンアップしておりますが、私ももうこの目が見えないことに由来する失禁に関しては「ご自由に」と言う感じで自然の流れに任せています。

結局、家では嫁さんの居ないこの瞬間は、私と次女とで洗濯とごみ捨てを何となく自然に分担するとともに、風呂場の掃除や家の掃除を勝手にしあってます。私にとってどうしても我慢ならないのは毎度のことながら次女の抜け毛。髪の毛が「いつでもどこにでも」落ちていることは驚くべきレベルです。本当にライオンのように髪が多くて直ぐに伸びてびっくりです。髪の伸びる速度が異様に早そう。w

今回の嫁さん達の急な帰郷を知った名古屋の母に当たる方が我々の為に3日にわたって超高級な夜食の差し入れをしてくださり「本当に、心の底から」助かりました。

明日は嫁さんと次女が名古屋に戻ってきます。やっといつもの普通の生活が戻ってきます。


2022年10月27日木曜日

叔母まで亡くなった

悲しい知らせは時に続くのでしょうか。

以前から、と言っても10年ほど前から抗がん剤で乳癌と戦っていた宮崎の叔母が亡くなりました。既に数ヶ月前から、看護師をしている私の従妹経由でその母親たる叔母さんの現在の様子の報告が流れてきていましたので、余り状態が良くないのは薄々解っていたのですがよりによって義父の逝去から二日後に連絡が入ってきました。

それぞれの親族での独立事象なので、特に何の相関もないのですがその2つの人物共に生前深く関わっていた私にとってはやはり大きな悲しい出来事でした。二人ともに癌で亡くなるという最後、かつ二人共に十年前後の闘病を経て居たと言う事までそっくり。

叔母は3月ほど前にトルソー症候群という状態を発症しており、頭蓋内の広範な血管で脳梗塞を起こした後に体の動きの麻痺と失語が残ってしまっていました。それでも当然のように感情は残っていて、看護師をしている娘が看病の後に家に帰ろうとすると袖を引っ張るような動きをしたりしていたということ。従妹の看護師はその動きが逆に自分を悲しませたとLINEに書いてきました。

子供たちは三人とも看護職で、病態の理解も現状の把握も十分出来ていた上に私の母の実の弟にあたる叔父(亡くなった叔母の配偶者)もすっかり成人した三人の娘と息子に今回の葬儀は任せっきり。「出来ることはただ叔母の横に居てあげることだけだ」と自ら私に電話をしてきましたが、本当にそれだけで良いと心から思いました。

私の中学の頃からお世話になっていた叔母さん。クリスチャンでしたが、今頃は随分前に亡くなった同じクリスチャンのお婆の元に行って挨拶でもしているんじゃないかと思っています。合掌。



2022年10月26日水曜日

通夜と出棺

LINEで沢山の写真が送られてきました。

通夜の前に髭を剃られ、顔に化粧を施されていく一部始終や、それを眠っている義父の頭の上で私の息子がスティービー・ワンダーのように頭をフリフリその様子を眺めているものでした。

その姿を見ていると、自閉症の息子は恐らく私が死んだ時にも、死の事がよく理解できずに、義父とのビデオに映っているのと全くおんなじ感じで私の死に顔を覗き込んで「バイバイ、バイバイ」とか言ってるんだろうな~と想像すると思わずニヤリと笑ってしまいました。私との別れは逆に湿っぽくなくて、そっちのほうが私自身も100倍良いですね。

綺麗に化粧された義父は顔が小さく見えるものの、本当に目をゆっくりと閉じて寝ているだけにしか見えませんでした。

タイム・スタンプを見る限りでは、葬儀自体は朝の十時から葬儀が始まり、読経が行われた後に少し混んでいる火葬場に出棺されたようで、昼の一時過ぎには火葬も終わったようでした。

葬儀が終わった後での親族での会食のメニューの写真その他がどんどん送られてきました。しかし、葬儀が終わってみると皆がカラッといい顔をしていたのは良かったですね。

これは義父が病気になって大手術を何度も経験し、その度に病状の進行と回復そして今回の化学療法の限界によって保存的に緩和療法に切り替わり、大学病院からホスピスへと移り比較的短い時間で多くの親族に見守られて安らかな最後を迎えられたことで皆が「お別れまでの長い時間」を過ごすことが出来たからだと思っています。

どんな時でも別れは年上から順番に告げていきたいものだと改めて思ったのでした。親しければ親しいほど、自分より若い人間が自分を越していくことにはどんな場合でも本当に耐え難いもの。

死は生物に平等に分け与えられたものですが、その順番は守っていきたいものです。

次に長崎に帰るときには墓参りで葬式に出られなかった親不孝を詫びなければなりません。


2022年10月25日火曜日

息子と嫁さんを長崎へ

昨夜は早く寝ました。

理由は昨日の夜に亡くなった義父のもとに嫁さんと息子を送り出すために早朝に飛行場に送っていかないからでした。幸いにしてチケットは問題なく取れ、かつ息子の障害者割引が効くため大人一人分のチケット代を払うことになります。

息子は朝早く起きることに関しては昔から余り問題のない子でしたので、5時過ぎにはすくっと起き上がりました。家からの出発は6時前で、セントレアには6時半にスムースに到着しました。そして二人はそのまま飛行場の荷物検査場へ直ぐに入っていきました。

私の実の親はまだ「なんとか支え合って」というか、親父がボケ始めた母親をケアすることで独立して生きています。しかし、そのような状況も恐らくそう長くは続かないと覚悟しています。どちらかがより重い状況に陥った時、若しくは突然の終焉を迎えた時には今日の嫁さん以上の慌ただしい対応をする事になるでしょう。私には両親に万一が起きた時にそれを現地で助けてくれる状態にある家族は居りませんので。

今回、義父が亡くなったことで残された義母と私の嫁さんを含む三人の子供達が種々の葬儀その他に絡んだ「初めてのアクション」を取ることになる訳ですが、私もどういう手順で何がどう進んだのかその話をよく聞いておくべき時期に来ていると思っています。

私自身は何時もは病院で亡くなられた患者さんとその患者さんを迎えに来られた御家族の皆さんへの対応はしている訳ですが、そこでお見送りをしてから先の事は実質的に何も知らないのと変わりません。

今日の通夜、明日の葬儀と出棺は今の「家族葬」と言う形態で全てを執り行い全てが終わるまで殆んどの人達にも何も報せぬままで密葬の形態を採るとのことです。カッコ悪い姿を決して他の人に見せることを好まなかったダンディな義父らしい最後の選択だと思いました。


2022年10月24日月曜日

義父の死

夜中の3時過ぎに嫁さんの携帯が鳴って何かを話し始めました。

実は昨日、小幡緑地に家族で散歩に行っていた時に嫁さんの妹からLINEでコールが入り、大学病院から移動した後のホスピス病院から電話が入って「鼻出血がなかなか止まらないのと、血圧が上が60位まで下がっている」とのことで、今から止血剤を使うとの話でした。それが義父にとってどういう事かは容易に推測できたので、自分の病態への推測を義理の妹に説明したところ、当然ですがやはり言葉が沈んだ感じになってしまいました。

そして今日の夜中の死去の電話。

義父と知り合って既に30年以上。五島で生まれ、大阪で若い時期を過ごし、友達とワイワイするのが大好きな人でした。ゴルフはスクラッチ・プレーヤーで朝も暗いうちからよくゴルフに行っていました。セコいことが大嫌いで、どちらかというと宵越しの金は持たん!と言う感覚の持ち主だったと思います。ゴチャゴチャとややこしいことは端から知らんと言うことの多い義父でしたので、私がやっていた基礎研究の話はほぼ一度もしたことがありませんでした。非常に優しいけれど気が短く、すぐに怒るんですが人情に厚く同時に猛烈に涙もろかった義父。義母には濡れ落ち葉と言えるほど「精神的に」依存していました。

内面的には物凄い照れ屋で、こっそりと気前の良いことをしてそれを表に出さない男前でした。いつも我々や孫たちに機会ある毎にいろいろと強引な名目を付けて沢山のお小遣いを配ってくれましたが、今度は私がその役を果たしたいなと密かに思うのでした。

義父は私にも恐らく物凄く言いたいことが色々とあった筈なのに、応援の言葉以外はほぼ全く私に語ることはありませんでした。このダンディズムと忍耐は「もし」私の子供たちに配偶者が出来た時にはコピーしようと思える姿でした。

タバコを吸わなければ恐らくもっともっと健康で長生きしてくれたのではないかと思うと本当に医師としては残念で、喧嘩をしてでも、もっと強くもっと早くから、しつこく「タバコを止めてください」と言うべきであったと今更ながら深く後悔するのでした。

私には嫁さんの本当の胸中を知ることなどとても出来ませんが、三人の子どもたちの中の長女として義父ともっとも長くその人生を共有した立場。義父の最後をどう受け止めたのかを聞くのも野暮かと思うのです。既に義父の子ども達三人とも立派な大人。お義父さんの一生をかけた作品ですので、お義父さんのお見送りも立派にしてくれることでしょう。、


2022年10月23日日曜日

院内で発生する警察沙汰

入院患者数の多い精神科がメインの病院では時に「事件」が発生します。

この時に使う事件という言葉は、本当に患者が起こしてしまう身体的障害・傷害が発生したりしてしまったようなレベルの事件です。相手を威嚇して精神的な傷を与えるようなレベルのインシデント等というのは精神科病棟を日常的に歩き回っている私達医療従事者にとっては特に「なんてこと無い」日常なのですが、時に度を越した言葉での威嚇を行った患者さんが医師や看護師に窘められたりしています。

しかし、大きな問題となるのは警察に報告をしなければならないような、相手若しくは自分の身体に傷がつくような、若しくは傷がつかなくても明らかに暴力を振るったような場合です。

後者の場合、患者さん同士だけではなく、対象が看護師だったり医師だったりする事もあるのですが、怒声を効かせて昔取った杵柄風にその筋の人間だった事を表に出してしまう患者さんも。普段は叱責で終了なのですが、それがあまりに攻撃的であった場合には個室に移動させられたりしているようです。

精神疾患の悪化で様々な幻聴・幻視に悩まされその延長線上として自分や他人を身体的に傷つけてしまうこともあり、その様な時には警察に報告をしなければならない事も起きてしまいます。ただし、駆けつけてきて事情聴取をする方面担当の警察官のほうも大変で、慣れていない人にとっては意味不明のことをずっと興奮して喋り続けるような患者さんを相手に事情聴取を早々に切り上げて、医師・看護サイドに「何があったのかを時系列に説明してください」とか「普段のこの患者さんの様子を教えてください」とか「今現在の治療内容を教えてください」とか言う感じで具体的内容に聴取内容を切り替えてくることが殆んどです。

どんなに眼を配っていても突発的に発生してしまうこの様なインシデント。年に1回から2回程度、暴力沙汰で警察が介入するようなことが発生してしまいます。なかなか完全には止められません。

病院の内でも外でも、社会のサイズが異なるだけで起きるインシデントはそう変わらないようです。

2022年10月22日土曜日

赤い国のプーさん・独裁と個人崇拝強要の長期化決定

お隣の赤い国がどうやら法を曲げてプーさんに独裁三期目を迎えさせる事になるようです。新しい毛沢東が誕生しそうですね。

こういう事態の出現を避けるために数十年前の共産中国では3選禁止を党是としていた筈なのですが、日本共産党を見ても判るようにこういう連中は握った権力を手放すはずがありません。

今回の三選で共青団派は完全退場。己の周りを自分の子分と盟友で固めるという恥も外聞もない、これ以上は無いほどの「あからさま」な保身。スゲーもんです。中国人というのは己に害が及ばないうちは(アジア各国の人間に比較的多い状況ですが)長い物には巻かれろというのが基本的なスタンスですから、横断幕を高速道路に張ったような勇気あるオジサンは別として、腹の中と表に出す態度とは全く別物ですし。

今回の総書記三選目などというインシデントに関する個人的な感想としては「やっぱり共産主義っていうのは個人崇拝がヤバいな。ロシアのこの状況を見た上で、情報をガッチガチに統制・遮断した上に個人崇拝を強要し、更に台湾侵攻を公言するとか、今時どこの時代遅れの帝国主義者?」というものでしたが、世界にはいろいろなモノの見方があるようで、そういうアジア人以外の意見を読むのも面白いものですね。

ウクライナ人のグレンコ・アンドリー氏のtwitterでの意見が面白かったですね。「トップが変わる一党独裁体制は、まだある程度の代謝があって国家幹部の能力は一定のレベルに保つ事ができます。しかし、終身の個人独裁は、いずれ腐敗し、絶対的な権力者は段々現実離れしていきます」「そういう意味で、習近平の終身独裁はいい事です。中共は発展するより、腐敗した方がいいからです」との御意見でしたが、これはこれでナルホドと思えました。

ただし、それに対しては海を挟んで隣に住む我々としては、一旦有事が発生した暁にはアメリカの反応とそれに付き合わざるを得ない日本としてはそういうのんびりとしたことを言っている場合じゃないと言うのが本音。希望としては一日も早くぶっ壊れて欲しいものですが、そう上手く行きはしますまい。

全体主義国家というのはトップの個人の意見一発で右にも左にも動きますから、一旦この権力の亡者が攻撃を決断した後が恐ろしい事になりそうです。

露によるウクライナへの攻撃は無い無い、いくら何でも理屈上全く割に合わないそんな事をプーチンがする筈がないと世界の多くの「評論家」の皆様が言っていましたが、結果は半年前から御覧の通りです。隣人に変なのが居るのは地政学上選べない運命ですが、70年前は立場が逆でしたから、我々もあんまり大声で赤い国を非難できないのが痛いところです。

ヘーゲルが言うように「人間は歴史から何も学ばないということを、歴史から学んだ」という事を時代を変え場所を変え繰り返すだけです。ハイ。


2022年10月21日金曜日

あと5ヶ月で多くの科学者が失業か?

しばらく前からニュースで、断続的ではあるものの大きく報じられている「別の世界」の雇い止め問題。

凡そ3,000人の日本の研究者集団が来年の3月を以て失職しそうです。

自称「選良」を名乗る日本最大のクソ集団である政治家と結託して今日の問題を招いたお役所の皆さんの責任は重大だと思います。科学を専攻した人間達自身が再雇用を保証されるほどの成果を挙げなかったことこそが問題だったなどという事を仰る「評論家」を名乗る外野の皆様の御意見も散見されますが、それは研究の日常を識らない方々。

研究のピークの高さは一般的に裾野の広さに比例するもの。皆が国際学会で受賞するような人間ばかりではなく、研究室で日々論文のネタを仕上げながらベンチ周りを整理整頓し、培養液を調整し、インキュベータのクリーニングに気を回してくれるような縁の下の力持ちも「大量に」必要なのです。

独立行政法人化というそもそも基礎研究にそぐわないシステムの導入を許した過去の国立大学の「今はとっくに引退している」教授陣の失敗から始まり、10年前に予見された来年の大量雇い止めの到来。

こんな風に研究者を遇するようでは、そもそも基礎研究の世界の入り口である大学院博士課程そのものに若手が集まる筈がありません。どんなに優秀な科学者であっても戦の前には飯を食べる人間。

国家が才能を大切にしない国の世界に進出しようとする人間の選択肢は2つ。1つ目は国外に出て、彼等彼女等の才能を高く買って、より優れた研究環境をオファーしてくれるところ(企業も含む)に行くこと。そして2つ目はそもそも最初からこの世界に進出せずにその優秀な頭脳を別の世界に使う事でしょう。目先の利く、いわゆるスマートな秀才達は確率論的にリスクの高い世界は忌避するでしょうから、研究の世界のような一寸先は何があるか判らないような世界にどれだけ夢を見いだせるでしょうか。科学を避けて逸れて行く世界の先にはビジネスも含まれることでしょうから、日本国内における科学研究エリアに進出する人間は益々減ることでしょう。

科学の世界での研究成果は忍耐力も含めた能力と運の積だと私は考えています。優秀な人でも、研究者人生において研究タイトルとすべき飛びつく石を間違えると、それほど大きな出力を得ること無くその人生を終えてしまいますし、指導者を間違えて選ぶことも何時でもあること。それらの選択を行う能力も研究者の能力と言われればそれ迄ですが、最初からそんなものを選ぶ事が出来ない事だって人間普通にあるのです。

年々歳々スピリットのみならず人間までも失っていく日本の科学の世界。資金潤沢なお隣の赤い国の科学者達が産み出す特許(日本からも今までに無断で大量に特許を剽窃していると推定されていますが!)にカネを払い続ける時代もきっと直ぐそこに来ることでしょう。(その為には特許を使うだけの力がある国内企業が生き残っている事がまず大前提ですが!)


2022年10月20日木曜日

仲本工事さん死去の衝撃

工事さんの訃報が流れました。

帰りがけに病院のリハ室で運動をしていた特に、スマホの画面の上の方の小窓が一瞬だけ「仲本工事さん云々」というなにかの緊急速報を流したのが目の端に止まりました。

数日前に、歩行者横断禁止の道路で道を渡っていた仲本さんを轢いてしまった70代のバンのニュースがあったばかりなので、それに関連した緊急速報などというのは通常良く無いものに決まっています。運動する手を止めてその内容を確認すると、残念ながら悪い予想は当たっていました。

急性硬膜外血腫が死因と報じられていたと思うのですが、私個人としてはその衝撃は大きなものでした。私にとっての仲本さんはドリフの体操・運動が得意な渋い脇役という感じ。8時だよ全員集合におけるドリフというのは我々の世代において「笑いの全て」を規定するものでした。

8時にドリフを視て翌日学校でその話で盛り上がり、そのモノマネをする。ドリフの誰かがやった仕草をクラスの中で給食中、特に牛乳を飲んでいる瞬間に再現して牛乳を吹き出させるというのが「攻撃」でした。

歳をとってもニコリと笑っていつもドリフの中で緩衝役のような立ち位置。なにか強い個性を出すような役では有りませんでしたが、仲本工事が居ないと絶対に全体のペース配分が上手く回らないだろうな思わせる重大な存在だったと私は思います。いわゆるグループの「間」を作っていた人物。

ドリフも旧メンバーであった注を含め、長助、けん、工事と順番にしかし予想もしない順番で櫛の歯が抜けるようにその数が減っています。彼らの死を通して私達の世代自身も次第に世代の加齢というものの現実を突きつけられているのでしょう。

走り回ったり、長さんに叩かれて「おいて!」などと声を出しては次の加トちゃんや志村とコントを入れ替わっていく様子が今でも眼の前にありありと浮かんできます…。

今頃天国では先に行った連中と「お前何やってんだ~!馬鹿!」等と言われているのが容易に解ります。雷様のコントで長さんと雲の上で話し込んでいましたが、本当に雲の上に行かれてしまいました。加トちゃんとブーさんの衝撃は想像を超えるものであろうし、それ自体も想像したくありません。

本当に寂しいです。合掌。


2022年10月19日水曜日

糖尿病の患者さんとの共闘

糖尿病は怖い病気です。(私がお話するのは主に2型糖尿病を念頭に置いています。)

その怖さは2つの意味で怖い病気です。
1つはその疾病の発症になかなか気づかない事。そして気づいた時には既に色々なダメージが体に蓄積し始めていることが多いこと。その上、発症してしまったらそれに関連した種々の症状をコントロールする為の努力がいろいろな意味で並々ならぬ苦労を患者さんに強いることが多いことです。

2つ目は糖尿病によってもたらされる疾病の数々が大変にシリアスな次の疾病の引き金を引いてしまうことです。現代の糖尿病学では糖尿病による持続的な高血糖状態がもたらす疾病というのは、大昔から判明していたケトアシドーシスのようなクラシカルなもののみならず、血管内皮細胞への持続的ダメージの蓄積によるありとあらゆる関連疾患が治療の目標となっていることです。

簡単に列記出来る重大疾患だけでも、認知症や脳出血を含む脳血管疾患・歯周病・網膜症・心臓病・腎臓病・末梢及び中枢の神経系へのダメージによる感覚障害や泌尿生殖器の障害による排尿、勃起障害、眼球の運動異常・そして癌などです。

癌も?等という方もおられるかもしれませんが、大腸、膵臓、肝臓などが多いと言われておりますし、海外では他の臓器における癌も示唆する論文があるようですが、基本的に癌発症のリスクを非糖尿病の患者に比べて2割程度ブーストするという可能性が存在すると言われています。高血糖環境における慢性的炎症が発癌のリスクをあげるようです。(慢性的炎症の持続が発癌のリスクであることは現代生物学では常識となってしまいました。)

糖尿の患者さんを長く診ていると、本当に真面目に治療に参加してくださって、素晴らしいコントロールを得ている方も沢山おられる一方、治療の途上で「何故か」ドロップしてしまってアッという間にデータが悪化。気がついたら末梢神経の症状が極度に悪化していたり、網膜症が急激に悪化して視力低下を予防するために眼科でレーザー治療をせざるを得なくなってしまった方々がいることです。

私が何時も頭を悩ませるのはこの治療成績が良いのに「突然」治療の流れからドロップしてしまう人々の一群の存在です。非常に悪化して種々の二次的障害を発症して戻ってくる方も居れば、薬やインシュリンが切れては数週間遅れてまた治療に戻ってきて・・・を繰り返す人々も。

糖尿病の怖さを意を尽くして説明しても生活習慣病としての2型糖尿病(勿論、酷い生活をしていなくても発症しやすさに遺伝的背景の差があり、人種や家系によって容易に発症してしまう人々、その逆もまたあります!)を一緒に治療していく為に栄養士さんや理学療法士なども導入して頑張るのですが、やはり続かない人は続かない。

知的な問題のみならず、インタビューしてみるとキャラ的に自分をちゃらんぽらんとか、ズボラだとか言う人々も沢山おり、治療が「医療従事者側が頭で考えるような理屈」に沿ったことばかりでは上手くいかないことも極自然で、普通に多くあります。

体重減やインシュリン使用の練習のために治療的・教育的入院等も患者さんと話し合って行うことも多々。入院中にみるみる種々の数値が改善して退院できることを知った患者さんの中には以降、ガッチリと約束を守ってくれるようになる方々も一定数おられて双方の満足感は大きなものです。

やっぱ私のように医師側に人徳が無いと患者さんもなかなかついて来てくれないんでしょうね。無理からぬ事です。


2022年10月18日火曜日

ベトナム旅行に行くと決めた

昨日の夜からバインミーが食べたく食べたくてどうしようもなくなりました。

そこで、今日は車を運転している時に視界に入ってきた新しく見つけたベトナム人が経営すると思われた食材店に、バイト先の病院の休み時間に寄って、私のターゲットとなるバインミーが売られているのか否かを確認することにしました。

バインミーというのはそもそもベトナム語ではもともとただの「パン」という意味なんだそうですが、基本的には小型のフランスパンに割(カツ)を入れてそこに色々なものを挟んで食べるシンプルなサンドイッチなのです。

有難いことに名古屋にはあちらこちらにベトナム食材店が点在しているのですが、たまに日本人と思われる人が経営していると思われる店もあるくらい点在率高いのです。そもそも名古屋は日本でも有数のベトナム人コミュニティーを持つ街。しかも、この中には既に帰化してしまった人達は含まれていませんからね。彼らの「海の外」で生き残ろうとする力はやはり現代日本人の比ではありません。やはり必死さの桁が2つくらい違いますね。

さて、問題のバインミー。言ってみるとそのお店には若い御夫婦?のベトナム人が働いておりました。しかし、キッチンがあるのにそこはまだお客さん用にセットアップされたものではなくて、食材準備コーナの一部でした。そこで「何時から作るんですか?」と伺ったところ「早くても一ヶ月先!」とのこと。超ガックリです。orz

そして病院に戻って休憩時間にネットで飛行機のチケットの値段を見ていて即決で決めました。「ベトナム旅行行こう!」と。行って直接そこで本物の、そして安くて美味い筈の、日本には見られない色々な味付けに富んだバインミーやフォー、バイン・セオなどを食べたいのです。死ぬほど!w

そもそも、もとより長女もタイかベトナムに行ってみたいと以前から言っておりましたので、願ったり叶ったりです。まずは長女とその友人と位で視察がてら身軽に旅したいものです。 


2022年10月17日月曜日

京都の従妹と久しぶりの再会

今、京都に住んでいる滋賀の親戚の女の子が名古屋に一週間だけ仕事をしに来ました。

一週間の間、JR高島屋で開催されていた大京都展に作品の展示販売に来ていました。今日は最終日でしたので、終了後に片付けと発送が終了した後、私と嫁さんと息子と一緒に夜食を食べようということに。

彼女は木彫の仕事をしているのですが、もとより京都の西陣織の仕事など伝統工芸等もしていた子で、根っからのアート志向。手作りアートの大好きなアメリカの長女が「是非に!」と会いたがっていたのですが、今回は義父の体調不良でそれも叶いませんでした。

小さな作品が1つウン十万円もするようなものを作り続けているのですが、今回はあんまり売れなかったと言って笑っていました。いつもは滋賀の工房でせっせと仕事をしているのだそうですが、店に置いてある作品は通常「右から左」に売れていってしまうので、実際はカタログのもの全部が常に揃っているわけではないようです。

お爺さんの頃から続く仕事で、既に三代目が仕事を大々的にやっているとのこと。ちょっとここでは書けないような(企業秘密)ネット上で世界を動かす大企業のオーナーが買い物相手であったり、これまた超有名な企業が数百個の単位でそのトップクラスの招待客にだけ配る手土産としてその作品が発注されたりしているようです。

そんな仕事で忙しい社長さんオはこの時期イタリアの大学に行って授業をしているのだとか…。工芸もその粋を極めると日本の中では収まりきらずに結局は世界に飛び出していくんですね。

しかしその逆も当然ありで、工房には世界各国から数ヶ月から年単位で技術を学びに来る若手が入れ代わり立ち代わりのようです。社長さんがそういう若手にはものすごく柔軟に受け入れをしているとのことで、長女も次の帰国時に時間を作って見学と修行に行くと意気込んでるようです。

結局我々はJR高島屋でおちあった後、駅を出ていつもの昭和の酒屋へ行って腹一杯メニューをオーダーし尽くしました。話は滅茶苦茶盛り上がって、次は京都でまた会おうという事に。互いにお土産を交換し、彼女にはちょっとしたお小遣いを渡して別れました。

彼女、本当にサバサバしていて話していて何時も楽しい人物です。それは今回も全く変わりませんでした。^^


2022年10月16日日曜日

いくらなんでもこれは行きすぎでしょう?

長女が日本に戻ってきている間にもズンズンと進んでいた円安が更に進んでいます。

1ドルが140円に乗るか否かで議論していた頃が懐かしいほどに滅茶苦茶な速度で円安が進んでいます。日本に来るドル持ちのアメリカ人達が日本で「何もかも安い」と言いながら「少しの」ドルを落としています。

日本に長い外国人で円で金を持っていた人達までとりあえずドルに換金して自己防衛しようとしている始末。換金屋によってはもう既に一時的に円が払底して外国人の換金要望に応えられない等という彼らにとっての嬉しい悲鳴を上げる始末。

ただただ迷惑至極なのは我々日本人です。巨額の貿易赤字が日本円売りの第一要因などというアナリストの意見も散見されますが、そもそも日本が巨額の貿易黒字を得ていた頃には海外は大声でその一方的な日本の勝利を声を揃えて非難していたものです。

それが逆になった瞬間、ニコニコとして日本で買い物を楽しむ連中。パリで日本人の馬鹿達がヴィトンやプラダを買い漁っているのを眉を顰めて小馬鹿にしていた姿は何だったのでしょうか?結局のところどこの国のどの時代であろうと、同じ条件のもとに置かれれば一定の人間達が行う一定の行動等というのは結局のところ確率統計学的な普遍性を持つということ。人種もカルチャーも関係ないってことですな。

それにしてもこの円安。ヨーロッパ勢も対ドルでは苦しめられているようですが、そろそろ日本政府の無策を何とかしないと引き摺り込まれますよね。闇の底に。なんか統一教会関係でグッチャグチャになっているようですが、お前らが下らないことに時間を費やしている間に日本はどんどん世界の中での種々のランクを落としておりますが。

眼が虚ろで空虚な身内贔屓の首相には日本を引っ張っていく力が無いのはあまりにも明白だと思える今日このごろです。


2022年10月15日土曜日

散歩の途中で緊急の呼び出し

自分の家から再びオッサン歩きをしてみました。

最近は移動の距離が少しずつ延びて来ているのですが、それらしい格好をしてそれらしい道のりを歩かないと「不審者」に見えてしまうのでいつも気をつけています。夜であれば少なくとも上下のウェアの片方は明るい色にして、なるべく「盗人ではないアピール」を行い、車から見えやすい格好をするように努力しています。

そして明るい昼には色に拘らず、体の透けないメッシュの黒系や青系のウェアを着て背中にボトル2つとお菓子を少しだけ突っ込んで行動開始。陽にやられないように帽子を被って首に明るい色のタオルを巻いてオッサンらしく歩いています。

体調次第で歩く速度は色々と変わるのですが、なるべく一定の速度で歩いて少しだけ額に汗が出て、長時間で胸が少しだけ濡れる程度の歩速を維持するようにしています。回るの景色は眺めているものの、一度歩きだすと信号機以外では止まらないタイプの散歩ですのでgoogle map等で出てきた予想到着時間は大体きっちり合います。

今回は八草駅という愛知県長久手市にあるリニモの終着駅を目指すものでした。この駅は最近ジブリパークの11月予定開園で再び有名になってきたモリコロパークのある愛・地球博の行われた公園のひとつ先の駅です。

距離は片道8キロちょっとで普通に歩くと約100分程度のもののようです。今回もズンズンと歩いてトヨタ博物館を超え快調に歩を進め、更にその先へと向かった時点で電話が鳴りました。画面を見ると「XX先生」からの入電でした。お話を伺うと、今現在お隣の県で二件の外科手術のための麻酔のバイトをされている途中だとのこと。御用件を伺うと施設における死亡確認を行っていただけないかとの事。

何時もお世話になっている先生のアシストということで、二つ返事で先ずは家にリターンして家から車で施設に直行することに。田舎でタクシーなど拾えないのでリニモの近隣駅から汗をうっすらかいたままリニモに乗り込んで藤が丘駅まで戻りました。家に戻って直ぐに施設へ行き、100歳近いお婆さんの死亡確認を行わせていただきました。

散歩は完遂できませんでしたが、そんなのは何時でも出来ます。それよりも御家族と共にお婆さんの最後のお見送りが出来たことは大切な仕事となりました。


2022年10月14日金曜日

5時にはしっかり仕事を終える方針で!

病院でする仕事を全員が5時に終えるシステムを何とか確実にしようと日々奮闘しています。

病院に居ると「何故だか」何時までも仕事をしたがる年配の看護師が比較的多くいます。昭和平成の名残りなのかと勘繰ってしまいますが、古いシステムと古い習慣から抜け出せないようです。

今の時代、カルテにも看護業務において「余計なことは書かない」というのが標準的な記述法なのですが、こういった看護師さん達はとにかく何かを記録として残さないと、仕事をした気にならないようで、逆に現代の標準的な記述法で育ってきた若い看護師さん達の記述の方法論を見咎めては影で細々と文句を言うようで、現場での余計な摩擦を起こしています。

余談ですが、こういった事は医師の医療技術などでも同様で、古い知識や技術のアップデートを怠って居る医師に限って「自分の出来る古い技術や以前習熟した知識」に則った治療や診断をしてしまうことになりがち。医療というのはまさに日進月歩ですから、ある時を境に昨日まではそれをしなければ裁判でアウトとされていたような事が、逆にそれをしたらアウト等ということになりかねないのです。勉強の足りない年寄が、古く、時代に取り残された知識や技術を若い人に押し付けてはいけません。

仕事のやり方も全く同じ。働き方改革で恐らくは酷い現場の混乱が発生すると思われる2024年の4月もすぐ目の前に迫っていて「待ったなし状態」であることは解っている人間には解っています。

仕事は9時に始めて5時には終わるという基本的なシステムをまずはセットアップして、それが達成できない理由は何か。人的な?方法論的な?問題がどこかに潜んでいるのではないかということを常に眺め回して解決していく必要があると考えるのです。マインドセットを変えなければ進歩や変化はないと思いますし、それが出来ない「施設」はこれからは退場を余儀なくされること請け合いです。そもそも人が集まりませんから。そして着いてこれない「人」も辞めざるを得なくなる事でしょう。転職できれば良いのですが、恐らくは年齢的には引退。それが時代の流れですから。

若い人達も何時までも理解できない小言を垂れてくる「怖いおねえさん」は目の上のタンコブでしょうし。どこかに去ってくれたほうが安心して仕事ができるというもの。w

もちろん病棟業務というのは人の命が関わる仕事ですので、突然入ってくる仕事などもありますから365日そう上手く回るものではありません。しかし、それでも工夫を続けて業務内容と効率を改良していく事が我々の贈ることが出来る次の世代へのプレゼントだと思います。

何時までもウダウダと病棟でうろつかず、朝病院に来る前から今日は何をどうするのかというシークエンスを考えているのであれば、多くの医療従事や達は5時に仕事が終わるはずです。5時過ぎからの会議などの業務を当然のように組み込むような発想は昭和の人間の脳内から消しておかなければなりません。もし組み込むのであれば、それは全て残業代をきっちり出すようにしておく前提があったとしてもしないほうが良いのです。

そういう改革・改善を積み重ねていけば、やがては先進国最低水準と言われた業務効率の低さを改善していくことが出来ることでしょう。

2022年10月13日木曜日

EVは盛り上がっているけど

最近の自動車各社の電気自動車(EV)の宣伝の過熱ぶりを見ていると嘘くささを感じてしまいます。


自動車評論家等のお話がネットや本に掲載されているのを読むと、どうやらこの方業界の太鼓持ちでしょうかね…と思える様な話がズラズラ。しかし、私が車を購入した時にお世話になったある会社の自動車販売の担当者は一言。「フルEVのすぐの到来とか絶対に無理です」と満面の笑みで断言されていました。


私自身も最近2年前に比して約10倍の価格にも上昇したリチウム、約4倍になった銅の価格等を見ていると、こんな値段の材料をふんだんに使わざるを得ない製作物などが何百万、何千万台等という単位で世界に流通する訳が無いと素直に思ってしまうのです。


まず最初に現れるであろう事象は車両の価格高騰でしょう。実際にこの数年の車両価格の上昇は実にコンスタントで、本当に年々歳々という状況で同じ車両の価格がジリジリジリジリと上昇して言います。マイナーアップデートが施される度に車両価格が上がること、そしてプラグインハイブリッドモデルでの「部分的」EV化が施された車両等においてはベースのガソリン車の100万から300万アップとかいうのを見ると、「おいおい」と思ってジッとカタログの値段を見つめてしまうのでした。


それに、EV化された時の最大の懸案である街中の充電インフラ、自宅の充電インフラなどですが、急増する車両の台数に追いつくわけがありません。無理です。多くの方はまだよく理解出来ていないと思うんですが、安くで充電できる設備はそもそも充電のための電圧が低く、満充電に一昼夜などという家庭に設置するのが関の山というレベル。高速道路で急速充電する事のできるレベルのものもマダマダとても普通のテスラのシステムなどには及びません。高いので!それに、充電設備自体の経年劣化もありますので、システム更新時にはまた高額な費用がかかるのです。


更には「万が一」比較的急速に充電のシステムが普及したとしましょう。そこからは更に重大な問題が発生してきます。例えば、夜間でも昼間でも結構なのですが、何百万台もの車がガンガン電気の充電を始めると給電側である電力各社はおそらく給電制限をしなければにっちもさっちもいかなくなる事態が出現するのです。環境に敏感で原発には反対で等というナチュラル志向の皆様が望まれる世界とはまるで真逆の環境負荷がずっしりと地球の上にかかってくるのでした。


排ガスを出さないキレイな車を使うために化石燃料をガンガン燃やすような世界が今どき成立するわけもなく。


まだまだ?というか本当に右を向いても左を見ても電気自動車だけという世界が2030年とか2040年とかに来るのか?自動車各社其々に言いたいことを言っていますが、「来る来る詐欺」だとしか思っていません。


海外、特に欧州系の各社は「宣伝の都合上」EVを全面に押しだして販売していますが、連中は必ずや後出しジャンケンのようにそのEVシフトの時期を後ろに後ろにずらしてくることでしょう。


じっと観察しておきたいと思います。



2022年10月12日水曜日

マイナンバーカードを巡るゴタゴタ

結局、当初の予想通りの正確な進行状況です。


マイナンバーカードがどう言う風に使われていくかという事に関しての政府の動きは結局最初の約束とは異なり、事実上の「国民全員必携」となりました。理由は保険証と結びつくことが決定したからですよね。


保険証無しで生活できる方も一部居られるでしょうし、いかなる理由であろうともこの様な個人特定が可能なカードは作らないという「種々の理由」を持たれる方々が居られるのは想像に難くないのですが、次のステップは公的年金等の政府自治体関係の公金受け取り口座の紐付けになっていますし、追加のステップは確実に免許証です。


既に作成自体で5,000円というインセンティブ。口座と結びつけて7,500円。保険証として紐づけ登録して7,500円。合計20,000円の餌を眼の前にぶら下げて国民にセットアップを促します。まあ、お上には勝てませんので、私は金の貰えるうちにさっさと登録してd-POINTとして貰いましたが。


取り敢えずはここまでで一段落ですが、確実に行われる事が既に判明しているのは免許証ですので、この時にももしかしたら小銭がバラ撒かれるのかもしれません。(個人には小銭でもトータルでは巨額の予算を組む必要があるでしょうが!)


私自身は本来3枚のカードが一枚になるので大変助かりますし、最終的にはスマホの中に全て登録できるようにしてくれんかなというのが理想なんですが、これだとそもそも本来のバインディングの意味自体が無くなりますよね。w

そもそもそれぞれのシステム(保険証、免許証、マイナンバー)が電子化をしてくれてたらこんな手続自体も必要ないわけなんですが!


結局、結論から言うと、これは電子化の名目のもとに個人の特定と居住把握、そして徴税漏れ(脱税)を防ぐシステムでしょうね。


ですから、マイナンバーカードを作らない人間は、その御仁がいかなる理由でこのカード作成を拒否しようと結局のところ限りなく色々と黒い背景を持つ人である可能性が高いことになる訳です。


既に、当初の政府の約束にあったような「作らない自由」というのは既に紙くずとなりました。まあ、当初からガチガチに解っていた嘘ですが!w

当然、嘘でしたから反対する人が居るのは当然で、裁判を起こす人達も左派の皆様を中心に沢山出てきて署名なども盛り上がるでしょうが、電子政府成立の目的の為には無理というもの。


相手がプーチンレベルの絶対悪なら私もいろいろな方法で体を張ってでもデモに参加したりもするのでしょうが、いかんせん今回のシステム構成は反論が難しい類のもの。


諦めましょう。相手はあなたの住んでいる国の政府です。結局はアメリカのようにSSNの如く更に民間を含めたいろいろな事に使われます。まあ、これから10年を見ておいてください。(そして犯罪にも多用されます!w)



2022年10月11日火曜日

鈴木宗男はやっぱり塀の中がよく似合う

ほんと恥を知らない人間というものは居るものです。

ぶち込まれた鈴木宗男はまだプーチンのスピーカー役を降りる気は無さそうです。維新の会という党に属している参議院議員のおっさんですが、「この日のブログ」を読むと、もう何だかロシア保安庁の人間の作成した内部文書でしょうか?というような話が続いています。w

さすがにこれは不味いでしょうと思うのですが、御本尊は大真面目。こういった発言をするのは今の時代なら統一教会のスポークスマン勅使河原氏とか、当時、元オウム真理教のスポークスマンだった上祐とかでしょうか。

こんな人間が我々の税金を食(は)んで、国会議員として日本人の中で働いているというのは本当に解せない話です。オッサンおブログ何時消されるかもわからないし、何時内容が改ざんされるかもわからないので、そのコピーを魚拓として取っておくとすると以下のような感じ。

昨夜行われたG7(主要7カ国)首脳会議で、ウクライナ問題解決、停戦に何か新しい提案、発表がなされるのかと期待したが、なんとロシアに対する批判、非難でしかなかった

 クリミア橋がウクライナ情報機関の仕業とするなら、そちらも非難対象ではないのか。このことによってロシアは強い対抗措置を取ったのだ。新たに制裁措置も取っているが、いかにさまざまな制裁措置をしても紛争は終わらない。停戦、双方が銃を置くことが急務ではないか。

 岸田総理が「ウクライナを新たな被爆地にしてはならない。これを改めて強調しました」と記者会見で述べているが、それならばウクライナに対して「停戦することが大事だ。77年前の日本の二の舞いになってはいけない」と言うべきでなかったか。世界の主要国の首脳会議で停戦すべきとの声が出なかったことに落胆した次第だ。

 一にも二にも停戦しかない。武器供与、資金援助してこれ以上、紛争が長引けば犠牲になるのは子供、女性、お年寄り、立場の弱い人達である。77年前の日本が歩いた悲惨な道をウクライナにしてほしくないし、やらせてはいけないとつくづく思うものである。

 

11日のコメント

 XXさん、クリミア大橋爆破はウクライナの情報機関の仕業とロシアは断定しました。云々。

 YYさん、隣国とは折り合いを付けながら仲良くして行くしかありません。国益を考え、お互いの名誉と尊厳を尊重するそれが正しい外交です。」<前日のブログへの鈴木のオッサンのコメント


もうね、ツッコミどころはほぼ全てなのですが、偉いな~と思うのは徹頭徹尾ロシア側の意見のみの代弁者であるということ。ここまで背骨が入っていると馬鹿も徹底しています。w


このハゲ男の行っていることはプーチンの言っていること、ラブロフの言っていることのそっくりコピー。お前はロシア外務省から何か弱みを握られているとか?それとも家族の命を狙われているとか?


今、国力も軍事力も大きく弱まっているロシアにとって一刻も早い「現時点での国境線引き状態での停戦」こそがロシアを救う訳です。そんな事はロシア人を含め誰でも知っている訳ですが、この御仁はそこに関しては両目を閉じている御様子です。


核の使用に関する暴言も日本が歩いた77年前の悲惨な道を云々などという記述に至っては、まさに噴飯もので、お前頭大丈夫かよと真剣に心配してしまいます。かなり脳の回線が焼き付いている御様子。


誰もアメリカが全面的な正義で、ウクライナの政治には一点の曇りも無いなどという事は言っていない訳ですが、要点は一つ。己の国の隣りにある昔から侵略していたウクライナ地方がやっと独立を取り戻したと言っているが、その発端はゴルバチョフが犯した大きな過ち。お前の国にはNATOに個別に属する権利もなければ、俺が力付くで取り戻したクリミアの件に関しても文句は言わせん。黙ってお前の豊かな穀倉地帯と不凍港を持つ国を偉大なロシアに戻せ!というのがプットラーの主張の要旨の全て。簡単に言うと脳にウジが湧いています。w


そして上述のように全面的にその意見を日本の中で再放送しているプーチンのbrown noseこと、鈴木宗男。やっぱりこのオッサンは日本のためには塀の中に戻しておいたほうが良さそうです。それとも、御希望通りロシア国籍を取得してロシア右派として彼の国の極東支部長くらいのポジションに収まるが宜しいかと思われますが如何でしょうか。



2022年10月10日月曜日

10月10日に思い出す悲しい出来事

58年前には東京オリンピックの開会式だったこの日。

何時も医学部の一年生だった頃の悲しい思い出が蘇ります。長崎大学に入って一年目、同じクラスに2浪して入ってきた同級生がいました。2浪の間どこを狙っていたのかは後になって知ったのですが、所謂、我が国トップの偏差値のT大の医学部だったそうです。そして彼の誕生日はオリンピック当日でした。

その後、魂が抜かれたような感じになったのでしょうが、次の選択肢として結局は彼の地元の長崎大学に何の問題もなく入りました。まあ、T大にチャレンジするだけの能力が有った訳ですから、長崎大学など極めて容易だったはず。

ところが、そこからがいけませんでした。医学部は医学部でも、もともと本人が望んでいた第一志望ではなかったと言う事で、抑鬱状態になってしまい学校が始まって暫くしてから授業に出てこなくなりました。私のように怠け者で出てこなくて他の事にうつつを抜かし、別の事に忙しくしているような生活ではなく、本物の鬱病に。

高校の頃も学校ではずっと成績が学年で一番であるような人物だったようで「失敗」というものに免疫がなかったようです。そもそも彼にとってはT大の医学部に入ることが夢であり目標。それ以外の事は失敗だったようです。

彼が授業に出なくなって暫く…。衝撃的な知らせが漣のようにクラスに伝わりました。春の寒さがまだ戻らなかった春すぎなのに、入学して僅かな月日しか一緒の時間を過ごす事の出来なかった彼が西海橋という橋の袂の藪の中で縊死を遂げ数日経っているのが見つかったのでした。

残されたのは脚の悪い父君と体の弱い御母堂。風の噂ではお父様が暫くして亡くなられ、更にそれを追うように御母堂も亡くなられたとのことでした。葬儀で見た御両親とも信じられないほど辞儀正しい素晴らしい方々で、父君はハンサム、御母堂は本当に美しく優しい方でした。そんな御両親を慟哭させた彼のことには当時、どうしようもない悲しみとともに正直「何やってるんだ!」という怒りの気持ちが強く湧き上がったのですが、私もあれから40年近く経ち彼の行いを責める気も有りません。

それでも思うのです。先立たれ「残された人達」はその先立った人物が素晴らしい人であればあるほど、心引き裂かれる人達の悲しみも深く広く長く続くのだという明白な事実を。

2022年10月9日日曜日

人を品定めするお婆ちゃん

90歳を超えても頭脳が明晰であることはある種の苦痛になることも多いようです。

還暦どころか70代で亡くなられると「どこか御病気だったのですか」と問われる今の日本。実際のところ自分の両親の年齢が84という事自体も事実としては驚異的なのですが、違和感はないというのが今の時代そのものなのだと思います。

病棟では90代のお婆さん(多くのお爺さんは80代後半くらいまで)なんて沢山おられますし、そのおばあちゃんの特徴の多くはベッド上で余り動けないという方が多いです。それでも、頭は冴えたままという人も結構多くて、切れ味鋭い嫌味で日頃から看護師とヘルパーを評価して世話する人達を笑わせ、怒らせ、震えさせ、憮然とさせています。

ソレ言わなきゃ良いのにと言うようなことも人生最終局面ともなってくると「怖いもの知らず」状態で直ぐに思考が音声化。遠慮会釈など一切ございません。w

いろんな90代を見てきましたが、彼女の息子さんも既に60代後半で、そんな御母堂の事を知っている為、私とお話をする度に恐縮されてお話をされるのですが、私自身は「気にする事もありません」と言って終わりにしています。そもそも変えようが無いですからね。

スタッフの中にはお婆ちゃんに文句を言われることに対して私に不満をぶつけてくる人間もいますが、その不満に対して私から彼女達に多くを語ることはありません。しかし、彼女達に実は言わないことがあり、それは私からみて「この人の人間対応力は問題ありだな」と思っていた医療従事者側の人達が実際にお婆ちゃんにキツイことを言われていると思えることでした。

実に短時間でそういう人の白黒をつけて正直に文句を言うおばあちゃん。私にはある意味看護力のリトマス試験紙になっているような気がします。

2022年10月8日土曜日

長女の年末と日本訪問は?

長女の年末帰国は年明けに少しだけ繰り越されることになるのかもしれません。

Gayの美形の男の子の友達を日本観光目的で連れて来がてら、自分も年末年始の休養を取るというアイディアだったのですが、年末のチケット代の高騰で一旦はThanks givingでの一時帰国をsusoendしたみたいです。

このゲイの男の子。長女の小学校からの友達ですが、中学以降は随分と仲良しになって高校も一緒。その途上で人生初となるゲイであることの告白を涙ながらに私の長女にした子です。アメリカ居た頃も、何だかよく我が家に遊びに来るし週末なんかは女の子数人とその男の子とが一緒の部屋で寝泊まりすることがよくあったのですが、我々も特に干渉などせずに様子を見ていた所、ある日彼がゲイだと言うことを聞いて「何となく」納得しておりました。

大学はWilliam & Maryで長女とは違う進路に進み、彼氏も見つけていたようですが、転居などにともなってそのパートナーとも別れて最近はまたちょくちょく長女と遊んでいたようです。日本でずっと高校・大学時代を過ごしてきた私にはそういうLGBTQの世界との明示的なコンタクトはありませんでしたが、アメリカに行ってからそういう出会いが有ったからと言って何の違和感もありませんでした。

まあ、彼のキャラ自体はアメリカ人にしては意外と内気な子だな?くらいには思っていたのですが、大人になってイケメン君になっても基本的には良い子であることに変わりはなく、日本に娘と遊びに来るのなら何時でも大歓迎です。

観光地なんかにも(連れて)行きたいでしょうが、私としてはどっちかというとガード下の飲み屋とかに私自身が連れて行って「土着の」濃い日本を味わってもらいたいと思うのでした。ガイド・ブックに載っていない日本はその土地の人間にしか案内できませんしね。

何れにしても年末年始の航空チケットの高騰とアメリカの物価高は移動したい人間にはダブルパンチですね。

2022年10月7日金曜日

クソismこと社会主義・共産主義

人間の創出したもののなかで最悪のアイディアの一つが社会主義や共産主義でしょう。

数学・物理・文学・哲学・生物学等枚挙に暇がないほど数々の分野で長足の進歩を遂げてきた我々ですが、その間には大量の人間を殺すことになった多くの「イカレた考え」がこれまた現れては消えていっています。

人を助ける筈の「宗教」然り、人から貧しさを無くすはずの「共産主義」然り。人間が考える「XX-ism」等というものに殆どまともなものは無いというのが私自身のごく個人的な考えですが、世界の中で土着宗教、アニミズムなども含めて太古の昔よもっとも人類を殺しているのはまず宗教である事には誰も異論がないでしょう。

其々の宗教の崇める神の名のもとに異端者を排除し続けてきた連中は多くの文明や対立者達を滅亡させてきました。しかし、この「宗教」を否定する中で登場してきたのが、マルクスやレーニンの名のもとに拡散された「新たな宗教」共産主義・社会主義でした。

結局のところ人間が考えてきた理想の社会体制なんていうものは、ほぼガラクタばかり。民主主義も完全とは程遠いものですが、それでも相対論的に共産主義・社会主義等よりかは1万倍ましです。

平等と博愛をばら撒くはずの社会主義が貧乏をばら撒き、独裁者を生み出し、憎悪と対立を世界に拡散しています。民主主義と資本主義の結びついた西側の多くの諸国でも理想などとは程遠い世界ではありますが、それでも「自分の政府と宰相を口汚く罵る自由」が有るというただ一点だけで共産主義・社会主義よりも無限に進化していると思います。

多くの旧共産主義国家を旅して見てきた経験のある自分の肌が共産主義・社会主義などというものが人間のためには全く役に立たないクソismだというのはよく解っているつもりです。

2022年10月6日木曜日

散歩三時間

最近は仕事が終わったあとに長時間の散歩に使っています。

とは言っても週に一回か二回が関の山で、残りの日々で空いている、かつ体調の許す日にはrowingをしていますから、なんとかかんとかやっている感じの運動の一環ですね。しかも、散歩と一言に言ってもその歩行速度には日々いろいろと差があって、ゆっくり歩く気分の日とか少しぐらい汗が出ようとシャカシャカ歩きたくなる日とかあります。

そんな中、昨日の夜の散歩は今までの中では長いものでした。今日はやろう!と心のなかでは決めていたのですが、時間が遅くなってしまいました。スタートは9時20分頃。自分のマンションの出口をふと歩きだして直ぐに大通り沿いのコースに出ました。

この時間帯ではまだ仕事帰りの人々の駆る車の排ガスで少し臭うのですが、淡々と自分のリズムで歩き続けるのは体以上に精神に安定をもたらします。普段平和公園でポケモン刈りをしているときとは違う心地よさ。周りの街の気配を感じながら歩くのですが、次第に自分の目から隠れていた色々なものを見つけることが多くなってきました。

私がこの散歩をしていて良かったなと思うのは自分が男性であること。もし女性だったらもう少し緊張しているだろうし、暗闇を歩く時や少し人通りの少ない所で側を歩く男性が居る時などはやっぱり嫌だろうなと思うのです。ですから、近くを女性が歩くときなどはその逆になるべく距離をつけるようなあるき方をしています。

昨日の散歩は結局、星ヶ丘を超えて本山の交差点を折り返し地点として3時間弱の散歩でした。距離としては13キロ程度でしたが消費カロリーは500キロほど。食べてしまえばあっという間で、かけた時間の割には大したカロリーではありませんが、やはり充実感はありますね。それにしても2時間ちょっとでこの3倍の距離を走るマラソンのトップランナーなんて言うのは本当に化け物中の化け物だと心の底から思えます。

戻り道は行き交う車の数も大幅に減り、道行く人の影も減り、少しだけ澄んで綺麗になった空気の中を家へ戻っていく。そういう時間は心の健康に良いものです。帰りは少し疲れているからキツめの筈なんですが、帰る!と思うと楽になります。

ただ、久しぶりに履いた別のウォーキングシューズだったので、靴下が合わず、かかとのそこに小さなマメができてしまったのには参りましたが。w

2022年10月5日水曜日

カロリーの燃やし方

毎日、減量のためのカロリー燃焼に頭を悩ませています。

食べなければ良いのですが、結局食べてしまいます。「食べない」という状況に私の腹が耐えられません。結局のところは脳味噌が「食べない」という事を耐えるだけの耐性を示せないだけなのですが。

美味しいものを食べると幸せですし、私自身は食べたら必ずプリッと出るような排便が頻回な方ではありませんし、朝に何時もプリッと出す方でもありません。下剤を使って何時も出すのは「私としては」不自然ですので、患者さんにリクエストされれば種々その状況を聞いた上で選び抜いた薬を使ってどういう便を出したいのか?という患者さんの理想になるべく近い出方をするであろう配合と薬を考えるようにしています。

ですから、排便と言う言葉一つとっても夫々その人にとっての「これが自然」と感じる状況が異なるわけでなかなか満足させるのは大変です。毎日出るのが自然な人もいれば毎日出るのを下痢と感じる人も居て、皆さんにインタビューしない状況で薬を出せないのはそういう理由です。

さて私自身は下剤を使わないので、口から入るものとお尻から出るものを自由自在には操れません。基本的に口からは多めに入ってしまうわけです。w

そこで、放っておくと私の体重は自然と右肩上がりになる訳なんですが、これを防ぐのはカロリーを燃やすことです!結局のところ最短の方策は運動。私の場合はrowingと散歩なのですが、散歩で一時間歩けばこの程度のカロリーと言う感じ、更にはrowingではデジタルメーターに表示される心拍数と連動したカロリー計が答えを出してくれます。

それらの一日の活動量がiPhoneの「フィットネス」に記録されるのですが、なかなか目標の600kcal/dayを消費するのはなかなか「かなりの」気合が必要です。

rowingならカロリーはバリバリ燃やせて、かつ正直に数字が出されますので、一時間も有れば500キロカロリーを直ぐに使えます。ですから、週二回は自分の病院のリハ室でこれを使ってがっちり消費するのですが、家に帰れば大量の夕飯が出るし、冷蔵庫の中にも美味いものがあるので、心の弱い私は折角使ったカロリーを直ぐに回収してしまい、筋肉がついたりして逆に体重計のデジタル表示を増やしてしまいます。

おまけに健康イメージ満点の「散歩」のカロリーは頭の能力維持には良いのでしょうが、カロリーは余り使わないのが難点。しかも天候に左右されてひどい目に遭ったりも。

何にしても、飽食の時代に住むオッサンには「痩せる」のは難儀な話です。orz


2022年10月4日火曜日

ベトナムで戦ってPTSD

戦争の続くウクライナでの両国の兵士達のことを考えてしまいます。

毎日続く報道では、ロシア側自身も認めるほどのロシア劣勢の様子ですが、最終的には必ずどちらかの勝利宣言で終結すると思われます。現時点での反攻の勢いと士気の高さ、戦闘システムのレベルの差から勝利はウクライナ側と個人的には願いたいものです。所謂「正義は勝つ!」というシナリオですよね。

ロシアの士気の低さはやはり、多くの日本語、英語のメディアの記述を読む限りでは「何のために戦っているのか、戦っている本人達が理解できない」という事と「当初、出発時に約束された金や装備が全く与えられないどころか、戦闘エリアで飯も食えない」というような事が主な原因のようです。おまけに指揮官達からの上意下達システムが戦闘員達の自分で考えて戦闘の組み立てを行うという西側のシステムにボコられているのも原因のようです。

2014年にクリミアで大敗を喫して以来、領土を奪われたウクライナ軍は以降、NATOその他の西側の軍に戦闘システムを再教育され、全てが一新されて今回の領土侵攻に対峙していますから、連絡手段や戦闘方法の思考など全てが古いロシアの戦闘システムに負ける訳がありません。第二次世界大戦から作戦様式に進歩のない国と21世紀の戦闘システムがぶつかりあったらどっちに分が有るかなど考える必要も無いというものです。

とは言え、戦いに参加した両軍の人間達の誰もが逃れることが出来ないのが過酷な戦闘体験です。

アメリカに居た頃、車を買いに行った時に遭遇したのがMAZDAのdealerの中年男性。結局最終的には購入には至らなかったのですが、この人物が私との商談を担当してくれた時に話が逸れに逸れて彼がベトナム戦争の従軍経験者であることが判りました。

あの戦争における従軍戦闘兵士の平均年齢は驚くなかれ19歳!普通であれば大学のフレッシュマンかそこらの年齢であって、人生に第一歩を踏み出した瞬間にあの過酷で異常な戦闘体験を最低一年にわたって経験し続けた訳です。彼の場合は、眼の前の飛び出してきたベトナム兵と塹壕で銃で殴り合い相手を刺し殺した感触が、寝ている時にフッと思い出されてフラッシュバックしては何度も何度も彼を苦しめるのだそうです。

そんな時の彼は必ず汗びっしょりで、荒い息と共にガバとベッドの上に起き上がっては暫く眠れないということの繰り返しとのことで、精神科に行っていろいろな薬を貰ったり心理療法を受けたり、グループでのヒーリングを繰り返し行ったそうなのですが、全然このPTSDから逃れることが出来ないし、同じ部隊に居て戦闘を生き残った友人達も薬に溺れたり、自死を選んだりした連中が沢山いると目に涙を浮かべて語ってくれました。

戦争なんて勝っても負けても個人のレベルでの経験としての結果は同一。恐らく彼のような経験をした人は属する軍の勝敗には関係なく大量のPTSD持ちを生み出す筈。愚かな一人の男が始めた愚かな侵略行為が恐るべき負の連鎖を少なくとも数十年にわたって両国に残すことになった訳です。人が死に、人が傷つき国が裂け、両国が反目し合う火種が世紀を超えて残ることに。

どんな犠牲を払ってでも、妄想にとりつかれたロシアの狂人を排除せねばなりません。


2022年10月3日月曜日

ロシアから肉団子の贈り物

東部がボコボコになって慌てて併合の儀式をやったプーチンの脳血管をぶち切るような進撃を続けるウクライナ軍。

暫くはこのまま東部が虫喰い状にウクライナに「蚕食」されていくのかなと思っていたのですが、それだけでは済まず。南側のクリミア半島に迫る側もズイズイとウクライナに喰べられているのが毎日発表される地図で発表されています。

発表された日時や機関によって少しずつ微妙なマップ上の差はあるものの、概ね間違いないのはロシア側が一週間単位でロシア領の方に戻っていっていること。時には数十キロ一気に進撃に成功したというような発表もありますから、ウクライナを応援している私にしてみれば目が離せません。

そこで登場するのがロシアの「自称:部分的徴集」なのですが、集める方も集められる方もまさにシッチャカメッチャカ。手順の破綻も地域の偏りも今のロシアの切迫した徴兵状況をかなり正確に顕しているようで、少数民族の住むエリアから大量に全く従軍経験の無い人間も含めて掻き集められ、国内ではその状況に怒りの反撃。徴兵施設にモロトフ・カクテルが投げ込まれたり、散弾銃持った男がやってきてぶっ放す等の動きが報じられています。

更には既に30万人とも云われる大量のロシア人達が家を捨て、着の身着のままで国境を超えて国外脱出というお話。しかも、あまりに多すぎてロシアの官憲もそこで人を止めることが出来ないという記事がありました。おそらく、そこで焦っている人々を止めて徴集しだしたりしたら、怒った群衆にボコられるのが目に見えているからでしょうね。w

カディロフが戦術核の使用を中央に進言して「いつもはブラフをかますオッサンに」窘められるなどの動きはありますが、暫くは不味い作戦と兵站の交互の積み重ねでジリ貧が続くのでしょう。

しかし、そもそも私が今日何よりも驚いたのは「9月27日に徴集された人間がもう今日は前線に立っている」というニュース。日本軍の学徒動員でもそこまで酷くはなかったと思いますゾ。囚人集めたり、学生集めたり、抗議行動で逮捕された人間をそのまま徴集したり、外人募ったり。泥舟に乗りたい狸など馬鹿じゃない限り居りません。

そうやって集められ訓練もされずに前線に送り込まれた人間が出来る事と言えば主に3つ。
1.前線に着いた時、タイミングを見計らって白旗を挙げて降伏すること。
2.何も状況のわからぬまま右往左往して前線で震え、古参兵に怒鳴られ続けること。
3.殺されてただの肉団子になること。

但し、3の場合には条件があってロシアに死体が送還され身元が確認できない限り家族の恩給や死亡時の報奨は貰えないとのこと。

道理でロシア軍は死んだ同僚達を回収しない訳です。

ロシア軍の捕虜の激増に備えてウクライナ側はオデッサに大型捕虜収容所を準備中という話も伝わってきます。恐らく本当でしょう。ロシアの徴集新兵さん達なんとも気の毒です。南無阿弥陀仏。

2022年10月2日日曜日

名古屋観光ホテルの有り得ない大失態

世の中「こんな事もあるんだな~」と驚いてしまいました。

起きた事実自体は実に単純な話なのですが、そもそもそんな漫画のようなミスが名古屋で財界人御用達と言われる歴史的な格式ではトップと言われるホテルで起きたこと自体が有り得ない程の劇的なミスです。

起きた事実を簡単にまとめると、
①丘みどりさんのディナーショーが予約された。
②後にブライダルショーを3階の那古の間で行うことを決定。(゚∀゚)
(既に東海ラジオとの間では定員220人の那古の間で予約をしていたので、定員130人の曙東の間では全く収容しきれません!)
③ホテル担当者は、ダブルブッキングを承知の上で、主催者様の承諾なしに要件を満たさない別宴会場(曙東の間)をディナーショーの会場として押さえました。
④その事実を主催者様に前日21時まで、お知らせせずにあたかも該当会場が押さえられているかのように虚偽の報告をしておりました

という事なのですが、これが本当であれば内部の指揮報告系統がズタズタの状態であったとしか思えません。一体全体、この案件を受諾して前日まで報告しなかった担当者というのはどんな人物だったのかと言う疑問とともに、こんな事を常時チェックしきれない内部の運営システムというのはそもそもが破綻しているのではないか?という大いなる疑問があります。

名古屋観光ホテルとホテル名古屋キャッスルが一体化している最近の観光ホテルですが、内部で何か変な化学反応でも起きているんでしょうかね?判りませんが。

ホテルの中にある中華レストラン「柳城」では何時も醍醐味を堪能させて頂いておりましたが、中に入って営業をしている幾つものレストランなどもいろいろな影響を受けないことを切に望むものです。

この受注契約フローの破滅的運営がもたらした各方面への信用失墜は、大きな金銭的損失と金銭的損失では回復しきれない営々と先輩方が築いてきた名前への傷、そして、観光ホテルのみならず「日本のホテル史」に残る汚点として他のホテルでも人材教育の材料として語り継がれることになるのでしょう。こういう事が日本の誇ってきた「高度な人的サービス」の品質まで堕ち始めている事の一端を示す事件でなければ良いのですが…。

今迄、皇族や外国の貴賓客をもてなして来たこの名古屋観光ホテル、今回の件でどなたかが詰め腹を切らされ首が飛ぶのでしょうか?しかし、今回の件に関してこのホテルをずっとずっと前から良く使われている有る方のお話を伺ったのですが、一言「信用問題ですね。でも大丈夫、大丈夫。今ならサービスもよと思います。」と笑っておられました。流石、腹が座っています。

しかし、今回の件、起きた事実としては酷いものですが、正直に内部のミスを包み隠さず即座に開示した事自体はトラブルの解決の第一歩としては見事なものだと思いました。関係各位の方々は数日は眠れない日々を過ごすようなことになるかとは思いまが、こういうトラブル発生後の対応がスパッと出来るという事は少なくとも上層部は有能だと思うんですけどね。

きっと、観光ホテルがこの失敗をもとに更に良い名古屋のベスト・ホテルへと成長して貰えることを外野から祈っております。それにしても丘みどりさんとその関係者、そしてこの日のショーを心待ちにされていた皆さんの落胆ぶりは察するに余りあるものです。このディナーショーの再演、もしあるとしたらどこで行われるのでしょうか。観光ホテルの度量が見られるのか、そして丘さんは観光ホテルを選びなおしてくれるのか!


2022年10月1日土曜日

生まれて初めて嫌な瞬間に立ち会ったかと思った

人はふとした事で簡単に死ぬことがあるのだろうと強く実感した瞬間でした。

私は仕事から帰ってきて食事や風呂が終わったあとに良くポケモン・ハンティングに行きます。以前も書いたかもしれないんですけど、名古屋には名古屋人達のお墓の団地たる平和公園の周辺であれば、夜に車を停めて外を自由に歩き回ってポケモンをバンバン採集できるわけです。

2日前のことでした。その二時間ちょっとのポケモン・ハンティングを終えてまさに家に帰り着こうとした時です。私の住む家のすぐ前には信号機の付いていない横断歩道があって、結構ここを渡るのはリスクがあります。横断歩道脇の電柱に車が突っ込んで、ぶっといコンクリートの電柱が大きく傾いていたりするようなアクシデントも発生しています。

その横断歩道で怖い目に遭いました。私が歩道の前を曲がった時が夜の一時。その端っこで真っ黒なスーツを着たお兄さん風の人が立っていました。そして私がその人を眼の前に見た状況で右折して通過したあとのこと。右折しながら「このお兄さんこのままスッと横断歩道渡ったら危ないよ~」と心のなかで感じていたのです。それは私の車の30メートルほど後ろに車が1台来ていることに気づいていたから。まさかとは思うけど、と思って右折した瞬間。

まさに直後、その横断歩道でギーッというタイヤの乾いた音がしました。人に当たったりするような音もしませんでしたし、車も走り去るような感じは無しでしたが、念のため後ろを振り返るとそのお兄さんが歩いていく背中が見えたので、嫌な感じは幸いにも単なる嫌な感触で済みました。

しかし、それは恐らくコンマ数秒の差であったのかも知れません。まさにたまたま今回は轢かなかっただけというのが本当のところではなかったのかと考えたのでした。人はこうやって簡単に死んだり怪我したりするのでしょう。そして被害者も加害者も深く人生にダメージを負うのです。まさに明日は我が身だと感じました。

さて、ここは名古屋。悪名高い名古屋走りの街です。車の平均速度も早いのですが、それ以上に信号機のない横断歩道の脇に人が立っているのを見ていない輩の多いこと多いこと。更には見ていても無視して止まらない車も大量に流しています。以前なんかの調査でそれの都道府県別一覧表があったよな?と思っていたのですが、探してみるとJAFの2018年分のがありました。良い県はどこかというと下の表。
長野県は異様に良く一時停止してくれるのを見ると「流石は日本有数の文教の県!」と感心してしまうのですが、意外なのは我が愛知県は47都道府県の中で上から6番目という有良さ。日常の観察では「ホンマ停まらん連中やな!」と感じているものであっても全国では上から6番目の良さ。しかしながら、それでも4台に1台停まるか否かというレベルの率です。だとすると栃木や広島、和歌山、三重などの停止率1%前後の恥ずかしい県の数字を見ていると一体これらの県はまず誰も止まらないということですよね。

と思ったら!2021年のデータもきちんと発表されていて、それだと全国の数値が激変!18年の全国平均8.6%が30.6%へ!長野県に至っては驚異の85.2%ですぞ。現時点で日本最低は岡山の10%台。それでも数年で変われば変わるものです。罰則の変更や啓蒙運動で大きく変わるものなんですね。

日常、歩行者の立場でこういう運転者を見ていると、自分の側が停まっていたり反対車線が停まっていたりしてもなお停まらぬアホは沢山いるのですが、どういう連中が停まらないのかと言うのはある程度頭の中でカテゴライズされています。あえて書きません。統計ではなく、私的な目視の結果ですので。w

見ていて思うのは走行速度には関係なく、見ていない奴は見ていない。いわゆる心の眼が閉じているんですよね。停まらなければいけないという事をそもそも理解していないのかも知れませんが。

一時停止。大事です。