2023年11月29日水曜日

人生最後の過ごし方が変わってきた

日本に帰国してはや八年が過ぎようとしています。

私の様な臨床経験が少ない人間にとっても平成から令和への移行は現場における様々な変化を感じることが出来ます。十年一昔という期間に少しだけ欠ける長さではありますが、この間の変化は「充分」という長さだと改めて思います。

一番の変化は人生のエンディングに関するdecision makingの中身の変化でしょう。

特に高齢者が入院して来た時に、高齢の患者さん御自身が独り身の方であればその方自身に伺う事となる「万一の場合の救命措置や栄養補給等の有り方」についての選択を入院の時点でお伺いすることになっているのですが、最初の頃は心臓マッサージや人工呼吸器の装着、胃瘻の造設などを求める方が沢山おられました、また、医師の判断に任せるという選択肢を選ぶ方も患者さんや御親族を含めて大変多かったのですが、今ではすっかりそのような選択肢をされる方々は珍しくなりました。

患者さんの御意見の場合でも、御家族の御意見の場合でも、最近それに代わってきたのは「無理な延命は止めてください。その代わりなるべく苦しみの少ないように安らかな人生の終わりを」というものです。

言葉の枝葉末節は其々の方々で表現が異なりますが、ほぼ言いたいことは皆同じで大同小異という感じです。

緩和ケアも含めて癌やCOPDの末期の方々の人生の終わりの迎え方を何度も何度も経験するうちに私自身も学ぶ事が沢山ありました。私は基本的に世俗的な仏教徒だと自分では思っていますし、詫び寂びというものも理解しようと常に心がけていますが、その本質的な「実体」が眼の前の旅立つ人の中に見えてきている気がします。

人生の終盤で「持っていても儚いだけ」と思えるものが増えるにつれ、様々な欲が体と心から剥がれ落ちていって、最後には身一つでサラリとあの世へ旅立つ心の準備ができる人が増えているのかもしれません。

昭和が終わり、バブルに塗れた平成が遠くなるにつれてますます日本人の選択肢はこのような方向に収束してきているのではないかとふと思うのでした。

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