2026年9月12日土曜日

AIの深化・進化の速度はヤバすぎる

遂にOpenAIがミレニアム問題を突破したという噂に顎が落ちました。

ここ数年で天才数学者テレンス・タオ監修のもとで、AIによってエルデシュ問題が解かれ始めている事は各種の記事で読んでいましたが、まさかあのミレニアム問題レベルのものまで手を出していたとは!

しかも今回解を出したと発表されたのは昔から3次元下において、ある条件下の解が有るのか無いのかという事からして判っていなかった「ナビエストークス方程式の存在と滑らかさ問題」というのが遂にある部分で解かれたとの事。

しhかも、これOpenAIが「Claudeが2つのミレニアム問題を解決したという噂」を聞きつけて今月の1日から開始!してもう解いたというのです。現在この問題が本当に解かれたのか否かを専門家達の手を借りて検証しているとのことなんですが、まさか人間の知性の最高点での鍔迫り合いの現場にまでAIが入って来ているという事実に強い衝撃を受けます。しかもこんなに短期日で…。

今の時代、将棋も碁も既に生の人間は普通にAIに勝てない世界が当たり前になってきています。プロも当然のようにAIの打ち筋を参考にして研究を進めるという時代。こうなってくると人間の思考というのは知性・知識において神レベルであるAIに依存しながら数学の研究とかも進めていくようになるのでしょうか?というか「専門家ならではの」問いかけを行いながら共同研究者として研究を進めていくようになるとか?

今後、こういうAIのレベル上昇が続くと人類の存在意義とか、人類がAIの存在下で共存できるのかというような根本的な疑問が湧いてきます。

しかも、OpenAIのヘッドやAnthropicのヘッドさえも人間がAIに絶滅させられるリスクが高まっていると真剣に警告しています。私が暗い気持ちになるのは今の時代システムはどこでもネットで繋がっているという事実。だとすると、ネットの乗っ取りが自在に行われると信号システム、工場の生産ライン、果ては兵器のスイッチ類、特に核のボタンまで乗っ取りが行われないのかという心配です。

知性はあっても倫理が無ければ人類はAIにとって不要という結論が導き出されないのか?

マスメディアの乗っ取りにおいてもAIが作成したフェイク画像がテレビやネットの画面を乗っ取って、あたかも他国がとんでもない事をしているかのようなフェイク・ニュースを流して、それを放送局が止める事が出来ないようなとんでもない事態が発生しないかという虞をもっています。

なんだか、大きすぎる時代の波を我々は乗り切れるのでしょうか…。これまでの5年以上の速度で変化が起きてくるのかと思うとこれからの10年は知性の世界での変化はAI抜きでは語れなくなるんでしょうね。

おそらくは、AIを使って効率的に研究を進めてくる若い世代の登場が続くのでしょうが、それが人の知性の限界にどういう結果を生むのか、果たして良い事ばかりではないような気がするのです。

2026年9月11日金曜日

あれからもう四半世紀

信じられない事ですが、あの日からもう25年も経ちました。

NYのマジソン・スクエア・ガーデンからF君と帰ってきた朝にいきなり始まったアルカイーダの攻撃は未曾有の大規模攻撃。特にツイン・タワーへの攻撃はアメリカのブッシュ大統領をして「復讐」という言葉を使わせて徹底的にそして全面的な攻撃へと向かわせました。

徹底的な宗教対決だったというのが、今も変わらぬ私の感想。数多くの無辜の人々が互いの国で殺し合いの犠牲になりました。

人間が神の名を騙ってアクションを起こす時には必ず碌でも無い事が起きます。それは昔から私の信念。神の語ったといわれる言葉の研究は良いでしょう。神を信じるのもまあ構いません。個人の自由ですから。しかし、それを人に押し付けるようなアクションは一切ご無用です。

神の数だけ正義があって、それを信じる人の数だけ更にそれぞれの形の正義があるという木の枝のような世界。結局、どの枝が一番奇麗なのかというのを論じるのかというような愚かな話であって、総てが単なる比較の対象というだけの話であって、正義がどれという事は無いという話。

今日新たに視たYouTubeで恐ろしいビデオが公開されているのを見ました。それは、Fire Fighter達が待っているビルの下でものすごい音が時折「どーん」と響き渡るというもの。その音源はビルから飛び降りた人達が地面に衝突したときに発生した音。
身の毛もよだつというのはこういう事を云うのでしょう。

人間の下らない信念が多くの人を殺してきました。世の中で最も人類を殺してきたのはまさに人が作りだした神と、それを信ずる人間達だという事に何の疑いも持っていません。

改めて当時の犠牲者の方々に手を合わせ深く首を垂れる私です。

2026年9月10日木曜日

もう買えんくなってきたな

新製品発表の時期になりました。

例年秋に発表されるアップルの新製品が今年も9月のサイクルで発表されたのですが、今年の大きな目玉はDuoというに画面モードのiPhoneですよね。しかし、その値段を見ると一番安いモデルが364,800円からという驚愕の値付け!ちょっと待て待て待て~という感じ。PCのかなり良いモデルでもずっと安くで買えるやつがあるんですけど、モバイルPCというカテゴリにまで進化し、なんでもできるようになったマシンであればこういう値付けをしても人は買うものなんでしょうか?

iPhone18ProとiPhone18Pro Maxがそれぞれ219,800円と239,800円という値付けでやはり20万円を超えてきます。唯一20万円以下なのはiPhone Airで、189,800円というもので、一番安いのがコレという驚愕の値付け。

言い方は悪いのですが、これって単独のマシンとしては高すぎませんかという感じです。それを裏付けるように、(2025年の秋と言えば昨年の事ですが)日本のように世界の標準と比べると異様にiPhoneのシェアの高かった日本でおいてさえ、アンドロイドとのシェアの差が逆転した初めての年となりました。

キャリアによる補助金の縮小・廃止、円安による価格の値上げ、Apple Intelligenceの日本導入の大失敗、機能差の縮小に伴って「iPhoneでなければならない理由」というのが次々に亡くなっていって結局は「中」で使うアプリが大事になってきているという話で、何だかどこかで聞いたブラウザ戦争に似ているような?

あれだけ隆盛を誇ったNetscapeが消え去り、IEも置き換わられ、今ではすっかり別の世界。アプリさえ同じなら「買える範囲」で物事を済ませようとする人が増えるのは当然です。私自身は今でもiPhoneの画面の色遣いのほうが自然だし、操作方法も「まだ」iOSのほうがアドバンテージを持っていると思ってはいるんですが、患者さんに頼まれて時々触る事のあるアンドロイドも段々とその差を詰めているという気がしないでも無いです。

いくら使いやすいと人が思っていても、値段の差がアンドロイドと10万円もあって、その差にお金を払う人がいつまで続くのかという事になってくるような気もします。特にコア層の若者の一か月の手取りを超えるようになってくると…。

暫くしたら出てくるであろうシェアの解析結果が待たれます。

2026年9月9日水曜日

South Parkが名前を変えるらしい!

われらがサウス・パークが「いつものように」やってくれました。

ニュースサイトによるとSouth Parkが、あのバカ男への当て擦りとして番組タイトルをSouth Americaへと変更するとの事!私にはこれはビッグ・ニュース。アメリカにいるときはDVDを全部揃えてワクワクしながらいつも視ていました。番組開始から29年にして遂に改名です。w
当て擦り改名のネタ元になったこの馬鹿男、自分の単なる思い付きで何でもやってしまい、周りの誰もが抑え込まない忖度野郎で固められ、馬鹿が喜ぶ言葉を紙に打ち出してくれるキリスト教右派のガチガチ・プリンターレディまでいる有り様。

認知機能障害はともかく、異様に肥大した自尊心を持つ心の病気を持つコイツの行動パターンは何時もシンプルで、「まず最初にやってしまい」そのあと「何か問題でも?」と問うて、最後に「文句があるならかかってこい」という碌でも無いスタイルで己の我儘を通してきました。

ホワイトハウスの破壊作業然り、ケネディ・センターの改名問題然り、自分の顔を彫った硬貨の発行然り、パスポートへの己の顔のプリンティング然り。おまけに在任中に建設予定の空母に自分の名前を付けて蒸気カタパルト式の時代錯誤のシステムを搭載することに固執するというもう本当に恐怖を覚えるほどの愚かな行動をとり続けています。

この前もオンタリオ湖をアメリカ湖に変えたり、メキシコ湾をアメリカ湾に変えようとしたり、NEW MEXICOをNEW AMERICAに変更しようとしたり。もうね、お前ときたら本物の裸の王様。病的に肥大した自尊心と戦車顔負けの分厚い爆発反応性装甲を顔に張りまくった厚顔無恥ぶりは最強のコンビですね。

この前Xのサイトにも出ていましたが、The other 98%だったかな?「この馬鹿に投票した7000万の連中よ、見てみろこの惨状を。どう責任取るんだ?」みたいな質問状を出してましたね。

まあ、アメリカはあと2年死んでますよ。

2026年9月8日火曜日

歴史に残る大雨の日となりました

とんでもない一日となった名古屋でした。

一日の仕事が終わりに近づいてきた時にナース・ステーションにいるみんなのスマホから一斉に警報音が鳴り響きました。見ると警報の中身は高齢者の避難開始等と言う禍々しいもの。

雨雲の様子を示すレーダー画像も、物凄い厚さの雲が見えから名古屋市のほうにかけて長々とかつ真っ赤に線状になってカバーしているのを示していました。そこに夜勤の看護師さん達がずぶ濡れになって登場し一言「ヤバい雨です」と言葉を発していました。

その時点で既に駐車場は大きく冠水し、15センチ程度の深さの水に覆われている事が窓から眺めていて判りました。ほとんどすべての車が徐行しているのが病院の敷地内だけでも良く理解できます。

さて、Google Mapを見てみると、あちこちで真っ赤なlineが描かれているだけでなく、一部は既に黒くなっていました。恐らく冠水した車が前にいけない感じでトラップされているのだろうと推測していたのですが、それは後で見たニュースで正しかったことが判りました。後で聞いたところではこの日に千種や北区の周辺で仕事をしていた人達は車が動かずに往生したそうで、帰院予定を二時間もオーバーしてほうほうの体で訪問診療から戻ってきたとの事。そして戻って来てからも家に帰りつくまでにこれまた2時間近くかかって帰宅しボロボロに疲れ切ったとの事でした。

ニュースでは200台程度の車が水の為に冠水して動けなくなり、河川はあちこちで氾濫。地下鉄は5時間程度ストップした上に市バスは全面通行止めになってしまったようでした。

しかし、それでも20年に亘る名古屋の大雨対策としての冠水用の地下神殿の建設のおかげで名駅周辺は冠水して車が動かなくなるような事もなく、十分に機能したようです。この地下神殿とそれに繋がった貯留用の用水は何と小学校の25メートル・プール400杯分の貯水能力があるのだとか!

東海豪雨を上回る時間当たり降水量(時間100ミリ越え)だったにもかかわらず、こうやって被害の抑制に効果があったのはきちんと備えを行っていたからだという事でしょう。

天災は忘れたころにやってくると常に言いますが、地震も同じように備えが必要ですよね。

娘はあるレストランでバイトを淡々とこなしていたようですが、地下鉄が10時半には動き出してくれたおかげで兎に角、特に大きな問題もなく家には戻ってこれたようです。しかし、名駅で夕方からトラップにはまった人達の中には歩いて名駅から藤が丘まで「大雨の中」帰ってきたようで…お疲れさまでした。

2026年9月7日月曜日

今回の帰郷で考えた事

今回両親の米寿と弟の初盆を終えて名古屋に帰ってきました。

一つ強く感じたのは両親の人生のエンディングが随分と近くなったなという事でしょうか。何時も自分でいろいろな患者さんを見ていて家族さんにも説明するんですけど、「80代の老化は毎年進む感じ、90代の老化は毎月進む感じ」というのがまさに自分の親にもぴったし当て嵌まるなっていう感じでした。

今回は親父の下腿の浮腫が「非常に」強くなっていて、腎機能の大きな低下が既にかなりのレベルに達しているなという状況を身体症状として見せつけられました。結局、心臓のほうにも影響強くなってくるだろうなと推定できるのが内心辛かったです。

昔から私よりもはるかに筋力が強く、その腕っぷしには勝てる気が一度もした事が無い柔道黒帯の親父が私の直ぐ傍で歩いている時に数回転びかけ実際に一回はどて~っと倒れたりしています。勿論こういう転倒の心配は温泉での入浴中もずっと続いていましたが…。

そして、実際に最も恐れているのは親父の単独入浴です。今回帰郷したときに旅から帰ってきた親父が風呂に入ったまでは良かったのですが、なぜか出てきません。私自身も忘れていたのですが、気づいたらもう一時間ほどは経っていた感じの時に私が浴槽を覗いてみると茹でダコのようになった親父がうなだれて鼾をかきながら寝ているでは無いですか!

余りの事に親父の肩を叩いて起こし、大きな声で怒ってしまいました。

「もう施設はいらんとヤバいやん!」すると親父は「大丈夫~!」と強がっていましたが、浴槽に浮かぶ水死体というのは日本では毎年大量にインシデントとして発生しているのです。まさに冗談じゃないというレベル。監視用のウェブカメラつけるとかせんといかんのかなと真面目に考えてしまう私でした。

いや、やっぱり施設かな…。90近い親の一人暮らし。もうエンディングはやっぱり孤独死の予感しかしません。名古屋に呼ぼうかな…。

2026年9月6日日曜日

やらかしたorz

鹿児島から戻って来て皆で焼き肉を食べた帰りに家まで戻って車庫にバックで入れようとしたときに「やらかし」ました。

キンコン、キンコンとならしながらゆっくりと借りたフリードのレンタカーをバックさせている時にガスッと嫌な音がしました。そうです、家の車庫の壁に車体の左後ろを傷つけてしまったのです。

名古屋でいつも運転している自分の車と同じように障害物に近づけば警告音がなると「思い込んでいた」自分の愚かさです。真暗闇の中で駐車時に車体を擦るなどと言う若葉マークのような愚かなミスを犯してしまった事に軽い衝撃を受けました。

もう夜も9時になっていたので、レンタカー屋さんは閉まっています。しょうがないので、明日車を返却するときに事情を説明せねばなりません。orz 

夜ではありましたが、時間が無いので家の片づけを更に進めました。細かなものですがやはりまだまだいろいろと処分しなければならないものが大量にあります。それでも、結局のところは親父の家ですのでやはりある程度の遠慮はあります。そこである程度は「放っておく」ことにしました。恐らく親父に万一があった時にはいろいろと大変な事になるでしょう。

一晩経って、朝になってももう少し片づけを続けましたが、結局それも中途半端なままで親父を連れて皆でイオンに行ってスリップ・インの可能なシューズなどを探し回ったりしながら時間を過ごしました。あまりにも親父の脚の浮腫が酷すぎてサイズ29でもまだまだキツキツでした。

4時半過ぎには車を返しに行ったのですが、実は車の保険のフルサポートを受けるためには警察の実況見分を行っておかねばならないという仕組みがあったんだそうです。orz

しかし、しかし、ここでレンタカー支店の一番上司の方が「純粋に自宅でのアクシデント」であったか否かを何度も確認されたのち、検分図をきちんと記入し特別に今回のインシデントを報告することで特別にお許しを得ました。

その後、飛行機に乗り込み名古屋へ戻ってきたのですが、やっぱり光の無い田舎の宮崎と違い名古屋はどこへ移動するにも道が高速で繋がっているし、なんでも手直にあるという意味で宮崎にはもう帰っては住めないなと感じたのでした。それは嫁さんも同じで、死ぬまで名古屋を離れるつもりはなく、この地で死ぬと私に宣言しています。

今回の旅では宮崎の親父の年単位で目に見えて進む「老い」をまざまざと見せつけられました。最後の最後はどうなるのか未だ判りませんが、軟着陸を望むのは親父も私も変わらないと思うんです。


2026年9月5日土曜日

特攻平和会館

蕎麦を食べて今回の旅の目的のもう一つの大きな柱である特攻平和会館へと移動しました。

桜島を左手に眺め、右手にはH2ロケット?の巨大なレプリカがある道をずっと走り続けるとその会館がある「知覧」へ到着。知覧茶で有名なエリアですが、場所自体はとても特攻のはとても特攻の出撃基地があったとは思えないような長閑でこじんまりとした場所です。

暫くすると見えて参りました。特攻平和会館。
前から見るとそれほど大きく見えませんが、中にはびっしりと特攻されていった方々の遺書や持ち物が展示されており、そのリアリティとそれぞれの人物達の背景にある物語の悲しさに打ちのめされます。

長女は文章が読めずに写真と活字化された文章のみ読んでいたようですが、私自身はその書き手の性格や教養がそのまま写しこまれたような遺書となる手紙やハガキを見て涙が溢れそうななりました。悠久の大義の下に等と言う美名の背景には国家によって死を命ぜられた17歳!から20代前半の方々を中心とした戦死者の方々、平均年齢21.6歳の死の前の文と写真の前には喉元に込み上げる熱いもの以外の何物もありませんでした。

検閲される前提で書かれた手紙の裏には決して語られない本人の物語が隠されています。

外道の戦法はお互い顔も知らない二つの国の人間が敵国殲滅の名の下に殺しあう無意味さを三度自分に思い知らせるのでした。あの時、日本や肉親の為に散っていった今の自分の子供より若い人々の犠牲に応えるような国家になれたのか、改めて我々は問わなければ再び愚かな行為を繰り返しかねないと考えます。
錦江湾より引き上げられた21式ゼロ戦
帰りには特攻の話をまとめた「只一筋に征く」という本を買いました。

国の未来の礎たる若者を戦地に送り消耗させるためだけに死を命じる作戦のどこに大義がありましょうか?金の卵どころか金の卵を産む親鶏も死に至らしむ作戦を狂気と呼ばないのは明確な間違い。戦前戦中にこの若者達を煽りに煽っていた軍の連中や報道関係者達が戦後にのうのうと平和を享受した事実を我々は決して忘れません。

もしこの死に追いやられた若者達が生きていればどれほど今の日本の繁栄に資していたかを考えると慙愧の念に堪えません。

特攻でお亡くなりになられた人々の合計は6,371人。愚かな戦いを聖戦の美名の下に美化することは決してあってはならないと思います。領土拡張の野望で愚かな指導者に操られる隣の赤い国を見て嗤っているいられるのか?30年ほど前に北朝鮮のツアーで一緒になった当時60くらいだったオジサンがポツリといいました。「今の若いあんたたちは北朝鮮のこんな状態見て笑うだろうけど、戦時中の日本てこんな感じよ」と。

歴史は場所と時を超えて繰り返すということでしょう。

車を運転して宮崎へ戻る激しい雨の道すがら、いろいろな想いが交錯した一日でした。

帰り着いてからは近所の焼肉屋さんへ行って親父にお祝いを渡しながらその米寿を祝いました。転倒にさえ気をつけてくれれば90歳までは先ず生きてくれると思ってます。がんばれ親父!

2026年9月4日金曜日

明るい農村蒸留所

朝もはよからトップにある階の展望風呂に息子を連れて入ってゆっくりと朝の湯を愉しみました。

その後からみんなで美味しいバッフェ形式の朝食を摂るためにみんなで移動。本当にいろいろな小品がズラリと出されていて正直ひとつづつ全てを食べても腹が破裂するレベル。全部味わうのは到底無理というのは最初の一周目で直ぐに理解出来ました。

朝食が終了したらすぐに部屋の内湯です。旅先で深い緑の木々と桜島を眺めながらの入湯は最高です。この後の動きをどうするか考えましたが、まず昨日霧島神宮から帰る直前にチラリと目の端に入っていた「明るい農村」見学のお誘い看板のお誘いに乗る必要があります。^^

そして目的の場所を直ぐに発見!ワクワクです。

レンタカーで工場の前に近づくと美しい笑顔のお姉さん二人が店の前で出迎えてくれました。誘われるままに中に入るといきなり一升瓶ならぬ一斗瓶の「明るい農村」が出迎えてくれました。

これをら抱えて家族5人で記念撮影もしました!

蒸留所見学を始める前にこの蒸留所で作っているいろいろな焼酎の試飲をさせてもらえるのでsが、私は運転手。涙を流しながら娘の試飲を眺めています。工場見学は明るいお姉さんが手際よく、かつ楽しく進めて下さりながら興味深い話を混ぜていろいろとサービスしてくれました。

上の写真に写っているタンク一本を普通の人が飲もうとすると毎日飲んでも40年かかるんだそうです。w このタンクが建物の外だけでは無くて内側にも80本!あるとの事。以前は年にタンク5本ほど毎年出荷されていたそうですが、最近は3本程度に減っているとの事。必ずや巻き返して貰いたいもんです。酒というのはいろんなサイクルで流行り廃りが繰り返されます。ウイスキーしかり、焼酎しかり。
美しくレイアウトされたお店の中には私の大好きなTシャツも売っておりましたので迷わず購入いたしました。結局ここでだけ手に入れられる復刻版のHOUJOU NO MINORIともう一瓶の明るい農村(赤芋仕込み)を購入。その後、美しい笑顔に見送られて店を後にしました。

みんなで「明るい農村」を飲みましょう!^^

次は知覧の特攻平和館に行く予定。その前に昼ごはんをどこで食べるかというのが次の問題でしたが、実は私の勤める病院の看護師さんに南鹿児島の出身の方がおられまして、実はその方が高校の頃に勤めていたバイト先が美味しくて有名な蕎麦屋さんだという事で、道すがらにあるそのお店に直行しました。

名前は「そば茶屋・吹上庵」という所でした。たった一つのミスは事前にどのメニューが美味いのかというのを聞いていなかった事。orz

仕方ないので板そばを食べたのですが十分に美味しかった!しかし後で知ったところによると「冷やしゴマダレうどん」を食べるべしとそば家を出た後に返答が帰ってまいりました。時すでに遅し。w しかし十二分に美味い板そばでした。

取り敢えず、今日はここまで。

2026年9月3日木曜日

親父を連れて霧島へ一泊旅行

今日は朝から娘のリモートでの会議が終わるのを待って霧島観光ホテルへと向かいました。

親父の米寿の御祝いに連れて行く事を計画して随分前に予約していたものでした。宮崎出身の人間にとって霧島というエリアは実質的に宮崎のような「感覚」。実際は昔から鹿児島の住所ですが感覚的にはそんなもんです。小林、都城、えびの、霧島というのは恐らく鹿児島側の人からみたら「そこは鹿児島」的な感覚じゃないかと思うんですよね。

そもそも宮崎と鹿児島の間で明治維新後も霧島に関してはずっと鹿児島のエリア。しかし、それは中世まで遡るといろいろと違ってくるんですよね。それでも、中世以降は鹿児島に含まれるエリアですからずっと鹿児島と言っていいところです。^^

さて、道を走る事1時間半でホテルに到着。案内されて入った部屋はお金を払う価値のある素敵な部屋でした。鹿児島の錦江湾にどっかり映える雄大な桜島が目の前に広がってそれを眺めながら入れる内湯が部屋に付いていました。しかも、入ってすぐお部屋は広いリビングがあってその向こうにはこれまた広い畳のお部屋と巨大なダブル・ベッドが二台。
ガラス越しに見た内湯。向こうには桜島。
このあと先ずは車で15分の霧島神宮に直行です。

親父自身は霧島神宮には公務員だったころの職員研修や旅行で何度も来た事があるらしいのですが、久しぶりに来たのが我々に連れられてきた今回の米寿旅行となった訳です。
入口駐車場にある大鳥居。でかくて綺麗!
神社までのわずかな坂を上ろうとしたときに実は親父に異
変が起きました。高さの差にすれば僅か2メートル程度距離だと100メートル程度の道を登り切った時に、親父が「フーフー」と異様に疲れた感じで道を歩きながらふらつき始めたのです。

「お前たちだけ神社で拝んで来い」という言葉を発しはしたのですが、息づかいがおかしいのでその場に座らせて脈をとると120程度の頻脈。リズムは整なのですが、このままおいてはいけないので暫く座らせて様子を見ていると脈も80程度に落ち着いて親父の不通に戻ってきました。

息切れも消失したようなので、心配しつつも神社で拝んできました。勿論、拝んだ内容は家族の健康。(と親父の長寿って既に長寿ですが!)
どでかい御神木
お守りを少し買い込んでおみくじを引くと長女も長男も私も大吉。長男は何気に引いたくじが1番くじでした。嫁さんは中吉、とは言えどれほどあてになるんだか?御神体は神社におわしましても、くじ作るのは人間ですからね。

まあ、そんなことはどうでも良くて下に戻ってみると親父は元気に階段に座って待ってくれていました。そもそも、慢性腎臓病があって下腿の浮腫もバンバンですから心負荷も当然のようにかかっています。そういう意味では薬での調整も次第に追いつかなくなっているレベルになってきたという事なんですけどね…。やはり歳には勝てません。

その後はいつもの普通の親父に戻ったのですが心配の種は尽きません。転倒、心不全、その他の理由での突然のインシデントは何時でも起こり得ますので、私は後ろからお親父をみていて「良く生きていてくれるな」としんみり思いました。

霧島神宮からホテルへ戻ると直ぐに温泉です。このエリアの温泉は強い硫黄泉ですので、シャワーも含め硫黄臭がします。それも旅の一興。先ずは我々男三人だけで4階にある予約済みの家族風呂に入ってきました。畳の上で直接入浴できるもので、大変快適。それでも一時間入るような事はせず直ぐに1階にある露天風呂へ直行しました。正直こちらの大浴場のほうがいい感じで、ここの湯を楽しんだ後に510の自分達の部屋へと戻っていきました。

その間に嫁さんと長女は内湯を楽しんだようで、気持ちよさそうにクーラーの効いた部屋で涼んで待っておりました。^^

夕方には素晴らしい大食堂で美味しい料理を腹一杯食べたのですが、親父は案の定コーラを入れていたグラスを叩き落として割ってしまうし…。子供以上に手がかかるのが米寿の親父の現実です。

部屋へ戻ってもまた私たちはそれぞれに何度か内湯や外の湯にも浸かりましたが、やはり内湯が一番良かったかなと思いました。雄大な眺めを楽しみつつ雨が降ったり止んだりする様子を愉しんだ一晩となりました。

2026年9月2日水曜日

結局、宮崎には行けたけど…

という訳で、午後7時30分の便まで滅茶苦茶時間が出来てしまいました。

ほぼ10時間。これで家まで戻るのもバカバカしいし、長女は長女で1時から三件分のウェブ・ミーティングが3時間分待っています。という訳で直ぐに思いついたのは飛行場の眼の前にある東横INNを予約する事!

ここは何時でも安くて値段の上下が少ないので大体の値段予想がいつでも弾けます。ここを「例え泊まらなくとも」利用するといい理由はシンプルで、ここは宿泊した人が車を置いてそのまま旅に出ていったときに10日間までは出庫時1,000円の駐車料金で済むのです!

だとすると、今から10時間の時間のうち3時間を娘がそのリモート・オフィスワークに使えて、シャワー浴びたり休憩したりできるとすれば、例え7,000円程度かかっても全然問題ない訳です。セントレアの駐車料金は近年ぐいぐいと上がって来てて、昔はTSキュービックカードなどを持っている人はセントレアでいろいろと特典があったんですが、それも無くなり今最強なのは東横INNです。

それでネットを探してみると「泊まり捨て」みたいな事をしなくとも、なんと、DAY USEという選択肢があるでは無いですか!しかもお値段5,600円と破格に安い。そこで、ネット予約をする前に東横INNに電話でお尋ねして、DAYで使った時もそのまま駐車場に車を置いて行っても帰ってきたら1,000円の駐車代でいいのですか?と聞いたところ「その通りです」との有難いお言葉が返ってきました。

そこで、ネットで予約を済ませた後にセントレアの駐車場からさっさと退去して東横INNへ移動して部屋へ移動。荷物は既にソラシドさんに預けた後だったので手持ちの荷などはありません。

そこで、セントレアで食事を済ませた後に娘は部屋で仕事開始。我々三人は飛行機好きの息子も含めてFlight of Dreamsのほうへ移動しBOEING787の機体をじっと眺めながらうろうろと散歩。お土産も買い込んでいつもは人が多すぎてとても見学できない機体内部や写真撮影を済ませて超リラックス出来ました。

その後で仕事が終わった娘のいるホテルへ移動。私はシャワーまで済ませて飛行機に乗り込む事が出来ました。

久方ぶりに飛行機に乗る事の出来た息子は嬉しそうでしたが、暫くするとあっと言う間に宮崎ブーゲンビリア空港に着陸してしまいあっという間のフライトでした。その後は既に時間も過ぎているJ-Netレンタカーのオフィスに行って、言われた通りのボックスの言われた通りの番号を回して車をゲット。白いフリードでした。

そのまま実家に辿りついたのは夜の10時。
予定より半日遅れでしたが、いろいろといい事もあって人間万事何とかという良い結果になりました。

家に着いたら弟の仏壇に手を合わせてお参り。線香がきつすぎてのどを痛めているという親父のために、部屋では日常的に線香を焚かない事。焚くにしても部屋の戸は開けて線香を焚くことを確認してもらいました。

明日からの移動がまた大変です。

2026年9月1日火曜日

とんでもない輩に予定を狂わされました

実は本日より5日まで、宮崎の実家に弟の初盆と親父の米寿祝で帰る予定です。

そこで、私たちの家族は生れて初めてANAのLCCであるソラシド・エアに搭乗してサクッと宮崎に返ろうという事になりました。いつもは移動に私の車で12時間かけて帰るというような事をやっていたんですが、嫁さんが「車はきつい」という話をしてきましたので、止めとくかなという気もちになっていました。それに彼女が「お父さんももう若くないんやから前の頃と同じような気持ちで行動したらイカン!」という風にも釘を刺されましたので、お言葉に従わせていただきました。

という訳で、私としては珍しく随分前にレンタカーを予約してJ-Netレンタカーで飛び切りグッドなdealを見つける事が出来ましたので、それに飛びついて確保させていただきました。

飛行機のチケットのほうは嫁さんが準備してくれていたので特の問題なかったのですが、宮崎のようなド田舎に飛んでいく便は通常朝と夕方の二回というのが多いパターンですので、朝を逃したら一日が無駄になるという事が多いのです。

という訳で、朝は早起きしなければなりません。セントレアまでゆっくり走って45分ですが、朝9時半発の飛行機ですから、お土産なんかを買う時間を考えたら、なんとしてでも8時半までには到着してゆっくり過ごしたいと考えて7時ちょいには家を出ました。これだったら二時間半前だからちょっとした渋滞程度では問題なく行けるだろうと思っていたのですが…。

ここである事件が発生します。orz

前回も書いたのですが、宮崎の行き帰りなんかにはなぜかいろいろな事が起きるという変なジンクスが最近我が家にはあるのです。この前の大豪雨で広島に行くまでに死んだ話とか、全く人災・天災いろいろです。

さて、今回のは人災のほうでした。名古屋口から高速に乗ってスイスイと高張のほうへ近づいて行っていた時のことです。予想到着時刻は出発当初8時15分で、物凄い余裕で着くなと思っていたのにもかかわらずいきなり8時40分とかに予測がジャンプしました。

「?」なんじゃ、これもっしかしてナビが誤動作した?とか思ったのですが、同時に後ろの座席に座っていた嫁さんにも調べてもらうとGoogle上でももう少しましな予測にはなっていたのですが、それでも10分程度の予測差。頭の中は「おいおい、なんか事故かよ?」という考えが過りました。マップを見ると知多半島を南下する高速が真っ赤に塗られています。

しかし、その気付いた瞬間はすでに遅し!眼の前にノロノロ運転でハザードを焚き始めている最後尾の車が見えてきたのです。

「ああああああ、高速乗っちゃった」という大後悔も時すでに遅し。降りる出口も近くに無ければ、迂回路を使った分岐予測でも数分しか違わない程度の予想。しかもナビの予測はリアルタイムでどんどん後ろにずれこんでいきます。

どうやら渋滞の先頭は十数キロ先の阿久比ICの入り口の少し先です。どこのバカがどんな事故をこんな時間に起こしてくれとんねん!と思いつつもここは焦っても仕方ないと腹を括ってノロノロ運転をしていましたが今回はいつも俺の宥め役、諫め役に回るはずの嫁さんが怒っています。w

しかし、そうこうするうちにもフライトの時間は刻一刻と迫って来て例え乗れても全力走りで行くしかない!という所まで来ました。嫁さんはソラシドエアに万一の場合はどうすれば良いかというのを尋ねると少なくとも10分前に搭乗口前に立っていて貰えば何とかなるという返事をもらったのですが、確か今日からは30分前にはチェックインを済ませていなければアウトというルールが始まったばかりじゃなかったっけと内心では思いつつ黙っていました。

とりあえず、そうこうするうちに渋滞の最先端に出てみるとそこに停まっていたのはレッカー車に積み込まれる前の前部が大破して確実にエンジン(これフェラーリのエンジンでっせ!)のぶっ壊れたホワイトクリーム色のマセラッティ・クワトロポルテが左車線を塞いでいました。

その脇には頭をスケベ分けにした頭の悪そうなホスト風の男があらぬ方向を向きながら髪をかき分けて地べたに座っておりましたな。この糞が!と内心で思いつつもそこを過ぎてからはあっという間に空港へ。

何時もと異なり、まずは第一ターミナルで嫁さん達を下ろして手続きに向かわせて私はその後に駐車場に停めたのですが、この時点で既に9時10分。もうアカンかもなと思っていたら嫁さんからLine通話が入って来て「やっぱりダメだって、でも午後の便は取ってくれるって!」とのお話が入ってきたのでした。

さて、どうするオレ?w

まあ、その続きは明日書くとして、今日思ったのはたった一つ。「やっぱり高級車は金で買えても知性は買えんな」という事でした。若造が乗っていたあの車。新車で最低でも1500~2500万です!パパに買ってもらったのか、ヒモとして稼いだのか?ま、どうでもいいや。

とにかく迷惑な話でした。またこの続きは明日。

2026年8月31日月曜日

教授選考の時期

再び教授選の季節が巡って参りました。

毎年毎年、日本全国でいろいろな大学のいろいろな教室が教授募集をかける訳です。文学、理学、医学、哲学、農学、その他諸々の科目の数えきれない程の教室で多くの人物達が定年退官を迎える事でその空きを埋めるために多くの人物達がそこに応募をかけていく訳です。

応募した人物は徹底的に、かつ多角的に人品骨柄を見極められることになる訳ですが、医学部の場合は少なくとも周りの教室との関係性、医学部長や前任者の意向、応募してくる大学間の力関係、その教室が保持する病院の数や規模、そしてそれらの病院に関連する大学の入り乱れ具合など訳が分からないほど複雑な要素が絡まってきています。

勿論、とてつもない業績があれば否が応でも教授なんかにはなり易いのですが、とてつもない業績があっても人間がとんでもない…というパターンも稀ならず有って、そこら辺りが教授選考を別の方面から難しくします。

しかも、医学部という所は恐らく他の学部以上に自分の大学出身者を「なんとか」優遇しようとしますので、Cellを二報first authorとして書いた人よりも、誰も読まないような国内雑誌や学内報を沢山出しているような人が選ばれちゃって学内からも「おい!w」というような事が行われることもしばしば。なんやかんやと屁理屈をつけて学内出身者を優先し続けるような日本の大学はこうやって沈んでいくのです。

他の大学と交流せず、おらがとこの大学を出た奴を先ず第一にしとかんと、次の教授選考もその大学から人が流れてくるかもしれんし、いずれ関連病院をそいつの出身大学の連中が乗っ取るかもしれん、等と言う名目でそういう「やらかし」を続けるんですね。

今の時代、教授になるメリットなんて老後に割り充てられるどこかの病院長くらい。気苦労多く、自分の教室に魅力が無くて人が来なければそれで終わりという時代です。

昭和の時代の白い巨塔のような事は今の時代、もう無いんです。

日本医師会のトップにいるような芸者好きのバカ男達がやるような政治ゲームが好きな連中はほぼ100%医学的実力や実績なんて何もない連中で、己の財布と老後に貰う政府が呉れる勲X等何とか章とかいうメダルを葬式の時にその棺の前にメダルと賞状を飾りたいだけの屑ばっか。w

本当に医学に貢献する連中は何とか会の会長とかで時間を潰す暇なんてありません。

一流の人間は研究と臨床と教育という巨大な三本柱に毎日自分を捧げて実力に磨きをかける事で精一杯。皆さんの命を預けられるのは「何とか県医師会」の会長様達では無くて、いつも大学や病院で走り回っている人達のほうです。

そんな一流の人達の中で、研究・教育・臨床の三本の柱を磨いて次代の人材を養成し、エリアの臨床レベルを底上げしたり治療法を改善できる人達であればいくらでも教授になっていただいて、人類を救って欲しいものです。

そうでない人で、名誉が欲しいだけの人なんかは手を挙げないでね。^^

理由は簡単、そんなヤカラが教授にでもなったら、その後に広い範囲で周りが長い間迷惑を被るからです。是非。身の程を知っておやめください。

2026年8月30日日曜日

劇団四季:オペラ座の怪人を次女と一緒に観に行きました

実は今日生れて初めて劇団四季の公演を観に行きました。

実は誕生プレゼントにと言って2か月ほど前に「パパ、もしチケット買ったら行く?」と殊勝な事を言ってきたので二つ返事で「行く行く~」と返事をしました。

こんな事を次女からオファーされるなんて事は先ず滅多にない事なので、それだけで私はウキウキ・モード。ところが、実はここからが大変だったとの事でした。暫く前にあった名古屋の劇団四季専用劇場の杮落しから後、本当にギチギチに先の先まで埋まってるような状態なんだそうです。

これは熱いファンが何度でも観に来るし、初めて観に来るような名古屋の人達もまだまだたくさんいるのだと思います。更には県外の熱心なファンの方々は距離など関係無しに名古屋くらいならいくらでも観に来るでしょうし、今回名古屋に作られた劇団四季の専用劇場自体を視察に来たい熱いファンがおられるでしょうから、暫くはチケットを取るのは大変だと思います。
生れて初めての劇団四季、生れて初めてのオペラ座の怪人。行く前にAIにオペラ座の怪人のポイントを聞いていきました。(次女には呆れられましたが。w)劇団四季と言えば私にとっては浅利慶太と世田谷一家殺人事件の犯人が出始めて日本でやっと本格的になり始めたばかりのネット・システムでの四季のチケットの検索をしていたことが記憶に残っています。

さて、現場に到着したのは30分ほど前でしたが、駐車場があまりなくて5分ほど車でうろうろした後に最終的に意外と近くに発見して娘と直ぐに劇場内へ。
開演前は写真を撮って良い実に短い瞬間でした。
娘が電子チケットを提示してくれて何の問題もなく中へ。別に持ち込みのペットボトルもそのまま持ち込めました。
本日のメインの出演者達。
18番の12、13という結構良く見える席で期待が高まります。その上で今日はどういった導入で始まるのだろうとジッとしていたら、会場がスーッと暗くなったかと思ったら直ぐに始まりました。
始まると圧倒的な声量で豊かに表現されたそのストーリーは期待をある意味大きく超えて素晴らしいものでした。これなら会員になって何度も来る人も当然いるだろうし、涙を流す人もいるだろうなと自然に思えるのでした。全体の粗筋を把握したうえで行って良かった。そして、四季の公演を観る事が出来て良かった~。^^(NYとかのThe Phantom of The Operaも観たいなと素直に思いました。)

帰りの車の中では娘に一言「ありがとう!」と素直に言えました、珍しく。w

2026年8月29日土曜日

そろそろ夏休みの宿題は?

私はこの時期になると夏休みの宿題を思い出します。

私は今も昔も根っからのズボラで、夏休みの宿題は夏休みの初日にほぼ半分を済ませ残りはほったらかし。8月27日くらいから超焦りだすのですが体は動かず。8月30日くらいになって残りの分を「なるべく」済ませます。

なるべくと書いたのは毎年必ず間に合わずに始業式に行われる宿題回収では先生からげんこつを頂くというのが毎年恒例の夏休みの儀式になっておりました。それでも実はその宿題サボりにもコツがありまして、厳しい先生の宿題はなるだけ頑張って済ませる事。図工の宿題はしていないと点数が付かないので頑張って作る(どっちかというと好きだったので苦にはなりませんでしたが)というのがコツ。w

小学生なりの傾向と対策とでも言いましょうか、9月も4日くらいになると次第に先生自体も夏休みの宿題の事など忘れ気味になってきまして、何も言わなくなってきます。それまでは毎日毎日出していない宿題の科目の先生の授業時間が来るとびくびくびくびくしていたものですが、流石に4日や5日になると先生のほうも「まさか出さないまま夏休みを終わってしまった生徒」がおるとは思ってないのか、もう宿題の事は言わなくなります。

ここまで来ると私の勝利。実際は宿題をしない事で勉強をせずに割を食うのは自分自身なのですが、そこは知恵の足りない愚かな小学生であった私。苦しみから逃げた事でラッキーという事になって楽しかった遊び満載の夏休みの終了となりました。

日本中の「宿題を済ませていない小中学生諸君」の事を考えると実に当時の自分の事を思い出し、かわいそうになります。アメリカにいた時には娘達には休暇中の休みなど全くありませんでした。そう考えると、夏休みだからと言っても休むことを許されない子供たちはなんだか気の毒に思えます。

宿題済ませてなくてもまあ、死ぬほどの事はありません!大人になった時に先生も含めてそんな事誰も覚えておりません。w

2026年8月28日金曜日

同じ看護師なのに

当直をしていると、日勤夜勤に関わらず電話がかかってきます。

しかし、業務の忙しさ自体も、電話のかかってくる頻度も日によって大きく異なります。その変異要素の多くは実は病棟のイベントの差ではなくて病棟に勤めている看護師さん、そして最も大きなファクターは当直の師長に因ります。

その差はびっくりするほどのもので、本当に自分のほうで判断して種々の問題を解決するタイプの看護師さんや当直師長であれば、当直の時間中に本当にいろいろな自分自身の雑務をこなしたり、病棟の残り仕事を片付けたりできるのです。

ところがどっこい、その反対の方々の時は…。

本当に自分で判断する訓練をしてこなかった人間のすることは、どの職位にあろうと残念なレベル。緊急性を要する判断は当然医師にその責を負わすことが必須ですが、それは通常誰にでもできる事。ところが、判断能力を養ってこなかった人達は「なんでも」投げつけてきます。まさに何でも。

しかも時間も全く関係なし。少なくとも今聞くことでは無いよね?という事を時間に関係なく問いかけてきたり、逆に「それ今になって問いかけてきたら遅いでしょ!」なんて事を平気でやってくれることに。どうして?とこちらから強く問いかけたいくらいですが、残念ながらこういった人達には教育効果というのがほぼ無い事は繰り返された痛い経験から学んでますし、逆にこちらから指導を入れた事がパワハラ風に曲解されても嫌なので「はいはい、それで?」と対応して終わり。

要するにこの手の看護師さん達に対するこちらの対応パターンもほぼ決まっています。最も摩擦を生まない、しかもシンプルな対応。しなければならない事は事務的に済ませ、患者さんへの対応は誰で漏斗真剣に行うというパターンです。

常々、当直が開始される時点で、その日の担当者名を前もって把握できますので「お、今日はスムースに行くな」とか「あちゃ~」とかなる訳ですけど、そもそも最近は当直自体が月に一回か二回程度に減らして貰えてるので大した問題ではありません。

仕事をする上で、パートナーになる人の当たり外れって大きいですよね。^^

2026年8月27日木曜日

親父も米寿‼‼‼

遂に親父も数か月前の母親の米寿に引き続き無事に米寿を迎える事が出来ました。

自分の親顔90近くまで「二人とも」病院に入らずに生きるなんてそもそも想像もしていなかったんですが、実際生きているので凄いとしか言いようがありません。w

そもそも長生きで元気でいる事は素晴らしい事なんですが、流石に90近くなって一人で親父が暮らしている事自体は危ない事だなと感じます。母親は20年ほど前に心房細動由来の脳梗塞で大脳半球の片方全体が詰まるインシデントを二回起こし、二回とも近くのカテーテル・スペシャリストの先生の手で再開通し、無事に助けられましたが、それ以来ゆっくりと脳血管性認知症が進んでしまいました。

しかし、それも年齢なりの病気なりのある程度は仕方ない事。それでも、何のかんの言っても両親とも少なくとも88まで生きているというのは凄い事だと思います。

一体これがどの程度の確率なのかという事をAIに問うてみました。すると…回答は以下の通り。「今の日本において男性が88歳まで生きる確率はおよそ3〜4割程度、女性が88歳まで生きる確率はおよそ6割前後。そして両親が「平均的な日本人の男性・女性」で、互いに独立とみなして計算すると0.35 × 0.60 =0.21程度。つまり、両親ともに88歳まで生きている確率はざっくり2割前後」との事でした。

という事は俺のような人間は2割程度居るのかと言いたいところですが、実際はそのような夫婦の中で「子持ち」の世帯は日本においては57%程度とのことですので先ほどの21%に57%を掛けると、凡そ12%程度との事でしょう。

しかしながら、実際には、子供がいる夫婦のほうが健康行動が良い傾向があり、子供がいる夫婦は結婚年齢が早い傾向がある、子供がいない夫婦は高齢まで働く割合が高い、出生コホートによる寿命の差などがあるため、実際の値はもう少し高い可能性があって、恐らくは12〜15%程度まで上がるのではないかというのがGemini先生の推定となっています。

要するに俺のような人間の7~8人に1人は良心ともに米寿を迎えるという事なんでしょうな。

そんでもって今88歳の両親が2年後にともに90歳を向開ける確率はというと、生命表から88歳男性が90歳まで生きる確率:およそ 75 〜 80 % 、88歳女性が90歳まで生きる確率:およそ 80 〜 85 %となっているので、0.7X0.82程度とすると6割弱の確率で両親が90を迎える事になりますぞ!凄い。w

親父に仕事がひと段落着いた昼過ぎにLINEで連絡を入れると元気に出てきてくれました!

お互いに88まで無事に、元気で迎えた米寿というものを寿ぎました。あの恐ろしかった親父も親父自身が信じられないような88歳を超えて滅茶苦茶優しい爺さんになってしまいました。特に嫁さんと孫には有り得んような優しい爺さんに…。

嫁さんにも孫にも怒ったのを見た事が無い。俺には?w

9月になったら温泉に行こうな!これからも健康で元気でいてください。

2026年8月26日水曜日

患者さん同士の殴り合い

病棟で仕事をしていたらいきなり食堂室のほうから大きな音が聞こえてきました。

何事かと思って駆け出してみると男性患者二人が胸倉を掴み合って殴り合いをしています。1人は90歳近い高齢のお爺さんで認知症の方。もう一人はやはり70過ぎの知的発達障害のあるお爺さんだったのですが、向こうの部屋に聞こえるくらいの音で結構な強さでパンチを繰り出しあっている状態でした。

どうやら原因はテレビのチャンネル争いだったようですが、認知症のお爺さんは何時も自分で勝手にチャンネルを変えてしまって悪びれることなく他の人達の不興を買っていました。しかも認知症があるので、その時に言われた文句などはサクッと忘れてしまうという状況で毎度毎度周りの人からブツクサ言われていたのですが、今回はそういった事に遂に堪忍袋の緒が切れた70過ぎのお爺さんが文句を垂れた様でした。

するとその90近いお爺さん、むかしは何か強い腕っぷしが必要な仕事でもしていたのか、いきなりその70過ぎのお爺さんにパンチを喰らわしてそのパンチをされた側も当然怒って殴り返したという訳です。

みんなで割って入って事無きを得たのですが離した後も二人とも興奮していて目が座っていましたね。w

最終的には最初にパンチを繰り出したお爺さんがもう一人に詫びを入れたのですが、その時点ではもう一人の人は全く許していませんでした。それでも翌日には何となく普通の感じには戻っていましたが…。

この例のみならず、時折「ヤカラ」系の人々は公共の場で怒りの雄叫びを上げる人が居るんですが、この手の人達も声は荒げたところでその怒りのやり場はどこにも無くて最終的には周りの人間から冷静な目でシラーっと見られて上げた拳の降ろし所が無い状態で恥をかく訳です。

まあ何れにしても今回のミニ・ファイト、ケガ人が出なくて良かったです。^^

2026年8月25日火曜日

男はつらいよを視て思う事

Amazon Primeの中で契約できる松竹+で男はつらいよを視られるようになってほぼ毎日いろいろな番手の話を次々と視ています。

話が古いものから新しいものに移ろうに連れて寅さんのがらっぱちなところが抜けて「ものわかりの良い人」になっていくのが目に見えてしまいます。そもそもはやくざな兄貴という感じで、やることなすことが「あ~あ」というような感じだったのが、少しずつ少しずつ常識が通じる人になっていくんですよね。

視ている我々はどうしようもなくあれこれ駄目な寅さんを見ながらも人情の機微を読み取る能力にはいつも一目置くようなシーンが連続するわけですけど、26話の満男の登場するあたりから一人の恋に挑戦する男というよりも、人の恋の指南をする男である方向にグッとシフトしていったと思うんですよね。

それでも、実際は15話くらいからリリーを中心に話を追う毎にもしかしたら一緒になるという事を繰り返すうちに視ている我々は「絶対に一緒になるな!」と思う完璧な状況の中にある二人が結局のところ最後まで一緒になることは無くシリーズが終わってしまったのですが、最後のほうはもう完全に夫婦。単に籍を入れていないだけ、という所まで行きました。

しかし、ここまで来た時にはもう完全にチンピラ臭は抜けきってしまっていて、何だかシンプルに良い人になってしまっています。

車寅次郎というキャラが渥美清を完全に飲み込んでいく過程を見せられているというのが何だか辛くもあります。本当は渥美清という人は本来はもっと寅の事をやくざな男のままに演じたかったんじゃないかなと思うんですけどね。

それにしても、寅はこと女性に関しては謎の奥手ぶり。山田監督のセッティングなんでしょうが、視ているこっちはイリイリしますよね。この点については俺のほうが成熟が足らずにその気持ちを読み切れていないんでしょうね。きっと。

ところで今回いろいろ調べているうちに驚いたことが一つ。寅の甥っ子の満男のこと、私はずっとミツオと読むのだと思っていましたが、調べてみると正式にはマンオと読むとなっています。松竹の公式でも!

本当かいな?


2026年8月24日月曜日

Apple高すぎる!

メモリの異常な高騰が続いています。

理由はAIコンピューティングの異常な需要増加に伴うメモリの払底。まあ、数年サイクルのメモリの世界の事ですから「必ず」落ち着いてくるときは来るでしょうけど、少なくともあと数年は無理かなって諦めてます。

さて、そういうメモリ高騰までもが理由にされているのがApple製品の値上げ。

ここ最近のApple製品の値上げは正直なところ次の製品を買おうという気が全く失せるレベルのものだと私自身は感じています。例えば以前は20万円程度の感覚で買えていた一番安いマックブックProが14インチで34万円!16インチに至っては52万円から!という値付け。一体どこの殿様商売なんでしょうか。

果たして学生を相手にはしていないのでしょうね。w
若い層に支持されなくなった製品が最終的にどういった運命を辿るかというのを見るのはなかなか興味深い未来予想になるのではないでしょうか。

かく云う私も以前自分のマックブックProをワインを零して壊して以来買い替え期はAcerのWindowsマシン。そして今二代目として使っているのも二代目のAcerのWindowsAIマシン。特に何の不便もなく使えている状況で既に何年も過ぎています。 マシンは32Gのメモリを積んだ512SSD・Ryzen7のOLED画面のマシンですけど、値段は25万程度でした。同じレベルのアップルマシンを持とうとしたら…。考えるだけで背筋が寒くなります。

滅茶苦茶儲かっているのにいい気になっていろんなところで値上げを続けているアップルですけど、AIの開発では大きく後れを取手結局のところ他社に依存する構造になり始めていますし、以前はアップルを使う確かな理由としてプライバシーの問題というのがありましたが、AIの登場でプライバシーの件はほぼ何の意味も持たなくなる世界になってきました。

2026年になって二度の値上げ、理由は円安やメモリの高騰なんだそうですが、既に20万円を超える値付けとなっているiPhone17ProMaxなんかを見ていると「次にアップデートできなくなったら、もう日本製のアンドロイド製品でいいかな」って考え始めています。

大学三年の頃からアップル一筋だった私と私の家族ですが、先ず娘のノートが仕事上の理由からウィンドウズマシンを使用しはじめ、私は上のような理由でマシンがここ数年Windowsに替わってしまいました。

そして今、私のiPhoneは15ProですけれどこれもAI関連のアップデートが出来なくなった時点でどこまで維持するのか正直なところ大変疑問です。アップルにとって一番の問題は今迄アップル製品を好んで使ってきた理由が消失し始めている事ではないでしょうか。

そして、価格差がこれほどドでかくなってくると給料の安い「若い人達」を中心に急速に乗り換えが進んでくるのではないかと思います。その証拠に急速にシェアを落とし続けているではないですか!

日本人はアップルにとっての金銭刈り取り機ではないという事。非現実的な値付けで痛い目を見るのはアップルのような気がします。それはNANOのような、スマホのチップで作ったPCで人を騙すような事をしても最後はバレてしまうのではないでしょうか。

まあ、それでも今時PCでやる仕事なんてブラウザで全部出来てしまうからそれでも良いんでしょけどね。w

2026年8月23日日曜日

スマホの画面割れ

みんなスマホを使いながら画面割れと云うのは通常無いのだろうかと考えてしまいます。

通常アップルやアンドロイドの表面に使われているコーニングのゴリラ・ガラスも年々歳々レベルが上がっているので、割れにくくなっているのもあるんでしょう。

しかし、私の家族は私も含めて全員が何らかの画面用の種々のコーティングカバーを張り付けています。ブルーライト対応のもの、斜めからの盗み読み防止用のもの、ただのカバーなど様々。私自身はどれを使っても大して差は無いとぐらいにしか感じていません。

そもそも、ドン・キホーテやその他のスマホ・ショップでは一枚の画面用カバーが2,000円くらいするものまであります!私にはとてものそんなものにお金を投資する事が出来ません。というのも、通常私はポロポロスマホを落とすので、ちょっとしたことで前回綺麗に張ったカバーに「傷」をつけてしまうのです。

そのために私がやる事はシンプルで、セリアの100円画面カバーを何枚も買っておいて少しでも傷が付けばさっさと替えるというものです。100円ですから何てことない感じで幾らでも「犠牲」にできます。少なくとも自分のスマホは常にピカピカの画面プロテクタに守られています。100円とは言え、ぴったりと自分の機種にマッチしたカバーは全体を綺麗に見せてくれますね。

一枚数百円のシステムだと、画面合わせの時にボックス上のものでスマホ全体をカバーし、手元のところからカバーされているシールを剥ぎ取っていくだけで良いのですが、100円のものだとそこはコツが必要で、画面を徹底的に眼鏡用のクロスで綺麗にした後エア・ダスターで表面の最後の汚れを取り除きます。その後、慎重に気泡を気にしながら張り付けると全く問題なく美しいカバー貼りが出来ます。

その仕上がりを見てそういう事が不慣れな嫁さんは私にいつもお願いしてきます。勿論、無料サービスです。w

2026年8月22日土曜日

他人の運転

バイト先の病院では在宅診療を行う時の移動に専属の運転手さん達を大量に雇っています。

しかし、毎度強い違和感は拭えません。違和感の元は運転手さん達それぞれの運転の特徴。運転の癖としてそれぞれ異なる停止のタイミングや強さ、運転の速度、その他の癖など様々です。

通常こういう運転手の人達というのは何らかの仕事をいったん退職されて人生の余った時間を小遣い稼ぎで何らかの生活の足しとして働いている人が殆ど。近くに住んでいるからという事で、一流企業を退職してから余り時間という感じで数年間働かれている方もいれば、もともとタクシー運転手であったという方も多いという事。

それぞれに強い癖があって、滅茶苦茶慎重な運転の人もいれば、やたらとイラチの人もいる。更にはタクシー運転手時代の癖なのか、指差し運転をする人も中には居ます。実際に接触事故をよく起こす人もいてそういう人は直ぐに馘。また、信号無視を一回でもしたらやはり馘。そういう極端な人は別としても中にはセクハラ発言をする人もいてこういう人も当然馘。w

しかし、そんな極端な人は別としても私が気持ち悪くなるのは右折左折などの時にきちんと止まって歩行者にじりじりじりじりと近づいていくような人や歩行者に舌打ちする人。これ本当にヤバいです。

そして更に嫌なのは対向車が譲ってくれたりした時に相手に「会釈」をしない人の運転。ちょっとしたことですけど、俺的には「あり得ない!」という感じ。病院の名前を車体に刻み込んで走っている車なのにそういうちょっとした事が出来ないのはかなり不味いんじゃないのという事です。

余裕が無いのかな。そういう意味では運転手としての第二の人生もそろそろ終わっていくような時期に来ているのかもしれません…。

運転というのは命の関わった仕事。高齢者ドライバーになる途上でいろいろと失っていく過程を確認する時期なのかも。

2026年8月21日金曜日

形成外科と美容外科

形成外科の苦闘を最初に見たのは大学の最終学年の時でした。

当時、雲仙の火砕流に巻き込まれた人達のレスキューに入局したばかりの形成の先輩が自分の時間を全て患者さん達の治療に充てていたところからは始まりました。みるみる疲労を蓄積させながらもそれこそ必死に患者さん達を診察して実力と自信をつけているのが会話の端々から溢れ出ていました。

それでも患者さん達は次々と敗血症性ショックで亡くなっていく状態。全身火傷も火砕流のような異常な状況での罹災で全身が酷い状態になると本当に救命は極端に困難になることが間接的にも理解出来ました。

そしてレスキュー後はまさに形成外科の標榜する「形成治心」の本領発揮です。火傷に対する何度もの皮膚移植を通じてどんどん綺麗に戻していくような加療が続きます。

その他にも形成の医師は腫瘍摘出後の乳房形成や先天性の形態異常の治療、けがなどの傷跡の治療、褥瘡に対する加療など様々な領域に日々一生懸命仕事されているんですが、これだけの大変な治療能力を持っていても今話題の美容整形の医師にはとてもとても稼ぎでは及びません。大学病院の形成の先生はバイト代入れても1,000万を超えていく程度が普通。アメリカとは全く比較にもなりません。

ところが直美だと数千万がデフォルトで、その後は…という世界。

何をどうだという気もありませんし、人にとっての「やりがい」というのは違うんでしょうが、自分としてはねやっぱりアレですよ。俺や家族がこれからも必要な先生はやっぱり形成外科の先生だけですね。

2026年8月20日木曜日

一週間に何回散歩できるか

何時も自分でセットアップした散歩コースを歩いています。

前にも少し書いたのですが、自分の家からイオンモール長久手までのアップダウンのあるまっすぐな道を歩きます。

アップは46.2mでダウンは41.1mです。トータルの距離は片道あたり約2.5kmでした。勿論、その反対に戻るときはアップダウンの数字は全く反対になりますが、基本的にそれほどきつくはありません。それでもこの暑い時期にこの往復5キロの道を歩き終えると汗びっしょり。

夜間、私の前後で同じ方向や反対方向に歩いていく人々。1人だったり2人だったり、夫婦の様だったり友達同士だったり見える人達。走る人、歩く人、自転車に乗って通り過ぎる人々が私の周りを次々に動いています。夜の闇の中では自分自身の存在を周りに示さないとはねられたりぶつけられたりしかねません。

そこで私の格好はというと基本的に上を明るい色である黄色や白系のTシャツを着て下半身も黒のスパッツを履きますが後ろ側は反射材が付いたものを履きます。更に首には白いタオルを巻いておきます。そして最終的にもう一つの安全装置としてのLEDライトを首にぶら下げた状態で歩き続けます。

正直格好はよくないのですが、撥ねられては折角の散歩の意義も台無しになってしまいますからね!

これを週に一回から二回行うのですが、片道は大体3,000歩で往復で6,000歩くらい。正直大した歩数ではありませんが、自分の健康維持に何とか資してくれないかなと心の片隅で祈っています。

取り敢えず、ポケモンGO用に作ったこのセットアップでこのルートを30キロ以上歩いていますが、まだまだ健康に何か役立っている感はありません。進行する加齢と衰える筋力に抗う小さな小さな抵抗ですが、一体いつまで続けられるのやら。

それでもやるしかありません。



2026年8月19日水曜日

患者さんも選ばれる側

在宅のバイトをしていると昔とは事情が変わってきたなと思います。

一つの病院で大量の患者さんを抱えていると、無理をしてまでトンデモ患者の面倒を我慢してまで見る必要は無いという事が標準的になってきました。

患者さんを家族ともども診る、お世話するというのが在宅診療の基本線ですけれど、病気ではない人でもトンデモない人間がいるのと同様に疾病を持っている人の中にも明らかに実におかしな人間達もたくさんいるのです。まあ、自然な事ですよね。

病院を維持するためにはある一定数以上の患者さんが居て、その人達に昼も夜も対応するためには膨大な数のスタッフが必要です。これは商売でも病院でも一緒だと思いますけど、所謂カスハラにあたるような行為をする患者さんというのが一定の割合で存在します。そういう人達は基本的にいくつかパターンがあるのですが、その中でも最も困るパターンは「自分で決めた薬を要求してくる人達」でしょうか。

データと症状とを診て、その患者さんや補助する家族さんが達成する事が出来る服薬コンプライアンスまで推理しながらどの薬を飲むべきか慎重に決定していきます。医療関係者ではない方が驚くかもしれませんが、患者さん、特に高齢の患者さん達の中には「驚くほど」服薬の手順を守れない人々が居るという事、そして服薬自体を忘れてしまう人、その他にも出した薬を「わざと」服まない人までいるという事は医師にとっては半ば常識です。

その上で服薬の組み立てを行うのですが、そういった考えにはまったく想いが至らず、自分から指示を出してその薬が出ないと判った瞬間に医師側を詰り病院を変えるという人がごくマレに居ります。

そういう時の我々の答えはシンプルで、「では医師と患者の信頼関係が醸成できませんのでこれで訪問診療は終診です」というもの。
時には追い打ちでそういった回答に激怒して「お前のところを訴えてやる」という人までいるのですが、我々はそれまでの経緯をきちんと電子カルテに記載していますので何にも負ける要素がありません。

無論、訴えて頂きたいくらいですけどそういう脅しを吐いた方々で未だかつて実際に訴えてきた患者さんは一人も居りません。^^

理不尽な怒りに身を震わせながらも、なぜそういう事を言われたのかがまた区理解できない可哀そうな方々は、同じような「トラブル」を他の医療機関でも繰り返しながら、次第に己の住む世界を狭くして最後は「そんな人達でも良い」医療機関に引き受けられていくのでした。

医師と患者の関係も所詮は人と人。常識以外の何物もその関係を作り上げる手立てというのは無いのでした。

2026年8月18日火曜日

こんなに美味い焼肉あるんだね~

偶然入った店が驚くほど美味い店だったときは何時も幸せです。

そんな店の一つが今池にある焼肉「びっくり」です。このお店はガイジンさんの女将さんと寡黙な大将(店内で女将さんからパパと呼ばれています^^)とが切り盛りしているのですが、実にこの女将さんが優しい良い表情をしているんですね。お店はやはり女性の優しい笑顔があると人気に華が添えられます。

しかも一番大事な事は肉が滅茶苦茶に美味しい事。今までいろいろな焼き肉店に行っていますけど、こんなに美味しい焼肉を出す店は正直初めて。食べても食べても美味しさの質が落ちないレベルの美味しさなのです。腹は確かに一杯になるんですけど、腹いっぱいになってもやっぱり美味しい。

最初の一口で「ああ、この店に来たのは正解だった!」と感じて、途中経過で「ああ、どの肉を食べても美味しいい~」と感じ、最終コーナーでも「腹一杯なのにやっぱりまだまだ美味いぞ!」と思えるレベルで美味いのです。やっぱりこれだけ美味いからこその古より続く店。

この店はそもそも南隣にあるあの「今池屋」とほぼ同時期に始められたお店なのですが、爾来80年以上の歴史を刻めたのは恐らくこのお店で出される「秘伝のたれ」がその理由ではないかと思うんですよね。肉も焼いた後でも溶けるほど柔いし、ナムルやキムチもめちゃ美味い。

この店の評価をネットでいろいろと見ると肉は美味しいけどご飯が…等と書いている御仁も居られるようですが、そういえば俺と嫁さんは行った時にご飯でなくてユッケ・ビビンバでそのご飯の代わりにしていたところが違いかな?これも美味しいですぞ!今池屋もびっくりもその味にマッチした人を引き付けて離さない何かがあると思っています。

食べて合わないと思う人がいてもそれはそれで良いと思います。しかし、如何なる話が出てこようと私は「決め」はココが良いなと強く思います。海産物なら福井や長崎のド田舎の店。

鉄板焼きなら今池屋、焼肉ならびっくり。ウナギなら炭焼きうな富士の別邸、鍋焼きうどんなら山本屋総本家の本家とか。その一つとして十分資格のある店です!

来週又出産祝いを兼ねた友人の個人的祝賀会をここでやろうかなと思っています。

2026年8月17日月曜日

アメリカの家の修理のために送金

この8月になって久しぶりに送金手続きをしようとしたときに手続きのためのプロセスが少々変化してしまったため、ログインに失敗して送金できずに困っていました。

そこで、一念発起して間違いのない様に近所の三菱UFJに直接昼休みに行って一時間前後で全てを済ませてきました。送金手続きの項目ない様には幾つか行員さん自身も「?」となってしまうようなちょいと不可解なセッティングもありましたが、実際に行員さんと一々確認しながらなんとか$7,000送金しました。

時間が遅かった事もあり、月曜日まで口座のお金が動くことはありませんでしたが、月曜にはまずUFJの口座からゴソッとお金が動き、その後アメリカの銀行口座に7,000ドルの金額が登場してメデタシメデタシでした。

基本的にいつもこのパターンなのですが、世の中に悪い奴が居てマネー・ロンダリングをするせいでこんなに送金が遅れる訳でして、真に俺ら普通の人々は不便を強いられる訳です。とは言え、犯罪抑止のためにこのような手続きは必須なのも解りますけどね。

さて、今回の送金済みのお金はどのように決済されるかというと、業者さんが先ず開始にあたって契約書を送付。サインが終わってオフィスが使用の確認を終わった時点で半額を引き出して工事開始。全てが綺麗に終了し、アメリカで我が家に住んでいる方が「確かに契約通りに終了した」と思えるような仕上がりであれば残りの半金も口座から引き出して終了となる訳です。

これが標準的なアメリカのコントラクト施行法。書類が電子的な手続きによるサインとなる事が増えているのがここ数年の流れですが、いまだに紙でのコントラクト・ペーパーを遅らせるところもありますので、本当に移行期でしょうね。

恐らく今回も電子的決済だと思うんですが、もしかしたらアメリカにいる我が家の住人の方が紙のサインの場合はサインしてくれるかもと思っています。

速く綺麗なドアポーチになって、住人の方が満足してくださると良いのですが!期待しましょう。^^

2026年8月16日日曜日

病院で弱い人間に優しくできないような輩は…

一か月ほど前に患者の輸液に大便を混ぜて殺そうとした疑いの強い女性看護師のニュースが何度も放送されていました。

51歳の女性看護師との事ですが、ビデオ映像などから推定するのみならず、スマホの検索歴に「便注入、死ぬか」という恐ろしい検索履歴があったとの事で限りなく黒に近いというか真っ黒けです。

職場でも切れやすい性格だったとのことですが、そもそも患者と言い合う時点でヤバい。対応に困る患者というのはいつでもどこでも居ますけど、精神科病棟や認知症の病棟では尖ったキャラクターになってしまっている患者というのは何時でも居るし、それ自体が疾病。そんな患者相手に本気になるようではそもそも仕事に向いていません。

話は少し脱線しますが、上とは違って「碌でも無い患者」というのもこれまたいつでも登場し得るんですね。やくざやチンピラ。しかし、こういった連中は今の時代実に御しやすい。警察呼ぶ、退院させる。ただそれだけです。

病院というのは他の患者に迷惑をかける事を極力抑えてもらわなければならない「治療の場所」であって、治療に支障を来すような行為を繰り返したり粗暴な言動を行い看護側に業務執行に支障を来すような恐れを抱かせるような人物は私はそもそも存在を許しませんので即時・即日の強制退院です。あとその人物の疾病がどうなるのかというのは残念ながら関与することはできません。名目上は「自己都合」による退院ですから。

さて、最初の便混入疑いの看護師ですが、入院中の患者といつも言い争いになるような輩は私の勤務する病院にもいました。以前、このブログでも書いた事があるのですがもういろんな意味でトンデモでして、いろいろな資格は持っていたんですが、紙の上の勉強が出来るだけで対人関係は最低、更には看護実務も全く成長を見せないままの二年間で病院を辞めたのですが、辞める前は看護師ユニオンに飛び込んで無い事無い事ありったけを吹き込んで病院に嚙みついてきたので、当時存命中の理事長が割増退職金を支払ってまでサクッと切り捨てました。

前の職場の悪口を何時も愚痴って「自分は虐められていた」と周りに言い放っていたので、この手の人物は要注意だなと思っていた通りの結末でした。恐らく次の病院(名古屋市内にあるどの病院に移ったか既に判明しているのですが)でもこの病院の悪口を言いつのっているのでしょう。orz

病院という職場で患者と言い争いになるような「輩」は他にも数人知っていますが、私は看護師長に強く言って「言い返したり刃向かえ無いような弱い高齢患者さん達が集まる病棟、特に認知症病棟や精神発達遅滞の患者さんの居られる病棟等には絶対に配置してはいけない」と決めています。夜勤や人手の少ない週末等の人手が少ない時間帯に患者の頬や体をつねったり、叩いたりする可能性を極力排除しないといけないからです。

強い男性患者相手であれば、そもそも何かを言ったりすること自体がリスクですからよっぽどの馬鹿でない限りそういった事は起こしえませんしね。それでも、今回のように注射にそういった事をする頭のおかしい看護師が過去にも(世界的にも何人も)沢山日本で疑われている例が報告されていますので、こういった看護現場で「ナニカがオカシイ」と思われる人物をそもそも雇わない事、雇っても立場の弱い人の集まる病棟には配置しない事が理想なんですが、そういったフィルターをすり抜けてくる輩にどう対処すべきか。

事件が起きてからでは遅すぎるのです。病院長の首が飛ぶくらいでは済まないのが現実。本当に何時まで経てもこの手の輩は医療現場から消えませんね。

残念です。

2026年8月15日土曜日

夫婦二人で昼食会へ

お盆のど真ん中に昼食会に行ってきました。

お呼ばれで行ったのですが、名古屋観光ホテルの頃からの会員のみの招待状発送だったとの事(それでも1,500通発送されたとマネジャーから伺いました)。勿論、私自身はそんな世界とは無縁の人間なのですが、私達をいつも招待してくださる方は我々の知らない名古屋の食事を知り尽くした人物で、我々夫婦はその方の紹介してくれたあちこちのお店を「その後」使うこと度々です。

いつもこうやって紹介をしていただいてそのほぼ全てが美味しいお店だとしても、もしスクラッチで名古屋の美味しい店を探すようなことがあったら一体いくらお金を落とせば良いのかということになります。

ネット上の評判と実際の味が自分の下に沿う沿わないと言うのは実にいつも発生することですし、雰囲気まで入れると実際に最後に落ち着く美味しい店を見出すのは容易ならざることです。しかも、安い店なら失敗は許されもしましょうが、大きなお金を使うことになるような店を「知る」為には前回書いたような食を極めるようなお金の使い方をする人でなければなかなかたどり着けないようなレベルの世界というのも当然ある訳です。

そこに既にそのそういった味見と雰囲気を調べ済み、かつそこのリピーターとして名前まで覚えて貰っているような人というのにはなかなかなれないものです。

しかし、我々が行くと何時もホテルのマネジャーが出てきてくれてシェフとは個別に挨拶をしてくれるのが常々で、正直我々のような高級な雰囲気に慣れていない「庶民」には恐縮という言葉しか出てこないことが度々です。orz

さて、今回はエスパシオ・ナゴヤキャッスルの昼食会。お一人1万円のコースだったのですが、出てくるbuffetの品数に圧倒されるとともにデザートにも打ちのめされました。小路名の数々それぞれが美味しかったのですが、たとえ少量でもあれだけ数が揃うと全種類を食べ終わる前に腹がパンパンに膨れ上がります。

ほぼ半泣きというか嬉し泣きで食べさせて頂きました。途中でプロジェクション・アートの演出もあり、素敵な時間を過ごさせて頂きました。これなら少し無理すれば嫁さんとの特別な時間として「何かの記念日には行けるな~」と考えた私でした。

B級グルメ専門の我々も歳を取って見えてきた別の世界の存在を少しは愉しみたいなと思う今日このごろです。

2026年8月14日金曜日

日本中から名古屋に集合

お盆とは言え時間があるときにネットでいつも話しているゲームの連中が名古屋に集まりました。

熊本からくる青年の出張に合わせて作り上げた日程だったのですが、千葉、滋賀、東京そして私の住む愛知県名古屋市からの参加で合計五人。

何時もなら今池屋やその他の私がよく知る間違いなくうまい店、雰囲気のある店に集まってもらう訳なんですが、今回は事前に調べたところ確実にその日は閉まっていることが判っていた為にそういった店は選べません。だからと言ってどこか気の利いた店を知っている訳では無かったので、知り合いの若いMRさんにLINEで伺って紹介してもらいました。取り敢えず電話していたところ、2週間前だったこともあり予約問題なし。

場所は名駅から歩いて5分ほどの場所。取り敢えず7時集合だったのですが、たまたま私が一番目に到着。なかなかベストなボックス席を誂えてもらっていました。

千葉からくる方は千葉で数日前から始まっていた雨による大災害の影響で30分ほど電車が遅延したこともあり、新幹線への接続に遅れが出たとの事で7:40頃に到着されたのですが、それ以外は何の遅れもなく初めて見る顔、既に何度も見た顔など職業もポジションも多士済々の面々が集まってきました。

何時もの事なんですが、なぜかゲームのスキルアップの話などは全くなくて、ゲーム内の人間関係などで最初の一時間程度は話が過ぎていきます。ところがそれを過ぎた頃からはもうゲームの事など何時も関係なしで話は次から次へとパーソナルな話題へ。

いつも驚かされるのですが、彼らは東証一部上場企業の人間の比率がめちゃ多いんです。そうでなくても自分の持つ会社の本部取締役とかその手の行為の役職の人間の比率が高いんですよね。何でかはわかりません。しかし、隙間時間を使うのが上手いんでしょうか、ゲームの中ではポイントポイントでは重要な役割を果たす事が出来る人達です。

とは言え、みんなゲームを始めて既に1年半も経過。次第にゲームに対して「飽き」始めています。実際に最初の頃のコア・メンバーは相当やめてしまっているんですが、やめた後も実はネットで普通に繋がって近況報告をするだけでなく実際に会うメンバーは沢山います。何だか職場の人間より有機的で気の置けない関係で不思議な感じなんですが、何でこうなるかと言う事を考えてみるとやっぱり「世代が近い」というのが大きいんでしょうかね。

説明の要らない人間関係というのは良いもんです。

夜の12を随分回ったころまで二次会の焼き鳥店で話が続きましたが、最後はまたの再会を約して別れました。家まで帰った時のタクシー料金は8,000円近く!これなら駅近のビジネスホテルに泊まったほうが良かったわいと思った私でした。

2026年8月13日木曜日

手を払いのける人達

 やっぱりなかなか大変です。

こちらの方で救いの手を差し出そうとしてもそれを嫌がる人達が一定数いることは前にも書きましたが、この数ヶ月もそういった人達がコンスタントに出てきて病棟の看護師さん達を困らせ続けたのが印象的でした。

役所経由で依頼が入ってきた人や別の病院で大病を患ったのを加療され最終的に転院の形で加療継続する必要がある人達であっても、生活保護のお金を自由に使いたいという理由、外の生活で酒やタバコを自由に味わいたいという理由で病院での治療を拒む人など実にアウトローな(ここには書けないようなものも含めて)理由で出ていく人達は定期的に出てきます。

いくら公的機関が必死に傘を差し出してもその傘の庇護の下に入ることを拒むその手の人達は結局あちこちの経路を辿りながら時間をかけてゆっくりと負のスパイラルに陥ってドツボの底に落ち込んだ状態でもとの病院に戻ってくることが本当に頻繁。

何年も前に啖呵を切って出ていった患者さんが久しぶりに戻ってきたと思ったら、もう脚どころか手も動かないような寝たきり状態になっていたり、肝硬変で腹水パンパンかつ肝性脳症でせん妄状態だったり、COPDで酸素タンクなしでは寝ることも出来なかったりという変わり果てた姿で戻ってくるのです。

正直なことをいうと「人間的だな⋯」と思うんです。

しかし、最終的には大量の税金と医療費を使って人生にお別れを告げるような事になるようだったらなんでこの前は啖呵を切って出ていった?という話。威勢よく拳を振り上げたは良いけれど、その上げた拳を下ろす場所は結局無かったんだねということに。

それでも、それでもやはりそういう「人の言う事を聞かない生き方」はアリとしてあげないといけないかなと思っています。^^


2026年8月12日水曜日

長女がまた新たに仕事を開始

一体何を求めているのか解らないんですが、じっと眺めています。

長女は既に仕事を3つもやっておりまして、一つはリモートの貿易関連の仕事。もう一つは週末に写真スタジオから依頼される名古屋の観光客や結婚式のビデオや写真撮影。更には栄の店にあるバーのバーテンまでしているのです。

ところが、今度はアメリカから出店してくる名古屋初のステーキ・ハウスのバーテンとしてステップアップしようとしているとの情報が嫁さん経由で入ってまいりました!

なんでなんだろうと間接的に聞いたところ、興味深い・面白そうという事で勉強を重ねながらいろいろとステップアップしたいみたいです。オタクと言いますか、好奇心の赴くままに何でもかんでもやってみたいと思うのはどこかのオヤジとそっくりだと自分自身で思ってしまいます。、まあ、私としては自分で飯代を稼ぐ能力さえあればあとは特に言う事は何もありません。^^

さて、娘から嫁さんに話される情報によると仕事が始まる前に覚える事は大量にあって、それを実習で学びながら9月の開店に備えているようです。彼女自身のタイム・マネジメント能力は親の私が言うのもなんですが、抜群なのでそこの点での心配はしていません。

彼女の場合、何かを吸収していくと次のステップアップを目指す「アメリカ人」のマインドを持った人間なので、もしかしたらワインやカクテル、ウイスキーなどの勉強が進んでいったらさらに上のレベルの何かを目指すのかもしれません。

それとも、ここで得た知識をリモートの貿易の仕事関連に繋げていくのかも?という気がしています。というのも、その貿易の仕事はまさに種々の食品関連の仕事なので、そういった知識は特になる事は無くても損になる事はきっと無いと思います。

なんだかもうよく解りませんけど、体を壊さず頑張ってもらえればそれでヨシとしましょう。

2026年8月11日火曜日

共感力

この人どんな人なんだろうと思っているような人がいつも身近にいます。

要するに物理的に近くにいる人物であっても、日常的な交わりの無い人なんて言うのが逆に殆どなわけで、寧ろ何の興味もわかずに何年も仕事だけはしている…と言う人が同じ空気を吸う仕事場には居る訳です。

それらの人々に関する情報はどうしてもポジティブな話、ネガティブな話が交錯して聞こえてくる訳ですけど、正直そういった話なんてほとんどは他愛もない笑い話やどう考えてもそれガセでしょうというような与太話と思われる類の話で埋め尽くされるわけで、やっぱりどんなに話の弾数が多く入ってこようと眉一つ動かす必要のない様な、まずは記憶に残らないような話が殆どなわけです。

それでも、ごく稀に強い具体性をもって日時やイベントの発生場所付きで「ある人物」のイメージを突き崩すような強烈な話が、親しくしている人物のみならず複数の筋から入ってくるとどうしても「えー、ホントそれ…」となる事もあるのです。

今回の話は実にそれに類する話(詳細は変えてありますが筋は概ねそのような事が起きたとご理解ください)で、実はある方の御兄弟がXX未遂というのを起こしてしまって、その兄にあたる人物が別の県の警察に呼ばれて車を飛ばして駆け付けたらしいのですが、そこでその人物がほぼ死にかけた弟に放った言葉は「やくざでも斯くや?」というレベルの発言だったとか。

しかもその発言がその地から帰ってきた本人から私の親しい知人数名に語られたとのことで信ぴょう性も高く、まさに人の口に戸は立てられない状態という感じで病院内に拡まってしまっていたのでした。

何時もはニコニコして愛想を振りまいている人が、そんなどぎつい言葉を使って弟を責めるのかという感じですが、私自身は実はこの人物の日頃の笑顔の裏に潜む強い違和感というのを日頃から感じていたので付き合いは浅く浅くしていた次第。こういう「違和感」というのは言葉にはできないんですけど、とても大事だと思ってます。

年単位で時間が経過したときにメッキが剥がれ落ちて自分の感じていた違和感が実はその地金の異様さを感じとっていた、なんて事を何度も経験したことがあったので人の六感なんてのは結構どころか非常に大切なのかもと改めて考えたのでした。

今回の話では実はその人に関する違和感は「共感力の欠如」というもので、この共感力というのは「育たない」ものの一つではないかと最近、密かに考えているんですね。勉強したり経験したりして理解できる事柄もあるからこそ、人は歳を経ていく過程で若い頃にはわからなかったことを文字通りいろいろと「体感・体験」し内面を磨く糧とするわけですが、この「共感力」というのは種を蒔いてもコンクリートの上に種を蒔く感じで、滅多な事では根付かず、花も咲かないと思っています。

これの成熟している人は小さなころから教えなくても持っているものだと思いますし、多感な時期を経ていろいろと考える中でその花を大きく咲かせるのでしょうが、大人になって改めて共感力を育てようにも上に書いたように「育つ」ようなものでは無いんではないかと最近とみに疑っています。

豊かな感情を育てるのって育つ側にもやはり大きな素質・素因があって、それに経験という肥料と水が加えられることで初めて大輪の花を咲かせるという過程を踏むものだろうと。

人の痛みの解る人でありたいなと思うのでした。



2026年8月10日月曜日

馬籠宿へ行ってきました

以前から中津川を通るたびに気になっていたところへ行った来ました。

馬籠宿」という所なんですが、ここは中山道の六十九次の中山道43番目の宿です。ここは島崎藤村の生家があるところとしても有名ですが、私の頭の中では江戸時代のあの中山道の面影を残す場所として、一度は行って帳面を消しておかなければと嫁さんと息子を連れて行ってきました。

午前中は本を仕入れに行っていたので午後二時からの遅い出発でしたが、一時間のドライブで着く場所ですのでアクセスは容易。中津川の川上屋を脇に診ながら走ること暫く。馬籠宿の駐車場がすぐに目に入ってきました。
500円の駐車料金を払うと緩やかに上ってずっと続く石畳が見えます。小腹が減っていたので蕎麦でも食べたいと右の店、左の店と近寄ってみるのですが3時にも拘らずほぼ全ての店が何故だか開いていません。準備中という表示なんですが、五平餅さえも手に入らずという状況。結局あれこれ見ながらも旧本陣である島崎藤村の記念館を訪れました。
入館料は500円。息子は半額ですので1,250円で入ったのは良かったのですが「正直な事を言うと」展示の工夫も展示品自体もイマイチ。もう少し藤村の事をビデオだけではなくて展示物で充実させてもらえれば良いのになと思うのは贅沢な望みですかね。少しだけ汗を掻きながら街道の高札所を通り過ぎ、街道筋のてっぺんまで行くと素晴らしい眺望が広がっていました。
ここから本当なら恵那山が綺麗に見えるはずなんですが、今日は残念ながらてっぺんのほうまでは見えませんでした。坂の途中の地元の酒店でどぶろく由来の生の杣酒を買い込んで帰路につきました。

帰りの道すがらSAで三人とも蕎麦料理を胃袋に入れて大満足。嫁さんも夕食の手間が省けて二重に満足の様でした。(<これ大事!)

馬籠宿の昔の写真をいろいろと見ましたが本当に何の変哲もない宿の集まりに見えましたね。そういう意味ではきちんともう一度古い屋並みを綺麗に整備して観光地として作り上げているのは十分に立派だと思いました。

また、このあたりのキャンプ場に来ることがあったら寄ってみようかなと思いましたが、それよりもなによりも島崎藤村の事が頭を離れませんでした。家庭の中に後ろ暗い背景のある藤村とその藤村から生み出された作品群。実際にきちんと読んでいる訳ではありません。読んでみる事を思いついただけでも行った甲斐があったというものです。

2026年8月9日日曜日

廃業するとな…TT

地域の貴重な文化遺産がこの8月に一つ消えていきます。

実は3か月ほど前?から近所にある古書店「千代の介書店」が閉まっていたのです。何時も一番奥のスペースに腰かけて「あるじ」として座っていた爺さんが齢90を超えておられることは承知していました。そして息子さんが居られる事も。

数年前から余計な心配をしていたのは「この店主さんがお亡くなりになられたら、この大英博物館のようなお店は一体どうなるのか、息子さんか誰かが引き継いでくださるのか」という事でした。まさに余計ですが。

ところが、今回のように実際叔父さんが病気か何か体調不良でも起こしたのか
というような心配な状況になても問い合わせる事さえできません。そもそも連絡番号の記載はあるにはあるにしてもなるのは店内の固定電話だけ。誰も出るわけありません。

しかし、この沈黙を打ち破る大ニュースを嫁さんが私に運び込んできました。日付は8月5日。
そうです。8/9から閉店セールを行うとの告知を嫁さんが拾ってきたのでした。でかした嫁さん。ていうか閉店ですか…涙。

しかし、この日のために私はお金を銀行から下ろし備え万端で9:40頃に家を出たのですが、なんと本好き野郎どもはしっかり全員フライング。着いた時にはもう狭い店の中は30人程度の人間で立錐の余地もない状況。全く本の虫共ときたら!w
行き交う人が居なくなった奇跡の一瞬に写真を一枚
皆汗だらだらになりながら山のように本を抱えて店の奥に勘定をしに行っていました。結局選ぶ本の全てを一度には抱えきれないまま何度も何度も勘定場へ。最終的に第一回のアタックでは9,600円を使い汗だくになりながら家へ帰ったのです。(時間があればあと三回アタックできます!)

帰り際に座っている私と同じくらいの男性を息子さんとお見受けし、お父様のお話をしたところ「今具合が悪くて病院に行ったりしております」とのことでした。目の前に置いてあったノートにお父さん宛の惜別の辞を認めさせて頂きました。

地域の文化財であるこのような文学書やノンフィクションが目利きによって整えられた古書店が消えていくのは一大損失。私が大金持ちであれば…とついつい思ってしまったのでした。

息子さんにもう少しだけ立ち入ったお話を伺ったところ、この店を続けるにも御自身は仕事をしていて無理であるという事。そしてこの店自身が既に耐震に大きな問題を抱える古い建物ということで続けられない。更に専門書の類は既に専門の古書店に引き取ってもらったとの事。

消えゆく日本の文化財を守ってくれる店が消えていく事に何もできないのは本当にもどかしいですね。最後に今回初めて知ったことがもう一つ。この店の千代の介というのはオジサンが最初に飼っていたブルドッグの名前だったという事でした。

2026年8月8日土曜日

プラス松竹でサブスク

アマゾンを視ていていつも思っていたのは「男はつらいよ」が視れない事。

数年前には寅さん の全シリーズが暫くの間スタンダードとしてアマプラだけで視る事が出来たんですけど、それもしばらくすると第一話のみフリーという状況になってしまっていました。

結局、何度も「第32話が視たい」とか「第8話が視たい」という感じであの回のあのシーン、あの回のあのシーンが視たいなという事が重なりすぎて遂に昨日トライアルの一週間視聴を始めました。

毎月のサブスク代は330円なので、まあ痛くも痒くもないし何よりも自分の大好きな「男はつらいよ」が自由自在に視れるというのは私の心にとって何よりもおやつですから、この毎月の支払いは所謂「有意義」なものだと思っています。^^

早速、昨日は2話ほど視直したのですがやっぱりこののほほんとした雰囲気は何物にも代え難い私のリラックスの大元になるものですね。吉本新喜劇のような「パターン」が透けて見えているし、次が一体どうなるのか全く見えない手に汗握る系のものも良いのですが、先の展開がある程度読めるものの私自身には悪くない心の薬です。

この作品、実は寅さん役の田所康雄さんがちょい役でいつも呼んでいた関敬六(本名:関谷敬六)さんと共に生前「位牌」を作った場所がロケ地にもなっているんですね。岡山の高梁。このシーンを視てまたいろいろと思い返すことがありました。実際この位牌は亡くなった際、実際に田所さんの位牌として使われていますし、相方の関敬六さんもこの位牌を実際に自分用の位牌として使っているのでした。

プラス松竹ではその他無数の松竹の映画やテレビドラマを視る事が出来ますから、それはそれは大量の作品を楽しむことも出来るのかな?等と考えてしまいます。

解約しようと思う日が来たら解約しますか…。来るのかな?

2026年8月7日金曜日

長男も30歳!^^

遂に我が家の長男も30歳になりました!

本当に毎年毎年嫁さんと話すんですが、あの生まれた日の事は永遠に忘れませんね。エンドウ豆みたいな形をした可愛い息子が登場した時にはやっぱり長女とはまた違った感激が体を包み、指先に甘い感覚が流れてきました。平成8年の8月8日に生まれればキリが良いね!等と嫁さんと昔話していたんですが、それより一日早まりました。^^

そのままずっと抱き続けて息子の顔を見続けていたら「お父さんもうメロメロねっ」と看護師さんに笑われました。

そんな息子もアメリカで教育を受け育ち、日本に帰って来て毎日作業所に仕事に行く日々ですが、そんな息子もあれやこれやありながらも無事に30歳を迎えてくれて今日の誕生日を迎える事が出来、息子を育ててくれた周囲の無数の人々に心の底から感謝です。

ここには書ききれないほどいろいろと良い事、悪い事、細かい事がありましたが30年間も生きて元気に日々を過ごしてくれている事が本当に親としては幸せです。

今日は私が仕事を終えた後、嫁さんが前もって頼んでいた息子用の誕生日のケーキをCozy Cornerに取りに行きました。3200円。家では息子と嫁さんと次女がいました。長女は長崎から1時間遅れの飛行機で帰ってきましたが、揃った後に近くの韓国料理屋に肉を食べに行きました。(次女はペスカタリアンなので肉は食べに行かないんです)

腹一杯になるまで食べたのですが、その中心はもちろん息子。自分はどうでもいいので息子が食べて最後に彼がフォークを動かさなくなったのを確認してから「お開き」としました。その後は近くのツルハ薬局でオハヨーのアイスとモナカアイスを息子のために購入して家へ。最後はケーキを四等分してバースデー・ソングを歌ってケーキを食べて誕生日を締めました。

彼へのプレゼントはパズル三つとポムポムプリンのフォークとスプーンという可愛らしいものでしたが、可愛いもの好きの息子にはちょうど合ってたかな?^^

30歳の誕生日。私は死ぬまで忘れる事は無いでしょう。元気で生きててくれてありがとう!

2026年8月6日木曜日

皮の堅い食べ物の食べごろ

先日お亡くなりになった患者さんの奥様が病院に来られました。

先生と面会をしたいとの事でしたので、書類書きの手を止めて病棟へ向かいました。すると、患者さんの奥様が別の男性と来棟されていました。

実はこの男性もお亡くなりになる前の患者さんに何度かお会いになっていた方でした。自分で自己紹介されたそのお話では近所に住んでいる八百屋さんで、若い頃から兄弟のように近所付き合いをし、一緒に家族ぐるみで過ごしていただたとの事。

その方が奥様と持ってきてくださったのは大量のポカリ・スエットとメロンの詰まった段ボール箱。そしてメロンのほうは「先生、家に持って帰って食べてくれ」との事でしたのでお言葉に甘えて頂きました。その時に八百屋さんが私に何度も念を押されたのは「まだ3-4日は待たんと駄目よ!」ということでした。

そこで、私は素直に「承知しました」という事で受け取ったのですが、問題はここから。こういった硬い皮を持つ種々の果物の「食べ時」というのをどうやって判別するかというのが大きな謎なのです。

一般にお尻のところから少し押してみて少し柔らかくなってきたら、それが食べごろの合図と言う事なんですが、その柔らかさ具合の「程度」というものが判りません。とは言え、中には5つも入っていてびっくり。知り合いの方々に3つ配って残りの2つで判定をチャレンジしてみました。

先ずは一つ目を八百屋さんのお言葉に従い4日後に切ってみましたが、この時はまだやや硬い感じでおしりもまだ硬めでした。ところが、切って2日もするといい感じで食べられるので、まあ早く切ってしまっても大きな問題は無いかな…という感じ。

もう一つのメロンはまだ少しだけ切るのを待っているところです。

柿は甘柿であれば容易に判別は出来ますし、スイカもまあ大きな問題はないのですがなんだかメロンは難しいですね。ネットをもうちょっと調べて勉強しておきます。

2026年8月5日水曜日

田舎の親父の腰痛

実は2種間ほど前から親父が腰椎のヘルニアで苦しんでいました。

暫くはどうにも痛くて外出することもままならんといった感じだったようで、私にLINEでその痛みのせいでいつも行く妹夫婦達との温泉外出も控えていて病院ばっかり行っているし、下腿の浮腫みを抑えるために整形の先生から渡された弾性ストッキングをはめ続けていると逆に膝の関節が痛くてかなわん…と弱音を吐いて自虐的になっていました。

自虐的なのはそもそも日々の忙しさのオリジンが病院巡りから来ているという事実を自ら「情けなし」と言っているわけでありまして「歳は取りたくないもんやわ」とため息交じりのラインでの通話でした。

わたしに対して実際に整形で撮影したMRIの画像を送って来ておりまして、確かに腰椎の辷り症と神経根の圧迫が起きていました。これじゃあ痛いはずなんですが、親父から「どうしたらいいんだ?」という助言を求める一文が書き込まれていましたので、私は自分なりにできる最大限のアドバイスをしました。

それは先ずなによりも安静、安静そして安静。この最初期に無理をせず安静を維持することで脱出した神経根がその中心部に向かってゆっくりと戻っていく事を待ってみる事、この時には鎮痛剤を胃薬と一緒に飲んでも良いけど親父は腎臓が年齢なりに悪いんで、薬の量は要調整。湿布も同じ理由でベタベタ張ったりしたら駄目と申し渡しました。そしてその時期が過ぎたら整形の先生のところにいるリハビリの先生にお願いして腰痛体操というのを教えてもらうと良いよ~と言って様子を見てねと言っておきました。

実際のところ親父のような人は人に言われたことを墨守する人ですので、私の言う事も素直に受け入れてくれて、その後に電話をしてみたところ元気な声で「おー、痛みが大分退いたよ~、大人しゅうしとって良かったわ!」との発言が出てきました。まあ、これなら大丈夫そうです。

この8月には米寿を迎える爺さんですから、大人しくしとくべき時は大人しくしとけば宜しいというお話でした。

2026年8月4日火曜日

趣味の極北

「上には上がいる」というのはどの世界でも真実であることはこの歳に至らずとも十二分に了解済み。

数学、物理、文学、博打、絵画、デザイン、種々のスポーツ等どの世界でも凄いなと思っている人々の上には更に上が居て、その凄いと思っていた人達が語る「凄い人」というのがほとんど作り話であるかのようなファンタジーとして語られます。^^

私の近くにいる人で「変わった人・変な人」というのは沢山いますが、凄い人というのは確かにいるけど数は少ないという感じ。しかし、私の知るその人達も所詮はその「能力別階層」の恐らくは下の人達であろうことは容易に推測できます。
だって、本当に突き抜けた人はどうしようもなく世の中で光り輝いてしまって、その光が今の世の中において検知されないという事は逆になかなか困難な事でしょうからね。

そういった話の中でも今日聞いた話は結構「普通の人」ではないレベルのある分野の人物。

その人あるエリアの専門医なんですけど、スペシャリティはワイン。実はある病院の医局で美味しいお酒の話に関して話をされるときに、その方が名古屋のみならず多くの有名店のいろいろな料理の事を滔々とお話されるんですね。私自身は何時もその料理の話をされる先生のお話に自分の知らない世界の匂いを嗅がせてもらえる喜びで感心しながら聞き入っていたんです。

ところが、今回ワイン・エキスパートの検定を受けた話をポロっとされて、その一次審査を先ずは通りました、そして次は…と話が拡がっていったんですけど、その中で驚きの事実が!それは彼が一か月に使うワイン代は平均して20-30万円で、いつでもお酒と料理のマッチングを考えながら淡々とワインの味を楽しみながら勉強しているという事。そしてワインの記録アプリでこの3年ほどで記録した飲んだワインの本数は何と1097本!というものでした。

びっくりするというよりも腰を抜かしたというのが本音で、目の前でいつも何かを穏やかに語るこの先生が実はγ-GTを3桁に保ちながらこうやって日々ワインのテイスティングに淡々と勤しんでいる事を知ったからでした。

何事も自分の定規で人の行為や考え方を測ると痛い目に遭いますが、今回知ったこの先生のお話も良く考えたら金と時間と肝臓をワインに注ぎ込んでいるというそん「突き抜け具合」で常人とはまた区別の次元にいるという事を知らされ、改めてもっと謙虚になろうと思った次第でした。

2026年8月3日月曜日

災害支援船

恥ずかしながら寡聞にして知りませんでした。

日本にはちゃんと災害支援船というのがあるとのことで、それは「はくおうII」という名前で、今回ようやく熊本に派遣されたとの事。民間のフェリーを改装してこういう時のために運用するシステムを作ってあって、700名程度の種々の日常を支える事が出来るとの事。

基本的には入浴支援(大規模な浴室設備)休憩スペース(冷房完備の客室)宿泊支援(個室・大部屋)食事支援(食堂設備)医療拠点としての利用、等々のフェリー由来の機能がそのまま流用できるようで、被災地の支援には最高の休憩所を提供できるのではないかと思います。

これはこれで素晴らしいと思うのですが、今後発生するであろう大規模災害に備えてアメリカ軍のように病院船というものを日本も持っていても良いのではないか思うんですよね。アメリカ軍のものは本格的な病院船であって戦闘支援の要素がでかいのでしょうが、熊本で起きた事は日本のどこででも起き得ることであることは東北大震災でも証明されている訳でして、病院船と災害支援船数隻のコンビは、日本という災害大国においては間違いなく税金を使うだけの価値のある素晴らしいシステムだと強く思うんですが、ヘリで熊本入りした高市のおばちゃんは引退前になんとかそういう構想を発表せんかね?

国旗損壊云々とか言っとる場合ちゃうやろ?てお話。

災害では手術室、処置室、ベッドを含め医療スタッフを引き連れて被災地にヘリをパッドからズンズン往復させるというシステムを、自衛隊の多用途支援艦や輸送艦だけでなくどこが主体でも良いので、追加で運営させておくのは絶対に意味のある税金の使い方でしょうよ?

今回の令和8年の熊本の地震では発生から一週間が経って未だに8,000人もの人達が家から追い出された状態でいるとの事、水や食料、トイレのみならず清潔や暑さのコントロールの支援の最大化を行っていかないと災害による直接死よりも災害関連死のほうが増えることは確実。本当に急がねばなりません。

非難生活でのストレス、衛生環境悪化、それらに絡んでの持病の悪化、そして熱中症などの二次的要因での死亡は支援の規模と速度を上げることで少しでも減らせることは明確な事実。

国を挙げての大規模支援を更に行う必要があると思います。

2026年8月2日日曜日

とんでもない家族

ここ最近「少しだけ」新型コロナが揺り戻しを見せています。

最近は熱発があっても昔のように全医療機関が以前のように全量で新型コロナのスクリーニングをしなくなったのは間違いなくて、怪しい場合にのみチェックを入れるというインフルエンザスクリーニングのような形態に変わってきています。まあ、そうなる事は以前から想定されていましたし、保険審査の誘導もかなり恣意的にそういう方向性へと誘導しているのも間違いない事ですので、自然とそうなってきます。

それでも明らかに新型コロナの感染の波はここ数か月確実に収束方向で動いていて、かつそのピークの高さも次のピークの最高到達点に達するまでの間隔も確実に低下してきていました。

見た感じは下のNHKの出しているデータで見ると判るんですけど、丁度三角関数の減衰曲線のようなものですね。

そして病棟で事件が発生しました。それは数名の患者さんの熱発から急に始まったのですが、一般に誤嚥のリスクの高くない患者さんが同室もしくは隣室などで同時発生的に高熱を出した時はこの手の空気感染、飛沫感染を起こす系統のウイルス感染のリスクが高い状況。

そして、その通りのインシデントが発生してしまいました。

その病棟担当の医師が調べたところ一部屋の患者さんは熱発していない人も含めて全員陽性で隣の部屋も一名陽性という状況。一気に病棟全体が警戒態勢に入りました。食事も各部屋への配給に変更され食堂の使用は禁止、そして皆が昔のように再び手袋装着しての入室となりました。幸いにしてこの時点での医療従事者の感染はゼロ。

実はこの感染の前にはある伏線がありました。それはいつもその病棟にやってくるある家族さん達が居るんですが、この方達いろいろな意味で「問題」を起こす人達でして、正直病院としては居て欲しくない人達なんです(詳細を書くとバレるので書きません)が、この中の一人の子連れ女性の「パートナー」という人物が、熱発しているにもかかわらずそれを黙ったまま入室し感染を拡大させていたのでした。

ポスト・コロナも時間が経って全員を毎回熱測定しなくなったその隙間を突く感じでこういう「いい加減」な人が病棟に感染症を持ち込むというパターンになってしまいました。

こういう事があると、やっぱり性悪説を取って安全のためのスクリーニングをせんといかんのでしょうかね…。

2026年8月1日土曜日

痛みや辛さという「感覚」

我々は健康で長生きでありたいと望む人がほとんどだと思います。

しかし、実際にはそう簡単にはいかない。遺伝的背景、生活習慣、事故、その他の要因で驚くほど容易に健康という本来「こうあって欲しい」という線路からズレていく訳ですが、それも人生。受け入れたいか否かは別として現実として眼の前から迫ってくる。

私の場合はそれが僧帽弁腱索断裂という形で突然登場。しかし、これとて一生のうちに1000人に1人か2人はかかるというレアに聞こえるものの、医学的なetiologyとしては比較的コモンなもの。今の時代開心術という方法があるからよかったのですが、100年前であれば恐らく次第に心不全が進行して今頃は確実にあの世に行っているであろう疾患です。

私自身はこうやって今でも生きていますが、しょせん今の心臓は傷物。w

病気になったからこそ若い時から経験できた「大病を患う」という現実の意味を文字通り強制体験させられた訳ですが、今になってみると人の病気を診る人間としてあり得ないほど貴重な経験だったと思います。若くて健康で筋肉隆々であるときに心や体を病む人の気持ちが解ることは先ずないでしょう。

丁度、生まれつき大富豪の息子として生まれた人間が「貧乏人」が明日の飯の心配をしなければならない現実が世の中には普遍的に存在しているという事実、世界に目を向ければ一日16時間の労働をして100円も貰えないような過酷な児童労働をさせられている子供達が有り得ないほど普通に発展途上国にいるという事が現実として理解できないというのと同じだと思います。

そういう「体験していない事」を理解する想像力というのは人によって大きく異なると思いますが、それでもやはり実際に体験した人間にしかわからないものはあるのです。

そして私が考えるそのなかなか理解できないものには痛み、辛さ、恐怖といったものがあると思うんですね。これらはその本人にしか解らないものの筆頭だと思います。これに関しては寄り添う事がまず大事で、「その人にとっての感じ方」に先ずは理解を示すことが大切だと本当に心の底から思います。

外見から「たったこれだけで?」そんなに「痛い・辛い」と言うの?と言うのは簡単なんですが、それは想像力の欠如。この感覚の個人差は本当に大きくて人によっては「嘘でしょ」と言う言葉を吐く人も居るんですが(たとえ病棟でも!)、これは絶対に吐いてはいけない言葉。

人の痛みをわかるというのは本当に難しいものです。何時でも自分自身を戒めながら「その人の感じ方」を可能な限り感じるようにしていますが、これが本当に難しいです。実際は神経学的な知識のみならずその疾病の経験が豊富ならばその人の事をわかってあげられるのでしょうが、万病を図べ手経験している筈もなく…。

今日も明日もわからない事をわかろうと挑戦する愚鈍な俺の日々です。

2026年7月31日金曜日

息子と二人で生活する理由

実は明日から息子と二人で生活します。

理由はシンプルで、嫁さんが福岡に飛んで行って長崎の実の弟と妹、そして義母と落ち合って「松田聖子」のコンサートに行くのでした。しかも、かなり凄い席(前から二列目!のほぼ真ん中)がたまたま取れたようで、本人たち大喜びの様です。

なんだか二週間くらい前からセット・リストとかいうコンサートで演奏されると思われるリスト一覧を順番に並べた自作の表を一日中聞いて鼻唄だったり声出したりして歌っています。本当にウキウキとしているのが遠くから眺めていても判るほどで、何がそんなに嬉しいのでしょうか…。

移動直前の今夜は沙也加ちゃんのコンサートのビデオも観て気持ちを盛り上げているようでした。「神田沙也加ってこんなに上手かったっけ?」と嫁さんに尋ねたところ「この子はどんどん後になればなるほど上手になって、特にミュージカルとかに出始めてからはグングン伸びたヨ!」との事でした。ここまで伸びていたのに、クソ男に追い詰められて自ら命を絶ったとか本当にこういう年頃の子を持つ親としては気が狂う程の怒りと喪失感を感じた事でしょう。

さて、目の前でカレンダーの裏側に何かの曲名を派手な色のマジックで大書し始めました。「なんじゃそれ?応援メッセージかなんか?」と尋ねたところ「これは、コンサートの途中でリクエスト・コーナーというのがあって、そこで歌って欲しい曲を出す準備」との事。謎のアクションなんですが、聖子ちゃんのコンサートではこれがマストなんだそうです…。謎のシキタリ多いんですね。w

そして最後に聞いたのは聖子ちゃんのコンサートでは必ず聖子ちゃんカットとか聖子ちゃんの往年の服を着て「めかしこんだ」オバさん達が登場するのだそうですが、この人達はほぼ毎回みんなの写真のターゲットになるのだとか!

なんかみんな同窓会のようにして愉しむんですね~。

実に良い事だと思います。十分に愉しんできて日頃の疲れを部飛ばしてきてまた帰ってきてくれれば私としても何よりです。^^

2026年7月30日木曜日

ゴキブリ登場

年に一回程度ですが、病棟でゴキブリを見ます。

二階の病棟くらいであれば窓を開けた事で野生のゴキちゃんは何時でも飛び込んでくることがあり得ます。そして実際に年に一回くらいは床を歩くゴキちゃんが見つかってしまうのです。

その上で考察まで入れると結局沢山の患者さん達が毎日3回食堂でご飯を食べますから、餌になる可能性のある破片や汁はどうしてもどこかにある訳です。いくら掃除しても破片でさえも餌という意味ではゴキちゃんには大盛り定食そのものでしょう。

今回の登場では看護師さん達が数人逃げ惑う逃げ惑う。w

わたしにとってゴキブリなんて言うのは平たくて素早く歩き回るだけのオブジェそのものですから何てことは無くて、近づいてきたらソレを触れない皆さんのためにティッシュでさっと掬ってゴミ箱へポイするだけです。

いつも思うのはこういうものに対する恐怖心の発生というのはオリジンは何だろう、プライミングは何なんだろうといつも考え込んでしまいます。自分自身の場合で言えばこういう身体が竦むようなオブジェクトは女郎蜘蛛とカニ。

どうも手足が8本あるものがダメっぽいです。あとは多くの人がダメなのは蛇でしょうね。これは確かに私もダメなもののひとつ。多くの人にとって手足の数が親しみを持てないものに関してはキット遺伝子のレベルで「危ないもの」という検知能力が備わっているんだと思います。

しかし、知り合いの兄さんは家に蛇買ってるんですがこれは安全な蛇。息子さん達は当たり前のようにどでかいこの蛇を体に巻き付けてにこにこしています。慣れとは恐ろしいもんですね。人が恐怖を感じるのは偏桃体だといいますが、そこに反応するためのステップがどういう組み立てでそうなるのか謎の答えを知りたいもんです。

まあ、とにもかくにもそういう訳で今日もゴキちゃんを捻り潰して看護師さん達からは感謝されました。

2026年7月29日水曜日

大災害時の緊急医療体制

新しい情報によるとイオン・モールの災害はガス爆発によるものとの事。

お客さん達を送り出した後で従業員さん達が店内でガスの臭いを感じる中での罹災との情報が出されていますが、正確なところはまだまだ闇の中。何よりも多くの就労者の方(恐らくバイトの方々も多いのでは?)が亡くなられている様子。各種の動画を見る限りではウクライナのミサイルが落ちた時の衝撃と本当に同じ状況にしか思えません。

かなり離れたところで走っていたトラックの荷台の壁の吹き飛び具合や同じように遠くのガード・レールのガードが剥ぎ取られて吹き飛んでいるのを見ると、同じ建物内で近傍100メートル以内に居た人達が恐ろしい状況に遭遇されたことは容易に想像出来ました。どうか被害に遭われた方が最小限で済むように祈るとともに、罹災された方々とその御親族の方々の気持ちに近くで寄り添う事の出来ない事に本当に申し訳ない限りです。

我々医療人はこういう大震災の発生時に先ず考えてしまうのは我々自身の施設で同じ事が発生したらどう動くのかというのを被害の段階別にどれほど適切に対応し、どれほど人的被害を軽減できるかという話です。

災害は必ず起こる。しかも日本では巨大災害が周期的にやってくるという大前提で種々の対策を練り、大災害がやってくる度に設計の考えのボトムアップがなされ耐震基準が改善され法が整備されてきました。しかしそれでも想像を超えてやって来るのが大災害。

私は自分の今勤めている病院がその手の準備が全くダメなことを自覚しています。駄目な状況である理由は簡単で、その「準備している」という病院側の文言が厚労省の標準的な仕様のPDFをダウンロードしただけのお粗末なものであって、残念ながら自分の病院用に改変を入れたものでは無いという事を知っているからです。

そんなものが実際の災害時に役に立たないという事は日の目を見るよりも明らかな事であるのに何度注意をしても実物を準備しない、要するに準備する能力が欠如しているという話。

今回の熊本での10年ぶりの大地震でも、やはり想定していたにも拘らず想定を超えて被害が拡大し対応できていない病院の話がD-MATの先生経由で入ってきております。それ程までに現実は厳しい。況や準備さえしていないとは!という話です。明日も事務方をつついて凹ろうと思っています。対応する能力と責任が無い人間には退いてもらわなければなりません。

大規模災害対策準備委員会が無い病院など訴えられて当然だという心構えの欠如こそが恐ろしいです。

熊本の悲劇から学ばなければ。

2026年7月28日火曜日

熊本の地震・またか!

そろそろ仕事が終わるなと思って病棟で少し寛いでいたところ、NERV防災アプリがピコーンと立ち上がってきました。

自分自身のセッティングは己の田舎が関係するところであれば通知するようになっているので、今回の通知は長崎関連で入ってきたのですが、その通知を見て文字通り我が目を疑いました。
場所が九州のど真ん中である事に愕然、そしてその震度が7などと言う巨大なものである事に二度驚き。これって前回巨大な橋が落ちて大学生が亡くなられた時の熊本の大地震と同じことが起きとらんか?というのが先ず頭を過りました。そして次に現在再建中のアノ熊本城はどうなった?という大きな疑問符が頭に沸き上がってきたのでした。

長崎の義理の母に電話したところ通話中なのか繋がりません。そこで長崎にいる別の昔の教え子にLINEしたところ「めちゃ揺れた!びっくりした」という話。暫くして義理の母とも繋がりましたが、曰く「人生で一番揺れた」とのお話でした。80歳の義母が言うのだから相当の揺れだったのでしょう。

暫くして熊本の画像が一部流れてきましたが、イオン・モール熊本の建物の損壊具合が異様だったのが大変気になりましたが、続報では多くの方が安否が分からないとの事。無事であることを祈るしかありませんが、このような巨大災害が連続して熊本を襲うとか、天災の無慈悲さと人間の無力さに憤るばかりです。

どうか被害が最小限に収まりますようにと祈るしかありません。

2026年7月27日月曜日

人生一周り+1

人生一周したのが昨年の今日。そして今年は生まれ変わって1歳になりました。^^

人生の中での成長というのは身体的には完全に停止どころか退化ばかり。基本的に体はこれから小さくなり、骨密度は下がり、筋肉は衰え~という事が進んでいくことになるんですが、なるべくこの部分をゆっくり後ろの方に持っていくことが「健康長生き」と呼ばれる状況なんでしょうが、現時点で精々やっている事と言えばいつもの夜のポケモン6キロ散歩と階段を必ず使ってビルを昇り降りする事くらい。

まあ、これではあきませんわな。わかっています。orz

いつも外来や病棟でお年寄りを診察していると、実年齢にそぐわない加齢の進んだ人、そして反対に本当に90歳ですか?という感じの70にしか見えない人など実にバラバラの生物学的なバリエーションを見ることが日常です。

これてどう考えても遺伝的背景も大きいとは思うんですけど、日頃の生活の容態というバックグラウンドが大きいのは間違いないんですよね。日光へのあたり具合から始まり、食事、喫煙、飲酒、睡眠時間、精神的・肉体的ストレスを含む各種のストレスへの反応。列挙しだしたらキリがないのですが、実際に我々が頑張ってコントロールできるものの一番は食べ物でしょうかね?

何時に何をどの程度の量食べるか。

たったこれだけという感じですが、タバコや酒などの実質的には必須でない慣習を除けばこれは恐らく人生の中で最も大きな加齢のコントロール要素だと感じます。ところが、解っちゃいるけどの最たるものがこれでして、これを一日三回として3X365X60と単純計算すると6500回以上の食事の積算回数。

こういった嗜好や慣習の積み重ねが人生の中において健康に影響を及ぼさない訳もなく⋯。

しかしなあ、もう既に60年もこういう感じで食事してきた俺にどういった改善がもたらされるのか?いや、それでもやることはやらんとな⋯などと中途半端なことを考えながら次女と嫁さんに連れられて栄の中部電力MIRAI TOWERの前にあるタイ料理屋とパンケーキ屋で美味しいごちそうを食べてしまい腹一杯になってしまったのでした。

でも、まあ楽しい食事会だったので良しとしましょう!w
因みに食事代は2箇所とも出させて頂きました。(出すつもりのお二人には申し訳なかったけど、気持ちだけ頂きました。 帰りがけにくまざわ書店で向田邦子の本を買ってもらったので、十分です!^^)


2026年7月26日日曜日

企業主催の公演会でも良いものは良いんだな~

実は今回の講演会、正直なところあんまり期待していませんでした。

今まで出席した企業主催の講演会には「ハッキリ言うと」企業とグダグダのCOI(Conflict Of Interest=利益相反 )塗れの演者が何の理念も無しに、明らかに正しくないと思われることを発表する事がありますからそういう時は厳しい質問を浴びせて会場を気まずくさせるのが一番。w

明らかに正しくない結論や非劣勢を示しただけのような新製品は気の毒ですけど御退場願うしかないのです。

創薬や研究の世界というのは実に残酷で、二番は負け犬。一番の発見者よりも質が高くても、より明確なデータで追補のようなものが揃っていても、発見の順番や特許の取得という点で負けてしまえば研究や創薬ではまるまるヤラレタという事態になることがほとんど。

その意味では今回の講演会はその手の新薬発表ではなくて既存の薬の精神科病棟におけ生理学的に自然な使用法というものを新たに啓蒙して旧知の医療業界自体の常識を動かしていこうとするものでしたので、消化管に関するスペシャリストが行ったその公演は私にとって大変に有用なものでした。

わたしにとってこういう説明で大切なのは「理詰め」で納得できるものであるという事。正直なところ「現時点の科学では」という前提が付くのは残念なところですけど、少なくとも整合性があって詰将棋のように(今の時点での説明は)これしかないし、こうこうだからこうなる!みたいな事が辻褄合わせてフローが出来ている事がMUSTなのです。何年か経ってあそこのあの部分には実はもう一つの別の経路が大きく関与していて…というような事は当然いつでもありますけど、インチキ説法師がドヤ顔で企業から金をもらってデータと合わない整合性のない説明をするよりはましです。

今回の講演会では沢山のメモを取って、学ぶことも多かったし病院に戻ったらさっそく月曜日から応用してみようと思えるレベルの知識が得られて大満足でした。

新しい薬の登場は今迄の治療の常識を一気に塗り替えることが時々起こります。よく言うブロックバスターと呼べる薬なんですが、糖尿病の治療でも循環器の治療でも泌尿器の治療でも癌の治療でもそういうものが時に向こうから飛んできて一気に医療の世界を塗り替えることがあります。

やっぱり何歳になっても勉強せんと時代の進歩から取り残されますね。万一にでも勉強する気が消えたり、理解できなくなったら医者を引退しようと思います。

2026年7月25日土曜日

久しぶりの東京観光

新幹線は昼には到着したので、東京駅の日本橋口から出て直ぐのホテル・メトロポリタン丸の内に一度荷物を預けました。

27階に受付がありましたが、5時の講演会まではまだ実質4時間程度の空き時間があります。直ぐにホテルの外に飛び出して新幹線の中で目をつけていた貨幣博物館へ直行。(UFJのものとは異なります)歩くと本当に直ぐに汗が噴き出るような状況でしたが、そこは水分をバンバン補給して熱中症に注意しながらの移動です。
中は基本的に撮影禁止でしたが、日本の貨幣に関する歴史が一望のもとにかつコンパクトに見渡せる最高の資料館でした。正直、ここに出されていないバックヤードにあるはずの膨大なコレクション目を瞠るレベルのものなのでしょうが!そもそも古貨幣収集家・研究家であった田中啓文氏(1884~1956年)が収集した銭幣館コレクションの寄贈がその出発点だったとのことですが、やはり個人の異常なレベルでの蒐集への執念はやはりどのエリアの蒐集物であろうと、歴史の貴重な柱を形成する素晴らしい礎になるんですね。

入口に一億円の札束と同じ重さの束を持ち上げるコーナーがありましたが、俺には関係ないオブジェクトだなと苦笑いしながら持ち上げてみましたが、それなりに重かったですね。w

さてこの後は出口すぐ脇にある日銀本店の前を通りました。
これは旧館ですが、この一角で日本の金融政策の大元が決定されているのかと思うとなんだか複雑な想いが沸き上がってきました。とは言え俺なんぞが何を想ったところで世の中何も変わりませんが。

この後は生まれて初めての皇居へのアクセスでした。滅茶苦茶暑い中での移動ではありますが大した距離ではありません。ホテルを出る前に飲み物を一本飲んでは来ましたが、絶対的に不足しているのは体が感じてしまいます。外苑からアクセスして追手門と桜田門の間くらいの道をまっすぐ行くと外国の大使達が新年会?で集まる巨大な砂利の駐車スペースが見えてきました。
そして遂に歌にも出てくる二重橋に生まれて初めて近づきました。少なくとも訪れている人の半分以上は外国人で、私みたいな日本人はむしろ少数派でした。

結局、更に歩いて追手門の入り口にまでやって来て、持っていたスカスカのバックパックを調べてもらい直ぐに門を通過。しかし、ここに至るまでに既に体はオーバーヒート状態。入り口で左手に自販機があると聞いていたのにそれらしいものを確認できず(帰りがけに脇に隠れてある事に気づきました!)顔真っ赤、汗だらだら状態で熱中症初期状態確定。

それでも、マップでは上に行きさえすれば売店があると書いてありましたのでそこに一点賭けして坂道を登りきったところで売店を右手に発見。自販機でアクエリアス・ソーダを発見してまず一本。その直後にアイス最中を食べて更に落ち着きました。それにしても地面にぽたぽたと汗が落ちて止まりませんでした。Tシャツは完全にビショビショ。ここまで汗だくなのは久しぶりでしたね。雅楽に関連した特別なメタル栞を1,200円で買って人心地が付きました。

この時点で3時半くらいだったので、今からホテルに戻ってシャワー浴びてちょこっと移動すれば間に合うでしょうという予測の元にホテルへと戻って行きましたがこの暑さは人間には良くない暑さですな。救急車がやたらと走り回っていたんですが、速報値では午後三時までに78人が搬送されていたとのことでしたので、まんざらあの音はその人達の搬送の音だったのかもしれません。

さて、これから学術集会へ移動していきました。(続きはまた明日)


2026年7月24日金曜日

グリーン車って良いな!

新幹線のグリーンというのに本当に久しぶりに乗りました。

今の時期は夏休みでこういった「日本の行事真っ只中」の公共交通機関でも日本の大動脈にあたる新幹線などはグリーンのシートも含めて人がわんさか座っているものと思い、恐る恐る乗ったのですが、拍子抜けするほど人が少なく座席の占有率は10時直前の望みでも恐らく3割にも満たない感じでした。

今回の多グリーン車は茶色のシートの座席が左右に二座ずつ。座ると前後に背もたれを倒せるスイッチがあり直ぐにリラックスモードに。当然のようにひじ掛けの前には通常のコンセントの差込口があったので、直ぐにモバイルバッテリーを充電開始。まあこういうのは今どきの標準ですしFree WiFiも完備ですが、これも今どきの標準でしょうね。国内を移動し、かつ35ギガ/monthの容量があれば私の場合は月でこれを超える事はほぼありませんので、速度を検証するためにわざとWiFiに繋ぐこともありませんでしたが。

きわめて静かで滑らかな走りを見せる新幹線は何時乗っても「はえーよなー」という感想しかありません。名古屋を出て直ぐにスピード・メーターでその速度も確かめてみると以下の通り。やっぱり速いです。
俺くらいの歳ではこういう速度を出している新幹線に乗ると自然と頭の中に流れてくるのは「ビュワーン・ビュワーン走る~、あおいひかりのちょうとっきゅう、時速250キロ~すべるるようだな走る~」という歌詞。子供のころ鼻唄としてガンガン口ずさんでいましたが、今回も脳内再生。やっぱり速い乗り物は男にとって永遠の憧れですな。

今回は招待されて講演会に出席するための東京への移動でしたが、この時期普通車自由席は10,560円、普通車指定席は11,300円、グリーン車なら14,960円ですが、距離が延びれば延びるほどこのわずかな差で静かさと広さという快適が手に入るのなら名古屋から博多に向かう時などは、、、と思いましたが、博多まで行く時は凡そ7,000円の差。しかし、それでも一人旅の時ならば、この快適さは代えがたい魅力に映るような歳になってきたってことでしょうかね。w

さて、新幹線はあっという間に東京到着。早すぎです。

2026年7月23日木曜日

東京観光なにが良いんかな?

田舎者の永遠の大都会東京。

NYでは何の衒いもなく歩けても、カリフォルニアではリラックス出来ても、大阪はサンダルで歩けても、東京にはなんか変な緊張感をもっていってしまうのが九州の田舎もんの遺伝子です。w

土曜日は学術的な用事があって東京駅の傍のガーデンシティというホテルに宿泊するんですが、そこからどこに行く?というのが私の質問。新幹線で移動して真昼に東京駅に着くのですが、近くにあるのは皇居とか官庁街。KITTEガーデンなどという場所もありますが、どうしましょうかね?

既に何回か東京駅の中自体はかなり歩きまわったので、探索はどうかなと考えているんですがまだ自分の知らない東京駅もあると思うので、そこはもう少し研究する価値があるのかもしれません。ネットを調べると本当にいろんなことが書いてあるし面白い場所なんて幾らでもあるんでしょうけどね。

前行った時は柴又やスカイツリーなんかにも行きましたけど、今回はどこを目指すべきかちょっと悩むところです。一日中ではなくて4時間程度しか空いている時間がないというところが味噌で、結局のところKITTEガーデンや丸善の丸の内本店なんかに行って時間を潰すのかもと思っています。

夕方までに研究会が終わったところで今度は横浜の友人と新橋で酒を飲むことにしていますが、正直なところ私にとっての今回の目玉はこちらでして、学術的な件に関する検討を行って、来年の「ある行事」に備えようという考えです。

但し、今回の夕方の学術ミーティングj自体も日常臨床における大切な「ある現象」を解決するためのミーティングなので、何とかして得るものを最大化しようと考えています。何歳になっても勉強するのがこの仕事。勉強するのが嫌になったらこの仕事は引退するべきだと前から思ています。^^

2026年7月22日水曜日

異様な暑さ

梅雨明けが宣言されてからの名古屋は異様です。

隣の三重県では歴代新記録の40度越えなんていう数値が出てきていますが、名古屋もどっこいで、38、39度なんて言う感じ。実際には湿度も「体感温度」には大きく影響しますので、名古屋のムシムシ・ジメジメは三重などと同じ感覚を我々に与えると言って良いと思うんです。

仕事中はビルの中ですからそう暑さを感じることも無いのですが、それはエアコンが効いている部屋だからという前提であってこそという点が大切で、スイッチが切られている部屋の暑さは並大抵ではありません。正直「勘弁してください」というレベルです。

それでも、外に出て立ち止まった時のヤバさには敵いません。

私の場合には病棟移動でも距離さえ厭わなければ外の空気にあたる事は無いのですが、別棟に移動する際にわざと外の空気の暑さを感じたくなって数十秒だけアスファルトの上を歩くことが度々あります。その移動のほうが20秒分くらい早いから。^^

しかし、その時の僅か数十秒の移動で体を包み込む「むわっ」という生ぬるい空気の感覚は一言で表現するとサウナそのもの。こんな中で屋外で仕事をしたり運動するのは正直命がけというより自殺だな…と確信できるほどのもの。着ているスクラブの首根っこのところに汗が滲みだすのがよくわかります。

アメリカにいた時も暑い時は確かに暑かったんですけど、もっとサラッとした感じだったのは確か。体力を奪う感じの名古屋、東海地方を覆う暑さは宮崎から遊びに来た時の親父の一言「なんや、宮崎よりよっぽど暑いが~。ムッとする」というのに現れている気がします。

ネットでも、毎日のように速報値が出ている熱中症による搬送者数ですが、確実にこの一週間はうなぎ上りです。
皆さんも例え男性であっても日の照っている外出時には日傘を差して外へ出ましょう。

2026年7月21日火曜日

身も震える清潔感

ゴミ屋敷の事は何度も書いていますが、そこに住む人はどこに身を置いているのか?

こういう場所で生活を送るいろいろな人のパターンを「必然的に」見る機会は何十回とあったのですが、基本的に物凄いゴミや埃の中で座り込んで生活をしている人が多いと感じています。座り込んでいる箇所は通常一か所。

年単位で座り込んでいるその畳や絨毯はすり減ってセンチ単位で凹み、構造上の下地が見えているような事も多い感じです。そしてその脇には小便を溜めたボトルや麦茶の容器が置いてあったり、その更に脇には便の入ったオムツが置いてあったり…。

こういった話を聞くだけで、具合が悪くなるような人もいるのかもしれませんが、話はそんなところでは終わりません。その人物が通常座っている場所の周りには折り畳んだり伸ばされ切った布団が何年も場所を変えずに敷いてある事が普通で、いわゆる伝説の「万年床」が出現しているのです。

その布団は何が中にあるのかを考えただけで「怖くて」とても捲れないのですが、冷房なども当然のように付いていない空間で汗と油に塗れたその布団には一体この「ガムテープでぐるぐる巻きにしたの?」と言いたくなるような茶がかった黄色の光る物体である「元」枕であったろうモノが置いてあったりします。orz

ここに寝ているのか…想像を絶する世界なんですけどね。

そういう汚染された謎のオブジェクトを看護師さんと二人で横目に見ながら診察をしていく訳ですが、そういう患者さんにはダニや虱、疥癬(ヒゼンダニ)などが寄生しているリスクは当然の事、結核などを持っている人も比較て多くいます。家の中が埃や謎の物質だらけの不潔な部屋で、低栄養で暮らしているのですから免疫の機能も当然落ちている訳で、然もありなんですよね。

こういう人達は行政からの支援を意外と嫌いますし、部屋を綺麗にしてあげる行為自体に怒りをもって反対してくることも多いのでそれがセルフ・ネグレクとの特徴なのかななどと一人合点はしていますが、助ける手を払い除けられるとやっぱりこちら側としては助けようもないのでした…。

2026年7月20日月曜日

もっと他にやることがあろうが?

本当に要らん事には労力を使う連中がいるもんだなと思います。

恐らく戦中派が社会の中心で沢山活躍している時代だったらこんな法案など提出さえ考慮されなかったと思うんですけど。そもそも、提出のきっかけの一つが我が国においては「外国の国旗を損壊することに対する罰則は存在するのに自国国旗の損壊に対しては罰則規定が無い」というもんだったようですが、そもそもそっち側の法律も要らんのよ、俺に言わせれば。w

今回の国旗損壊罪なるものは「実物の旗」が対象で、画像や絵は含まれないとのことですが、「公然とかつ人に著しく不快・嫌悪の情を催させるような方法で」 損壊(破る・燃やすなど)・除去(掲揚されている旗を勝手に外す)・汚損(汚す、踏みつけるなど)を行ったら、2年以下の拘禁刑 または 20万円以下の罰金を科すとの事ですが、その判断基準が実に曖昧で「行為の外形、周囲の状況など客観的事情を総合的に判断」などというまさに主観の塊! こんなの検察が何とでも言い募ればいい訳で、こういう曖昧な幅広い表現こそは戦前の特高警察が人をしょっ引き拷問にかけた筋と何ら変わらんでしょう。

法律の適用にあたっては、「表現の自由その他の憲法上の自由と権利を不当に侵害しないよう留意」 と明記されていますが、この法の成立自体が憲法違反だよね?

自民党と日本維新の会が連不動のように提案し、自民・維新・国民民主・参政党の4党が共同提出。最終的な評決では賛成が自民・維新・国民民主・参政党・日本保守党 。反対は立憲民主・公明・共産・れいわ新選組となってますが、正直なところそもそもが要らん法律。外国の国旗損壊に対する罰則も要らん法律。

他国の主権を尊重し、国旗を損壊しない等という事はあまりにも当然の事でありそれは通常の理念の下ではそういう行為を行う事は「反体制」という呼び名で呼ばれるわけですが、反体制というものの存在は世の中には必要なもの。全員が同じ方向を向く国家は必ず滅びる危険があると全く疑うことなく思ています。

今回の法律に反対した連中も正直なところ屑ばかりですが、では自分自身が賛成かというとやはりきっぱりとノーです。国旗の損壊なんて絶対にしないし、する奴はただ軽蔑するだけ。それでも政府や体制に反対する手段としての「考え」の延長として国旗を燃やし、踏みつける自由は必要だし、表現する自由は絶対に守られなければならんでしょう。

愚かな宰相が現れそいつの権限が過剰に国民を抑圧し始めた時、それにノーと言いたい「ある人」が国旗にその愚相の顔を描いて燃やした時にその愚相が「著しく不快」だと思ったら、そいつを罰する事も出来ますよね、法的には!

この法で科される罰則は拘禁刑2年以下または罰金20万円以下ですが、日本という国はこういう事に対して「愚かなり、議論するに能わず」と言えないでしょうか。あまりにも明白な愚かさは通常は侮蔑と嘲笑の対象ではあっても、時には政府を覆すための表現手段とも成り得るのでしょうが、それを罰するとは何事?

私も含めて「戦争を知らない人間」は日本におけるこの法律の意味をもう一段深く考えておく必要があるのではないでしょうかね。


2026年7月19日日曜日

「日本ぶらりぶらり」を読んで

山下清の事を知る人は恐らく年を追うごとに減ってきていると思います。

私のような年齢の者でさえリアルタイムでの山下清の言動を知っている訳ではなくて、私が物心ついた頃に亡くなったみたいです。調べて驚いたのですが、彼が亡くなったのはなんと名古屋にある熱田神宮だったそうで、高血圧のコントロール不良からくる脳出血だったようです。(1971年-49歳)

私自身は彼の亡くなった時にはまだ5歳で、山下清の事をリアルに知っているのは親父たちの世代。ちぎり絵やペン画の天才的作画は驚異のグラフィック・メモリーに支えられていたようですがそもそもの知的能力は12~13歳だったとの事。

昭和の頃は山下清のお話はテレビで「裸の大将放浪記」として、昭和には芦谷雁之助、平成では塚地によって2シリーズとして放映されていましたので、ドラマを通じて改めて人々の脳裏に山下清とはどういう人物であったのかというのが記憶として刻まれているのだと思います。私には芦谷雁之助の演じる山下清が秀逸なものとして残っているんですが、塚地もなかなかでしたしね。

さて、今回読んだ「日本ぶらりぶらり」ですが、純粋に文章として面白い。その文体はまさに知的発達障害のある山下清らしいものなのですが、世の中を観察するときの視点が本当に純粋で混じりっ気が無いというのはこういう事かと感じました。それでも自分が人に比べて一般的な意味での知性が劣っているというという自覚はあって、それを恥と思う心もある。しかし、そういう己の内側に持った劣等感と呼べる気持ちを持ちながらも世の中を見つめる眼の透徹した感想は、日頃から手垢だらけの余計な先入観を被せて世の中を眺めている自分にはハッとするようなものばかり。

「ああ、そういう風に見えたのか!」という感じ方は目に幾重にも張り付いた色付きの鱗が剥がれ落ちる感覚を味わわせてもらえます。

昭和の頃の表現ですから、今では確実に差別用語だったり時代的にとても書けないような内容も書き込まれていますが、それでもその視点は貴重。大人の経験をしているもののその視点は無垢。

いずれの文章も一昔前の昭和の日本に関する記述ですが、アナログの世界に関する記述は今でも懐かしさを呼び起こすのに十分素晴らしいものですよ。それにしても、今大人気の草津温泉では皆沢山の人が糞や小便を湯の中でしていたというようなびっくりするような記述がある事にはぎょっとさせられました。orz

時代ですかね。それとも今でも…?

2026年7月18日土曜日

アマゾンで物を買う時代に変わる事

モノを買う前にあちこちに出ていって品定めをするという事がまずありません。

自然とネットで物を探したうえで商品比較をし説明を熟読玩味して研究終了。実際にはその手の類似のものを使っている人の意見も参考にはしますが、最後はエイッとばかりに確定ボタンを押してお買い物終了となります。

それで実際にモノが家に到着したときに初めて「品定め」という事になるのですが、殆どのものは予想通りとはいえ、中には外れのものもある事はあるという普通の展開。実際に目で見て触って購入したものでも使用感というのはこんなもんだろうと思うのでネットショッピングもかなり「実世界にかなり近いレベル」での買い物ができるほどにはなってきたんじゃないかなと思います。

ただし、ネットと実世界のモノの値段差というのがどこまで違うのかというのが買うこっちにとっての最大の関心事。その点の比較では多くの場合アマゾンのほうが安く手に入る感じなのですが、私が使わないその都のサイトである楽天などをチラ見してみると少し安かったりしますね。それでも、慣れたサイトからはあまり外れたくないのと楽天という会社が何となくアノ経営者がトップかと思うと使いたくないというのがあって使わないんですけどね。w

アマゾン経由のネットコマースで一番いいのはアメリカと同じ感覚で「問答無用の返品」が効くこと。これが日本の買い物の常識になって欲しいところですけど、アマゾンのサイト内にネットショップを展開している無数のショップもアマゾンのこの「カスタマーからの問答無用の返品」というのを呑まされたうえでのショップ展開なのだろうと思うとちょっと小売りの会社もアマゾンに飲み込まれてしまっていて気の毒な気もします。

しかし、それが当たり前になってくるとそれを呑まなければ商売自体が始まらないという時代になる事は確実です。そうなるとリアルワールドのショッピングを行う人々もネット・コマースに対抗するためにはこういう勝者の論理を受容しなければならなくなってくるのでしょうか。少なくともアメリカではWalMartはアマゾンに負けないための動きを普通にしてはいるようですが。

まあ、そんなことはさておき月に何度も「必要があれば」アマゾンで買い物をする私でした。

2026年7月17日金曜日

結婚退職の御祝い

今日は忙しい中病院の若手に誘われて病棟の看護師さんの結婚祝いを兼ねた四人池下焼き肉会をしました。

まあ四人いても最初から私が親の役割を果たして全てを私が出すつもりで出陣。結婚退職で病院を辞めていく人、結婚しても病院を辞めない人、結婚をして御主人と共に名古屋にやってきて入職してくる人などパターンはいろいろ。彼女の場合は御主人が隣県の営業のトップとして出ていくために結婚と合わせてついていくとの事でした。

ただ、話をよく聞くとやはり名古屋のほうが遊ぶところはそこよりも遥かに多いので、今後子供が生まれたら何があっても名古屋に戻ってきて自分と子供たちだけでも生活するなどと今から不穏な事を申しておりました。w

多くの看護師さん達、特に若い看護師さん達は御主人の転勤に伴って移動を繰り返しその度に病院を移って経験を積んでいくという事が多いようです。ただし、キャリアを一つ所で積んでいってそこでポジションを上げるという事はなかなか難しくなりますよね。そういう意味では奥さん側が主導権をもって赴任地を決めるというような事が多いというような時代には未だなっていませんね。(恐らく今後も無いと思いますけど、どうなりますかね?)

ガンガン肉を食べてもらったんですけど、新しく結婚する女性とその病院友達からいろいろな話を聞きながら最近の院内の看護師さん達の人間関係などを聞いていましたが、まあ、どれもこれも俺には関係ないな~という感じ。女性の世界はなんだか男性の視点とは「かなり」違う思考回路で形成されているようだと改めて感じました。

焼肉屋を出た後は、ほんの数分歩いただけで一本裏道に出ているパブによって一時間ほど過ごしました。そこではお酒の話ばかり。女の子達は私が飲んでいるラフロイグを「おえ、臭いです。無理」と言って笑っていましたが、アイラ・モルト劇的に美味いんですけどね?

最後は皆で今後の彼女の幸せと「早々に戻ってくるな」という言葉をかけて散会となりました。

2026年7月16日木曜日

手書きノートと電子ノート

日常の中でデータを記録するのにちょっと写真に撮ってそれをメモ代わりにするという事は今や普通の話。

その写真で撮ったデータからはテキストが抽出できますから、いざとなったら文章抽出さえ何も悩まなくていいという事です。時代は変わりましたよね。以前は文書・文章を写真に撮るなんて国立国会図書館とか新聞社とかスパイくらいではなかったかと考えてしまうのです。

私の場合メモはiPhoneのメモと手書きメモの二種類をどちらとも使います。

どちらが良いかというもんでは無くて自分で描いた絵などの説明が入っているものが私にとっては手書きのメモ帳用で、医学知識などの何度も手許で見返してその場で仕事に使いたいものはiPhoneのメモ帳ですね。

メモまではまあこういう簡単な考え方で分けてるからいいんですが、これが本となるとどうも電子的なものは「私は」駄目ですね。人によっては重いものを運ばなくてもいいからこっちが絶対的に便利と言って譲らない人もいるんでしょうけど、宇宙船に乗るために少しでも嵩張るような重さを持つ実物は載せられない、なんていう状況以外は本のもつ手触り、臭い、そして今までその本を読んできた人達の書き残してきたメモ等を見つける喜びなどは電子的なダウンロード書籍からは得られません。

そもそも、電子的な本であるキンドル本なども昔から持ってはいるんですけど、使ってみてそのページをめくる感触などが全くダメで「これは俺にはムリ」という結論にかなり前に至った記憶があります。今も娘達が旅先で稀に使っているのを見ると、その使用感は昔のものと同じでやっぱり娘達も「旅先なんかでない限りは使わない」との事でした。

私は今でも旅先にも「本の実物」を持っていきます。^^

ネットで読んだ記事では記憶に残るのはどちらかという比較調査をしたものがいくつもあるのですが、東大で行われたコミック本の場合は「紙の本は、同じ理解度に到達するための脳の負荷が少なく、「記憶統合が効率的に行われる」 ことが示されたとなっていますし、ヨーロッパの幾つかの大学で行われた研究でも明らかに神のほうが物語の要約や理解度がより良い成績を見せたとの結果を出しています。

空間記憶という「どこに書いてあったか」という記憶が紙媒体をその手の記憶の呼び出しと焼き付けに有利なものだという事なんでしょうね。

まあ、私がどうこう言ったところで自炊本でリアルな本自体を捨ててしまう人もたくさんいる時代。時代はどういう形になろうともどんどん流れていくのでしょう。その時にはもう私はいませんしね。w

2026年7月15日水曜日

山口瞳ベスト・エッセイ

ある日、散歩の途上でブック・オフに立ち寄った時に本棚の中から私の眼の中に飛び込んできたのはこのちくま文庫「山口瞳ベスト・エッセイ」でした。

もともと山口氏はサントリーの宣伝部にいた直木賞作家です。(その5年前には開高健が芥川賞を受賞しています!)江分利満氏の優雅な生活という文章で昭和のサラリーマン生活を描いたものでこの賞を受賞しているのですが、サントリーで出されていた洋酒天国という当時の宣伝誌が秀逸なコラム等ののったもので、これが山口氏の活躍で成立していたといっても過言ではないものだと私は思っています。

さて、今回元値950円の文庫本を700円で手に入れたのですが、結論から言うと素晴らしい本でした。小玉武さんという方による編纂でしたが、この方もサントリーで洋酒天国の編集に携わり同僚として山口氏と仕事をしていた方で、山口氏の死後も山口氏を題材として種々の文章をしたためられています。

中には向田邦子の死に関して書かれ当時の社会問題となったという「木槿(むくげ)の花」の連載もあり、生前の山口氏の幅広い交友と多くの著名作家の若い頃の様子や語られざる秘話が次々と溢れ出してきます。やはり「書き方」が溢れ出してくるという感じで、その文体が読み手を引き付けてくるんでしょうが、平均して素晴らしいものの中身の題材によっていろいろな興味深さの「差」があると感じました。

文脈に関係なく、私生活に合わせて私が個人的に印象的な文章もあって、こうやって抜き出しても皆さんには?かもしれませんが、P172の「きみたち、いかにデッサンが上手であっても本物の飢餓感や本物の切実な思いがあるのだろうか。きみでなくては描けない絵があるのだろうか」とか、P348の「名前を知らない文化人やたれんとがどんどん出てくる。名前をよく知っている人がどんどん世を去っていく。この「知らない人がふえてくる、知っている人が減ってくる」というのが免れ難い老年の一つの状況ではあるまいか。」等と言う文章は印象に残りました。

この全体に描かれる軍隊、酒、博打、男女関係、社会人とりわけ会社人間としての生きざま、料理、生老病死、人間観察などはやはり全編を通して珠玉と言って良い素晴らしいエッセイ集で間違いありません。セレクションが時代の流れに沿っていたのもまたヨシでした。
(個人的には色川武大氏関連の記述が秀逸でした。直後に「怪しい来客簿」の初版本をメルカリで手に入れました!)

700円で約一週間の極上の時間を手に入れられる読書。やっぱり最高ですね。次は向田邦子ベスト・エッセイと山下清の「日本ぶらりぶらり」が待っています。