2026年10月3日土曜日

落花生の収穫とロスト・アーク

実は前回のサツマイモの収穫の時に畑の端っこに二株ほど「遊び」で植えていたのですが、そのうちの一粒だけを前回のサツマイモ堀りの時に見つけたからでした。
上の写真にあるように地面の上に極わずか体を突っ込むように埋まっている落花生を拾い上げて割ってみると見事な落花生が本当に薄いピンクの皮に包まれているのがよく判る状態で出てきます。

鵜沼の親父さんに話を伺ってみると、これをきちんと乾燥させたらいわゆる普通の落花生になるという事です。またお母さんに伺ってみたところ、このままでも茹でて美味しい生の落花生を味わえるよ~と楽しそうに話してくれました。

ただ、今回の落花生植えはまさに試験的なもので、一体全体「落花生」というものはどうやって育ってどうやって収穫するものかというのを観察するためのサイズであれば十分だったからです。^^

そして、その収穫を実際にしてみたところ以下のようなものが出来上がってきました。
こうやって土の中に沢山の「実の入った殻」が出てくることが解りました。何とも凄い自然のシステムですね。人間の知恵なんて軽く吹き飛ぶ進化の面白いところです。植えたものが育って人間が食べられる形のあるものになるなんて言うのは本当に感動的です。

さて、今回こうやって落花生は少量ですが収穫できました。しかし、ここで驚くべきことが起きました。落花生を収穫し終わって畑を再度眺めまわしたところ、どう考えてもこれサツマイモの葉だよね?という部分が畑の中に残っている事が判明したのです。そして直ぐに相棒と考えた事は「これってこの前どこに行ったか判らなくなった紫イモの葉じゃなかい?」という事。

そこで、数メートルに亘って生い茂っている葉っぱの根元を搔き分けてみると出てくる出てくる真ムラサキの芋!

やった~!という感じで相棒と二人で興奮して畑を掘り返すこと一時間弱。ゴッソリ出てきた紫イモに、心の中で「隠れとったか!見つけてやれんで悪かった」と謝りました。何にしろ「おっかしーなー、絶対植えたのに一体どこに消えたんや?」という感じで相棒と二人でその謎に悩まされ続けていた訳ですから、今回の図らずもその謎が解けたのは素晴らしい主格となりました。

畑の近所にある親父さんの家に戻ってその話をしたところ皆に大笑いされました。その後、近所の種苗を売っているローカル・ストアに向かい一玉384円もするニンニクを3玉購入して親父さんの畑に植え込まさせてもらいました。来年の種ニンニクにする為です。18株のニンニクが6株のニンニクを実として付ければ来年には100粒以上のネタになる筈です。それでも来年はそれをネタにしてさらに増やそうかなと折っているんですけどね!w

ニンニクがどう育つかた新たな愉しみです。


2026年10月2日金曜日

京都まで歩く????

私の勤める病院にバイトで来ている外科の先生から「あるお誘い」を受けました。

それは「京都まで160キロ二泊三日で歩くんだけど一緒に行こうよ!」というもの…。一瞬ですが、本気で固まってしまいました。w

そもそも私が散歩で一番歩くのでも家族と共にモリコロパークに行く往復の散歩。恐らくこの散歩でさえ16キロ程度です。この距離でゆっくり歩いて3時間ちょっと。その往復を二回しても約30キロでしかありません。たったの30キロ。それでは家から名古屋駅まで歩いていけばどれくらいかというと約14キロ。往復でやっぱり30キロ弱です。

つまり、家からモリコロパークへ向かって歩き、その後家まで戻ってくると名駅へ向かってま直ぐ歩くことで約21キロの道のりを終了、そしてそこから戻ってきて家に戻ってくることでやっとマラソンと同じ程度の距離。グーグルの予測時間を積み重ねるとハーフの距離で4時間半程度。往復でなんと無休憩で9時間も掛かるコースです。

40キロで9時間!朝8時に歩き出して何もせずに歩き続けて夕方の5時にやっと40キロなんですが…。( ゚Д゚)

そう考えると、仮に体力がもっと続いて日に9時間歩けたとしても120キロにしか届きません。京都までの距離をグーグル・マップで見てみると到着地点が京都駅だとして143キロ!一日に約48キロ!は歩かないと届かない事になります。しかも、この距離を歩くのにほぼ10キロ程度の荷物を持って途中は一人用テントで寝起きしようというのがお誘いの内容。

道は中山道経由でないときついと考えられます。なぜならば全部を舗装路で歩くとなると返ってくる反動は脚を壊す可能性があるからです。しかも、靴はその時に靴擦れを起こさないことが前提ですから、ある程度は慣らして履き込んでおかないといけませんし。

こういった事を全て勘案してChatGPTに対してこの道中の厳しさを聞いてみると…超上級者向きのUltra Walkになるというお話。しかも、厚底クッション・ メリノウール靴下+ワセリンで靴擦れ防止・荷物は5kg以下(可能なら送る)・  夜間歩行は避ける(危険)・  こまめなストレッチと休憩・水分は1日2〜3L・事前に40km歩行を2回以上試す、云々という長い長い試し書きが付いてきました。orz

しかも、普通の人間は1日に30キロ以上歩くと翌日は強烈な疲労や体調の問題を起こすと書かれていて、先生が主張する「出来たら60キロは行きたいな」というような距離は私のようなど素人が居ては到底無理でしょう。w(なんと、先生は「80は無理か?」等という事を呟いていましたが。orz)

何段階か練習を重ねたうえで靴やテントを試してからチャレンジしていかないと「到底」無理なことは明らかですな!

2026年10月1日木曜日

山本夏彦はやはりイイ!

先日購入した古本の中に3冊の山本夏彦の本が入っていました。

3冊の題名は①「社交界」たいがい②良心的③一寸さきはヤミがいいというものなんですが、昔から私は山本夏彦氏のファンで、その一刀両断振りは普通に考えれば諧謔と機知を超えた素晴らしい切れ味の批評の連発。

新聞屋と銀行屋と株屋の話は何時も飛びぬけて面白いのですが、氏の話が常に面白いのは世間のモノの見方とは一線を画す切れ味と裏面の真実の暴露があるから。世間の常識が如何に嘘に塗れて間違っているのかというのが次々と解りやすく示されます。

いつも彼の文章を読んで思うのは正義を標榜する人間達の胡散臭さの観察眼の鋭さでしょうか。

ものごとは裏と表から見てその評価を定めないといけない、そして人間というものを純粋な正義などと見誤らない事を何度も何度も対象とインシデントを替えて教えてくれます。そして必ず戻ってくるのは上に太字で書いたような正義を騙る人間達の裏の顔を嗤えというものでしょう。

社会の木鐸を標榜する人間達の垂れ流す道徳論を嗤い、戦前暗黒史観を繰り返し「それは嘘だった」と叩き続ける。歴史というのは書いたもの勝ちですから、正しかったことを少数であろうと書き続けることが大事。そういう意味では既にとうの昔にお亡くなりになった氏が繰り返し書き続けた数多くの文章は何時の日か大きな意味を持つことと思います。

私は彼を右翼とは思わないし、極端な思想の持ち主だとも思いません。淡々と世の中を見つめて自分の体験した世界をもとに自分の皮膚感覚で事実を記述する。なかなか出来そうで出来ない事です。

恐らく多感な時期(15歳~18歳)をフランスで育ち、その後に戦争に突入するような当時の日本に帰ってきたのが普通の日本人とは違うものの見方をさせたのかもしれませんね。

人とは違うモノの見方、常に持っておきたいと思います。(変人扱いされても。w)

2026年9月30日水曜日

もう9月も終わりとな!

あっという間でした。

雨ばかりいつまでもいつまでも降り続くと思ったらいきなり9月の終わりです。関東地方に至っては35日とか連続で雨の日が続いたとかいう観測史上初のレベルの秋の長雨だったようです。わたし、これを見ていてなんか「天気の子」を思い出しました。^^

何れにしても、今年の九月は「雨・台風」という言葉で全てが語られるような状況でした。今のところこれほどの長雨が続いたことで、昨年迄のダラダラと続いた酷暑が消えてしまったという事で体には優しかったのですが、農作物に対してはとてもとても厳しいものとなりました。日照不足という天災ともいえる状況が酷暑の代わりに襲い掛かってきました。

それでもこうやって時間が飛んでいく感覚を持つのはやっぱり歳を取ったという事なんですよね。子供にとっての一年と年取ってからの一年は全く感覚も違えば意味も違うのは大人なら誰でも理解できること。それが今年の九月は特に「その感じ」を強くしたものとなったのでした。

結局、今年の秋は作物の追加作付けも前回音連れた鵜沼の農作業でははとても出来ず、多分このまま。まだまだ我々新米農作業隊は農業の鳥羽口に多々だけだという事を強く実感させられました。

美味い作物を作りたいというのは当然なんですが、実際作り始めて気づいたことは自分で作った作物はなんでも美味いという事でした!

来年の作付けの計画は先輩や親父さん達と相談しながら今年以上に淡々といろいろなものを植えていこうと考えています。しかし、今年の作付けもそうでしたが、言うは易く行うは難しというのはまさに農業そのもので、お天道様は我々の希望などガン無視ですから我々の計画なんちゅうのは軽くぶち壊してくださる訳です。w

それでも頑張ってやるしかありません。来年は土づくりのところから策を練っていきたいと思います。

2026年9月29日火曜日

久しぶりの胃カメラ

最近胃の調子が悪くてうちの病院に来てくれている手練れの消化管ファイバーの先生にカメラをして頂きました。

10日ほど前にチャーハンを食べようとしていきなり何故か「おえっ」という感じで嘔吐感出現。正直嫌な感じがしました。もともと私自身は30年ほど前に日本に一時帰国していた頃に、先輩の開業していた内科病院で胃カメラをして頂いたところ、潰瘍バンバンで、コロナが強陽性の人でした。

小さい頃から井戸水を使うシステムの下で育った私ですから胃の中にピロリが居ても全く疑問は起きてきません。それでも、一旦除菌したつもりだったのですが、最終の除菌判定をしないままアメリカに帰国してしまっていたのです。

その後、胃の調子は良くなりまあよかったのかな程度で放置しておいた後にうんちの臭いも全く無くなり「除菌できたのかな?」程度と思っていました。

日本に帰ってきた後一度は胃カメラをしてもらったのですが、その時は綺麗で特に問題が無かったのです。その他にもCFもしてもらい、大腸も何の問題が無い事を5年ほど前に確認済みでした。

ところが今回の症状は胃癌や食道狭窄をもたらす何らかの占拠病変などが存在していてもおかしくない症状。急いでチェックしてもらったところ萎縮性胃炎状態になっていました。orz

検査当日までタケキャブを飲み続けて症状はかなり落ち着いていたのですが、潰瘍の弱い跡も残っていました。という訳で、2週間ほどはH2ブロッカであるファモチジンに置き換えた後、尿素ガス検査をしてもし陽性なら除菌していきたいと思います。

これから暫くは毎年カメラせんといかんですな。orz

2026年9月28日月曜日

アジア大会・名古屋の混乱

連日熱い競技が繰り広げられて日本中を沸かせる結果も度々出ているアジア大会・名古屋ですが、最初からいろいろとトラブルが連発している事が「ほぼ連日」報じられています。

例年、他の国で行われる競技会がどれほどこういったトラブルが出てきて、どの程度のレベルの大きさのインシデントが発生したのかは知りませんが、ネットに散らばるニュースからざっとピックするだけでも、私がニュースで把握していなかったものもゾロゾロ出てきてちょっとヤバくない?という気がするんですが…。
  1. 男子バレー韓国代表のシャトルバスが誤った会場へ到着 犬山市体育館へ向かうはずが岡崎中央総合公園体育館へ到着し練習できず。パキスタン代表も誤送で試合直前に到着する事態に。
  2. 宿泊施設で男女選手が同室に割り当てられるトラブル 選手村を設けない分散宿泊方式の混乱が表面化。水球・女子バレーなど複数チームで宿泊トラブル。  
  3. 韓国戦で誤って北朝鮮国歌を演奏する重大ミス ホッケー男子韓国戦で音源を誤再生。韓国側が強く抗議し、組織委が謝罪。 
  4. 送迎バスが配車されず、韓国男子バスケが練習中止に 決勝前の午前練習ができず。海外メディアから「未熟な運営」と批判。  
  5. 表彰式で韓国を「リパブリック・オブ・チャイナ」と誤アナウンス 直後に「コリア」と訂正するも、国際的な批判が拡大。  
  6. 中国選手団が宿泊施設到着まで6時間待たされる  クルーズ船宿泊の手続き遅延・悪天候で乗船できず、食事も12時間空くなど深刻な混乱。 
  7. インド選手団が空港で長時間足止め  入国審査・登録の不備で長い列が発生。インド側が「初期トラブル」と説明するも批判続出。   
  8. 韓国選手が空港で5時間以上待機、送迎バス不足も発生  韓国側は状況把握と対応を表明。SNSでは「アジア大会の不条理」が拡散。  
  9. 報道陣用シャトルバスが会場に入れず15分足止め、降車場所も迷走 スタッフがバスの用途を把握しておらず、案内が二転三転。記者が体感した混乱として報道。 
  10. 大会準備の遅れを示す内部資料が流出、仏GL社との契約に問題指摘  照明全損、バス未配車などの背景に、委託企業との連携不備があったと文春が報道。 
これだけでも十分重大ですが、他にもバドミントンの試合が深夜に及んだ時も他のコートは空いていた等と言う訳の分からん杓子定規の運営もあるみたいですし、最初の頃は韓国のバスケ選手がベッドが小さくて云々なんてのもありましたしね。

まあ、小さい事を一旦上げ連ね出したらキリがないんでしょうけど、それにしても目立つミスが多すぎませんかという話。私が個人的に気になるのは上の最後に書かれているニュースでして、フランスのGL社って何だという話。

記事を探してみると「GLは、フランス・リヨンに本社を置き、世界20カ国以上でイベントの企画・設営・運営を手掛けるGL eventsグループの日本法人。大阪・関西万博では複数のパビリオンの施工や運営を受注したが、工事代金の未払いを訴える下請け業者が相次ぎ、訴訟に発展している企業」と書いてあるではないですか…。orz

しかもここには700億円近く払っているって言いますからマジで何を考えとるんか?という話。とことんおかしくないか?

アメリカだったらこれって訴訟になっとらんかい?日本の事だからどうせナーナーで終わりそうですけど、大村知事って愛知でビッグイベント開くのもう止めたらええんちゃいますかね。前の2019愛知・トリエンナーレでもいろいろと酷い運営で金銭的補償や展示法にまつわる大きな禍根を残したイベントになりましたが…。

税金使ってるっていう認識があまりにも欠如しているという気がします。は~。

2026年9月27日日曜日

閉まる古書店で選び放題

先日このブログに書いた近所の古書店閉店のお話。

実はこの日曜日迄で都合三回の探索と購入を行いました。毎回の購入額は1万にも満たないんですが、何しろ今までちょっと手が出し辛い程の値段が付いていた本も普通の本が半値、文庫本は5冊で1,000円。全集に至ってはなんと8割引き!ですから良いものがあれば買わない手はありませんわね。

この三回の購入で使った金額は3万もいっていないと思うんですが、得られた収穫は豊かなもので、死ぬまでに購入した本は全部きちんと読めるかな、いや結局積読になるのかな等と一人想像を巡らせたりしています。

今回はいろいろと手に入ったものの中で目に付くものがありました。それは谷崎潤一郎の「瘋癲老人日記」の初版本です。珍しく綺麗な箱入りで、ちょっと気になったもんで奥付を見てみると何と初版本ではないですか。向田邦子の本などでも結構初版本を手に入れる事が多い私ですが、これは素晴らしい出会いだなと思いました。その脇には同じ箱入りで「鍵」が並んでいましたが、こちらは7刷。それでも瘋癲老人日記の62年初版本が手に入ったことに兎に角大満足でした。^^

他にも裸の大将放浪記の4巻本が手に入ったことも嬉しかった出来事ですね。こうやって買い込んだ本を全部積み上げると、この三回で凡そ2メートル程度になる程度にはなるでしょうか。しかも、手に入れた本は全て自分の読みたい本ばかり。これほどの喜びは所有欲と読書欲の両方を埋めるという意味で滅多にあるもんではありません。しかも手軽な値段で!

実は今回、店の外の張り紙が手直しされていて、10月も延長で日曜日毎にお店を開いてくれるようです。このままいけば最後のほうはもう少しディスカウントが入るのではないかなどと下種な事を考えてしまいますが、そんなのを待っていると素晴らしい本はどんどん消えてしまいます。

これからも時間があればどしどし出向いて行って積極的に購入したいと思います。廻れば廻るほど「見逃した一冊」が見つかる確率は上がりますからね!

2026年9月26日土曜日

息子のパズル作成と謎の一つ

息子の家でしている事の一つにジグソーパズルがある事は前にもここで書いたのですが、今までに何十枚もパズルを作るうちに気づくことがありました。

そのなかの一番大きな問題はほぼ毎回1-2ピースのパズルのブロックを無くしてしまうということなんですよね。息子は異食症があって、結構コッソリと食べてはいけないものを口に入れてしまいます。今までにも5センチくらいのメタルの棒やプラスチックのカード、でっかいスティッカーなんかを胃に入れてきました。

幸いにして今まで窒息などという事にはなっていないのですが、親としては目の届かないところで何かよろしからぬモノを胃の中に入れている可能性が高いと思うといつもひやひやです。それでも、パズルのピースを食べる事は少なくとも無いと思っています。

そもそも、パズルを完成させることは息子の性格や持っているキャラからしてMUSTというレベル。完成しない部分があると「独特のこだわり」でその未完の部分を気にし続ける素振りを見せます。実際のところ、この見つからなかったピースが本棚の下の奥から出てきたり近くの容れ物の底から見つかったこともありました。嫁さんも絶対に掃除機では吸い込まないように気を付けているとの事なんですが…。

そして、これが今回のマイクロ・ピースで構成された1000ピースのお寿司のパズル。難しいのは何も印刷されていない黒い部分が多い事なんですが、とりあえず息子は以下の状態までは仕上げました。
良く見て頂けると判ると思いますが、欠損した3つのピースは右下に集中しています。今回もパズルの販売元さんに位置情報と大まかな形を書き写した情報を備え付けの葉書に添えて送りましたので暫くしたらこれらのピースもサービスとして送り返してこられると思うのですが、この紛失ピースは一体幾つくらいまで許されるものなんだろうかといつも嫁さんと疑問に思っています。

極まれに売っている数千ピースのパズルなどは長い期間かけて仕上げていくうちには掃除の途中で無くしたりするピースも多いと思うんですけどどんなもんなんでしょう。

実はこのパズルを作成するときの下敷きになるものとして便利な道具がある事を知ったのは最近。調べてみると、板のものだけでは無くてフェルトの上で作り続けてその日が終わる度に丸めて収納するようなものも有るとの事ですので、今度適切なものが見つかったら息子用に一枚買おうかな?

2026年9月25日金曜日

明日は伊勢湾台風の日

9/26の土曜日という日は昭和34年(1959)年に伊勢湾台風で多くの人命が失われた日です。

当時のアメリカ軍の記録ではカテゴリー5で、更に台風は26日18時過ぎ、929hPaの勢力を持って潮岬の西15キロ付近に上陸、上陸時の勢力としては本州へ上陸した台風の中では今でも史上最強とwikiの記述に残っています。

ここ名古屋においては市内だけで死者・行方不明者は1851人。全壊流出が7723棟、半壊43249棟、浸水は上下合わせて67352棟というまさに激甚災害。今でも緑区には滝の水公園という伊勢湾台風の瓦礫で作られた、高さ35メートルの高台がありますが、当時の大災害の酷さ・凄さを形として伝える遺構になっています。

さて、私はこの前の名古屋を襲った線状降水帯と集中豪雨でも名古屋という街が示した抵抗力は東海大水害を経て物凄いレベルでresilienceを獲得したことを示しました。勿論、名古屋市の策定している計画の下敷きにはこの伊勢湾台風があり、更にこれより酷いレベルの台風による高潮が発生したという前提で行政計画を立てているという事です。

しかも、この台風等による風水害への備えは今も時々刻々、年々歳々先へ先へと進歩しているというのですからなかなかのものです。そもそも、名古屋という街は地質学的にはごく最近まで海の中だった街。しかも、名古屋城の西側は更に水に弱い街。また、名古屋の東の端に至るまでかなり緩やかに勾配が上がり続ける訳ですが、南と西は相変わらず津波の発生には非常に弱いエリアですから今後の備えも次々に改善する必要はある訳ですが…。

今回、AIに「もし今、伊勢湾台風が名古屋を襲ってきたらその被害はどうなる」という質問を投げかけてみたところ、興味深い回答が返ってきました。

まず、災害の予測能力が桁違い。そしてその警報を通知する能力が桁違い。更に建っている構造物が当時とは全く異なる上に、ハザードマップを含めた行政側の準備のレベルが桁違いという事で、死者・行方不明者は最終で数十人、最大で数百人とのことで時代の違いを感じさせます。

ただし、自動車の水没、電気設備の故障、工場設備の損壊、倉庫物流システム、地下鉄、データセンターの被害等(特に地下施設関連)はやはり大きいだろうとの事。
そして、今でも港・南・中川・熱田・瑞穂・緑区の一部などは今でも相当危険との事で、このエリアから災害の犠牲者が出てくる可能性が残るという予想でした。

何れにしても天災は不可避なもの。人知の及ばぬ規模の災害がいつ来るのか誰にもわかりません。備えあれば憂いなしという言葉が本当になるためにはいつまでも準備を磨き続けることが大切ですよね。

2026年9月24日木曜日

遂にやってくれた!

アジア大会・名古屋の中で気になっている競技の代表はやはり私にとっては卓球です。

しかし、ここ数十年にわたって我々日本チームの絶対的な邪魔者は御存じ中国チーム。男子も女子もいつも歴史に名を遺すような絶対的な王者が訳10年くらいの間は君臨して、日本にとっての厚い厚い壁を作ってきます。

しかし、ここ10年はまず女子の部からの盛り上がりに始まり、男子も張本選手の登場やダブルスの活躍、そして遂に張本選手を凌ぐほどの強者である松島輝空(そら)選手の登場で看板の厚みが増してきた感じです。女子は女子で今までいろいろな可愛らしい三人娘が入れ代わり立ち代わり大活躍してきましたが、男子も遂にやってきました。

今回、愛知においてなんと1966年のアジア大会、バンコク開催以来となる60年ぶりの勝利となり、各種国際大会の歴史の中でも中国に勝ったのは97年のアジア・カップ以来29年ぶりとのことでやっぱり凄いです。

ここまでやってくるには国策として卓球に国威をかけてくる赤い国を破り執念深く長い下準備がありました。プロ化されていたヨーロッパでの選手達の武者修行からコーチ派遣、そして中国のリーグへの参戦!(途中から認められない時とかあって中国の危機感丸出し)また日本もプロ化が始まったことでJリーグ効果の時を思い出します。

そこからは上に書いたような日本出身のスター誕生物語の始まりが、いったんここに来て花を咲かせたことを盛大に祝いたいと思います。

なんと、今回の戦いでは優勝を決めた松島輝空が最終戦の直前に張本君から「勝つから待っとけ」と声をかけられたと話しています。本真に漢ですよ。痺れる!これに対して松島君は「ぼくは勝つ準備をしていた」とのコメントを残しています。どっちもこれ以上無いくらいカッコいいじゃないですか。

これからの日本の卓球を背負っていく若手の勝利に心の底からおめでとうございますと祝福の言葉を掛けたいです。これからも続く厳しい戦いも若さで乗り切って欲しいし、更に次の世代もホープが登場して卓球界を賑わすことを祈るおじさんです。

2026年9月23日水曜日

共和党の崩壊と卑怯者共

アメリカ人の少なくとも半分以上はあの頭のオカシイ爺さんに辟易していると思います。(というかそうだと信じたい)

そして今、とんでもない泥が自分の足許に近づいてきて、その臭い泥が腐臭を放っている事をようやく認識しているようです。頭のオカシイ爺さんが好き勝手に乱発し宣言してきた重要な大統領令が次から次へと連邦裁判所からturn downされております。ざまーみろ。w

戦争は止めない、自分に都合が悪いことは全てfakeとして視界から外すというこれまた病的思考回路の持ち主がアメリカの現大統領。しかし、選挙前の支持率調査ではこの爺さんの支持率は落ちる・堕ちる・墜ちるの状態。

今迄、この爺さんをほめそやしておけば取り敢えずは爺さんからは攻撃されないし、選挙民からも何とか指示を受けるということから爺さんサポーターとして蠢いていた卑怯者共が今になって「わしら関係ないもんね」という形での離反を開始しているというニュース。自分のHPから爺さんのこれまでの発言を大量に削除したり、現在の政策に一部反対などという事をゴニョゴニョと呟き始めているようですが、一言いいたい。「何を今さら?」

こういう卑怯者共は「機を見るに敏」という意味では賢いのでしょうか?私はそうは思いません。立場が悪くなったから、最初からとんでもない事を言い続けていたトランプという邪悪な狂人に「今頃になって」ようやく反旗の片鱗をおずおずと見せだしたという事。どこまでも病的に臆病な卑怯者共。

民主党が正しいのかどうかという事より、共和党がボコボコに敗れ去るのを見たい、そしてあの狂人が更にとち狂って周りから捨て去られ、2年間の完全なレームダックとなる事を夢見る私です。あいつをホワイトハウスで誉めそやしていた連中を皆が忘れないように記念碑的に表示し続けるサイトを誰か構築してないかな?w

中間選挙、そしてアメリカの2年後に期待です。2年経ったら一旦アメリカに行ってみようと思います。

2026年9月22日火曜日

愛知県の人口減少

感覚的には「まさか」というものでしょうが、人口推移予測では名古屋市でさえ既に人口は3年前の2023年にピークを迎えたといわれています。

2060年には211万人程度との事で、これから数十年はゆっくり減少するという話なんですが、実際のところ転入は超過が続くのだそうですが、死亡による自然減が続くために人口の減少は続くとの事。

しかしまあ、大都市名古屋は未だこの程度で済むんですがヤバいのは周辺エリア。大トヨタがある一大産業都市とは言え、名古屋の周辺エリアは財政も人口も維持するのが困難な限界集落化しつつあるエリアが結構ある事が統計でよくわかります。特に愛知県の中でもショッキングなほど維持が無理なのは愛知の東側の多くの村や町。

設楽、豊根は言うに及ばず南東部のエリアも南部のエリアも財政の自立度は異様に低く、人口の減少速度もほぼロケットで加速をつけたような感じ。その他にもあま市のように財政的にきついのに馬鹿な豪華市庁舎を立てる自治体とか。犬山、蒲郡、津島、愛西、田原、美浜、南知多、東栄などもグリグリにヤバそうです。そしてあの豊橋でさえも減少に加速が付いているというのですから日本全体に勢いが無くなるのも仕方ない訳です。

こうなると地方の財政もボコボコになる訳で、まさかとは思いますけど豊根村とか設楽とかは夕張のようになりませんかね?もう、こんな勢いで人口がシュリンクしてくると己が勝手に住みたいところに「自己責任」で住む!という前提でしか住めなくなるわけで、医療、教育、行政などのサービスは勿論、インフラなども「我々が決めたエリアの外に住んでいるあなた方には残念ながらサービスは届きません」でも税金は市内や村内に住んでいる限り徴収はしますよ~という様になりかねない気がします。もしくはエリア別に異様に水道料金が高くなるとか?

既にいろいろな自治体が無い袖は振れないという眼の前の事実に呻き声をあげる中、どこまでそういう「サービスエリア外」のところにサービスを届ける事を続けられるのか?医療サービスのようにそもそもお金がかかる分野も財務省、厚労省は既に明確に切り捨てを始めていますし、これからはある一定レベルの水準以上のサービスを受けたければもう田舎に住む人達は諦めなさいという残酷な時代のタイマーのカウントダウンが動き始めているのでしょう。

国が老いるというのは世界の多くのエリアで必然としても、いざ眼の前にこうやって現れてくるとやはり厳しいものですね。

2026年9月21日月曜日

雨の中のキャンプ

今回久しぶりのキャンプに出掛けました。

2日前の夜に嫁さんが「お父さん久し振りやし、たまにはキャンプでも行って来たら?」との提案をしてくれたのでお言葉に甘える事にしました。

実際のところ台風25号の影響下にあるここ数日の天気だったのですが、私自身は天気予報の全体像から自分が向かう予定のエリアにはギリギリ雨雲がかかるレベルであることを把握していました。勿論、所詮はスパコンによるシミュレーションなのでしょうが、線状降水帯もしっかり描出するレベルに高まっています。正直信じているという所。

その雨雲の移動を見ていると、私の実験にはまさにもってこいの状況が目的地のキャンプ場に到来することが予測されました。つまり、昼に出発してキャンプ場でお金を払ってテントの設置を始めれば新しく購入したギアをいくつかの点で調べられることになります。

まず初めに新規購入したテント下に敷く防水シート。次に前から買っていたのに全く使っていなかったタープ。そして新しく買ったテント自体の防水能力と遮光性。これらを一気に試す絶好の機会が本日訪れたと考えました。三河高原キャンプ場は雨がガンガン降っても何かが流れてくるようなところではない山の中のフラットな場所です。

後は熊の事なんでしょうけど、そのことはすっかり忘れていたのが正直なところです。orz
初めて張った2ポール・タープなんですが、背の部分が垂れています。
さて、キャンプ場に着いて早速新しいテントをおろして張ってみたのですが、張るための突っ張り棒を差し込む穴がどこにあるのか最初は見つからなくてちょっと手間取りました。しかし、それ以外は極めてスムース。強いて言えば上の写真のようにタープの背が垂れた事が改善点ですが、AIに訊いてみるとこのタイプのタープは先ず縦軸をピンと強く張るのがコツで、対角線のXにあたる部分の張りの強度で強弱をつけると良いと書いてあるのですが、言うは易し。w

まあ、今回はコレで良しとして夕方に息子からコッソリかっぱらってきたどでかいカップ麺に湯を注ぎ食べてテントの中へ。早速読み始めていたこの前手に入れた中古の本をゆっくりとページを捲りながら愉しんでいるとポツポツという音が次第に激しくなりスパコンの予想する雨雲の動き通りに大雨が降ってきてくれました。

タープに大量の雨が当たって凄い音がしましたが、テントの中には一切雨の漏れは無し。勿論と言えば勿論ですけどね。その上で、テントの下に敷いた防水シートはどうだったかというと、これもバッチリ。滅茶苦茶安い品だったのですが、タイベックとは違う意味で良い品でした。タイベックは防水ばっちりですけど、この前のストーブ使用時に私のミスで溶けちゃったんで。w

翌日は7時位に起きてテント内で暫くグダグダした後、撤収開始。テント泊に必要なものもいろいろと削れるようになってきて大分キャンピングに慣れてきたなと自分でも感じるようになってきました。

次は何時、そしてどこに行こうかな。



2026年9月20日日曜日

サツマイモすげ~!

昨日ブルーを見た後にそのまま交通規制を嫌って電車に乗ってそのまま新鵜沼駅に向かいました。

この前の試し掘りの写真からすると恐らく成功しているし、時期的にもばっちりかと思えるんですが、実物を見てみるまでは判らないというのが正直なとこです。という訳で、ぎらぎらには暑くないけれどやっぱり暑い鵜沼の畑に向かいました。

いきなりパートナーが会社で使っている電動ファン付きの空調服を持ってきて使わせてくれました。サイズは彼に合わせて大きめでしたが、生れて初めて装着してみるとめちゃ気持ち良くていつも扇風機を体全体に当てている感じですね。蒸散による気化熱の奪われ具合がいい感じ。

さて、現場では雑草がガンガンに生い茂っていたのですが、サツマイモのところだけはしっかりサツマイモの葉が茂って雑草の介入を許していませんでした。エライ!
これを掘っていくと次のような感じで、出てきましたよ!いわゆるザックザクという感じ。
みんなでヤベーヤベーと言い合いながらホクホク顔でした。
普通に4つから5つが一つの束になっていて、最大10個ついているものまでありました。ただし、このサツマイモ堀りというのは思っていたのよりも実際は難しくて、遠くから深めに周りを掘ってサツマイモを掘るんですが、鍬で間違って当てて芋にダメージを与えてしまうんですね。ここがやっぱり芋ほりの素人。

粘土質で力をかけて抜き取るのが大変難しい状況でしたが、一畝を掘るのに一時間ではとても済みませんでした。それでも以下の感じで収穫。これが4つ採れました。
上の写真で見れば判ると思いますけど、白い面が出ているのは間違って折ったりした奴ですね。
これに付いた土を取る事自体が実際は傷つける行為だと知ったのは家に帰ってからですが、それでもまあそこそこに気をつけてやったので大丈夫かなと思っています。
相棒の家の芝生で乾燥させました。
後で良く調べると、湿度が高い10-15℃くらいの暗めところで置いておくと良いそうなんですが、これって家の玄関ですよね?こうすることで生きている細胞がアミラーゼで内部のでんぷんを分解して糖化が進むんだそうです。

しかもこの期間は何と2か月程度!これから初冬迄待てという事なんでしょうが、先ずは一部持って帰って家で蒸かして食べてみました。するとそれなりに美味いのですが、甘みは確かに足りません。なるほど、こういう事なんだね。

という訳で、胃袋に落とすまで暫く待つことに致しました!^^

2026年9月19日土曜日

やっぱりブルーはカッコいい!

戦闘機乗りのパイロットというのはやはり男の憧れの職業の一つでしょう。

理由はあの三次元空間をあり得ない速度であり得ない技術で自由に飛び回れるから。文字に書くだけでも非常に明確な素晴らしさがありますが、以前中島悟氏が雑誌の企画でF15に搭乗したときに「F1の15倍面白い!」というコメントを残していたのが印象的でした。

尤も、あの恐ろしいGの中を吐くことも酔う事もなくニコニコしながら楽しんでいるF1ドライバーの中島氏も異常と言えば異常ですが。w

さて、そのブルーインパルスが昨日名古屋にやって参りました。アジア大会のオープニングの一環としての登場でしたが、以前名城公園周りで飛んでくれたのと同じ感じでやってくれるのか、今回は久屋大通りをまっすぐ飛んでくるコースだというので地下鉄に乗って栄駅で降りて待っていました。

嫁さんのアドバイスに従って9時からの飛行予定に備え7時半には家を出て、8時にはオアシス21のところに座るようにしていました。(終わったら鵜沼に向かってサツマイモの収穫予定!)
これでも一時間前!
少しだけ暑いかな?という感じでしたが比較的直前までオアシス21の天井が影を作ってくれていて、最後の最後に帽子を被ったくらいで間に合いました。9時5分ごろにいきなり陰からドーンと登場。見ている人達はみんな、カッコいい!と声をあげながら大はしゃぎでした。
5~6回の各種演目をこなしてくれたのですが、やっぱり素晴らしく息が合っていて、プロ中のプロというのはこういう仕事をする人達なんやなと改めて心の中で敬礼させてもらいました。

最後に飛び去った後でみな自然と拍手が沸き上がってきたのは当たり前と言えば当たり前だったのでしょうか。(`・ω・´)ゞ

総てが終わった後で、大混雑の中を鵜沼に向かって名鉄に乗って行った後に実は松島?に向かって帰っていこうとしていたブルーインパルスを畑作業中に眺める事が出来たのは秘密の幸せでした。多分、各務原か小牧基地で一休みしていたんじゃないかなと農作業のパートナーと話し合った午後でした。


2026年9月18日金曜日

農作物を植えるタイミングが難しい

最近、秋じゃがとかカボチャを植えるタイミングが全く読めません。

暫く前まではここ数年の異常な暑さの気象状態のせいでいろいろな作物の作付や成長、そして収穫の時期が読めないという状況が続いていると農業をしている他の医師の先輩が話していました。

幸いにして私が今やっているジャガイモやサツマイモのようなものではそれほど大きな影響は受けていませんけども、土の上の葉っぱ類で収穫を行うような系統の作物は物凄く大変な事になっているようです。長雨、異常な暑さ、そして読めない作付け時期。気が付けば葉っぱがしなしなになっていた~なんていう状況が増えているとの事です。

前回のジャガイモの時は大成功でしたが、今回の長雨の後に秋じゃがを植えるのは少し遅すぎるような気がします。サツマイモの収穫は明日なんですが、とりあえず試し掘りをしてくれた農業パートナーの友人の話では、立派なサツマイモが出来ているとの事なので期待大です。
それでも、土の下の見えない部分というのは農業の神様のみが知る世界なので、その部分はやっぱりワクワクしかしドキドキしながら運を天に任せざるを得ない部分です。

「もし」明日のサツマイモが自分たちが思っていた以上の仕上がりを見せてくれていたら、先ずはふかし芋として味を試したものと天婦羅として切り身で試すものに分けたいと思っています。

先週の段階で友人が送ってくれた試し掘りの芋は幅が既に5センチ。どう考えても今週のチャンスを逃したらでかくなりすぎたり腐ったりしないかというのがちょい心配です。

ま、祈りましょう!w

2026年9月17日木曜日

資格は大事

病院ではいろいろな資格を持っている人が集まっています。

ところが、この資格にもやっぱりレアリティにかなり比例した状態で給与に反比例した求人があると思います。簡単に取れるような資格の職種はやはりそれなりの給与が、取り難い資格にはそれに応じた給与が出される。

しかし、問題はそこでは無くて当院では事務系の人間が資格試験、入社試験を経ずに前任者の情実で入った人間達がまだまだ沢山いるという事。能力に応じた応募者の選抜が出来ていたら良かったのですが、実は恐ろしい選抜方法で人が集められていたことがある人の口から知らされて腰を抜かしました。

それは以下のようなもの。例えば応募者が3人いたとすると、三人を面接しその中で最も評価が低かったものを入職させるという「下から選ぶ!」という方式が採られていたというもの。

正直なところ、病院の中で「どうしてこの人が?」というレベルの人間が職場に数年間連続で入植してきたことが続いて、内心「ヤバくないか?」と思ってたんです。そして、その人選にあたる課長が辞めた翌年から途端にレベルが三つ上がった感じの人間が履いてくるようになって「あの噂は本当だたんやろな」と納得したのでした。

なんでそんな恐ろしい人選をしていたのかという事も実はその辞めた人が酔っ払って辞める前に吐いたことがあったらしく、その真意は[自分よりも能力の低い人間を入れ続ける事で、自分のポジションが脅かされることの無いように]というのが理由だったとか。

まさに当院における獅子身中の虫とはこの人物だった訳。

組織というのは人で成り立つもの。やはり、公正な試験と資格の有無をもってまず第一に人を選ぶことは大事。オカシナ情実や選考基準の不明な選抜は絶対に出来ない様にしておくのがトップの仕事だと思うんですが、そこら辺りが完全に腐っていたようです。悪いけど、これではね…。

病院大丈夫か?と考える私でした。

2026年9月16日水曜日

Tシャツの寿命

今、パジャマに使っているTシャツがあります。

アメリカに住んでいた時に、近所にあったOld Navyのお店で購入した激安のものですが、10ドルしなかったような記憶があります。私自身はTシャツだけは唯一「集めて、着て、愉しむ」趣味がありまして、オッサンとしては腹が出る事でもう体形も崩れていて既にTシャツが似合わないのは理解した上でやっぱり着続けています。

気軽に着られる上にその種々のデザインがお手軽な値段で楽しめるのがシンプルに好きな理由です。基本的に表に書かれている文言やデザインを体に羽織って見る人に「おっ」と感じてもらうのが毎度のちょっとした喜びです。

勿論、見る人によっては「いい歳こいて」と思うような人も居るんでしょうが、私はその手の視線は一切気にしない人ですので、自分が楽しければそれでヨシ。^^

昔は分子生物学系統の物品を売る会社から頂いたTシャツを着るのが結構多かったのですが、最近はそういうのと無縁になってきたのもあって、着るのは基本的にアマゾンや近所のストアで見つけた面白めのもの。ところが、これも嫁さんによると既に100枚を優に超えたというのです。無論、私が着るものは息子も着るのはごく普通で、家族の中では実質「ローテーション」と呼ばれていますからシャツに使うお金は実質半額、かつ収納場所も半分で済むと考えています。

このTシャツという代物、結構ペラペラの布かと思いがちなんですが、実は5年や10年などという年月は容易に着続ける事が出来る立派な衣類なんですよね。敢えて患者さん達に回さなければ恐らくは四半世紀はいくのではないでしょうか。

例えば、冒頭で私がちょろっと書いたパジャマとして使っているシャツは既に20年は経っている代物でして、布地は気持ち薄くなったかな?と感じない訳でもないのですが、まだまだ使えます。あと何年使えるか判りませんが、ぺらっぺらになるまでは問題なく使えるし、そうなる前に病院の服の無い患者さんに回せば二度使える事になります!
しかも、最近仕入れた情報によると、繊維の少し緩み始めたこういったTシャツは水分などを含ませて凍らせたりすると収縮して目地がもう一回タイトになって再生するとのお話。チャンスがあったら使ってみたいテクニックだと思います。

黒系統のシャツだけは選択の回数が増えると色の落ちが目立ちますが、それ以外だと意外ときれいなまま。それに、長く使うと何というかいい感じでビンテージ感が出ますしね。^^

服も靴もカバンも、総てのものは長く使えるという前提で買って大事に使えばTシャツ1枚でも軽く10年くらいは容易に持つというお話でした。

ジーンズに至っては…。w

2026年9月15日火曜日

AIに白旗は挙げない

つい先日記事にした「AIがミレニアム問題を解いたか?」という記事に対して、数学会が確固たる声明を直ちに出してきました。

しかもその声明に名を連ねているのは25人もの世界的数学者たちで全員がフィールズ賞の受賞者たちという驚くべきものです。私のような部外者でも知っている名前はずらずら出てきていて、日本の森重文先生のみならず、タオ、コンツェビッチ、スミルノフ、ショールズ、ゴ、ドリーニュ、バルガバ等の世界の数学の形を変えてきた数学の巨人達です。(私にはその凄さが理解の遠く及ばない分野ですので、その人達を語る他の人の文章で天才なんだなと認識する程度です。w)

その声明はココにありますが、大切なのは数学だけでなく、他の科学・創造的職業でも同様の問題が起きているということです。長年の訓練は「答えを出すため」だけでなく、理解、新しい問いの創出、そしてアイデアの発展 を目的としてきたにもかかわらず、AIは膨大な人類の成果を利用して、 訓練の成果物だけを直接生成できるようになり、目的と手段がずれてしまうという状況を作り出してしまっているという記述があります。

結局、今の状況は「問題を解くこと」だけが目的化されると、数学の本質的な理解が損なわれるという状態で、その解かれる迄の素晴らしい苦闘の過程とその周辺に派生していく豊饒なる新世界が構築されていく状況が一切ない状態だというのは大問題だという事。

その問題解決の途上に出来上がる数学者たちの繋がりと、数学の異分野が交差する過程で育っていく次世代の若い人々の出現こそが更なる進歩をもたらすというチャンスを奪っているし、問題解決に至ってもその途上で使用されたアイデアの剽窃や成果の帰属もウヤムヤ。

勿論、数学者達はAIを問題を解くための補助的な道具としてこれからも壁打ちの道具のように使っていく人が多くなるのでしょうが、次々と出されてくる謎の解とこれから数学者たちがどう取り組んでいくのか、化学や物理学も含めて人類の「知」を次の境地へと誘導させる加速剤なのか、それとも…。

5年、10年経った後の数学者達の反応を再び知りたい私です。

2026年9月14日月曜日

伝わらなくなる感覚

寅さんを視ている時に電話のシーンがありました。

勿論、旅先から柴又の家族に電話をする訳なんですが、その時に使っていたのが赤電話。そもそも赤電話自体が眼の前から消えてしまう時代になっていますが、小銭の10円を次々と入れながら最後は小銭が足りなくなってさくらと話そうとしたところでプチッと会話が切れる訳です。

こんな感じは私が高校生くらいの頃まではごく普通で、緑の電話が出てきてテレホン・カードが使えるようになった時には本当に「革命!」と思いましたね。

主にイラン人達による偽高額テレカ事件が続発しすぎてNTTがいろいろと彼らと戦った挙句に、ゆっくりとPHS、スマホというのが覇権争いをし始めました。その後で時間が経つほどに明確にスマホが勝利を収める流れのなかで公衆電話が次々と姿を消していき、やがてはPHSが姿を消しそこへ初代iPhoneが登場してきましたよね。^^

とは言え、今の20代の人達にしてみれば、上に書いた話はまるで私の世代が手回し式の電話のことを見た事が無いような感覚なんじゃないかと思います。
電話をしている時に手持ちの小銭を気にしながら電話をするという話自体がもう彼ら達にしてみれば見た事のない歴史なんですよね。w

知っている商品名も世代判定に使えるというのはここ最近よくわかります。この前もアイスクリームの商品名である「宝石箱」というのがあったんですが、その商品を知っていたのは私を含めほぼ全員50代以降。

調べてみたら1978-1983年の間だけ売られていた雪印の製品だったようで、そりゃ40代でも知らないのは当然と言えばあまりにも当然でした。自分の周辺では当たり前の事でも、世代が代われば知らないことだらけというのは余りにも当然ですよね。

上が消えて下の世代が支える。既に今の日本を支えているのは私の一回りしたの世代になってきています。そういう意味では時代の流れを素直に受け容れるのは大事な儀式なのかなと思いました。

2026年9月13日日曜日

高齢患者さんとの会話の愉しみ

病院という所は科にもよりますが、基本的に年齢が上がると病気になる確率が上がってくるというのが基本。

車などと一緒で、使い込んでいるうちにあちらの部品こちらの部品にガタがきて、そこの修理を行わなければならないというのは全く一緒です。修理の方法が存在し、かつその修理代が安ければ素晴らしい。修理の方法があるのだけど大変に金銭的に高価で全替えしたほうが良いというのも当然ある訳ですが、人の体はそうはいきません。置き換えが可能になるというような治療法も必ずや未来には登場するのはわかっていても「今」ではない。

骨や水晶体は置き換えの効くものの代表ですが、肝臓や腎臓の移植などもまだまだ他人のものですし、免疫抑制剤のしようも未だに必要なパターンが普通。皮膚でさえ未だ「自己の皮膚」という形では出てきていませんし、実験室からやっと出てきて高額な医療費でチャレンジングな移植などを行うその他の臓器の治療法もありますが、少なくとも市井の医師が患者さんに向けて「じゃあ、ここに行ってこの臓器を替えてもらうことを考慮して貰いましょう」というような事も全くありません。

そういう意味では、こういう高度な医療はもう我々にはアプリケーションとしては受けない(若しくは受けられない)という覚悟を持ってくるような70代後半以降の年になってくると、私の診察に来ても「ピンピンコロリと逝かんかね、先生」とか、「長く生きすぎたからもうええわ、そろそろ何とか楽に逝けんかいな、いい薬無い?」等という事を笑顔で話しながら、実は発言自体は結構大真面目という人も沢山いるんですよね。

残念な事ではあるのですが、そういう方々の中には10年を超えて診察していくうちには癌を発症したり、重大な疾病・症状が次第に表に出てくる事も当然あります。出血や痛み、そして熱発などが表に出てきて初めてそれまで生化学的定期診断には出てこなかった「異常」が出てくることがある訳です。実際にはトイレに行った時に便が黒かったとか、血が混じっていたとか、食欲がこの三か月で随分落ちてきたとか、体重が徐々に落ちてきていたけど言わなかった、はたまたやたらと汗が出る、手に力が入りにくくなってきていたけど放っておいたとか。

そういう意味では問診は非常に大事なんですが、こういった身体の異常や感覚を「会話を通じて記憶の中から引き出す、もしくは正直に話してもらえるような状況に持ってくる」というのはそれぞれの医師が持つ大切なテクニックです。この手法を維持したり磨くのは日々大切な訓練なのですが、ある程度それぞれの医師が持っているベースというものがあって、これが全くダメな医師も稀ならずいる訳です。

大学病院のようなところで高度な医療を担当する専門医が、短時間で切れ味良く患者さんを捌くことも必要ですが、更にそういう高度医療の外側にいる我々のような医師はある程度ゆっくりと患者さんと話す時間を持ちながら病気をマネージメントさせてもらえるという「特権」を与えられると考えています。

患者さん達との会話を愉しむことが許され、その中で患者さんの悩み解決や疾病の治療をすることで患者さんに感謝される職業というのは素晴らしい仕事だなと改めて感じるのでした。


2026年9月12日土曜日

AIの深化・進化の速度はヤバすぎる

遂にOpenAIがミレニアム問題を突破したという噂に顎が落ちました。

ここ数年で天才数学者テレンス・タオ監修のもとで、AIによってエルデシュ問題が解かれ始めている事は各種の記事で読んでいましたが、まさかあのミレニアム問題レベルのものまで手を出していたとは!

しかも今回解を出したと発表されたのは昔から3次元下において、ある条件下の解が有るのか無いのかという事からして判っていなかった「ナビエストークス方程式の存在と滑らかさ問題」というのが遂にある部分で否定的に解かれたとの事。

しhかも、これOpenAIが「Claudeが2つのミレニアム問題を解決したという噂」を聞きつけて今月の1日から開始!してもう解いたというのです。現在この問題が本当に解かれたのか否かを専門家達の手を借りて検証しているとのことなんですが、まさか人間の知性の最高点での鍔迫り合いの現場にまでAIが入って来ているという事実に強い衝撃を受けます。しかもこんなに短期日で…。

今の時代、将棋も碁も既に生の人間は普通にAIに勝てない世界が当たり前になってきています。プロも当然のようにAIの打ち筋を参考にして研究を進めるという時代。こうなってくると人間の思考というのは知性・知識において神レベルであるAIに依存しながら数学の研究とかも進めていくようになるのでしょうか?というか「専門家ならではの」問いかけを行いながら共同研究者として研究を進めていくようになるとか?

今後、こういうAIのレベル上昇が続くと人類の存在意義とか、人類がAIの存在下で共存できるのかというような根本的な疑問が湧いてきます。

しかも、OpenAIのヘッドやAnthropicのヘッドさえも人間がAIに絶滅させられるリスクが高まっていると真剣に警告しています。私が暗い気持ちになるのは今の時代システムはどこでもネットで繋がっているという事実。だとすると、ネットの乗っ取りが自在に行われると信号システム、工場の生産ライン、果ては兵器のスイッチ類、特に核のボタンまで乗っ取りが行われないのかという心配です。

知性はあっても倫理が無ければ人類はAIにとって不要という結論が導き出されないのか?

マスメディアの乗っ取りにおいてもAIが作成したフェイク画像がテレビやネットの画面を乗っ取って、あたかも他国がとんでもない事をしているかのようなフェイク・ニュースを流して、それを放送局が止める事が出来ないようなとんでもない事態が発生しないかという虞をもっています。

なんだか、大きすぎる時代の波を我々は乗り切れるのでしょうか…。これまでの5年以上の速度で変化が起きてくるのかと思うとこれからの10年は知性の世界での変化はAI抜きでは語れなくなるんでしょうね。

おそらくは、AIを使って効率的に研究を進めてくる若い世代の登場が続くのでしょうが、それが人の知性の限界にどういう結果を生むのか、果たして良い事ばかりではないような気がするのです。

2026年9月11日金曜日

あれからもう四半世紀

信じられない事ですが、あの日からもう25年も経ちました。

NYのマジソン・スクエア・ガーデンからF君と帰ってきた朝にいきなり始まったアルカイーダの攻撃は未曾有の大規模攻撃。特にツイン・タワーへの攻撃はアメリカのブッシュ大統領をして「復讐」という言葉を使わせて徹底的にそして全面的な攻撃へと向かわせました。

徹底的な宗教対決だったというのが、今も変わらぬ私の感想。数多くの無辜の人々が互いの国で殺し合いの犠牲になりました。

人間が神の名を騙ってアクションを起こす時には必ず碌でも無い事が起きます。それは昔から私の信念。神の語ったといわれる言葉の研究は良いでしょう。神を信じるのもまあ構いません。個人の自由ですから。しかし、それを人に押し付けるようなアクションは一切ご無用です。

神の数だけ正義があって、それを信じる人の数だけ更にそれぞれの形の正義があるという木の枝のような世界。結局、どの枝が一番奇麗なのかというのを論じるのかというような愚かな話であって、総てが単なる比較の対象というだけの話であって、正義がどれという事は無いという話。

今日新たに視たYouTubeで恐ろしいビデオが公開されているのを見ました。それは、Fire Fighter達が待っているビルの下でものすごい音が時折「どーん」と響き渡るというもの。その音源はビルから飛び降りた人達が地面に衝突したときに発生した音。
身の毛もよだつというのはこういう事を云うのでしょう。

人間の下らない信念が多くの人を殺してきました。世の中で最も人類を殺してきたのはまさに人が作りだした神と、それを信ずる人間達だという事に何の疑いも持っていません。

改めて当時の犠牲者の方々に手を合わせ深く首を垂れる私です。

2026年9月10日木曜日

もう買えんくなってきたな

新製品発表の時期になりました。

例年秋に発表されるアップルの新製品が今年も9月のサイクルで発表されたのですが、今年の大きな目玉はDuoというに画面モードのiPhoneですよね。しかし、その値段を見ると一番安いモデルが364,800円からという驚愕の値付け!ちょっと待て待て待て~という感じ。PCのかなり良いモデルでもずっと安くで買えるやつがあるんですけど、モバイルPCというカテゴリにまで進化し、なんでもできるようになったマシンであればこういう値付けをしても人は買うものなんでしょうか?

iPhone18ProとiPhone18Pro Maxがそれぞれ219,800円と239,800円という値付けでやはり20万円を超えてきます。唯一20万円以下なのはiPhone Airで、189,800円というもので、一番安いのがコレという驚愕の値付け。

言い方は悪いのですが、これって単独のマシンとしては高すぎませんかという感じです。それを裏付けるように、(2025年の秋と言えば昨年の事ですが)日本のように世界の標準と比べると異様にiPhoneのシェアの高かった日本でおいてさえ、アンドロイドとのシェアの差が逆転した初めての年となりました。

キャリアによる補助金の縮小・廃止、円安による価格の値上げ、Apple Intelligenceの日本導入の大失敗、機能差の縮小に伴って「iPhoneでなければならない理由」というのが次々に亡くなっていって結局は「中」で使うアプリが大事になってきているという話で、何だかどこかで聞いたブラウザ戦争に似ているような?

あれだけ隆盛を誇ったNetscapeが消え去り、IEも置き換わられ、今ではすっかり別の世界。アプリさえ同じなら「買える範囲」で物事を済ませようとする人が増えるのは当然です。私自身は今でもiPhoneの画面の色遣いのほうが自然だし、操作方法も「まだ」iOSのほうがアドバンテージを持っていると思ってはいるんですが、患者さんに頼まれて時々触る事のあるアンドロイドも段々とその差を詰めているという気がしないでも無いです。

いくら使いやすいと人が思っていても、値段の差がアンドロイドと10万円もあって、その差にお金を払う人がいつまで続くのかという事になってくるような気もします。特にコア層の若者の一か月の手取りを超えるようになってくると…。

暫くしたら出てくるであろうシェアの解析結果が待たれます。

2026年9月9日水曜日

South Parkが名前を変えるらしい!

われらがサウス・パークが「いつものように」やってくれました。

ニュースサイトによるとSouth Parkが、あのバカ男への当て擦りとして番組タイトルをSouth Americaへと変更するとの事!私にはこれはビッグ・ニュース。アメリカにいるときはDVDを全部揃えてワクワクしながらいつも視ていました。番組開始から29年にして遂に改名です。w
当て擦り改名のネタ元になったこの馬鹿男、自分の単なる思い付きで何でもやってしまい、周りの誰もが抑え込まない忖度野郎で固められ、馬鹿が喜ぶ言葉を紙に打ち出してくれるキリスト教右派のガチガチ・プリンターレディまでいる有り様。

認知機能障害はともかく、異様に肥大した自尊心を持つ心の病気を持つコイツの行動パターンは何時もシンプルで、「まず最初にやってしまい」そのあと「何か問題でも?」と問うて、最後に「文句があるならかかってこい」という碌でも無いスタイルで己の我儘を通してきました。

ホワイトハウスの破壊作業然り、ケネディ・センターの改名問題然り、自分の顔を彫った硬貨の発行然り、パスポートへの己の顔のプリンティング然り。おまけに在任中に建設予定の空母に自分の名前を付けて蒸気カタパルト式の時代錯誤のシステムを搭載することに固執するというもう本当に恐怖を覚えるほどの愚かな行動をとり続けています。

この前もオンタリオ湖をアメリカ湖に変えたり、メキシコ湾をアメリカ湾に変えようとしたり、NEW MEXICOをNEW AMERICAに変更しようとしたり。もうね、お前ときたら本物の裸の王様。病的に肥大した自尊心と戦車顔負けの分厚い爆発反応性装甲を顔に張りまくった厚顔無恥ぶりは最強のコンビですね。

この前Xのサイトにも出ていましたが、The other 98%だったかな?「この馬鹿に投票した7000万の連中よ、見てみろこの惨状を。どう責任取るんだ?」みたいな質問状を出してましたね。

まあ、アメリカはあと2年死んでますよ。

2026年9月8日火曜日

歴史に残る大雨の日となりました

とんでもない一日となった名古屋でした。

一日の仕事が終わりに近づいてきた時にナース・ステーションにいるみんなのスマホから一斉に警報音が鳴り響きました。見ると警報の中身は高齢者の避難開始等と言う禍々しいもの。

雨雲の様子を示すレーダー画像も、物凄い厚さの雲が見えから名古屋市のほうにかけて長々とかつ真っ赤に線状になってカバーしているのを示していました。そこに夜勤の看護師さん達がずぶ濡れになって登場し一言「ヤバい雨です」と言葉を発していました。

その時点で既に駐車場は大きく冠水し、15センチ程度の深さの水に覆われている事が窓から眺めていて判りました。ほとんどすべての車が徐行しているのが病院の敷地内だけでも良く理解できます。

さて、Google Mapを見てみると、あちこちで真っ赤なlineが描かれているだけでなく、一部は既に黒くなっていました。恐らく冠水した車が前にいけない感じでトラップされているのだろうと推測していたのですが、それは後で見たニュースで正しかったことが判りました。後で聞いたところではこの日に千種や北区の周辺で仕事をしていた人達は車が動かずに往生したそうで、帰院予定を二時間もオーバーしてほうほうの体で訪問診療から戻ってきたとの事。そして戻って来てからも家に帰りつくまでにこれまた2時間近くかかって帰宅しボロボロに疲れ切ったとの事でした。

ニュースでは200台程度の車が水の為に冠水して動けなくなり、河川はあちこちで氾濫。地下鉄は5時間程度ストップした上に市バスは全面通行止めになってしまったようでした。

しかし、それでも20年に亘る名古屋の大雨対策としての冠水用の地下神殿の建設のおかげで名駅周辺は冠水して車が動かなくなるような事もなく、十分に機能したようです。この地下神殿とそれに繋がった貯留用の用水は何と小学校の25メートル・プール400杯分の貯水能力があるのだとか!

東海豪雨を上回る時間当たり降水量(時間100ミリ越え)だったにもかかわらず、こうやって被害の抑制に効果があったのはきちんと備えを行っていたからだという事でしょう。

天災は忘れたころにやってくると常に言いますが、地震も同じように備えが必要ですよね。

娘はあるレストランでバイトを淡々とこなしていたようですが、地下鉄が10時半には動き出してくれたおかげで兎に角、特に大きな問題もなく家には戻ってこれたようです。しかし、名駅で夕方からトラップにはまった人達の中には歩いて名駅から藤が丘まで「大雨の中」帰ってきたようで…お疲れさまでした。

2026年9月7日月曜日

今回の帰郷で考えた事

今回両親の米寿と弟の初盆を終えて名古屋に帰ってきました。

一つ強く感じたのは両親の人生のエンディングが随分と近くなったなという事でしょうか。何時も自分でいろいろな患者さんを見ていて家族さんにも説明するんですけど、「80代の老化は毎年進む感じ、90代の老化は毎月進む感じ」というのがまさに自分の親にもぴったし当て嵌まるなっていう感じでした。

今回は親父の下腿の浮腫が「非常に」強くなっていて、腎機能の大きな低下が既にかなりのレベルに達しているなという状況を身体症状として見せつけられました。結局、心臓のほうにも影響強くなってくるだろうなと推定できるのが内心辛かったです。

昔から私よりもはるかに筋力が強く、その腕っぷしには勝てる気が一度もした事が無い柔道黒帯の親父が私の直ぐ傍で歩いている時に数回転びかけ実際に一回はどて~っと倒れたりしています。勿論こういう転倒の心配は温泉での入浴中もずっと続いていましたが…。

そして、実際に最も恐れているのは親父の単独入浴です。今回帰郷したときに旅から帰ってきた親父が風呂に入ったまでは良かったのですが、なぜか出てきません。私自身も忘れていたのですが、気づいたらもう一時間ほどは経っていた感じの時に私が浴槽を覗いてみると茹でダコのようになった親父がうなだれて鼾をかきながら寝ているでは無いですか!

余りの事に親父の肩を叩いて起こし、大きな声で怒ってしまいました。

「もう施設はいらんとヤバいやん!」すると親父は「大丈夫~!」と強がっていましたが、浴槽に浮かぶ水死体というのは日本では毎年大量にインシデントとして発生しているのです。まさに冗談じゃないというレベル。監視用のウェブカメラつけるとかせんといかんのかなと真面目に考えてしまう私でした。

いや、やっぱり施設かな…。90近い親の一人暮らし。もうエンディングはやっぱり孤独死の予感しかしません。名古屋に呼ぼうかな…。

2026年9月6日日曜日

やらかしたorz

鹿児島から戻って来て皆で焼き肉を食べた帰りに家まで戻って車庫にバックで入れようとしたときに「やらかし」ました。

キンコン、キンコンとならしながらゆっくりと借りたフリードのレンタカーをバックさせている時にガスッと嫌な音がしました。そうです、家の車庫の壁に車体の左後ろを傷つけてしまったのです。

名古屋でいつも運転している自分の車と同じように障害物に近づけば警告音がなると「思い込んでいた」自分の愚かさです。真暗闇の中で駐車時に車体を擦るなどと言う若葉マークのような愚かなミスを犯してしまった事に軽い衝撃を受けました。

もう夜も9時になっていたので、レンタカー屋さんは閉まっています。しょうがないので、明日車を返却するときに事情を説明せねばなりません。orz 

夜ではありましたが、時間が無いので家の片づけを更に進めました。細かなものですがやはりまだまだいろいろと処分しなければならないものが大量にあります。それでも、結局のところは親父の家ですのでやはりある程度の遠慮はあります。そこである程度は「放っておく」ことにしました。恐らく親父に万一があった時にはいろいろと大変な事になるでしょう。

一晩経って、朝になってももう少し片づけを続けましたが、結局それも中途半端なままで親父を連れて皆でイオンに行ってスリップ・インの可能なシューズなどを探し回ったりしながら時間を過ごしました。あまりにも親父の脚の浮腫が酷すぎてサイズ29でもまだまだキツキツでした。

4時半過ぎには車を返しに行ったのですが、実は車の保険のフルサポートを受けるためには警察の実況見分を行っておかねばならないという仕組みがあったんだそうです。orz

しかし、しかし、ここでレンタカー支店の一番上司の方が「純粋に自宅でのアクシデント」であったか否かを何度も確認されたのち、検分図をきちんと記入し特別に今回のインシデントを報告することで特別にお許しを得ました。

その後、飛行機に乗り込み名古屋へ戻ってきたのですが、やっぱり光の無い田舎の宮崎と違い名古屋はどこへ移動するにも道が高速で繋がっているし、なんでも手直にあるという意味で宮崎にはもう帰っては住めないなと感じたのでした。それは嫁さんも同じで、死ぬまで名古屋を離れるつもりはなく、この地で死ぬと私に宣言しています。

今回の旅では宮崎の親父の年単位で目に見えて進む「老い」をまざまざと見せつけられました。最後の最後はどうなるのか未だ判りませんが、軟着陸を望むのは親父も私も変わらないと思うんです。


2026年9月5日土曜日

特攻平和会館

蕎麦を食べて今回の旅の目的のもう一つの大きな柱である特攻平和会館へと移動しました。

桜島を左手に眺め、右手にはH2ロケット?の巨大なレプリカがある道をずっと走り続けるとその会館がある「知覧」へ到着。知覧茶で有名なエリアですが、場所自体はとても特攻のはとても特攻の出撃基地があったとは思えないような長閑でこじんまりとした場所です。

暫くすると見えて参りました。特攻平和会館。
前から見るとそれほど大きく見えませんが、中にはびっしりと特攻されていった方々の遺書や持ち物が展示されており、そのリアリティとそれぞれの人物達の背景にある物語の悲しさに打ちのめされます。

長女は文章が読めずに写真と活字化された文章のみ読んでいたようですが、私自身はその書き手の性格や教養がそのまま写しこまれたような遺書となる手紙やハガキを見て涙が溢れそうななりました。悠久の大義の下に等と言う美名の背景には国家によって死を命ぜられた17歳!から20代前半の方々を中心とした戦死者の方々、平均年齢21.6歳の死の前の文と写真の前には喉元に込み上げる熱いもの以外の何物もありませんでした。

検閲される前提で書かれた手紙の裏には決して語られない本人の物語が隠されています。

外道の戦法はお互い顔も知らない二つの国の人間が敵国殲滅の名の下に殺しあう無意味さを三度自分に思い知らせるのでした。あの時、日本や肉親の為に散っていった今の自分の子供より若い人々の犠牲に応えるような国家になれたのか、改めて我々は問わなければ再び愚かな行為を繰り返しかねないと考えます。
錦江湾より引き上げられた21式ゼロ戦
帰りには特攻の話をまとめた「只一筋に征く」という本を買いました。

国の未来の礎たる若者を戦地に送り消耗させるためだけに死を命じる作戦のどこに大義がありましょうか?金の卵どころか金の卵を産む親鶏も死に至らしむ作戦を狂気と呼ばないのは明確な間違い。戦前戦中にこの若者達を煽りに煽っていた軍の連中や報道関係者達が戦後にのうのうと平和を享受した事実を我々は決して忘れません。

もしこの死に追いやられた若者達が生きていればどれほど今の日本の繁栄に資していたかを考えると慙愧の念に堪えません。

特攻でお亡くなりになられた人々の合計は6,371人。愚かな戦いを聖戦の美名の下に美化することは決してあってはならないと思います。領土拡張の野望で愚かな指導者に操られる隣の赤い国を見て嗤っているいられるのか?30年ほど前に北朝鮮のツアーで一緒になった当時60くらいだったオジサンがポツリといいました。「今の若いあんたたちは北朝鮮のこんな状態見て笑うだろうけど、戦時中の日本てこんな感じよ」と。

歴史は場所と時を超えて繰り返すということでしょう。

車を運転して宮崎へ戻る激しい雨の道すがら、いろいろな想いが交錯した一日でした。

帰り着いてからは近所の焼肉屋さんへ行って親父にお祝いを渡しながらその米寿を祝いました。転倒にさえ気をつけてくれれば90歳までは先ず生きてくれると思ってます。がんばれ親父!

2026年9月4日金曜日

明るい農村蒸留所

朝もはよからトップにある階の展望風呂に息子を連れて入ってゆっくりと朝の湯を愉しみました。

その後からみんなで美味しいバッフェ形式の朝食を摂るためにみんなで移動。本当にいろいろな小品がズラリと出されていて正直ひとつづつ全てを食べても腹が破裂するレベル。全部味わうのは到底無理というのは最初の一周目で直ぐに理解出来ました。

朝食が終了したらすぐに部屋の内湯です。旅先で深い緑の木々と桜島を眺めながらの入湯は最高です。この後の動きをどうするか考えましたが、まず昨日霧島神宮から帰る直前にチラリと目の端に入っていた「明るい農村」見学のお誘い看板のお誘いに乗る必要があります。^^

そして目的の場所を直ぐに発見!ワクワクです。

レンタカーで工場の前に近づくと美しい笑顔のお姉さん二人が店の前で出迎えてくれました。誘われるままに中に入るといきなり一升瓶ならぬ一斗瓶の「明るい農村」が出迎えてくれました。

これをら抱えて家族5人で記念撮影もしました!

蒸留所見学を始める前にこの蒸留所で作っているいろいろな焼酎の試飲をさせてもらえるのでsが、私は運転手。涙を流しながら娘の試飲を眺めています。工場見学は明るいお姉さんが手際よく、かつ楽しく進めて下さりながら興味深い話を混ぜていろいろとサービスしてくれました。

上の写真に写っているタンク一本を普通の人が飲もうとすると毎日飲んでも40年かかるんだそうです。w このタンクが建物の外だけでは無くて内側にも80本!あるとの事。以前は年にタンク5本ほど毎年出荷されていたそうですが、最近は3本程度に減っているとの事。必ずや巻き返して貰いたいもんです。酒というのはいろんなサイクルで流行り廃りが繰り返されます。ウイスキーしかり、焼酎しかり。
美しくレイアウトされたお店の中には私の大好きなTシャツも売っておりましたので迷わず購入いたしました。結局ここでだけ手に入れられる復刻版のHOUJOU NO MINORIともう一瓶の明るい農村(赤芋仕込み)を購入。その後、美しい笑顔に見送られて店を後にしました。

みんなで「明るい農村」を飲みましょう!^^

次は知覧の特攻平和館に行く予定。その前に昼ごはんをどこで食べるかというのが次の問題でしたが、実は私の勤める病院の看護師さんに南鹿児島の出身の方がおられまして、実はその方が高校の頃に勤めていたバイト先が美味しくて有名な蕎麦屋さんだという事で、道すがらにあるそのお店に直行しました。

名前は「そば茶屋・吹上庵」という所でした。たった一つのミスは事前にどのメニューが美味いのかというのを聞いていなかった事。orz

仕方ないので板そばを食べたのですが十分に美味しかった!しかし後で知ったところによると「冷やしゴマダレうどん」を食べるべしとそば家を出た後に返答が帰ってまいりました。時すでに遅し。w しかし十二分に美味い板そばでした。

取り敢えず、今日はここまで。

2026年9月3日木曜日

親父を連れて霧島へ一泊旅行

今日は朝から娘のリモートでの会議が終わるのを待って霧島観光ホテルへと向かいました。

親父の米寿の御祝いに連れて行く事を計画して随分前に予約していたものでした。宮崎出身の人間にとって霧島というエリアは実質的に宮崎のような「感覚」。実際は昔から鹿児島の住所ですが感覚的にはそんなもんです。小林、都城、えびの、霧島というのは恐らく鹿児島側の人からみたら「そこは鹿児島」的な感覚じゃないかと思うんですよね。

そもそも宮崎と鹿児島の間で明治維新後も霧島に関してはずっと鹿児島のエリア。しかし、それは中世まで遡るといろいろと違ってくるんですよね。それでも、中世以降は鹿児島に含まれるエリアですからずっと鹿児島と言っていいところです。^^

さて、道を走る事1時間半でホテルに到着。案内されて入った部屋はお金を払う価値のある素敵な部屋でした。鹿児島の錦江湾にどっかり映える雄大な桜島が目の前に広がってそれを眺めながら入れる内湯が部屋に付いていました。しかも、入ってすぐお部屋は広いリビングがあってその向こうにはこれまた広い畳のお部屋と巨大なダブル・ベッドが二台。
ガラス越しに見た内湯。向こうには桜島。
このあと先ずは車で15分の霧島神宮に直行です。

親父自身は霧島神宮には公務員だったころの職員研修や旅行で何度も来た事があるらしいのですが、久しぶりに来たのが我々に連れられてきた今回の米寿旅行となった訳です。
入口駐車場にある大鳥居。でかくて綺麗!
神社までのわずかな坂を上ろうとしたときに実は親父に異
変が起きました。高さの差にすれば僅か2メートル程度距離だと100メートル程度の道を登り切った時に、親父が「フーフー」と異様に疲れた感じで道を歩きながらふらつき始めたのです。

「お前たちだけ神社で拝んで来い」という言葉を発しはしたのですが、息づかいがおかしいのでその場に座らせて脈をとると120程度の頻脈。リズムは整なのですが、このままおいてはいけないので暫く座らせて様子を見ていると脈も80程度に落ち着いて親父の不通に戻ってきました。

息切れも消失したようなので、心配しつつも神社で拝んできました。勿論、拝んだ内容は家族の健康。(と親父の長寿って既に長寿ですが!)
どでかい御神木
お守りを少し買い込んでおみくじを引くと長女も長男も私も大吉。長男は何気に引いたくじが1番くじでした。嫁さんは中吉、とは言えどれほどあてになるんだか?御神体は神社におわしましても、くじ作るのは人間ですからね。

まあ、そんなことはどうでも良くて下に戻ってみると親父は元気に階段に座って待ってくれていました。そもそも、慢性腎臓病があって下腿の浮腫もバンバンですから心負荷も当然のようにかかっています。そういう意味では薬での調整も次第に追いつかなくなっているレベルになってきたという事なんですけどね…。やはり歳には勝てません。

その後はいつもの普通の親父に戻ったのですが心配の種は尽きません。転倒、心不全、その他の理由での突然のインシデントは何時でも起こり得ますので、私は後ろからお親父をみていて「良く生きていてくれるな」としんみり思いました。

霧島神宮からホテルへ戻ると直ぐに温泉です。このエリアの温泉は強い硫黄泉ですので、シャワーも含め硫黄臭がします。それも旅の一興。先ずは我々男三人だけで4階にある予約済みの家族風呂に入ってきました。畳の上で直接入浴できるもので、大変快適。それでも一時間入るような事はせず直ぐに1階にある露天風呂へ直行しました。正直こちらの大浴場のほうがいい感じで、ここの湯を楽しんだ後に510の自分達の部屋へと戻っていきました。

その間に嫁さんと長女は内湯を楽しんだようで、気持ちよさそうにクーラーの効いた部屋で涼んで待っておりました。^^

夕方には素晴らしい大食堂で美味しい料理を腹一杯食べたのですが、親父は案の定コーラを入れていたグラスを叩き落として割ってしまうし…。子供以上に手がかかるのが米寿の親父の現実です。

部屋へ戻ってもまた私たちはそれぞれに何度か内湯や外の湯にも浸かりましたが、やはり内湯が一番良かったかなと思いました。雄大な眺めを楽しみつつ雨が降ったり止んだりする様子を愉しんだ一晩となりました。

2026年9月2日水曜日

結局、宮崎には行けたけど…

という訳で、午後7時30分の便まで滅茶苦茶時間が出来てしまいました。

ほぼ10時間。これで家まで戻るのもバカバカしいし、長女は長女で1時から三件分のウェブ・ミーティングが3時間分待っています。という訳で直ぐに思いついたのは飛行場の眼の前にある東横INNを予約する事!

ここは何時でも安くて値段の上下が少ないので大体の値段予想がいつでも弾けます。ここを「例え泊まらなくとも」利用するといい理由はシンプルで、ここは宿泊した人が車を置いてそのまま旅に出ていったときに10日間までは出庫時1,000円の駐車料金で済むのです!

だとすると、今から10時間の時間のうち3時間を娘がそのリモート・オフィスワークに使えて、シャワー浴びたり休憩したりできるとすれば、例え7,000円程度かかっても全然問題ない訳です。セントレアの駐車料金は近年ぐいぐいと上がって来てて、昔はTSキュービックカードなどを持っている人はセントレアでいろいろと特典があったんですが、それも無くなり今最強なのは東横INNです。

それでネットを探してみると「泊まり捨て」みたいな事をしなくとも、なんと、DAY USEという選択肢があるでは無いですか!しかもお値段5,600円と破格に安い。そこで、ネット予約をする前に東横INNに電話でお尋ねして、DAYで使った時もそのまま駐車場に車を置いて行っても帰ってきたら1,000円の駐車代でいいのですか?と聞いたところ「その通りです」との有難いお言葉が返ってきました。

そこで、ネットで予約を済ませた後にセントレアの駐車場からさっさと退去して東横INNへ移動して部屋へ移動。荷物は既にソラシドさんに預けた後だったので手持ちの荷などはありません。

そこで、セントレアで食事を済ませた後に娘は部屋で仕事開始。我々三人は飛行機好きの息子も含めてFlight of Dreamsのほうへ移動しBOEING787の機体をじっと眺めながらうろうろと散歩。お土産も買い込んでいつもは人が多すぎてとても見学できない機体内部や写真撮影を済ませて超リラックス出来ました。

その後で仕事が終わった娘のいるホテルへ移動。私はシャワーまで済ませて飛行機に乗り込む事が出来ました。

久方ぶりに飛行機に乗る事の出来た息子は嬉しそうでしたが、暫くするとあっと言う間に宮崎ブーゲンビリア空港に着陸してしまいあっという間のフライトでした。その後は既に時間も過ぎているJ-Netレンタカーのオフィスに行って、言われた通りのボックスの言われた通りの番号を回して車をゲット。白いフリードでした。

そのまま実家に辿りついたのは夜の10時。
予定より半日遅れでしたが、いろいろといい事もあって人間万事何とかという良い結果になりました。

家に着いたら弟の仏壇に手を合わせてお参り。線香がきつすぎてのどを痛めているという親父のために、部屋では日常的に線香を焚かない事。焚くにしても部屋の戸は開けて線香を焚くことを確認してもらいました。

明日からの移動がまた大変です。

2026年9月1日火曜日

とんでもない輩に予定を狂わされました

実は本日より5日まで、宮崎の実家に弟の初盆と親父の米寿祝で帰る予定です。

そこで、私たちの家族は生れて初めてANAのLCCであるソラシド・エアに搭乗してサクッと宮崎に返ろうという事になりました。いつもは移動に私の車で12時間かけて帰るというような事をやっていたんですが、嫁さんが「車はきつい」という話をしてきましたので、止めとくかなという気もちになっていました。それに彼女が「お父さんももう若くないんやから前の頃と同じような気持ちで行動したらイカン!」という風にも釘を刺されましたので、お言葉に従わせていただきました。

という訳で、私としては珍しく随分前にレンタカーを予約してJ-Netレンタカーで飛び切りグッドなdealを見つける事が出来ましたので、それに飛びついて確保させていただきました。

飛行機のチケットのほうは嫁さんが準備してくれていたので特の問題なかったのですが、宮崎のようなド田舎に飛んでいく便は通常朝と夕方の二回というのが多いパターンですので、朝を逃したら一日が無駄になるという事が多いのです。

という訳で、朝は早起きしなければなりません。セントレアまでゆっくり走って45分ですが、朝9時半発の飛行機ですから、お土産なんかを買う時間を考えたら、なんとしてでも8時半までには到着してゆっくり過ごしたいと考えて7時ちょいには家を出ました。これだったら二時間半前だからちょっとした渋滞程度では問題なく行けるだろうと思っていたのですが…。

ここである事件が発生します。orz

前回も書いたのですが、宮崎の行き帰りなんかにはなぜかいろいろな事が起きるという変なジンクスが最近我が家にはあるのです。この前の大豪雨で広島に行くまでに死んだ話とか、全く人災・天災いろいろです。

さて、今回のは人災のほうでした。名古屋口から高速に乗ってスイスイと高張のほうへ近づいて行っていた時のことです。予想到着時刻は出発当初8時15分で、物凄い余裕で着くなと思っていたのにもかかわらずいきなり8時40分とかに予測がジャンプしました。

「?」なんじゃ、これもっしかしてナビが誤動作した?とか思ったのですが、同時に後ろの座席に座っていた嫁さんにも調べてもらうとGoogle上でももう少しましな予測にはなっていたのですが、それでも10分程度の予測差。頭の中は「おいおい、なんか事故かよ?」という考えが過りました。マップを見ると知多半島を南下する高速が真っ赤に塗られています。

しかし、その気付いた瞬間はすでに遅し!眼の前にノロノロ運転でハザードを焚き始めている最後尾の車が見えてきたのです。

「ああああああ、高速乗っちゃった」という大後悔も時すでに遅し。降りる出口も近くに無ければ、迂回路を使った分岐予測でも数分しか違わない程度の予想。しかもナビの予測はリアルタイムでどんどん後ろにずれこんでいきます。

どうやら渋滞の先頭は十数キロ先の阿久比ICの入り口の少し先です。どこのバカがどんな事故をこんな時間に起こしてくれとんねん!と思いつつもここは焦っても仕方ないと腹を括ってノロノロ運転をしていましたが今回はいつも俺の宥め役、諫め役に回るはずの嫁さんが怒っています。w

しかし、そうこうするうちにもフライトの時間は刻一刻と迫って来て例え乗れても全力走りで行くしかない!という所まで来ました。嫁さんはソラシドエアに万一の場合はどうすれば良いかというのを尋ねると少なくとも10分前に搭乗口前に立っていて貰えば何とかなるという返事をもらったのですが、確か今日からは30分前にはチェックインを済ませていなければアウトというルールが始まったばかりじゃなかったっけと内心では思いつつ黙っていました。

とりあえず、そうこうするうちに渋滞の最先端に出てみるとそこに停まっていたのはレッカー車に積み込まれる前の前部が大破して確実にエンジン(これフェラーリのエンジンでっせ!)のぶっ壊れたホワイトクリーム色のマセラッティ・クワトロポルテが左車線を塞いでいました。

その脇には頭をスケベ分けにした頭の悪そうなホスト風の男があらぬ方向を向きながら髪をかき分けて地べたに座っておりましたな。この糞が!と内心で思いつつもそこを過ぎてからはあっという間に空港へ。

何時もと異なり、まずは第一ターミナルで嫁さん達を下ろして手続きに向かわせて私はその後に駐車場に停めたのですが、この時点で既に9時10分。もうアカンかもなと思っていたら嫁さんからLine通話が入って来て「やっぱりダメだって、でも午後の便は取ってくれるって!」とのお話が入ってきたのでした。

さて、どうするオレ?w

まあ、その続きは明日書くとして、今日思ったのはたった一つ。「やっぱり高級車は金で買えても知性は買えんな」という事でした。若造が乗っていたあの車。新車で最低でも1500~2500万です!パパに買ってもらったのか、ヒモとして稼いだのか?ま、どうでもいいや。

とにかく迷惑な話でした。またこの続きは明日。

2026年8月31日月曜日

教授選考の時期

再び教授選の季節が巡って参りました。

毎年毎年、日本全国でいろいろな大学のいろいろな教室が教授募集をかける訳です。文学、理学、医学、哲学、農学、その他諸々の科目の数えきれない程の教室で多くの人物達が定年退官を迎える事でその空きを埋めるために多くの人物達がそこに応募をかけていく訳です。

応募した人物は徹底的に、かつ多角的に人品骨柄を見極められることになる訳ですが、医学部の場合は少なくとも周りの教室との関係性、医学部長や前任者の意向、応募してくる大学間の力関係、その教室が保持する病院の数や規模、そしてそれらの病院に関連する大学の入り乱れ具合など訳が分からないほど複雑な要素が絡まってきています。

勿論、とてつもない業績があれば否が応でも教授なんかにはなり易いのですが、とてつもない業績があっても人間がとんでもない…というパターンも稀ならず有って、そこら辺りが教授選考を別の方面から難しくします。

しかも、医学部という所は恐らく他の学部以上に自分の大学出身者を「なんとか」優遇しようとしますので、Cellを二報first authorとして書いた人よりも、誰も読まないような国内雑誌や学内報を沢山出しているような人が選ばれちゃって学内からも「おい!w」というような事が行われることもしばしば。なんやかんやと屁理屈をつけて学内出身者を優先し続けるような日本の大学はこうやって沈んでいくのです。

他の大学と交流せず、おらがとこの大学を出た奴を先ず第一にしとかんと、次の教授選考もその大学から人が流れてくるかもしれんし、いずれ関連病院をそいつの出身大学の連中が乗っ取るかもしれん、等と言う名目でそういう「やらかし」を続けるんですね。

今の時代、教授になるメリットなんて老後に割り充てられるどこかの病院長くらい。気苦労多く、自分の教室に魅力が無くて人が来なければそれで終わりという時代です。

昭和の時代の白い巨塔のような事は今の時代、もう無いんです。

日本医師会のトップにいるような芸者好きのバカ男達がやるような政治ゲームが好きな連中はほぼ100%医学的実力や実績なんて何もない連中で、己の財布と老後に貰う政府が呉れる勲X等何とか章とかいうメダルを葬式の時にその棺の前にメダルと賞状を飾りたいだけの屑ばっか。w

本当に医学に貢献する連中は何とか会の会長とかで時間を潰す暇なんてありません。

一流の人間は研究と臨床と教育という巨大な三本柱に毎日自分を捧げて実力に磨きをかける事で精一杯。皆さんの命を預けられるのは「何とか県医師会」の会長様達では無くて、いつも大学や病院で走り回っている人達のほうです。

そんな一流の人達の中で、研究・教育・臨床の三本の柱を磨いて次代の人材を養成し、エリアの臨床レベルを底上げしたり治療法を改善できる人達であればいくらでも教授になっていただいて、人類を救って欲しいものです。

そうでない人で、名誉が欲しいだけの人なんかは手を挙げないでね。^^

理由は簡単、そんなヤカラが教授にでもなったら、その後に広い範囲で周りが長い間迷惑を被るからです。是非。身の程を知っておやめください。

2026年8月30日日曜日

劇団四季:オペラ座の怪人を次女と一緒に観に行きました

実は今日生れて初めて劇団四季の公演を観に行きました。

実は誕生プレゼントにと言って2か月ほど前に「パパ、もしチケット買ったら行く?」と殊勝な事を言ってきたので二つ返事で「行く行く~」と返事をしました。

こんな事を次女からオファーされるなんて事は先ず滅多にない事なので、それだけで私はウキウキ・モード。ところが、実はここからが大変だったとの事でした。暫く前にあった名古屋の劇団四季専用劇場の杮落しから後、本当にギチギチに先の先まで埋まってるような状態なんだそうです。

これは熱いファンが何度でも観に来るし、初めて観に来るような名古屋の人達もまだまだたくさんいるのだと思います。更には県外の熱心なファンの方々は距離など関係無しに名古屋くらいならいくらでも観に来るでしょうし、今回名古屋に作られた劇団四季の専用劇場自体を視察に来たい熱いファンがおられるでしょうから、暫くはチケットを取るのは大変だと思います。
生れて初めての劇団四季、生れて初めてのオペラ座の怪人。行く前にAIにオペラ座の怪人のポイントを聞いていきました。(次女には呆れられましたが。w)劇団四季と言えば私にとっては浅利慶太と世田谷一家殺人事件の犯人が出始めて日本でやっと本格的になり始めたばかりのネット・システムでの四季のチケットの検索をしていたことが記憶に残っています。

さて、現場に到着したのは30分ほど前でしたが、駐車場があまりなくて5分ほど車でうろうろした後に最終的に意外と近くに発見して娘と直ぐに劇場内へ。
開演前は写真を撮って良い実に短い瞬間でした。
娘が電子チケットを提示してくれて何の問題もなく中へ。別に持ち込みのペットボトルもそのまま持ち込めました。
本日のメインの出演者達。
18番の12、13という結構良く見える席で期待が高まります。その上で今日はどういった導入で始まるのだろうとジッとしていたら、会場がスーッと暗くなったかと思ったら直ぐに始まりました。
始まると圧倒的な声量で豊かに表現されたそのストーリーは期待をある意味大きく超えて素晴らしいものでした。これなら会員になって何度も来る人も当然いるだろうし、涙を流す人もいるだろうなと自然に思えるのでした。全体の粗筋を把握したうえで行って良かった。そして、四季の公演を観る事が出来て良かった~。^^(NYとかのThe Phantom of The Operaも観たいなと素直に思いました。)

帰りの車の中では娘に一言「ありがとう!」と素直に言えました、珍しく。w

2026年8月29日土曜日

そろそろ夏休みの宿題は?

私はこの時期になると夏休みの宿題を思い出します。

私は今も昔も根っからのズボラで、夏休みの宿題は夏休みの初日にほぼ半分を済ませ残りはほったらかし。8月27日くらいから超焦りだすのですが体は動かず。8月30日くらいになって残りの分を「なるべく」済ませます。

なるべくと書いたのは毎年必ず間に合わずに始業式に行われる宿題回収では先生からげんこつを頂くというのが毎年恒例の夏休みの儀式になっておりました。それでも実はその宿題サボりにもコツがありまして、厳しい先生の宿題はなるだけ頑張って済ませる事。図工の宿題はしていないと点数が付かないので頑張って作る(どっちかというと好きだったので苦にはなりませんでしたが)というのがコツ。w

小学生なりの傾向と対策とでも言いましょうか、9月も4日くらいになると次第に先生自体も夏休みの宿題の事など忘れ気味になってきまして、何も言わなくなってきます。それまでは毎日毎日出していない宿題の科目の先生の授業時間が来るとびくびくびくびくしていたものですが、流石に4日や5日になると先生のほうも「まさか出さないまま夏休みを終わってしまった生徒」がおるとは思ってないのか、もう宿題の事は言わなくなります。

ここまで来ると私の勝利。実際は宿題をしない事で勉強をせずに割を食うのは自分自身なのですが、そこは知恵の足りない愚かな小学生であった私。苦しみから逃げた事でラッキーという事になって楽しかった遊び満載の夏休みの終了となりました。

日本中の「宿題を済ませていない小中学生諸君」の事を考えると実に当時の自分の事を思い出し、かわいそうになります。アメリカにいた時には娘達には休暇中の休みなど全くありませんでした。そう考えると、夏休みだからと言っても休むことを許されない子供たちはなんだか気の毒に思えます。

宿題済ませてなくてもまあ、死ぬほどの事はありません!大人になった時に先生も含めてそんな事誰も覚えておりません。w

2026年8月28日金曜日

同じ看護師なのに

当直をしていると、日勤夜勤に関わらず電話がかかってきます。

しかし、業務の忙しさ自体も、電話のかかってくる頻度も日によって大きく異なります。その変異要素の多くは実は病棟のイベントの差ではなくて病棟に勤めている看護師さん、そして最も大きなファクターは当直の師長に因ります。

その差はびっくりするほどのもので、本当に自分のほうで判断して種々の問題を解決するタイプの看護師さんや当直師長であれば、当直の時間中に本当にいろいろな自分自身の雑務をこなしたり、病棟の残り仕事を片付けたりできるのです。

ところがどっこい、その反対の方々の時は…。

本当に自分で判断する訓練をしてこなかった人間のすることは、どの職位にあろうと残念なレベル。緊急性を要する判断は当然医師にその責を負わすことが必須ですが、それは通常誰にでもできる事。ところが、判断能力を養ってこなかった人達は「なんでも」投げつけてきます。まさに何でも。

しかも時間も全く関係なし。少なくとも今聞くことでは無いよね?という事を時間に関係なく問いかけてきたり、逆に「それ今になって問いかけてきたら遅いでしょ!」なんて事を平気でやってくれることに。どうして?とこちらから強く問いかけたいくらいですが、残念ながらこういった人達には教育効果というのがほぼ無い事は繰り返された痛い経験から学んでますし、逆にこちらから指導を入れた事がパワハラ風に曲解されても嫌なので「はいはい、それで?」と対応して終わり。

要するにこの手の看護師さん達に対するこちらの対応パターンもほぼ決まっています。最も摩擦を生まない、しかもシンプルな対応。しなければならない事は事務的に済ませ、患者さんへの対応は誰で漏斗真剣に行うというパターンです。

常々、当直が開始される時点で、その日の担当者名を前もって把握できますので「お、今日はスムースに行くな」とか「あちゃ~」とかなる訳ですけど、そもそも最近は当直自体が月に一回か二回程度に減らして貰えてるので大した問題ではありません。

仕事をする上で、パートナーになる人の当たり外れって大きいですよね。^^

2026年8月27日木曜日

親父も米寿‼‼‼

遂に親父も数か月前の母親の米寿に引き続き無事に米寿を迎える事が出来ました。

自分の親顔90近くまで「二人とも」病院に入らずに生きるなんてそもそも想像もしていなかったんですが、実際生きているので凄いとしか言いようがありません。w

そもそも長生きで元気でいる事は素晴らしい事なんですが、流石に90近くなって一人で親父が暮らしている事自体は危ない事だなと感じます。母親は20年ほど前に心房細動由来の脳梗塞で大脳半球の片方全体が詰まるインシデントを二回起こし、二回とも近くのカテーテル・スペシャリストの先生の手で再開通し、無事に助けられましたが、それ以来ゆっくりと脳血管性認知症が進んでしまいました。

しかし、それも年齢なりの病気なりのある程度は仕方ない事。それでも、何のかんの言っても両親とも少なくとも88まで生きているというのは凄い事だと思います。

一体これがどの程度の確率なのかという事をAIに問うてみました。すると…回答は以下の通り。「今の日本において男性が88歳まで生きる確率はおよそ3〜4割程度、女性が88歳まで生きる確率はおよそ6割前後。そして両親が「平均的な日本人の男性・女性」で、互いに独立とみなして計算すると0.35 × 0.60 =0.21程度。つまり、両親ともに88歳まで生きている確率はざっくり2割前後」との事でした。

という事は俺のような人間は2割程度居るのかと言いたいところですが、実際はそのような夫婦の中で「子持ち」の世帯は日本においては57%程度とのことですので先ほどの21%に57%を掛けると、凡そ12%程度との事でしょう。

しかしながら、実際には、子供がいる夫婦のほうが健康行動が良い傾向があり、子供がいる夫婦は結婚年齢が早い傾向がある、子供がいない夫婦は高齢まで働く割合が高い、出生コホートによる寿命の差などがあるため、実際の値はもう少し高い可能性があって、恐らくは12〜15%程度まで上がるのではないかというのがGemini先生の推定となっています。

要するに俺のような人間の7~8人に1人は良心ともに米寿を迎えるという事なんでしょうな。

そんでもって今88歳の両親が2年後にともに90歳を向開ける確率はというと、生命表から88歳男性が90歳まで生きる確率:およそ 75 〜 80 % 、88歳女性が90歳まで生きる確率:およそ 80 〜 85 %となっているので、0.7X0.82程度とすると6割弱の確率で両親が90を迎える事になりますぞ!凄い。w

親父に仕事がひと段落着いた昼過ぎにLINEで連絡を入れると元気に出てきてくれました!

お互いに88まで無事に、元気で迎えた米寿というものを寿ぎました。あの恐ろしかった親父も親父自身が信じられないような88歳を超えて滅茶苦茶優しい爺さんになってしまいました。特に嫁さんと孫には有り得んような優しい爺さんに…。

嫁さんにも孫にも怒ったのを見た事が無い。俺には?w

9月になったら温泉に行こうな!これからも健康で元気でいてください。

2026年8月26日水曜日

患者さん同士の殴り合い

病棟で仕事をしていたらいきなり食堂室のほうから大きな音が聞こえてきました。

何事かと思って駆け出してみると男性患者二人が胸倉を掴み合って殴り合いをしています。1人は90歳近い高齢のお爺さんで認知症の方。もう一人はやはり70過ぎの知的発達障害のあるお爺さんだったのですが、向こうの部屋に聞こえるくらいの音で結構な強さでパンチを繰り出しあっている状態でした。

どうやら原因はテレビのチャンネル争いだったようですが、認知症のお爺さんは何時も自分で勝手にチャンネルを変えてしまって悪びれることなく他の人達の不興を買っていました。しかも認知症があるので、その時に言われた文句などはサクッと忘れてしまうという状況で毎度毎度周りの人からブツクサ言われていたのですが、今回はそういった事に遂に堪忍袋の緒が切れた70過ぎのお爺さんが文句を垂れた様でした。

するとその90近いお爺さん、むかしは何か強い腕っぷしが必要な仕事でもしていたのか、いきなりその70過ぎのお爺さんにパンチを喰らわしてそのパンチをされた側も当然怒って殴り返したという訳です。

みんなで割って入って事無きを得たのですが離した後も二人とも興奮していて目が座っていましたね。w

最終的には最初にパンチを繰り出したお爺さんがもう一人に詫びを入れたのですが、その時点ではもう一人の人は全く許していませんでした。それでも翌日には何となく普通の感じには戻っていましたが…。

この例のみならず、時折「ヤカラ」系の人々は公共の場で怒りの雄叫びを上げる人が居るんですが、この手の人達も声は荒げたところでその怒りのやり場はどこにも無くて最終的には周りの人間から冷静な目でシラーっと見られて上げた拳の降ろし所が無い状態で恥をかく訳です。

まあ何れにしても今回のミニ・ファイト、ケガ人が出なくて良かったです。^^

2026年8月25日火曜日

男はつらいよを視て思う事

Amazon Primeの中で契約できる松竹+で男はつらいよを視られるようになってほぼ毎日いろいろな番手の話を次々と視ています。

話が古いものから新しいものに移ろうに連れて寅さんのがらっぱちなところが抜けて「ものわかりの良い人」になっていくのが目に見えてしまいます。そもそもはやくざな兄貴という感じで、やることなすことが「あ~あ」というような感じだったのが、少しずつ少しずつ常識が通じる人になっていくんですよね。

視ている我々はどうしようもなくあれこれ駄目な寅さんを見ながらも人情の機微を読み取る能力にはいつも一目置くようなシーンが連続するわけですけど、26話の満男の登場するあたりから一人の恋に挑戦する男というよりも、人の恋の指南をする男である方向にグッとシフトしていったと思うんですよね。

それでも、実際は15話くらいからリリーを中心に話を追う毎にもしかしたら一緒になるという事を繰り返すうちに視ている我々は「絶対に一緒になるな!」と思う完璧な状況の中にある二人が結局のところ最後まで一緒になることは無くシリーズが終わってしまったのですが、最後のほうはもう完全に夫婦。単に籍を入れていないだけ、という所まで行きました。

しかし、ここまで来た時にはもう完全にチンピラ臭は抜けきってしまっていて、何だかシンプルに良い人になってしまっています。

車寅次郎というキャラが渥美清を完全に飲み込んでいく過程を見せられているというのが何だか辛くもあります。本当は渥美清という人は本来はもっと寅の事をやくざな男のままに演じたかったんじゃないかなと思うんですけどね。

それにしても、寅はこと女性に関しては謎の奥手ぶり。山田監督のセッティングなんでしょうが、視ているこっちはイリイリしますよね。この点については俺のほうが成熟が足らずにその気持ちを読み切れていないんでしょうね。きっと。

ところで今回いろいろ調べているうちに驚いたことが一つ。寅の甥っ子の満男のこと、私はずっとミツオと読むのだと思っていましたが、調べてみると正式にはマンオと読むとなっています。松竹の公式でも!

本当かいな?


2026年8月24日月曜日

Apple高すぎる!

メモリの異常な高騰が続いています。

理由はAIコンピューティングの異常な需要増加に伴うメモリの払底。まあ、数年サイクルのメモリの世界の事ですから「必ず」落ち着いてくるときは来るでしょうけど、少なくともあと数年は無理かなって諦めてます。

さて、そういうメモリ高騰までもが理由にされているのがApple製品の値上げ。

ここ最近のApple製品の値上げは正直なところ次の製品を買おうという気が全く失せるレベルのものだと私自身は感じています。例えば以前は20万円程度の感覚で買えていた一番安いマックブックProが14インチで34万円!16インチに至っては52万円から!という値付け。一体どこの殿様商売なんでしょうか。

果たして学生を相手にはしていないのでしょうね。w
若い層に支持されなくなった製品が最終的にどういった運命を辿るかというのを見るのはなかなか興味深い未来予想になるのではないでしょうか。

かく云う私も以前自分のマックブックProをワインを零して壊して以来買い替え期はAcerのWindowsマシン。そして今二代目として使っているのも二代目のAcerのWindowsAIマシン。特に何の不便もなく使えている状況で既に何年も過ぎています。 マシンは32Gのメモリを積んだ512SSD・Ryzen7のOLED画面のマシンですけど、値段は25万程度でした。同じレベルのアップルマシンを持とうとしたら…。考えるだけで背筋が寒くなります。

滅茶苦茶儲かっているのにいい気になっていろんなところで値上げを続けているアップルですけど、AIの開発では大きく後れを取手結局のところ他社に依存する構造になり始めていますし、以前はアップルを使う確かな理由としてプライバシーの問題というのがありましたが、AIの登場でプライバシーの件はほぼ何の意味も持たなくなる世界になってきました。

2026年になって二度の値上げ、理由は円安やメモリの高騰なんだそうですが、既に20万円を超える値付けとなっているiPhone17ProMaxなんかを見ていると「次にアップデートできなくなったら、もう日本製のアンドロイド製品でいいかな」って考え始めています。

大学三年の頃からアップル一筋だった私と私の家族ですが、先ず娘のノートが仕事上の理由からウィンドウズマシンを使用しはじめ、私は上のような理由でマシンがここ数年Windowsに替わってしまいました。

そして今、私のiPhoneは15ProですけれどこれもAI関連のアップデートが出来なくなった時点でどこまで維持するのか正直なところ大変疑問です。アップルにとって一番の問題は今迄アップル製品を好んで使ってきた理由が消失し始めている事ではないでしょうか。

そして、価格差がこれほどドでかくなってくると給料の安い「若い人達」を中心に急速に乗り換えが進んでくるのではないかと思います。その証拠に急速にシェアを落とし続けているではないですか!

日本人はアップルにとっての金銭刈り取り機ではないという事。非現実的な値付けで痛い目を見るのはアップルのような気がします。それはNANOのような、スマホのチップで作ったPCで人を騙すような事をしても最後はバレてしまうのではないでしょうか。

まあ、それでも今時PCでやる仕事なんてブラウザで全部出来てしまうからそれでも良いんでしょけどね。w

2026年8月23日日曜日

スマホの画面割れ

みんなスマホを使いながら画面割れと云うのは通常無いのだろうかと考えてしまいます。

通常アップルやアンドロイドの表面に使われているコーニングのゴリラ・ガラスも年々歳々レベルが上がっているので、割れにくくなっているのもあるんでしょう。

しかし、私の家族は私も含めて全員が何らかの画面用の種々のコーティングカバーを張り付けています。ブルーライト対応のもの、斜めからの盗み読み防止用のもの、ただのカバーなど様々。私自身はどれを使っても大して差は無いとぐらいにしか感じていません。

そもそも、ドン・キホーテやその他のスマホ・ショップでは一枚の画面用カバーが2,000円くらいするものまであります!私にはとてものそんなものにお金を投資する事が出来ません。というのも、通常私はポロポロスマホを落とすので、ちょっとしたことで前回綺麗に張ったカバーに「傷」をつけてしまうのです。

そのために私がやる事はシンプルで、セリアの100円画面カバーを何枚も買っておいて少しでも傷が付けばさっさと替えるというものです。100円ですから何てことない感じで幾らでも「犠牲」にできます。少なくとも自分のスマホは常にピカピカの画面プロテクタに守られています。100円とは言え、ぴったりと自分の機種にマッチしたカバーは全体を綺麗に見せてくれますね。

一枚数百円のシステムだと、画面合わせの時にボックス上のものでスマホ全体をカバーし、手元のところからカバーされているシールを剥ぎ取っていくだけで良いのですが、100円のものだとそこはコツが必要で、画面を徹底的に眼鏡用のクロスで綺麗にした後エア・ダスターで表面の最後の汚れを取り除きます。その後、慎重に気泡を気にしながら張り付けると全く問題なく美しいカバー貼りが出来ます。

その仕上がりを見てそういう事が不慣れな嫁さんは私にいつもお願いしてきます。勿論、無料サービスです。w

2026年8月22日土曜日

他人の運転

バイト先の病院では在宅診療を行う時の移動に専属の運転手さん達を大量に雇っています。

しかし、毎度強い違和感は拭えません。違和感の元は運転手さん達それぞれの運転の特徴。運転の癖としてそれぞれ異なる停止のタイミングや強さ、運転の速度、その他の癖など様々です。

通常こういう運転手の人達というのは何らかの仕事をいったん退職されて人生の余った時間を小遣い稼ぎで何らかの生活の足しとして働いている人が殆ど。近くに住んでいるからという事で、一流企業を退職してから余り時間という感じで数年間働かれている方もいれば、もともとタクシー運転手であったという方も多いという事。

それぞれに強い癖があって、滅茶苦茶慎重な運転の人もいれば、やたらとイラチの人もいる。更にはタクシー運転手時代の癖なのか、指差し運転をする人も中には居ます。実際に接触事故をよく起こす人もいてそういう人は直ぐに馘。また、信号無視を一回でもしたらやはり馘。そういう極端な人は別としても中にはセクハラ発言をする人もいてこういう人も当然馘。w

しかし、そんな極端な人は別としても私が気持ち悪くなるのは右折左折などの時にきちんと止まって歩行者にじりじりじりじりと近づいていくような人や歩行者に舌打ちする人。これ本当にヤバいです。

そして更に嫌なのは対向車が譲ってくれたりした時に相手に「会釈」をしない人の運転。ちょっとしたことですけど、俺的には「あり得ない!」という感じ。病院の名前を車体に刻み込んで走っている車なのにそういうちょっとした事が出来ないのはかなり不味いんじゃないのという事です。

余裕が無いのかな。そういう意味では運転手としての第二の人生もそろそろ終わっていくような時期に来ているのかもしれません…。

運転というのは命の関わった仕事。高齢者ドライバーになる途上でいろいろと失っていく過程を確認する時期なのかも。

2026年8月21日金曜日

形成外科と美容外科

形成外科の苦闘を最初に見たのは大学の最終学年の時でした。

当時、雲仙の火砕流に巻き込まれた人達のレスキューに入局したばかりの形成の先輩が自分の時間を全て患者さん達の治療に充てていたところからは始まりました。みるみる疲労を蓄積させながらもそれこそ必死に患者さん達を診察して実力と自信をつけているのが会話の端々から溢れ出ていました。

それでも患者さん達は次々と敗血症性ショックで亡くなっていく状態。全身火傷も火砕流のような異常な状況での罹災で全身が酷い状態になると本当に救命は極端に困難になることが間接的にも理解出来ました。

そしてレスキュー後はまさに形成外科の標榜する「形成治心」の本領発揮です。火傷に対する何度もの皮膚移植を通じてどんどん綺麗に戻していくような加療が続きます。

その他にも形成の医師は腫瘍摘出後の乳房形成や先天性の形態異常の治療、けがなどの傷跡の治療、褥瘡に対する加療など様々な領域に日々一生懸命仕事されているんですが、これだけの大変な治療能力を持っていても今話題の美容整形の医師にはとてもとても稼ぎでは及びません。大学病院の形成の先生はバイト代入れても1,000万を超えていく程度が普通。アメリカとは全く比較にもなりません。

ところが直美だと数千万がデフォルトで、その後は…という世界。

何をどうだという気もありませんし、人にとっての「やりがい」というのは違うんでしょうが、自分としてはねやっぱりアレですよ。俺や家族がこれからも必要な先生はやっぱり形成外科の先生だけですね。

2026年8月20日木曜日

一週間に何回散歩できるか

何時も自分でセットアップした散歩コースを歩いています。

前にも少し書いたのですが、自分の家からイオンモール長久手までのアップダウンのあるまっすぐな道を歩きます。

アップは46.2mでダウンは41.1mです。トータルの距離は片道あたり約2.5kmでした。勿論、その反対に戻るときはアップダウンの数字は全く反対になりますが、基本的にそれほどきつくはありません。それでもこの暑い時期にこの往復5キロの道を歩き終えると汗びっしょり。

夜間、私の前後で同じ方向や反対方向に歩いていく人々。1人だったり2人だったり、夫婦の様だったり友達同士だったり見える人達。走る人、歩く人、自転車に乗って通り過ぎる人々が私の周りを次々に動いています。夜の闇の中では自分自身の存在を周りに示さないとはねられたりぶつけられたりしかねません。

そこで私の格好はというと基本的に上を明るい色である黄色や白系のTシャツを着て下半身も黒のスパッツを履きますが後ろ側は反射材が付いたものを履きます。更に首には白いタオルを巻いておきます。そして最終的にもう一つの安全装置としてのLEDライトを首にぶら下げた状態で歩き続けます。

正直格好はよくないのですが、撥ねられては折角の散歩の意義も台無しになってしまいますからね!

これを週に一回から二回行うのですが、片道は大体3,000歩で往復で6,000歩くらい。正直大した歩数ではありませんが、自分の健康維持に何とか資してくれないかなと心の片隅で祈っています。

取り敢えず、ポケモンGO用に作ったこのセットアップでこのルートを30キロ以上歩いていますが、まだまだ健康に何か役立っている感はありません。進行する加齢と衰える筋力に抗う小さな小さな抵抗ですが、一体いつまで続けられるのやら。

それでもやるしかありません。



2026年8月19日水曜日

患者さんも選ばれる側

在宅のバイトをしていると昔とは事情が変わってきたなと思います。

一つの病院で大量の患者さんを抱えていると、無理をしてまでトンデモ患者の面倒を我慢してまで見る必要は無いという事が標準的になってきました。

患者さんを家族ともども診る、お世話するというのが在宅診療の基本線ですけれど、病気ではない人でもトンデモない人間がいるのと同様に疾病を持っている人の中にも明らかに実におかしな人間達もたくさんいるのです。まあ、自然な事ですよね。

病院を維持するためにはある一定数以上の患者さんが居て、その人達に昼も夜も対応するためには膨大な数のスタッフが必要です。これは商売でも病院でも一緒だと思いますけど、所謂カスハラにあたるような行為をする患者さんというのが一定の割合で存在します。そういう人達は基本的にいくつかパターンがあるのですが、その中でも最も困るパターンは「自分で決めた薬を要求してくる人達」でしょうか。

データと症状とを診て、その患者さんや補助する家族さんが達成する事が出来る服薬コンプライアンスまで推理しながらどの薬を飲むべきか慎重に決定していきます。医療関係者ではない方が驚くかもしれませんが、患者さん、特に高齢の患者さん達の中には「驚くほど」服薬の手順を守れない人々が居るという事、そして服薬自体を忘れてしまう人、その他にも出した薬を「わざと」服まない人までいるという事は医師にとっては半ば常識です。

その上で服薬の組み立てを行うのですが、そういった考えにはまったく想いが至らず、自分から指示を出してその薬が出ないと判った瞬間に医師側を詰り病院を変えるという人がごくマレに居ります。

そういう時の我々の答えはシンプルで、「では医師と患者の信頼関係が醸成できませんのでこれで訪問診療は終診です」というもの。
時には追い打ちでそういった回答に激怒して「お前のところを訴えてやる」という人までいるのですが、我々はそれまでの経緯をきちんと電子カルテに記載していますので何にも負ける要素がありません。

無論、訴えて頂きたいくらいですけどそういう脅しを吐いた方々で未だかつて実際に訴えてきた患者さんは一人も居りません。^^

理不尽な怒りに身を震わせながらも、なぜそういう事を言われたのかがまた区理解できない可哀そうな方々は、同じような「トラブル」を他の医療機関でも繰り返しながら、次第に己の住む世界を狭くして最後は「そんな人達でも良い」医療機関に引き受けられていくのでした。

医師と患者の関係も所詮は人と人。常識以外の何物もその関係を作り上げる手立てというのは無いのでした。

2026年8月18日火曜日

こんなに美味い焼肉あるんだね~

偶然入った店が驚くほど美味い店だったときは何時も幸せです。

そんな店の一つが今池にある焼肉「びっくり」です。このお店はガイジンさんの女将さんと寡黙な大将(店内で女将さんからパパと呼ばれています^^)とが切り盛りしているのですが、実にこの女将さんが優しい良い表情をしているんですね。お店はやはり女性の優しい笑顔があると人気に華が添えられます。

しかも一番大事な事は肉が滅茶苦茶に美味しい事。今までいろいろな焼き肉店に行っていますけど、こんなに美味しい焼肉を出す店は正直初めて。食べても食べても美味しさの質が落ちないレベルの美味しさなのです。腹は確かに一杯になるんですけど、腹いっぱいになってもやっぱり美味しい。

最初の一口で「ああ、この店に来たのは正解だった!」と感じて、途中経過で「ああ、どの肉を食べても美味しいい~」と感じ、最終コーナーでも「腹一杯なのにやっぱりまだまだ美味いぞ!」と思えるレベルで美味いのです。やっぱりこれだけ美味いからこその古より続く店。

この店はそもそも南隣にあるあの「今池屋」とほぼ同時期に始められたお店なのですが、爾来80年以上の歴史を刻めたのは恐らくこのお店で出される「秘伝のたれ」がその理由ではないかと思うんですよね。肉も焼いた後でも溶けるほど柔いし、ナムルやキムチもめちゃ美味い。

この店の評価をネットでいろいろと見ると肉は美味しいけどご飯が…等と書いている御仁も居られるようですが、そういえば俺と嫁さんは行った時にご飯でなくてユッケ・ビビンバでそのご飯の代わりにしていたところが違いかな?これも美味しいですぞ!今池屋もびっくりもその味にマッチした人を引き付けて離さない何かがあると思っています。

食べて合わないと思う人がいてもそれはそれで良いと思います。しかし、如何なる話が出てこようと私は「決め」はココが良いなと強く思います。海産物なら福井や長崎のド田舎の店。

鉄板焼きなら今池屋、焼肉ならびっくり。ウナギなら炭焼きうな富士の別邸、鍋焼きうどんなら山本屋総本家の本家とか。その一つとして十分資格のある店です!

来週又出産祝いを兼ねた友人の個人的祝賀会をここでやろうかなと思っています。

2026年8月17日月曜日

アメリカの家の修理のために送金

この8月になって久しぶりに送金手続きをしようとしたときに手続きのためのプロセスが少々変化してしまったため、ログインに失敗して送金できずに困っていました。

そこで、一念発起して間違いのない様に近所の三菱UFJに直接昼休みに行って一時間前後で全てを済ませてきました。送金手続きの項目ない様には幾つか行員さん自身も「?」となってしまうようなちょいと不可解なセッティングもありましたが、実際に行員さんと一々確認しながらなんとか$7,000送金しました。

時間が遅かった事もあり、月曜日まで口座のお金が動くことはありませんでしたが、月曜にはまずUFJの口座からゴソッとお金が動き、その後アメリカの銀行口座に7,000ドルの金額が登場してメデタシメデタシでした。

基本的にいつもこのパターンなのですが、世の中に悪い奴が居てマネー・ロンダリングをするせいでこんなに送金が遅れる訳でして、真に俺ら普通の人々は不便を強いられる訳です。とは言え、犯罪抑止のためにこのような手続きは必須なのも解りますけどね。

さて、今回の送金済みのお金はどのように決済されるかというと、業者さんが先ず開始にあたって契約書を送付。サインが終わってオフィスが使用の確認を終わった時点で半額を引き出して工事開始。全てが綺麗に終了し、アメリカで我が家に住んでいる方が「確かに契約通りに終了した」と思えるような仕上がりであれば残りの半金も口座から引き出して終了となる訳です。

これが標準的なアメリカのコントラクト施行法。書類が電子的な手続きによるサインとなる事が増えているのがここ数年の流れですが、いまだに紙でのコントラクト・ペーパーを遅らせるところもありますので、本当に移行期でしょうね。

恐らく今回も電子的決済だと思うんですが、もしかしたらアメリカにいる我が家の住人の方が紙のサインの場合はサインしてくれるかもと思っています。

速く綺麗なドアポーチになって、住人の方が満足してくださると良いのですが!期待しましょう。^^

2026年8月16日日曜日

病院で弱い人間に優しくできないような輩は…

一か月ほど前に患者の輸液に大便を混ぜて殺そうとした疑いの強い女性看護師のニュースが何度も放送されていました。

51歳の女性看護師との事ですが、ビデオ映像などから推定するのみならず、スマホの検索歴に「便注入、死ぬか」という恐ろしい検索履歴があったとの事で限りなく黒に近いというか真っ黒けです。

職場でも切れやすい性格だったとのことですが、そもそも患者と言い合う時点でヤバい。対応に困る患者というのはいつでもどこでも居ますけど、精神科病棟や認知症の病棟では尖ったキャラクターになってしまっている患者というのは何時でも居るし、それ自体が疾病。そんな患者相手に本気になるようではそもそも仕事に向いていません。

話は少し脱線しますが、上とは違って「碌でも無い患者」というのもこれまたいつでも登場し得るんですね。やくざやチンピラ。しかし、こういった連中は今の時代実に御しやすい。警察呼ぶ、退院させる。ただそれだけです。

病院というのは他の患者に迷惑をかける事を極力抑えてもらわなければならない「治療の場所」であって、治療に支障を来すような行為を繰り返したり粗暴な言動を行い看護側に業務執行に支障を来すような恐れを抱かせるような人物は私はそもそも存在を許しませんので即時・即日の強制退院です。あとその人物の疾病がどうなるのかというのは残念ながら関与することはできません。名目上は「自己都合」による退院ですから。

さて、最初の便混入疑いの看護師ですが、入院中の患者といつも言い争いになるような輩は私の勤務する病院にもいました。以前、このブログでも書いた事があるのですがもういろんな意味でトンデモでして、いろいろな資格は持っていたんですが、紙の上の勉強が出来るだけで対人関係は最低、更には看護実務も全く成長を見せないままの二年間で病院を辞めたのですが、辞める前は看護師ユニオンに飛び込んで無い事無い事ありったけを吹き込んで病院に嚙みついてきたので、当時存命中の理事長が割増退職金を支払ってまでサクッと切り捨てました。

前の職場の悪口を何時も愚痴って「自分は虐められていた」と周りに言い放っていたので、この手の人物は要注意だなと思っていた通りの結末でした。恐らく次の病院(名古屋市内にあるどの病院に移ったか既に判明しているのですが)でもこの病院の悪口を言いつのっているのでしょう。orz

病院という職場で患者と言い争いになるような「輩」は他にも数人知っていますが、私は看護師長に強く言って「言い返したり刃向かえ無いような弱い高齢患者さん達が集まる病棟、特に認知症病棟や精神発達遅滞の患者さんの居られる病棟等には絶対に配置してはいけない」と決めています。夜勤や人手の少ない週末等の人手が少ない時間帯に患者の頬や体をつねったり、叩いたりする可能性を極力排除しないといけないからです。

強い男性患者相手であれば、そもそも何かを言ったりすること自体がリスクですからよっぽどの馬鹿でない限りそういった事は起こしえませんしね。それでも、今回のように注射にそういった事をする頭のおかしい看護師が過去にも(世界的にも何人も)沢山日本で疑われている例が報告されていますので、こういった看護現場で「ナニカがオカシイ」と思われる人物をそもそも雇わない事、雇っても立場の弱い人の集まる病棟には配置しない事が理想なんですが、そういったフィルターをすり抜けてくる輩にどう対処すべきか。

事件が起きてからでは遅すぎるのです。病院長の首が飛ぶくらいでは済まないのが現実。本当に何時まで経てもこの手の輩は医療現場から消えませんね。

残念です。

2026年8月15日土曜日

夫婦二人で昼食会へ

お盆のど真ん中に昼食会に行ってきました。

お呼ばれで行ったのですが、名古屋観光ホテルの頃からの会員のみの招待状発送だったとの事(それでも1,500通発送されたとマネジャーから伺いました)。勿論、私自身はそんな世界とは無縁の人間なのですが、私達をいつも招待してくださる方は我々の知らない名古屋の食事を知り尽くした人物で、我々夫婦はその方の紹介してくれたあちこちのお店を「その後」使うこと度々です。

いつもこうやって紹介をしていただいてそのほぼ全てが美味しいお店だとしても、もしスクラッチで名古屋の美味しい店を探すようなことがあったら一体いくらお金を落とせば良いのかということになります。

ネット上の評判と実際の味が自分の下に沿う沿わないと言うのは実にいつも発生することですし、雰囲気まで入れると実際に最後に落ち着く美味しい店を見出すのは容易ならざることです。しかも、安い店なら失敗は許されもしましょうが、大きなお金を使うことになるような店を「知る」為には前回書いたような食を極めるようなお金の使い方をする人でなければなかなかたどり着けないようなレベルの世界というのも当然ある訳です。

そこに既にそのそういった味見と雰囲気を調べ済み、かつそこのリピーターとして名前まで覚えて貰っているような人というのにはなかなかなれないものです。

しかし、我々が行くと何時もホテルのマネジャーが出てきてくれてシェフとは個別に挨拶をしてくれるのが常々で、正直我々のような高級な雰囲気に慣れていない「庶民」には恐縮という言葉しか出てこないことが度々です。orz

さて、今回はエスパシオ・ナゴヤキャッスルの昼食会。お一人1万円のコースだったのですが、出てくるbuffetの品数に圧倒されるとともにデザートにも打ちのめされました。小路名の数々それぞれが美味しかったのですが、たとえ少量でもあれだけ数が揃うと全種類を食べ終わる前に腹がパンパンに膨れ上がります。

ほぼ半泣きというか嬉し泣きで食べさせて頂きました。途中でプロジェクション・アートの演出もあり、素敵な時間を過ごさせて頂きました。これなら少し無理すれば嫁さんとの特別な時間として「何かの記念日には行けるな~」と考えた私でした。

B級グルメ専門の我々も歳を取って見えてきた別の世界の存在を少しは愉しみたいなと思う今日このごろです。

2026年8月14日金曜日

日本中から名古屋に集合

お盆とは言え時間があるときにネットでいつも話しているゲームの連中が名古屋に集まりました。

熊本からくる青年の出張に合わせて作り上げた日程だったのですが、千葉、滋賀、東京そして私の住む愛知県名古屋市からの参加で合計五人。

何時もなら今池屋やその他の私がよく知る間違いなくうまい店、雰囲気のある店に集まってもらう訳なんですが、今回は事前に調べたところ確実にその日は閉まっていることが判っていた為にそういった店は選べません。だからと言ってどこか気の利いた店を知っている訳では無かったので、知り合いの若いMRさんにLINEで伺って紹介してもらいました。取り敢えず電話していたところ、2週間前だったこともあり予約問題なし。

場所は名駅から歩いて5分ほどの場所。取り敢えず7時集合だったのですが、たまたま私が一番目に到着。なかなかベストなボックス席を誂えてもらっていました。

千葉からくる方は千葉で数日前から始まっていた雨による大災害の影響で30分ほど電車が遅延したこともあり、新幹線への接続に遅れが出たとの事で7:40頃に到着されたのですが、それ以外は何の遅れもなく初めて見る顔、既に何度も見た顔など職業もポジションも多士済々の面々が集まってきました。

何時もの事なんですが、なぜかゲームのスキルアップの話などは全くなくて、ゲーム内の人間関係などで最初の一時間程度は話が過ぎていきます。ところがそれを過ぎた頃からはもうゲームの事など何時も関係なしで話は次から次へとパーソナルな話題へ。

いつも驚かされるのですが、彼らは東証一部上場企業の人間の比率がめちゃ多いんです。そうでなくても自分の持つ会社の本部取締役とかその手の行為の役職の人間の比率が高いんですよね。何でかはわかりません。しかし、隙間時間を使うのが上手いんでしょうか、ゲームの中ではポイントポイントでは重要な役割を果たす事が出来る人達です。

とは言え、みんなゲームを始めて既に1年半も経過。次第にゲームに対して「飽き」始めています。実際に最初の頃のコア・メンバーは相当やめてしまっているんですが、やめた後も実はネットで普通に繋がって近況報告をするだけでなく実際に会うメンバーは沢山います。何だか職場の人間より有機的で気の置けない関係で不思議な感じなんですが、何でこうなるかと言う事を考えてみるとやっぱり「世代が近い」というのが大きいんでしょうかね。

説明の要らない人間関係というのは良いもんです。

夜の12を随分回ったころまで二次会の焼き鳥店で話が続きましたが、最後はまたの再会を約して別れました。家まで帰った時のタクシー料金は8,000円近く!これなら駅近のビジネスホテルに泊まったほうが良かったわいと思った私でした。

2026年8月13日木曜日

手を払いのける人達

 やっぱりなかなか大変です。

こちらの方で救いの手を差し出そうとしてもそれを嫌がる人達が一定数いることは前にも書きましたが、この数ヶ月もそういった人達がコンスタントに出てきて病棟の看護師さん達を困らせ続けたのが印象的でした。

役所経由で依頼が入ってきた人や別の病院で大病を患ったのを加療され最終的に転院の形で加療継続する必要がある人達であっても、生活保護のお金を自由に使いたいという理由、外の生活で酒やタバコを自由に味わいたいという理由で病院での治療を拒む人など実にアウトローな(ここには書けないようなものも含めて)理由で出ていく人達は定期的に出てきます。

いくら公的機関が必死に傘を差し出してもその傘の庇護の下に入ることを拒むその手の人達は結局あちこちの経路を辿りながら時間をかけてゆっくりと負のスパイラルに陥ってドツボの底に落ち込んだ状態でもとの病院に戻ってくることが本当に頻繁。

何年も前に啖呵を切って出ていった患者さんが久しぶりに戻ってきたと思ったら、もう脚どころか手も動かないような寝たきり状態になっていたり、肝硬変で腹水パンパンかつ肝性脳症でせん妄状態だったり、COPDで酸素タンクなしでは寝ることも出来なかったりという変わり果てた姿で戻ってくるのです。

正直なことをいうと「人間的だな⋯」と思うんです。

しかし、最終的には大量の税金と医療費を使って人生にお別れを告げるような事になるようだったらなんでこの前は啖呵を切って出ていった?という話。威勢よく拳を振り上げたは良いけれど、その上げた拳を下ろす場所は結局無かったんだねということに。

それでも、それでもやはりそういう「人の言う事を聞かない生き方」はアリとしてあげないといけないかなと思っています。^^


2026年8月12日水曜日

長女がまた新たに仕事を開始

一体何を求めているのか解らないんですが、じっと眺めています。

長女は既に仕事を3つもやっておりまして、一つはリモートの貿易関連の仕事。もう一つは週末に写真スタジオから依頼される名古屋の観光客や結婚式のビデオや写真撮影。更には栄の店にあるバーのバーテンまでしているのです。

ところが、今度はアメリカから出店してくる名古屋初のステーキ・ハウスのバーテンとしてステップアップしようとしているとの情報が嫁さん経由で入ってまいりました!

なんでなんだろうと間接的に聞いたところ、興味深い・面白そうという事で勉強を重ねながらいろいろとステップアップしたいみたいです。オタクと言いますか、好奇心の赴くままに何でもかんでもやってみたいと思うのはどこかのオヤジとそっくりだと自分自身で思ってしまいます。、まあ、私としては自分で飯代を稼ぐ能力さえあればあとは特に言う事は何もありません。^^

さて、娘から嫁さんに話される情報によると仕事が始まる前に覚える事は大量にあって、それを実習で学びながら9月の開店に備えているようです。彼女自身のタイム・マネジメント能力は親の私が言うのもなんですが、抜群なのでそこの点での心配はしていません。

彼女の場合、何かを吸収していくと次のステップアップを目指す「アメリカ人」のマインドを持った人間なので、もしかしたらワインやカクテル、ウイスキーなどの勉強が進んでいったらさらに上のレベルの何かを目指すのかもしれません。

それとも、ここで得た知識をリモートの貿易の仕事関連に繋げていくのかも?という気がしています。というのも、その貿易の仕事はまさに種々の食品関連の仕事なので、そういった知識は特になる事は無くても損になる事はきっと無いと思います。

なんだかもうよく解りませんけど、体を壊さず頑張ってもらえればそれでヨシとしましょう。

2026年8月11日火曜日

共感力

この人どんな人なんだろうと思っているような人がいつも身近にいます。

要するに物理的に近くにいる人物であっても、日常的な交わりの無い人なんて言うのが逆に殆どなわけで、寧ろ何の興味もわかずに何年も仕事だけはしている…と言う人が同じ空気を吸う仕事場には居る訳です。

それらの人々に関する情報はどうしてもポジティブな話、ネガティブな話が交錯して聞こえてくる訳ですけど、正直そういった話なんてほとんどは他愛もない笑い話やどう考えてもそれガセでしょうというような与太話と思われる類の話で埋め尽くされるわけで、やっぱりどんなに話の弾数が多く入ってこようと眉一つ動かす必要のない様な、まずは記憶に残らないような話が殆どなわけです。

それでも、ごく稀に強い具体性をもって日時やイベントの発生場所付きで「ある人物」のイメージを突き崩すような強烈な話が、親しくしている人物のみならず複数の筋から入ってくるとどうしても「えー、ホントそれ…」となる事もあるのです。

今回の話は実にそれに類する話(詳細は変えてありますが筋は概ねそのような事が起きたとご理解ください)で、実はある方の御兄弟がXX未遂というのを起こしてしまって、その兄にあたる人物が別の県の警察に呼ばれて車を飛ばして駆け付けたらしいのですが、そこでその人物がほぼ死にかけた弟に放った言葉は「やくざでも斯くや?」というレベルの発言だったとか。

しかもその発言がその地から帰ってきた本人から私の親しい知人数名に語られたとのことで信ぴょう性も高く、まさに人の口に戸は立てられない状態という感じで病院内に拡まってしまっていたのでした。

何時もはニコニコして愛想を振りまいている人が、そんなどぎつい言葉を使って弟を責めるのかという感じですが、私自身は実はこの人物の日頃の笑顔の裏に潜む強い違和感というのを日頃から感じていたので付き合いは浅く浅くしていた次第。こういう「違和感」というのは言葉にはできないんですけど、とても大事だと思ってます。

年単位で時間が経過したときにメッキが剥がれ落ちて自分の感じていた違和感が実はその地金の異様さを感じとっていた、なんて事を何度も経験したことがあったので人の六感なんてのは結構どころか非常に大切なのかもと改めて考えたのでした。

今回の話では実はその人に関する違和感は「共感力の欠如」というもので、この共感力というのは「育たない」ものの一つではないかと最近、密かに考えているんですね。勉強したり経験したりして理解できる事柄もあるからこそ、人は歳を経ていく過程で若い頃にはわからなかったことを文字通りいろいろと「体感・体験」し内面を磨く糧とするわけですが、この「共感力」というのは種を蒔いてもコンクリートの上に種を蒔く感じで、滅多な事では根付かず、花も咲かないと思っています。

これの成熟している人は小さなころから教えなくても持っているものだと思いますし、多感な時期を経ていろいろと考える中でその花を大きく咲かせるのでしょうが、大人になって改めて共感力を育てようにも上に書いたように「育つ」ようなものでは無いんではないかと最近とみに疑っています。

豊かな感情を育てるのって育つ側にもやはり大きな素質・素因があって、それに経験という肥料と水が加えられることで初めて大輪の花を咲かせるという過程を踏むものだろうと。

人の痛みの解る人でありたいなと思うのでした。



2026年8月10日月曜日

馬籠宿へ行ってきました

以前から中津川を通るたびに気になっていたところへ行った来ました。

「馬籠宿」という所なんですが、ここは中山道の六十九次の中山道43番目の宿です。ここは島崎藤村の生家があるところとしても有名ですが、私の頭の中では江戸時代のあの中山道の面影を残す場所として、一度は行って帳面を消しておかなければと嫁さんと息子を連れて行ってきました。

午前中は本を仕入れに行っていたので午後二時からの遅い出発でしたが、一時間のドライブで着く場所ですのでアクセスは容易。中津川の川上屋を脇に診ながら走ること暫く。馬籠宿の駐車場がすぐに目に入ってきました。
500円の駐車料金を払うと緩やかに上ってずっと続く石畳が見えます。小腹が減っていたので蕎麦でも食べたいと右の店、左の店と近寄ってみるのですが3時にも拘らずほぼ全ての店が何故だか開いていません。準備中という表示なんですが、五平餅さえも手に入らずという状況。結局あれこれ見ながらも旧本陣である島崎藤村の記念館を訪れました。
入館料は500円。息子は半額ですので1,250円で入ったのは良かったのですが「正直な事を言うと」展示の工夫も展示品自体もイマイチ。もう少し藤村の事をビデオだけではなくて展示物で充実させてもらえれば良いのになと思うのは贅沢な望みですかね。少しだけ汗を掻きながら街道の高札所を通り過ぎ、街道筋のてっぺんまで行くと素晴らしい眺望が広がっていました。
ここから本当なら恵那山が綺麗に見えるはずなんですが、今日は残念ながらてっぺんのほうまでは見えませんでした。坂の途中の地元の酒店でどぶろく由来の生の杣酒を買い込んで帰路につきました。

帰りの道すがらSAで三人とも蕎麦料理を胃袋に入れて大満足。嫁さんも夕食の手間が省けて二重に満足の様でした。(<これ大事!)

馬籠宿の昔の写真をいろいろと見ましたが本当に何の変哲もない宿の集まりに見えましたね。そういう意味ではきちんともう一度古い屋並みを綺麗に整備して観光地として作り上げているのは十分に立派だと思いました。

また、このあたりのキャンプ場に来ることがあったら寄ってみようかなと思いましたが、それよりもなによりも島崎藤村の事が頭を離れませんでした。家庭の中に後ろ暗い背景のある藤村とその藤村から生み出された作品群。実際にきちんと読んでいる訳ではありません。読んでみる事を思いついただけでも行った甲斐があったというものです。

2026年8月9日日曜日

廃業するとな…TT

地域の貴重な文化遺産がこの8月に一つ消えていきます。

実は3か月ほど前?から近所にある古書店「千代の介書店」が閉まっていたのです。何時も一番奥のスペースに腰かけて「あるじ」として座っていた爺さんが齢90を超えておられることは承知していました。そして息子さんが居られる事も。

数年前から余計な心配をしていたのは「この店主さんがお亡くなりになられたら、この大英博物館のようなお店は一体どうなるのか、息子さんか誰かが引き継いでくださるのか」という事でした。まさに余計ですが。

ところが、今回のように実際叔父さんが病気か何か体調不良でも起こしたのか
というような心配な状況になても問い合わせる事さえできません。そもそも連絡番号の記載はあるにはあるにしてもなるのは店内の固定電話だけ。誰も出るわけありません。

しかし、この沈黙を打ち破る大ニュースを嫁さんが私に運び込んできました。日付は8月5日。
そうです。8/9から閉店セールを行うとの告知を嫁さんが拾ってきたのでした。でかした嫁さん。ていうか閉店ですか…涙。

しかし、この日のために私はお金を銀行から下ろし備え万端で9:40頃に家を出たのですが、なんと本好き野郎どもはしっかり全員フライング。着いた時にはもう狭い店の中は30人程度の人間で立錐の余地もない状況。全く本の虫共ときたら!w
行き交う人が居なくなった奇跡の一瞬に写真を一枚
皆汗だらだらになりながら山のように本を抱えて店の奥に勘定をしに行っていました。結局選ぶ本の全てを一度には抱えきれないまま何度も何度も勘定場へ。最終的に第一回のアタックでは9,600円を使い汗だくになりながら家へ帰ったのです。(時間があればあと三回アタックできます!)

帰り際に座っている私と同じくらいの男性を息子さんとお見受けし、お父様のお話をしたところ「今具合が悪くて病院に行ったりしております」とのことでした。目の前に置いてあったノートにお父さん宛の惜別の辞を認めさせて頂きました。

地域の文化財であるこのような文学書やノンフィクションが目利きによって整えられた古書店が消えていくのは一大損失。私が大金持ちであれば…とついつい思ってしまったのでした。

息子さんにもう少しだけ立ち入ったお話を伺ったところ、この店を続けるにも御自身は仕事をしていて無理であるという事。そしてこの店自身が既に耐震に大きな問題を抱える古い建物ということで続けられない。更に専門書の類は既に専門の古書店に引き取ってもらったとの事。

消えゆく日本の文化財を守ってくれる店が消えていく事に何もできないのは本当にもどかしいですね。最後に今回初めて知ったことがもう一つ。この店の千代の介というのはオジサンが最初に飼っていたブルドッグの名前だったという事でした。

2026年8月8日土曜日

プラス松竹でサブスク

アマゾンを視ていていつも思っていたのは「男はつらいよ」が視れない事。

数年前には寅さん の全シリーズが暫くの間スタンダードとしてアマプラだけで視る事が出来たんですけど、それもしばらくすると第一話のみフリーという状況になってしまっていました。

結局、何度も「第32話が視たい」とか「第8話が視たい」という感じであの回のあのシーン、あの回のあのシーンが視たいなという事が重なりすぎて遂に昨日トライアルの一週間視聴を始めました。

毎月のサブスク代は330円なので、まあ痛くも痒くもないし何よりも自分の大好きな「男はつらいよ」が自由自在に視れるというのは私の心にとって何よりもおやつですから、この毎月の支払いは所謂「有意義」なものだと思っています。^^

早速、昨日は2話ほど視直したのですがやっぱりこののほほんとした雰囲気は何物にも代え難い私のリラックスの大元になるものですね。吉本新喜劇のような「パターン」が透けて見えているし、次が一体どうなるのか全く見えない手に汗握る系のものも良いのですが、先の展開がある程度読めるものの私自身には悪くない心の薬です。

この作品、実は寅さん役の田所康雄さんがちょい役でいつも呼んでいた関敬六(本名:関谷敬六)さんと共に生前「位牌」を作った場所がロケ地にもなっているんですね。岡山の高梁。このシーンを視てまたいろいろと思い返すことがありました。実際この位牌は亡くなった際、実際に田所さんの位牌として使われていますし、相方の関敬六さんもこの位牌を実際に自分用の位牌として使っているのでした。

プラス松竹ではその他無数の松竹の映画やテレビドラマを視る事が出来ますから、それはそれは大量の作品を楽しむことも出来るのかな?等と考えてしまいます。

解約しようと思う日が来たら解約しますか…。来るのかな?

2026年8月7日金曜日

長男も30歳!^^

遂に我が家の長男も30歳になりました!

本当に毎年毎年嫁さんと話すんですが、あの生まれた日の事は永遠に忘れませんね。エンドウ豆みたいな形をした可愛い息子が登場した時にはやっぱり長女とはまた違った感激が体を包み、指先に甘い感覚が流れてきました。平成8年の8月8日に生まれればキリが良いね!等と嫁さんと昔話していたんですが、それより一日早まりました。^^

そのままずっと抱き続けて息子の顔を見続けていたら「お父さんもうメロメロねっ」と看護師さんに笑われました。

そんな息子もアメリカで教育を受け育ち、日本に帰って来て毎日作業所に仕事に行く日々ですが、そんな息子もあれやこれやありながらも無事に30歳を迎えてくれて今日の誕生日を迎える事が出来、息子を育ててくれた周囲の無数の人々に心の底から感謝です。

ここには書ききれないほどいろいろと良い事、悪い事、細かい事がありましたが30年間も生きて元気に日々を過ごしてくれている事が本当に親としては幸せです。

今日は私が仕事を終えた後、嫁さんが前もって頼んでいた息子用の誕生日のケーキをCozy Cornerに取りに行きました。3200円。家では息子と嫁さんと次女がいました。長女は長崎から1時間遅れの飛行機で帰ってきましたが、揃った後に近くの韓国料理屋に肉を食べに行きました。(次女はペスカタリアンなので肉は食べに行かないんです)

腹一杯になるまで食べたのですが、その中心はもちろん息子。自分はどうでもいいので息子が食べて最後に彼がフォークを動かさなくなったのを確認してから「お開き」としました。その後は近くのツルハ薬局でオハヨーのアイスとモナカアイスを息子のために購入して家へ。最後はケーキを四等分してバースデー・ソングを歌ってケーキを食べて誕生日を締めました。

彼へのプレゼントはパズル三つとポムポムプリンのフォークとスプーンという可愛らしいものでしたが、可愛いもの好きの息子にはちょうど合ってたかな?^^

30歳の誕生日。私は死ぬまで忘れる事は無いでしょう。元気で生きててくれてありがとう!