2026年8月23日日曜日

スマホの画面割れ

みんなスマホを使いながら画面割れと云うのは通常無いのだろうかと考えてしまいます。

通常アップルやアンドロイドの表面に使われているコーニングのゴリラ・ガラスも年々歳々レベルが上がっているので、割れにくくなっているのもあるんでしょう。

しかし、私の家族は私も含めて全員が何らかの画面用の種々のコーティングカバーを張り付けています。ブルーライト対応のもの、斜めからの盗み読み防止用のもの、ただのカバーなど様々。私自身はどれを使っても大して差は無いとぐらいにしか感じていません。

そもそも、ドン・キホーテやその他のスマホ・ショップでは一枚の画面用カバーが2,000円くらいするものまであります!私にはとてものそんなものにお金を投資する事が出来ません。というのも、通常私はポロポロスマホを落とすので、ちょっとしたことで前回綺麗に張ったカバーに「傷」をつけてしまうのです。

そのために私がやる事はシンプルで、セリアの100円画面カバーを何枚も買っておいて少しでも傷が付けばさっさと替えるというものです。100円ですから何てことない感じで幾らでも「犠牲」にできます。少なくとも自分のスマホは常にピカピカの画面プロテクタに守られています。100円とは言え、ぴったりと自分の機種にマッチしたカバーは全体を綺麗に見せてくれますね。

一枚数百円のシステムだと、画面合わせの時にボックス上のものでスマホ全体をカバーし、手元のところからカバーされているシールを剥ぎ取っていくだけで良いのですが、100円のものだとそこはコツが必要で、画面を徹底的に眼鏡用のクロスで綺麗にした後エア・ダスターで表面の最後の汚れを取り除きます。その後、慎重に気泡を気にしながら張り付けると全く問題なく美しいカバー貼りが出来ます。

その仕上がりを見てそういう事が不慣れな嫁さんは私にいつもお願いしてきます。勿論、無料サービスです。w

2026年8月22日土曜日

他人の運転

バイト先の病院では在宅診療を行う時の移動に専属の運転手さん達を大量に雇っています。

しかし、毎度強い違和感は拭えません。違和感の元は運転手さん達それぞれの運転の特徴。運転の癖としてそれぞれ異なる停止のタイミングや強さ、運転の速度、その他の癖など様々です。

通常こういう運転手の人達というのは何らかの仕事をいったん退職されて人生の余った時間を小遣い稼ぎで何らかの生活の足しとして働いている人が殆ど。近くに住んでいるからという事で、一流企業を退職してから余り時間という感じで数年間働かれている方もいれば、もともとタクシー運転手であったという方も多いという事。

それぞれに強い癖があって、滅茶苦茶慎重な運転の人もいれば、やたらとイラチの人もいる。更にはタクシー運転手時代の癖なのか、指差し運転をする人も中には居ます。実際に接触事故をよく起こす人もいてそういう人は直ぐに馘。また、信号無視を一回でもしたらやはり馘。そういう極端な人は別としても中にはセクハラ発言をする人もいてこういう人も当然馘。w

しかし、そんな極端な人は別としても私が気持ち悪くなるのは右折左折などの時にきちんと止まって歩行者にじりじりじりじりと近づいていくような人や歩行者に舌打ちする人。これ本当にヤバいです。

そして更に嫌なのは対向車が譲ってくれたりした時に相手に「会釈」をしない人の運転。ちょっとしたことですけど、俺的には「あり得ない!」という感じ。病院の名前を車体に刻み込んで走っている車なのにそういうちょっとした事が出来ないのはかなり不味いんじゃないのという事です。

余裕が無いのかな。そういう意味では運転手としての第二の人生もそろそろ終わっていくような時期に来ているのかもしれません…。

運転というのは命の関わった仕事。高齢者ドライバーになる途上でいろいろと失っていく過程を確認する時期なのかも。

2026年8月21日金曜日

形成外科と美容外科

形成外科の苦闘を最初に見たのは大学の最終学年の時でした。

当時、雲仙の火砕流に巻き込まれた人達のレスキューに入局したばかりの形成の先輩が自分の時間を全て患者さん達の治療に充てていたところからは始まりました。みるみる疲労を蓄積させながらもそれこそ必死に患者さん達を診察して実力と自信をつけているのが会話の端々から溢れ出ていました。

それでも患者さん達は次々と敗血症性ショックで亡くなっていく状態。全身火傷も火砕流のような異常な状況での罹災で全身が酷い状態になると本当に救命は極端に困難になることが間接的にも理解出来ました。

そしてレスキュー後はまさに形成外科の標榜する「形成治心」の本領発揮です。火傷に対する何度もの皮膚移植を通じてどんどん綺麗に戻していくような加療が続きます。

その他にも形成の医師は腫瘍摘出後の乳房形成や先天性の形態異常の治療、けがなどの傷跡の治療、褥瘡に対する加療など様々な領域に日々一生懸命仕事されているんですが、これだけの大変な治療能力を持っていても今話題の美容整形の医師にはとてもとても稼ぎでは及びません。大学病院の形成の先生はバイト代入れても1,000万を超えていく程度が普通。アメリカとは全く比較にもなりません。

ところが直美だと数千万がデフォルトで、その後は…という世界。

何をどうだという気もありませんし、人にとっての「やりがい」というのは違うんでしょうが、自分としてはねやっぱりアレですよ。俺や家族がこれからも必要な先生はやっぱり形成外科の先生だけですね。

2026年8月20日木曜日

一週間に何回散歩できるか

何時も自分でセットアップした散歩コースを歩いています。

前にも少し書いたのですが、自分の家からイオンモール長久手までのアップダウンのあるまっすぐな道を歩きます。

アップは46.2mでダウンは41.1mです。トータルの距離は片道あたり約2.5kmでした。勿論、その反対に戻るときはアップダウンの数字は全く反対になりますが、基本的にそれほどきつくはありません。それでもこの暑い時期にこの往復5キロの道を歩き終えると汗びっしょり。

夜間、私の前後で同じ方向や反対方向に歩いていく人々。1人だったり2人だったり、夫婦の様だったり友達同士だったり見える人達。走る人、歩く人、自転車に乗って通り過ぎる人々が私の周りを次々に動いています。夜の闇の中では自分自身の存在を周りに示さないとはねられたりぶつけられたりしかねません。

そこで私の格好はというと基本的に上を明るい色である黄色や白系のTシャツを着て下半身も黒のスパッツを履きますが後ろ側は反射材が付いたものを履きます。更に首には白いタオルを巻いておきます。そして最終的にもう一つの安全装置としてのLEDライトを首にぶら下げた状態で歩き続けます。

正直格好はよくないのですが、撥ねられては折角の散歩の意義も台無しになってしまいますからね!

これを週に一回から二回行うのですが、片道は大体3,000歩で往復で6,000歩くらい。正直大した歩数ではありませんが、自分の健康維持に何とか資してくれないかなと心の片隅で祈っています。

取り敢えず、ポケモンGO用に作ったこのセットアップでこのルートを30キロ以上歩いていますが、まだまだ健康に何か役立っている感はありません。進行する加齢と衰える筋力に抗う小さな小さな抵抗ですが、一体いつまで続けられるのやら。

それでもやるしかありません。



2026年8月19日水曜日

患者さんも選ばれる側

在宅のバイトをしていると昔とは事情が変わってきたなと思います。

一つの病院で大量の患者さんを抱えていると、無理をしてまでトンデモ患者の面倒を我慢してまで見る必要は無いという事が標準的になってきました。

患者さんを家族ともども診る、お世話するというのが在宅診療の基本線ですけれど、病気ではない人でもトンデモない人間がいるのと同様に疾病を持っている人の中にも明らかに実におかしな人間達もたくさんいるのです。まあ、自然な事ですよね。

病院を維持するためにはある一定数以上の患者さんが居て、その人達に昼も夜も対応するためには膨大な数のスタッフが必要です。これは商売でも病院でも一緒だと思いますけど、所謂カスハラにあたるような行為をする患者さんというのが一定の割合で存在します。そういう人達は基本的にいくつかパターンがあるのですが、その中でも最も困るパターンは「自分で決めた薬を要求してくる人達」でしょうか。

データと症状とを診て、その患者さんや補助する家族さんが達成する事が出来る服薬コンプライアンスまで推理しながらどの薬を飲むべきか慎重に決定していきます。医療関係者ではない方が驚くかもしれませんが、患者さん、特に高齢の患者さん達の中には「驚くほど」服薬の手順を守れない人々が居るという事、そして服薬自体を忘れてしまう人、その他にも出した薬を「わざと」服まない人までいるという事は医師にとっては半ば常識です。

その上で服薬の組み立てを行うのですが、そういった考えにはまったく想いが至らず、自分から指示を出してその薬が出ないと判った瞬間に医師側を詰り病院を変えるという人がごくマレに居ります。

そういう時の我々の答えはシンプルで、「では医師と患者の信頼関係が醸成できませんのでこれで訪問診療は終診です」というもの。
時には追い打ちでそういった回答に激怒して「お前のところを訴えてやる」という人までいるのですが、我々はそれまでの経緯をきちんと電子カルテに記載していますので何にも負ける要素がありません。

無論、訴えて頂きたいくらいですけどそういう脅しを吐いた方々で未だかつて実際に訴えてきた患者さんは一人も居りません。^^

理不尽な怒りに身を震わせながらも、なぜそういう事を言われたのかがまた区理解できない可哀そうな方々は、同じような「トラブル」を他の医療機関でも繰り返しながら、次第に己の住む世界を狭くして最後は「そんな人達でも良い」医療機関に引き受けられていくのでした。

医師と患者の関係も所詮は人と人。常識以外の何物もその関係を作り上げる手立てというのは無いのでした。

2026年8月18日火曜日

こんなに美味い焼肉あるんだね~

偶然入った店が驚くほど美味い店だったときは何時も幸せです。

そんな店の一つが今池にある焼肉「びっくり」です。このお店はガイジンさんの女将さんと寡黙な大将(店内で女将さんからパパと呼ばれています^^)とが切り盛りしているのですが、実にこの女将さんが優しい良い表情をしているんですね。お店はやはり女性の優しい笑顔があると人気に華が添えられます。

しかも一番大事な事は肉が滅茶苦茶に美味しい事。今までいろいろな焼き肉店に行っていますけど、こんなに美味しい焼肉を出す店は正直初めて。食べても食べても美味しさの質が落ちないレベルの美味しさなのです。腹は確かに一杯になるんですけど、腹いっぱいになってもやっぱり美味しい。

最初の一口で「ああ、この店に来たのは正解だった!」と感じて、途中経過で「ああ、どの肉を食べても美味しいい~」と感じ、最終コーナーでも「腹一杯なのにやっぱりまだまだ美味いぞ!」と思えるレベルで美味いのです。やっぱりこれだけ美味いからこその古より続く店。

この店はそもそも南隣にあるあの「今池屋」とほぼ同時期に始められたお店なのですが、爾来80年以上の歴史を刻めたのは恐らくこのお店で出される「秘伝のたれ」がその理由ではないかと思うんですよね。肉も焼いた後でも溶けるほど柔いし、ナムルやキムチもめちゃ美味い。

この店の評価をネットでいろいろと見ると肉は美味しいけどご飯が…等と書いている御仁も居られるようですが、そういえば俺と嫁さんは行った時にご飯でなくてユッケ・ビビンバでそのご飯の代わりにしていたところが違いかな?これも美味しいですぞ!今池屋もびっくりもその味にマッチした人を引き付けて離さない何かがあると思っています。

食べて合わないと思う人がいてもそれはそれで良いと思います。しかし、如何なる話が出てこようと私は「決め」はココが良いなと強く思います。海産物なら福井や長崎のド田舎の店。

鉄板焼きなら今池屋、焼肉ならびっくり。ウナギなら炭焼きうな富士の別邸、鍋焼きうどんなら山本屋総本家の本家とか。その一つとして十分資格のある店です!

来週又出産祝いを兼ねた友人の個人的祝賀会をここでやろうかなと思っています。

2026年8月17日月曜日

アメリカの家の修理のために送金

この8月になって久しぶりに送金手続きをしようとしたときに手続きのためのプロセスが少々変化してしまったため、ログインに失敗して送金できずに困っていました。

そこで、一念発起して間違いのない様に近所の三菱UFJに直接昼休みに行って一時間前後で全てを済ませてきました。送金手続きの項目ない様には幾つか行員さん自身も「?」となってしまうようなちょいと不可解なセッティングもありましたが、実際に行員さんと一々確認しながらなんとか$7,000送金しました。

時間が遅かった事もあり、月曜日まで口座のお金が動くことはありませんでしたが、月曜にはまずUFJの口座からゴソッとお金が動き、その後アメリカの銀行口座に7,000ドルの金額が登場してメデタシメデタシでした。

基本的にいつもこのパターンなのですが、世の中に悪い奴が居てマネー・ロンダリングをするせいでこんなに送金が遅れる訳でして、真に俺ら普通の人々は不便を強いられる訳です。とは言え、犯罪抑止のためにこのような手続きは必須なのも解りますけどね。

さて、今回の送金済みのお金はどのように決済されるかというと、業者さんが先ず開始にあたって契約書を送付。サインが終わってオフィスが使用の確認を終わった時点で半額を引き出して工事開始。全てが綺麗に終了し、アメリカで我が家に住んでいる方が「確かに契約通りに終了した」と思えるような仕上がりであれば残りの半金も口座から引き出して終了となる訳です。

これが標準的なアメリカのコントラクト施行法。書類が電子的な手続きによるサインとなる事が増えているのがここ数年の流れですが、いまだに紙でのコントラクト・ペーパーを遅らせるところもありますので、本当に移行期でしょうね。

恐らく今回も電子的決済だと思うんですが、もしかしたらアメリカにいる我が家の住人の方が紙のサインの場合はサインしてくれるかもと思っています。

速く綺麗なドアポーチになって、住人の方が満足してくださると良いのですが!期待しましょう。^^

2026年8月16日日曜日

病院で弱い人間に優しくできないような輩は…

一か月ほど前に患者の輸液に大便を混ぜて殺そうとした疑いの強い女性看護師のニュースが何度も放送されていました。

51歳の女性看護師との事ですが、ビデオ映像などから推定するのみならず、スマホの検索歴に「便注入、死ぬか」という恐ろしい検索履歴があったとの事で限りなく黒に近いというか真っ黒けです。

職場でも切れやすい性格だったとのことですが、そもそも患者と言い合う時点でヤバい。対応に困る患者というのはいつでもどこでも居ますけど、精神科病棟や認知症の病棟では尖ったキャラクターになってしまっている患者というのは何時でも居るし、それ自体が疾病。そんな患者相手に本気になるようではそもそも仕事に向いていません。

話は少し脱線しますが、上とは違って「碌でも無い患者」というのもこれまたいつでも登場し得るんですね。やくざやチンピラ。しかし、こういった連中は今の時代実に御しやすい。警察呼ぶ、退院させる。ただそれだけです。

病院というのは他の患者に迷惑をかける事を極力抑えてもらわなければならない「治療の場所」であって、治療に支障を来すような行為を繰り返したり粗暴な言動を行い看護側に業務執行に支障を来すような恐れを抱かせるような人物は私はそもそも存在を許しませんので即時・即日の強制退院です。あとその人物の疾病がどうなるのかというのは残念ながら関与することはできません。名目上は「自己都合」による退院ですから。

さて、最初の便混入疑いの看護師ですが、入院中の患者といつも言い争いになるような輩は私の勤務する病院にもいました。以前、このブログでも書いた事があるのですがもういろんな意味でトンデモでして、いろいろな資格は持っていたんですが、紙の上の勉強が出来るだけで対人関係は最低、更には看護実務も全く成長を見せないままの二年間で病院を辞めたのですが、辞める前は看護師ユニオンに飛び込んで無い事無い事ありったけを吹き込んで病院に嚙みついてきたので、当時存命中の理事長が割増退職金を支払ってまでサクッと切り捨てました。

前の職場の悪口を何時も愚痴って「自分は虐められていた」と周りに言い放っていたので、この手の人物は要注意だなと思っていた通りの結末でした。恐らく次の病院(名古屋市内にあるどの病院に移ったか既に判明しているのですが)でもこの病院の悪口を言いつのっているのでしょう。orz

病院という職場で患者と言い争いになるような「輩」は他にも数人知っていますが、私は看護師長に強く言って「言い返したり刃向かえ無いような弱い高齢患者さん達が集まる病棟、特に認知症病棟や精神発達遅滞の患者さんの居られる病棟等には絶対に配置してはいけない」と決めています。夜勤や人手の少ない週末等の人手が少ない時間帯に患者の頬や体をつねったり、叩いたりする可能性を極力排除しないといけないからです。

強い男性患者相手であれば、そもそも何かを言ったりすること自体がリスクですからよっぽどの馬鹿でない限りそういった事は起こしえませんしね。それでも、今回のように注射にそういった事をする頭のおかしい看護師が過去にも(世界的にも何人も)沢山日本で疑われている例が報告されていますので、こういった看護現場で「ナニカがオカシイ」と思われる人物をそもそも雇わない事、雇っても立場の弱い人の集まる病棟には配置しない事が理想なんですが、そういったフィルターをすり抜けてくる輩にどう対処すべきか。

事件が起きてからでは遅すぎるのです。病院長の首が飛ぶくらいでは済まないのが現実。本当に何時まで経てもこの手の輩は医療現場から消えませんね。

残念です。

2026年8月15日土曜日

夫婦二人で昼食会へ

お盆のど真ん中に昼食会に行ってきました。

お呼ばれで行ったのですが、名古屋観光ホテルの頃からの会員のみの招待状発送だったとの事(それでも1,500通発送されたとマネジャーから伺いました)。勿論、私自身はそんな世界とは無縁の人間なのですが、私達をいつも招待してくださる方は我々の知らない名古屋の食事を知り尽くした人物で、我々夫婦はその方の紹介してくれたあちこちのお店を「その後」使うこと度々です。

いつもこうやって紹介をしていただいてそのほぼ全てが美味しいお店だとしても、もしスクラッチで名古屋の美味しい店を探すようなことがあったら一体いくらお金を落とせば良いのかということになります。

ネット上の評判と実際の味が自分の下に沿う沿わないと言うのは実にいつも発生することですし、雰囲気まで入れると実際に最後に落ち着く美味しい店を見出すのは容易ならざることです。しかも、安い店なら失敗は許されもしましょうが、大きなお金を使うことになるような店を「知る」為には前回書いたような食を極めるようなお金の使い方をする人でなければなかなかたどり着けないようなレベルの世界というのも当然ある訳です。

そこに既にそのそういった味見と雰囲気を調べ済み、かつそこのリピーターとして名前まで覚えて貰っているような人というのにはなかなかなれないものです。

しかし、我々が行くと何時もホテルのマネジャーが出てきてくれてシェフとは個別に挨拶をしてくれるのが常々で、正直我々のような高級な雰囲気に慣れていない「庶民」には恐縮という言葉しか出てこないことが度々です。orz

さて、今回はエスパシオ・ナゴヤキャッスルの昼食会。お一人1万円のコースだったのですが、出てくるbuffetの品数に圧倒されるとともにデザートにも打ちのめされました。小路名の数々それぞれが美味しかったのですが、たとえ少量でもあれだけ数が揃うと全種類を食べ終わる前に腹がパンパンに膨れ上がります。

ほぼ半泣きというか嬉し泣きで食べさせて頂きました。途中でプロジェクション・アートの演出もあり、素敵な時間を過ごさせて頂きました。これなら少し無理すれば嫁さんとの特別な時間として「何かの記念日には行けるな~」と考えた私でした。

B級グルメ専門の我々も歳を取って見えてきた別の世界の存在を少しは愉しみたいなと思う今日このごろです。

2026年8月14日金曜日

日本中から名古屋に集合

お盆とは言え時間があるときにネットでいつも話しているゲームの連中が名古屋に集まりました。

熊本からくる青年の出張に合わせて作り上げた日程だったのですが、千葉、滋賀、東京そして私の住む愛知県名古屋市からの参加で合計五人。

何時もなら今池屋やその他の私がよく知る間違いなくうまい店、雰囲気のある店に集まってもらう訳なんですが、今回は事前に調べたところ確実にその日は閉まっていることが判っていた為にそういった店は選べません。だからと言ってどこか気の利いた店を知っている訳では無かったので、知り合いの若いMRさんにLINEで伺って紹介してもらいました。取り敢えず電話していたところ、2週間前だったこともあり予約問題なし。

場所は名駅から歩いて5分ほどの場所。取り敢えず7時集合だったのですが、たまたま私が一番目に到着。なかなかベストなボックス席を誂えてもらっていました。

千葉からくる方は千葉で数日前から始まっていた雨による大災害の影響で30分ほど電車が遅延したこともあり、新幹線への接続に遅れが出たとの事で7:40頃に到着されたのですが、それ以外は何の遅れもなく初めて見る顔、既に何度も見た顔など職業もポジションも多士済々の面々が集まってきました。

何時もの事なんですが、なぜかゲームのスキルアップの話などは全くなくて、ゲーム内の人間関係などで最初の一時間程度は話が過ぎていきます。ところがそれを過ぎた頃からはもうゲームの事など何時も関係なしで話は次から次へとパーソナルな話題へ。

いつも驚かされるのですが、彼らは東証一部上場企業の人間の比率がめちゃ多いんです。そうでなくても自分の持つ会社の本部取締役とかその手の行為の役職の人間の比率が高いんですよね。何でかはわかりません。しかし、隙間時間を使うのが上手いんでしょうか、ゲームの中ではポイントポイントでは重要な役割を果たす事が出来る人達です。

とは言え、みんなゲームを始めて既に1年半も経過。次第にゲームに対して「飽き」始めています。実際に最初の頃のコア・メンバーは相当やめてしまっているんですが、やめた後も実はネットで普通に繋がって近況報告をするだけでなく実際に会うメンバーは沢山います。何だか職場の人間より有機的で気の置けない関係で不思議な感じなんですが、何でこうなるかと言う事を考えてみるとやっぱり「世代が近い」というのが大きいんでしょうかね。

説明の要らない人間関係というのは良いもんです。

夜の12を随分回ったころまで二次会の焼き鳥店で話が続きましたが、最後はまたの再会を約して別れました。家まで帰った時のタクシー料金は8,000円近く!これなら駅近のビジネスホテルに泊まったほうが良かったわいと思った私でした。

2026年8月13日木曜日

手を払いのける人達

 やっぱりなかなか大変です。

こちらの方で救いの手を差し出そうとしてもそれを嫌がる人達が一定数いることは前にも書きましたが、この数ヶ月もそういった人達がコンスタントに出てきて病棟の看護師さん達を困らせ続けたのが印象的でした。

役所経由で依頼が入ってきた人や別の病院で大病を患ったのを加療され最終的に転院の形で加療継続する必要がある人達であっても、生活保護のお金を自由に使いたいという理由、外の生活で酒やタバコを自由に味わいたいという理由で病院での治療を拒む人など実にアウトローな(ここには書けないようなものも含めて)理由で出ていく人達は定期的に出てきます。

いくら公的機関が必死に傘を差し出してもその傘の庇護の下に入ることを拒むその手の人達は結局あちこちの経路を辿りながら時間をかけてゆっくりと負のスパイラルに陥ってドツボの底に落ち込んだ状態でもとの病院に戻ってくることが本当に頻繁。

何年も前に啖呵を切って出ていった患者さんが久しぶりに戻ってきたと思ったら、もう脚どころか手も動かないような寝たきり状態になっていたり、肝硬変で腹水パンパンかつ肝性脳症でせん妄状態だったり、COPDで酸素タンクなしでは寝ることも出来なかったりという変わり果てた姿で戻ってくるのです。

正直なことをいうと「人間的だな⋯」と思うんです。

しかし、最終的には大量の税金と医療費を使って人生にお別れを告げるような事になるようだったらなんでこの前は啖呵を切って出ていった?という話。威勢よく拳を振り上げたは良いけれど、その上げた拳を下ろす場所は結局無かったんだねということに。

それでも、それでもやはりそういう「人の言う事を聞かない生き方」はアリとしてあげないといけないかなと思っています。^^


2026年8月12日水曜日

長女がまた新たに仕事を開始

一体何を求めているのか解らないんですが、じっと眺めています。

長女は既に仕事を3つもやっておりまして、一つはリモートの貿易関連の仕事。もう一つは週末に写真スタジオから依頼される名古屋の観光客や結婚式のビデオや写真撮影。更には栄の店にあるバーのバーテンまでしているのです。

ところが、今度はアメリカから出店してくる名古屋初のステーキ・ハウスのバーテンとしてステップアップしようとしているとの情報が嫁さん経由で入ってまいりました!

なんでなんだろうと間接的に聞いたところ、興味深い・面白そうという事で勉強を重ねながらいろいろとステップアップしたいみたいです。オタクと言いますか、好奇心の赴くままに何でもかんでもやってみたいと思うのはどこかのオヤジとそっくりだと自分自身で思ってしまいます。、まあ、私としては自分で飯代を稼ぐ能力さえあればあとは特に言う事は何もありません。^^

さて、娘から嫁さんに話される情報によると仕事が始まる前に覚える事は大量にあって、それを実習で学びながら9月の開店に備えているようです。彼女自身のタイム・マネジメント能力は親の私が言うのもなんですが、抜群なのでそこの点での心配はしていません。

彼女の場合、何かを吸収していくと次のステップアップを目指す「アメリカ人」のマインドを持った人間なので、もしかしたらワインやカクテル、ウイスキーなどの勉強が進んでいったらさらに上のレベルの何かを目指すのかもしれません。

それとも、ここで得た知識をリモートの貿易の仕事関連に繋げていくのかも?という気がしています。というのも、その貿易の仕事はまさに種々の食品関連の仕事なので、そういった知識は特になる事は無くても損になる事はきっと無いと思います。

なんだかもうよく解りませんけど、体を壊さず頑張ってもらえればそれでヨシとしましょう。

2026年8月11日火曜日

共感力

この人どんな人なんだろうと思っているような人がいつも身近にいます。

要するに物理的に近くにいる人物であっても、日常的な交わりの無い人なんて言うのが逆に殆どなわけで、寧ろ何の興味もわかずに何年も仕事だけはしている…と言う人が同じ空気を吸う仕事場には居る訳です。

それらの人々に関する情報はどうしてもポジティブな話、ネガティブな話が交錯して聞こえてくる訳ですけど、正直そういった話なんてほとんどは他愛もない笑い話やどう考えてもそれガセでしょうというような与太話と思われる類の話で埋め尽くされるわけで、やっぱりどんなに話の弾数が多く入ってこようと眉一つ動かす必要のない様な、まずは記憶に残らないような話が殆どなわけです。

それでも、ごく稀に強い具体性をもって日時やイベントの発生場所付きで「ある人物」のイメージを突き崩すような強烈な話が、親しくしている人物のみならず複数の筋から入ってくるとどうしても「えー、ホントそれ…」となる事もあるのです。

今回の話は実にそれに類する話(詳細は変えてありますが筋は概ねそのような事が起きたとご理解ください)で、実はある方の御兄弟がXX未遂というのを起こしてしまって、その兄にあたる人物が別の県の警察に呼ばれて車を飛ばして駆け付けたらしいのですが、そこでその人物がほぼ死にかけた弟に放った言葉は「やくざでも斯くや?」というレベルの発言だったとか。

しかもその発言がその地から帰ってきた本人から私の親しい知人数名に語られたとのことで信ぴょう性も高く、まさに人の口に戸は立てられない状態という感じで病院内に拡まってしまっていたのでした。

何時もはニコニコして愛想を振りまいている人が、そんなどぎつい言葉を使って弟を責めるのかという感じですが、私自身は実はこの人物の日頃の笑顔の裏に潜む強い違和感というのを日頃から感じていたので付き合いは浅く浅くしていた次第。こういう「違和感」というのは言葉にはできないんですけど、とても大事だと思ってます。

年単位で時間が経過したときにメッキが剥がれ落ちて自分の感じていた違和感が実はその地金の異様さを感じとっていた、なんて事を何度も経験したことがあったので人の六感なんてのは結構どころか非常に大切なのかもと改めて考えたのでした。

今回の話では実はその人に関する違和感は「共感力の欠如」というもので、この共感力というのは「育たない」ものの一つではないかと最近、密かに考えているんですね。勉強したり経験したりして理解できる事柄もあるからこそ、人は歳を経ていく過程で若い頃にはわからなかったことを文字通りいろいろと「体感・体験」し内面を磨く糧とするわけですが、この「共感力」というのは種を蒔いてもコンクリートの上に種を蒔く感じで、滅多な事では根付かず、花も咲かないと思っています。

これの成熟している人は小さなころから教えなくても持っているものだと思いますし、多感な時期を経ていろいろと考える中でその花を大きく咲かせるのでしょうが、大人になって改めて共感力を育てようにも上に書いたように「育つ」ようなものでは無いんではないかと最近とみに疑っています。

豊かな感情を育てるのって育つ側にもやはり大きな素質・素因があって、それに経験という肥料と水が加えられることで初めて大輪の花を咲かせるという過程を踏むものだろうと。

人の痛みの解る人でありたいなと思うのでした。



2026年8月10日月曜日

馬籠宿へ行ってきました

以前から中津川を通るたびに気になっていたところへ行った来ました。

馬籠宿」という所なんですが、ここは中山道の六十九次の中山道43番目の宿です。ここは島崎藤村の生家があるところとしても有名ですが、私の頭の中では江戸時代のあの中山道の面影を残す場所として、一度は行って帳面を消しておかなければと嫁さんと息子を連れて行ってきました。

午前中は本を仕入れに行っていたので午後二時からの遅い出発でしたが、一時間のドライブで着く場所ですのでアクセスは容易。中津川の川上屋を脇に診ながら走ること暫く。馬籠宿の駐車場がすぐに目に入ってきました。
500円の駐車料金を払うと緩やかに上ってずっと続く石畳が見えます。小腹が減っていたので蕎麦でも食べたいと右の店、左の店と近寄ってみるのですが3時にも拘らずほぼ全ての店が何故だか開いていません。準備中という表示なんですが、五平餅さえも手に入らずという状況。結局あれこれ見ながらも旧本陣である島崎藤村の記念館を訪れました。
入館料は500円。息子は半額ですので1,250円で入ったのは良かったのですが「正直な事を言うと」展示の工夫も展示品自体もイマイチ。もう少し藤村の事をビデオだけではなくて展示物で充実させてもらえれば良いのになと思うのは贅沢な望みですかね。少しだけ汗を掻きながら街道の高札所を通り過ぎ、街道筋のてっぺんまで行くと素晴らしい眺望が広がっていました。
ここから本当なら恵那山が綺麗に見えるはずなんですが、今日は残念ながらてっぺんのほうまでは見えませんでした。坂の途中の地元の酒店でどぶろく由来の生の杣酒を買い込んで帰路につきました。

帰りの道すがらSAで三人とも蕎麦料理を胃袋に入れて大満足。嫁さんも夕食の手間が省けて二重に満足の様でした。(<これ大事!)

馬籠宿の昔の写真をいろいろと見ましたが本当に何の変哲もない宿の集まりに見えましたね。そういう意味ではきちんともう一度古い屋並みを綺麗に整備して観光地として作り上げているのは十分に立派だと思いました。

また、このあたりのキャンプ場に来ることがあったら寄ってみようかなと思いましたが、それよりもなによりも島崎藤村の事が頭を離れませんでした。家庭の中に後ろ暗い背景のある藤村とその藤村から生み出された作品群。実際にきちんと読んでいる訳ではありません。読んでみる事を思いついただけでも行った甲斐があったというものです。

2026年8月9日日曜日

廃業するとな…TT

地域の貴重な文化遺産がこの8月に一つ消えていきます。

実は3か月ほど前?から近所にある古書店「千代の介書店」が閉まっていたのです。何時も一番奥のスペースに腰かけて「あるじ」として座っていた爺さんが齢90を超えておられることは承知していました。そして息子さんが居られる事も。

数年前から余計な心配をしていたのは「この店主さんがお亡くなりになられたら、この大英博物館のようなお店は一体どうなるのか、息子さんか誰かが引き継いでくださるのか」という事でした。まさに余計ですが。

ところが、今回のように実際叔父さんが病気か何か体調不良でも起こしたのか
というような心配な状況になても問い合わせる事さえできません。そもそも連絡番号の記載はあるにはあるにしてもなるのは店内の固定電話だけ。誰も出るわけありません。

しかし、この沈黙を打ち破る大ニュースを嫁さんが私に運び込んできました。日付は8月5日。
そうです。8/9から閉店セールを行うとの告知を嫁さんが拾ってきたのでした。でかした嫁さん。ていうか閉店ですか…涙。

しかし、この日のために私はお金を銀行から下ろし備え万端で9:40頃に家を出たのですが、なんと本好き野郎どもはしっかり全員フライング。着いた時にはもう狭い店の中は30人程度の人間で立錐の余地もない状況。全く本の虫共ときたら!w
行き交う人が居なくなった奇跡の一瞬に写真を一枚
皆汗だらだらになりながら山のように本を抱えて店の奥に勘定をしに行っていました。結局選ぶ本の全てを一度には抱えきれないまま何度も何度も勘定場へ。最終的に第一回のアタックでは9,600円を使い汗だくになりながら家へ帰ったのです。(時間があればあと三回アタックできます!)

帰り際に座っている私と同じくらいの男性を息子さんとお見受けし、お父様のお話をしたところ「今具合が悪くて病院に行ったりしております」とのことでした。目の前に置いてあったノートにお父さん宛の惜別の辞を認めさせて頂きました。

地域の文化財であるこのような文学書やノンフィクションが目利きによって整えられた古書店が消えていくのは一大損失。私が大金持ちであれば…とついつい思ってしまったのでした。

息子さんにもう少しだけ立ち入ったお話を伺ったところ、この店を続けるにも御自身は仕事をしていて無理であるという事。そしてこの店自身が既に耐震に大きな問題を抱える古い建物ということで続けられない。更に専門書の類は既に専門の古書店に引き取ってもらったとの事。

消えゆく日本の文化財を守ってくれる店が消えていく事に何もできないのは本当にもどかしいですね。最後に今回初めて知ったことがもう一つ。この店の千代の介というのはオジサンが最初に飼っていたブルドッグの名前だったという事でした。

2026年8月8日土曜日

プラス松竹でサブスク

アマゾンを視ていていつも思っていたのは「男はつらいよ」が視れない事。

数年前には寅さん の全シリーズが暫くの間スタンダードとしてアマプラだけで視る事が出来たんですけど、それもしばらくすると第一話のみフリーという状況になってしまっていました。

結局、何度も「第32話が視たい」とか「第8話が視たい」という感じであの回のあのシーン、あの回のあのシーンが視たいなという事が重なりすぎて遂に昨日トライアルの一週間視聴を始めました。

毎月のサブスク代は330円なので、まあ痛くも痒くもないし何よりも自分の大好きな「男はつらいよ」が自由自在に視れるというのは私の心にとって何よりもおやつですから、この毎月の支払いは所謂「有意義」なものだと思っています。^^

早速、昨日は2話ほど視直したのですがやっぱりこののほほんとした雰囲気は何物にも代え難い私のリラックスの大元になるものですね。吉本新喜劇のような「パターン」が透けて見えているし、次が一体どうなるのか全く見えない手に汗握る系のものも良いのですが、先の展開がある程度読めるものの私自身には悪くない心の薬です。

この作品、実は寅さん役の田所康雄さんがちょい役でいつも呼んでいた関敬六(本名:関谷敬六)さんと共に生前「位牌」を作った場所がロケ地にもなっているんですね。岡山の高梁。このシーンを視てまたいろいろと思い返すことがありました。実際この位牌は亡くなった際、実際に田所さんの位牌として使われていますし、相方の関敬六さんもこの位牌を実際に自分用の位牌として使っているのでした。

プラス松竹ではその他無数の松竹の映画やテレビドラマを視る事が出来ますから、それはそれは大量の作品を楽しむことも出来るのかな?等と考えてしまいます。

解約しようと思う日が来たら解約しますか…。来るのかな?

2026年8月7日金曜日

長男も30歳!^^

遂に我が家の長男も30歳になりました!

本当に毎年毎年嫁さんと話すんですが、あの生まれた日の事は永遠に忘れませんね。エンドウ豆みたいな形をした可愛い息子が登場した時にはやっぱり長女とはまた違った感激が体を包み、指先に甘い感覚が流れてきました。平成8年の8月8日に生まれればキリが良いね!等と嫁さんと昔話していたんですが、それより一日早まりました。^^

そのままずっと抱き続けて息子の顔を見続けていたら「お父さんもうメロメロねっ」と看護師さんに笑われました。

そんな息子もアメリカで教育を受け育ち、日本に帰って来て毎日作業所に仕事に行く日々ですが、そんな息子もあれやこれやありながらも無事に30歳を迎えてくれて今日の誕生日を迎える事が出来、息子を育ててくれた周囲の無数の人々に心の底から感謝です。

ここには書ききれないほどいろいろと良い事、悪い事、細かい事がありましたが30年間も生きて元気に日々を過ごしてくれている事が本当に親としては幸せです。

今日は私が仕事を終えた後、嫁さんが前もって頼んでいた息子用の誕生日のケーキをCozy Cornerに取りに行きました。3200円。家では息子と嫁さんと次女がいました。長女は長崎から1時間遅れの飛行機で帰ってきましたが、揃った後に近くの韓国料理屋に肉を食べに行きました。(次女はペスカタリアンなので肉は食べに行かないんです)

腹一杯になるまで食べたのですが、その中心はもちろん息子。自分はどうでもいいので息子が食べて最後に彼がフォークを動かさなくなったのを確認してから「お開き」としました。その後は近くのツルハ薬局でオハヨーのアイスとモナカアイスを息子のために購入して家へ。最後はケーキを四等分してバースデー・ソングを歌ってケーキを食べて誕生日を締めました。

彼へのプレゼントはパズル三つとポムポムプリンのフォークとスプーンという可愛らしいものでしたが、可愛いもの好きの息子にはちょうど合ってたかな?^^

30歳の誕生日。私は死ぬまで忘れる事は無いでしょう。元気で生きててくれてありがとう!

2026年8月6日木曜日

皮の堅い食べ物の食べごろ

先日お亡くなりになった患者さんの奥様が病院に来られました。

先生と面会をしたいとの事でしたので、書類書きの手を止めて病棟へ向かいました。すると、患者さんの奥様が別の男性と来棟されていました。

実はこの男性もお亡くなりになる前の患者さんに何度かお会いになっていた方でした。自分で自己紹介されたそのお話では近所に住んでいる八百屋さんで、若い頃から兄弟のように近所付き合いをし、一緒に家族ぐるみで過ごしていただたとの事。

その方が奥様と持ってきてくださったのは大量のポカリ・スエットとメロンの詰まった段ボール箱。そしてメロンのほうは「先生、家に持って帰って食べてくれ」との事でしたのでお言葉に甘えて頂きました。その時に八百屋さんが私に何度も念を押されたのは「まだ3-4日は待たんと駄目よ!」ということでした。

そこで、私は素直に「承知しました」という事で受け取ったのですが、問題はここから。こういった硬い皮を持つ種々の果物の「食べ時」というのをどうやって判別するかというのが大きな謎なのです。

一般にお尻のところから少し押してみて少し柔らかくなってきたら、それが食べごろの合図と言う事なんですが、その柔らかさ具合の「程度」というものが判りません。とは言え、中には5つも入っていてびっくり。知り合いの方々に3つ配って残りの2つで判定をチャレンジしてみました。

先ずは一つ目を八百屋さんのお言葉に従い4日後に切ってみましたが、この時はまだやや硬い感じでおしりもまだ硬めでした。ところが、切って2日もするといい感じで食べられるので、まあ早く切ってしまっても大きな問題は無いかな…という感じ。

もう一つのメロンはまだ少しだけ切るのを待っているところです。

柿は甘柿であれば容易に判別は出来ますし、スイカもまあ大きな問題はないのですがなんだかメロンは難しいですね。ネットをもうちょっと調べて勉強しておきます。

2026年8月5日水曜日

田舎の親父の腰痛

実は2種間ほど前から親父が腰椎のヘルニアで苦しんでいました。

暫くはどうにも痛くて外出することもままならんといった感じだったようで、私にLINEでその痛みのせいでいつも行く妹夫婦達との温泉外出も控えていて病院ばっかり行っているし、下腿の浮腫みを抑えるために整形の先生から渡された弾性ストッキングをはめ続けていると逆に膝の関節が痛くてかなわん…と弱音を吐いて自虐的になっていました。

自虐的なのはそもそも日々の忙しさのオリジンが病院巡りから来ているという事実を自ら「情けなし」と言っているわけでありまして「歳は取りたくないもんやわ」とため息交じりのラインでの通話でした。

わたしに対して実際に整形で撮影したMRIの画像を送って来ておりまして、確かに腰椎の辷り症と神経根の圧迫が起きていました。これじゃあ痛いはずなんですが、親父から「どうしたらいいんだ?」という助言を求める一文が書き込まれていましたので、私は自分なりにできる最大限のアドバイスをしました。

それは先ずなによりも安静、安静そして安静。この最初期に無理をせず安静を維持することで脱出した神経根がその中心部に向かってゆっくりと戻っていく事を待ってみる事、この時には鎮痛剤を胃薬と一緒に飲んでも良いけど親父は腎臓が年齢なりに悪いんで、薬の量は要調整。湿布も同じ理由でベタベタ張ったりしたら駄目と申し渡しました。そしてその時期が過ぎたら整形の先生のところにいるリハビリの先生にお願いして腰痛体操というのを教えてもらうと良いよ~と言って様子を見てねと言っておきました。

実際のところ親父のような人は人に言われたことを墨守する人ですので、私の言う事も素直に受け入れてくれて、その後に電話をしてみたところ元気な声で「おー、痛みが大分退いたよ~、大人しゅうしとって良かったわ!」との発言が出てきました。まあ、これなら大丈夫そうです。

この8月には米寿を迎える爺さんですから、大人しくしとくべき時は大人しくしとけば宜しいというお話でした。

2026年8月4日火曜日

趣味の極北

「上には上がいる」というのはどの世界でも真実であることはこの歳に至らずとも十二分に了解済み。

数学、物理、文学、博打、絵画、デザイン、種々のスポーツ等どの世界でも凄いなと思っている人々の上には更に上が居て、その凄いと思っていた人達が語る「凄い人」というのがほとんど作り話であるかのようなファンタジーとして語られます。^^

私の近くにいる人で「変わった人・変な人」というのは沢山いますが、凄い人というのは確かにいるけど数は少ないという感じ。しかし、私の知るその人達も所詮はその「能力別階層」の恐らくは下の人達であろうことは容易に推測できます。
だって、本当に突き抜けた人はどうしようもなく世の中で光り輝いてしまって、その光が今の世の中において検知されないという事は逆になかなか困難な事でしょうからね。

そういった話の中でも今日聞いた話は結構「普通の人」ではないレベルのある分野の人物。

その人あるエリアの専門医なんですけど、スペシャリティはワイン。実はある病院の医局で美味しいお酒の話に関して話をされるときに、その方が名古屋のみならず多くの有名店のいろいろな料理の事を滔々とお話されるんですね。私自身は何時もその料理の話をされる先生のお話に自分の知らない世界の匂いを嗅がせてもらえる喜びで感心しながら聞き入っていたんです。

ところが、今回ワイン・エキスパートの検定を受けた話をポロっとされて、その一次審査を先ずは通りました、そして次は…と話が拡がっていったんですけど、その中で驚きの事実が!それは彼が一か月に使うワイン代は平均して20-30万円で、いつでもお酒と料理のマッチングを考えながら淡々とワインの味を楽しみながら勉強しているという事。そしてワインの記録アプリでこの3年ほどで記録した飲んだワインの本数は何と1097本!というものでした。

びっくりするというよりも腰を抜かしたというのが本音で、目の前でいつも何かを穏やかに語るこの先生が実はγ-GTを3桁に保ちながらこうやって日々ワインのテイスティングに淡々と勤しんでいる事を知ったからでした。

何事も自分の定規で人の行為や考え方を測ると痛い目に遭いますが、今回知ったこの先生のお話も良く考えたら金と時間と肝臓をワインに注ぎ込んでいるというそん「突き抜け具合」で常人とはまた区別の次元にいるという事を知らされ、改めてもっと謙虚になろうと思った次第でした。

2026年8月3日月曜日

災害支援船

恥ずかしながら寡聞にして知りませんでした。

日本にはちゃんと災害支援船というのがあるとのことで、それは「はくおうII」という名前で、今回ようやく熊本に派遣されたとの事。民間のフェリーを改装してこういう時のために運用するシステムを作ってあって、700名程度の種々の日常を支える事が出来るとの事。

基本的には入浴支援(大規模な浴室設備)休憩スペース(冷房完備の客室)宿泊支援(個室・大部屋)食事支援(食堂設備)医療拠点としての利用、等々のフェリー由来の機能がそのまま流用できるようで、被災地の支援には最高の休憩所を提供できるのではないかと思います。

これはこれで素晴らしいと思うのですが、今後発生するであろう大規模災害に備えてアメリカ軍のように病院船というものを日本も持っていても良いのではないか思うんですよね。アメリカ軍のものは本格的な病院船であって戦闘支援の要素がでかいのでしょうが、熊本で起きた事は日本のどこででも起き得ることであることは東北大震災でも証明されている訳でして、病院船と災害支援船数隻のコンビは、日本という災害大国においては間違いなく税金を使うだけの価値のある素晴らしいシステムだと強く思うんですが、ヘリで熊本入りした高市のおばちゃんは引退前になんとかそういう構想を発表せんかね?

国旗損壊云々とか言っとる場合ちゃうやろ?てお話。

災害では手術室、処置室、ベッドを含め医療スタッフを引き連れて被災地にヘリをパッドからズンズン往復させるというシステムを、自衛隊の多用途支援艦や輸送艦だけでなくどこが主体でも良いので、追加で運営させておくのは絶対に意味のある税金の使い方でしょうよ?

今回の令和8年の熊本の地震では発生から一週間が経って未だに8,000人もの人達が家から追い出された状態でいるとの事、水や食料、トイレのみならず清潔や暑さのコントロールの支援の最大化を行っていかないと災害による直接死よりも災害関連死のほうが増えることは確実。本当に急がねばなりません。

非難生活でのストレス、衛生環境悪化、それらに絡んでの持病の悪化、そして熱中症などの二次的要因での死亡は支援の規模と速度を上げることで少しでも減らせることは明確な事実。

国を挙げての大規模支援を更に行う必要があると思います。

2026年8月2日日曜日

とんでもない家族

ここ最近「少しだけ」新型コロナが揺り戻しを見せています。

最近は熱発があっても昔のように全医療機関が以前のように全量で新型コロナのスクリーニングをしなくなったのは間違いなくて、怪しい場合にのみチェックを入れるというインフルエンザスクリーニングのような形態に変わってきています。まあ、そうなる事は以前から想定されていましたし、保険審査の誘導もかなり恣意的にそういう方向性へと誘導しているのも間違いない事ですので、自然とそうなってきます。

それでも明らかに新型コロナの感染の波はここ数か月確実に収束方向で動いていて、かつそのピークの高さも次のピークの最高到達点に達するまでの間隔も確実に低下してきていました。

見た感じは下のNHKの出しているデータで見ると判るんですけど、丁度三角関数の減衰曲線のようなものですね。

そして病棟で事件が発生しました。それは数名の患者さんの熱発から急に始まったのですが、一般に誤嚥のリスクの高くない患者さんが同室もしくは隣室などで同時発生的に高熱を出した時はこの手の空気感染、飛沫感染を起こす系統のウイルス感染のリスクが高い状況。

そして、その通りのインシデントが発生してしまいました。

その病棟担当の医師が調べたところ一部屋の患者さんは熱発していない人も含めて全員陽性で隣の部屋も一名陽性という状況。一気に病棟全体が警戒態勢に入りました。食事も各部屋への配給に変更され食堂の使用は禁止、そして皆が昔のように再び手袋装着しての入室となりました。幸いにしてこの時点での医療従事者の感染はゼロ。

実はこの感染の前にはある伏線がありました。それはいつもその病棟にやってくるある家族さん達が居るんですが、この方達いろいろな意味で「問題」を起こす人達でして、正直病院としては居て欲しくない人達なんです(詳細を書くとバレるので書きません)が、この中の一人の子連れ女性の「パートナー」という人物が、熱発しているにもかかわらずそれを黙ったまま入室し感染を拡大させていたのでした。

ポスト・コロナも時間が経って全員を毎回熱測定しなくなったその隙間を突く感じでこういう「いい加減」な人が病棟に感染症を持ち込むというパターンになってしまいました。

こういう事があると、やっぱり性悪説を取って安全のためのスクリーニングをせんといかんのでしょうかね…。

2026年8月1日土曜日

痛みや辛さという「感覚」

我々は健康で長生きでありたいと望む人がほとんどだと思います。

しかし、実際にはそう簡単にはいかない。遺伝的背景、生活習慣、事故、その他の要因で驚くほど容易に健康という本来「こうあって欲しい」という線路からズレていく訳ですが、それも人生。受け入れたいか否かは別として現実として眼の前から迫ってくる。

私の場合はそれが僧帽弁腱索断裂という形で突然登場。しかし、これとて一生のうちに1000人に1人か2人はかかるというレアに聞こえるものの、医学的なetiologyとしては比較的コモンなもの。今の時代開心術という方法があるからよかったのですが、100年前であれば恐らく次第に心不全が進行して今頃は確実にあの世に行っているであろう疾患です。

私自身はこうやって今でも生きていますが、しょせん今の心臓は傷物。w

病気になったからこそ若い時から経験できた「大病を患う」という現実の意味を文字通り強制体験させられた訳ですが、今になってみると人の病気を診る人間としてあり得ないほど貴重な経験だったと思います。若くて健康で筋肉隆々であるときに心や体を病む人の気持ちが解ることは先ずないでしょう。

丁度、生まれつき大富豪の息子として生まれた人間が「貧乏人」が明日の飯の心配をしなければならない現実が世の中には普遍的に存在しているという事実、世界に目を向ければ一日16時間の労働をして100円も貰えないような過酷な児童労働をさせられている子供達が有り得ないほど普通に発展途上国にいるという事が現実として理解できないというのと同じだと思います。

そういう「体験していない事」を理解する想像力というのは人によって大きく異なると思いますが、それでもやはり実際に体験した人間にしかわからないものはあるのです。

そして私が考えるそのなかなか理解できないものには痛み、辛さ、恐怖といったものがあると思うんですね。これらはその本人にしか解らないものの筆頭だと思います。これに関しては寄り添う事がまず大事で、「その人にとっての感じ方」に先ずは理解を示すことが大切だと本当に心の底から思います。

外見から「たったこれだけで?」そんなに「痛い・辛い」と言うの?と言うのは簡単なんですが、それは想像力の欠如。この感覚の個人差は本当に大きくて人によっては「嘘でしょ」と言う言葉を吐く人も居るんですが(たとえ病棟でも!)、これは絶対に吐いてはいけない言葉。

人の痛みをわかるというのは本当に難しいものです。何時でも自分自身を戒めながら「その人の感じ方」を可能な限り感じるようにしていますが、これが本当に難しいです。実際は神経学的な知識のみならずその疾病の経験が豊富ならばその人の事をわかってあげられるのでしょうが、万病を図べ手経験している筈もなく…。

今日も明日もわからない事をわかろうと挑戦する愚鈍な俺の日々です。

2026年7月31日金曜日

息子と二人で生活する理由

実は明日から息子と二人で生活します。

理由はシンプルで、嫁さんが福岡に飛んで行って長崎の実の弟と妹、そして義母と落ち合って「松田聖子」のコンサートに行くのでした。しかも、かなり凄い席(前から二列目!のほぼ真ん中)がたまたま取れたようで、本人たち大喜びの様です。

なんだか二週間くらい前からセット・リストとかいうコンサートで演奏されると思われるリスト一覧を順番に並べた自作の表を一日中聞いて鼻唄だったり声出したりして歌っています。本当にウキウキとしているのが遠くから眺めていても判るほどで、何がそんなに嬉しいのでしょうか…。

移動直前の今夜は沙也加ちゃんのコンサートのビデオも観て気持ちを盛り上げているようでした。「神田沙也加ってこんなに上手かったっけ?」と嫁さんに尋ねたところ「この子はどんどん後になればなるほど上手になって、特にミュージカルとかに出始めてからはグングン伸びたヨ!」との事でした。ここまで伸びていたのに、クソ男に追い詰められて自ら命を絶ったとか本当にこういう年頃の子を持つ親としては気が狂う程の怒りと喪失感を感じた事でしょう。

さて、目の前でカレンダーの裏側に何かの曲名を派手な色のマジックで大書し始めました。「なんじゃそれ?応援メッセージかなんか?」と尋ねたところ「これは、コンサートの途中でリクエスト・コーナーというのがあって、そこで歌って欲しい曲を出す準備」との事。謎のアクションなんですが、聖子ちゃんのコンサートではこれがマストなんだそうです…。謎のシキタリ多いんですね。w

そして最後に聞いたのは聖子ちゃんのコンサートでは必ず聖子ちゃんカットとか聖子ちゃんの往年の服を着て「めかしこんだ」オバさん達が登場するのだそうですが、この人達はほぼ毎回みんなの写真のターゲットになるのだとか!

なんかみんな同窓会のようにして愉しむんですね~。

実に良い事だと思います。十分に愉しんできて日頃の疲れを部飛ばしてきてまた帰ってきてくれれば私としても何よりです。^^

2026年7月30日木曜日

ゴキブリ登場

年に一回程度ですが、病棟でゴキブリを見ます。

二階の病棟くらいであれば窓を開けた事で野生のゴキちゃんは何時でも飛び込んでくることがあり得ます。そして実際に年に一回くらいは床を歩くゴキちゃんが見つかってしまうのです。

その上で考察まで入れると結局沢山の患者さん達が毎日3回食堂でご飯を食べますから、餌になる可能性のある破片や汁はどうしてもどこかにある訳です。いくら掃除しても破片でさえも餌という意味ではゴキちゃんには大盛り定食そのものでしょう。

今回の登場では看護師さん達が数人逃げ惑う逃げ惑う。w

わたしにとってゴキブリなんて言うのは平たくて素早く歩き回るだけのオブジェそのものですから何てことは無くて、近づいてきたらソレを触れない皆さんのためにティッシュでさっと掬ってゴミ箱へポイするだけです。

いつも思うのはこういうものに対する恐怖心の発生というのはオリジンは何だろう、プライミングは何なんだろうといつも考え込んでしまいます。自分自身の場合で言えばこういう身体が竦むようなオブジェクトは女郎蜘蛛とカニ。

どうも手足が8本あるものがダメっぽいです。あとは多くの人がダメなのは蛇でしょうね。これは確かに私もダメなもののひとつ。多くの人にとって手足の数が親しみを持てないものに関してはキット遺伝子のレベルで「危ないもの」という検知能力が備わっているんだと思います。

しかし、知り合いの兄さんは家に蛇買ってるんですがこれは安全な蛇。息子さん達は当たり前のようにどでかいこの蛇を体に巻き付けてにこにこしています。慣れとは恐ろしいもんですね。人が恐怖を感じるのは偏桃体だといいますが、そこに反応するためのステップがどういう組み立てでそうなるのか謎の答えを知りたいもんです。

まあ、とにもかくにもそういう訳で今日もゴキちゃんを捻り潰して看護師さん達からは感謝されました。

2026年7月29日水曜日

大災害時の緊急医療体制

新しい情報によるとイオン・モールの災害はガス爆発によるものとの事。

お客さん達を送り出した後で従業員さん達が店内でガスの臭いを感じる中での罹災との情報が出されていますが、正確なところはまだまだ闇の中。何よりも多くの就労者の方(恐らくバイトの方々も多いのでは?)が亡くなられている様子。各種の動画を見る限りではウクライナのミサイルが落ちた時の衝撃と本当に同じ状況にしか思えません。

かなり離れたところで走っていたトラックの荷台の壁の吹き飛び具合や同じように遠くのガード・レールのガードが剥ぎ取られて吹き飛んでいるのを見ると、同じ建物内で近傍100メートル以内に居た人達が恐ろしい状況に遭遇されたことは容易に想像出来ました。どうか被害に遭われた方が最小限で済むように祈るとともに、罹災された方々とその御親族の方々の気持ちに近くで寄り添う事の出来ない事に本当に申し訳ない限りです。

我々医療人はこういう大震災の発生時に先ず考えてしまうのは我々自身の施設で同じ事が発生したらどう動くのかというのを被害の段階別にどれほど適切に対応し、どれほど人的被害を軽減できるかという話です。

災害は必ず起こる。しかも日本では巨大災害が周期的にやってくるという大前提で種々の対策を練り、大災害がやってくる度に設計の考えのボトムアップがなされ耐震基準が改善され法が整備されてきました。しかしそれでも想像を超えてやって来るのが大災害。

私は自分の今勤めている病院がその手の準備が全くダメなことを自覚しています。駄目な状況である理由は簡単で、その「準備している」という病院側の文言が厚労省の標準的な仕様のPDFをダウンロードしただけのお粗末なものであって、残念ながら自分の病院用に改変を入れたものでは無いという事を知っているからです。

そんなものが実際の災害時に役に立たないという事は日の目を見るよりも明らかな事であるのに何度注意をしても実物を準備しない、要するに準備する能力が欠如しているという話。

今回の熊本での10年ぶりの大地震でも、やはり想定していたにも拘らず想定を超えて被害が拡大し対応できていない病院の話がD-MATの先生経由で入ってきております。それ程までに現実は厳しい。況や準備さえしていないとは!という話です。明日も事務方をつついて凹ろうと思っています。対応する能力と責任が無い人間には退いてもらわなければなりません。

大規模災害対策準備委員会が無い病院など訴えられて当然だという心構えの欠如こそが恐ろしいです。

熊本の悲劇から学ばなければ。

2026年7月28日火曜日

熊本の地震・またか!

そろそろ仕事が終わるなと思って病棟で少し寛いでいたところ、NERV防災アプリがピコーンと立ち上がってきました。

自分自身のセッティングは己の田舎が関係するところであれば通知するようになっているので、今回の通知は長崎関連で入ってきたのですが、その通知を見て文字通り我が目を疑いました。
場所が九州のど真ん中である事に愕然、そしてその震度が7などと言う巨大なものである事に二度驚き。これって前回巨大な橋が落ちて大学生が亡くなられた時の熊本の大地震と同じことが起きとらんか?というのが先ず頭を過りました。そして次に現在再建中のアノ熊本城はどうなった?という大きな疑問符が頭に沸き上がってきたのでした。

長崎の義理の母に電話したところ通話中なのか繋がりません。そこで長崎にいる別の昔の教え子にLINEしたところ「めちゃ揺れた!びっくりした」という話。暫くして義理の母とも繋がりましたが、曰く「人生で一番揺れた」とのお話でした。80歳の義母が言うのだから相当の揺れだったのでしょう。

暫くして熊本の画像が一部流れてきましたが、イオン・モール熊本の建物の損壊具合が異様だったのが大変気になりましたが、続報では多くの方が安否が分からないとの事。無事であることを祈るしかありませんが、このような巨大災害が連続して熊本を襲うとか、天災の無慈悲さと人間の無力さに憤るばかりです。

どうか被害が最小限に収まりますようにと祈るしかありません。

2026年7月27日月曜日

人生一周り+1

人生一周したのが昨年の今日。そして今年は生まれ変わって1歳になりました。^^

人生の中での成長というのは身体的には完全に停止どころか退化ばかり。基本的に体はこれから小さくなり、骨密度は下がり、筋肉は衰え~という事が進んでいくことになるんですが、なるべくこの部分をゆっくり後ろの方に持っていくことが「健康長生き」と呼ばれる状況なんでしょうが、現時点で精々やっている事と言えばいつもの夜のポケモン6キロ散歩と階段を必ず使ってビルを昇り降りする事くらい。

まあ、これではあきませんわな。わかっています。orz

いつも外来や病棟でお年寄りを診察していると、実年齢にそぐわない加齢の進んだ人、そして反対に本当に90歳ですか?という感じの70にしか見えない人など実にバラバラの生物学的なバリエーションを見ることが日常です。

これてどう考えても遺伝的背景も大きいとは思うんですけど、日頃の生活の容態というバックグラウンドが大きいのは間違いないんですよね。日光へのあたり具合から始まり、食事、喫煙、飲酒、睡眠時間、精神的・肉体的ストレスを含む各種のストレスへの反応。列挙しだしたらキリがないのですが、実際に我々が頑張ってコントロールできるものの一番は食べ物でしょうかね?

何時に何をどの程度の量食べるか。

たったこれだけという感じですが、タバコや酒などの実質的には必須でない慣習を除けばこれは恐らく人生の中で最も大きな加齢のコントロール要素だと感じます。ところが、解っちゃいるけどの最たるものがこれでして、これを一日三回として3X365X60と単純計算すると6500回以上の食事の積算回数。

こういった嗜好や慣習の積み重ねが人生の中において健康に影響を及ぼさない訳もなく⋯。

しかしなあ、もう既に60年もこういう感じで食事してきた俺にどういった改善がもたらされるのか?いや、それでもやることはやらんとな⋯などと中途半端なことを考えながら次女と嫁さんに連れられて栄の中部電力MIRAI TOWERの前にあるタイ料理屋とパンケーキ屋で美味しいごちそうを食べてしまい腹一杯になってしまったのでした。

でも、まあ楽しい食事会だったので良しとしましょう!w
因みに食事代は2箇所とも出させて頂きました。(出すつもりのお二人には申し訳なかったけど、気持ちだけ頂きました。 帰りがけにくまざわ書店で向田邦子の本を買ってもらったので、十分です!^^)


2026年7月26日日曜日

企業主催の公演会でも良いものは良いんだな~

実は今回の講演会、正直なところあんまり期待していませんでした。

今まで出席した企業主催の講演会には「ハッキリ言うと」企業とグダグダのCOI(Conflict Of Interest=利益相反 )塗れの演者が何の理念も無しに、明らかに正しくないと思われることを発表する事がありますからそういう時は厳しい質問を浴びせて会場を気まずくさせるのが一番。w

明らかに正しくない結論や非劣勢を示しただけのような新製品は気の毒ですけど御退場願うしかないのです。

創薬や研究の世界というのは実に残酷で、二番は負け犬。一番の発見者よりも質が高くても、より明確なデータで追補のようなものが揃っていても、発見の順番や特許の取得という点で負けてしまえば研究や創薬ではまるまるヤラレタという事態になることがほとんど。

その意味では今回の講演会はその手の新薬発表ではなくて既存の薬の精神科病棟におけ生理学的に自然な使用法というものを新たに啓蒙して旧知の医療業界自体の常識を動かしていこうとするものでしたので、消化管に関するスペシャリストが行ったその公演は私にとって大変に有用なものでした。

わたしにとってこういう説明で大切なのは「理詰め」で納得できるものであるという事。正直なところ「現時点の科学では」という前提が付くのは残念なところですけど、少なくとも整合性があって詰将棋のように(今の時点での説明は)これしかないし、こうこうだからこうなる!みたいな事が辻褄合わせてフローが出来ている事がMUSTなのです。何年か経ってあそこのあの部分には実はもう一つの別の経路が大きく関与していて…というような事は当然いつでもありますけど、インチキ説法師がドヤ顔で企業から金をもらってデータと合わない整合性のない説明をするよりはましです。

今回の講演会では沢山のメモを取って、学ぶことも多かったし病院に戻ったらさっそく月曜日から応用してみようと思えるレベルの知識が得られて大満足でした。

新しい薬の登場は今迄の治療の常識を一気に塗り替えることが時々起こります。よく言うブロックバスターと呼べる薬なんですが、糖尿病の治療でも循環器の治療でも泌尿器の治療でも癌の治療でもそういうものが時に向こうから飛んできて一気に医療の世界を塗り替えることがあります。

やっぱり何歳になっても勉強せんと時代の進歩から取り残されますね。万一にでも勉強する気が消えたり、理解できなくなったら医者を引退しようと思います。

2026年7月25日土曜日

久しぶりの東京観光

新幹線は昼には到着したので、東京駅の日本橋口から出て直ぐのホテル・メトロポリタン丸の内に一度荷物を預けました。

27階に受付がありましたが、5時の講演会まではまだ実質4時間程度の空き時間があります。直ぐにホテルの外に飛び出して新幹線の中で目をつけていた貨幣博物館へ直行。(UFJのものとは異なります)歩くと本当に直ぐに汗が噴き出るような状況でしたが、そこは水分をバンバン補給して熱中症に注意しながらの移動です。
中は基本的に撮影禁止でしたが、日本の貨幣に関する歴史が一望のもとにかつコンパクトに見渡せる最高の資料館でした。正直、ここに出されていないバックヤードにあるはずの膨大なコレクション目を瞠るレベルのものなのでしょうが!そもそも古貨幣収集家・研究家であった田中啓文氏(1884~1956年)が収集した銭幣館コレクションの寄贈がその出発点だったとのことですが、やはり個人の異常なレベルでの蒐集への執念はやはりどのエリアの蒐集物であろうと、歴史の貴重な柱を形成する素晴らしい礎になるんですね。

入口に一億円の札束と同じ重さの束を持ち上げるコーナーがありましたが、俺には関係ないオブジェクトだなと苦笑いしながら持ち上げてみましたが、それなりに重かったですね。w

さてこの後は出口すぐ脇にある日銀本店の前を通りました。
これは旧館ですが、この一角で日本の金融政策の大元が決定されているのかと思うとなんだか複雑な想いが沸き上がってきました。とは言え俺なんぞが何を想ったところで世の中何も変わりませんが。

この後は生まれて初めての皇居へのアクセスでした。滅茶苦茶暑い中での移動ではありますが大した距離ではありません。ホテルを出る前に飲み物を一本飲んでは来ましたが、絶対的に不足しているのは体が感じてしまいます。外苑からアクセスして追手門と桜田門の間くらいの道をまっすぐ行くと外国の大使達が新年会?で集まる巨大な砂利の駐車スペースが見えてきました。
そして遂に歌にも出てくる二重橋に生まれて初めて近づきました。少なくとも訪れている人の半分以上は外国人で、私みたいな日本人はむしろ少数派でした。

結局、更に歩いて追手門の入り口にまでやって来て、持っていたスカスカのバックパックを調べてもらい直ぐに門を通過。しかし、ここに至るまでに既に体はオーバーヒート状態。入り口で左手に自販機があると聞いていたのにそれらしいものを確認できず(帰りがけに脇に隠れてある事に気づきました!)顔真っ赤、汗だらだら状態で熱中症初期状態確定。

それでも、マップでは上に行きさえすれば売店があると書いてありましたのでそこに一点賭けして坂道を登りきったところで売店を右手に発見。自販機でアクエリアス・ソーダを発見してまず一本。その直後にアイス最中を食べて更に落ち着きました。それにしても地面にぽたぽたと汗が落ちて止まりませんでした。Tシャツは完全にビショビショ。ここまで汗だくなのは久しぶりでしたね。雅楽に関連した特別なメタル栞を1,200円で買って人心地が付きました。

この時点で3時半くらいだったので、今からホテルに戻ってシャワー浴びてちょこっと移動すれば間に合うでしょうという予測の元にホテルへと戻って行きましたがこの暑さは人間には良くない暑さですな。救急車がやたらと走り回っていたんですが、速報値では午後三時までに78人が搬送されていたとのことでしたので、まんざらあの音はその人達の搬送の音だったのかもしれません。

さて、これから学術集会へ移動していきました。(続きはまた明日)


2026年7月24日金曜日

グリーン車って良いな!

新幹線のグリーンというのに本当に久しぶりに乗りました。

今の時期は夏休みでこういった「日本の行事真っ只中」の公共交通機関でも日本の大動脈にあたる新幹線などはグリーンのシートも含めて人がわんさか座っているものと思い、恐る恐る乗ったのですが、拍子抜けするほど人が少なく座席の占有率は10時直前の望みでも恐らく3割にも満たない感じでした。

今回の多グリーン車は茶色のシートの座席が左右に二座ずつ。座ると前後に背もたれを倒せるスイッチがあり直ぐにリラックスモードに。当然のようにひじ掛けの前には通常のコンセントの差込口があったので、直ぐにモバイルバッテリーを充電開始。まあこういうのは今どきの標準ですしFree WiFiも完備ですが、これも今どきの標準でしょうね。国内を移動し、かつ35ギガ/monthの容量があれば私の場合は月でこれを超える事はほぼありませんので、速度を検証するためにわざとWiFiに繋ぐこともありませんでしたが。

きわめて静かで滑らかな走りを見せる新幹線は何時乗っても「はえーよなー」という感想しかありません。名古屋を出て直ぐにスピード・メーターでその速度も確かめてみると以下の通り。やっぱり速いです。
俺くらいの歳ではこういう速度を出している新幹線に乗ると自然と頭の中に流れてくるのは「ビュワーン・ビュワーン走る~、あおいひかりのちょうとっきゅう、時速250キロ~すべるるようだな走る~」という歌詞。子供のころ鼻唄としてガンガン口ずさんでいましたが、今回も脳内再生。やっぱり速い乗り物は男にとって永遠の憧れですな。

今回は招待されて講演会に出席するための東京への移動でしたが、この時期普通車自由席は10,560円、普通車指定席は11,300円、グリーン車なら14,960円ですが、距離が延びれば延びるほどこのわずかな差で静かさと広さという快適が手に入るのなら名古屋から博多に向かう時などは、、、と思いましたが、博多まで行く時は凡そ7,000円の差。しかし、それでも一人旅の時ならば、この快適さは代えがたい魅力に映るような歳になってきたってことでしょうかね。w

さて、新幹線はあっという間に東京到着。早すぎです。

2026年7月23日木曜日

東京観光なにが良いんかな?

田舎者の永遠の大都会東京。

NYでは何の衒いもなく歩けても、カリフォルニアではリラックス出来ても、大阪はサンダルで歩けても、東京にはなんか変な緊張感をもっていってしまうのが九州の田舎もんの遺伝子です。w

土曜日は学術的な用事があって東京駅の傍のガーデンシティというホテルに宿泊するんですが、そこからどこに行く?というのが私の質問。新幹線で移動して真昼に東京駅に着くのですが、近くにあるのは皇居とか官庁街。KITTEガーデンなどという場所もありますが、どうしましょうかね?

既に何回か東京駅の中自体はかなり歩きまわったので、探索はどうかなと考えているんですがまだ自分の知らない東京駅もあると思うので、そこはもう少し研究する価値があるのかもしれません。ネットを調べると本当にいろんなことが書いてあるし面白い場所なんて幾らでもあるんでしょうけどね。

前行った時は柴又やスカイツリーなんかにも行きましたけど、今回はどこを目指すべきかちょっと悩むところです。一日中ではなくて4時間程度しか空いている時間がないというところが味噌で、結局のところKITTEガーデンや丸善の丸の内本店なんかに行って時間を潰すのかもと思っています。

夕方までに研究会が終わったところで今度は横浜の友人と新橋で酒を飲むことにしていますが、正直なところ私にとっての今回の目玉はこちらでして、学術的な件に関する検討を行って、来年の「ある行事」に備えようという考えです。

但し、今回の夕方の学術ミーティングj自体も日常臨床における大切な「ある現象」を解決するためのミーティングなので、何とかして得るものを最大化しようと考えています。何歳になっても勉強するのがこの仕事。勉強するのが嫌になったらこの仕事は引退するべきだと前から思ています。^^

2026年7月22日水曜日

異様な暑さ

梅雨明けが宣言されてからの名古屋は異様です。

隣の三重県では歴代新記録の40度越えなんていう数値が出てきていますが、名古屋もどっこいで、38、39度なんて言う感じ。実際には湿度も「体感温度」には大きく影響しますので、名古屋のムシムシ・ジメジメは三重などと同じ感覚を我々に与えると言って良いと思うんです。

仕事中はビルの中ですからそう暑さを感じることも無いのですが、それはエアコンが効いている部屋だからという前提であってこそという点が大切で、スイッチが切られている部屋の暑さは並大抵ではありません。正直「勘弁してください」というレベルです。

それでも、外に出て立ち止まった時のヤバさには敵いません。

私の場合には病棟移動でも距離さえ厭わなければ外の空気にあたる事は無いのですが、別棟に移動する際にわざと外の空気の暑さを感じたくなって数十秒だけアスファルトの上を歩くことが度々あります。その移動のほうが20秒分くらい早いから。^^

しかし、その時の僅か数十秒の移動で体を包み込む「むわっ」という生ぬるい空気の感覚は一言で表現するとサウナそのもの。こんな中で屋外で仕事をしたり運動するのは正直命がけというより自殺だな…と確信できるほどのもの。着ているスクラブの首根っこのところに汗が滲みだすのがよくわかります。

アメリカにいた時も暑い時は確かに暑かったんですけど、もっとサラッとした感じだったのは確か。体力を奪う感じの名古屋、東海地方を覆う暑さは宮崎から遊びに来た時の親父の一言「なんや、宮崎よりよっぽど暑いが~。ムッとする」というのに現れている気がします。

ネットでも、毎日のように速報値が出ている熱中症による搬送者数ですが、確実にこの一週間はうなぎ上りです。
皆さんも例え男性であっても日の照っている外出時には日傘を差して外へ出ましょう。

2026年7月21日火曜日

身も震える清潔感

ゴミ屋敷の事は何度も書いていますが、そこに住む人はどこに身を置いているのか?

こういう場所で生活を送るいろいろな人のパターンを「必然的に」見る機会は何十回とあったのですが、基本的に物凄いゴミや埃の中で座り込んで生活をしている人が多いと感じています。座り込んでいる箇所は通常一か所。

年単位で座り込んでいるその畳や絨毯はすり減ってセンチ単位で凹み、構造上の下地が見えているような事も多い感じです。そしてその脇には小便を溜めたボトルや麦茶の容器が置いてあったり、その更に脇には便の入ったオムツが置いてあったり…。

こういった話を聞くだけで、具合が悪くなるような人もいるのかもしれませんが、話はそんなところでは終わりません。その人物が通常座っている場所の周りには折り畳んだり伸ばされ切った布団が何年も場所を変えずに敷いてある事が普通で、いわゆる伝説の「万年床」が出現しているのです。

その布団は何が中にあるのかを考えただけで「怖くて」とても捲れないのですが、冷房なども当然のように付いていない空間で汗と油に塗れたその布団には一体この「ガムテープでぐるぐる巻きにしたの?」と言いたくなるような茶がかった黄色の光る物体である「元」枕であったろうモノが置いてあったりします。orz

ここに寝ているのか…想像を絶する世界なんですけどね。

そういう汚染された謎のオブジェクトを看護師さんと二人で横目に見ながら診察をしていく訳ですが、そういう患者さんにはダニや虱、疥癬(ヒゼンダニ)などが寄生しているリスクは当然の事、結核などを持っている人も比較て多くいます。家の中が埃や謎の物質だらけの不潔な部屋で、低栄養で暮らしているのですから免疫の機能も当然落ちている訳で、然もありなんですよね。

こういう人達は行政からの支援を意外と嫌いますし、部屋を綺麗にしてあげる行為自体に怒りをもって反対してくることも多いのでそれがセルフ・ネグレクとの特徴なのかななどと一人合点はしていますが、助ける手を払い除けられるとやっぱりこちら側としては助けようもないのでした…。

2026年7月20日月曜日

もっと他にやることがあろうが?

本当に要らん事には労力を使う連中がいるもんだなと思います。

恐らく戦中派が社会の中心で沢山活躍している時代だったらこんな法案など提出さえ考慮されなかったと思うんですけど。そもそも、提出のきっかけの一つが我が国においては「外国の国旗を損壊することに対する罰則は存在するのに自国国旗の損壊に対しては罰則規定が無い」というもんだったようですが、そもそもそっち側の法律も要らんのよ、俺に言わせれば。w

今回の国旗損壊罪なるものは「実物の旗」が対象で、画像や絵は含まれないとのことですが、「公然とかつ人に著しく不快・嫌悪の情を催させるような方法で」 損壊(破る・燃やすなど)・除去(掲揚されている旗を勝手に外す)・汚損(汚す、踏みつけるなど)を行ったら、2年以下の拘禁刑 または 20万円以下の罰金を科すとの事ですが、その判断基準が実に曖昧で「行為の外形、周囲の状況など客観的事情を総合的に判断」などというまさに主観の塊! こんなの検察が何とでも言い募ればいい訳で、こういう曖昧な幅広い表現こそは戦前の特高警察が人をしょっ引き拷問にかけた筋と何ら変わらんでしょう。

法律の適用にあたっては、「表現の自由その他の憲法上の自由と権利を不当に侵害しないよう留意」 と明記されていますが、この法の成立自体が憲法違反だよね?

自民党と日本維新の会が連不動のように提案し、自民・維新・国民民主・参政党の4党が共同提出。最終的な評決では賛成が自民・維新・国民民主・参政党・日本保守党 。反対は立憲民主・公明・共産・れいわ新選組となってますが、正直なところそもそもが要らん法律。外国の国旗損壊に対する罰則も要らん法律。

他国の主権を尊重し、国旗を損壊しない等という事はあまりにも当然の事でありそれは通常の理念の下ではそういう行為を行う事は「反体制」という呼び名で呼ばれるわけですが、反体制というものの存在は世の中には必要なもの。全員が同じ方向を向く国家は必ず滅びる危険があると全く疑うことなく思ています。

今回の法律に反対した連中も正直なところ屑ばかりですが、では自分自身が賛成かというとやはりきっぱりとノーです。国旗の損壊なんて絶対にしないし、する奴はただ軽蔑するだけ。それでも政府や体制に反対する手段としての「考え」の延長として国旗を燃やし、踏みつける自由は必要だし、表現する自由は絶対に守られなければならんでしょう。

愚かな宰相が現れそいつの権限が過剰に国民を抑圧し始めた時、それにノーと言いたい「ある人」が国旗にその愚相の顔を描いて燃やした時にその愚相が「著しく不快」だと思ったら、そいつを罰する事も出来ますよね、法的には!

この法で科される罰則は拘禁刑2年以下または罰金20万円以下ですが、日本という国はこういう事に対して「愚かなり、議論するに能わず」と言えないでしょうか。あまりにも明白な愚かさは通常は侮蔑と嘲笑の対象ではあっても、時には政府を覆すための表現手段とも成り得るのでしょうが、それを罰するとは何事?

私も含めて「戦争を知らない人間」は日本におけるこの法律の意味をもう一段深く考えておく必要があるのではないでしょうかね。


2026年7月19日日曜日

「日本ぶらりぶらり」を読んで

山下清の事を知る人は恐らく年を追うごとに減ってきていると思います。

私のような年齢の者でさえリアルタイムでの山下清の言動を知っている訳ではなくて、私が物心ついた頃に亡くなったみたいです。調べて驚いたのですが、彼が亡くなったのはなんと名古屋にある熱田神宮だったそうで、高血圧のコントロール不良からくる脳出血だったようです。(1971年-49歳)

私自身は彼の亡くなった時にはまだ5歳で、山下清の事をリアルに知っているのは親父たちの世代。ちぎり絵やペン画の天才的作画は驚異のグラフィック・メモリーに支えられていたようですがそもそもの知的能力は12~13歳だったとの事。

昭和の頃は山下清のお話はテレビで「裸の大将放浪記」として、昭和には芦谷雁之助、平成では塚地によって2シリーズとして放映されていましたので、ドラマを通じて改めて人々の脳裏に山下清とはどういう人物であったのかというのが記憶として刻まれているのだと思います。私には芦谷雁之助の演じる山下清が秀逸なものとして残っているんですが、塚地もなかなかでしたしね。

さて、今回読んだ「日本ぶらりぶらり」ですが、純粋に文章として面白い。その文体はまさに知的発達障害のある山下清らしいものなのですが、世の中を観察するときの視点が本当に純粋で混じりっ気が無いというのはこういう事かと感じました。それでも自分が人に比べて一般的な意味での知性が劣っているというという自覚はあって、それを恥と思う心もある。しかし、そういう己の内側に持った劣等感と呼べる気持ちを持ちながらも世の中を見つめる眼の透徹した感想は、日頃から手垢だらけの余計な先入観を被せて世の中を眺めている自分にはハッとするようなものばかり。

「ああ、そういう風に見えたのか!」という感じ方は目に幾重にも張り付いた色付きの鱗が剥がれ落ちる感覚を味わわせてもらえます。

昭和の頃の表現ですから、今では確実に差別用語だったり時代的にとても書けないような内容も書き込まれていますが、それでもその視点は貴重。大人の経験をしているもののその視点は無垢。

いずれの文章も一昔前の昭和の日本に関する記述ですが、アナログの世界に関する記述は今でも懐かしさを呼び起こすのに十分素晴らしいものですよ。それにしても、今大人気の草津温泉では皆沢山の人が糞や小便を湯の中でしていたというようなびっくりするような記述がある事にはぎょっとさせられました。orz

時代ですかね。それとも今でも…?

2026年7月18日土曜日

アマゾンで物を買う時代に変わる事

モノを買う前にあちこちに出ていって品定めをするという事がまずありません。

自然とネットで物を探したうえで商品比較をし説明を熟読玩味して研究終了。実際にはその手の類似のものを使っている人の意見も参考にはしますが、最後はエイッとばかりに確定ボタンを押してお買い物終了となります。

それで実際にモノが家に到着したときに初めて「品定め」という事になるのですが、殆どのものは予想通りとはいえ、中には外れのものもある事はあるという普通の展開。実際に目で見て触って購入したものでも使用感というのはこんなもんだろうと思うのでネットショッピングもかなり「実世界にかなり近いレベル」での買い物ができるほどにはなってきたんじゃないかなと思います。

ただし、ネットと実世界のモノの値段差というのがどこまで違うのかというのが買うこっちにとっての最大の関心事。その点の比較では多くの場合アマゾンのほうが安く手に入る感じなのですが、私が使わないその都のサイトである楽天などをチラ見してみると少し安かったりしますね。それでも、慣れたサイトからはあまり外れたくないのと楽天という会社が何となくアノ経営者がトップかと思うと使いたくないというのがあって使わないんですけどね。w

アマゾン経由のネットコマースで一番いいのはアメリカと同じ感覚で「問答無用の返品」が効くこと。これが日本の買い物の常識になって欲しいところですけど、アマゾンのサイト内にネットショップを展開している無数のショップもアマゾンのこの「カスタマーからの問答無用の返品」というのを呑まされたうえでのショップ展開なのだろうと思うとちょっと小売りの会社もアマゾンに飲み込まれてしまっていて気の毒な気もします。

しかし、それが当たり前になってくるとそれを呑まなければ商売自体が始まらないという時代になる事は確実です。そうなるとリアルワールドのショッピングを行う人々もネット・コマースに対抗するためにはこういう勝者の論理を受容しなければならなくなってくるのでしょうか。少なくともアメリカではWalMartはアマゾンに負けないための動きを普通にしてはいるようですが。

まあ、そんなことはさておき月に何度も「必要があれば」アマゾンで買い物をする私でした。

2026年7月17日金曜日

結婚退職の御祝い

今日は忙しい中病院の若手に誘われて病棟の看護師さんの結婚祝いを兼ねた四人池下焼き肉会をしました。

まあ四人いても最初から私が親の役割を果たして全てを私が出すつもりで出陣。結婚退職で病院を辞めていく人、結婚しても病院を辞めない人、結婚をして御主人と共に名古屋にやってきて入職してくる人などパターンはいろいろ。彼女の場合は御主人が隣県の営業のトップとして出ていくために結婚と合わせてついていくとの事でした。

ただ、話をよく聞くとやはり名古屋のほうが遊ぶところはそこよりも遥かに多いので、今後子供が生まれたら何があっても名古屋に戻ってきて自分と子供たちだけでも生活するなどと今から不穏な事を申しておりました。w

多くの看護師さん達、特に若い看護師さん達は御主人の転勤に伴って移動を繰り返しその度に病院を移って経験を積んでいくという事が多いようです。ただし、キャリアを一つ所で積んでいってそこでポジションを上げるという事はなかなか難しくなりますよね。そういう意味では奥さん側が主導権をもって赴任地を決めるというような事が多いというような時代には未だなっていませんね。(恐らく今後も無いと思いますけど、どうなりますかね?)

ガンガン肉を食べてもらったんですけど、新しく結婚する女性とその病院友達からいろいろな話を聞きながら最近の院内の看護師さん達の人間関係などを聞いていましたが、まあ、どれもこれも俺には関係ないな~という感じ。女性の世界はなんだか男性の視点とは「かなり」違う思考回路で形成されているようだと改めて感じました。

焼肉屋を出た後は、ほんの数分歩いただけで一本裏道に出ているパブによって一時間ほど過ごしました。そこではお酒の話ばかり。女の子達は私が飲んでいるラフロイグを「おえ、臭いです。無理」と言って笑っていましたが、アイラ・モルト劇的に美味いんですけどね?

最後は皆で今後の彼女の幸せと「早々に戻ってくるな」という言葉をかけて散会となりました。

2026年7月16日木曜日

手書きノートと電子ノート

日常の中でデータを記録するのにちょっと写真に撮ってそれをメモ代わりにするという事は今や普通の話。

その写真で撮ったデータからはテキストが抽出できますから、いざとなったら文章抽出さえ何も悩まなくていいという事です。時代は変わりましたよね。以前は文書・文章を写真に撮るなんて国立国会図書館とか新聞社とかスパイくらいではなかったかと考えてしまうのです。

私の場合メモはiPhoneのメモと手書きメモの二種類をどちらとも使います。

どちらが良いかというもんでは無くて自分で描いた絵などの説明が入っているものが私にとっては手書きのメモ帳用で、医学知識などの何度も手許で見返してその場で仕事に使いたいものはiPhoneのメモ帳ですね。

メモまではまあこういう簡単な考え方で分けてるからいいんですが、これが本となるとどうも電子的なものは「私は」駄目ですね。人によっては重いものを運ばなくてもいいからこっちが絶対的に便利と言って譲らない人もいるんでしょうけど、宇宙船に乗るために少しでも嵩張るような重さを持つ実物は載せられない、なんていう状況以外は本のもつ手触り、臭い、そして今までその本を読んできた人達の書き残してきたメモ等を見つける喜びなどは電子的なダウンロード書籍からは得られません。

そもそも、電子的な本であるキンドル本なども昔から持ってはいるんですけど、使ってみてそのページをめくる感触などが全くダメで「これは俺にはムリ」という結論にかなり前に至った記憶があります。今も娘達が旅先で稀に使っているのを見ると、その使用感は昔のものと同じでやっぱり娘達も「旅先なんかでない限りは使わない」との事でした。

私は今でも旅先にも「本の実物」を持っていきます。^^

ネットで読んだ記事では記憶に残るのはどちらかという比較調査をしたものがいくつもあるのですが、東大で行われたコミック本の場合は「紙の本は、同じ理解度に到達するための脳の負荷が少なく、「記憶統合が効率的に行われる」 ことが示されたとなっていますし、ヨーロッパの幾つかの大学で行われた研究でも明らかに神のほうが物語の要約や理解度がより良い成績を見せたとの結果を出しています。

空間記憶という「どこに書いてあったか」という記憶が紙媒体をその手の記憶の呼び出しと焼き付けに有利なものだという事なんでしょうね。

まあ、私がどうこう言ったところで自炊本でリアルな本自体を捨ててしまう人もたくさんいる時代。時代はどういう形になろうともどんどん流れていくのでしょう。その時にはもう私はいませんしね。w

2026年7月15日水曜日

山口瞳ベスト・エッセイ

ある日、散歩の途上でブック・オフに立ち寄った時に本棚の中から私の眼の中に飛び込んできたのはこのちくま文庫「山口瞳ベスト・エッセイ」でした。

もともと山口氏はサントリーの宣伝部にいた直木賞作家です。(その5年前には開高健が芥川賞を受賞しています!)江分利満氏の優雅な生活という文章で昭和のサラリーマン生活を描いたものでこの賞を受賞しているのですが、サントリーで出されていた洋酒天国という当時の宣伝誌が秀逸なコラム等ののったもので、これが山口氏の活躍で成立していたといっても過言ではないものだと私は思っています。

さて、今回元値950円の文庫本を700円で手に入れたのですが、結論から言うと素晴らしい本でした。小玉武さんという方による編纂でしたが、この方もサントリーで洋酒天国の編集に携わり同僚として山口氏と仕事をしていた方で、山口氏の死後も山口氏を題材として種々の文章をしたためられています。

中には向田邦子の死に関して書かれ当時の社会問題となったという「木槿(むくげ)の花」の連載もあり、生前の山口氏の幅広い交友と多くの著名作家の若い頃の様子や語られざる秘話が次々と溢れ出してきます。やはり「書き方」が溢れ出してくるという感じで、その文体が読み手を引き付けてくるんでしょうが、平均して素晴らしいものの中身の題材によっていろいろな興味深さの「差」があると感じました。

文脈に関係なく、私生活に合わせて私が個人的に印象的な文章もあって、こうやって抜き出しても皆さんには?かもしれませんが、P172の「きみたち、いかにデッサンが上手であっても本物の飢餓感や本物の切実な思いがあるのだろうか。きみでなくては描けない絵があるのだろうか」とか、P348の「名前を知らない文化人やたれんとがどんどん出てくる。名前をよく知っている人がどんどん世を去っていく。この「知らない人がふえてくる、知っている人が減ってくる」というのが免れ難い老年の一つの状況ではあるまいか。」等と言う文章は印象に残りました。

この全体に描かれる軍隊、酒、博打、男女関係、社会人とりわけ会社人間としての生きざま、料理、生老病死、人間観察などはやはり全編を通して珠玉と言って良い素晴らしいエッセイ集で間違いありません。セレクションが時代の流れに沿っていたのもまたヨシでした。
(個人的には色川武大氏関連の記述が秀逸でした。直後に「怪しい来客簿」の初版本をメルカリで手に入れました!)

700円で約一週間の極上の時間を手に入れられる読書。やっぱり最高ですね。次は向田邦子ベスト・エッセイと山下清の「日本ぶらりぶらり」が待っています。



2026年7月14日火曜日

すげー歯の持ち主

いつも、己の歯の惨めさに関してここで愚痴っていますが訪問先の担当患者のお婆さんにすごい人が居られました!

そのお婆さんは頭もしっかりしている90歳!の方なんですが、手先も器用で喋りも抜群。つい数か月前に御主人を亡くされたのですが、亡くなられた御主人はこれまた私がこの数年ずっと診察を続けていた方でした。

認知症は年々歳々進んではいたんですが、足腰は比較的最後の最後まで保たれておりました。愈々家ではみきれなくなりましたという事で、施設診療に移行して僅か三か月でお亡くなりになるという95年の人生でした。

その後にはお婆さん御自身からのリクエストでお婆さんの高血圧や心不全をフォローしているのですが、今日になってこのお婆さんの物凄い秘密を知りました。

問わず語りで話だしたお婆さんのお話はご自身の歯に関する事実でした。何とつい先日まで一本の歯の欠落も無かったんだそうです。この前硬い煎餅をバリバリ噛んでいたときに生まれて初めて歯が欠けたんだそうです!

何と生まれてこのかた虫歯が出来た事は一回もなく、全ての歯が生まれて今まで全て揃っているんだとか!( ゚Д゚)

驚いてそばに近づいてお口を診させていただくと、仰る通りの擦り減ってはいるけれどやや黄色がかってはいるものの歯石の付着も目立たずほぼ完璧な歯で奥のほうにも詰め物一つもありませんでした。しかも、お婆さんによれば殆ど歯を磨くこともないズボラ生活というのでした。しかもピンクの歯茎は歯肉炎など全く関係なさそうな美しいもので、歯肉の高さが減る気配も見せていませんでした。

通っている歯医者さんによると高齢で歯が健康な方でも歯自体は加齢とともに折損してしまう事はあるのだそうです。

やはり、アメリカで学んだように3歳ごろまでに定着した口腔内の細菌叢が一生の歯の健康を決めるんかなと思い出してしまいました。そういえば、長崎にいた頃に名古屋から来た歯学部の先輩はほぼ歯は磨かんけど、俺は一本も虫歯が無いよと言っていた事を思い出しました。

そういう菌の構成を受け継いだ人は幸せだな~と心の底から思う歯がボロボロの私でした。TT


2026年7月13日月曜日

思った通りにはいかないのがシロートの辛さ

鵜沼の畑に行って参りました。

雨が暫くの間続いていたために畑にアクセスすること自身が憚られる状況でした。雨がガンガン降っている時に入っていくと、その雨が降り止んだ後に土がカチカチに変な形で固まってしまうとのことで、侵入は禁止。しかも、そこにアクセスするだけで車がスタックしてしまう為、入ってはいけないという事になっていました。

前回、二種類の美味しいジャガイモを収穫してハッシュド・ポテトやフレンチ・フライを食べた喜びはやはり何時も以上に美味しく感じるのは「自分で作って自分で収穫した」という行為が途中に挟み込まれたからこそ。

さて、久し振りに行った畑。どうなっていたかというと…。
原野に戻りつつある現場…orz
やはり、これだけの間隔を開けると雨と暑い時期の続くこの時期の雑草はあっと言う間にこの有り様です。本当に呆れるほどに成長が速い!近づいてみてみると以下のように。
トウモロコシはほぼ全滅。落花生は写真には映り込んでいませんがまだ元気。サツマイモの葉っぱは雑草に対抗してガンガンに伸びてくれています。^^

そこで、サツマイモとトウモロコシの間の畝を再度取り戻すための雑草抜きを行いました。最初は雑草を鎌で切ろうと思ったのですが、抜くほうがより綺麗に取れると思ったので腰痛覚悟抜き続けました。何度も何度も往復を繰り返しながら次第に前進したのは良かったのですが、全部終了した時にはもうフラフラ。熱中症にならない様に気をつけて体中を布や日よけでカバーしていたのは効果的だったのですが、愚かなことに買い込んだ「おーいお茶」を相棒のお父様の家に忘れてきてしまいました。

1畝だから何とかなるだろうと思ってやってしまったのが失敗の元で、最後以下のようになった時にはほぼ熱中症状態。己の愚かさに再び呆れるばかりでした。
幅1mx2m、高さ30cmを抜き取るだけでほぼ死亡
最後にどれほどトウモロコシがやられたのかという写真をお見せしたいと思います。
これは2つの「やられ方」があるんですけど、今回はカラスが敵でした。そしてもう一つのやられ方は芋虫だそうで、上に近い感じのやられ方をするんだそうですが、そもそも今回の「実験」でこれ程までにやられるのかという事を体感出来ましたので、次回以降はどういう風にやるのかというのを綿密に検討してからやり直そうと思っています。

農業やるならやっぱり畑が家の傍に無いと根菜類とかまあ絶対に無理だと良く解ったこの初夏でした。痛みあってこその進歩だと思いたいです。TT

2026年7月12日日曜日

弟の死から半年

実は昨日で弟が急逝して半年でした。

親父からも連絡があり「今日はXが亡くなった月命日で182日目になります。元気でメジャーの野球を観ています」との文言が入っておりました。

あの日から早くも6か月。飛行機が雪雲を迂回して遅れた分、まるまる到着が遅れ弟の死に目に会えなかったあの日でした。それでも、到着したときの弟は勿論まだまだ暖かく、穏やかな表情でした。60年近い年子の二人の人生の中で完全に人生がシンクロしていたのはわずか数年。

18になるまでは養護学校で殆どの時間を過ごし、その後は施設に入るというような人生を送ってきた弟にとって私とシンクロする時間を過ごすのは春夏秋冬の休みの期間程度でしたが、その間は私が弟の面倒を家で見ていました。父親は勿論、母親も仕事に出ていたので家には自分とと弟だけ。いつも何かに怒った弟に意味もなく髪を引っ張られながら、その理不尽な行為に反撃できず涙を流していた私です。w

弟と「物理的に」別れて以来一秒一秒自分だけが老けていく訳ですが、やがてアッチで会う日が来る時にお互い言葉を喋って「ヨ~、久しぶり!」なんて言いあえるようになってると良いなと思います。^^

6か月目の月命日。弟に手を合わせたんですけど、心の中では弟の関係は「やっぱり」なんにも変わっていないな~と心の底から感じた一日でした。




2026年7月11日土曜日

運動して食ってでは還暦過ぎには効果なしw

最近よく散歩している事をここに書きましたが、家からイオン・モール脇の長久手古戦場駅までの往復は大体一時間です。

移動は基本的には精々早歩き程度で、歩く速度としては基本的に少々汗を掻くくらいと言ってよいでしょうか。これは運動強度の表現で言う所の4METというレベルでしょうかね。その条件で私の体重で計算してみると、この一時間の散歩の消費カロリーは15メートルのアップダウンがあったとしても最大350キロカロリー程度。

もしそうだとすると、家に帰ってきて頂き物の治一郎のバウムクーヘンの小袋を一つ食べるとほぼ一発で一時間の努力?が無駄になる訳なんですが、この帰ってきてからのちょっとした夜食がやめられないのが愚か者の愚か者たる所以です。orz

折角一時間の間汗掻きながら歩いてきたのに椅子に座ってパッケージを開けてぺろりと食べてしまえば「はい、元の木阿弥です」という状況。俺は何をやっとるんだ、という事なんですけれどその「抑え」が効いていないんですね。食べた後で小さな後悔をすることは毎度の事なんですけど、体重が変わらない状況と突き出た腹を鏡の前で見る度に「アカン、Tシャツが似合わん体型や!」としっかり落ち込むのですが、その後悔が反省と実行に繋がらないのはやっぱり馬鹿だからなんですよね。馬鹿。

人間らしいという風にオブラートに包むのは簡単なんですけど、糖尿病の患者さん達に指導をしたりするくせに己は自分の体重コントロールが出来ていないじゃないか!ちゅう話。

食事療法と運動療法を通じた「日常生活の乱れを糺す事による生活習慣病の予防と改善」というわかりきった黄金の法則を自ら実行できないというのは本当に情けない事です。本当に!

糖尿病学会に所属するドクターの中にも糖尿病の人が沢山いるというのは糖尿病専門医の先生から聞いた内緒じゃない話。医者も人間というのは簡単なんですが、循環器学会や呼吸器学会が「専門医」のレベルでは非喫煙者であることが必須となっている様にまず隗より始めよというのは正しい戦略だと思います。

まあ、当たり前と言えば当たり前なんですが出来ないんですよね…食い物に関しては。TT

2026年7月10日金曜日

ドラマも早送り?

隣のソファでテレビ画面の前に座ることの多い嫁さんは、通常みたいドラマなどはリアルタイムで視る事はほぼありません。

当然のように録画してそれらを好きな時に好きなだけ視るんですが、かなりの割合で居眠りしている事が多い人です。何だか知らないんですが、嫁さんも嫁さんのお義母さんも何かをしているのかな?と思っていたら急に静かになているのでそっと脇から覗くと大体において「舟を漕いで」います。(˘ω˘)

しかも、彼女の視聴方法はほぼすべての番組において1.25-1.5倍程度の早送りなんです。確かに、ドキュメンタリーやニュース系統なんかではそれでも良いと思うし、下手すりゃスポーツ番組でも大事なところは何度でも繰り返し見直せるのが現代の録画システムの良いところですからちょっとくらいの早送りはアリだとは思うんですけど、スポーツはリアルな速度で見るもんですけどね?まあ、スポーツ番組は彼女は視ませんので議論の対象にはなりませんが。

問題はドラマや映画だと思うんですよね。

俳優は演技において「間」や「抑揚」なんかが演技の命だと私自身は自分のちっぽけな常識で思うんですけど、俳優さんにしてみればドラマや映画もズンズン早送りで観ていく彼女のような視聴者の行為というのはハッキリ言って気分の良いもんでは無いでしょうね。

演技を見てもらいたい俳優さんが、YouTubeなどで出されている訳の分からないお手頃ドキュメンタリーや解説と同じような取り扱いを受け「早送り」されるのをヨシとするのか?

時代の流れで多くの人達がほぼ全ての番組をこのようにして視聴する時代になったのかな~と「目の前の事実」をただ見つめるしかないでしょうし、それに疑問を突きつけようとそうやって視る人はスタイルを変えないでしょうから私の疑問なんてなんの意味も無いんでしょうけど、なんだかね~。

そんなに早回ししたいなら本読めっちゅう話ではないのかなとふと思う私でした。

2026年7月9日木曜日

ポケモンGOで自分用の散歩コース作り

最近自分で設定したポケモンGOの散歩ルートを自分で磨いています。^^

ポケモンGOやってない人にはこいつは一体何を言っとるんだ?と思われそうですが、ポケモンGOでは自分で作成した「お散歩ルート」というのを自分でナイアンティックに投稿してそれが認められるとそのコースが他の人達も使えるお散歩用のコースとして日々のお散歩タスクに使えるようになるというのがシステムの概要。その道の途上(多くは最終地点近く)であるご褒美を頂けるというもの。

距離はいろいろあるんですが、私は今までに二回申請しておりまして、一つは東山動物園の池の回りを8割程度回ってオッケーとするコースで、調べてみると百回以上いろいろな方に遊んでもらえているようです。

そしてもう一つは自分の夜の散歩コースである片道2.5キロの自分の家の傍の桜並木道を出発点とする長久手イオンモール(長久手古戦場駅)までの道。最初に申請したときには何故か理由は不明なのですが、危険なコースという名目で一旦却下されました。w

どう考えても、どこをどう捻っても危なくない一直線の綺麗なコースだし夜にも沢山の人達が走ったり散歩したりしているので、一度だけ反論できるとかなんとか書いてあったので意を尽くして危なくないし皆散歩しとるよ?と書いて送ったら暫くしてコースが認定されました!

しかしながら、これに並走するような半分以下のコースが沢山あるせいで私のように2.5キロもあるようなコースは長すぎて誰も遊んでくれません。orz

そこでもうこれはイカン!と一念発起。このまま誰も使わなければ、せっかく作成したコースが消滅するんでないかい?という懸念が出てきたので、自分で頑張って往復をして合計8回使った事にしました。その上で自分で星を5つ付けて「良いコース」という風に磨き上げています。

はい、自作自演です。

2026年7月8日水曜日

正常な判断能力の欠如

ヤバイヨ ヤバイヨ!出川でなくともそう言いたくなりまする…。w

認知症のお爺ちゃんが世界最強国家のトップに選ばれてから本当に「普通の宰相」なら何十回と辞任しなければならないよいうな事をやり続けていますけど、この人にはカエルの面にしょんべんという奴で、肥大した自尊心と歪曲された情報認識システムの前に敵はおりません。

自分サイコー、お金サイコー、自分を褒てくれる人サイコーですから周りにいるのは裸の王様の太鼓持ち忖度野郎ばっかり。恥という概念がない人間が最強であるという事を嫌らしく、かつ最も迷惑な形で証明してくれたのがアメリカのお爺さん。プー珍も大概の呆れたレベルの独裁者ですけど、こっちのほうはもう存在自体が風前の灯火ですから放っておいてもマア心配ありません。帝国の崩壊は見えてきてますから。

最初に書いたヤバい発言というのは既にファクト・チェックのページに画像のリンクと共に書き込まれています。

このアメリカのトプの椅子に座っている認知症の老人の発言というのは「Trump said 'Islamic Republic of Japan' fired missiles at US aircraft carrier」というものなのですが、余りに酷すぎて周りの閣僚の顔も引き攣ってかつ何も言いません。この易怒性の強いお爺さんに余計な事を言ってもそもそも理屈建てた話は通じないし、薬を使ってもその易怒性を抑制しなければ話をする事自体が無意味ですからね。
この発言はNHKの英語国際放送でも既に報じられていて、もう何が何だかのお祭り騒ぎ。Xでも大盛り上がりなんですが「日本よゴメン!これが俺たちの大統領」って感じの反応が多いですね。何というか、笑うというよりも気の毒の一言。ただし、俺たちの国にも昔ルーピー鳩山という超大物の基地外がおりましたので、時を超えて対岸に現れた認知症のお爺さんにもあまり驚くことはありません。

当時のオバマ大統領も鳩山には怒り心頭でしたが、最後は諦めて無視してましたもんね。

赤い熊の国も白頭鷲がシンボルの国も熊のプーさんが頭の国ももうみんなヤバすぎて…。世界は多くの良識に支えられていますが、頭のおかしい独裁者たちとその取り巻き連中が力を持つ状態であり続けるとき、デストピアというのは実に容易に登場するという事実にシンプルな驚きしかありません。

2026年7月7日火曜日

ジャンキー

訪問診療の仕事の中で驚く状況に遭遇することがままならず有ります。

ある女性が我々にリクエストしてきたのは鎮痛剤の追加処方。癌では無いのですが、エンドレスに鎮痛剤を処方するように話をしてきます。

しかもこの女性は他の病院にも同様に同じリクエストをして鎮痛剤を称して貰っていたのです。しかも我々から貰う経口鎮痛剤ではなく、注射剤による鎮痛のコントロール。レベルは違うものの、大量かつ通常許容される量を大きく超えた鎮痛剤を毎日使っていました。

マイケル・ジャクソンを例に挙げるまでもなく多くの有名人が鎮痛剤の魔力に絡めとられてその命の灯を消していきました。勿論、今も状況は同じで多くの人々が苦しみ、かつその力に絡めとられて行っている様は多くの映画やドラマでも描かれているのはアメリカを中心として暗い日常風景になっているのは知る人が知るところです。

我々の場合、この鎮痛剤を無限にリクエストし続ける若いジャンキー女性を訪問診療から切り離さなくては「我々自身」が巨大なリスクに直面する可能性が確実に高まってきていたので、理事長と院長に一言だけ確認を取ってスパッと切り離しにかかりました。

話はシンプルで「我々の処方のみならず、他院で使用されている鎮痛剤の送料も判らない状況で当院から更に鎮痛剤の処方をリクエストされるという事はご自身の生命予後に大きなリスクを孕むだけでなく、違法な処方となる可能性がありますので、当院からの処方は中止、即ち訪問自体を取り止めさせていただくことに御同意願います」と言わせていただきました。

この女性、私が居ないときに直ちに病院に電話をかけてきて「私に対する診察を続けないなら訴えさせていただきます」と言ったらしいのですが、理事長のほうはどこ吹く風で「どうぞどうぞw」という感じで一刀両断だったとのことです。

あれから数年経ちますが、待てど暮らせど訴状は届きません。^^


2026年7月6日月曜日

トランプとその愚かな太鼓持ち

FIFAワールドカップにフォラリン・バログン(Folarin Balogun)問題といわれる黒歴史が新たに刻み込まれました。

刻み込んだ発端になったのはアメリカのあのバカ大統領。本当に馬鹿というのはやることが解り易くて助かります。そしてその愚かさをアシストしたのは腰巾着の忖度野郎たるFIFA会長のインファンティーノです。

そもそも、この前も独断で勝手に創設したFIFA平和賞などという訳の分からない賞を馬鹿大統領に与えてニタついていた輩ですが、Wikiを読んでいくと本当にいろいろな事において真っ黒けの疑惑の塊のような男なんですけどね。(Wikiにはなんと解説に「アメリカの犬」と直接書かれていて大笑い!)
前回のボスニア・ヘルツェゴビナVSアメリカの戦いで、明確にレッドカード行為となる相手の足を故意に踏みつけるという反則を犯したバログンは一発レッドカードで次回の試合は出場停止となっていました。そしてその次回の対戦相手はベルギー。

当然の如くベルギーその他のヨーロッパのメディアは政治が国際的なプロスポーツに介入した最悪の例としてこれを最大限の言葉で非難。当然ですわな。主力選手を欠くアメリカにとってこの選手がいるかいないかというのは大きな分岐点になるようなセッティングの差ですが、決まりは決まり。絶対に破ってはいけないルールの一丁目一番地。

トランプにしろインファンティーノにしろホントに金と名声に弱い屑の中の屑。解り易し。w

一番の被害者は「出場させられたバログン自身」でしょう、これからのサッカー人生において事ある毎に相手チームからも自分のチームからもトランプの犬とかなんとかいろんな綽名で呼ばれるんだろうな…。正直、ルールを捻じ曲げてまでは出たくなかった筈。

7/7---
これでアメリカがベルギーにやられたらどうなるん?と思ってたら見事に1-4でボロ負けという恥の上塗り。ベルギー側のモチベーションは滅茶苦茶高かっただろうし、アメリカ側の選手はまさに恥を知る心と良心ある人間にとっては相当にバツが悪いという状態だったことでしょう。


2026年7月5日日曜日

やっぱり「ニワカ」ファン

やっぱり俺はスポーツにおいてはラリーに対して以外は他のどんなスポーツに対しても所詮「俄か」ファンだと思います。

今回のワールド・カップ・サッカーに限らずカレッジ・バスケも、ラグビーもWBCを観ていても、そして日本の大躍進している卓球を観ていても日本というチームが負けた瞬間に、そして自分の贔屓にしているチームが負けた瞬間にその時期に行われている一連のトーナメントに興味を失ってしまいます。

「俄か」という言葉の語源は歴史的仮名遣いで 「にはか」 と書く古語で、既に平安時代の文献には登場しているんだそうですが、大変古く、かつ語源はこれ一本と一つに特定することは出来ないようです。一番「らしい」のは「にひ(新)」から分化した語として、新しい状態が急に現れるというところから「急に」「突然」へ意味が発展して急に、急の(その場・その時)という感じの意味を持ち始めたんでしょうね。

という訳で、上のように何に対しても(ラリー以外は)俄かファンなんです。WRCはもう40年近く追っていて、ふるーい、ふるーいラリー選手から新しい選手までよく知っているつもりですし、選手のみならず、車の歴史、その栄枯盛衰、チームの変化なども頭の中にギッチリ詰まっています。^^

大学時代から自分が競技者としてラリーをやっていたので、その時の興奮の記憶というのが忘れられないというのが大きいのですが、道具を使って正確に速く道を飛ばし競技で順位をつけるというのは男にとってはなかなか素晴らしい世界です。ラリーは男が「パンツをはいて出来る最高のスポーツ」等と言う人がいますが、実は私もそれには大いに同意しております。

ちょい脱線しましたが、私のような人間は所詮多くの他のスポーツにおいてはその場でワイワイ言って日本という自分の母国とか日本の代表選手とかを応援したいというだけの人なんでしょう。俄か一直線。

まあ、私自身は日本人のテレビの前の応援団というのは半分はそんな人達だろうと推測しています。

2026年7月4日土曜日

アメリカ建国250周年!

すごい事です。アメリカ建国250周年。

いろいろ見てみると、1776年7月2日に議会で採択され、翌々日までに修正が施された最終の宣言文が公文書として日付が刻まれたことでこの日が独立記念日となったようです。

一年後の7月4日には初の記念日が催されており、新国家としての強力なアメリカのモーターが正式に回りだしたのでした。この宣言文は実際はペンシルベニアで市民に公開されたわけですが、実に残念なことにペンシルベニアはあのトランプが卒業したU-Pennの存在する大学。

U-Penn自体は素晴らしい大学として名を馳せていますし、輩の出たWharton校は更に有名。しかし、大学で人を変える事が出来ない事の一例がまさにこの一例ですね。残念ですが、結局この250周年を祝う中心人物がこの残念マンになっているところにアメリカの悲劇があります。

私が小学生の頃、アメリカ建国200周年を祝う切手を親父がアメリカから届いた郵便物から剥がして持って帰ってくれたことを未だに覚えています。テレビでもアメリカ建国200周年を祝う番組がいくつも特集されていたと思うのですが、私が視たのはほんのちょっと。なんだかアメリカでは賑やかにやってるなというのが幼い私の印象でした。当時の大統領は調べてみるとじゃラルド・フォードだったんですね。(ニクソンがあの事件で丁度二年前に辞任しておりましたので、副大統領がそのまま昇格というパターン)

近代国家としての歴史は十分に長く、多くの大学の医学部も200年前後の歴史があり、近代に限ればアメリカとは近代科学や工業文明の力ではなかなか敵わない歴史があります。次の御祝いの時には私などは確実にこの世に存在しない訳ですが、娘や息子達は恐らく余裕で300周年記念を見ることになる訳です。

人類が50年後も無事に生きていたらという事が前提になりますが、これからの50年はアメリカがどういう国に変わっていくのか、大変興味があります。まさかトランプ以上のトンデモ大統領や内乱による国家の動揺等が出現しなければ良いのですが。

娘達が戻りたいと思うようなアメリカであって欲しいと心より願います。

2026年7月3日金曜日

外国人犯罪者

最近、国会でさえ取り上げられる外国人犯罪者の話。

トクリュウの話と絡んで、まさに「国境なき犯罪者達」が国境線など全く関係なくいろいろな方法で金を搔き集めるシステムを全世界で構築するわけですから、人種も年齢もすべてを超えて騙し騙されの世界。

特にその金を集める方法が多種多様で、千差万別のやり方で金を振り込ませる方法から実際にいろいろなモノを現地にいる人間に盗ませてそれをこれまたいろいろな方法、手段で換金させてはどこかの(特にどこかの発展途上国の国境地帯に多い印象)集約地点に金を送り込ませてマネー・ロンダリング。

悪い奴というのは法を無視したり搔い潜ったりして悪い事で金を集めることに全力を注ぎますので、法を守っている側は基本的にそういうアウトロー共の攻撃に対しては圧倒的に不利な立場にありますよね。認知能力の衰えた人や善意への付け込みなどこの手の犯罪者共にとっては良心というものがありませんからまさにお手のもの。捕まえたら厳罰に処すのは当然ですが、問題はそんな末端の連中を捕まえても頭は残ったままで、幾らでも犯罪が継続的に再生されてしまう訳です。

そんな中で、日本で悪目立ちしているのがベトナム人による犯罪。名古屋というのは日本で最大のベトナム人コミュニティであることはこのブログにも書いてきましたが、その犯罪における悪目立ち具合は正直酷いレベル。

友人のベトナム人達も「勘弁して欲しい」と言っている人達が多いのです。

2025年度末で681,100人(前年比 +46,739!)も日本国内にベトナム人がいれば悪い奴も人口にある程度比例しているのが必定なのが普通。勿論どの国の人間かで人口当たりの犯罪者の比率は相当変わるとは思いますけど…。恐らく諸外国における日本人の犯罪比率なんて極端に低いと思いますが。

これらベトナム人による犯罪で多いのは技能留学生の弱みに付け込んだ「ハノイ界隈の連中」によるものが多いんだという話です。技能留学生としてやって来るまでに多額の金がかかって、それを返させるために犯罪に引きずり込んだりという事も多いらしく、円安による二次的な影響が祖国に金を送り返せない、金を都合してくれた組織の連中に金を返せないという事で悪い事に引き込まれるというパターンも多いようです。

勿論、何があろうと犯罪に手を染めるという事に言い訳はない訳ですが!
自動車盗を始めとして電線盗やエアコンのラジエータ盗、側溝の蓋を盗むなどもあって「お前ら一体何やってんの?」という感じしかありません。

これらのニュースは当然本国ベトナムでもニュースになっているのだそうで、特に殺人が絡んだり傷害事件に絡んだりした時などは特に結構な報道対象となっているようですが、細かい事件までは報道されていない様子。こういう事で真面目に働いている残りの同国人達が迷惑を被るのは本当に彼らもやり切れないと思うんですけどね。

外国人というのは目立つもの、そして大きく報道されやすいもの。こんな事で排外主義者を喜ばせてどうするねんという話でした。

2026年7月2日木曜日

どんな美人でもゴミ屋敷に住んでいることがある

この20年はゴミ屋敷のお話が結構世の中に存在するリアルな社会問題として話題になっていますよね。

私の勤める病院でもとんでもないゴミ屋敷、ウンコ塗れの屋敷などから役所以来で救出されてくる患者さんが居ます。病院に来る時にはまずヘルパーさんや担当看護師さんから直ぐにお風呂に入れられて体を徹底的に綺麗にすることからすべてが始まります。同時に持ち込まれた服などは糞便塗れの事も多いので、それらを綺麗にしてあげることも日常生活を普通に戻すための大切な過程なんです。

さて、このゴミ屋敷に住む人達なんですが、ゴミ屋敷を作るという行為は別に普通の生活を送る方々が想像するような髭を生やして汚い服を着て、酒に飲まれているオッサン風の人達だけの専売特許ではありません。

一見すると滅茶苦茶に清潔な感じを与える美しい人でも「ふつうに」ゴミ屋敷に住んでいるというのが不思議なところ。職業や性別、収入なんかも全く関係なくそういう人達は発生してきます。実はコレらの人々は精神科医の間では精神疾患として取り扱われているんですね。
精神科臨床の現場では複数の精神症状が重なった結果として現れる生活機能障害と捉えられているのが実態です。

そもそも生活空間の荒廃が起きてくるのはうつ病、ADHD、統合失調症、認知症などで出てくる実行機能の低下考えられておりまして、片付けの段取りが組めない、優先順位がつけられない、行動開始ができないという表現型とみなされています。それには意欲低下 や強迫性障害(OCD)=物を捨てることへの強い不安、判断不能、確認行動も関与していて、不安障害、PTSD も絡まった不安・回避行動 のように、片付けを始めると不安が強くなるため、行動そのものを避けるというような行為の積み重ねの最終的な表現型がゴミ屋敷だと考えられているんですね。

要するにゴミ屋敷化は「怠け」ではなく、脳の機能低下や不安の結果として起こる医学的な現象というのが今の精神医学の考え方なんです。

更に若年層では過重労働・学業・人間関係のストレスのために生活スキルがまだ十分に確立していない、一人暮らしでサポートが少ない、メンタル不調自身への自覚が乏しいという事などが複合要因として存在し、最終的には「片付けられない自分への羞恥心 」が目の前に存在するゴミ屋敷の出現に対する問題解決に対する相談を避けるという状況に陥ってしまって、気づかないままに自分が生きている日常の生活空間が自壊し、とんでもない生活環境が更に精神状態を悪化させるという悪循環に陥るという話。

このループは、本人の意思や努力では断ち切れないことが多いのが特徴で、片付けようとしても身体が動かない、捨てることに強い不安を感じる、風呂・キッチンなどが使えず、生活空間が機能しない、不衛生環境で健康被害が出ている、社会生活(仕事・学業)が破綻し始めている等が重なっていたら疾患の容態に応じて抗うつ薬・抗不安薬・認知行動療法・強迫症治療などが早急に導入されるべきだと考えられています。

要するに当事者の自覚が乏しいまま進行するのがこのゴミ屋敷出現の経過。ゴミ屋敷化は「片付けの問題」ではなくて脳の機能・精神状態・生活環境の複合的な破綻として理解すべき現象だというのが本質的なポイント。

テレビに出てきて笑いながらゴミ屋敷を公開する恥を売り物にする芸能人達がごく普通に居ますが、画面に映されているゴミ屋敷の住人たちは実のところ治療対象の方達なのです。

今日こういう記事を書いたのは、最近ネットで公開されたあるアイドル女性のとんでもないゴミ屋敷に関する記事を見たからで、思わずこういう雑文を書いてしまいました。

2026年7月1日水曜日

200万カウント

つい2日ほど前ですが200万カウントを数えました。

最初の100万カウントが15年。そしてこの記事を書くまでが4年ですからカウントの100万カウントを弾き出すまでの速度は四倍になった事になります。
2007年に最初の記事を書き始めたのはまさに日記。しかし、今も昔も誰にも関係ないどうでも良い事をだらだらと書き連ねるスタイルはガチで変わらず。まあ、そもそも「よしなしごと」を書き連ねる日記として書き始めた訳ですからそれでいいんですけどね。

いつも向田邦子のような「天才・名人」レベルのエッセイストであれば、もっと肩の力が抜けたような軽いタッチの洒脱な文章で人の脳を心から喜ばせるようなものが出来るのでしょうが、そういう才能というモノとは一切縁が無いのです。ああいった文章は洒脱に見えても異様に集中して書いているのかもしれませんが、それでもあの方の文章は筆達者と呼ぶのを憚られるほどの名文を生涯にわたって生み続けた訳ですから、本当に天才の部類ですよ。

それにしても、自分で書いていていていつも感じるのは「文才無いな~」という感覚。私の文章は高校の時に英語長文を添削してくれた教師から「君の文章は文法は間違ってはいないけど全体的に硬いんよ」と言われたことがあります。勿論、慣れない英文での文章ですから間違わないように書くという感じで文章全体が硬くなっていたのかもという推測もできますが、基本的に私自身が考える自分の得意な文章は論文の書き込みや他人の書いた文章の添削、それと種々の公的文章等であって「溢れ出す才能がどうしようもなく文体に滲み出る」という感じの天衣無縫感は当然のようにゼロです。皆無。w

いつも何を書こうかな?という所に一番時間がかかっていて、下手をするとここに数時間かかるような事もあります。勿論、その日の朝にさて今日の夜には何を書こうと考えて、結局何も思いつかずに数時間グダグダというパターンも多いのですが、何を書くかという事が決まってしまえば毎回20分程度で通常のブログは完成するんですけど、完成度は御覧の通り。orz

しかも、書いた後はチラリと見返すだけでてにをはをちょっと治す程度の事もせずに疲れて寝てしまうという事も多いので、後になって読み直すと思わず「うわー」というような間違いが見つかったりしていつも頭を抱える私です。しかし、まあ生まれ持ってこのかたのスタイルというモノは勉強でもせん限りは無理でしょうな。

綴り方教室というものにでも通ってみますかな?可塑性は無さそうですが。

2026年6月30日火曜日

国旗損壊罪?くだらねえ。

ポーチの修理の話はついこの間ここに書いたのですが、やっぱり安いほうの交換で済ませることに決めました。

ざっくり計算すると、3枚のガラス・ポーチを交換するのに一番安いのが$6,700と言いますから値段は100万越え!

1ドルが161円とか162円というようなびっくりするような円安に振れていてもう何をかいわんやです。高市首相がそれを容認しているんですから、この石油爆上がりの時期において少しは真面目に行き過ぎた円安対策をしろって話。

国旗損壊罪制定とかいう名前で下らない議論をしてる暇があったらもっと沢山やることがあるやろって話。これじゃせっかく日本初の女性宰相になってもう少しましな女性の視点からの政策が出てきたりするのかと思っていた期待をただただ萎ませるだけ。安倍ちゃんの政策の焼き直しと強化版かい?ちなみに調べてみたらネットにこんなにきっちり調べて書いてくれているサイトがありました。

意外ですけど、日本は自国旗は焼こうが破ろうが罰則無しだけど、外国旗はダメとかなんだか良く解らん法体系。そもそもこういう事に緩いのが戦後日本の良いところだったんじゃないのかい?アメリカも煮ても焼いても罰則無し。意外ですけどきちんと裁判で判例が提示されています。似非愛国者共のpatriotismなど糞喰らえって訳で、国旗を燃やす自由も言論・表現の自由に当然含まれている訳です。

俺は共産党も社会党もあの手の左翼連中の浮世離れした考え方は蛇蝎のように嫌っているし、あいつらの言っている事などケツの毛ほども信じていませんが、だからと言って大日本帝国の亡霊を復活させようというような動きも一言「ふざけるな糞野郎ども!」くらいにしか思いません。

日本人は自分で考えて自分の意見を表明してそれを行動に移すことを教育されずに育てられてきた集団。極端な法の制定は必ず日本という国中でいつか、どこかで凶悪な牙に変わりかねないと思います。

80年前に多くの人の血と涙と共に迎えた終戦ではアレほど国家という存在が如何に個人の自由を奪ったのかという事を恐ろしい痛みと犠牲と共に学んだはずの日本人は1世紀も経たぬうちに同じ負のスパイラルの鳥羽口に立ったという気がします。

そもそも国旗の損壊で厳しい罰を下す中華と韓国の国々と同じで良いのかい?そんな法を制定しなくともほとんどの日本人は美しい日本の国を愛してますから。例え情けない政権にどんな馬鹿な宰相がなり続けても日本の美しさは変わらないし、世界の人々は日本を訪れたい国のトップ10に入れ続ける事でしょう。国旗を燃やそうと切り刻もうと、それをアホの所業と笑う余裕がなくなったら文明のレベルは一段落ちたと思うべき。

そのうち政府を馬鹿にしたり警察を詰るような文章を書いたり話したりしたら侮辱罪とかいう時代が来るんじゃないか??????

公的機関の馬鹿に馬鹿と言ったら逮捕されないのは大いに誇るべき制度。日本における表現の自由の一角が崩れ始めた日として後の世に記憶されないことを祈るのがただの祈りであることを願わざるを得ません。

俺は何時も中国人の友達に言ってましたよ。「中国人は大変やな~。政府の事や要人の事を悪く言ったり国旗を焼いたら身元不明になるからな。w」と。
しかし、これからは自由世界に住んでいることを誇れなくなってきたのではないか、少なくともその第一歩を踏み出したんじゃないかと不安に思う還暦のオッサンです。ポーチの話から始めたのに超脱線してしまいました。

歴史は繰り返すというのは残念ながら、やはり…。

2026年6月29日月曜日

消えていく家族の絆

ある患者さんが精神科病棟で亡くなられました。

90近くと御高齢の方で、長い間認知症を患い誤嚥性肺炎で苦しんでいました。自分の痰を誤嚥し続けて痰を吸引しても吸引しても誤嚥から逃れられないまま最終的には廃用が進んでお亡くなりなった方でした。

古くから入院されている患者さんのいる大きな精神科の病院・病棟ではありがちなのですが、何十年も前から統合失調で入院されていて、そのまま年老いて認知症も進んでいって最後はベッドの上でこのような形でお亡くなりになるという事が今の時代、良く起きています。

今の時代の統合失調治療薬は適切な診断の下で適切に服薬が進めば多くの場合かなりの確率でそれらの患者さん達を日常生活の場へと送り返す事が出来ます。昔の薬のように効果も「ある程度」あるけれど、錐体外路症状などの副作用が強すぎてADLを大きく制限するような薬というのは、現代的な精神薬理学を理解している医師からは忌避される傾向が強いし、なるべく少数精鋭の薬を上手に組み合わせて加療しようとしています。それが現代精神医学の進歩。

別系統の薬にはなりますが、例えば一昔前は眠剤などでもベンゾジアゾピン系の薬などは、表立っては言いませんが投薬自体を「犯罪」と言って蛇蝎の如く嫌う先生もいます。イギリスで恐ろしい程の賠償を求める裁判で製薬会社がボコボコに殴られそうになった黒歴史もあります。依存性を惹起するような睡眠薬はやはり避けるべきだと私も考えます。

ちょっと話が脱線してしまいましたが、こういった数十年にわたって超長期間入院されているような患者さんというのは、時間の経過とともに御両親、御兄弟、お子さん、親戚などの「縁」が薄くなったり切れていったりというような事が本当に多いのです。

10年前までは連絡が付いた甥っ子さんも最近電話してみたらもう誰にも繋がらない等という事はごく普通に経験します。無論、患者さん御自身が既に70-80歳台だと当然御両親は普通に居られないし、御兄弟もとっくに…等というのは結構普通ですよね。
遠い親戚も、統合失調で何十年も入院しているような叔父さんや叔母さんの存在自身が頭の中から「消えている」というような事も考えてみれば自然な流れ。

かくして、書類上は「無縁」という事になりがちなのです。

これからの時代、とくに精神疾患などを患っていなくとも「無縁仏」として葬られていく人達は激増する事でしょう。私も一歩間違えれば直ぐにそうなること請け合い。葬式を出して貰える時代に生きる人間や家族というのはまだまだ幸せなのかもしれません。

まあ、私は焼いてもらって骨は木の根っこにでも捨ててもらえばそれで十分なのですが。w

2026年6月28日日曜日

あんた、頭大丈夫か?

びっくりしました。

韓国の現大統領が自分の国の負けた監督をXでこき下ろすのをニュースで見て、これは本当か?と最初は疑いました。そんな国家元首とか聞いたことがありませんから。北朝鮮ならあるのかもしれませんが…。

以下に後の記録のためにその要旨を張り付けましたけど、これが国家のトップについている人間の選手・監督に対する発言かね?そもそも政治家が全力でやっているスポーツ選手にこんな汚い言葉を投げつけるとかあるか?凡そ監督の選出過程に対する文句の羅列で、同じっことを言葉を変え言い直しているだけですが。
  • 今回のW杯本大会出場失敗は、組織と人事の失敗が招いた当然の結果だ。

  • 能力よりも身内びいきを優先し、無能な人物を指揮官に選べば結果は火を見るより明らかだ。

  • 公私の区別ができず、公益よりも私益を優先する“めちゃくちゃな人事”が行われた。

  • こうした誤った人事は、国民を深い虚脱感に陥れた。

  • 国民の皆さんに深い失望を与えたことを申し訳なく思う。

  • 今後は、能力と実績に基づく人事を徹底し、同じ失敗を繰り返さないようにする。

そもそも、身内びいきで毎度毎度のように引退後の大統領が逮捕されたり自殺したりするのはどこの国の話なんやという事。あんたが非難した言葉の全てが一字一句自分自身に見事に戻ってくる大ブーメランだという事実を己自身が解っていないというブラック・ユーモア。

無能な指揮官って「李在明」あなたの事では無いですか?韓国ナショナル・チームの監督よりもまず反省すべき人間は鏡に映っているあなた自身では無いでしょうか?

今回出場した選手達は非常な努力をしてサッカー界の階段を上ってきたけれども、恐らく監督や協会の戦術的な問題と選手育成の過程の問題で世界の強豪に伍していくレベルに迄は達する事が出来なかったことは事実。しかし、それを大統領が非難するというのは、ましてやあんたのような人が非難するというのは完全なお門違い。

先ず口に出すべきは「ありがとう!お疲れ様でした」では無いでしょうか。

こういうのを見聞きすると、森保監督という人物の質の違いだけでなく物事への取り組みにおける国民性の違いの深淵というものを覗き見た気がするのは私だけでしょうか。

2026年6月27日土曜日

サッカーと政治

アメリカで研究をしていた頃の友人にイラン人女性がおりました。

イラン人女性とはいえ完全に「現代」イラン人女性という感じで、全くスカーフやヒジャブなど言うものは身に纏っているのを見たことはありませんでした。研究所では血液腫瘍の信号伝達に関するスマートな仕事をしていて、賢い女性でしたね。

基本的に自分の考えを明確に表現する明るい女性で、聡明という言葉がよく似合う人物。イラン人女性として乳癌で40歳という若さで亡くなられた驚異の天才女性数学者ミルザハニを生んだ国、イラン人女性の聡明さには何の驚きもありません。

今回、その友人がネットに再度投稿をしていました。イランの現政府を激しく非難し、彼らのせいで多くの人達が行方不明になり、彼らのせいで国家の進歩が停滞し、彼らのせいでアメリカに入国したイランのサッカー選手達が酷い目にあっていると。

実際のところ、イラン政府自体は今回のイラン・ナショナル・サッカーチームのアメリカでの酷い取り扱いに関しては悲劇の英雄、被害者、それでも雄々しく戦う英雄という枠にはめ込んで国家を鼓舞する宣伝材料として使っているようですが、反体制派側はそんなプロパガンダには真っ向から反対している状況。決して交わることはありません。

ワールドカップ・サッカーはいつも「国家間の代理戦争」等と言われていますが、今までに何度も結果に応じて多くの人達が殺されてきましたし、負けた選手達が帰国後に晒し者、吊るし上げの結末を迎えることはたくさんありました。しかし我々日本はそんな事とは無縁でありたいものです。

スポーツの本質は国家の代理戦争ではなく、あくまでも素晴らしいプレイヤーとそのチームを作り上げたコーチの持つ戦略同士の鬩ぎあいであって欲しいと思うのです。次のゲームは日本とブラジル。個人の飛びぬけた突破力でいつも戦ってきたセレソンですが、準備という意味では日本のほうが上だと思いたい。

例え看板選手質達がごそっと怪我で抜けている日本でもやっぱり強かったといわれる試合をしてほしいなと思うのでした。

サッカーはサッカー、政治は政治。日本のチームもワールド・カップでのAIによる対ブラジル対戦予想では30%を超える確率で勝利の可能性があると弾き出される様になったのですから大したもんですよ!

がんばれニッポン!

2026年6月26日金曜日

近所のBYD

近所のBYD、ゆっくり歩いても5分もかからないところにあります。

私はいつも長久手イオンへの3キロ弱の道を往復することで合計6キロ行くか行かないかの散歩道として使っております。そして、その途上にあるのがBYDの販売代理店。

少なくとも名古屋はトヨタの城下町ですし、勝手に消えていっている日産は別としてホンダも軽自動車の会社に戻り勝ちな状況となっていますので、目立つのはトヨタ系列の車ばかり。その上でレクサスが滅茶苦茶多い、というか多すぎるのが名古屋のレクサス事情。私は「絶対」のレベルでレクサスはカローラより沢山走っているのが名古屋という町の特徴だと思ってます。

その街でBYDという車がどう生きているのかという話なんですが、少なくとも私が知る限りでは知り合いの人でこの車を購入した人はゼロです。病院の誰も買っていないし、友人の誰もBYDのビの字も口にしません。そもそも街中でBYDが走っているのを見かける事自体が珍しくて、滅茶苦茶少ないはずのフランス車のほうがよっぽど沢山走っていますし、明らかにポルシェのほうが目立っています。というか走っているBYDを私が見るのは一週間に一回有るか無いか?くらいでしかないのです。

ましてやどこかの御家庭の駐車場に停まっているなどというのは私が知る限りは一軒のみ。しかも名東などではなくて、中村区の中をバイト先の病院関係の仕事で運転手さんが走らせている時に一台だけ白いSEA LIONを見かけるだけ。

先ほど上に書いた私の家の直ぐ傍にあるBYDの販売代理店なんですが、やっぱり最近もお客さんが店に入っているのを見かけた事が無い。土日も!そして、何時も展示している車が全く変わらないんです。車種どころか位置さえも。w

他人事ながら流石に心配。以前から何度も日本市場に挑戦しては撤退するというのを繰り返している韓国のヒュンダイと似たような運命を辿るのではないかという素人なりの予測をしております。いくら何でもアレほど売れてる気配がないと人件費とテナント代ばかりが消えていって資本金自体が溶けていくんじゃないかと心配なんですけど。

因みに昨年一年で日本では3700台ほどが売れたみたいです。しかし、あのポルシェでさえ去年一年で日本では1万台弱売れてますから、大衆車が3700台では不味いぞよ?でも待って!ヒュンダイはたったの1300台。2026年時点で代理店はヒュンダイ64店舗、BYD70店舗だとか。

これでは在日中国人と、在日韓国人が乗ってやらんと広まりませんぞ…。

2026年6月25日木曜日

本を病院に寄贈しようと思ったけれど…

本の選択はその人自身の頭の中そのものだと思っています。

知的なレベル、知識、その人の頭の求めるものが一体何なのか鏡のように見せてくれるのが本の選択。そしてその選択の結果として並べられた本の群れがその人の家にある本棚。

本棚を見ればその人の頭の中身が解るというのは私の何時もの持論ですが、同意してくださる方は多いものと信じています。そもそも本を読まない人の家には本棚どころか本さえ無いというようなところもある訳で、私には「俄かには」信じられませんが、実際にあります。

今回、病院で暇をかこつ患者さんのために自分が持っている本の中で差し上げてもいいな~と思われる本を選び出して患者さん達に読んで頂こうと思える本を探しました。家の本棚には大量の本が本当にごっそりあるんですが、患者さん用に持っていっても良いかな?と思える本を探したました。

ところが、30分ほど時間をかけてあっちの本棚、本棚の裏に並ぶ本の群れなどを探し回ったにもかかわらず持って行ってもいいなと思えた本はたったの二冊。あちらこちらに並ぶ本の殆どは手に取らずとも「やっぱりこれは手許に」「これも無理。出せん」という感じで結局出すことになったのは二冊だけ。w

出されることになった二冊の本には申し訳なかったんですが、前から「これは要らん」と思っていた本でしたので、逆に言うと良い出先が見つかったと思うとともになんで今まで読まない漫画以外病院の患者さんに持っていこうと思いつかなかったのかと不思議に思いました。しかし、よく考えるとそもそも本を人に渡すという行為がデフォルトで自分には発想不能な状態になっているんだなと思いなおしました。

もう一つの部屋に置いてある本の群れから、あとどれだけいろいろ探せるのか?期待薄ですがやってみましょうかね。

でも、ツマラナイ本持って行っても患者さんには失礼だしな~。難しいもんです。

2026年6月24日水曜日

家族に風邪をうつしてしまった

私は時々息子の横に寝たりするのですが、数日前に風邪をひいたときに息子にうつしてしまったようです。orz

もしかしたら向き合った時に咳をしてしまったのが息子に…と思ったのですが、恐らくその推測で間違いないようなシーンが脳裏にありますので犯人は自分です。そもそも、私自身もどこで拾ってきたか判らないのですが、推測してみても病棟で咳をしていたあのヘルパーさんかな?いや、そんな筈は…程度。全く思い当たりません。

しかし息子の場合は初日に鼻水がズルズルしていたんですが、翌日はそれが止まった感じでしたが37.2度の微熱が残ったくらいでそのまま症状がかなり収束した感じで終わりとなりました。

私自身は前回のここでの記述以降、翌日もダルさを残しつつも仕事をして「働いている間」は元気だったのですが、やっぱり家に帰ってくるとぐったりという日が二日続いてその後は次第に痰も切れて咳が出なくなってやっと収束したなという感じ。ただし、その数日の間は横になって寝る時間が増えた為に腰を動かさないために出てくる「腰痛」に悩まされました。

さて、今度は同じ部屋で寝ている嫁さん。

お互い「間違いなく」キスもしてないのに!同じ部屋にいた嫁さんも風邪をひいてしまいました。申し訳ないけど犯人は私ですね、恐らく。99%の確率で!w

一番きつそうだったのは最後に風邪をひいた嫁さん。寝る時の咳、起きた時の咳がそれぞれに結構激しくて体も怠いとのお話でした。私と一緒で下痢などの消化器症状は無いとのことでしたが、私の症状に追加して出ていたのは食思不振。3日連続で食べる量が減ったとのことで1キロほど体重が減少したらしいです。残念ながら痩せたいと思っている私のほうは食欲は全く落ちず…。どうなっとるんだ俺の体は?

ようやく嫁さんも咳が落ち着いてきたのが今日から位かな~等と思っていたら、なんか次女が咳をしているような?100平米もないマンションではやっぱり風邪の拡散を防ぐ術はない様です。(拡めた本人の言い訳)


2026年6月23日火曜日

頑張ったんで褒めてください?

病棟である女性看護師から言われました。
「先生、私今日頑張ったんです~。褒めて下さい。褒められて伸びるタイプなんです~」と。

私は背中でそれを聞きながら「・・・」という感じだったのですが、実際その中年女性が放った一言に私はどう反応していいのかわからず固まってしまいました。正直なところそこには心の中で「は~?」と言い返したかった自分が静かに立って居ました。(もちろん実際には何も言いませんでしたが)

仕事は給料を対価としてもらうもの。その知識とスキルを発揮して、期待されたことを当たり前のようにこなして初めてその給料に見合った仕事をしたというように考えるのが当然だと考えます。要するに仕事の対価というのは能力給というアメリカ的?考え方がデフォルトだと考えます。

私は冗談半分にこういった発言に対して「よく頑張ったネ!流石はXXさんだけあって仕事がスムースだね」とかいうべきだったんでしょうかね?w

彼女には大変申し訳ないのですが、そういった言葉を出す事自体が「与えられた標準的な仕事」を普通に終わらせただけの人間に誉め言葉を発するのは私にとっては労(ねぎら)いどころか侮辱に思えるんです。精々のところ「お疲れ様」という言葉くらいなら誰にでも声掛けしますが、これくらいの事ならこの人なら淡々と出来て当然という状況が普遍的なものでなければ職場のレベルは上がりません。

そんな中で、いい歳こいて「私の仕事を褒めて下さい」というメンタリティは私にはまったく理解の範疇を超えた思考回路の産物。もしこれが女性だから許される発言だと考えているのならそれは正直なところ逆性差別。女性に対しても彼女の発現は失礼です。

仮に同じような事を同じように「真顔で」中年男性が私に言って来たら、恐らくまじまじと彼の顔を見つめて同じように無言で対処したことと思います。

彼女のような人間にはプロフェッショナリズムという言葉の意味をもう一度考えていただければと心の底より思うのでありました。

2026年6月22日月曜日

名伯楽達は点数を見ない

ワールド・カップ2026での日本の戦いは今のところ素晴らしい結果を残し続けています。

2050年までにWCサッカーで優勝を目指すといったJFAの話がむかし出た時には世界の皆が大笑い、もしくは完全に無視していました。ところが、そんな状況でも日本はひたすらシステムの構築と経験値の蓄積に励みました。

Jリーグの開始。外国人有名選手の招へい。外国人有名監督の招へい。そして、下部組織を多層化させて裾野の広い人材育成を行い続けました。各種の戦術を無数の選手たちに吸収させるだけではなく、高校の有名校だよりだった若手育成をクラブから育成して直接調達する道も大きく広げるとともに、最初から海外クラブの下部組織に小中高の年齢から浸透させることで膨大な経験値と豊かな人材育成を果たしました。

Jリーグの伝説的キックオフから既に30年以上。今では数多くの超一流欧州クラブや南米のクラブに数えきれないほどの日本人選手達が所属するのみならず、それぞれのリーグの選手権でタイトルを取ったり必須の選手となっているというようなJリーグ開始当時には「全く」考えられないような夢のような状況が到来しています。

大型の選手達とぶつかり合ても平然とプレイを続け、英語やスペイン語、オランダ語、ポルトガル語で相手の選手と罵りあうメンタリティを持つ人間達がワンサカいるような状況では世界レベルの相手の戦術への理解や試合のやり方も相当に各人に自然に浸透しているのは全く当たり前という状況で、そりゃそうだわなとしか思えません。慎重に、長い時間をかけてブロックのピースを組み上げてきた日本にとっては気づけば「思えば遠くへ来たもんだ!」という所に立っている訳ですが、それも自然の流れでしょう。

一握りのエリートだけをチヤホヤせず、可能な限り裾野を拡げ、分厚い人材育成のポッドの中から選びきれないほどの優秀な人材を悩みながら選抜していく事の出来る素晴らしい時代が来たのです。そしてそれらの人材達に国内外で国際試合の代表経験を積ませた選手達を森保一監督が8年もかけて試しつつ育成を続ける時代。

その結果はというと、世界の多くの監督・名伯楽が高く評価する表面的な得失点差だけでは判断することのない「日本のシステムの強さ」というモノを産み出している状況ですよね。サッカーの事をよく知っている各国の玄人達の深い解説を聞いていると、試合の得点には出てこない影の主役達の恐ろしいまでのプレーの品質が良く表現されています。

印象的だったのは「日本の選手達はシステムを超えない」という評価。これはポジティブな意味での評価で、能力のある「本来なら攻撃や守備の各方面でそれぞれに強烈な強みを持つ選手達」が、個を殺してまでも有機的なシステムとして機能して相手に攻撃をさせず、少しでも相手のタガが緩んだら、あっと言う間にそこにハンマーを打ち下ろすというチーム。

派手さは無いけれども、理論の結実として完成したような「負けないサッカー」を展開してこられる相手チームは頭が痛い事でしょう。

いろいろな国のいろいろなチーム、例えばオランダ、イタリア、ドイツ、ユーゴ等々の監督達の薫陶を受け時間をかけて熟成されたワインのようなプレイをしてくれる日本の選手達にこれからも大いに期待したいと思います。今現在、4枚の大看板が怪我で退いている状況でここまでやれるなんて、日本の選手層は本当にあり得ないほど分厚くなったんだなーって感慨一入です。(TT)


2026年6月21日日曜日

体調最悪

昨日は素晴らしい一日を過ごし、楽しみすぎたのでしょうか。

実は昨日のコンサートの前から寝ている時に鼻水が出始めていて、喉がやられたなっていうのが判っていました。しかし、漢方を服用したりして何とか抑え込めないかな等と感じていたのですが、イマイチ駄目で症状が悪化する「予感」を感じる状況だったのです。

そして本日。起きて直ぐに判りました。「ああ、今日はとてもジャガイモの選別とか無理」というレベルの状態だったのです。

声は野太くなっているし、鼻水は出てくるし、明らかに後鼻漏の状況で濃い鼻汁が喉の奥を流れていくのを感じます。試しに痰を切ってみると滅茶苦茶濃い痰がティッシュの上に確認できました。なんだかこれでは明日の出勤が危ぶまれる状況です。

取り敢えず体調を戻すために一日中寝ていたのですが、寝ても寝てもまだ回復が足りない感じが夕方まで普通に続きました。それでも、とりあえずは夕方家族と共に藤が丘の天婦羅屋にご飯を食べにいけるほどの回復は可能となりました。

美味い天婦羅を頬張りながら体調の回復を感謝しつつ家に帰りました。

明日の仕事は外来も入院もあるんですが、果たしてスムースに行くのか?皆さんに迷惑をかけないようなレベルで仕事が出来るポテンシャルを保てる程度の回復はしたいものです。(明日とと明後日は同僚の先生がアメリカ人の友人を京都大阪に案内するので不在。自分一人で守備をしなければならないキツさがあります。)

再び、おやすみなさい。

2026年6月20日土曜日

人生初めての経験

本当は今日はじゃがいもの選別をしに行く予定にしていました。

しかし、朝から大雨の予報となっており、泥だらけの畑に突っ込んで行っても車がスタックするだけというのは事前に判り切った話だったので、友人にLINEをしてジャガイモの収穫後の選別作業は少し先延ばしにすることにしました。

そこで、何をするかという事なんですが実は入れようと思えば入れられるスケジュールが2つありました。一つは次女が知り合いから貰ったという歌川国芳の浮世絵展のチケットの存在。そして今日は追加で「ある未体験の公演」というのがありまして、嫁さんに聞いたところでは「まだチケットとあるんじゃない?」とのこと。

その公演というのはオーケストラ付きの「お帰り寅さん50」でした。これはチケット代¥11,000だったのですが、以前東京で行われた同公演がただならぬ評価を受けていたので、これは行かぬ手は無い手は無いという判断が働いたのでした。そもそも、この手のリアルオケ付きの映画上演会が如何に素晴らしいものであるかを長女からしつこく聞かされていたので、どの程度のものなのか一度くらいは体験してみようと思ったこともあります。

しかも、二つの行事の行われる場所は同じビル内である愛知県芸術文化センターの中。先ずは10階に行ってきました。
版画のみならず有名な肉筆も国内最大の展示数
何か所かは写真撮影可。この有名な一枚も可能なもののひとつでした。
何といっても反骨精神に満ち溢れた国芳は最高!幕府のお達しなどどこ吹く風で、舞子の美人画がダメなら市井の美人を描いた絵を出し、歌舞伎役者の団扇絵や擦り絵がダメとなったら猫で戯画化して秀逸な似顔にして出すというやらかし先生。w

最高の反骨と最高のテクニックが織りなす美しく面白い気取ったところの一切ない浮世絵は世紀を超えて「素晴らしい」の一言でした。帰りしなには¥3,300円の浮世絵画集を購入して次女のための一次資料としました。

さて、その後は2階に移動です。公演の様子は以下のようなもの。
実演開始前に許された僅かな時間に一枚だけパチリと写真を撮ってあとはスマホの電源を落としました。
寅さんこと渥美清さんの死後に作られた「お帰り寅さん」でしたが、自分では見たつもりだったのにすっかり内容は忘却していたことを理解しました。ただ覚えていたのは桑田佳祐がイントロで寅さんのメインテーマを朗々と歌い上げていたことくらいでした。

さて、映画の始まる前に周りを見渡すと私+10歳程度の方々が中心。男女ともに沢山入っておられました。満員ではなかったのですが、2年前にこんな事があったのだという東京での公演を私がたまたま名古屋でこうやって体験する事が出来たのは実に幸せでした。

始まって前半が終わると休憩タイムが入ったのですが、後半が始まりオーケストラが更に熱を帯びた演奏を始め、映画の内容もより濃くなって来たところでポロポロと涙が止まりませんでした。私が、日捲りの「寅さんカレンダー」に出てくる大量の名セリフが次から次へと出てきます。もうね、敵わん…というくらいの熱いものがこみ上げてきて大感動でした。

最後に寅さんのメインテーマを生の演奏でフル演奏していただいた後は拍手が鳴りやみませんでした。

最初はこの値付けはちょっと高めかな~なんて思っていたんですが、終わった後では「安いっ!」と思えました。また同じようなシチュエーションで他の映画も観たいと思い、長女のいつも言っている意味が良く解りました。

終わった後は感動を抱えて雨の中、地下鉄に乗って家へ戻りました。