2023年12月31日日曜日

年越しとは言うけれど、残念な最終日

 二日連続の当直が明けて家へ戻りました。

朝の五時に訳の分からない病棟からの電話で起こされて病棟へ行ってみると、ある患者さんに関していろいろと事前の報告が欠けていて「残念な状態」での診察開始。入院時点では心房細動の無かった方が1分180回程度の頻脈状態になっていました。検査を幾つか行い治療を導入して安定化。

病棟で連絡してきた子は職位のポジションを上げるという事に関しては熱心と師長からは聞いていたのですが、実務の勉強のほうが全く追いついていません。病棟のには時々そういう子達が居るのですが、必ずしも実力が伴っている人材ばかりではないのが残念なところです。

こういうのは学校で教頭、校長になろうという事に関して積極的な人物が「必ずしも」人事管理等で優秀な人物では無いように、そして現場の生徒たちから信頼されている人物では無いようなものです。w

さて、睡眠時間が変な事になってしまって体のリズムはおかしなことになった為、副院長に病院内の問題のある患者さん達に関する申し送りを行って帰宅。家に帰ってからは更にひと眠りして昼過ぎまで気を失っていました。

夕方前には起きだして息子を連れて年末のモールを散歩したのですが、人手はそれなりに多く年末年始の食材の買い出しで賑わっている感じでした。

家ではWBCの回顧録の様なものをやっていました。更に数年ぶりに紅白歌合戦を脇目で観ていましたが、それもチラチラ見る程度。出ている歌手の皆さんも知っているのは半分を超える程度という感じで、中学の時に親父を見ていた自分の感覚はまさに今の自分の子供から浴びている視線と同じなのだろうなと心の中で苦笑いでした。

今日の夜は地下鉄が終夜運行というのは知っていましたので、日本酒をくいくいと飲んだ後、何時も行っている神社に向かって地下鉄駅へ一人で向かいました。何事も一人の時間は大切だと思っていましたが、今年の夏からは殊更それを自覚しましたので、今夜も一年の締め括りとして神社に向かいました。

神社は近づくにつれ正規分布曲線の山を片方から登る様に人が増えていきました。そしていざ近づくとはるか遠くに並びの終末がある感じ。ガックリです。列に並ぶのが嫌いな私はココから離れて周囲を散策。

2023年最終日の夜に遠くで追いかけっこをする珍走団の爆音が聞こえていたのでした。2024年は前厄。何というか、また人生の運行的にいろいろな事が起きる年ごろになってきたという事でしょう。気を付けたほうが宜しいのでしょうか。

そう言えばもう一つ年末に残念なことが。年末に応募したマクドナルドの福袋が外れているのに気づきました。これで2年連続の外れです。orz

2023年12月30日土曜日

坂田師匠の訃報

年末になって悲しい報せが入ってきました。

アホの坂田こと坂田師匠がお亡くなりになったとのニュースがネットニュースを開いた時に目に飛び込んできて愕然としました。自分にとって脱力系の笑いの原点は坂田師匠。なんとも言えないハラホロヒレハレ感が私が反応できる人生最初のテレビからの笑いとしてドリフと共に幼い自分に入ってきたと思っています。

死因は「老衰」との事でしたが、82歳で老衰というのはギリギリ私なら書かないかなと云うところですが、恐らくこの判断をされた医師はその言葉以外に適切な言葉が思いつかないほど自然な流れの中での師匠の永眠だたのだろうと推測されます。

私も90位の歳を境にして、それより若ければ明確な死因として急性・慢性疾患の延長上の病態としての死を迎えられた方には慢性心不全・慢性腎不全・誤嚥性肺炎などの個別の死因を詳記することはありますが、90を超えてくるといろいろな病態が複雑に絡み合っていたりいなかったりという状況ではあっても、実際には老衰という記述を以てそれを置き換えることもあります。

90歳まで生きれば正直もうお祝いに近いというのが私の本音です。勿論、正確な死因の記述は我が国の統計の基礎ですから義務として可能な限り死因を書き込みますが、それが出来ずに本当に生物として「細胞の時計」が時を止めたとしか言えないような無くなり方も自然の形としてあるのです。

例えば心臓が止まった、呼吸が止まったからと言って心不全、呼吸不全というような死因の記述をしてはいけない、という注意書きもありますので、殆ど死因の記述をした事の無い科の人にとっては死亡診断書を作成する事は結構敷居が高い事なのです。

最後になりましたが、私の愛した「アホの坂田」師匠の安らかな出発に掌を合せたいと思います。師匠、お疲れさまでした。アッチでもたくさんの方を笑わかせてください!

2023年12月29日金曜日

仕事場とパソコン内の大掃除

いよいよ年末も押し迫ってきました。

こういう時は掃除をする良いチャンス。看護師さん達は病棟の中やナース・ステーションを大掃除したのが仕事納めの日でしたので、私の個人的な仕事場大掃除は随分とズレてしまいました。

まず最初にやり始めたのは600通近くにまで膨らんでしまった未読のメールの片付けでした。これでもGmailのガチガチのフィルターを通ってきた正式のメールばかりでここまで溜まっているので、単純に私自身が読み切らないで溜まったものだったのですが。

Gmailは迷惑メール等といモノはほぼ完璧にシャットダウンして通しませんので、残っているメールをタイトルに従って眺めていくのですが、メールの中身の80%程度は医学系のモノ。しかし、企業の提供する医学系の情報は時間が経つとリンクが切れるタイプのものが多く、今回チェックしてみた所一年ほど前の古いリンクは半分程度はリンク切れとなってしまっていたため、逆に捨てるのは思い切りよくできました。

格闘する事一時間程度でメールの数は1/3の200をギリギリ切るほどにまで減りました。これでメールはある程度年末状態というのを迎えることが出来ました。その後はフォルダーの中から要らないモノをサクサク捨てて掃除。これは直ぐに終わりました。更にWindows One Driveの切り離しを行いさらにシンプルにしてPC関連は終了。

最後は物理的にデスクトップを乾拭きして要らないと思える書類をスコスコと捨てて厚さを半分に。もともと私のデスクトップはミニマリストの何もない奇麗な机ですので、本棚の方を少しだけ整理するだけで終了でした。

こうして病棟の落ち着いている日の当直の夜は更けていきます。

2023年12月28日木曜日

貧乏暇なし

世間では年末年始に10連休なんていう人達もいますが、私には無縁です。

この時期どうしても登頂に入りたくない、もしくは他の病院でのより割の良いバイト当直に精を出す人が居るためにその隙間を補う役目を負わされてしまいます。まあ、XX長等という役職を与えられていると、その名前に応じてしなければいけない「やりたくない業務」等というものが入ってきますので、なかなか面倒くさいもんです。

取りあえず年末は二連直。今年まではなんとかこれで行きますが、寝当直レベルであればこれでもギリギリなんですが、実際は働き方改革上やっていく事は避けたい当直です。

何というか病院内には年末感というのは全く無くて、精々が週末の延長。特にこうやって仕事を強引に当て嵌められているような状況では楽しみもありません。

と云う訳でやることは必然、映画の視聴や勉強、そして読書など。あとは少しビクビクしながらエルゴメーターで一時間ほどrowingして500カロリー+αほどのカロリーを消費しています。病院内にあるリハビリ室に置いてある自分のマシンでやっているんですが、トレーニング中にPHSが鳴らないことを祈りながらのワーク・アウトです。

今日の隣の精神科当直の先生は当番日に当たっているのか「物凄い数」のコールが鳴りっぱなし。統合失調の女性なのでしょうか大声をだしながら受け付けの横で警察の方と疲れた表情の家族さんに付き添われて薄い暗闇の中で走りだしそうな様子でした。

こういう時の内科医の私は全く出番なし。

そもそもこういう状況でやってくる多彩な精神症状を示す人達の正確な診断など出来る訳も無く、実質的には病棟において内科的問題がある人達の内科的問題の解決に最大の努力を払う事が精々です。

こうしたシュールな状況の中で二人の医師が当直する年末深夜の精神病院の夜は更けていくのでした。

2023年12月27日水曜日

まるで夜逃げ!

訪問診療のバイトが終わって、職場の後輩の引っ越しを手伝いました。話は数日前に遡ります。

実は自分の働いている病棟のナース・ステーションにいつも一生懸命病棟で働いている若手がやってきました。するとそこで師長とこの若手の間で始まったのは年末の急ぎの転居の話。種々の事情で今住んでいるマンションを出なければならないとの事。

しかも話を気にもせず聞いていると、後輩は車を持っていない状態かつ今年中に今住んでいる所を出ないといけない等という切羽詰まった状況だという事を「たまたま」病棟で知ってしまいました。その哀れな若者に住んでいる住所を聞いたところ何と自分の働いているバイト先の病院からかなり近いところ。車なら数分で移動できる距離でした。

そこで・・・ちょっと親切心を起こして、傍でカルテに記入していた私は「X君、もし待ち切れるんやったら仕事が終わった後に荷物ちょこっと運んだろか?」とオファー。まあ、オジサンの年末奉仕という感じで話を切り出してみました。最初は「え~っ」とか「いや、申し訳ないっす」とか言っていたのですが、私の方から逆に「そんじゃ車とか引っ越し業者とかもう手配しとるんか?この時期に急な引っ越しの依頼とか絶対頼めんし、見つかったとしても相当ぼられるゾ!」と言ったところ、本人は急に真面目な顔になって黙りこくってしまいました。

そこで、話を切り上げ「手伝っちゃるから待っとき!」と言ったところ素直に従う事に。

私のバイト先での仕事が終わるのが6時なのですがこの時期は既にもう外は真っ暗。新人君の家に着いてまとめておいてもらった荷物を私の車の中にバンバン積み込んでは新居へ、そしてまた元の家へ戻って残りの荷物をガンガンと積み込んで新居へ。こうやって真っ暗な中で、二回荷物を積み込んでいく様は誰がどう見ても「夜逃げ」でした。w

作業自体は本当にスムーズに終了したのですが、何だかカッコ悪い引っ越しとなりました。しかし、新人君からは猛烈に感謝されて仕事は終了。この時点で全く何も食べていなかったのですが、そもそも今日の夜食はこうなることを予想して朝の時点から外で食べると決めていたので、新人さんを千種の本郷亭に誘って白湯麺を注文。腹が朽ちると急に眠気が襲ってきましたが、最後の力を振り絞って彼を家に送り届けて本日の業務は終了。

朝の早い段階からのバイト仕事と合わせると長い長い一日でした。まあ、新人さんのお金をセーブすることが出来たと思えば良い一日でした。






2023年12月26日火曜日

何にもないクリスマス

今年のクリスマスは本当に行事的に「無」でした。

いわゆる「行事」として家族が何かを揃ってすることも無い淡々とした日々の連続があっただけ。普通の夕食を食べてそれで終わり。息子達はアイスのカップケーキの様なものを食べていたようですが?

アメリカに居た頃はハロウィーンが終わるや否や(日本の標準サイズからすると)でっかいクリスマスツリーを屋根裏から引っ張り出して来て皆でワイワイと飾りつけをしていたものですが、日本に戻ってからはそんな事も無くなってしまいました。所詮はインスタント・クリスチャンである事がその根本なのでしょうが…。

何もないクリスマスというのもまた乙なもので、本来はそこに居るべきでない人間が何だか他の宗教の行事を嬉々としてやっているという事自体が本質的には可笑しなことなんですが、そこは四の五の言わずに流れに乗るべきなのかと云うところ?なんでしょうか。しかし、オジサンはもうこの手の事には余り関心が無くて、他のより興味深い事に時間を割くのが面白い状況になっていますので、正直今の時期がクリスマス・シーズンである事さえ忘れがちになっていました。

病院の中に飾ってあった大きなクリスマス・ツリーも三人の事務員の手でササッと片付けられてしまい、昨日までの「らしい雰囲気」というのは一瞬で消滅。日本のクリスマスは儚いものです。w

一方、アメリカの我が家は今住んでおられる日本人女性の方の手で電飾が奇麗に飾り付けられている写真が送られてきていて、実にあの辺りのアメリカっぽい写真が出来上がっていましたので、国が変われば行事も変わるという事で良いんだなと個人的に納得です。

まあ、アメリカに居た頃は新年などというものは休みでも何でもありませんでしたからね。上に書いたような国が変わればというのは正に字句通りです。中国人の看護師さん達も日本での旧正月、中国での春節には結構普通に二週間くらい帰ってしまいますし。

とにもかくにも、何もない平凡な12月25日という年末の一日でした。

2023年12月25日月曜日

大工という仕事が希少種に?

ネットで見たニュースに改めて人口減少と職種の変化と言うものを実感しました。

3K等と言う言葉が生まれて久しくなりますが、大工なども実際にそういった仕事の範疇に入れられて相当長くなっています。しかし、私の頭の中では大工などと言うのは創造性のある人、モノを造るのが大好きな人間で手先の器用な完全主義者みたいな人が目指す素晴らしい仕事なのかなと思っていますし、その考えは今も変わりません。

しかし、実際は大工の多くは低所得のまま。キリストももともとは大工だったというのは有名な話ですけど、人の住む家を建てる仕事がどうしてここまで買い叩かれるのか本当に理解に苦しむところですが、実際は日本の建築業界における重層的な搾取構造がその根底にあるようで、大手建築会社による子請け、孫請け、曾孫請けと階層を重ねてピンハネをする仕組みでどの業界も変わらないのでしょうが日本の建築業界は本当に昔から典型的なコレ。

これでは宮大工になるようなレベルの賢く、意欲も根性もある人間をどうやって育て続けようというのでしょう。

もともとH12年に64万人いた大工がH22には40万、R2にはなんと29万7千と急速にしぼみ続けているとの事。しかも65歳以上が全体の3割と言うのですからこれから10年経ったらどうなるか、ちょっと考えただけでも恐ろしい程の変化が起きそうな気がします。

大阪万博なんかも建築をする人間自身が集まらずに四苦八苦しているという話が漏れ伝わってきますが、こういう統計的な数字を見るにつけそういった話はあながち「噂」では無いだろうなと言う気がします。

年収の平均が現時点では事業規模によって300万台の後半から400万台の半ばのようですが、こんなトンデモナイ数字でこれからも大工という職種を維持出来る筈もなく。これから建築の需要というのも減っては行くのでしょうがいくら何でもこの大工の人員減少は異常。そのうち需要と供給の関係から「選別された大工さん達」には大きな報酬が払われる時代が来るような気がするんですが、外れますかね・・・?

これから高いレベルの仕事が出来る大工さんには大きなチャンスが巡ってくるような気もするのですが、そういうシステムを逆に作り上げていく知恵を持った人にはこれからの大工仕事はブルー・オーシャンにならんかな?なって欲しいな。

2023年12月24日日曜日

年末の車の修理

病院へ行って昨日から気になっていた患者さんのその後を確認に行きました。

幸いにしてビックリするくらい元気になっておりまして、我ながら思わず「めでたしめでたし」と思う程度の変化でした。命が繋がって家族さんも顔の変化を見て喜んでくれたようでした。

その後も気になる患者さん達の居る病棟を回りに回って指示を出し続けてひと段落、クリスマス・イブも全く関係ない一日でした。でもまあ、こうやってこそこそ(ゴソゴソ?w)各病棟をゴキブリの様に移動することで何らかの良い影響が出るのであればお安い御用です。^^

さて、その後は先日来問題となっていた私自身の車のライトの問題を解決することにしました。私の車のLow beamがしばらく前から点かなくなっていたので夜間は走行できないような状況。十分に見えるのですが、この状態で走るのはリスクがあります。

そこでネット経由で自分の車のバルブを注文。純正品だと容易に5倍以上するのですが、ネットで評判の良いバルブを注文して商品の到着を待つ間に近所のDIYショップに行って必要と思われる特殊な工具も買い込んで待っていました。正直なところディーラーに行って作業を依頼すると容易に数万円が飛んでしまいますので、同じ作業を自分でやってアメリカに居た時の様に安くあげるのが目標です。

モノと工具が二つ揃ったので、病院の広い駐車場で作業開始。アメリカと違ってガレージが無いのが日本の家の悲しいところ。しかし、場所は見つけれああるという事で病院を選びました。ここなら休日は誰にも邪魔されずに仕事が出来ますからね。

ボンネットを開けてYouTubeで見た通りの手順で作業開始。時々「?」と云うところもありましたが、特に大きな問題も無くバルブを交換。10分ほどバルブを空焚きして問題ないことを確認し内部へ再挿入。両方とも交換して無事終了しました。

ヨーロッパ製のバルブシステムは初めて見たのですが、内部のガラス・ケース内に砕け散る感じでその破片が散らばっていて驚きました。

最後の最後にビームの光軸を合わせて終了。お金をセーブするという意味では充実した午後を過ごすことが出来ました。新車どこの車を買ってはや7年ちょっと。大事にすれば幾らでも乗れるとは思っていますが、自分で整備する場所が少ない事と部品代が高い事を考えるとそれがどこまで通用するのか。

アメリカとの違いを感じるのでした。

2023年12月23日土曜日

先生、訴えられるよ…

今の日本でこのセットアップは不味いよな。

先生、患者さんの御家族の気持ちを解って無いよなって思う事が病棟で発生したようです。「ようです」と言うのは昨日の夕方、家に帰る直前に私がその先生に呼び出されてある患者さんが急変しているとのことで、病棟に入り種々の処置を施した後で「恐らくこれなら何とか小康状態を保てるか?」と言う状況を期待できるものと変わりました。

しかし、90を超えようかと言う御歳。しかも基礎疾患としてかなり末期的なものが幾つか重なっていましたので、私を呼び出した精神科の女性には主治医として「家族に急変の可能性が高い事を説明を十分にしておくべき」というsuggestionを行いました。

直ぐに電話をして家族さんに電話が通じたのですがその後がいけなかった。orz

実はこの先生、5時前に説明をした後にサッサと家に帰ってしまって連絡もつかない状況に…。ところが、この家族さん直後にもう一度聞きたいことがあって電話をかけてきたのでした。主治医の先生が患者の危篤状態で五時直後に居なくなっているという事に強い不満を持たれて様で、電話越しにかなり嫌味一杯の文言を残していったとの事。

恐らくこの主治医センセイ的には十分説明を行って「もう私の精神科主治医としての仕事は終わった」と思われたのでしょうが、もう少し患者さんのそばに寄り添ってあげるべきではなかったかと。

アメリカであれば定時に終了してそこからは体を触りもしないで次の先生にガッチリ引き継ぐという事になるのかもしれませんが、そもそも日本はそのようなドライかつきちんとしたセットアップは出来ていません。

こういう時に「もし」直後にこの患者さんがお亡くなりになるような事があったら?

私はそういうところの誠意と言う対応の差に裁判の火種と言うのがあるような気がしてなりません。



2023年12月22日金曜日

統計処理の能力は文字を書くのと同じくらい大事な能力

「解析に適切なパラメータを適切な手段で収集してそれを業務に活用する」という事が全くできない部署は悲惨です。

あのデータはどこにある?あの人に関する記録はどこに?というような検索型のデータでさえ一々紙のファイルを探しているような部門はまずオワコンですし、会計業務や労務管理におけるデータを使った種々の解析が出来ていない部署などに至ってはほぼ存在意義さえ無いと私は思っています。

しかし、私は個人的に思っているんですが、日本の組織というのはこの手のデータアナリストの重要性がほとんど理解されていないのではないかと強い危惧を持っています。その結果、企業や自治体においては適切なデータを求める人間はおらず、適切なデータを収集するような命令を出す人間も居らず、例えデータが集まってもそれを適切に解析できる人間が居らずというような寒々とした世界が広がっている訳です。

日本が出してくる行政の広報に一体どれだけの頻度で適切なグラフによる解析結果が提示された統計が出てくるでしょうか?少なくとも名古屋市においては多くの場合はエクセルによる数字の羅列がダウン・ロードできる形式でウェブ上に上がっているだけで終了というパターンが多すぎます。

お役所の仕事は実際はココからが始まりの筈なのですが、スタート地点で終わってしまっている例が殆ど。文言による解説は当然あるとして、その解析(しているとしたら!w)や説明の妥当性を裏付けるグラフ解析の結果が殆どの場合に提示されていないのです。orz

税金を徴収するのは全く構わないけど、その程度の基本的な事も出来ないような連中は本音を言わせて貰えば、本当は全員「馘首」にして欲しいところです。

統計学は黄金の学問の一つ。その基本のキが出来ない人達に都市計画や未来のプランを語って欲しくないと思うのは私だけでしょうか?

2023年12月21日木曜日

名古屋のインチキ医療

世の中は悪い奴が多いですね。しかも医療系の!

名古屋にも怪しいクリニックが幾つかあって、疲労回復の点滴とか脳波の解析とか言って無辜の人々から金を巻き上げるのを何とも思わないそういう「医療を標榜するインチキ野郎共」が蠢いているようです。

その事を知ったのは精神科のある病棟の看護師さんのふとした一言から。

「脳疲労」の治療をしなければならないからお金が無いと言うのです。この前ボーナス貰ったばかりの筈だが?と思ってもう少し聞いてみました。そもそも「脳疲労」等という言葉は医学部の授業で一度も聞いたことが無い言葉。(授業はほとんど出ていませんでしたが…)

そして、こういうインチキ・クリニック系に有りがちな怪しい診断装置が・・・有りました!QEEGの検査からその先に経頭蓋磁気刺激等というものの照射によって50万とか80万とかいう金を巻き上げていくのです!

其々の説明のコピーというのを見せて貰ったのですが、噴飯物の似非科学の羅列そのもので、こういう「ギリギリ真実の理解できない際モノ」に尤もらしい説明を付加してその「信者」から金を吸い取り続けるというトンデモの世界。

信者の集合体ですから、そのウェブサイトには金を巻き上げられて嬉々としている信者が書き込む高評価機関になっているのが又グーグル様の罪深いところ。

一番笑ったのはその測定が一回に2万弱なのですが、その診断結果に「あなたの頭は混線しています。治療が必要です!」という文言を見つけたこと。コ・ン・セ・ン!医学用語にコンセンって言葉があるんだって気づいた瞬間でした。(勿論ありませんが^^)

それがどれほどのインチキなのか、近くにいた神経内科の脳波読みの専門家の先生と大笑いしながら説明。彼女は「お金を大分払ってボーナス消えました」ってしょげかえっていました。気の毒でしたが、こんなものに騙されちゃいけませんよ、医療関係者ともあろう者が。orz

2023年12月20日水曜日

病院に行ったことが無いんですよ!(*`ㅅ´*)ドヤッ

毎度毎度、こういう患者さんが登場してきます。

役所からの依頼で検査入院となった患者さん、開口一番「先生!私は病院に行ったことが無いんですよ~!」と本当にドヤ顔で言ってくる人が居るのです。しかも一度や二度などというものではありません。

このタイプの人達には凡そ二種類あって、一つ目は病院に世話になったことが無い事をひたすら自慢したい人。どっちかと云うと体の丈夫さのアピールが主目的。そして二つ目は病院というものが嫌いで、検査など受けるのは真っ平御免!という感じの人々。

しかし、結論から言うとこのどちらのタイプも病院で検査を受けて種々のスクリーニングを行うとその反動が体の中にバッチリ出てきている人が「非常に」多いのが残念な事実。そしてその検査結果をご本人に告げると反応はまさに二分されます。

こう云った「病院に行ったことが無い」系の人々というのは実際には役所依頼で病院にやってきた時点で家族から縁を切られていたり、一人暮らし歴云十年という感じが普通。子供はいるけどもう何十年も会ってないというパターンが多いのです。

その間に酒浸りになっていたり、本当に低栄養の出鱈目な食生活を送っていたり。

結局そういった日常の何十年分もの積み重ねがびっくりするような病変を体に形成させたりしているのです。そういう人物を見ていると、実質的な独身男性状態というのは病気というものにとっては疾病の孵卵器の様なものなのでしょう。

嗜好品に偏った食事、多い酒量、桁違いの喫煙量。そして何よりもそれらを指摘してくれる配偶者やパートナーの不在。対話の相手も無くて頭に対する刺激が入って来ない状況の連続。体も頭もそれが健康を維持する条件とはとてもとても思えません。

願わくは検査入院で見つかった病気が治療可能なものである事。見ていると、元気が自慢だった人が多い分、精神的な凹みが出やすい事も多い感じです。

検査入院の後は元気になってまた働きに出たり、適切な施設に出て行ったりしてくれると私達としても来て頂いた甲斐があるというものですが、100%はそうならない所が少し悲しいです。


2023年12月19日火曜日

次女の挑戦再び

次女が再びアメリカのアート・スクールに挑戦しているようです。

何とも厳しい挑戦だと親の目から見ても思えるのですが、次女にしてみれば己の作品と文章を通じてインタビューの壁を潜り抜けることになります。極めてアメリカらしい選抜方法ですが、これにはもう一つ推薦状という重要なキー・アイテムが入ってくるとの事。

娘によるとやはりエッジの所では著名人による推薦状は爆発的な推進(推薦)力を持つのは確実で、知り合いでの実例を列挙してくれました。確かに「例えば」ノーベル賞受賞者がある人物を強く推薦したとしたら、まずはその人物と会ってみようか?等という事になるでしょうが、それから先は?

果たしてアートの世界のような資格試験とは無縁の世界の戦いが入学後にも保障されるのかというと絶対になかろう?というのが何も知らない親父としての考え方。

資格試験の延長線上に存在する医師の様な仕事は未だ「ヤブ」であっても食いつないでいくことが出来ます。しかし、アートの世界はまさに実力の世界という気がするんですよね。無論、何らかのハロー効果で一時的には有名になるような事が起きる人物というのは発生はするんでしょうが、そのような人の作品が歴史という時間の試練に残るのかな~という考えもぼんやり浮かんできたりはするんですよね。

それと、アートの値段の世界をそのアーティストの成功の基準にするのもどうだか…という気もします。画商たちが自由自在にそのアートの価値を左右することに心血を注いでいるという話はフツーにネットで読めますし、実際にバスキアなどのアートの値段、その他の有名現代アーティストの値段などもかなりいろいろと複雑な手法で値段の維持が図られると聞いています。

こういう定量化できないモノの世界の話というのは本当に複雑怪奇ですよね。

話は横に大きくズレてしまいましたが、今持っているアートの作品群を以て今回3つほどチャレンジするようです。頑張れ!とは思いますが、それ以上のことが出来ないのが何も知らない親の情けないところです。

2023年12月18日月曜日

違法じゃないけどヤバい事

職場の人間で(私とは関係のない部署なのですが)自分から「アル事」が原因で辞めていった人間が居ます。

何で?と思ったんですが、その女性が私に面白おかしく教えてくれたのは、それを聞いた後に思わず「マジすか!」と自分で声に出してしまったような事でした。

その中身は大変シンプルで、ちょっと職場で問題があると思われていた人が自分のスマホを使って皆の会話の中身を全て録音しようとしていたのでした。何故バレたのか?ここがその女性の間抜けなところなのですが、そのソフトは音声を感知して録音を始めるときに「録音を開始します」と音を出すんだそうですが、その音を出さないようにしていなかったというのです。w

結局、その女性が仕事場でそのスマホをポケットに忍ばせていた時にこの「録音を開始します!」という元気な音がシーンとした小部屋でドーンと鳴り響き、皆が騒然となったとの事。想像に余りあるカオスですが、その日以降その女性はもう来なくなったそうで、暫くして辞表を出したという事。

何というか…その部署で何があったのか想像する事さえできませんが、コメントの出しようもありません。そこで上に書いたような「マジすか!」という話になってしまった訳です。私の様なシンプルな人間にとってはそういう事を職場でやっちゃうという一線を超えた瞬間の事を考えるだけで何だか脱力してしまうのです。

ところが、今日また別の話を聞いてしまいました。それは、別の部署である人物の机の上に「盗聴システム」が付けられているのが見つかったというもの。その人物は私の業務上でも関係のあるある女性なのですが、どうやら部下の声の録音を行って自分の事を悪く言っていないかスクリーニングしているというのですが。

見つけた人は実は私には見つけた事実を写真と共に教えてくれたのですが、それを見て「う~ん」としか言えませんでした。

そういうのを見せられると、それ以降はやはりどうしてもその人物を色のついた眼鏡で見てしまいますよね。残念ですが。

しかし、この盗聴という行為は日本の法律上は違法じゃないんだそうです。驚きですが。個人の情報を漏洩したり、それを使って脅したりした瞬間に訴えることは可能なんだそうですが、その行為自体は合法というのは改めてネットで調べて驚きでした。

まあ、そんな事をしていることが皆にバレた瞬間に並の神経の持ち主ならばそこには居れないでしょうけどね。


2023年12月17日日曜日

認知症というのは・・・

認知症で入院して「なぜ食べられないのか」という疑問を持たれる家族さんがいます。

私の方から説明させて頂くのは進行する認知症というのは残念ながら、記憶のみにダメージを受けるだけではないのです。感情やその延長上にある性格、そして睡眠や視覚・聴覚なども大きなダメージを受けます。そして最も大事なのは食欲や嚥下能力をを含めた「食べる」という事全般に関するダメージ。

昨日まで元気だったのに急に食べなくなってしまって、その後に頑張って食べさせようとしたら今度は咽(ムセ)てしまって、夕方には熱を出して…等という誤嚥の典型的なパターンを辿ってきた話を私達医療者側に改めて説明する事になったりするわけです。

しかし、何故認知症がそういう事態を引き起こすのかという脳神経のレベルから説明をしても実際にはなかなか理解できないお話。それも無理はありません。それでも可能な限り分かりやすく説明をしていくのですが、なかなか理解出来無い人々が居る事は仕方がないと思っています。

老いの途上で出現する様々な障害。生物としての終わりの始まり。

勿論様々な方法でそれから逃れよう、遅らせよう、改善しようという努力は続けられますがそれでも時間と共に残酷に進んでいく針に抗う事は今の医学ではまだまだ至難の業なのです。

それでも、患者さんの御家族の中には「食べられなくなるのはおかしい」という認識をされる方が少数ではありますが存在していて、説明する側も難渋することがあります。ほとんど宗教の様になって「何らかの方法で助けることが出来るはず」という事を言われる方も。

そう言われる方には他の病院や施設をいつでも御紹介しているのですが、そこまで来ると却ってこの病院に置いてくださいという謎のリアクションをされることもあってこちらとしては思わず「うーん」と言ったことになるのでした。

思い込みにとらわれず現実を理解できる御親族をお呼び頂きたいと願うのですが、そのような親族が存在しないお年寄り夫婦も多く、日本語ではなく理屈の理解の壁に苦しむこともたまにある私の日常です。

2023年12月16日土曜日

変体仮名が読めません

最近になって万葉集や種々の和歌に興味が湧いています。

自分の場合、もとは百人一首からの流れですが、百人一首自体は日本人であれば中学高校の頃には少なくとも一度は聞いたことのある歌ばかり。しかも百人一首だから人口に膾炙している歌ばかりであろうというだけでなく、明らかに優れた歌が選ばれているという当たり前と言えば当たり前の事実に「やっぱり残るよね、コレなら」という感想を持たざるを得ません。

韻、暗喩、全体の言葉の選択なども間違いなく素人にもわかるレベルで「差」があることは明らか。実際に古今和歌集やその他の撰集を見てランダムに歌を詠んでみても、良いんだけどやっぱり百人一首と比べると結構落ちるな~っていうのが正直なところ。

と云う訳で、その百人一首や古今和歌集などの大元の写本などを国会図書館のデジタル・アーカイブなどで読もうとするのですが、これがもう全く読めません。orz

厳しい理由は主に「変体仮名が読めない」という一点に集中しています。
私の錆びついた小さな脳ではその形をなかなか覚えきれないのです
上にあるような崩し字が読めることがまず第一関門なのでしょうが、それ以外にも「字母」が異なるためにおなじ「あ」でも違う字が幾つも使われていたり…等という感じで、上に書かれているのは所謂「代表的」なモノばかりですから、少なくとも代表的なものだけでも100は知らないと「読む」という夢の鳥羽口にしか立てていない訳です。

その先の夢はこの変体仮名を「書く」という世界なのですが、現代文でさえ異様に下手な字しか書けない己にはまさに夢のまた夢。w

これからも少なくとも古文を原文そのままで読んで格好よく味わいたいものです。次回の初夢としましょう。

2023年12月15日金曜日

コロナを超えての忘年会

ある病棟の忘年会が本当に4年ぶりに開催されました。

病院から少し離れた所にあるのですが、忘年会でのみ使っていたその店に入ること自体が本当に4年ぶり。懐かしさで昔の様子が脳内にフラッシュ・バックする感じでした。

師長の挨拶で始まり乾杯の音頭を別の医師がたどたどしく述べてすぐにカニを食べ始めました。まあ、所詮こういうところのこういうカニですから「それなり」のものでしか無かったのですが、要は大事なのはソコじゃ無くて皆が集まってマスク無しで話が出来るという時代が日常に戻ってきたという事。

周りのいろいろな若者達の話を聞いていると日頃のいろいろな考え方がいろいろな口から私の耳の中に流れ込んできます。常々顔を合わせる病棟では聞けないような話が聞けました。しかしそれはそれ。隣に座っていた看護副部長等とも常には聞けない話を聞き、意見交換を行い互いの認識が一つの方向を向いているのかどうかなどの確認が出来ました。大変有意義な一次会も暫くして終了。

今日の部屋の貸し切りの時間が告やって来て次は藤が丘駅へ移動。まだ皆ワイワイ大はしゃぎ状態で、いよいよ二次会という感じです。私自身はここから地下鉄に乗って私が最近贔屓にし始めたある酒屋にコッソリ行くつもりだったのですが、若手達が私に纏わりついてきて逃げることが出来ませんでした。w

まあそれはそれで可愛いもので、彼らの親相当の年齢である私としてはついて来る彼らを遠ざける必要もありません。一緒に連れて行ってそこの御主人にちょこっとだけ紹介し飲酒開始。ところが、これがまさか朝まで長引くとは開始時点では全く思っていませんでした。

もう大概この子達も酔っぱらって終電も過ぎたどころかもう始発の電車が出ようかという頃に店を出て、ふらつく足元の男女を抱えながらまっすぐ歩かせ朝の名古屋の街をヒーヒー言いながら歩くのは何かの苦行の様でした。

途中池下の生垣の中に腹を出して寝ている若い兄さんが見つかり死んでる?と思い、声を掛けたら「あ~大丈夫です~」と生存確認の返答。「起きてね!死んじゃうよ」と声を掛けて更に先へ進むことに。

始発の時間ぎ来て其々の行き先を聞き取って間違いなく行き先が指せる方向だという事を確認する頃には彼らも酔いが覚め始めた様できちんと電車に乗って手を振ってくれました。

オジサンとしてはこんな朝まで若者と飲むのは猛烈に体力を使ったのですが、ソレはソレ。朝帰ってきて着替えだけしてベッドに倒れ込んだのでした。


2023年12月14日木曜日

95歳のお嬢様

病棟に誤嚥性肺炎が理由で施設から入ってきたおばあちゃんが居ます。御年95歳。

昭和3年生まれの95歳ですが、この年は張作霖爆殺事件、リンドバーグの大西洋横断の翌年、フレミングのペニシリ発見、イギリスで女性参政権の施行、昭和天皇の即位、ハウス・カレーの発売等があった本当に本当に私にとってさえ大昔の話です。(最後のはちょっとビックリでしたが)

このおばあさん足腰は衰えてしまってもう動かないのですが、頭脳はカリカリに回っていて何を話してもカ~ンと打った後の鐘の如く返ってきます。歳をとっても全く会話のレベルが落ちてなくて、80年前の話も何だか昨日の事のように話すという時々居る全く頭脳が衰えないタイプの人の典型例。

ある日、私がベッドサイドに行ってお話をしようとすると、逆にベッドの柵越しに向こうから話しかけて突然「先生、結婚してる?」との問いかけ。「何だろう、突然?」と思ってお婆ちゃんの顔を見つめていると問わず語り。

「先生、結婚はね、早くするもんじゃないよ」との謎のsuggetion…。

何故?という無粋な質問返しをしましたが、それに対してはお婆ちゃんは何故か無言。何らかの考えがあったのかもしれませんが、もう還暦になんなんとするオッサンも、お婆ちゃんから見れば結婚前の若者にでも見えたのでしょうか。w

私のほうから話を切り替えてお婆ちゃんに「お母さんはどこ生まれ?」と聞くと、御両親とも東京生まれであるとの事。その後、問わず語りで、生まれて成人するまで乳母二人とお手伝いさん達の居ない生活は経験したことが無いとのお話が出て来ます。お父さんは幾つもの会社をお持ちだったとのことで、自分自身も海外旅行ばかり行っていたとの事。

アメリカは一度も行ったことないけれど、行くのはほぼヨーロッパばかりとのこと。スイスなんかは小さい国過ぎて、マッターホーンは良いけれど、あとはレマン湖を観たら他に行くところ無かったとか、やっぱりよかったのはパリだね~とかいう話が出て来ました。

それよりも驚いたのは「若いころの友達が殆どアテネフランセにお勉強に行っていた」という話が出てきた時。嘘でこんな単語が出てくるわけがありません。その後、御両親も居なくなりご自分は施設に…という話だったんですが、95歳になっても気位高くしっかりとしている所は「そだち」に依るところなんでしょうね。

お嬢さんは死ぬまでお嬢さんのままなのでしょう。







2023年12月13日水曜日

デブのコントロール

やっぱり年齢と運動不足、そして食習慣が重なると中年以降のデブの解消は容易ならんもんがあります。

高い壁として自分の目の前に立ちはだかる生活習慣病に対する攻撃は全く成功しません。75キロという壁の周りをウロウロするばかり。基本的に一人暮らししていた時には食の質も低く、必然的に手抜き食で粗食だったのですが、家族が帰国してからの食生活は出されたものをただ受動的に食べるだけでなく、その後の生活時間帯も遅い時間にシフトしがちでこれがデブを助長しているのは明白です。(夜遅く起きていると腹が減って何か摘まんでしまう)

また、この摘まむという条件に当てはまる食べ物なんですが、家族が沢山いると冷蔵庫の中身も充実しがちで、それをどうしてもちょこっと~という悪癖がついてしまうのでした。

最近の生化学検査の結果をみていると、やはり時にASTやALT(昔はGOT、GPTと呼んでいました)の正常上限を少し上回ったあたりの所に数字が動いてしまっているのです。これは非常に良くないシグナルでして、実はNASH(非アルコール性脂肪肝炎、最近は呼び名もNAFLDと呼び名が変わり始めています)になり易いのです。

これが進展していくと、飲酒などとは関係なく肝硬変から肝癌へと進行していく事があるのです。そしてそのリスクの程度を計算するFIB-4 indexという計算式があるのですが、これが最近上昇気味。それが長引くのは大変恐ろしいことで、医者としては恥ずかしい事だと思っています。

最近は朝食を摂っても昼飯抜いていることが多く、それでも腹が減らなくなってきてはいるんですが、や症のコントロールという意味で総カロリーを何とか減らさないといけません。家族とは別に一人で野菜中心の食事に変える方向性も検討しているのですが、精々なれるのは次女と同じのペスカタリアン程度、しかも時には肉を食うというパターンになりそう。

毎日近所のFreshnesburgerのSoyburgerでも食べることにしましょうかね?
まあ、生活習慣をもっとどうにかせん事には何も変わらんのでしょうが。

2023年12月12日火曜日

息子も疲れたのかな

実は旅の始まる少し前(2日ほど前)から腹が緩んでいました。

そもそも洟が少し出るようになってから何というか下腹部に絶え間ないしかし非常に小さなサイズの不快感が波の様に私を悩ませていました。

恐らくは連続して夜に飲み続けたことに対する天罰が当たったのだろうと考えておりましたが、一番いやなのは「だからと言って」溜まっている便が出た訳ではないという状態だった事です。それが旅に出てからは一転して腹が柔い状態に…。

少しでも油断すると父親であるオノレ自身が息子を笑えない状態にならんとも限らない状態になりかねません。そういう決意のもとに向かった伊勢志摩だったのですが、運転していても万一渋滞に巻き込まれたりして「やらかし」状態が発生したら目も当てられません。幸いにして「ソレ」は旅の間中発せしませんでしたが、ホテルのトイレにはかなりの非インドで座り込まざるを得ませんでした。

便座に座って出てくるのは細い奇麗な茶色の軟便。尾籠な話ですが、旅の間中コレばっか。orz

それでも幸いなことに食欲そのものには影響せず、家族の行動にも影響せず私自身も行動に制限はかかりませんでした。

ところが、帰宅途中から問題が発生。帰りがけの車内での運転中の疲れ方が尋常ではなかったのです。単に渋滞に巻き込まれて云々というようなものでは無かったのです。しかも帰宅してからは熱まで。まずは麻黄湯を飲んでアメリカの容量のでかい解熱剤をサクッと飲んでソファで横になりました。

その一時間ちょっとすぎた頃…私は息子の嫌な声で飛び起きました。そうです、息子がてんかんの発作を久し振りに起こしたのでした。PCでYouTubeを視ていた息子が「ア、ア、ア、ア」という彼が発作時に出す声を出し始めたのが直ぐ判ったので弾かれるように息子の所へ。

スーッと背中側に寄り添い倒れないようにして様子を見るといつもの発作より少し緩い感じ。しかし、今回はそれが落ち着いたときに舌の先端を少しだけ噛んでいた様で薄く出血していました。まずはそのまま床に寝かせて布団を被せ一時間ほど休ませ、そのあと私自身が声掛けをして息子とともにベッドルームへ。

布団を被せると落ち着いた息子はそのまますやすやと寝息を立てて朝まで寝ていました。

やっぱり二泊三日のスケジュールの中でも行事が多すぎたのかもしれません。息子にはホテルの晩も、車内でも疲れを溜めないように良く寝かせていたんですけどね…。リズムという点でずれてしまったのかな。

てんかんのコントロールは本当に難しいです。



2023年12月11日月曜日

伊勢志摩滞在2日目の続き

実は、この時操船して下さっていた船長さんが興味深い話を幾つかして下さったのですが、実はこの方は水産高校を出て生物の養殖・栽培などを習っていたんだそうです。

そして、この英虞湾内で採れるというか皆が育てていってるアオサや真珠の話などもして下さったのですが、目の前に見えているアオサの養殖というん尾は実は物凄く繊細なものだそうで、網を張ってそこに仕掛けていれば良いというようなものでは「全く」無いという話を興味深く伺いました。

この船長さんの高校の後輩でアオサを生業としている人がいるんだそうですが、勉強のほうは正直出来んかったけど、何というか自然に対するセンサーというものが抜群に働くんだそうです。まあ、理屈を超えた何かという奴なんでしょうが。

アオサは当然育てる適温というのがあって、温かいとダメである程度寒くなるまで待って種を植え付けてその網を海面からある程度離して浸けてばっかりでもダメ、海面から離してばっかりでもダメという状態で管理していくものだそうです。更に難しいのは海水だけでもダメで、時には雨を貰っていわゆる真水の影響も受けないと育ってくれないという繊細な植物だという事。しかも、雨の降りすぎで赤潮が発生しそうな時などは遠く他の海面まで網を移動させるのだと言われました。

「というか漁業権が他のエリアにもあるでしょうに、その権利はどうなるんですか?」と問うたところ、使うか使わないか判らないけど使う可能性のある海面の漁業権は国(県だったか?)を通じて予め支払っておくものだとのこと。( ゚Д゚) そりゃ金かかるわなという話です。

他にも、アオサは一度の種付けで大体3回は収穫するんだそうですが、味は一回目のがやっぱりというか一番美味しくて、二番目、三番目と落ちていくのだそうです。何だかお茶と似てるな~ってな感想です。

クルーズの最後のほうで御木本幸吉翁の真珠作製成功までの極貧生活と、それを支え続けた嫁さんの暮らし、そして初めて真珠の養殖に成功した島を指さしてくれたりして教えてもらいました。幸吉翁の奥様は32歳で亡くなられており、貧乏が体を痛めつけたのでしょうか…。

その後の幸吉翁の世界への飛翔は誰もが知るところですが、最近は英虞湾内でも真珠養殖をする過程はずんずん減っているんだそうです。

さて、この後は以前も行った安乗ふぐのお店「まるせい」に行って、再びこれでもか!というほどのフグを食べさせていただきました。その後は以前行きたくてもタクシーだったために行けなかった安乗岬灯台に行ってその素晴らしい眺望に感嘆しつつも高さに怯えてさっさと降りて参りました。w

また、帰りの伊勢の道は亀山あたりから四日市に至るくらいまで物凄く混雑していて本当にフラフラになりながら帰って参りましたとさ。

2023年12月10日日曜日

伊勢志摩滞在2日目

朝はだサクッと7時に起きて食事を摂りに「あの」レストランに降りていきました。

レストランに入っていくと期待した通りのシンプルだけど猛烈に美味しい朝食が待っていました。下品な田舎者の私が言っても余り説得力はないし響くことも無いんですが、上品というのはこういう事だよな~ってしみじみと思わせるものでした。w

ただ、我々のテーブルの横で夫婦とその関係者?と思われる人物達が話していた話が下品すぎてちょっと萎えましたが…。大きな声で耳に入ってくるのは後継者をどうすれば良いとかある人物に関する下種な話で、そのほとんどは女性の口から吐き出されるもの。なんだか朝の一番からこの手の話が美味しい朝ごはんと一緒に出てくるのは何だかね~って感じで…。 

ともあれ美味いものは美味いという事実が厳然と眼の前の皿の上に並んでいるわけで、この後お昼に行く予定となっている安乗フグの昼ご飯の事を考えると「本当は沢山は食べてはいけない筈」の朝食だったのですが、思わず沢山食べてしまいましたとさ。w

この後は前日に予約していた英虞湾のクルーズに出発しました。英虞湾内のクルーズというのは幾つもの発進基地がるようで、ネットで簡単に情報をゲット出来るものだけでなく、各ホテルも独自のルートをセットとして持っているようです。我々もそれを利用してホテルから直結する湾にホテルマンの方と130段の坂を下って降りていきました。

そこには8人が定員の湾内周遊船が待っていてくれました。船長さんの指示でベルト状のライフジャケットを装着して船に乗り込みました。船は直ぐに出発して各ホットスポットを回りながら種々の案内をしてくださいました。
この船にお世話になりました
賢島を島で無くならせた賢島大橋。美しい数学的アーチを見せます
アオサを作るネット!この話をしてくれた漁師さんの話は深く驚きに満ちたものでした
途中で擦れ違った有名なエスペランサ号
英虞湾内で唯一との説明を受けた間崎島
何でももう60人程度の人口でピーク期の1/10程度とのこと。
御木本幸吉真珠王の住まわれていたお家。
また、この手前の真珠加工場は観光客向けには未公開の場所だそうです。
最後に英虞湾を一周して下船。船長さんに厚くお礼を述べて、待っていたホテルの方に写真を照って頂きました。最後に再び自分達のホテルに戻ってきたのですが、130段を上がるのは若い彼にもきつそうで息が上がっているのを見て思わずクスッとしてしまいました。

さて、このクルーズに纏わるちょっとした話とこの後の行動はまた明日書いて自分のメモとしたいと思います。

2023年12月9日土曜日

週末に志摩観光ホテルへ

今回、素晴らしい景色の中で美味しい料理を食べるために息子と嫁さんと三人で志摩観光ホテルに行って参りました。(いつもの如く次女は猫と一緒にお留守番ですw)

都ホテルグループ傘下との事を後に地元の方に伺いましたが、そもそも近鉄グループが持っているホテル群の一つなんだそうです。私は中部経済圏の事は一切判りませんが、やっぱり九州の田舎と違ってでっかい企業群がいろいろ持ってるのが関西や中部なんですね。

昼過ぎまで嫁さんと息子は支援施設の年末大掃除に参加していたのですが、余りに遅くなるといろいろと食事などの時間に支障が出るので昼過ぎ少しには施設を辞して私が運転手として伊勢志摩のほうへと走っていきました。お伊勢様はそのまま素通り。何度も何度も人を案内し続けた神社ですから今回は申し訳ないのですが時間の関係でパスさせていただきました。

高速を降りて鳥羽から右折するとその先は山の中をくねくねと走るかなり厳しい道。令和の時代にしてはなかなかアクセスの厳しい場所にあるといえます。

最終地点に着くとそこには巨大な建築物が!玄関で荷物を預け、受付を済ませると案内されたのは5階の素晴らしい眺望のお部屋。向こう側に伊勢志摩の複雑に入り組んだ海岸の様子が手に取るように見えました。
向こうに見えるのが伊勢志摩サミットの開催されたベイ・スイートです
ベイ・スイートの庭園に上って自分たちが泊まったホテルを写すとこんな感じ
当時のサミットではこの屋上で記念写真が撮られ、こんな感じに
元気だったころの安倍元首相が本当に楽しそうに写っていましたが、あの頃は本当に絶頂でしたね。もう二度とあの時は戻ってきません…。この時の写真で今も現役の元首はトルドー首相くらいです。たった7年前の話なのに…。

夕方にはミシュランのガイドにも載っている立派なレストランへ案内されてビックリするような品々が出されてきました。
忘れられない一覧です
今の料理長は樋口さんという女性。シュバリエを叙勲されている超一流の方です。食べ終わった後、お腹は超満足。家族で来た甲斐があったと思える素晴らしい「醍醐味」でした。

部屋に戻ってゆっくり過ごし、伊勢志摩の夜景を眺めながらスーッと眠りについた三人でした。



2023年12月8日金曜日

連日の忘年会(ちょっと飲みすぎモード)

今週三回目となる忘年会に行きました。

流石にちょっと行き過ぎという感じですので、飲酒量はバチっと抑えて(いるつもりでの)参会という事にしているのですが、前腹の突出が気になりますのでよっぽど意識的に気をつけていかなければというところでが…。

今回の飲み会はバイトをしている外の病院の先生方とのもので、顔と名前が一致しないような先生も居られるし、そもそも出勤する曜日が異なって顔さえ見たことが無い先生まで居られるようなものでしたが、それでも面白い。

変わった発想、面白い発言、知らなかった横顔など、其々のテーブルに集いいつもはこうやって日常や私生活の事を話すチャンスの無い人と話をするのは本当に楽しいものです。

今回一番笑わせて貰ったのは或る科に属していて訪問診療の世界に飛び込んでこられた若々しい先生。その先生がネット上で毎回5分間の個人的なキャスティングをされているんですが、私が驚いたのは全く自分の所属している医療の世界とは関係の無い「農業」に関する配信を継続されている事。

実際にその場で受信用のソフトをダウンロードし、先生の話を聞かせていただいたのですが、話の内容は至って真面目なものでとてもこの配信をしている人が医療従事者とは思えないような高度なお話。いわゆる伊達や酔狂でやっているような内容ではありませんでした。

しかし…その配信にて得られた収益はというと「先月は6円!w」という事でズコーッと周り一同がひっくり返ってしまいました。その先生には私から一言。「大丈夫です、明日から私が一日一話聞きますので月収は7円!15%アップです!」と。周りも大笑いしながら先生のキャスティングを聞くべくソフトをダウンロードしていました。

他にも意外な先生がインスタをやっているのが判明したり、今まで見たこの都の無いようなソフトで情報発信をしたりしているのを見てっぱり人は見かけに依らんもんだな~と改めて思った次第です。

帰りにはいつものひとり二次会飲み屋にふらりと寄って一人で数杯の泡盛をときおり呷り、豆腐餻を爪楊枝で削りながらの良い時間を過ごしました。

2023年12月7日木曜日

馬鹿と阿呆と犯罪者

 ニュースなどで読んでいるホスト関連の犯罪において、いろんな連中の名前が次から次へと出て来ますが、その登場人物に関して私自身が出せる明確な感想というものがコレと言ってありません。

しいて言えば只々その構図に憐れみを感じるだけで、馬鹿と阿呆が攻守にわたって入り乱れている様は本当に大笑い。三流の絵師の描いた図柄にこれまた下手な版画師がろくでもない色付けをして、更にその版がズレちゃってるような印象を持ってます。

騙して金を引き出す側のホストに群がるアホな女達がこれまた金欲しさに「頂き子ちゃん」的な役を演じて、モテない馬鹿な小金持ち達から金を巻き上げるという明確な収奪連鎖講そのものです。

結局、この構造体の最上位に位置するのはホストではなくホストを仕切るオーナーもしくはそのオーナー達から金を絞り出すヤーさん達なんでしょうが、先日の警察庁長官の繁華街出動でも判るが如く、国会の論戦にも登場するが如く…となってしまった時点でこの「業界」にとっては一つの大きな赤信号。これ以上今までと同じようなスキームで仕事をしていたら日の丸親方がかち込むど!という明示的な示威行動を出されたからにはアウトローとて後ろに手が回らないようにしなければヤバいでしょうから、恐らく何らかの対応策を取ってくる事でしょう。既に多くは取っていると思いますが。

それにしても、こんな糞判りやすい詐欺行為に大量の身銭を投入した挙句に売春して金を稼いだり、風俗に行ったり、ホストを刺し殺そうとしたり。もう何が何だか。恐らくも何も、これから法律が変わろうとも男を騙す女と女を騙す男という世界がこの世に男と女が居る限りなくなることは有りませんし。

申し訳ないですけど、第三者はその都度それらの掲載された雑誌やニュースを見ながら毎度毎度それぞれの人の人生の背景に応じた「種々の感慨」って奴を持つんでしょうな。

鶴田浩二の歌じゃないけれどまさに「馬鹿と阿呆の絡み合い」のリアル版です。十年経ったらこの世界どうなってるんでしょうね。恐らくは何も変わっていないんでしょうけどね。ソープランド業界の様に。


2023年12月6日水曜日

立て続けの個人的忘年会

今日は病院の若手を三人連れての極私的な忘年会となりました。

若手のほうから人数を揃えての忘年会。藤が丘駅から仕事を終えた四人の男達が地下鉄に揺られて今池を経由して瑞穂区役所のほうへ。そこから少しだけタクシーに乗って家族でも行く美奈登へと乗り込みました。

コメカミ、下がり、モツ等々何を食っても美味い世界。更にメンバーの一人このお店の牢名主的オバちゃんの孫であることから特別にコッソリとサービスが頂けました。結局ここだけでほぼ腹がくちてしまい、後は惰性となりつつもありとあらゆる話が飛び出す事態に。一番の若手とその上の二人。私自身が一番年上でスポンサーです。

暫くして河岸を変更する事になったのですが、どこに行くかは決めていなかったので、そこに至るまではこれまた暫く歩き続けました。ワイワイ言いながら歩いているうちに「取りあえず栄のほうに行こう」という事になって私がほぼ行った事の無い名古屋でもっとも有名な夜の街「錦三丁目」俗にいう錦三(きんさん)に辿り着きました。

この街は本当にきらびやかでネオンと灯で昼の様に明るくなっていましたが、私が今まで見たことのないような変わった作りの居酒屋や屋台の集合店がビル内にあって目を楽しませてくれました。しかし結局のところ行ったのは鳥銀という店(私は初めてだったのですが)で、彼らは時々利用しているとのことでした。私以外の若者は鬼の様にハイボールを空けながら病院の話にずっと花を咲かせていました。

しかし話の中身自体はかなり深刻なもので、彼ら若手の危機感や不満がモザイクの様に水面から浮き上がってくるような中身の濃い話でした。私としては院内で起きている人間模様とその裏表を知る意味で大変に興味深い話のオンパレードで、それなりのスポンサーシップを見せるだけの価値があるものでした。

見ている人間はきちんと見ているという事をしっかりと理解できた出した金額以上に収穫の大きな夜でした。


2023年12月5日火曜日

4年ぶりの宿題提出

 年末、遂に懸案事項を一つ消化しました。

以前からお世話になっていた先生を飲みに誘いだしお食事を提供させていただきました。病院を退職された後、今までいろいろとお世話になった御恩を何とか形にしたいと食事のお誘いをしていたのですが、その直後に発生したのが新型コロナ肺炎騒動。

それ以来ずっと他人との外出は封印、特に年配の先輩などに万一の事があってコロナを発症するような事があったら奥様やご家族に申し開く言葉もありませんので、つい最近までアクションを取ることはありませんでした。

しかし、最近は街行く人々のマスクもかなり外れ、飲み屋街には人の足も戻ってきていましたので、一度先生をテキストを打ってお誘いしたところ二つ返事でO.K.でしたので、ネットで探し出した伏見の大甚本店と云うところへ行って来ました。

創業明治40年という事で、長く続くには理由があろうという感じで興味を引きましたのでここは行ってみようと思い立ちお誘いした次第でした。実際に6時に店に行ってみると既に先生は中に入っておられて、見知らぬ他のお客さんと何気ない話で盛り上がっていました。

そのあと私も入っていったのですが、私も一緒に盛り上がりビールや鉢盛の小分けを大量に食べながら今までお世話になった様々な事どもを話しながらどんどんと時間が過ぎていきました。二人とも腹が満たされガソリン・メーターもかなり針が振れて来た頃に河岸を移すことにしました。

かなり遅くにはなりましたが、地下鉄の動いているうちに覚王山の無国籍居酒屋へと移動。更に二人のメートルはあがっていき、豆腐餻(とうふよう)を爪楊枝で切り崩しながら新酒の泡盛をガバガバと飲み続けたのでした。

気づくともう時間は朝方。この前、孫のお宮参りの後の宴会で酒を飲みすぎて救急車で運ばれたという先輩をこんな時間まで引き連れ廻してしまったという事で奥様に怒られないことを祈りつつお別れとなりました。

私はそれから一人覚王山駅の脇を通り、凍える街中を一人長い時間をかけて家までかなりふらつきながら帰っていきました。w

2023年12月4日月曜日

異食症

いろいろなものを食べる・食べてしまう人達が居ます。

実は私の息子も何か食べ物とは言えないようなモノを極稀に口にしてしまう事があります。勿論、私の知らない所で他にも何か食べたことがあったりする可能性は大なのですが、以前ここでもちょこっと書いたように写真立ての後ろのメタルの棒を飲んでいて驚かされたことがあります。

自分の勤める病院では精神科の人達のなかにやはりこのような症状を疾患の一つとして持っている人が居るのですが、誤嚥とは違って積極的にそれらを食べてしまうのです。髪の毛などは実際はそういうものの一つなのでしょうが、そういうのは女の子の成長過程でもみられたりしますので、量が極端だったり余りにも過激なものでなければ正常と異常の境目は意外とあいまいなのかもしれません。それに、貧血の人がたくさんの氷を食べるのはよくある症状そのものですので。

今回、実は今までで「異食症の人の食べたもの」としては一番ギョッとしたものがでてきました。実はある患者さんが黒色便を出しはじめていたのが看護師さんからある先生に報告されました。

その先生と放射線科の読影室で擦れ違った際にその患者さんの腹部単純写真が映されたものを見せられて驚きました。そこに映っていたのは長さが15センチくらいはあろうかというやや変てこりんな形をしたものが小腸の中に入り込んでいるものでした。

何と表現して良いか曰く言い難い形状。真っ直ぐ目の枯れ枝にグルグルグルグルと幅広い帯を均等に巻き付けたような形と言いましょうか…。

疑問に思ったのはこれだけの長さと形状のものが良くも小腸の中へ入っていき、しかも通過障害無しでここまで来たなという事。普通はこれだけの巨大なものが小腸の中を動き切るなというものですが、私は消化器外科医ではないのでこのようなものの「限界長」というのを知りません。

さて、その異物は腸の中を次々と移動していって最後には排便と一緒に出てくるところまでやってきたのでした。特に腹部症状もなにも無く保存的に様子を見た結果だったらしいのですが、出てきたものを見て今までの事に納得。

実は全ては直径2センチ、厚さ5ミリ程度の程度の丸い磁石が30個ほど積み重なっていたのでした!鉄分が溶出して排便を黒く見せ、積み重なった磁石はその相対的な位置を小腸の壁の緩やかな曲がりに沿って変形し、肛門まで辿り着いたと云う訳でした。

まさに人体の神秘ですよね!

2023年12月3日日曜日

大学の教育力とな?w

日大って少なくともトップの連中は終わってるなって良く解ります。

産経新聞が「大学スポーツには、競技力の育成だけでなく、学生たちの人格を磨く「教育力」が試されているといえそうだ」等という一文をこの記事に記していますが、私にとってこの文章は「は~?」という内容です。

そもそも、運動部員の処分事例は「違法薬物を含め、暴行や未成年飲酒、恐喝、無免許運転等々」とその中身を記していますが、そのほかにも性的暴行も良くある話であって、大学生というのはもう立派な大人です。

いにしえの「大學府」という国家を背負って立つ少数のエリート養成機関とは全く違うし、30年前とも違って今では正直なところ馬鹿でも阿保でも大学という名前がつくシステムになら必死で狙えば(選ぶ事さえしなければ)誰でも大学に引っ掛かります。残念ながら中国やインドアメリカと違って日本は少子化でそのレベルも…ですし。況や運動系の学生達の学力や人格を問うてどうする?てなもんでしょう。

アメリカの大学だって運動系の選手の学力の問題はかなり深刻なのは私が居た大学でも相当に深刻で、NCAAのような組織もある一定レベルの成績を達成できていなければ試合には出られないようなセッティングにしてますし、大学の側も大学内で家庭教師を彼ら彼女らにみっちり付けてテストのパスを必死でサポートしています。

勿論、運動も凄くて頭脳も大学のテスト程度なら普通にパスするという選手達だって当然いますが、そういう人達ばかりでは無いというのも厳然たる事実。

私が居た大学でも、スター選手がスマホを盗んで試合に出られなくなったり手あたり次第まわりの女性に手を付けて子供を数人「学生時代に」つくってしまったり。申し訳ないんですが、そういっことは正直なところ高校生までに倫理観の醸成という形で家庭内でフィニッシュしておくべき問題であってダイガクという高等教育機関が担う仕事では断じてありません。

日大が幾らシステムを改革しても、そのシステムに入ってくる連中の運動能力以外の「いろいろな」レベルが低いままであれば、ガチガチに内規を厳しくして何かあれば即追放という銀行員育成システムみたいにしておかないと、犯罪は無くならんでしょう?いや、それでも無くならんか。w

「石川や 浜の真砂は 尽きるとも 世に盗人の 種は尽きまじ」と五右衛門は辞世の句に残しましたが、大学とて同じ。アメフトのクラブを廃部にしたところで何も改善されんでしょう。そもそも、以前のトンデモ・タックル問題の時点で「お前らグラウンドから消えろ」という感想を持っていたんですが、それが今の今まで延びただけの話。

こんな所を選んだ諸君には大変申し訳ないんですが、それも運命。人生いろいろです。今どきバブルの頃の様な体育会系の社員選出も流行らんでしょうしね。地道に他の道で生きれば大学でなくても幾らでも生き方はあるし、本当に才能あるなら他の大学に転入するというのもあるのではないでしょうか。知りませんが。




2023年12月2日土曜日

裁判官も変なのが多い

医者にも変なのは多いのですが、裁判官もオイオイというのが沢山いるのは世間を騒がせるトンデモ判決のニュースで知る事がありますよね。現実・現場というものを全く見ていない輩。

生き物は必ず死にます。それは生き物である人間も例外ではありません。これから医療や科学全般が進歩していって多くの病気がかなりのレベルで克服され、かつそれに伴う様にして平均的な寿命も延びていくでしょうが脳の力を維持する事自身は恐らく相当先の未来でも難しいと思っています。

だとすると、いくら外見を変え内臓の臓器を再生医療などで新規の細胞を増やして機能を回復させるような事があったとしても脳はやはり機能を戻さないだろうし、生殖機能の回復も相当のレベルで難しいでしょう。だとすると、一体何のために長生きしているのかという事自体も大いなる疑問になってきますが、金を払える人間は恐らくこういった事に莫大な金をかけ続ける事でしょうね。

話しは逸れてしまいましたが、今回タイトルにあるような判決を下した一件が医師のフォーラムで大きな話題になっていたことで私の目にも飛び込んできました。

一体どういう案件かというと、このリンクに有るのですが、消えることも考えてそのテキストの概略を張っておきます。「広島の介護施設で90代の男性がゼリーを喉に詰まらせて窒息死した件で、男性の長男が施設を運営する社会福祉法人に損害賠償を求めた訴訟の判決が下り、法人に2365万円の支払いが命じられた。判決は、施設職員が男性の誤嚥を防ぐ義務を怠ったことが原因であり、職員は男性が誤嚥しているのを見ていなかったとされた。一方、救命処置は適切に行われており、男性側の主張した救護義務違反は認められなかった。男性の長男は判決に満足し、再発防止を求めたが、施設側は不服を示し控訴する意向を示した。」というもの。

これに対する医療介護者その他の人々の意見が沢山書いてあるのですが、私自身は本当に「無理やろ」というもの。まず、90代の男性で嚥下能力が大きく低下し、生物として寿命のエンドポイントに居る人に「食べる」という最後の幸せを行為として与えている施設職員と施設を訴えるというのはどういうことかという事。

何でも相手が悪くて、家で面倒をみきれない親を預けておいてその最後がこういう形であったという事で施設を訴えるような事で判決の結果がコレであれば、これから先「少しでも」リスクのある老人は胃瘻を造設するか何らかの静脈栄養で~という形式でしか受け入れてもらえないという時代が来るのではないでしょうか。

一体何時からこんな事が罷り通る時代になったんでしょうか。確かにニュースに出てくるような碌でもない介護をする介護者や看護師などはいます。しかし、多くの残りの人々はまさにゆるぎない善意の下に糞便や吐物をものともせずに介護をしているのです。その人達を追い込むような判決はあってはならないと思うのです。

一言申し添えれば「例え横に看護師がついてゆっくりと流動食を食べさせていても誤嚥は起きる」という事実。その機能評価をVF等で行って嚥下能力が低下していることを少しでも確認できれば「食べる」という行為自体を患者さんから奪うのが一番安全でしょう。

御家族のあなたはそれを避ける為に何かできますか?経鼻チューブによる水と栄養の補給?それとも老いたご両親に胃瘻を造りますか?

2023年12月1日金曜日

きっと戻る

こんな事があっていいものかと思う事が世の中にはあります。

私自身であれば自分が開心術を受けなければならない状況に陥った42歳の厄年の瞬間でした。そんな事は誰にも起きて欲しいとは思わないようなインシデントですが、実際には誰にでも起きる可能性はあります。

事故、怪我、病気それが自分だけだとしても何種類もの「出来事」が起こりうるわけですし、年齢があがればあがるほどどうしても起き易くなり始める要素がある類の出来事です。そもそもそれが若者に起きるのはあって欲しくないし、可能であれば身近では起きて欲しくも無いものです。

昨日、廊下を歩いている時に久しく見ていなかった青年看護師が私に向かって手を振っているのに気がつきました。本当に久し振り。今の時期は彼は病院外の研修施設で次のプロモーションに向けて資格取得に向けて頑張っている筈でした。能力も人望もあり、確実に将来の病院で看護部を背負っていくであろう人材とおもっている人材です。

その彼が私に近づいてきて言いました。「先生、ちょっとお時間頂けませんか…」。明らかに顔色が優れません。内心どうしたのかと心配しながらも彼に冗談を言って言葉を返したりしたのですが、それでも元気が無い。

実は…と言って彼が話し始めたのはもしかすると珍しい癌になってしまったかもしれないとの話でした。

具体的な病状を彼から聞いてグッと来てしまいましたが、それでもまだまだこれから先の可能性は幾らでもポジティブなものだと思える状況です。肩を落として涙ぐむ彼を見ていると本当に自分の息子を見ているようなもの。己が1/1000程度の確率でかかった僧帽弁の腱索断裂というしっぺうに比べると彼の疾病は1/100000のエチオロジー。

まさに彼の親の年齢に当たる私としてはクソッタレ!と叫びたい気持ちでした。

「若い者に試練は必要かもしれません、それでも必要以上の試練を与える必要は無いよ」と神様仏様に言いたいです。

それでも彼の事。きっと全ての試練を乗り越えて笑顔で戻って来てくれると心の底から信じている自分がいます。別れ際には彼が笑顔を見せてくれたのがその証拠になってくれるでしょう。