2026年8月14日金曜日
日本中から名古屋に集合
2026年8月8日土曜日
プラス松竹でサブスク
アマゾンを視ていていつも思っていたのは「男はつらいよ」が視れない事。
数年前には寅さん の全シリーズが暫くの間スタンダードとしてアマプラだけで視る事が出来たんですけど、それもしばらくすると第一話のみフリーという状況になってしまっていました。
結局、何度も「第32話が視たい」とか「第8話が視たい」という感じであの回のあのシーン、あの回のあのシーンが視たいなという事が重なりすぎて遂に昨日トライアルの一週間視聴を始めました。
毎月のサブスク代は330円なので、まあ痛くも痒くもないし何よりも自分の大好きな「男はつらいよ」が自由自在に視れるというのは私の心にとって何よりもおやつですから、この毎月の支払いは所謂「有意義」なものだと思っています。^^
早速、昨日は2話ほど視直したのですがやっぱりこののほほんとした雰囲気は何物にも代え難い私のリラックスの大元になるものですね。吉本新喜劇のような「パターン」が透けて見えているし、次が一体どうなるのか全く見えない手に汗握る系のものも良いのですが、先の展開がある程度読めるものの私自身には悪くない心の薬です。
この作品、実は寅さん役の田所康雄さんがちょい役でいつも呼んでいた関敬六(本名:関谷敬六)さんと共に生前「位牌」を作った場所がロケ地にもなっているんですね。岡山の高梁。このシーンを視てまたいろいろと思い返すことがありました。実際この位牌は亡くなった際、実際に田所さんの位牌として使われていますし、相方の関敬六さんもこの位牌を実際に自分用の位牌として使っているのでした。
プラス松竹ではその他無数の松竹の映画やテレビドラマを視る事が出来ますから、それはそれは大量の作品を楽しむことも出来るのかな?等と考えてしまいます。
解約しようと思う日が来たら解約しますか…。来るのかな?
2026年7月28日火曜日
熊本の地震・またか!
2026年7月23日木曜日
東京観光なにが良いんかな?
2026年7月18日土曜日
アマゾンで物を買う時代に変わる事
2026年7月8日水曜日
正常な判断能力の欠如
このアメリカのトプの椅子に座っている認知症の老人の発言というのは「Trump said 'Islamic Republic of Japan' fired missiles at US aircraft carrier」というものなのですが、余りに酷すぎて周りの閣僚の顔も引き攣ってかつ何も言いません。この易怒性の強いお爺さんに余計な事を言ってもそもそも理屈建てた話は通じないし、薬を使ってもその易怒性を抑制しなければ話をする事自体が無意味ですからね。
2026年7月2日木曜日
どんな美人でもゴミ屋敷に住んでいることがある
そもそも生活空間の荒廃が起きてくるのはうつ病、ADHD、統合失調症、認知症などで出てくる実行機能の低下と考えられておりまして、片付けの段取りが組めない、優先順位がつけられない、行動開始ができないという表現型とみなされています。それには意欲低下 や強迫性障害(OCD)=物を捨てることへの強い不安、判断不能、確認行動も関与していて、不安障害、PTSD も絡まった不安・回避行動 のように、片付けを始めると不安が強くなるため、行動そのものを避けるというような行為の積み重ねの最終的な表現型がゴミ屋敷だと考えられているんですね。
要するにゴミ屋敷化は「怠け」ではなく、脳の機能低下や不安の結果として起こる医学的な現象というのが今の精神医学の考え方なんです。
このループは、本人の意思や努力では断ち切れないことが多いのが特徴で、片付けようとしても身体が動かない、捨てることに強い不安を感じる、風呂・キッチンなどが使えず、生活空間が機能しない、不衛生環境で健康被害が出ている、社会生活(仕事・学業)が破綻し始めている等が重なっていたら疾患の容態に応じて抗うつ薬・抗不安薬・認知行動療法・強迫症治療などが早急に導入されるべきだと考えられています。
要するに当事者の自覚が乏しいまま進行するのがこのゴミ屋敷出現の経過。ゴミ屋敷化は「片付けの問題」ではなくて脳の機能・精神状態・生活環境の複合的な破綻として理解すべき現象だというのが本質的なポイント。
テレビに出てきて笑いながらゴミ屋敷を公開する恥を売り物にする芸能人達がごく普通に居ますが、画面に映されているゴミ屋敷の住人たちは実のところ治療対象の方達なのです。
2026年7月1日水曜日
200万カウント
2026年6月28日日曜日
あんた、頭大丈夫か?
今回のW杯本大会出場失敗は、組織と人事の失敗が招いた当然の結果だ。
能力よりも身内びいきを優先し、無能な人物を指揮官に選べば結果は火を見るより明らかだ。
公私の区別ができず、公益よりも私益を優先する“めちゃくちゃな人事”が行われた。
こうした誤った人事は、国民を深い虚脱感に陥れた。
国民の皆さんに深い失望を与えたことを申し訳なく思う。
今後は、能力と実績に基づく人事を徹底し、同じ失敗を繰り返さないようにする。
2026年6月27日土曜日
サッカーと政治
2026年6月18日木曜日
還暦オッサンのPython学習
当初は一般的に使われるソフトしか知らない私にはこのPython使用時の「なんでこんな面倒な仕組みなんだ」という疑問は当然のものでした、しかしながら実はこの方式のおかげで、軽くて・速くて・壊れにくくて・自由で・分野ごとに最適化できる・世界中のいろんなレベルのそれぞれのエリアの得意な開発者が参加できる柔軟な開発環境が揃っているという事なんです。
最初の頃はLinuxなんかも良いのかな~等と考えていましたが、いろいろと下調べをしていくうちにどうも違うな…という感覚的な結論に。しかも、AIが登場してからはネットに相談を持ち掛けると「こういう仕事がしたい」というリクエストを持ち掛けるとプログラムの下書きをファイルのターゲット名を変えるだけで動くような感じで提示してくれるような形で見せてくれた上でそれをGoogle Colabで走らせるだけで「おおっ!」という感じで正解を予め見せてくれるので、私のような人間は禁断の解答覗き見後の答え合わせという感じでこれが正解作成の流れか~という感じでいろいろとコピペして使うばかりです。w
ま、こうやって作成して貰ったプログラム自体も私にとってはまさに「ライブラリ群」ですから私の仕事には便利な事この上なしです。
Linuxが安定性のための中央集権的なものだとしたら、Pythonは進化のための分散システム。とにかく進歩改変の速度が秒速で進んでいくため、ちょっと覗かなかったらベースのバージョンがあっと言う間に変更になていて、「集合知」というのはスゲーもんだわとひたすら驚くばかりです。
特にAIの時代になってからはAIの世界での使用にPythonが引っ張られる形で劇的に進化を続けているために半年で技術が陳腐化、1年で別物になり、2年で歴史資料になると言う程の激変が起きているようで、AIを動かす心臓部のGPUコントロールはGPUに合わせる形でその周りを変えていかなければならないため、安定リリースなんか待ってられない~という状態になるんですね。
それでも、Pythonの標準ライブラリを含む御本尊たる部分は厳格に管理されていますので、そこん所は安全なんですけど、その接ぎ木の部分がほぼ魔界状態なので、悪意があれば悪さを導入することは何時でも可能。ただし、我々低レベルの裾野の人間は安全なところ(公式)からDLしたものだけを使って、pipxを使って、前もってdry-runをさせてみて、仮想環境のみで走らせる等というおずおずとした方法でなんとかかんとか回避するしかないと思っています。
まあ、AI環境のようなレベルのハンドリングを使う段階には全然至っていないので、インストールするライブラリなどもまだまだごくごく標準的な統計用のものばかり。やられるほどのレベルにも至っていない使い手だと理解しております。w
2026年6月16日火曜日
鉄槌教師・最後の一話以外見た
2026年6月10日水曜日
ロシアはどこまで粘るのか?
2026年6月9日火曜日
軽く無い衝撃
2026年6月5日金曜日
AIの中では何をしているのか?
Attention という名の計算式を用いて文脈理解を行っているのですが、その中心は完全に行列演算です。その先にあるニューラルネットでの計算もずっと行列とベクトルが続くわけで、我々が高校の頃にイントロとして学んだ行列やベクトルはこんなに実世界の中で強烈な応用があるとは思いもよりませんでした。
携帯電話の基地局選択は電波工学、GPSは相対性理論、通信の秘密の保持は楕円関数などに基づいた暗号理論等々数学の無いところで現代の生活はもう「全く」のレベルで成り立たないんですよね。
それらの説明を何れも表面的にしか理解できない己の脳味噌のレベルの低さに溜息です。orz
2026年6月2日火曜日
AIに日記を書かせてみたら…
📘 2026年6月2日 日本についての日記(約1000字)
6月2日。窓を開けると、湿り気を含んだ初夏の空気が流れ込んできた。日本の6月特有の重さと柔らかさが混ざった空気で、街路樹の葉は濃い緑に変わり、昨夜の雨を吸ったアスファルトが黒く光っている。こうした季節の細やかな変化は、日本にいると自然と身体に馴染んでくる。
朝、コンビニへ向かう途中、黄色い帽子の小学生たちが列を作って歩いていた。「おはようございます」と元気に声をかけてくる礼儀正しさに、日本らしい安心感を覚える。コンビニの中は冷房の涼しさとコーヒーの香りが混ざり、棚には抹茶や柑橘の季節商品が並んでいた。日本のコンビニは、季節の移ろいを映す小さな舞台のようだ。
昼過ぎ、街を歩くと風鈴の音が聞こえ、商店街には紫陽花が飾られていた。梅雨入り前なのに、すでに夏の気配が漂っている。紫陽花の青や紫のグラデーションを眺めていると、時間がゆっくり流れていくように感じた。
午後、電車に乗ると車内は静かで、乗客はそれぞれの世界に沈んでいる。大声も雑音もなく、ただ静けさが共有されている。この「静かな公共空間」は、日本の文化を象徴しているように思えた。窓の外の景色を眺めながら、こうした空気が日本の生活を形作っているのだと改めて感じた。
夕方、スーパーに寄ると、色とりどりの弁当が並んでいた。天ぷら、焼き魚、煮物、季節の野菜。日本の食文化の豊かさと、忙しい日でもきちんとした食事ができる環境のありがたさを実感する。
夜、家に戻ると外からカエルの声が聞こえた。雨が近いのだろう。窓を開けると湿った風が入り、遠くで雷のような低い音が響いた。日本の6月は、雨と緑と湿気の匂いが混ざり合う季節だ。鬱陶しさもあるが、自然の音に耳を澄ませていると不思議と心が落ち着く。
今日一日、日本の空気を改めて観察してみて、この国は「静けさ」と「細やかさ」でできているのだと感じた。人の動き、街の音、季節の変化、食べ物。どれも派手ではないが、丁寧で優しく、気づけば心に残る。6月2日は、日本という国の魅力を静かに再確認した一日だった。
必要なら、
- もっと感情を強めたバージョン
- 逆に淡々とした記録風バージョン
- 仕事・旅行・家族などテーマを絞った日記

