2026年7月15日水曜日

山口瞳ベスト・エッセイ

ある日、散歩の途上でブック・オフに立ち寄った時に本棚の中から私の眼の中に飛び込んできたのはこのちくま文庫「山口瞳ベスト・エッセイ」でした。

もともと山口氏はサントリーの宣伝部にいた直木賞作家です。(その5年前には開高健が芥川賞を受賞しています!)江分利満氏の優雅な生活という文章で昭和のサラリーマン生活を描いたものでこの賞を受賞しているのですが、サントリーで出されていた洋酒天国という当時の宣伝誌が秀逸なコラム等ののったもので、これが山口氏の活躍で成立していたといっても過言ではないものだと私は思っています。

さて、今回元値950円の文庫本を700円で手に入れたのですが、結論から言うと素晴らしい本でした。小玉武さんという方による編纂でしたが、この方もサントリーで洋酒天国の編集に携わり同僚として山口氏と仕事をしていた方で、山口氏の死後も山口氏を題材として種々の文章をしたためられています。

中には向田邦子の死に関して書かれ当時の社会問題となったという「木槿(むくげ)の花」の連載もあり、生前の山口氏の幅広い交友と多くの著名作家の若い頃の様子や語られざる秘話が次々と溢れ出してきます。やはり「書き方」が溢れ出してくるという感じで、その文体が読み手を引き付けてくるんでしょうが、平均して素晴らしいものの中身の題材によっていろいろな興味深さの「差」があると感じました。

文脈に関係なく、私生活に合わせて私が個人的に印象的な文章もあって、こうやって抜き出しても皆さんには?かもしれませんが、P172の「きみたち、いかにデッサンが上手であっても本物の飢餓感や本物の切実な思いがあるのだろうか。きみでなくては描けない絵があるのだろうか」とか、P348の「名前を知らない文化人やたれんとがどんどん出てくる。名前をよく知っている人がどんどん世を去っていく。この「知らない人がふえてくる、知っている人が減ってくる」というのが免れ難い老年の一つの状況ではあるまいか。」等と言う文章は印象に残りました。

この全体に描かれる軍隊、酒、博打、男女関係、社会人とりわけ会社人間としての生きざま、料理、生老病死、人間観察などはやはり全編を通して珠玉と言って良い素晴らしいエッセイ集で間違いありません。セレクションが時代の流れに沿っていたのもまたヨシでした。
(個人的には色川武大氏関連の記述が秀逸でした。直後に「怪しい来客簿」の初版本をメルカリで手に入れました!)

700円で約一週間の極上の時間を手に入れられる読書。やっぱり最高ですね。次は向田邦子ベスト・エッセイと山下清の「日本ぶらりぶらり」が待っています。



2026年7月14日火曜日

すげー歯の持ち主

いつも、己の歯の惨めさに関してここで愚痴っていますが訪問先の担当患者のお婆さんにすごい人が居られました!

そのお婆さんは頭もしっかりしている90歳!の方なんですが、手先も器用で喋りも抜群。つい数か月前に御主人を亡くされたのですが、亡くなられた御主人はこれまた私がこの数年ずっと診察を続けていた方でした。

認知症は年々歳々進んではいたんですが、足腰は比較的最後の最後まで保たれておりました。愈々家ではみきれなくなりましたという事で、施設診療に移行して僅か三か月でお亡くなりになるという95年の人生でした。

その後にはお婆さん御自身からのリクエストでお婆さんの高血圧や心不全をフォローしているのですが、今日になってこのお婆さんの物凄い秘密を知りました。

問わず語りで話だしたお婆さんのお話はご自身の歯に関する事実でした。何とつい先日まで一本の歯の欠落も無かったんだそうです。この前硬い煎餅をバリバリ噛んでいたときに生まれて初めて歯が欠けたんだそうです!

何と生まれてこのかた虫歯が出来た事は一回もなく、全ての歯が生まれて今まで全て揃っているんだとか!( ゚Д゚)

驚いてそばに近づいてお口を診させていただくと、仰る通りの擦り減ってはいるけれどやや黄色がかってはいるものの歯石の付着も目立たずほぼ完璧な歯で奥のほうにも詰め物一つもありませんでした。しかも、お婆さんによれば殆ど歯を磨くこともないズボラ生活というのでした。しかもピンクの歯茎は歯肉炎など全く関係なさそうな美しいもので、歯肉の高さが減る気配も見せていませんでした。

通っている歯医者さんによると高齢で歯が健康な方でも歯自体は加齢とともに折損してしまう事はあるのだそうです。

やはり、アメリカで学んだように3歳ごろまでに定着した口腔内の細菌叢が一生の歯の健康を決めるんかなと思い出してしまいました。そういえば、長崎にいた頃に名古屋から来た歯学部の先輩はほぼ歯は磨かんけど、俺は一本も虫歯が無いよと言っていた事を思い出しました。

そういう菌の構成を受け継いだ人は幸せだな~と心の底から思う歯がボロボロの私でした。TT


2026年7月13日月曜日

思った通りにはいかないのがシロートの辛さ

鵜沼の畑に行って参りました。

雨が暫くの間続いていたために畑にアクセスすること自身が憚られる状況でした。雨がガンガン降っている時に入っていくと、その雨が降り止んだ後に土がカチカチに変な形で固まってしまうとのことで、侵入は禁止。しかも、そこにアクセスするだけで車がスタックしてしまう為、入ってはいけないという事になっていました。

前回、二種類の美味しいジャガイモを収穫してハッシュド・ポテトやフレンチ・フライを食べた喜びはやはり何時も以上に美味しく感じるのは「自分で作って自分で収穫した」という行為が途中に挟み込まれたからこそ。

さて、久し振りに行った畑。どうなっていたかというと…。
原野に戻りつつある現場…orz
やはり、これだけの間隔を開けると雨と暑い時期の続くこの時期の雑草はあっと言う間にこの有り様です。本当に呆れるほどに成長が速い!近づいてみてみると以下のように。
トウモロコシはほぼ全滅。落花生は写真には映り込んでいませんがまだ元気。サツマイモの葉っぱは雑草に対抗してガンガンに伸びてくれています。^^

そこで、サツマイモとトウモロコシの間の畝を再度取り戻すための雑草抜きを行いました。最初は雑草を鎌で切ろうと思ったのですが、抜くほうがより綺麗に取れると思ったので腰痛覚悟抜き続けました。何度も何度も往復を繰り返しながら次第に前進したのは良かったのですが、全部終了した時にはもうフラフラ。熱中症にならない様に気をつけて体中を布や日よけでカバーしていたのは効果的だったのですが、愚かなことに買い込んだ「おーいお茶」を相棒のお父様の家に忘れてきてしまいました。

1畝だから何とかなるだろうと思ってやってしまったのが失敗の元で、最後以下のようになった時にはほぼ熱中症状態。己の愚かさに再び呆れるばかりでした。
幅1mx2m、高さ30cmを抜き取るだけでほぼ死亡
最後にどれほどトウモロコシがやられたのかという写真をお見せしたいと思います。
これは2つの「やられ方」があるんですけど、今回はカラスが敵でした。そしてもう一つのやられ方は芋虫だそうで、上に近い感じのやられ方をするんだそうですが、そもそも今回の「実験」でこれ程までにやられるのかという事を体感出来ましたので、次回以降はどういう風にやるのかというのを綿密に検討してからやり直そうと思っています。

農業やるならやっぱり畑が家の傍に無いと根菜類とかまあ絶対に無理だと良く解ったこの初夏でした。痛みあってこその進歩だと思いたいです。TT

2026年7月12日日曜日

弟の死から半年

実は昨日で弟が急逝して半年でした。

親父からも連絡があり「今日はXが亡くなった月命日で182日目になります。元気でメジャーの野球を観ています」との文言が入っておりました。

あの日から早くも6か月。飛行機が雪雲を迂回して遅れた分、まるまる到着が遅れ弟の死に目に会えなかったあの日でした。それでも、到着したときの弟は勿論まだまだ暖かく、穏やかな表情でした。60年近い年子の二人の人生の中で完全に人生がシンクロしていたのはわずか数年。

18になるまでは養護学校で殆どの時間を過ごし、その後は施設に入るというような人生を送ってきた弟にとって私とシンクロする時間を過ごすのは春夏秋冬の休みの期間程度でしたが、その間は私が弟の面倒を家で見ていました。父親は勿論、母親も仕事に出ていたので家には自分とと弟だけ。いつも何かに怒った弟に意味もなく髪を引っ張られながら、その理不尽な行為に反撃できず涙を流していた私です。w

弟と「物理的に」別れて以来一秒一秒自分だけが老けていく訳ですが、やがてアッチで会う日が来る時にお互い言葉を喋って「ヨ~、久しぶり!」なんて言いあえるようになってると良いなと思います。^^

6か月目の月命日。弟に手を合わせたんですけど、心の中では弟の関係は「やっぱり」なんにも変わっていないな~と心の底から感じた一日でした。




2026年7月11日土曜日

運動して食ってでは還暦過ぎには効果なしw

最近よく散歩している事をここに書きましたが、家からイオン・モール脇の長久手古戦場駅までの往復は大体一時間です。

移動は基本的には精々早歩き程度で、歩く速度としては基本的に少々汗を掻くくらいと言ってよいでしょうか。これは運動強度の表現で言う所の4METというレベルでしょうかね。その条件で私の体重で計算してみると、この一時間の散歩の消費カロリーは15メートルのアップダウンがあったとしても最大350キロカロリー程度。

もしそうだとすると、家に帰ってきて頂き物の治一郎のバウムクーヘンの小袋を一つ食べるとほぼ一発で一時間の努力?が無駄になる訳なんですが、この帰ってきてからのちょっとした夜食がやめられないのが愚か者の愚か者たる所以です。orz

折角一時間の間汗掻きながら歩いてきたのに椅子に座ってパッケージを開けてぺろりと食べてしまえば「はい、元の木阿弥です」という状況。俺は何をやっとるんだ、という事なんですけれどその「抑え」が効いていないんですね。食べた後で小さな後悔をすることは毎度の事なんですけど、体重が変わらない状況と突き出た腹を鏡の前で見る度に「アカン、Tシャツが似合わん体型や!」としっかり落ち込むのですが、その後悔が反省と実行に繋がらないのはやっぱり馬鹿だからなんですよね。馬鹿。

人間らしいという風にオブラートに包むのは簡単なんですけど、糖尿病の患者さん達に指導をしたりするくせに己は自分の体重コントロールが出来ていないじゃないか!ちゅう話。

食事療法と運動療法を通じた「日常生活の乱れを糺す事による生活習慣病の予防と改善」というわかりきった黄金の法則を自ら実行できないというのは本当に情けない事です。本当に!

糖尿病学会に所属するドクターの中にも糖尿病の人が沢山いるというのは糖尿病専門医の先生から聞いた内緒じゃない話。医者も人間というのは簡単なんですが、循環器学会や呼吸器学会が「専門医」のレベルでは非喫煙者であることが必須となっている様にまず隗より始めよというのは正しい戦略だと思います。

まあ、当たり前と言えば当たり前なんですが出来ないんですよね…食い物に関しては。TT