2026年6月11日木曜日

12か月点検で面白い話

今日は自分の車を12か月点検に持っていきました。

私がお世話になっている代理店は私の家の直ぐ傍にあるのですが、この業界の整備士さんや販売員さんというのは比較的あっと言う間に仕事場を変えていきます。ある車を購入してその同じ会社で次に車を購入しようとしたらもう前の販売員さんはとっくにその会社から去っていた~何ていうのは私の経験上は普通の話。

しかし、まあそんな事に文句を垂れたところで何も変わりませんので、それはそういうものなのだと受け止めるしかありません。

さて、こういう点検の時に私がお話をするのは基本的に整備士の方々、私が乗っているのはVのイニシャルで始まる車なんですが、もう同じ車に10年以上乗っています。ディーゼルエンジンが気に入っているのでこの車から乗り換える理由というのは今のところなし。新型の車にでもどうよという事でちょっと考えたこともあったのですが、我が家の財務大臣は一言「動くんやろ?故障とかするん?」と仰られるのでお話はそこで終わりです。w

今回、お話をして頂いた整備士の方は本当に気さくな方でいろいろな話を懇切丁寧にしてくださり、EVの信じられないような内部事情とか新型車に使われている中国製部品の劇的な増加、そしてリコールにはなっていないけれどどんな形で車の部品や故障頻発部分の改善改良が進んでいくのかも微細にわたりお話をしてくださいました。

実は私の世代までのVの字が付く車はほぼ全くメイド・イン・チャイナの部品などは縁が無いのですが、次の世代からはVの字が付く会社を支配している中国の会社が猛烈に中国産の部品を構成部品に押し込んできているのが事実なのです。それは整備士さんが下回りを見た時にあの部品も、この部品もという感じでMADE IN CHINAという刻印が押されているのを見れば判るというシンプルなストーリー。

申し訳ないんですが、そんな国の車の部品とか使いたくありません。たとえ安くとも。

また、EVなんかのバッテリーも実はフル充電をさせないで欲しいという内部通達が存在しているという話。表ではそんな事はおくびにも出しませんが、チャイナ製のバッテリーは燃えることで有名ですからね。そんなバッテリーを積んでいるようなVのEVとか恐ろしくてとてもとても手が出ません。ま、タダでも要りませんが。^^

やがて殆んどの車は内燃機関ではなくなる時代が来るでしょう。しかし、それはまだまだ先の話。私自身が感じる充電インフラ不足は勿論の事、全個体電池の登場とその更なる改善の来る未来を考えると、今この時点でEVという選択肢はまだまだあり得んな~と思う次第でした。

あ、12か月点検自体はオイル交換とフィルター、ボルトのガスケット、ちょっとしたサービス料程度で終了いたしました。メデタシメデタシ。

2026年6月10日水曜日

ロシアはどこまで粘るのか?

最近いろいろなソースを見ていると、ロシアがそろそろヤバいというような記事を見かけます。

企業から個人のレベルまで、種々の人間達がロシアの戦争の内容のみならず経済などに関しても数字を挙げながら今のロシアがどうなってきているのかを論じていますが、基本的な話の流れは①クリミアを巡る戦争の駆け引きがかなり厳しくなっているロシア、そして②いわゆる戦時経済がそろそろいろいろな面での綻びを見せ始めてきているのではないかというのを国立銀行の金利の話と絡めながら説明するものが多いようです。

実際のところは公的統計から読み解くしかないはずなのですが、こんな国家が出してくる「公式」統計などというものが信じられる訳も無いので、正直間接的に出される市場経済の中で使われる経済指標である金利や貨幣の価値を通して経済情勢を見るしかありませんし、他国がカウントしている双方の戦場でのダメージの受け具合を通してしか実際の被害の具合も出せないというのは納得がいきます。

地方紙に載せられる死亡記事の数のカウントまで淡々とやっているのはまことに驚きですが、こういうのは地道にやってこそ信頼度が上昇し、かつ正確さも積み重なるというものですからその努力には頭が下がります。

ロシアが戦争に駆り出している100万人以上の青壮年層は誰もが容易に理解できるように実際は生きていたら、そして普通に働いていたらロシアの社会と経済とを下支えしていた貴重な労働力であった年齢層。

太平洋戦争中の大日本帝国と同じで、数字を隠し戦時経済を形成させて若年労働者や学生まで借り出して国家の下支えをさせるというのは金の卵を産む牝鶏を殺して未来を先食いして体裁を整えているだけの話であって、その先に待ち構える10年先、20年先の未来は本当に真っ暗。解っている人は皆解っているのは明白なんでしょうが、自分を守る事だけが全ての狂った独裁者の下では国家は個人の意見など抹殺してきますから、本当にお気の毒です。

ソビエトも突然崩壊しましたが、ロシアもプーチンの追い出しという形で国家が突然終了しないと誰も言い切れません。

限界まで突っ走ろうとする暴走超特急が停まるのはいったいどんな事がきっかけになるのか、大変興味深い瞬間が一年以内に近づいているような気がします。

しかし、そういう政権が終わった後のロシアもまた悲惨そうでどうにもお気の毒としか言いようがありません。恐らく国家の経済は西側が戻ってくることである程度何とかなるのでしょうが、平均的な国民は…あかんでしょうな。

戦後に明確に登場してくるであろうハイパーインフレがどうやって終焉を迎えるのか。過去のいろいろな国の戦後の混乱を見る限りでは、今から「お気の毒」としか言いようがありません。

2026年6月9日火曜日

軽く無い衝撃

実は昨日嫁さんと共に食事の後に私の田舎から名古屋に来た今池の飲み屋に「木曜日」の予約をしようとしてアクセスしたときの事でした。

長女も来ていたのですが、店の前まで来ても店の「灯」が全く消えてしまっていたので、あれ、今日は休業日かな?と思っていたのです。娘がGoogleMap上で調べてみると「営業中」となっていたのでした。

なんか変だな…という強い違和感を抱きつつも「そんなもんなんかな?」という感じで家に帰っていきました。

ところが、今日仕事が終わって木曜日の為に再度アクセスして店の前でその開店を確認しようとしたところ、やはり昨日と同じように真っ暗!流石にそれは無かろうという感じで念の為にもう一度自分でGoogleMapを調べてみると、今度は衝撃的な二文字が書き込んでありました「閉業」。おいおいおいおい、閉店という記述だったら未だ希望が持てるんでしょうが、閉業って言ったらどう考えてもビジネスを終わらせたってことだよねと、私の小さな脳味噌でも即座に理解出来ました。

折角美味くて安い店を見つけた、しかも郷土由来の人間がやっていた店なのに…と軽い眩暈を覚えました。結局来る事が出来たのは二回だけ。そして、私が一か月ほど前に最後にキープした筈のマッサラの一升瓶は、自分で一口も口をつけることなくものの見事にどこかへと消えていったのでした。

一体何が起きたのか、何がどうなってしまったのか全く何も判りませんが恐らく今池の夜の噂のネットワークが私に何らかの情報をもたらしてくれるものと信じております。

2026年6月8日月曜日

アメリカの家の修理

時折なんですが、アメリカの私の家に住んでくださっている日本人の方と連絡を取っています。

実際にはそこに住まわれているのは日本人女性の方なんですが、この方が素晴らしく綺麗に住んでくださっているうえにこちらに許可を得たうえで何時も美しく家の壁を塗り替えてくださったり、庭その他のメンテをその美的センスに従って行ってくださっています。

それほど恵まれたレジデントを得ているアメリカの我が家なんですが、いくら綺麗にメンテしてくださっていてもそこはやはり「建物」であって、定期的な修理やアップグレードが必要な事には何も変わりはありません。要するに大きなだけで経年劣化のきちんと進んでいく「もの」ですからね。

さて、そういう訳で今回の修理・置換の対象は以前から気になっていたポーチに面した窓です。ガラス扉を開ける方式の窓なんですが、表に面した部分にはアメリカではごく普通にあるBBQなどを行えるWood Deckがあります。要するにそこに面した窓の群れなんですが、確か3枚で構成されていて、そのうちの1枚が外に向かって開くタイプのガラス扉だったかな。

今回それらの見積もりが返ってきたんですが、扉式にするかスライド式にするかで値段が随分違いまして、スライドが$9,285で開き戸タイプが$6,742でした。

以前から気になっていた部分で最も問題だったのはドアの下にある部分の隙間。ここが経年変化で随分とやられてしまっていて、特に冬の寒い時期にはここからの空気が部屋の温度を下げてしまうという状態だったのです。結局そういう状況が冷暖房費の料金を上げてしまいますので、ここは早めに何とかしてあげたいところです。

結局ここへの投資は最終的に家の値段のアップという形で回収できるんですけどね!

でもまあ、円安が進んでいる昨今やはり早々お金を使えないところ。もう一つだけ見積もりを取ってから最終的な依頼を行いたいと思っています。また金が飛ぶな。orz

2026年6月7日日曜日

難病の患者さんを見つけた時

私が愛している診療形態というのがあります。

それはその患者さんが長期間どこの病院にもかかっていなくて、私から診察を受けるのが医者からの診察としては十年ぶり以上なんていう場合です。

世の中には「びっくりするほど」病院という存在が嫌いで恐れている一群の人々が居る、という事実をアメリカから帰ってきてこの十数年という時間で骨の髄まで知りましたが、それが良い事か悪い事なのかという事はシンプルには判定できません。

そういう人々にとって病院にかかるという事はある種の恐怖でしかない訳で、恐らくそういった人達の頭の中では病院なんか行ったら「何をされるかわからない」という考えを持っている人と、長い間病院に行っていないからもし今超久し振りに行ったら何か良くない病気が見つかってしまうかもしれない、という恐怖感を心の底で抱いている人がいるのではないかと考えています。

実際に注射をされる、採血をされるという事を考えただけで物凄く暴れたり、怯んだり、狼狽える人たちというのを真近で観た事が「何度も」あるので、それは病院嫌いの人々が病院に来ない理由の大きな部分を占めているんではないかと推測しているんですけどね。

さて、そういう「10年ぶり」とか「30年ぶり」の患者さん達の検査を進めていくと本当に奇跡のように何も表面的には引っかかってこない人もいるかと思えば、癌の末期で余命一か月くらいというような人まで居るんですね。ごく普通に。

それでも、最も多いのは高血圧や糖尿病や肝障害、肺気腫等を持っている人達。こういう方々を生活指導、食事指導、服薬指導を通じて普通の生活を送れるところまで戻していくのが事実上の最高の喜びです。

しかし、稀になんですけれども、データや症状を通して病因や病名を推測していってもどうしても診断が付かないものが出てくるものなのです。そういう時に大事なのは集合知。種々のパーツの専門家が集まっている大病院にそのような「理解出来ない病態」を持った方々を送ることで、最終的に教科書でしか見たことのないような稀な病名の付いた状態で紹介状の返事が戻ってくることがあるのでした。

その予想を行う過程で、自分の推測と大病院がいろいろな科の集合知を使って下した最終診断がどれほどズレていたのかという答え合わせが最大の喜びと言えば喜びでしょうか。

そのうえで、それに対する至適な治療法が患者さんに施療されて治っていく時などは医者冥利に尽きるというもの。己が治した訳でもないのに、正しい病院にきちんと紹介できただけで嬉しいとかちょっとおかしいですかね。^^