2026年8月29日土曜日

そろそろ夏休みの宿題は?

私はこの時期になると夏休みの宿題を思い出します。

私は今も昔も根っからのズボラで、夏休みの宿題は夏休みの初日にほぼ半分を済ませ残りはほったらかし。8月27日くらいから超焦りだすのですが体は動かず。8月30日くらいになって残りの分を「なるべく」済ませます。

なるべくと書いたのは毎年必ず間に合わずに始業式に行われる宿題回収では先生からげんこつを頂くというのが毎年恒例の夏休みの儀式になっておりました。それでも実はその宿題サボりにもコツがありまして、厳しい先生の宿題はなるだけ頑張って済ませる事。図工の宿題はしていないと点数が付かないので頑張って作る(どっちかというと好きだったので苦にはなりませんでしたが)というのがコツ。w

小学生なりの傾向と対策とでも言いましょうか、9月も4日くらいになると次第に先生自体も夏休みの宿題の事など忘れ気味になってきまして、何も言わなくなってきます。それまでは毎日毎日出していない宿題の科目の先生の授業時間が来るとびくびくびくびくしていたものですが、流石に4日や5日になると先生のほうも「まさか出さないまま夏休みを終わってしまった生徒」がおるとは思ってないのか、もう宿題の事は言わなくなります。

ここまで来ると私の勝利。実際は宿題をしない事で勉強をせずに割を食うのは自分自身なのですが、そこは知恵の足りない愚かな小学生であった私。苦しみから逃げた事でラッキーという事になって楽しかった遊び満載の夏休みの終了となりました。

日本中の「宿題を済ませていない小中学生諸君」の事を考えると実に当時の自分の事を思い出し、かわいそうになります。アメリカにいた時には娘達には休暇中の休みなど全くありませんでした。そう考えると、夏休みだからと言っても休むことを許されない子供たちはなんだか気の毒に思えます。

宿題済ませてなくてもまあ、死ぬほどの事はありません!大人になった時に先生も含めてそんな事誰も覚えておりません。w

2026年8月28日金曜日

同じ看護師なのに

当直をしていると、日勤夜勤に関わらず電話がかかってきます。

しかし、業務の忙しさ自体も、電話のかかってくる頻度も日によって大きく異なります。その変異要素の多くは実は病棟のイベントの差ではなくて病棟に勤めている看護師さん、そして最も大きなファクターは当直の師長に因ります。

その差はびっくりするほどのもので、本当に自分のほうで判断して種々の問題を解決するタイプの看護師さんや当直師長であれば、当直の時間中に本当にいろいろな自分自身の雑務をこなしたり、病棟の残り仕事を片付けたりできるのです。

ところがどっこい、その反対の方々の時は…。

本当に自分で判断する訓練をしてこなかった人間のすることは、どの職位にあろうと残念なレベル。緊急性を要する判断は当然医師にその責を負わすことが必須ですが、それは通常誰にでもできる事。ところが、判断能力を養ってこなかった人達は「なんでも」投げつけてきます。まさに何でも。

しかも時間も全く関係なし。少なくとも今聞くことでは無いよね?という事を時間に関係なく問いかけてきたり、逆に「それ今になって問いかけてきたら遅いでしょ!」なんて事を平気でやってくれることに。どうして?とこちらから強く問いかけたいくらいですが、残念ながらこういった人達には教育効果というのがほぼ無い事は繰り返された痛い経験から学んでますし、逆にこちらから指導を入れた事がパワハラ風に曲解されても嫌なので「はいはい、それで?」と対応して終わり。

要するにこの手の看護師さん達に対するこちらの対応パターンもほぼ決まっています。最も摩擦を生まない、しかもシンプルな対応。しなければならない事は事務的に済ませ、患者さんへの対応は誰で漏斗真剣に行うというパターンです。

常々、当直が開始される時点で、その日の担当者名を前もって把握できますので「お、今日はスムースに行くな」とか「あちゃ~」とかなる訳ですけど、そもそも最近は当直自体が月に一回か二回程度に減らして貰えてるので大した問題ではありません。

仕事をする上で、パートナーになる人の当たり外れって大きいですよね。^^

2026年8月27日木曜日

親父も米寿‼‼‼

遂に親父も数か月前の母親の米寿に引き続き無事に米寿を迎える事が出来ました。

自分の親顔90近くまで「二人とも」病院に入らずに生きるなんてそもそも想像もしていなかったんですが、実際生きているので凄いとしか言いようがありません。w

そもそも長生きで元気でいる事は素晴らしい事なんですが、流石に90近くなって一人で親父が暮らしている事自体は危ない事だなと感じます。母親は20年ほど前に心房細動由来の脳梗塞で大脳半球の片方全体が詰まるインシデントを二回起こし、二回とも近くのカテーテル・スペシャリストの先生の手で再開通し、無事に助けられましたが、それ以来ゆっくりと脳血管性認知症が進んでしまいました。

しかし、それも年齢なりの病気なりのある程度は仕方ない事。それでも、何のかんの言っても両親とも少なくとも88まで生きているというのは凄い事だと思います。

一体これがどの程度の確率なのかという事をAIに問うてみました。すると…回答は以下の通り。「今の日本において男性が88歳まで生きる確率はおよそ3〜4割程度、女性が88歳まで生きる確率はおよそ6割前後。そして両親が「平均的な日本人の男性・女性」で、互いに独立とみなして計算すると0.35 × 0.60 =0.21程度。つまり、両親ともに88歳まで生きている確率はざっくり2割前後」との事でした。

という事は俺のような人間は2割程度居るのかと言いたいところですが、実際はそのような夫婦の中で「子持ち」の世帯は日本においては57%程度とのことですので先ほどの21%に57%を掛けると、凡そ12%程度との事でしょう。

しかしながら、実際には、子供がいる夫婦のほうが健康行動が良い傾向があり、子供がいる夫婦は結婚年齢が早い傾向がある、子供がいない夫婦は高齢まで働く割合が高い、出生コホートによる寿命の差などがあるため、実際の値はもう少し高い可能性があって、恐らくは12〜15%程度まで上がるのではないかというのがGemini先生の推定となっています。

要するに俺のような人間の7~8人に1人は良心ともに米寿を迎えるという事なんでしょうな。

そんでもって今88歳の両親が2年後にともに90歳を向開ける確率はというと、生命表から88歳男性が90歳まで生きる確率:およそ 75 〜 80 % 、88歳女性が90歳まで生きる確率:およそ 80 〜 85 %となっているので、0.7X0.82程度とすると6割弱の確率で両親が90を迎える事になりますぞ!凄い。w

親父に仕事がひと段落着いた昼過ぎにLINEで連絡を入れると元気に出てきてくれました!

お互いに88まで無事に、元気で迎えた米寿というものを寿ぎました。あの恐ろしかった親父も親父自身が信じられないような88歳を超えて滅茶苦茶優しい爺さんになってしまいました。特に嫁さんと孫には有り得んような優しい爺さんに…。

嫁さんにも孫にも怒ったのを見た事が無い。俺には?w

9月になったら温泉に行こうな!これからも健康で元気でいてください。

2026年8月26日水曜日

患者さん同士の殴り合い

病棟で仕事をしていたらいきなり食堂室のほうから大きな音が聞こえてきました。

何事かと思って駆け出してみると男性患者二人が胸倉を掴み合って殴り合いをしています。1人は90歳近い高齢のお爺さんで認知症の方。もう一人はやはり70過ぎの知的発達障害のあるお爺さんだったのですが、向こうの部屋に聞こえるくらいの音で結構な強さでパンチを繰り出しあっている状態でした。

どうやら原因はテレビのチャンネル争いだったようですが、認知症のお爺さんは何時も自分で勝手にチャンネルを変えてしまって悪びれることなく他の人達の不興を買っていました。しかも認知症があるので、その時に言われた文句などはサクッと忘れてしまうという状況で毎度毎度周りの人からブツクサ言われていたのですが、今回はそういった事に遂に堪忍袋の緒が切れた70過ぎのお爺さんが文句を垂れた様でした。

するとその90近いお爺さん、むかしは何か強い腕っぷしが必要な仕事でもしていたのか、いきなりその70過ぎのお爺さんにパンチを喰らわしてそのパンチをされた側も当然怒って殴り返したという訳です。

みんなで割って入って事無きを得たのですが離した後も二人とも興奮していて目が座っていましたね。w

最終的には最初にパンチを繰り出したお爺さんがもう一人に詫びを入れたのですが、その時点ではもう一人の人は全く許していませんでした。それでも翌日には何となく普通の感じには戻っていましたが…。

この例のみならず、時折「ヤカラ」系の人々は公共の場で怒りの雄叫びを上げる人が居るんですが、この手の人達も声は荒げたところでその怒りのやり場はどこにも無くて最終的には周りの人間から冷静な目でシラーっと見られて上げた拳の降ろし所が無い状態で恥をかく訳です。

まあ何れにしても今回のミニ・ファイト、ケガ人が出なくて良かったです。^^

2026年8月25日火曜日

男はつらいよを視て思う事

Amazon Primeの中で契約できる松竹+で男はつらいよを視られるようになってほぼ毎日いろいろな番手の話を次々と視ています。

話が古いものから新しいものに移ろうに連れて寅さんのがらっぱちなところが抜けて「ものわかりの良い人」になっていくのが目に見えてしまいます。そもそもはやくざな兄貴という感じで、やることなすことが「あ~あ」というような感じだったのが、少しずつ少しずつ常識が通じる人になっていくんですよね。

視ている我々はどうしようもなくあれこれ駄目な寅さんを見ながらも人情の機微を読み取る能力にはいつも一目置くようなシーンが連続するわけですけど、26話の満男の登場するあたりから一人の恋に挑戦する男というよりも、人の恋の指南をする男である方向にグッとシフトしていったと思うんですよね。

それでも、実際は15話くらいからリリーを中心に話を追う毎にもしかしたら一緒になるという事を繰り返すうちに視ている我々は「絶対に一緒になるな!」と思う完璧な状況の中にある二人が結局のところ最後まで一緒になることは無くシリーズが終わってしまったのですが、最後のほうはもう完全に夫婦。単に籍を入れていないだけ、という所まで行きました。

しかし、ここまで来た時にはもう完全にチンピラ臭は抜けきってしまっていて、何だかシンプルに良い人になってしまっています。

車寅次郎というキャラが渥美清を完全に飲み込んでいく過程を見せられているというのが何だか辛くもあります。本当は渥美清という人は本来はもっと寅の事をやくざな男のままに演じたかったんじゃないかなと思うんですけどね。

それにしても、寅はこと女性に関しては謎の奥手ぶり。山田監督のセッティングなんでしょうが、視ているこっちはイリイリしますよね。この点については俺のほうが成熟が足らずにその気持ちを読み切れていないんでしょうね。きっと。

ところで今回いろいろ調べているうちに驚いたことが一つ。寅の甥っ子の満男のこと、私はずっとミツオと読むのだと思っていましたが、調べてみると正式にはマンオと読むとなっています。松竹の公式でも!

本当かいな?