2026年4月30日木曜日

新しいノートPCを買いました

実はこの記事は新しくセットアップしたノートPCで書いています。

前回ウィンドウズマシンを購入して以来マックを使うのは嫁さんのMacbookを使う時だけでした。なんと言うかこんなのは結局「慣れ」の問題だと思うんですよね。

結局マックだろうとウィンドウズマシンだろうと必要なのはブラウザがきちんと作動すること、重要なソフトが走ること、AIが不通に働いてくれることの三つが満たされていることがすべてのような気がします。勿論、ネットに高速で繋がるためのWi-Fi7やBluetoothの5.4とかがあればそれに越したことはないんですけどね。

幸いに今回「も」Acerのマシンの中でコレは!というものが見つかりましたので、ちょい何時もよりかは高めの買い物でしたが20万を大きく切る値段でマシンを買うことができました。アマゾン経由でしたが、クーポンが5000円ほど払い戻しで使えるのと、もともと色々なAmazonのチャージが積み重なっていたのでトータルで2万以上安く買えて15万ちょっとで14インチOLEDのRYZEN7、メモリ32Gのマシンを手に入れることができました。

リサーチには三日ほどかけましたが実物が届いて打鍵感などを確認した上でお得な買い物ができたなと心から喜んでおります。

実際に使ってみても、やはりここ10年弱の進歩はいろいろとAI関連を中心に進歩が見られます。そして生まれて初めて使ってみたOLEDの画面ですが、今まで「こんな色」と思っていた色が再現性100%のこのモニタで見てみると実はそうではなかったという事実に驚かされたりしています。

とにかく、このマシンを使ってまだまだしないといけない仕事や勉強が沢山あるので、有意義に使わせてもらおうと思っています。

今度はマシンの上に飲み物をこぼさない様にしなければ…。

2026年4月29日水曜日

信じられない回復を見せた90歳のお婆ちゃん

生命力という言葉を実際にお感じなったことがあるでしょうか?

一度は死ぬための準備をしていたような状態だった90歳のお婆ちゃんが不死鳥のように甦ってきました!入院時は譫妄と誤嚥性肺炎と廃用症候群で食事も摂れずにただひたすらベッド上で点滴を受けていました。中心静脈栄養も使わない方針で身寄りも全くなし。

最終的には皮下注射を1日に二本だけ使用して最終的には「お看取り」という方向で着地点に向かっていたのですが…。

ある日の私からの話しかけの中で、このお婆ちゃん「先生、なかなか死なんわ!死ぬ前になんか美味いもんが食いたいもんやね」と言ってゲラゲラ笑ったのでした。私は驚いてこのお婆ちゃんの摂食能の再評価を急いでオーダー。STの先生が「ギリギリいける!」と評価してくれたのをきっかけにしてまずは薄っぺらのプリンから恐る恐る試食を再開したところ、STの先生が付きっ切りで観察しながらスプーンをもって食べさせてくれたところ意外とケロリと食べてくれました。

そのころを境に物凄かった精神症状も驚くほど落ち着いて「まるで別人」とほかの看護師さん達が言うレベルにまで変わりました。入院当初は口汚い言葉で介護者をののしりながら手足を出して叩く・蹴るという状況。それが、摂食能が上がるにつれ同時に精神的にも落ち着きを取り戻しながら回復を加速させるという好循環が始まりました。

今ではジョークを言いながらモリモリとご飯を食べて毎日結構複雑な折り紙を折り続けながら近づいてきた人たちに自分の作品を配りまくる状況。まさに治療している自分達自身が「どういうこと?」と頭の中に嬉しい?マークが点き続ける状況です。

これならこのお婆ちゃんよっぽどの事が起きない限りは十分に施設へと移動できそうです。

「食べる」という生き物としての全ての機能の基本中の基本が戻ることの効果を改めて見せつけられた最近の私でした。

2026年4月28日火曜日

次女の誕生会

今日は次女の誕生会でした。

とは言っても長女を除く家族四人で藤が丘のあるお店に行って和食を食べただけなんですけどね。焼き鳥の風来坊と一丁田のそばのお店なんですが、初めて行く店。嫁さんが見つけてきたようです。

入るとカウンターと小さなテーブルが2つ置いてあるだけのこぢんまりとした店なんですが、先客が居りまして、これがなんとも喧しい8人前後のオッサン集団。話の内容からすると30代後半から60代っぽい感じの人間達だったのですが、でかい声で傍若無人にくだらない話を続ける連中でして、本当にどうなっとんのという感じ。

まあ話の中身を聞きたくもないのに聞いていると課長の決済とか提案の却下とか朝礼の話の云々などという外の人間からするとどうでもいい話ばかりをまことに「うるさい」という様な大声で延々と話していました。

なんでオッサンという生き物は周りの状況を勘案してその話の容態を変えることが出来んのだろうかと思いつつも、やっぱりこれが集団ではキャラの変わるアジア人の背骨なんかね…とも感じたのです。

そういう事を考えさせられながらも食べるものは食べて淡々と食を味わい時間が過ぎていったのですが、最後まで行っても文字通り「食べた気がしない」という感じの不完全燃焼。嫁さんも当然の如く次の店へ移動することを提案してきました。

色々と小声で討議したうえで決まったのは駅前のFreshness Burgerで、私は息子と二人で一個程度と思っていたあのバーガーの事を考えていたんですが、嫁さんは「嘘やろ?入るよねw」という感じで普通に一個ずつの購入となりました。よく食べますな。(当初娘からは藤一番でラーメン食べようという恐ろしい提案がされていましたが、それはバースデー・ガールの意見とは言えさすがに却下されました)

ここに来て初めて我々腹が膨れまして、先程までのオッサンによるネガティブ・エアが産み出していた邪気を祓うことが出来たのでした。^^

娘へのプレゼントは一番現実的なCASH。ものを選んであげるのも、まあ良いんですが我が家の誕生日は登場人物によって何が一番喜ばれるかが大幅に変わるので、次女の場合はこれで良いと思っております。


2026年4月27日月曜日

若いときにしか出来ないこと

ある先生が自分の「近未来」がかかった仕事を始めました。

今までの仕事量とは全くペースもボリュームも異なるレベルの仕事を始めることになりますが、彼の年齢からするとまさに今こそがその脂の乗り切った時期だと感じています。何歳になろうと頭が働き続ける限りどんな仕事でもできるものです。

たとえ体が動かなくなってもデスクワークは腕と頭が動けばできるわけですし、実際にそのような状況で仕事を淡々とかつクリエイティブにこなしている人達は世界中で無数にかつごく普通に生活を営んで居られるわけで、敢えて言うまでもないほど普通の景色です。

しかし、これとは別に働く時の集中度を高めていく時にはどうしても「体力」が絶対的に必要になってきます。何らかの質の高い仕事を成し遂げようとする時にはほぼ絶対のレベルで肉体的、精神的な集中と持続を維持しなければならない時期というものがあって、それはやはり知的に円熟してきているのみならず、体力も未だ残っているような時期でなければ成し遂げられない仕事のレベルだと思うんです。

特に、あるボリュームの一定以上の仕事を一定の期間内で仕上げるためには純粋に体力が絶対条件だと考える私です。今まで行ってきた仕事も歳をとってくると効率化という部分では明らかに力を抜いてやれる部分は見えるんですが、やはり絶対的な体力が必要なシーンでは加齢が邪魔をします。w

超一流の人達の話を聞くと数学者であろうと医学生物学の人であろうと、凄いレベルの仕事を物凄い集中力を発揮して仕上げていくという事をされています。

そういう事ができるのはやはり「ある程度の歳まで」つまりは体力が持つ期間にだけ仕上げられるものだ思うんですけどね。しかし、まさに今こそが最初に書いた先生の人生で最も充実した挑戦の時期、時間だと感じている私です。

2年後に花を咲かせるその姿を是非見てみたいと感じる私でした。

2026年4月26日日曜日

アメリカの旧友達と横浜で同窓会・後編

さて、昨日の記述の続きです。(登場人物は分け合って詳述できませんが、皆アメリカで同じ釜の飯を食った野郎たちです!)

前日記したようにわずか半日の間ですが、とりあえず一人でうろちょろと表面的に山下公園界隈を歩いた訳ですが、私が驚いたのは横浜という街の持つ観光資源のリッチさです!

本当に名古屋が云々と言ってあまりの名古屋の観光資源の無さを嘆く名古屋人も多く、自虐的になる地元民も多いのですが、実際には名古屋もそれなりに見どころは多いと思うんですよね。しかし、大きな違いは観光資源がまとまったエリアに一揃いという形では存在していないこと。山下公園の周りを散策した後ではこの点に関しては「白旗」を大きく掲揚せざるを得ません。w

名古屋も海沿いにレゴランドや工業地帯観光、水族館、南極観測船などの展示も有りはしますが、散策してそこのベンチに腰掛けて愛を語る未来を語る多くの若人が居ないとね。そして家族連れが気軽にベビーカー押しながら港の風に当たる様でないとね…。そういうセッティングがなされていないと思います。

そして横浜には港と街が一体化している魅力がある。港と街の中心部が大きく離れていないというか、中華街という異国情緒が山下公園と渾然一体となってその魅力を相乗効果で輻輳強化している印象。食と景色と歴史的観光の対象がひとセットになっているという強みは何にもまして素晴らしいと思いました胃袋も目も脳みそも満足させてくれるという良さ。また家族を連れていきたいと思うのです。

さて、私は一旦ホテルに荷物を預けた後、野毛の飲食街を通り抜けてその辺縁にあるところまで行って今は横浜にいるY先生が指名してくれたお店「だるま」へと到着しました。ここはその先生曰く、「昔はもう少しDEEPなところにあったけれども、店の大将が心機一転こちらへやってきて店を仕切り直した」とのこと。そういう由緒ある店だけに中は深夜食道ばりにいい感じでした。

まずは我々二人(私とX先生)が座ってY先生とA先生の到着を待っているとすぐにA先生到着。そしてその直後にY先生も到着されて皆で乾杯となりました。私にとってA先生との再会はほぼ10年ぶり。余りにも何も変わっていない若々しさに驚くほど何も変わっていませんでした。

次々に出てくる美味しい小料理を食べながら酒を継ぎ足し馬鹿話と思い出話に花を咲かせました。愚かな話は私が中心になって話をして、思い出話と近況報告は残りの三人の先生方からそれぞれ話して頂き、いろいろと感心することしきりでした。

なかでも驚かされるのは三人の先生のお子さん方の年齢。もうそんな歳!という感じでしたが、よく考えたらうちの長女も30超えですからね。当然と言えば当然なんですが。

A先生は私用でどうしても千葉に帰らないといけなかったためここでお別れでしたが、私とX1先生、Y先生は野毛のDEEPERなエリアへ移動し更に飲みながら今後の研究の方向性や仕事の話にスイッチ。実はここからいきなり真剣モードに変わってしまいまして、ありとあらゆる今後の可能性に関して業界の動向に話を話を広げつつ情報の整理整頓と今後の方針決定に関する意見を出し合いました。

最後に中華麺の店で締めとなったのですが、ココでもまだまだ仕事の話。w
Y先生とはここで別れたのですが、私とX先生はホテルに戻る道すがらも、ホテルに戻ってからも寝る直前まである「作戦」に関して延々と議論を続けたのでした。

ある意味、非常に有意義で2年後の未来を見通せるような大事なミーティングになったと思いました。やはり気心の知れたお互いの研究や仕事の内容がわかっている人間同士の集まりは何かを生み出す、何かを変えるにはいい刺激を与えてくれますね。

次のミーティングは6月半ばの名古屋です。