2026年3月4日水曜日

成績良いだけで医者になると大変

医者になって色々と問題を起こす人たちというのがおります。

恐らくこれはどこの世界でも一緒で、どの職種であろうと必ず濃淡の差こそあれこういう人達はいるのでしょう。見たこと無いのでわかりませんが!w

私がこういう人達を知ってりるのは医療の世界だけ。看護師であれ医師であれムムムという人達は居るもので、国立の病院機構であろうと私立の小さな病院であろうと恐らく大凶レベルの問題児が紛れ込むことは良く話。あまりに酷すぎるといわゆる「伝説」となって、時を超えて語り継がれる事になるわけです。

私の勤めてきた幾つかのシステムでもS級というか特級呪霊というか、その何というか近寄る事で霊力に絡めとられるレベルの邪悪な人物達が数名いた事があります。幸いにして今では過去形ですから既にこの方達は組織からは去ってくれているのですが、在職中の大騒動、去り際の波乱など本当に今思い出しても腹がギュッと痛くなってくるような霊障クラスの人達でした。

終わってしまった今では他の人達と「あの時は〜」みたいな苦労話として昔語りが出来るんですけど、その当時はホンマに大変。

看護師さんに限らず医師の中にも全くトンデモの方々がおられまして、私が知っているのは全く病院で使い物にならないあ精神科医で、精神科病棟の女性患者と駆け落ちした輩が居りましたし、何度も何度も未成年と「法に触れる」交友した挙句、それこそ何度も何度も捕まって最後には医業停止2年半(要するに2年半の間は医師としての資格を召し上げられた)を喰らった医師も居りました。

また、病棟で患者や患者の家族と全くコミュニケーションが取れず、日常やっている事といったら採血で採取したデータと熱型表などに書いてあるデータをカルテに転記して謎の論評を加えて終わり…という人など。まあ、私がその組織を去った後にアウトになった人もいれば、在職中にぶっ飛んで首を切られちゃった御仁もおるんですが、こういう人達を医師として病院に招き入れた輩も一緒に責任取れって言いたいです。

それほど人のセレクションには金と時間をかけるべきだと私は強く思うんですが、アホな人事関係者はそういうのを単なる「数」としてしか見ませんので、後になってその霊障に気づいた時には「時既に遅し」状態。

除霊は簡単では無いのです。w

金があるから教育に金をかけられる、成績が良いから、親がなれと言ったから、医者になれば給料が〜等という様な下らない理由でこの世界を目指すなら、そして子供に目指させるならそれはご本人にとって大きな後悔だらけの人生を送らせる事になりかねませんぞという事を日々の臨床の現場から見て取るのでした。

世のバカ親に何を言っても無駄か…。己が子の適性というものを見極めて進路の背中を押して差しあげてください。伸び切ったバネ、錆びたバネに伸縮性・可塑性はありませんよ…。

2026年3月3日火曜日

名古屋着任のお祝い

友人の名古屋着任のお祝いをしました。

リッチモンドの頃からともに悩みともに研究してきた友人が名古屋の医学部にやってきました。以前から知っている彼は非常にストレートな努力をする優秀な人物で、努力する才能、慎重に計画を立てる能力、そしてその計画を実行に移す能力がある上に外科的スキルにも優れ、人の心を掴み対立を調整する能力にも優れています。

要するに彼が名古屋に来て教授にならないのであれば誰が成る?という程の人物。集まったのはいつも私が名古屋の友人と集まる例のお店でした。

2人の非医学関係の人間と私と彼とでテーブルを囲んで熱い話が続いたのですが、彼自身は名古屋に来てまだ一か月ほどしか経っていないにもかかわらず既に多くの仕事をこなして忙しさに磨きをかけてるようです。彼の年齢は未だ50にも届いておらず、正にこれからの10年は人生の中での最充実期であろうと推測されます。

彼が名古屋で多くの協力者を得て研究の大いなる進展を達成するとともに、臨床のエリアにおいてもその研究を多面的に応用する成果を達成し、より沢山の患者さんを救うことで彼が名古屋に来て東海全体どころか日本全体のレベルを底上げして世界にとっての良き選択であったことを確かなものにして欲しいと思います。

さて、お店での楽しい宴はあっという間に3時間が経過し終了。4人のうち3人は同じ藤が丘の沿線沿いという事で覚王山のほうにタクシーで移動し小さな二次会を開きました。

ここも私がいつも行っている例のお店ですが、教授になる前にも一度一緒に来ていて彼も酔っぱらっていた前回の薄い記憶を手繰り寄せることが出来て「あれ?ここってもしかして前回お邪魔した時に来たお店ですよね」と言って店を見渡しては驚きながら懐かしそうに店の中を見渡していました。

最後に夫々が一杯ずつ飲んでゴーヤやその他の沖縄料理を一杯ずつ注文して腹を満たし散会となりました。彼と同じ方向に歩きながら今回の話を締めくくったのですが、歳が上がれば上がるほど努力する能力は才能だなと感じるような会話が沢山されたことが印象的でした。

彼のこれからの15年に刮目したいと思います。

2026年3月2日月曜日

イスラエルの友人曰く

トランプの指示したイラン攻撃、遂に始まりましたね。

核問題に関する交渉が合意に達する見込みが全く見えてこない感じがニュースから伝わってきていたので、個人的には「アメリカやる気やな〜」というくらいの気持ちで、私自身はその発動を待っていました。実際には爺さんがスタートの宣言をしたのがマー・ア・ラーゴで政治資金パーティーを開いた直後と言われています。

私の疑問はこの爺さんは戦争は嫌いだと言っているのにやたらと好戦的なこと。従軍経験のない輩はそのあげた拳の行方がどこに降ろされるのかということを全く理解できない様で、プーチンの愚かさそのものをアメリカ版でコピーした様な印象です。

ロシアにしても中国にしてもこの爺さんがいつも言ってる事とは反対にこれほどまでに好戦的なのはビビっているんじゃないでしょうか。そもそも、アメリカの制服組トップはイランとの開戦というのは避けたがっていることがビンビン伝わってきていました。そもそもウクライナの対ロシア戦での武器弾薬供給で相当に色々なものがタイトになっている段階でもう一段の開戦とか?

今回の開戦でイスラエルも共同戦線を張っていますから反撃を受けているんですが、ビンヤミナに住んでいる友人に安否確認のメールを送ると即返事。曰く「アメリカが我々を助けてくれるのをイスラエルも助ける」という認識の様です。既にイスラエルはヒズボラとも2年半もの戦争状態であることを気違いじみているという風に指弾していますが、あの国は良からぬ隣人に囲まれていますから戦闘行為が国の宿痾になっていますね。

写真も添付されてきていて地中海に面したその美しいビルからの眺めは一隻の貨物船もいない港を映し出していました。
戦争が日常である国家は常にハリネズミの様に注意深い生活を送ることが必須。平和ボケという呼び名がつけられる状況でいられるというのは実にレアで幸せな世界であることを実感させてくれます。

今回の開戦は短期終結で済むと思っているんでしょうか?米国民からNOを突きつけられて政権がレームダック化するのが早まった様な気がします。どの戦争であろうとも開戦は高揚とと共に始まり疲労と悲劇の後にその扉を閉めるものです。

2026年3月1日日曜日

車の安全性の進歩

最近、キャンプ用にジムニー良いよね〜便利そう〜!と云う感じでネットを眺めていることが多くなっています。

結局、ウィンドウ・ショッピングのみで終わるのが常なんですが、車のような大きな金額のものを買うなんて言うことは安易な気持ちでは到底出来ません。永遠にカネを払い続けるようなトヨタの残クレのような恐ろしい収奪システムなんていうのは間違っても使ってはいけないし!

そん中で、いつも考えるのは乗っている車の安全性に関することですね。本当にこれが保証されないことにはどんな車のかっこよさもその輝きは大きく薄れ鈍ってしまいます。速くてもカッコよくても、エレガントでも答えは一緒。ダサい車でも能動的、受動的安全性が高いものがあれば少々高くてもその車を選ぶと言うのが私の哲学です。

そういう意味で最初に挙げたジムニーなんかは素晴らしい車だけど、ぶつけられた時という「受動的安全性」と云う意味ではたいへん心もとない感じがします。そもそも軽ですからぶつけられた時にグシャリといけば一巻の終わりです。だからこそウインドウ・ショッピングの息を出ないままでずっと見つめるわけです。

そんなこんなでいろいろなサイトを巡りここ10年で格段に進歩した衝突回避性能というものを見ていた時に法務省のHPに1970年代からの交通事故死亡者数の推移というのが載っていました

そして別の人のYouTubeでは以下のような統計画像も!
これらを見てよく解るのは一般的な傾向として年々歳々減っていく交通事故の一人事故死者の数。驚くほどの減少を見せていると言って良いのではないでしょうか。そのなかでも、印象的なのは2000年頃までの一貫して多い北海道での死亡事故者数。恐らくは見晴らしが良いからこそ起こるスピードの出しすぎとその結果としての死亡事故ではないでしょうか。

21世紀に入って一旦は減少傾向を見せるも、再び交通事故大国愛知と競り合っているのを見るとウーンという感じしか持てません。何れにしても良いことは年が経つごとに事故数も死亡者数も減っていっていること。その変化は驚くほどです。

結局、これらの結果が出てきているのは車が事故を起こさない仕組み、そして万一起こしたとしても中の人は守られる仕組みの発達ということでしょうね。ではこれをゼロにさせるには?と考えるのですが、バイクと人が路上を使っている限りはそれらがゼロになるのはまだまだ先じゃないのかなとも思うんですよね。

それでも、安全装置の発達している車を動かす限りは車が関与した死亡事故というのはぐんぐん減っていくものと思います。そして、安全な車と認定されたもの以外は高額な保険料を払わなければならなくなるようになれば、その事故率も更に下がってくれるのでしょう。

10年後の数値を見たいなと思うのでした。

2026年2月28日土曜日

弟の四十九日

早いもので今日で弟が亡くなってから49日を数えることとなりました。

心のなかでは弟のことが日々出てきますが、宗教的な行事は私も親父も無縁です。何度も言いますが、有り難くもなければ功徳もないようなレクサス乗りの糞坊主などに金などは一円も出す気はありません。

あの日起きた突然の悲しい出来事は私が死ぬまで忘れることはないでしょう。それでも、あの日以来実際には弟は私の胸の中でより身近なものになりました。触覚、聴覚、視覚、嗅覚等の記憶の中で蘇る弟の感覚を覚えているのは間違いなく私の両親と私だけでしょう。

弟の存在というのは恐らく私が死んでいくことでこの世の中からは「かなり」忘れられたものとなると思いますが、それでも良いと思います。みんな順番にそうやって他人の記憶の中から次第に消えていき、語られなくなり本当に魂は昇天するのでしょう。

今回の49日の前日に親父からLINEで「明日はXXの49日やけど、わかっとるか」というよいうな話がありましたが、もちろんわかっておりましたよ!^^

ただ、今回親父からやっぱりというか気になっていたんだなと思われることが語られました。それは今回の弟の死を認知症の母親に伝えるべきか否かということでした。私は即座に当初の決意を親父に伝え「伝えないほうが良い」ということを繰り返しました。そもそも、会わせるのなら死に目に会わせるべきで、今回の弟の死でそれをしなかった理由は以前にも書いたように母の心を乱さず、会うのなら共にこの世を旅立ってでも間に合うということ。

基本的に老いた母親の心を「再び」乱すのは止めよう!という事で手短に合意してLINEでの会話を終えました。

弟のことを想い写真の前で手を合わせている時にはそう強い感情は出なかったのですが、「弟」という血の繋がった直近の身内の喪失は「ふとした時」にこそ、己の血を分けた片割れの存在がこの世からは消えたことを思い出させます。

そしてその瞬間に熱いものが胸に込み上げてくるのでした。止めようもありません。