2026年9月10日木曜日

もう買えんくなってきたな

新製品発表の時期になりました。

例年秋に発表されるアップルの新製品が今年も9月のサイクルで発表されたのですが、今年の大きな目玉はDuoというに画面モードのiPhoneですよね。しかし、その値段を見ると一番安いモデルが364,800円からという驚愕の値付け!ちょっと待て待て待て~という感じ。PCのかなり良いモデルでもずっと安くで買えるやつがあるんですけど、モバイルPCというカテゴリにまで進化し、なんでもできるようになったマシンであればこういう値付けをしても人は買うものなんでしょうか?

iPhone18ProとiPhone18Pro Maxがそれぞれ219,800円と239,800円という値付けでやはり20万円を超えてきます。唯一20万円以下なのはiPhone Airで、189,800円というもので、一番安いのがコレという驚愕の値付け。

言い方は悪いのですが、これって単独のマシンとしては高すぎませんかという感じです。それを裏付けるように、(2025年の秋と言えば昨年の事ですが)日本のように世界の標準と比べると異様にiPhoneのシェアの高かった日本でおいてさえ、アンドロイドとのシェアの差が逆転した初めての年となりました。

キャリアによる補助金の縮小・廃止、円安による価格の値上げ、Apple Intelligenceの日本導入の大失敗、機能差の縮小に伴って「iPhoneでなければならない理由」というのが次々に亡くなっていって結局は「中」で使うアプリが大事になってきているという話で、何だかどこかで聞いたブラウザ戦争に似ているような?

あれだけ隆盛を誇ったNetscapeが消え去り、IEも置き換わられ、今ではすっかり別の世界。アプリさえ同じなら「買える範囲」で物事を済ませようとする人が増えるのは当然です。私自身は今でもiPhoneの画面の色遣いのほうが自然だし、操作方法も「まだ」iOSのほうがアドバンテージを持っていると思ってはいるんですが、患者さんに頼まれて時々触る事のあるアンドロイドも段々とその差を詰めているという気がしないでも無いです。

いくら使いやすいと人が思っていても、値段の差がアンドロイドと10万円もあって、その差にお金を払う人がいつまで続くのかという事になってくるような気もします。特にコア層の若者の一か月の手取りを超えるようになってくると…。

暫くしたら出てくるであろうシェアの解析結果が待たれます。

2026年9月9日水曜日

South Parkが名前を変えるらしい!

われらがサウス・パークが「いつものように」やってくれました。

ニュースサイトによるとSouth Parkが、あのバカ男への当て擦りとして番組タイトルをSouth Americaへと変更するとの事!私にはこれはビッグ・ニュース。アメリカにいるときはDVDを全部揃えてワクワクしながらいつも視ていました。番組開始から29年にして遂に改名です。w
当て擦り改名のネタ元になったこの馬鹿男、自分の単なる思い付きで何でもやってしまい、周りの誰もが抑え込まない忖度野郎で固められ、馬鹿が喜ぶ言葉を紙に打ち出してくれるキリスト教右派のガチガチ・プリンターレディまでいる有り様。

認知機能障害はともかく、異様に肥大した自尊心を持つ心の病気を持つコイツの行動パターンは何時もシンプルで、「まず最初にやってしまい」そのあと「何か問題でも?」と問うて、最後に「文句があるならかかってこい」という碌でも無いスタイルで己の我儘を通してきました。

ホワイトハウスの破壊作業然り、ケネディ・センターの改名問題然り、自分の顔を彫った硬貨の発行然り、パスポートへの己の顔のプリンティング然り。おまけに在任中に建設予定の空母に自分の名前を付けて蒸気カタパルト式の時代錯誤のシステムを搭載することに固執するというもう本当に恐怖を覚えるほどの愚かな行動をとり続けています。

この前もオンタリオ湖をアメリカ湖に変えたり、メキシコ湾をアメリカ湾に変えようとしたり、NEW MEXICOをNEW AMERICAに変更しようとしたり。もうね、お前ときたら本物の裸の王様。病的に肥大した自尊心と戦車顔負けの分厚い爆発反応性装甲を顔に張りまくった厚顔無恥ぶりは最強のコンビですね。

この前Xのサイトにも出ていましたが、The other 98%だったかな?「この馬鹿に投票した7000万の連中よ、見てみろこの惨状を。どう責任取るんだ?」みたいな質問状を出してましたね。

まあ、アメリカはあと2年死んでますよ。

2026年9月8日火曜日

歴史に残る大雨の日となりました

とんでもない一日となった名古屋でした。

一日の仕事が終わりに近づいてきた時にナース・ステーションにいるみんなのスマホから一斉に警報音が鳴り響きました。見ると警報の中身は高齢者の避難開始等と言う禍々しいもの。

雨雲の様子を示すレーダー画像も、物凄い厚さの雲が見えから名古屋市のほうにかけて長々とかつ真っ赤に線状になってカバーしているのを示していました。そこに夜勤の看護師さん達がずぶ濡れになって登場し一言「ヤバい雨です」と言葉を発していました。

その時点で既に駐車場は大きく冠水し、15センチ程度の深さの水に覆われている事が窓から眺めていて判りました。ほとんどすべての車が徐行しているのが病院の敷地内だけでも良く理解できます。

さて、Google Mapを見てみると、あちこちで真っ赤なlineが描かれているだけでなく、一部は既に黒くなっていました。恐らく冠水した車が前にいけない感じでトラップされているのだろうと推測していたのですが、それは後で見たニュースで正しかったことが判りました。後で聞いたところではこの日に千種や北区の周辺で仕事をしていた人達は車が動かずに往生したそうで、帰院予定を二時間もオーバーしてほうほうの体で訪問診療から戻ってきたとの事。そして戻って来てからも家に帰りつくまでにこれまた2時間近くかかって帰宅しボロボロに疲れ切ったとの事でした。

ニュースでは200台程度の車が水の為に冠水して動けなくなり、河川はあちこちで氾濫。地下鉄は5時間程度ストップした上に市バスは全面通行止めになってしまったようでした。

しかし、それでも20年に亘る名古屋の大雨対策としての冠水用の地下神殿の建設のおかげで名駅周辺は冠水して車が動かなくなるような事もなく、十分に機能したようです。この地下神殿とそれに繋がった貯留用の用水は何と小学校の25メートル・プール400杯分の貯水能力があるのだとか!

東海豪雨を上回る時間当たり降水量(時間100ミリ越え)だったにもかかわらず、こうやって被害の抑制に効果があったのはきちんと備えを行っていたからだという事でしょう。

天災は忘れたころにやってくると常に言いますが、地震も同じように備えが必要ですよね。

娘はあるレストランでバイトを淡々とこなしていたようですが、地下鉄が10時半には動き出してくれたおかげで兎に角、特に大きな問題もなく家には戻ってこれたようです。しかし、名駅で夕方からトラップにはまった人達の中には歩いて名駅から藤が丘まで「大雨の中」帰ってきたようで…お疲れさまでした。

2026年9月7日月曜日

今回の帰郷で考えた事

今回両親の米寿と弟の初盆を終えて名古屋に帰ってきました。

一つ強く感じたのは両親の人生のエンディングが随分と近くなったなという事でしょうか。何時も自分でいろいろな患者さんを見ていて家族さんにも説明するんですけど、「80代の老化は毎年進む感じ、90代の老化は毎月進む感じ」というのがまさに自分の親にもぴったし当て嵌まるなっていう感じでした。

今回は親父の下腿の浮腫が「非常に」強くなっていて、腎機能の大きな低下が既にかなりのレベルに達しているなという状況を身体症状として見せつけられました。結局、心臓のほうにも影響強くなってくるだろうなと推定できるのが内心辛かったです。

昔から私よりもはるかに筋力が強く、その腕っぷしには勝てる気が一度もした事が無い柔道黒帯の親父が私の直ぐ傍で歩いている時に数回転びかけ実際に一回はどて~っと倒れたりしています。勿論こういう転倒の心配は温泉での入浴中もずっと続いていましたが…。

そして、実際に最も恐れているのは親父の単独入浴です。今回帰郷したときに旅から帰ってきた親父が風呂に入ったまでは良かったのですが、なぜか出てきません。私自身も忘れていたのですが、気づいたらもう一時間ほどは経っていた感じの時に私が浴槽を覗いてみると茹でダコのようになった親父がうなだれて鼾をかきながら寝ているでは無いですか!

余りの事に親父の肩を叩いて起こし、大きな声で怒ってしまいました。

「もう施設はいらんとヤバいやん!」すると親父は「大丈夫~!」と強がっていましたが、浴槽に浮かぶ水死体というのは日本では毎年大量にインシデントとして発生しているのです。まさに冗談じゃないというレベル。監視用のウェブカメラつけるとかせんといかんのかなと真面目に考えてしまう私でした。

いや、やっぱり施設かな…。90近い親の一人暮らし。もうエンディングはやっぱり孤独死の予感しかしません。名古屋に呼ぼうかな…。

2026年9月6日日曜日

やらかしたorz

鹿児島から戻って来て皆で焼き肉を食べた帰りに家まで戻って車庫にバックで入れようとしたときに「やらかし」ました。

キンコン、キンコンとならしながらゆっくりと借りたフリードのレンタカーをバックさせている時にガスッと嫌な音がしました。そうです、家の車庫の壁に車体の左後ろを傷つけてしまったのです。

名古屋でいつも運転している自分の車と同じように障害物に近づけば警告音がなると「思い込んでいた」自分の愚かさです。真暗闇の中で駐車時に車体を擦るなどと言う若葉マークのような愚かなミスを犯してしまった事に軽い衝撃を受けました。

もう夜も9時になっていたので、レンタカー屋さんは閉まっています。しょうがないので、明日車を返却するときに事情を説明せねばなりません。orz 

夜ではありましたが、時間が無いので家の片づけを更に進めました。細かなものですがやはりまだまだいろいろと処分しなければならないものが大量にあります。それでも、結局のところは親父の家ですのでやはりある程度の遠慮はあります。そこである程度は「放っておく」ことにしました。恐らく親父に万一があった時にはいろいろと大変な事になるでしょう。

一晩経って、朝になってももう少し片づけを続けましたが、結局それも中途半端なままで親父を連れて皆でイオンに行ってスリップ・インの可能なシューズなどを探し回ったりしながら時間を過ごしました。あまりにも親父の脚の浮腫が酷すぎてサイズ29でもまだまだキツキツでした。

4時半過ぎには車を返しに行ったのですが、実は車の保険のフルサポートを受けるためには警察の実況見分を行っておかねばならないという仕組みがあったんだそうです。orz

しかし、しかし、ここでレンタカー支店の一番上司の方が「純粋に自宅でのアクシデント」であったか否かを何度も確認されたのち、検分図をきちんと記入し特別に今回のインシデントを報告することで特別にお許しを得ました。

その後、飛行機に乗り込み名古屋へ戻ってきたのですが、やっぱり光の無い田舎の宮崎と違い名古屋はどこへ移動するにも道が高速で繋がっているし、なんでも手直にあるという意味で宮崎にはもう帰っては住めないなと感じたのでした。それは嫁さんも同じで、死ぬまで名古屋を離れるつもりはなく、この地で死ぬと私に宣言しています。

今回の旅では宮崎の親父の年単位で目に見えて進む「老い」をまざまざと見せつけられました。最後の最後はどうなるのか未だ判りませんが、軟着陸を望むのは親父も私も変わらないと思うんです。