それはその患者さんが長期間どこの病院にもかかっていなくて、私から診察を受けるのが医者からの診察としては十年ぶり以上なんていう場合です。
世の中には「びっくりするほど」病院という存在が嫌いで恐れている一群の人々が居る、という事実をアメリカから帰ってきてこの十数年という時間で骨の髄まで知りましたが、それが良い事か悪い事なのかという事はシンプルには判定できません。
そういう人々にとって病院にかかるという事はある種の恐怖でしかない訳で、恐らくそういった人達の頭の中では病院なんか行ったら「何をされるかわからない」という考えを持っている人と、長い間病院に行っていないからもし今超久し振りに行ったら何か良くない病気が見つかってしまうかもしれない、という恐怖感を心の底で抱いている人がいるのではないかと考えています。
実際に注射をされる、採血をされるという事を考えただけで物凄く暴れたり、怯んだり、狼狽える人たちというのを真近で観た事が「何度も」あるので、それは病院嫌いの人々が病院に来ない理由の大きな部分を占めているんではないかと推測しているんですけどね。
さて、そういう「10年ぶり」とか「30年ぶり」の患者さん達の検査を進めていくと本当に奇跡のように何も表面的には引っかかってこない人もいるかと思えば、癌の末期で余命一か月くらいというような人まで居るんですね。ごく普通に。
それでも、最も多いのは高血圧や糖尿病や肝障害、肺気腫等を持っている人達。こういう方々を生活指導、食事指導、服薬指導を通じて普通の生活を送れるところまで戻していくのが事実上の最高の喜びです。
しかし、稀になんですけれども、データや症状を通して病因や病名を推測していってもどうしても診断が付かないものが出てくるものなのです。そういう時に大事なのは集合知。種々のパーツの専門家が集まっている大病院にそのような「理解出来ない病態」を持った方々を送ることで、最終的に教科書でしか見たことのないような稀な病名の付いた状態で紹介状の返事が戻ってくることがあるのでした。
その予想を行う過程で、自分の推測と大病院がいろいろな科の集合知を使って下した最終診断がどれほどズレていたのかという答え合わせが最大の喜びと言えば喜びでしょうか。
そのうえで、それに対する至適な治療法が患者さんに施療されて治っていく時などは医者冥利に尽きるというもの。己が治した訳でもないのに、正しい病院にきちんと紹介できただけで嬉しいとかちょっとおかしいですかね。^^


