私のような年齢の者でさえリアルタイムでの山下清の言動を知っている訳ではなくて、私が物心ついた頃に亡くなったみたいです。調べて驚いたのですが、彼が亡くなったのはなんと名古屋にある熱田神宮だったそうで、高血圧のコントロール不良からくる脳出血だったようです。(1971年-49歳)
私自身は彼の亡くなった時にはまだ5歳で、山下清の事をリアルに知っているのは親父たちの世代。ちぎり絵やペン画の天才的作画は驚異のグラフィック・メモリーに支えられていたようですがそもそもの知的能力は12~13歳だったとの事。
昭和の頃は山下清のお話はテレビで「裸の大将放浪記」として、昭和には芦谷雁之助、平成では塚地によって2シリーズとして放映されていましたので、ドラマを通じて改めて人々の脳裏に山下清とはどういう人物であったのかというのが記憶として刻まれているのだと思います。私には芦谷雁之助の演じる山下清が秀逸なものとして残っているんですが、塚地もなかなかでしたしね。
さて、今回読んだ「日本ぶらりぶらり」ですが、純粋に文章として面白い。その文体はまさに知的発達障害のある山下清らしいものなのですが、世の中を観察するときの視点が本当に純粋で混じりっ気が無いというのはこういう事かと感じました。それでも自分が人に比べて一般的な意味での知性が劣っているというという自覚はあって、それを恥と思う心もある。しかし、そういう己の内側に持った劣等感と呼べる気持ちを持ちながらも世の中を見つめる眼の透徹した感想は、日頃から手垢だらけの余計な先入観を被せて世の中を眺めている自分にはハッとするようなものばかり。
「ああ、そういう風に見えたのか!」という感じ方は目に幾重にも張り付いた色付きの鱗が剥がれ落ちる感覚を味わわせてもらえます。
昭和の頃の表現ですから、今では確実に差別用語だったり時代的にとても書けないような内容も書き込まれていますが、それでもその視点は貴重。大人の経験をしているもののその視点は無垢。
いずれの文章も一昔前の昭和の日本に関する記述ですが、アナログの世界に関する記述は今でも懐かしさを呼び起こすのに十分素晴らしいものですよ。それにしても、今大人気の草津温泉では皆沢山の人が糞や小便を湯の中でしていたというようなびっくりするような記述がある事にはぎょっとさせられました。orz
時代ですかね。それとも今でも…?