2026年10月13日火曜日

熊出現ちょっとヤバいかも

今年は私がよく狙っていくキャンプ地で多くのクマ目撃情報が出ています。

このあたりの熊は当然の如くツキノワグマでして、基本情報によると体長は1.1~1.4mなんだそうです。ただ、強烈な爪と顎を持っていますから人間が相対しても真剣勝負して勝てる相手ではありません。勿論、銃器以外の武器で戦ってでもっていう意味ですけど。恐らく普通の人間がナイフなどで向き合って戦ったところで、最初の一撃でゴッソリと体の一部が削り取られるか、噛みつかれて喉笛嚙み切られて試合終了となる事でしょう。

マップで調べてみると以下のような感じ。
基本的には瀬戸よりも東、豊田や新城よりも北側に出現すると思って良い様です。という事は…「俺のキャンプエリアとバチ被り」という事です。w
今年のクマの餌となるドングリの生育状況に関する情報も出されていてそれは以下のようになっているんですけど、平年並みにできている筈なのに凶作であった昨年、一昨年よりもずっと多い目撃数の様です。
どうしてそうなるのかは私のような生態系の非専門家には理解できないのですが、実際にはエリア毎のクマの食べ物の細かな差もあるとの事ですし、みんなが例年以上にクマによる被害というものに関して神経質になっている事が報告数の増加という形になているのかもしれません。あくまで根拠も何もない推測ですが。

クマの目撃数が激減する12月から1月頃迄はこのエリアでは一人でキャンプするのは止めないといけないのかな~って少し思ってしまいました。

2026年10月12日月曜日

レア・コレクション

実は関に関連したお話がもう一つあります。

先日、私の畑仕事の相棒が関の刃物関連の会社にも出入りしている事をチラリと書きました。ところが実際にそこの出入りしている会社の剛毅な大将は、私の為に相棒経由であるナイフを「何と」プレゼントしてくれたのです。

最初は「自分の好きなタイプのナイフを選んでその写真を送ってくれれば、それにあったタイプのものを見繕って造ってあげる」との話だったのですが、私がそのナイフの写真を選び出して相棒に送信して「これなんかどうでしょう?」という感じでお伺いを立てていたのですが、今回大将の手から出てきたのはもっと凄いものでした。

相棒が当直中の私の病院まで寄ってくれて手渡してくれたのは、関の刃物博物館で見かけて「たまたま」写真に収めた凄いナイフと同じ系統のものでした。
病院の駐車場で手渡された時には「うわ~、スゲーナイフが出てきちゃってるよ!」と思って調べてみたところSOG Bowieというものでした。ただし、調べ始めた当初は上にある写真のナイフと自分が手渡されたナイフが同一系統のものだとは全く気付かずに「こんなナイフをキャンプに持っていける訳がない。w」という感じでなんという妖しい魅力を持ったコンバット系のナイフだなと思っていたんですが、上の写真を撮っていたことを思いだして、画像を突き合せたら間違いなくこれでした。しかも、純粋な関バージョンで、黒い焼き入れ?無しのもの。
上にこのナイフの由来が書き込んでありますが、やはりかなりの物語を持っているようです。しかし、私のは恐らく2008年までで製作が止められたその派生バージョン、もしくは製造前の刀匠による試作物なのではないかと思われます。
容れ物がまた特別なのですが、これはちょっとある理由で写真は出さないでおこうと思います。これ以外にも大将は別のコレクションを持たれているのですが、関というエリアの職人さん達は本当に密なネットワークで繋がっていて、いろいろと見えないところで助け合ったりするように出来て居るようです。

そりゃそうですよね!関のような歴史ある職人町ではきっと何代も何代も前から複雑な地縁と職業上の縁で複雑に絡み合っていると考えるのが私にとっては普通に思えます。今度機会があったら大将のところに挨拶に伺っていろいろとお話を伺いたいと思っているナイフ初心者の私でした。

2026年10月11日日曜日

関の刃物まつりへ

嫁さんと行ってまいりました!

関には既に数回行っているんですが、こういうフェアのような事に当たったのは初めてです。ちょっと前にたまたま相棒から「今週末にお祭りあるから行くと良いよ」と言われていたので、ガチの予定として今週末の行き先にしておりました。

この週末は珍しく嫁さんが仕事入っていなかったので、ゆっくりと息子を連れて三人で関へ向かいました。私が昨日テント泊をしていたので、帰ってきた時間に合わせてちょっとだけ休憩して関へ向かいました。

関に到着すること自体は一時間もかからなかったのですが、案の定駐車場はどこも満杯だったので、バスでシャトル便が出ている関市役所から出発しました。
出発する前にも市役所のステージでは楽しそうなステージが開かれていたのですが、こういった出し物が一緒に観られるのもなかなかいいもんですね。

さて、ここからまたバスに乗った後到着したのは食べ物や刃物など、いろいろな店が出店を出してくれていました。
人通りは大変なものでした
長い長い出店の列も見終えた後に関の刃物会館の方へ移動しました。ここも大変な数の人達が居たのですが、意外と早く店仕舞いをするところが多くて、そこは残念なところでした。
実は上の写真の場所は大小の企業や個人がそれぞれの刃物や入れ物を持ち寄って商売をしていた場所なんですが、行った時はちょうど片付けが始まった時間帯で、超残念な気持ちで満タンになってしまいました。面白そうな刃物製作所や個人の出店もあったのに⋯。orz

今後はもう少し長めに、少なくとも5時くらいまでは店を撤収することなく展示に励んでいただけると嬉しいなと「個人的には」思いました。

帰りは家族で近所のアピタに移動して息子の好きなマクドナルドを食べました。

  

2026年10月10日土曜日

中国人の作る中華料理

日本人が寿司を握り蕎麦を打ち、フランス人がフランス料理を作るように、中国人が中華料理を作るのは自然に思えますよね。

しかし、料理が国際化する時代である今では日本人が作るフランス料理がフランスで大きな賞を獲ったり、美味しい「日本化された」中華で中国人を驚かせたりしています。しかし、その逆も然りで、寿司や和食でも外国人達が工夫を重ねたりコピーでアレンジしているうちに本家とは似ても似つかぬ「別の何か」に変わってしまって、名前が一緒で中身は違う何かに置き換わるのがごく普通になってしまっています。

ある国の人が作るある有名な料理が外国人の手によってモディファイされると、口やかましい人達は「これはXX等では無い!」等と、嗤いくさす事で拒絶することは簡単ですが、実はそこにアレンジとして新たな世界が展開するネタになる訳ですよね。実際にそこから生き残って美味しい料理となる生き残りは幾らでもある訳ですから。

そもそも、アレンジが拡がらないような料理などは豊饒な大地を育む素地にさえならない訳ですけどね。^^

まあそれはそれとして、私と嫁さんは昨日連れだって先日鵜沼で食べた中華のお店「喜祥」に向かいました。ここは以前別の場所で店を開いていたらしいのですが、店の人気が凄いのに駐車場が少なすぎて何時も大変な事になっていたとの事で新しく引っ越してきたんだそうです。

という訳で私にとっては二度目、嫁さんにとっては初めてのお店訪問でした。お昼は11:00からだったのですが、我々は30分前までには到着して1番乗りでした。外の駐車場で待っていて、時間が来たら即店内のカウンターへ入って注文。私は豚骨の刀削麺と回鍋飯を嫁さんはトマト刀削麺とチャーハンを食べる事になりました。

前回は相棒と初めて食べたこの店の刀削麺でしたが、今回は夫婦で早速やって来て二人で食べてみたのでした。嫁さんからの判定結果は「大好評」でした。これから何度もお世話になる事必定ですね。

やはり、中国人が作る中華料理は長崎に居た頃から「特別な味」でしたが、今回食べた中華はやはり今迄見た事の無い料理で、その味は私の舌には新しい世界でした。これからも行く度に新しい皿を注文して、自分の舌を喜ばせたいと思いました。

これで今時たったの990円!値付けがおかしいです。


2026年10月9日金曜日

ノーベル平和賞

今年も次々とノーベル賞の各賞が発表されています。

今日は平和賞でした。受賞者はピレイという南アフリカ出身の元国連人権高等弁務官だった人。ICC裁判官も務めた人物の様です。しかしながら、この直後に「あの」ボンクラ爺さんとその取り巻き連中がやったことはこれまた黒歴史にしっかり記録となるような事でして、こいつら以外ならやらんやろうなというような出来事。w

それはICCの解体でした。国際司法裁判所に関連する組織に対する資金源を断つ為にドル決済を停止するとか、この組織から脱退するように各国に促すとか言っているようですが、恐らく追随する国はほとんど発生しないでしょう。ICCの正当性がどれほどのものかは寡聞にして知りませんが、それでもこの機関がアメリカよりも戦争に加担する機関とはとても思えませんが。

昨年末にかけてブルキナファソ、マリ、ニジェール、ハンガリーなどがあったようですが、これらの国々はその当時は少なくともヤバい実態のある政権が主体だった訳で、ハンガリーなども一種の西側かと思いきや当時のインチキ・ポピュリストである独裁者オルバンによる決定ですから恐らく早晩ICCに戻ってくることでしょう。

そもそも条約を批准していないロシア、中国、アメリカなどという国家はICCの事をガタガタいう資格もない訳ですが、自国の戦争犯罪を国際機関から断罪されている戦争の主体となる国々の元首がこの機関に賛同するわけも参加するわけもありません。w

そしてこの受賞の直後にICC制裁を発表したのですから、アメリカのタイミングの悪さと言ったらありませんよね。要するに「制裁」をもっとも目立たせるためのタイミングですから脅す側にとっては「やったった」というアピールだったんでしょうが…。

さて、その後にもう一個の追加ニュースがありました。それはトランプが「本当は俺こそが8個の賞を貰うべきだった」という発言をしたという話。まあ、普通の人間の発言であれば(これが本当であれば)、狂人の戯言で済むわけなんですが、なんせ発言の主は「あの」頭が病気の人ですから、聞いた我々としても「ああ、またですか。ハイハイ」となる訳です。

ルーピー鳩山もオバマ大統領からは全く相手にされていませんでしたが、今度はこのオジサンが世界から相手にされていませんね。

アメリカの中間選挙がますます楽しみになってきました!オジサンは取り敢えず中間選挙まではイランを攻撃しない等と言っているらしいですが、その直後にアタックするという認識でO.K.ですかな?