2026年2月24日火曜日

金持ちはやっぱやることが違うなw

今度のWRC日本戦、RALLY  JAPAN  2026の設楽ステージ観戦を今日決めました。

以前から設楽の山の中にあるロッジの脇やロッジをキャンプ用に自由に使わせてくれていた社長が「そのまま前日から手ぶらで泊まりに来てください」とのことでお呼ばれする事になりました。

ロッジの中で酒を飲みながら翌日のラリーに向けて気勢を上げる事になる訳ですが、そこにシェフを呼んでいろいろな料理を作ってもらおうというのです。

私はその話を聞いて即思ったのは「金持ちはそういう事をやるとは聞いていたけど、本当にやる人間が身近に居たんだ」ということでした。パスタ作りのプロらしいのですが、恐らくは異tリアン系統のシェフでワインとかを持ってくるのではないかという気がするのですが…。

医師の会合で企業持ちの時にオードブルが大量に並べられたところで医者がアリのように群がってあっと言う間にそこにあった食べ物が無くなるという現象に遭遇します。そういうのを見るにつけ「医者もしっかり庶民そのものやな〜」と思うのでした。要するに余裕というようなものが見られなくてガツガツしてるって感じでしょうか?やっぱり陛下はこんなとこで我先なんてことは死んでもないからな。そう思うと、育ちの差っていうのはどうしようもない一面というのがあるんでしょうね。

さて、5月の終りにあるそのラリーも生まれて初めて観戦することになる世界選手権のリアルなラリー。世界のトヨタの力をまざまざと見せつけられてしまいます。

愛知県民、そして名古屋市民であれば愛知全体がトヨタの払う税金の力で回っているのをしっかりと実感することができるのですが、こういうイベントを当たり前のように日本につれて来る事の出来る豊田章男っていう人物はまさに凡百のしょうもないボンクラ坊っちゃんとは確実に一線を画す「行動力千倍の人」ですな。

デカい企業の御曹司に生まれただけで、何の取り柄もなく企業を傾かせるレベルの輩は枚挙に暇がありませんが、モリゾーは出来が違いますね。

名古屋にとってはまさにめでたしめでたしなお話なのでした。

2026年2月23日月曜日

訪問診療をする時に起こり得る事

バイトで他の病院に行って訪問診療をしていますが、意外といろいろなリスクがあります。

訪問診療と一口に言っても在宅診療という一軒一軒まわる感じの診療と施設診療といって、30人くらいを一気に一回で診るような診療形態があって、大量に一気に診れる施設診療のほうが医療機関側の「収入対象」としてはあたかも良いように見えますが、そこはそれ、ちゃんと厚労省側はそれに「軽重」をつけてそう簡単には稼がせないようにしています。

要するにあちこちをまわって一軒一軒診察していくような「本来、厚労省が想定していたような訪問診療」のほうがかなりの重みを付けて保険診療費が請求できるようになっており、大雑把に言うと少なくとも3倍は多くのお金が請求できるのです。

しかし、その金額の差からも判るように実際一軒一軒まわっていく本来の訪問診療は「患者さんのいる家と家」の間をいろいろと考えて最短コースを巡るようにしていても、天候、ルートの間の工事の有無、移動時間帯、移動するエリアの家の密度、道の幅などでも本当に移動時間が全然違います。    

長いときには一日100キロを移動しても精々8−9件位しか回れない等というようなコースもあって、午後だけでも固め打ちで外来のように30人位をさっさと診察できる施設診療とはその手間暇が全くと言っていいほど異なるのです。

しかも、家によっては認知症の患者さんが診療日を忘れて家で待っていなかったり、恐るべきゴミ屋敷に突入していかざるを得ない家だったり、精神的に危険なレベルの問題を抱えている患者さんの家を訪れるリスクなども実際にはあるわけで、皆さんが想像するようなアニメのようなシンプルさは先ずありません。

しかも、病院と違うのはその場で緊急事態であると判断したような人は即座にその場で診療情報提供書を認めて、いろいろと苦労しながら三次救急の病院に紹介搬送の手続きをとらなければならないことも多く、理想と現実のギャップは小さくありません。

そして「たまには」実際に「極たまには」なのですが、倒れて絶命している独居の患者さんを見つけることも無い訳ではないのです。実際に私自身はそれに「近い」状況はありましたが、実際に亡くなられたのを確認したのは3日後に訪れた訪問看護師さんだったりと云う感じでした。それでも、医師が看護師と訪問して絶命されている高齢者を発見してしまうことも当然ありまして、そんな日には残りの訪問診療は全てスキップした上で警察に連絡して異状死の報告を行わないといけない事になります。

そんなこんなで、実際はそう簡単ではない訪問診療ですが、患者さんや家族さんとの交わりは殆どの場合私にとっては愉しみな心の交流を通した栄養剤のようなものになっています。

2040年に団塊の世代の一番若い層が90歳に届く頃まではこの仕事は日本では大事な仕事で有り続けることでしょう。

2026年2月22日日曜日

ふるさと納税の新局面

昨年までのふるさと納税ではポータル毎にいろいろな還元率やボーナスを設定していろいろな人をその入り口に誘っていました。

元々は高い還元率を誇ったふるさと納税も、その還元率自体が「歪み」と指弾を受けてついには還元率30%程度まで来ましたし、以前ほどの賑やかで豪華な返礼品というものは無くなってきて、基本的に日常生活用品としての種々の消耗品と食料品が中心になりました。

ところで、昨年の10月まででいろいろなコイン付与などが禁止になったので、来年からはこのポータルサイトの皆さんは一体どんな手を使って「法の許す範囲内で」人を引き寄せる様になるんだろう?という淡い疑問を持っていたのですが、今年は投入現金の追加ポイント化という手法でアプローチしてきましたね。

例えばポータルサイトに100万円を預けると105万円分のポイントチャージとなって、余計に五万円分を返礼品選定に選べるというもの。

え、これって去年までで禁止されたポイント付与と同じじゃないの?という気もするんですが、少なくともポータルサイト側では弁護士その他も含めてこのスキームは合法であるという前提で開始しているのでしょうから「おそらく」問題ないのでしょう。しかし、なんか総務省側からは再び綾をつけてくる様な気がするんですけどね〜?

各会社とも生き残りをかけて必死の状態ですが、なんか外から見ている限りでは年々歳々レッド・オーシャン化してきて、そもそも生き残るための酸素量が少なくなっている様な気もするんですが、こういう世界というのは最終的な生存者利益が大きいんでしょうかね?もの凄い叩き合いになっている様な気がしないでもないんですが。

ともあれ、今年最初の買い物は嫁さんリクエストによるキッチン・ペーパーが最初のオーダーになりそうです。w 

2026年2月21日土曜日

京都から親戚来名

京都から嫁さんの従姉妹がやって来ました。

LINEの記録を見直してみるとほぼ一年ぶりの来名となっていましたが、今回は私の方から「いつ遊びに来るん?そろそろまたおいで」というテキストを送って実現したものでした。

彼女は京都のある有名な桶の工芸店で働いておりまして、以前勤めていた機織りの仕事からそちらに勤務場所を変えて新たに手技を取得するというノマドの様な生活を送っている一人暮らしの女性です。生き方としては拘束されずに一人で自由に生きるという方法が自分にあっているそうで、まあ何と言うか「今どき」の生き方なんでしょうね。私が論評を加える類のものではありません。

さて、夕方に藤が丘駅に来た彼女を迎えに行ったのは私の長女。6時頃には藤が丘の日本料理店で食事をするための予約を入れていますが、一旦は我が家に来てもらって荷物などを部屋に置いてもらうことにしました。

家に来た彼女を見ると、全く変わらずという感じでいろいろと京都のお土産を眼の前でひろげてくれました。暫く近況を聞いたあとで話を一旦切り上げて藤が丘のお店へ家族全員で移動しました。

店の中ではガンガン皆が注文してくれまして、楽しい話で盛り上がること。去年と全く変わりません。最後は嫁さんが「よろぴく」という事で私の支払い。お金は預けてあるはずなんだがと思いつつも…まあ、想定内でしたが!

彼女の働いているお店は一つが30万ほどするワイン・クーラーなどを売っておりまして、繊細な工芸を作ることで有名。世界中に顧客がおりまして、あのGAFAの創業者や他の有名人も結構お忍びで来ている上に、世界中の超一流ブランドもコップや物容れなどを注文してくるのでした。私は聞き知ってはいますが、それらの会社名はここでは言えません。

例えば数億円の時計を入れるケースを作るとかいう訳のわからぬ注文などもあるようですが、そこはそこ、金に糸目はつけぬ世界の人達の注文はまさに青天井ですね。モノさえ良ければそれでいいという世界。到底理解できません。

まあ、そんなこんなでいろいろ生き方死に方などの話しながら夜中の三時過ぎまで飲んでおりました。

翌朝彼女はゲボ吐くレベルでダウンしていたようですが…。お互い飲み過ぎはいけませんな。(私は今日は昨日のこともあったので、一滴も飲みませんでした。W)

2026年2月20日金曜日

高校の先輩に偶然出会うという恐ろしい事態

今日は夕方から眼科の先生と皮膚科の先生のお誘いに乗って今池で飲みました。

集まったお店は「みやこんじょ」でした。わかる人なら一発でわかるんでしょうが、これは宮崎県人にとっては都城・宮﨑の地元の人間による都城の呼び方。今日の日にどこで飲み食いするかということを他の先生に幾つか候補を挙げられて尋ねられた時に「みやこんじょ」という名前を見て1秒も迷わずに即答しました。「ここでお願いします」と。

どう考えても地元宮崎の、しかもみやこんじょうの人間が営んでいるとしか思えないこのお店で飲んでみたくなったのです。

何時も食べにいく今池屋ではなく、7番出口から出ていくルート。今池ドンキホーテの脇の小径を左に入っていった四角に隠れる様に斜めに取り付けられた入り口が見つかりました。扉を開けると最大で席を詰めあっても10人が限界というカウンターのみのお店。

中に入って皮膚科の先生の名前を告げ、コースターを載せて予約の席であることを示す場所に座ると早速大将が「失礼ですが、宮崎の方ですか?」との質問。短い返答のみでバレてます。w

すぐに他の二人の先生方も合流して乾杯。私は最初から目の前の熊本の焼酎から熱燗で呑み始めました。そして4杯ほど呑んだところでこれは一々注文しておれんという事になって、カウンターの向こうからお湯を頂いて一升瓶をカウンターのこちらサイドにキープしてからガンガン呑み始めました。

するとどうでしょう。そこに白髪の紳士が二人の部下を伴って入店してきました。私は右隣の今日初めて出会ったお兄さん達と楽しく喋ってトンカツや地鶏の談義に花を咲かせていたのですが、その紳士が入ってくるなり「みやこんじょうのXX町の人間」という異様にローカルな話が始まりました。

その後、その先輩と挨拶を交わすとなんと4年上の同じ高校の先輩であることが判明。ここから後はちょっとここには書けない、書いても意味のないレベルの細かく懐かしい話が続きましたが、やばい話も多すぎて横にいた眼科の先生に若干引かれました。さまざまな当時の話をしていると、当時の体育教師のことや行事でバチバチに話があってめちゃくちゃ面白かったのですが、ずっと敬語以外は使えませんでした。w

やはり高校時代の一年の差はその後の人生でも大きく、4年もの差は雲上人。ネットでお名前を調べたところ、ある企業の社長さんでした。orz

それからは一升瓶も空になってそのまま3人で眼科の先生のお宅に行って3人ともぶっ倒れてしまいました。気づいたら私はソファの上でグースカ。もう外も白々と明けており、土曜日の地下鉄をグッタリしながら朝からふらついて朝帰りでした。

嫁さんから飲み過ぎのダメ出しをされました。当然ですが。