話が古いものから新しいものに移ろうに連れて寅さんのがらっぱちなところが抜けて「ものわかりの良い人」になっていくのが目に見えてしまいます。そもそもはやくざな兄貴という感じで、やることなすことが「あ~あ」というような感じだったのが、少しずつ少しずつ常識が通じる人になっていくんですよね。
視ている我々はどうしようもなくあれこれ駄目な寅さんを見ながらも人情の機微を読み取る能力にはいつも一目置くようなシーンが連続するわけですけど、26話の満男の登場するあたりから一人の恋に挑戦する男というよりも、人の恋の指南をする男である方向にグッとシフトしていったと思うんですよね。
それでも、実際は15話くらいからリリーを中心に話を追う毎にもしかしたら一緒になるという事を繰り返すうちに視ている我々は「絶対に一緒になるな!」と思う完璧な状況の中にある二人が結局のところ最後まで一緒になることは無くシリーズが終わってしまったのですが、最後のほうはもう完全に夫婦。単に籍を入れていないだけ、という所まで行きました。
しかし、ここまで来た時にはもう完全にチンピラ臭は抜けきってしまっていて、何だかシンプルに良い人になってしまっています。
車寅次郎というキャラが渥美清を完全に飲み込んでいく過程を見せられているというのが何だか辛くもあります。本当は渥美清という人は本来はもっと寅の事をやくざな男のままに演じたかったんじゃないかなと思うんですけどね。
それにしても、寅はこと女性に関しては謎の奥手ぶり。山田監督のセッティングなんでしょうが、視ているこっちはイリイリしますよね。この点については俺のほうが成熟が足らずにその気持ちを読み切れていないんでしょうね。きっと。
ところで今回いろいろ調べているうちに驚いたことが一つ。寅の甥っ子の満男のこと、私はずっとミツオと読むのだと思っていましたが、調べてみると正式にはマンオと読むとなっています。松竹の公式でも!
本当かいな?