2026年2月20日金曜日

高校の先輩に偶然出会うという恐ろしい事態

今日は夕方から眼科の先生と皮膚科の先生のお誘いに乗って今池で飲みました。

集まったお店は「みやこんじょ」でした。わかる人なら一発でわかるんでしょうが、これは宮崎県人にとっては都城・宮﨑の地元の人間による都城の呼び方。今日の日にどこで飲み食いするかということを他の先生に幾つか候補を挙げられて尋ねられた時に「みやこんじょ」という名前を見て1秒も迷わずに即答しました。「ここでお願いします」と。

どう考えても地元宮崎の、しかもみやこんじょうの人間が営んでいるとしか思えないこのお店で飲んでみたくなったのです。

何時も食べにいく今池屋ではなく、7番出口から出ていくルート。今池ドンキホーテの脇の小径を左に入っていった四角に隠れる様に斜めに取り付けられた入り口が見つかりました。扉を開けると最大で席を詰めあっても10人が限界というカウンターのみのお店。

中に入って皮膚科の先生の名前を告げ、コースターを載せて予約の席であることを示す場所に座ると早速大将が「失礼ですが、宮崎の方ですか?」との質問。短い返答のみでバレてます。w

すぐに他の二人の先生方も合流して乾杯。私は最初から目の前の熊本の焼酎から熱燗で呑み始めました。そして4杯ほど呑んだところでこれは一々注文しておれんという事になって、カウンターの向こうからお湯を頂いて一升瓶をカウンターのこちらサイドにキープしてからガンガン呑み始めました。

するとどうでしょう。そこに白髪の紳士が二人の部下を伴って入店してきました。私は右隣の今日初めて出会ったお兄さん達と楽しく喋ってトンカツや地鶏の談義に花を咲かせていたのですが、その紳士が入ってくるなり「みやこんじょうのXX町の人間」という異様にローカルな話が始まりました。

その後、その先輩と挨拶を交わすとなんと4年上の同じ高校の先輩であることが判明。ここから後はちょっとここには書けない、書いても意味のないレベルの細かく懐かしい話が続きましたが、やばい話も多すぎて横にいた眼科の先生に若干引かれました。さまざまな当時の話をしていると、当時の体育教師のことや行事でバチバチに話があってめちゃくちゃ面白かったのですが、ずっと敬語以外は使えませんでした。w

やはり高校時代の一年の差はその後の人生でも大きく、4年もの差は雲上人。ネットでお名前を調べたところ、ある企業の社長さんでした。orz

それからは一升瓶も空になってそのまま3人で眼科の先生のお宅に行って3人ともぶっ倒れてしまいました。気づいたら私はソファの上でグースカ。もう外も白々と明けており、土曜日の地下鉄をグッタリしながら朝からふらついて朝帰りでした。

嫁さんから飲み過ぎのダメ出しをされました。当然ですが。

2026年2月19日木曜日

弁護士選びの大切さ

ある人から興味深い話を聞きました。

彼女の友人が交通外傷の被害者になって2年半も経っているのに何の保証も得られず、解決策も見えていないとのこと。

車による右折巻き込み事故によって外傷を負ったのですが、最初に行った病院は近所でも評判のヤブ医者。そして、彼女が選定した弁護士がこれまたどうしようもない弁護士であることが明白な人を選んでしまったという話。

その上で、最近までその事故の原因を作った爺さんから一度も謝罪の言葉も得られないとのこと。要するに全てのことが良くない方向に回転してしまっていて、今に至って色々な身体症状が悪化してきているとのこと。

よ〜く聞いてみると、結局のところ最初の段階でのステップの踏み間違い、ボタンの掛け違いが今になって表面化してきてにっちもさっちもならない事が最近の日常になってきたというのです。しかしここまでやってきて、今になって言えることは何故ここに至るまで放っておいたのかということなんですね。本当に一体どうやってここまで事態が悪くなるまで…。

最初に踏むべきステップを間違っていなければ今でも色々とアクションを取れるはずなのに、そのステップが間違っていたために後でどうしようもなくなるという話で、今になってここまで事態が悪化し、2年半も時間が経ってしまっては何も証明出来なくなってしまっていて、それを「今になって」時間を巻き戻して身体症状と事故の因果関係を証明しようとしても時既に遅し。 

悪手を打ち続けてきた結果が今になってこうやって影響を及ぼしているのです。何事もトラブルを解決しようとするならば早め早めに良き手を打ち続けることの重要性を改めて「他人の話」から学んだ次第でした。

弁護士の選定も医師選びと一緒で、担当エリアに専門性が高くかつ実績のある人を選ぶのが結局は正解。金はかかっても時間もかからず満足度の高い結果を得られる可能性が大幅に高まるってことでしょうね。

2026年2月18日水曜日

中国向けに注文するというリスク

今日はじめて中国の業者に直接注文というものをしました。

モバイルPC用のバッテリーで、この前のマックブック用のバッテリー交換はAmazon経由という安全装置を通しての注文ですから、リスクが段違いです。

Amazon経由でも中国から発送されるものの中にはモノが届かなかったにも拘らず配送終了になっていたり、モノがいつ届くか判らないトレースの不可能な事が頻繁にあります、というかそれが殆どと言っていい感じですね。まあ、あの国のことだから仕方ないかと言って仕舞えばそれまでなんですけど、21世紀なんだからなんとかして欲しいですね。

如何なる注文もAmazon経由であれば最終的にはリファンダブルなので大きな問題はないんですけど、今回の様なマイナーなバッテリーの注文であると、そういうことが不可能であるというリスクを負わなければならないところがあります。

注文自体は容易でしてカードの情報を入れるだけ、しかも金額は6000円程度でしたので、特に届かなくても心理的なダメージはないと思うんですけど、一体いつ届くのかという感じでずっと待っているのはあんまりね。

注文する前に一体この会社がネットでどういう評判を受けているのか調べたら、それぞれに二分する評価があるという状態。しかし、ネットでサイト自体がフェイクサイトかどうかと調べたらそれは心配無しで、信頼度93%と出てきたので、とりあえず「まあ良いか」と云う感じで注文しました。

今回の注文、まずはモノが届いてもそれが本当にワークするのかという点も興味が尽きないところですが、まずは一回「ものは試し」と云うやつで注文してみた次第です。

平均的な到着までの時間は2,3週間と出ていましたので、明らかに陸送と船便の組み合わせでSALを使っているのでしょうが、私としてはこのマックブックもあるので特に少しぐらい遅れても問題はありません。

少しぐらいなら!w

2026年2月17日火曜日

人生最後の数年間

なんと沢山の孤独な最後があるのか。

病院で仕事をしていると、人生のエンディングが近い時に全く兄弟や配偶者、そして子供達がいない人が沢山います。単に「今の時代」だからというだけでは無い、複雑な背景があることも非常に多くて、本人の犯した犯罪による離縁・死別・アル中・駆け落ち・遺産相続の揉め事・その他諸々の理由から血肉を分けた親族親兄弟が患者さんの晩年においても全く姿形を表さない最後が本当に多いです。

この事は内容を変えて何回か書いてきた部分もあるのですが、年老いた患者さんの甥っ子、姪っ子とか後見人などがついているパターンが本当に増えています。あとは役所が親戚代わりとなっていて、亡くなったりしたらそのままお骨焼きみたいな感じの直葬という最後。

死んでしまえばどうでもいいじゃ無いの?というのは確かに一つの考え方ですが、その人の長い人生に関する記憶が周囲の我々に一言も語られる事なくスッと泡の様に消えていく様は古典で言うところの「もののあはれ」そのものです。

そこを敢えて目指しているならいざ知らず、勝手に終着してしまっているんですから、まあ一つの芸術的な終わり方なのかもしれませんが!それにしても元気な時、若い時にタイムマシンにでも乗って今この瞬間の自分の無縁状態というものを見たとしたらやっぱり若い時の生き方を変えるんじゃ無いでしょうかね…。 

トラブルの中に自分から飛び込んでいく様な人生を選び続けてきた人達が多いのは事実。人生の来し方を伺ってみても、普通なら「そっちは危ない方だよね」という方向に向かっていく選択を続けてきた人達がそういう状況に陥っているという、まあ比較的だれもが納得のいく終わり型になってきているんでしょうかね。

死ねば終わり、という言葉を真正面から力強く受け止められるならそれでも問題はないのでしょうが、根っこの弱い自分にはなんとなく寂しい終わり方だという気がしないでもないのでした。

2026年2月16日月曜日

何かが起きる時は重なるもの

知り合いのおばさんから医療相談を受けました。

よく知っていることだったので、淡々とお話をしてどの科に行ってどんな検査を受けて、どういう感じで話が進むかというのを頭の中で組み立ててお話ししたところ、少し気持ちが落ち着いたようでした。知っている事をお話しして、可能性としてはどのようなものがあって、というような私達医師にとっては日常の診療の延長線上のお話をさせていただきました。

結局、翌日に私がお勧めした病院に行って下さり、推測した通りの「良性のある疾患」であることが判明したのは良かったのですが、今度はその方のご主人に便潜血が…。

これに関しても、どこの病院に行って何をする事によって何が判って云々という道筋の物語を仮想の物語としてお話ししたのですが、幸いにしてこれも良性の疾患で、CTで認められた大腸の肥厚像は悪性のものではありませんでした。

いきなり発生した御夫婦お二人の緊張するような症状二件でしたが、当初の「悪い方の可能性」が共に消失して「杞憂」として終わってくれたのはまさに不幸中の幸い。加齢が進行すればいろいろな病気になる確率は常に高まっていくのは当然のことで、今回のように何時も「良い方向」に物事が収束してくれるわけでもない訳で、事実、2年前の私の親父の胃穿孔からの晩発性腹膜炎も、潰瘍の中心部に癌が見つからなかったのはまさに今回のおばさん達ご夫婦と一緒の「不幸中の幸い」以外のなにものでもありません。

何かが起きる時には何か後もう一個重なることがごく普通にあるという現実を再び思い返すと共に、起きたとしても冷静でありたいものです。(少なくとも表面的には…)

人に起きたイベントから学ぶことも重要だなと思った今回の出来事でした。