2026年10月8日木曜日

「考える」とはどういうことなのか

AIが今の時代のように数週間単位で長足の進歩をしていく様子を見ていると「知能」とか「考える」という言葉が持つ本質的な意味を考えざるを得ません。

AIが「質問に対する答えを出してくる」という出力は一体全体「知能が生み出した思考の結果なのか?」それとも、ストックされたデータから抽出したエッセンスを言語の統計的処理の結果として並べただけのものなのか、議論になるところです。

ここで思い出したのは天才チューリングのオラクル・マシンの話。オラクルというのは神の御宣託みたいなものなんですが、チューリングの考えたオラクル・マシンというものは計算不能問題を即答する数学的ブラック・ボックスであり、それは完全正確で、計算可能性の理論を拡張するための概念として存在しています。一方で人工知能は統計的推論を行う不確実な機械であって、当然後藤もすれば計算の限界を超えるわけでもないマシンなんですね。

第二次世界大戦の時代のど真ん中で発表されたチューリングの論文は恐ろしい程に現代のLLMの姿を描き出していて、時代をはるかに超えたチューリングの天才的想像力の一端を嫌でも見せつけらる恐るべきマスターピースです。

無論、現代の哲学的議論の中ではチューリングが主張するところの「知能」に対する議論ではチューリング・テストで言われるところの知能=人間らしい振る舞いを見せ、その内部構造は問わない(=行動主義)であり、中国語の部屋という論理学的問題提起で主張されるチューリング・テストに対する矛盾の指摘では、そもそも記号操作だけでは意味理解は生まれない上に、内部の意味理解こそ知能の本質であるという(=内部主義)という反論が提示されていますが、チューリングはこの中国語の部屋という静的なルール・ブックの構成する世界はチューリングの想定するテストで討論されている知能の定義には当てはまらないと再度否定しています。

AIが発達してきたからこそより深まる哲学的議論としての「意味の理解」とは何なのかという人智の最も深く重要な部分へのアプローチが進んでいくのではないかと思います。

AIがオラクル・マシンへと進化するような事は「無い」と思いたい私ですが、果たしてこれからの10年後がこの世界に人類の進歩した正常な世界として出現する余裕があるのか、それとも滅亡へのカウントダウンが始まってしまうのか、本当にどうなってしまうんでしょうね。

私にはわかりません。

2026年10月7日水曜日

個人情報被害

ここ数週間、個人情報に関連したハッキングのニュースがネットを賑わしている感じです。特に大手有名サイトや業界のサーバが大量の情報を抜き取られたという話。

我々がいくらパスワードをきちんと設定しても、それ自体が保存されているサーバがアタックされて情報を抜き取られてしまえばPW自体が暗号化されていても個人情報にあたる部分は幾らでも有効活用できる訳ですよね。おまけに、このような抜き取られた情報はあちこちの「闇」で売られていますから、同じメルアドを重ね合わせて本人特定後にその個人情報を再構成したり、PWの使いまわしの可能性を推測して他のサイトにそのPWを使ってみれば「かなりの人」でウェブ(銀行やSNS)に突入できるという「当たり」が出ちゃうんじゃないでしょうか。

ともかく我々の個人情報は、今の時代あちらこちらで抜き取られて売り買いされていると考えるのが普通と思うほうが「普通」だと腹を括っておくのが正解でしょう。その上での日常生活ありきという時代。丸裸にしたうえで丸裸にしていることを黙って闇で蠢く人々の存在があると考えるのは当然と考えます。

些末な情報でもパズルのピースを寄せ集めれば全体像をかなり正確に再構成するというようなもんだと思います。クレジット・カードに付帯する購入履歴からその人の経済情報を抜き取るだけでなく、嗜好、生活像、移動履歴、収入の推定、乗っている車のガソリンの種類や平均的移動距離、その先の利用銀行情報、使っているウェブ・サービス等々…シロートの私がちょっと考えただけでも、クレジット・カードの情報だけで個人のかなりの部分を丸裸にすることが出来る恐ろしい情報の塊です。

そういう意味ではレシートの写真を撮ってその情報を僅かなポイントと個人情報を交換してる人達というのは凄いもんだと思います。w

しかし、Google Mapを使ったりポケモンGoをやっている私なども、これらの人達を嗤う事は「全く」出来ません。まあ、我々は個人を狙いうちしようとする人間達にとってみれば、恐らくは丸裸に近いのでしょうね。

そして、その丸裸具合はネット利用が日常になればなるほどより「素っ裸状況」は酷くなるんでしょうね。これから先、一体全体我々の世界はどうなっていくんでしょうか?AIの台頭とともに近未来の予想はカオスのようにしか見えないんですけどね、私には。

知恵と悪知恵のぶつかり合い。最終的にどちらがどのような勝利を得るんでしょうかね。それともずっと手を変え品を変え戦いは続くのでしょうか。

2026年10月6日火曜日

Monster Patient

まさに令和版の怪物患者を診てしまいました。

この人、私が別のドクターから引き継いだ患者さんなんですが、今まで診ていたドクターと看護師さんの対応の間違いの積み重ねが生んだモンスターだと強く思いました。悪く言えば精神的に未熟なクレーマー体質。簡単に言うと中二病ともいうべき還暦過ぎのおばさんです。

生活保護の人なんですが、前医から引き継いで最初に行った日から強い違和感があったのです。まず看護師さんからその人物の部屋に入る前に「山のような数の禁忌事項」というのが伝達されておりました。曰くブザーは鳴らさずごく小さな音でトントンと叩いて。曰くドアを開けるときには音をさせないようにゆっくり開け、閉める時も絶対に音を出さないで…。

正直「?」という感じで、めんどくせー輩やな~としか思っていなかったんですが、診察を始めるために家に入ってその違和感は確信へと変わりました。

部屋中がハイターで拭いてあって「ぷ~ん」とハイター臭いんですが、その上に総てのドアの取っ手という取っ手にはサランラップが巻いてあるんです。見た瞬間「あ、不潔恐怖症とOCDが重なっとるんかな」というのが私の感想。診察を始めても、身体所見をとる為に近づくだけで瞼がプルプル震えています。もうね、この御仁ヤバいな…と思ったんですが、そこは表情を変えず優しい言葉で対応します。相手が子供じみていてもこちらはプロですからね。ネガティブな感情なんか見せる必要もありません。w

ところが、その後がまたとんでもない感じで看護師さんに文字通り目を吊り上げておかしな理屈で噛みついたり、大声で「もう薬は飲まな~い」とか、自分の指示で薬を処方させようとするのを見て内心「あ、これはもう終了案件やな」と確信。

一体どうしたらこんな怪物が育つまで前のお医者さん達は放っておいたんだろう?と思ったんですが、精神科の先生なんかはこの手の人間には結構きつくあたり、毅然とした態度でバシッと言い捨てて終診とする人が多いんで、そういう事に内科の医師たちは慣れていなかったんだろうと推測しました。

正直なところ、この患者さんいろいろと薬の処方はセンシティブな組み立てをしていかないといけない人なんですが、患者が医学の知識もないのに気分で薬を飲まないとか、変えないとか、自分で処方を支持するとかいうのは「患者と医師の間での信頼関係が築けない」という理由で診療を終了させることになります。

まあ、もっと正直に言うとこういう患者さんを放置しておくと「万一の事が起きた時」に責任をとれませんので!

実際、この手の患者さん達は数千人もいれば数人は必ず居るものでして、それはある程度不可避なものだと思います。もっと危ない鎮痛剤中毒の人もいましたしね。世の中まともな人ばかりでは構成されておりません。そして、それがこの世の中というものなんですけどね。

これで病院にとっての頭痛のネタが減ったことになります。大量の「普通の対応が可能な」患者さん達を淡々と加療していかなければいけない中で、こういう御仁たちはあちこちの診療機関から次々と診療を断られ行き場を失っていく事になる訳ですが、それこそ文字通りの因果応報・自業自得。

可哀そうという気持ち自体がそもそも起きてこない可哀そうな方のお話でした。

2026年10月5日月曜日

覚王山日タイ文化フェスティバル

日曜日の少し曇りがちな天気の中、日泰寺で行われていた毎年恒例の文化フェスティバルに行ってきました。

お目当ては食べ物とTシャツ。^^

もう何度もこのお祭りには来ていますので、どんな事が行われているのかはよく知っています。縁日のほうはいつも参道に出店が来るのですが、このフェスティバルは基本的にお寺の境内で行われますので、参道をずっと歩いてお寺に近づくとまず山門に到着。

ほぼ例年と変わらない配置で賑やかそうな様子が入る前から伝わってきました。小さな子供達のはしゃぎ声や着飾った女性達のそろいの法被を着た様子などを見ると既に多くの行事が行われているようでした。それでも、我々の目標は基本的にそれらの演じものでは無くてタイ料理とTシャツ。

さっさとシャツを売っているお店に近づいて派手なタイ製のシャツを一枚ゲットした後、パッタイその他の料理の行列に(主に嫁さんが)並んで数種類のタイ料理をゲットしました。とは言え、私は息子にほとんど食べさせて嫁さんと私はちょろっと食べただけ。それでも、息子の幸せそうな顔を見ているのは大満足でした。

その後は即座に一旦家にかえってアピタに行って久しぶりにマクドナルドでハンバーガーを食べた我々でした。

嫁さんとしては一日中食事の準備が手抜き出来て別の意味で大満足ではなかったでしょうか?w

2026年10月4日日曜日

関の刃物

畑仕事の相棒はメカ関連の仕事をしています。

いろいろな作業用の器具をいろいろな業者に納入しているため、様々な業界に「顔が広い」という人物。もともとは大型車両の整備をしていたとの事ですが、今ではそういう縛りも無くなりプレス・マシンやその他の種々のマシンを取り扱っているという事です。

さて、その彼は今もよく刃物の町関市に行ってはそこで刃物造りの中心人物となっている方にあらゆる伝を頼って各種マシンなどを入れているうちに親しくなったようです。

私は気づかなかったんですが、この方のインスタグラムを見ていたら、なんと以前行った刃物博物館で刃物を時々削っている人物であることが判りました。あの時あそこで仕事をしていた人なのかもしれないと思うとちょっとワクワクしているんですけど、実はこの方の作った刃物を直に相棒経由で注文して貰えるかもしれないという話になりました。

この方の作成している刃物は実は超一流のレストランのシェフから一生モノと言ってもらえるレベルの作品。そんな方に間接的であってももしかしたら素晴らしいナイフ・包丁を作っていただけるかと思うと胸が熱くなります。

刃物を鉄の板から研いでいく様子を見ていると、その中から現れてくる刃紋がさざ波のように見えて美しい事この上なし。自分用のキャンプ・ナイフと、嫁さん用の包丁。この二つが手に入れられればもう大満足です。相棒からは「どんな形のどんなものを手に入れたいのかよく考えて」と言われていますが、悩みは深いのです…。^^

木曜日までに考えておいてと言われました。どうしましょ…。