2026年2月17日火曜日

人生最後の数年間

なんと沢山の孤独な最後があるのか。

病院で仕事をしていると、人生のエンディングが近い時に全く兄弟や配偶者、そして子供達がいない人が沢山います。単に「今の時代」だからというだけでは無い、複雑な背景があることも非常に多くて、本人の犯した犯罪による離縁・死別・アル中・駆け落ち・遺産相続の揉め事・その他諸々の理由から血肉を分けた親族親兄弟が患者さんの晩年においても全く姿形を表さない最後が本当に多いです。

この事は内容を変えて何回か書いてきた部分もあるのですが、年老いた患者さんの甥っ子、姪っ子とか後見人などがついているパターンが本当に増えています。あとは役所が親戚代わりとなっていて、亡くなったりしたらそのままお骨焼きみたいな感じの直葬という最後。

死んでしまえばどうでもいいじゃ無いの?というのは確かに一つの考え方ですが、その人の長い人生に関する記憶が周囲の我々に一言も語られる事なくスッと泡の様に消えていく様は古典で言うところの「もののあはれ」そのものです。

そこを敢えて目指しているならいざ知らず、勝手に終着してしまっているんですから、まあ一つの芸術的な終わり方なのかもしれませんが!それにしても元気な時、若い時にタイムマシンにでも乗って今この瞬間の自分の無縁状態というものを見たとしたらやっぱり若い時の生き方を変えるんじゃ無いでしょうかね…。 

トラブルの中に自分から飛び込んでいく様な人生を選び続けてきた人達が多いのは事実。人生の来し方を伺ってみても、普通なら「そっちは危ない方だよね」という方向に向かっていく選択を続けてきた人達がそういう状況に陥っているという、まあ比較的だれもが納得のいく終わり型になってきているんでしょうかね。

死ねば終わり、という言葉を真正面から力強く受け止められるならそれでも問題はないのでしょうが、根っこの弱い自分にはなんとなく寂しい終わり方だという気がしないでもないのでした。

2026年2月16日月曜日

何かが起きる時は重なるもの

知り合いのおばさんから医療相談を受けました。

よく知っていることだったので、淡々とお話をしてどの科に行ってどんな検査を受けて、どういう感じで話が進むかというのを頭の中で組み立ててお話ししたところ、少し気持ちが落ち着いたようでした。知っている事をお話しして、可能性としてはどのようなものがあって、というような私達医師にとっては日常の診療の延長線上のお話をさせていただきました。

結局、翌日に私がお勧めした病院に行って下さり、推測した通りの「良性のある疾患」であることが判明したのは良かったのですが、今度はその方のご主人に便潜血が…。

これに関しても、どこの病院に行って何をする事によって何が判って云々という道筋の物語を仮想の物語としてお話ししたのですが、幸いにしてこれも良性の疾患で、CTで認められた大腸の肥厚像は悪性のものではありませんでした。

いきなり発生した御夫婦お二人の緊張するような症状二件でしたが、当初の「悪い方の可能性」が共に消失して「杞憂」として終わってくれたのはまさに不幸中の幸い。加齢が進行すればいろいろな病気になる確率は常に高まっていくのは当然のことで、今回のように何時も「良い方向」に物事が収束してくれるわけでもない訳で、事実、2年前の私の親父の胃穿孔からの晩発性腹膜炎も、潰瘍の中心部に癌が見つからなかったのはまさに今回のおばさん達ご夫婦と一緒の「不幸中の幸い」以外のなにものでもありません。

何かが起きる時には何か後もう一個重なることがごく普通にあるという現実を再び思い返すと共に、起きたとしても冷静でありたいものです。(少なくとも表面的には…)

人に起きたイベントから学ぶことも重要だなと思った今回の出来事でした。

2026年2月15日日曜日

バレンタイン・デー

キャンプでは直ぐ側でガンガンに焚いていた焚き火の為に再び私の全身は焦げ臭くなりました。

まあ、そんな事は気にもしていないのですが、 家に帰り着いた時に嫁さんから「凄い臭うね」と言われたことで改めてそれに気づいた次第でした。実際車の中も臭ってましたしね。w

さて、帰りの道すがら先ずした事はどんぐり村にある「どんぐりの湯」に入ること。以前から名古屋市内からあちこちのキャンプ地に行くときの分岐点に位置するこのどんぐり村のお湯に浸かるための着替えを持っていくのを忘れては「ああ、また忘れた」と呟く事の繰り返し。

今回は出発前に「着替え」と云ういつもは持たないものを車の後部座席に積んで出発しておりまして、全ての設営道具一式を片付けた後でいそいそとこのどんぐりの湯が如何なるところかを調べるために出撃いたしました。

駐車場に車を停めて中に入っていくと、思った以上に広い施設で驚きました。豊田市によって運営されている施設のようですが、お土産品の売り場や一階と二階に別れた湯などはなかなか広くて良いものでした。湯に浸かろうと脱衣して服をロッカーに入れようとしてハッと気づきました。「あれ?ここのロッカー100円玉払い戻し式だ!(・・;)」ということで、一旦裸になってフルチンだったのにもう一度服を着て受付まで行って100円に崩して再利用となりました。

でもまあ、入浴してしまえばそんな事はすぐに忘れて鼻唄歌いながらのんびりと湯に浸かり、におい消しです。空を眺めながらの露天風呂ですが、どちらかというとここの湯は部屋の構造の中から露天を味わうような形式のもので半露天風呂とでも言うべきでしょうか。

それでも、熱い湯、ぬるい湯などを順番に回りながら入って400円は安いと思いますね。出口のお土産品コーナーで私の趣味であるTシャツを選びました。どんぐりのマスコットの刺繍のあるオレンジ色の1300円(安い!)のものを選んでいそいそと次の目的地である、直ぐそばの稲武街道沿いの「つたや」に行って白身魚フライ定食を食べました。これが美味い!なんでこんな山奥でこんな美味い魚が?と言っては失礼なのでしょうが、御主人が名古屋の柳橋中央市場まで行っているんだとメニューの脇に書いてありました。

ちなみにトンカツも美味いですよ!マジ。トンカツ通の私が言うから間違いない。(嘘ばっかw)

満腹になったのは良いのですが、社長達と来るときと違ってビールが飲めないのは痛いですな。贅沢言い出したらきりがありませんが。orz

さて、家に帰って今日はもう一日終了みたいな状況だったのですが、ネットを調べてちょっとドッキリ。こんな記事がありました。まあ、私が入ったのは二階でしたし、既に問題は解決済だからこそ再開されていた訳ですが!

人生色々です。

はて?今年のバレンタイン・デイは何処かに飛んでいってしまいましたとさ。^^

2026年2月14日土曜日

思い立って急に山へキャンプへ

今日はいろいろとゆっくり家の掃除をしていたんですが、夕方になって急に思い立ちまして、嫁さんの「行きなはれ」の最後のひと押しでキャンプに出発しました。

もう出発時点で4時過ぎておりましたが、テントを張ろうとする山の持ち主である社長さんにテキストメッセージ送ったところ、ダイレクトに電話で返しがあって「今ちょうど名古屋に戻ってくる方向に走ってきてるからコテージ使うなら鍵渡そうか?」との温かいお言葉。

しかし、個人的にはトイレも使わんつもりだったので、お言葉に甘えて「山は使わせていただきますが鍵は不要です」とのお返事をさせていただきました。キャンプ道具を置いてある場所と灯油缶を置いてあるところは別々だったのでちょいと準備に手間取りましたが、最終的には八草、設楽へとひた走りして真っ暗になった山の中で車を停車。

車の扉を開けて闇の中へ足を一歩踏み出すとそこは変なカラスの鳴き声が響く山の谷間。街灯一つありません。真の闇です。直ぐに焚き火に火をつけてバンバン薪を燃やし始めると直ぐに松脂の吹き出し弾ける音が出始めました。

時折たなびく方向を変える薪の煙に燻されながらも淡々とone poleテントを設営し、コットを組み立て、タイベックを敷いてベッドマットを膨らましたら料理の準備。飯をメスティンで炊いたのですが、やっぱり自分には飯盒のほうが上手く炊けますね。
そして、人に頂いた帝国ホテルのカレーのパックを炊きあがったパックの上に展開して食べようとしたところではたと気づきました。

「箸も匙も忘れた」orz

これで何度目や!?本当に急に思い立ったから仕方ないとはいえほぼキャンプするごとに8割の確率でこの箸、匙という食うために最も大事な道具を忘れてしまいます。一体全体お前は食うことに興味ないんかい?と言うやつでしょうか。

とりあえず、私が手に入れたベストの道具はたまたま袋に入っていた巨大なトング。w
その全長30センチの銀色のトングを呆然と眺めながらV字型ににゆっくり開き端っこの方でカレーのかかった白いご飯粒を口に運びました。まあ、ペグで食ったこともあるしなんてこと無いです。

さて、その後出発時点で買い込んだあと雪の中に埋めておいたビールを取り出して焚き火をガンガン炊きながらYouTubeで誰もいない山の中で音楽ガンガンかけて、二本ほど飲んで気持ちよくテントに入って寝ました。

しかし、湿度が高くて寝にくてまいりました。山の中で怖いのは幽霊でも静けさでも闇でもなく動く人ですが、幸い誰も通らず車さえ一台も見ることはありませんでした。暗闇も焚き火とアルコールの敵ではありませんでした。

2026年2月13日金曜日

働き過ぎの次に起こること

 私も研修医の頃に24時間働き続けて体調に異変が生じた事をこのブログで書いた事があります。

わたしの知り合いの男性で各種大型車両の整備をされている方がおられるんですが、この方の最近の働き詰めの程度が酷すぎて「完全に労基違反」状態になっています。そしてそれが少なくとも数カ月は続いているという具合でしょうか。

本来、このような昭和風の働き方は最終的に「人の心と体の健康」を蝕み、結局は人的資源を消耗させる方法論として時代とともに忌避されるべき労働法として法律の力で罰則付きで強制されてきた歴史があります。

もちろん、経営者自身や自営の人間ではそれが当てはまること無く続いていて、存在する時間を最大限に活かして短期決戦のような形で人生の勝負の為に頑張っている人達はいますが、それも最終的には心身の限界が来るまでの話。っ体や心が壊れてしまっては本末転倒、元も子もありません。頑張れる限界は人それぞれに違いますが、必ずやってきます。

アメリカなどでも経営者クラスの人間が薬の力を使って乗り切るさまを描いたドラマなどがありますが、最終の落下点は破滅か死です。あっという間に「もう無理」となる人間もいれば、何年も頑張って心は頑張れても体が悲鳴を上げて循環器系統その他に異常が出現する人もごく普通におります。

私は、整備士の彼に一体会社の労務管理はどうなっているのか、産業医は介在しているのかなど聞きたいことは山のようにあるのですが、「責任感」の強い彼をウマいように使う会社側に私自身は強い憤りを抱いています。上司はしょっちゅうゴルフに行っているのに、下で働く彼は一日中顧客相手の整備と新人の教育を行い、外商として注文も取りに行くという話。

その上に家に帰ってもスマホでメールと電話が1日中縛られているという状況。

これが日常の業務日であれば「まだまし」なんでしょうが、休日もこれが続くと聞いて驚きました。それを聞いて私は彼にダメ出し。そんな事してたら…という話になりました。実際、彼自身も今のままではヤバいということは理解しているという状況。

まだこんなことをやっている会社があるんですね。因みに彼は「自分が今辞めたら一ヶ月で崩壊する」と感じているそうです。

それほどのスキルと能力があるなら独立する手もあるとは思うんですが。