2026年6月8日月曜日

アメリカの家の修理

時折なんですが、アメリカの私の家に住んでくださっている日本人の方と連絡を取っています。

実際にはそこに住まわれているのは日本人女性の方なんですが、この方が素晴らしく綺麗に住んでくださっているうえにこちらに許可を得たうえで何時も美しく家の壁を塗り替えてくださったり、庭その他のメンテをその美的センスに従って行ってくださっています。

それほど恵まれたレジデントを得ているアメリカの我が家なんですが、いくら綺麗にメンテしてくださっていてもそこはやはり「建物」であって、定期的な修理やアップグレードが必要な事には何も変わりはありません。要するに大きなだけで経年劣化のきちんと進んでいく「もの」ですからね。

さて、そういう訳で今回の修理・置換の対象は以前から気になっていたポーチに面した窓です。ガラス扉を開ける方式の窓なんですが、表に面した部分にはアメリカではごく普通にあるBBQなどを行えるWood Deckがあります。要するにそこに面した窓の群れなんですが、確か3枚で構成されていて、そのうちの1枚が外に向かって開くタイプのガラス扉だったかな。

今回それらの見積もりが返ってきたんですが、扉式にするかスライド式にするかで値段が随分違いまして、スライドが$9,285で開き戸タイプが$6,742でした。

以前から気になっていた部分で最も問題だったのはドアの下にある部分の隙間。ここが経年変化で随分とやられてしまっていて、特に冬の寒い時期にはここからの空気が部屋の温度を下げてしまうという状態だったのです。結局そういう状況が冷暖房費の料金を上げてしまいますので、ここは早めに何とかしてあげたいところです。

結局ここへの投資は最終的に家の値段のアップという形で回収できるんですけどね!

でもまあ、円安が進んでいる昨今やはり早々お金を使えないところ。もう一つだけ見積もりを取ってから最終的な依頼を行いたいと思っています。また金が飛ぶな。orz

2026年6月7日日曜日

難病の患者さんを見つけた時

私が愛している診療形態というのがあります。

それはその患者さんが長期間どこの病院にもかかっていなくて、私から診察を受けるのが医者からの診察としては十年ぶり以上なんていう場合です。

世の中には「びっくりするほど」病院という存在が嫌いで恐れている一群の人々が居る、という事実をアメリカから帰ってきてこの十数年という時間で骨の髄まで知りましたが、それが良い事か悪い事なのかという事はシンプルには判定できません。

そういう人々にとって病院にかかるという事はある種の恐怖でしかない訳で、恐らくそういった人達の頭の中では病院なんか行ったら「何をされるかわからない」という考えを持っている人と、長い間病院に行っていないからもし今超久し振りに行ったら何か良くない病気が見つかってしまうかもしれない、という恐怖感を心の底で抱いている人がいるのではないかと考えています。

実際に注射をされる、採血をされるという事を考えただけで物凄く暴れたり、怯んだり、狼狽える人たちというのを真近で観た事が「何度も」あるので、それは病院嫌いの人々が病院に来ない理由の大きな部分を占めているんではないかと推測しているんですけどね。

さて、そういう「10年ぶり」とか「30年ぶり」の患者さん達の検査を進めていくと本当に奇跡のように何も表面的には引っかかってこない人もいるかと思えば、癌の末期で余命一か月くらいというような人まで居るんですね。ごく普通に。

それでも、最も多いのは高血圧や糖尿病や肝障害、肺気腫等を持っている人達。こういう方々を生活指導、食事指導、服薬指導を通じて普通の生活を送れるところまで戻していくのが事実上の最高の喜びです。

しかし、稀になんですけれども、データや症状を通して病因や病名を推測していってもどうしても診断が付かないものが出てくるものなのです。そういう時に大事なのは集合知。種々のパーツの専門家が集まっている大病院にそのような「理解出来ない病態」を持った方々を送ることで、最終的に教科書でしか見たことのないような稀な病名の付いた状態で紹介状の返事が戻ってくることがあるのでした。

その予想を行う過程で、自分の推測と大病院がいろいろな科の集合知を使って下した最終診断がどれほどズレていたのかという答え合わせが最大の喜びと言えば喜びでしょうか。

そのうえで、それに対する至適な治療法が患者さんに施療されて治っていく時などは医者冥利に尽きるというもの。己が治した訳でもないのに、正しい病院にきちんと紹介できただけで嬉しいとかちょっとおかしいですかね。^^

2026年6月6日土曜日

早くも収穫(でも半分)

今日は貴重な土曜日。

農作業にはこれほど素晴らしい曜日は無いのです。^^ 
昨日雨が降った岐阜の各務原。その中でも黒く豊かな土に恵まれた鵜沼の畑には私の借りている畑に育つ種々の作物にとっては慈雨のはずですが、いったん強い雨が降ると泥濘地に早変わりするのがここの畑の脇道の特徴だと最近知りました。

基本的には現地の正確な天候の情報は私の畑作りの相棒とその親父さんからもたらされますが、幸いにしてこの土曜にはカラリと晴れ上がり私の気持ちを盛り上げてくれました。

鵜沼の親父さんのお宅に車を停めて友人と共に畑へ出撃、先週の「試し掘り」で総統に収穫に期待できることが判明した段階ですでにワクワク。しかも、その掘り出した数個のジャガイモを嫁さんに頼んで料理してもらったところ、と~っても美味しい事がしっかり確認できましたので、私たちの次の仕事は適切な時期に適切なサイズのものを掘り出すことだけです。

そこで、先週の段階で少なくとも育ちの早かった西側半分のジャガイモは収穫されて良い時期と判断しておりましたので、今日はその実行日。
上の写真ではトウモロコシやサツマイモも映り込んでいますが、手前が東側、向こうが西側ですので今日の収穫は向こう側です。

そして掘り始めて気づいたのはびっくりするくらいどデカい芋が既に土の中には隠れていたことでした。一つの種イモから出てきた茎も私たちのほうで最大3本に留めておいたのですが、茎の集合体の下には硬くなった種イモが残っていて、その周りにはまとまって大きいのが数個、そして衛星のように5~10個のミニじゃがが付いているのでした。
最終的に15個分の種イモエリアから掘りだして出てきたのは以下のような写真のジャガイモです。
結局上のような感じのバスケットが三個分ほどになったのですが、恐らく来週の収穫でもこれと同規模の収穫量になるんじゃないかなと思います。^^

収穫している間は俺も相棒も嬉しすぎてず~っと喋りっぱなし。「なんじゃこれ!すげ~!」と言うような野生の喜びに溢れた吠えた会話のみで構成されていました。w

帰りは何時ものように数種類の根菜類を頂き、またまたホクホク顔で家路についたのでした。掘ったジャガイモはどうしたかといいますと、豊田在住の百姓をしている先輩医師の助言に従って陰干し。それによって皮を強くし保存性を上げることとしました。あとはそれを持って帰って低温で保存すればでんぷんの糖化が進みますので、甘みも増すという仕組み。

また鵜沼に取りに来るのが愉しみです!


2026年6月5日金曜日

AIの中では何をしているのか?

本屋にふらっと立ち寄った時面白そうな本が眼の中に入ってきました。

面白そうな本というのはいつも向こうから飛び込んできます。白い表紙の本でした。著者の方には大変申し訳ないのですが、ちょっとタイトル自体は正確に見ていなくて中身をササっと読んでしまいました。

そこに書いてあったのは長年にわたってAIに関して私の中で疑問に思ってはいたけれども、理解は全く出来ていなかった事が実に平明に書かれていたのでした。そう、大規模言語モデル(LLM)はどうやって言葉を理解し回答を構成しているかという中核的な疑問に対する回答でした。

それによると、LLMの中核は数学そのもので、ここまでは(まあ、そうだろうな)と内心では思えるんですが、その数学の種類は何かというと線形代数。そして更にその線形代数の具体的な中身は何かというとなんと「ベクトルと行列」なんだそうです!

そして、その中身を更にしれっと立ち読みしてみると言語をどうやって定義するかというところから始まり、単語をすべて埋め込みと言われる 高次元ベクトル(数百〜数千次元) に変換しているというんですね。例えば「猫」という単語は768次元ベクトル!そして「犬」も同じ数の次元を持っているそうです。実は意味が近いものは互いの次元が近いそうなんですが、ここら辺りは立ち読みくらいでは理解できません。w

Attention という名の計算式を用いて文脈理解を行っているのですが、その中心は完全に行列演算です。その先にあるニューラルネットでの計算もずっと行列とベクトルが続くわけで、我々が高校の頃にイントロとして学んだ行列やベクトルはこんなに実世界の中で強烈な応用があるとは思いもよりませんでした。

医学の世界の中ではCTやMRIの画像の生成はブラッグ親子によるX線回折の研究が最終的に逆行列の解を求めることによって為されているという事は聞いていたし、その逆行列の解法が進歩したことによって劇的に計算が高速化されたという話も聞き齧ってはいました。しかし、LLMもその先にある応用だったのか…という事を今日は本屋で「拾い読み」した次第です。

結局のところLLMは、膨大なベクトルと巨大な行列を高速に計算し続けることで、擬似的に言語を理解・生成しているという話。単語 はベクトルに変換され、文脈は行列演算。その上でそれを理解するための式であるAttentionは行列積であり、ニューラルネットでの層の計算は行列Xベクトル、更には学習の部分は行列の微分によるもので、徹頭徹尾、線形代数がその基盤になっているという…。

携帯電話の基地局選択は電波工学、GPSは相対性理論、通信の秘密の保持は楕円関数などに基づいた暗号理論等々数学の無いところで現代の生活はもう「全く」のレベルで成り立たないんですよね。

それらの説明を何れも表面的にしか理解できない己の脳味噌のレベルの低さに溜息です。orz

2026年6月4日木曜日

レストランで腰を抜かす

夜に長女と嫁さんと一緒に藤が丘のイタリアン・レストランに行きました。

近所の誰もが気軽に行ける「非」高級なレストランです。先月、たまたま立ち寄ってみたところサクッと入れて美味しくてお手軽な値段のイタ飯を提供してくれるお店だということが良く分かっての今回の再訪でした。勿論、私の意向ではなく嫁さんと娘の決定でしたが!^^

さて、今回も予約なしで入っていったところ幸いにも入ってすぐの良い席に座る事が出来ました。そして、注文も済んで楽しく話していたのですが…。

暫く楽しく話し込んでいたところ、何だか私の目の前に座っている嫁さんと長女の様子が変です。何かをチラチラと見ている感じなんですが、その視線の先はどうやら私の背後。すると突然、私の左側にどこかで見覚えのある顔の女性が見えました。

そうです、同じ病院の同僚で、働いている階は違うものの私のキャンプの師匠筋にあたる看護主任さんが後ろから見ていたのでした。私はにこにこ笑っているその師匠に驚いて思わずのけ反りながら「え~っ」と声を出してしまいました。昔、外来で私の嫁さんも一瞬見たことがあったはずなのですが、覚えていなかったようで後ろからじ~っと見つめられて二人とも「誰?」と戸惑っていたようです。

隣に来たその主任さんと言葉を交わしたのですが、特に何かを話すわけでもなくお互い二人とも大笑いするだけ。しかも暫くしたらやはりその病棟で働く追加の二人の顔が横のテーブルに加わりました。

事情が理解できた嫁さんと長女はお隣の皆さんに挨拶をしていましたが、私は居心地が悪くて仕方ありません。w

仕方ないので「恥ずかしがり屋さん」を自任する私は取り敢えず脇の皆さんは存在しないことにして家族との会話を楽しみました。それから恐らく一時間程度でしょうか?十分腹が一杯になったところで、お隣さんに挨拶をしてお別れとなったのですが、こういうシチュエーションは出来るならば勘弁していただきたいな~と、神様のいたずらに心を疲れた私でした。orz

次回病棟で会うのがちょっと嫌ですね。orz