2026年3月11日水曜日

あれからもう15年も経ちました

恐ろしい大震災をバージニアに居た私は呆然とニュースの画面を通して眺めていました。

とても目の前の映像が現実のものとは信じられず、アナウンサーの緊迫した叫び声が耳の奥に何時までも残り続けました。アメリカのケーブルテレビの日本語チャンネルは瞬時に無償化され、ずっと日本の悲惨な状況をアナウンサーの緊迫した声が伝え続けるとともに、アメリカ側のニュース局も本当にずっとこの大震災のことを伝え続けていました。

私は黒い水と泡立った頂上を持つ白の津波で流されていく美しい私の祖国の海岸線を見つめながら涙が溢れてなりませんでした。今まさにこの波の先端で消えていっている無辜の命の群れが存在することが本当に信じられませんでした。

それから数年、やがて日本に帰って来て当時の話を経験者達に聞くとともに、自分の家でもいろいろな防災時の状況を考慮すると全く備えが足りないということを強く実感して種々の防災キットを備えるとともにローリング・ストックを少しずつ充実させる日々でした。それでもやっぱり家族が揃った状態でどこまでやれるかを考えるとなかなか厳しいものがあります。

更に頭の中でシュミレートするやがてやって来る「その日」の事を考えると、家の中のあれも危ない、これも危ないという感じで自分の頭よりも上にあるもののリスクを再評価しないといけません。
上の「その日」に起こるであろう放送のシミュレーションを考えると、実際に大災害が発生したら少なくとも2週間は行政も全く頼りにならず、自助で乗り切るしか無いと思っています。それに渡しの場合は病院での患者のケアがどうなるかも考えただけで背筋が寒くなります。

多くの薬や点滴が絶望的に足りない状況があちらこちらで発生するはずで、海外からの支援なしでは恐らく高血圧、糖尿、腎臓病、心不全、感染症などを含め全く阿鼻叫喚の状態になるのではないかという「強い」懸念があります。病院の次務員などは全く当てにならないなかで、これらの計画をもっと真面目に日本全体で最高しなければならないのではないでしょうか。後30年以内に日本の広範囲でこの巨大地震がやってくる確率は80%にまで上がっています!

2026年3月10日火曜日

結局「やらかし」でしかなかったイランへの攻撃

原油の値段の上昇が止まりません。
バカ大統領の始めたイランへの爆撃で確かに対象目標の一部をきちんと削ぎはしましたが、戦争の要点はそこではありません。イラクの大統領警護隊ではないですが、イランにも革命防衛隊というパーラヴィ去った後に時間を掛けて熟成された狂信者達の組織がありますので、そこが政府として反旗を翻すようなものでなければ攻撃は失敗に等しい事は明白。

しかも、彼ら革命防衛隊はいわゆる利権組織ですから、彼らが自己崩壊を選ぶはずも無く、己の保身と家族の安全のために全力を尽くして「アラーの名の下に」という名目で組織防衛に狂奔することでしょう。これほど確実なことはありません。

実際、革命防衛隊の名の下にホルムズ海峡のタンカーは「通過すれば攻撃する」という名目で動きが取れずにっちもさっちも行かない状態。これを見越した投資家達は当然のようにオイルに巨額の金を叩き込んで儲けまくっているわけです。

まあ、別にそんな事は毎度の戦争で起きることで全く普通の金の動きなのですが、問題はそれで割りを食う世界中の人間。バカ一人の決断とそれを煽った屑どもの共演で世界の燃料価格が爆上がりです。こればっかりは一般庶民には何ともしようがないところですが、確実に懐は痛みますわな。

上のグラフを見るまでもなく、愛知の平均的なガソリン価格の上昇は半端なくて、既にこの程度の絞られ方でリッターあたり30円ほど上がっている状況。これが長引けばどうなるのか先が思いやられます…。

戦争始めるのは簡単。だけどバカはどうやってそれを終わらせるのかという図面が描けません。シロートが指揮を振る超一流のオーケストラの最終章はどこで終わるのでしょうか。

2026年3月9日月曜日

恩師の先生との再会

今日は仕事が終わった後、鶴舞に行きました。

集まったのは私と名大教授と別の大学で教授をされていた名大の名誉教授の三人でした。地下鉄から降りて鶴舞公園の脇を南下していくと目的のお店に到着。とりあえず先に着いたのは私でしたが、その直後に名大の現教授からテキストが入って「仕事が終わって向かってる!後少し」と言って数分後にドアを開けて入ってきました。

この店は知り合いの不動産屋さんから教えて頂いたのですが、リーズナブルで美味しいというお話でしたので、人の話には乗ってみよということで選んだお店でした。

更に10分も経たずに名誉教授が入ってきて我々は立ち上がって挨拶。本当に昔も今も気さくかつ優しい先生です。店に入ってきた名誉教授には二人で今まで種々お世話になって来たことを謝すとともに、早速酒を注文して三人で酌み交わしました。

話は医学生物学の専門性の高い、細かい細かい先端の話題が多くてあまりココに詳しく書いてもほぼ誰にもわからない謎の話となってしまいますので書きませんが、以前から気になっていた種々の質問と答えを三人で話すことで色々と新規に得るものが多かったです。やっぱり他のエリアの専門家に気になっていることをダイレクトに質問する機会というのは金を払ってでも!というレベルの黄金の時間ですね。

料理も美味しかったし値段もリーズナブルでしたので、名大関係者と会うのはココが良いのかもしれません。

2時間ちょっと楽しく過ごして散会。名誉教授をあまり引き止めて置くのも申し訳なかったので、再度の食事会を約しての暫しのお別れと言うことで三人で鶴舞の駅に向かって寒空の下てくてくと10分ばかり歩きました。そこで名誉教授とはお別れし、名大教授X先生側から「まだ早いですね」という事で、行きつけの覚王山のいつもの飲み屋に向かいました。

そこではボトル飲みきりの一本買いをして二人で飲み始めると、ずっと染色体外DNAの話で盛り上がりっぱなし。二人でメロメロになるまで話し続けて店で最後の二人になるまで飲み続けて切り上げました。

ギリギリで終電に飛び乗って家に帰り着いたのですが、寝ていた嫁さんから「酒臭い!」と言われて嫌われてしまいました。orz




2026年3月8日日曜日

名古屋ウイメンズマラソンでまた救護所へ

今年も行われた名古屋ウイメンズマラソン。

今年は抜かりなく医師の救護所派遣に応募することが出来ました。名古屋市中の多くの病院では名古屋市からの割り当てで「あんたの所は派遣してくれると嬉しい」という感じで半分割り当て、半分はボランティアみたいな感じでやって来るらしいのですが、私の場合はごく近場で目の前を走りすぎる世界クラスの女性ランナーや頑張る老若の女性達、そして交じって走る職場の同僚達の応援も兼ねてなるべく派遣医師の応募を見たら手を挙げています。

今年は私にとって3回目の「出場」となりましたが、今年もまた今までとは異なる別の場所に派遣されて観戦させていただきました。(場所を話すとほかの方に迷惑かかる可能性があるので記しませんが…)

今年は後半以降の場所の救護所派遣だったので、朝早くから移動することは必要なかったんですが、それでも自分の住む藤が丘からは遠く離れた場所でしたので、地下鉄を乗り継いでの移動となりました。最終目的地は私自身がバイトでそばを通過したりすることはあっても決して普段は用がないような名古屋の「ある街」だったのですが、風がビュービューと吹きすさぶ中での移動は結構堪えました。
途中で経過時間を示す電光掲示板
歩くこと15分程で自分の姥久手地である今年の救護所に到着したのですが、そこでは既に学生さんたちを中心としたボランティアが完璧なセットアップで全てを終わらせてくれていました。

皆さんに挨拶をしてテントの中でサッと着替え、聴診器を首に掛けて準備OK。暫くするといつものように先頭集団の露払いのパトカー、そして白バイがやってきました。
女性白バイ隊員。カッコいいですよね。
先頭集団は断トツに早いですね。しかし、今年は私が個人的に応援する天満屋の前田さんがこの中に入っていなくてオジちゃんはがっかりでした。
眼の前を激速集団が通過して暫くはかなり疎らなままでしたが、次第に「集団」が通過し始めました。最終的には途切れることなき流れが怒涛のように続き始めると後は次第に私の居た救護所に入ってくる方がパラパラと居ました。
ペースメーカーと走る集団
救護所に入ってくる方で多かったのは転倒後の擦過傷と低体温症でしたね。あと大問題だなと思ったのはトイレが全く足りなくて、女性ランナー達が寒空のもとずっと待たされて、どんどん時間が過ぎていくのを見るのは本当に可哀想でした。たった5つのトイレではいくら何でも2万人の人達の生理現象は止められません。あれは変えないといけません!更に問題だったのは私の救護所は一番大量の200缶の冷却用スプレー缶があった所だったにも拘らず、あっという間に無くなってしまいました。これもやっぱり改善の必要がありますね。

凄いなと思ったのは視覚障害の方々。男性の伴走者と走られていましたが、すごい速度で走っている方も居ましたね。
激速!死んでも追いつけません。
そしてすべての方々が去った後に最後はいつものように自転車とバスがやってきて、パトカーとともに最後を締めて、救護所に居た残りの方々を拾っていきました。
今年もやっぱりこうやって見ることが出来てよかったです。おまけに職場に居た女性達が私のところにやって来て楽しそうに手を振りながら話しかけてくれて、例年のように一緒に写真を撮ったりして素晴らしい瞬間をデータとしてとどめることが出来ました。直ぐにコピーを送って喜んでくれました。

また来年もアシスト役で出たいと思いました。

2026年3月7日土曜日

連日の外出で節制

今日で4日連続の夜の食事を摂ることとなりました。偶々ですが。

今晩の集まりはバイトで行っている病院の在宅診療部の集まり。何と言うか私としては特に出る義務も感じなかったんですが、そこはそれ、長く続くこのバイト先での顔見世はそれなりに潤滑油としては必要かなということで出席することに。

新栄という私のフィールドではない酒場はどちらかというと名古屋中の若者がやってくるところでして、色々と猥雑な感じがすると言ったら良いのでしょうか。知らないとなかなか勇気というか蛮勇無しでは入れない店も多くて、人の案内無しでは行けない感じです。

とりあえず、あるビルの9階に指定されて入っていくとなかなかオシャレなお店でした。支払いは4000円らしくて病院は追加で3000円ずつ出してくれているとの事でトータル7000円なんだとか。

ところがフリードリンクはアルコール類を頼んだ人達の話では激薄で「?」というレベルだったとのこと。私自身は今日は絶対にアルコール無しで消化器を守りに行くと決めていましたので、全くアルコール無しでずっとオレンジばかり飲んでいました。^^

料理は味も量もまあままでしたが、これで7000円かね?というのが正直なところ。やっぱり店というのは自分の足でココと見出したところが一番いいのかもしれませんね。

まあ、店のことは兎に角、酒を連日というのはいろんな意味で体に良くないのでこういう日もあって然るべきだなと言う意味では良くコントロールできたなと思います。アル中の患者さん達を診る人間としてはココは絶対に譲れない一線。良い試験日となりました。

しばらく夜の外出は控えようと思いつつ、この時期はどうしても外出が多くなる私でした。