高齢になっても仕事が続けられるというのは良い事だと思います。
ただし、それは続けられるという「可能」である事を表現しているだけのお話で、そのクオリティが維持される限りという大前提があっての話。
仕方のないことですが、加齢に伴って若かりし頃の仕事の速さ、正確さ、その熟す量などはあるところでピークを迎えたあとは落ちていきます。その落ちる速度はまさに人それぞれでしょうが、ある時点で急速にダメになる人は余り居ないと周りを見ていても感じるのですが、いわゆるズレが目立つようになって次第次第に周りの平均的期待値に添えなくなって、最後には「老害」と陰で呼ばれるようになるのでしょう。
そういう意味では平均的な退職年齢というのはそれなりに考えられたシステムだと思うのですが、実際にはその歯止めが効いていない組織があるのもまた事実。私的な組織においてownerがその退き時を認めない時などがその最たる例でしょう。
巨大な組織でも、その人物の存在がその巨大な船を沈めたり傾けてその船員達を諸共に沈めてしまうような事も稀ならず起きる訳ですが、それが他人の組織である間は最悪でも「ご愁傷様」で済むのでしょうが、それが己の所属する組織に起きれば……。
実は病院という組織は公的な機関であれば基本的にかなり厳密に定年制によって人員の強制入れ替えが「淡々と」進むのですが、私的な医療機関ではそれが決まっていないことが多くて、その弊害が様々な形で表に裏に出てくることになります。
一番の問題は「自分はやれている!」という勘違いの下で組織を動かそうという人物の存在。明らかに周囲からは「認知入ってる」とか「もうあかんやろ」とか言われているんですが、残念なのはそのトップやトップ下を取り除く人が誰も居ない時。
実際に私は近所の私立大学や私的なownerのいる病院組織でのその手の話を山のように聞いていますし、実際に医師のネット・フォーラムでも良くその手の話が漏れ漏れになってきては、明確に「ああ、あの大学か」とか「アノ病院だな」とかいう感じで裏が透けて見える様な感じです。
何時も恐れているのですが、それが己の組織に起きないことを心から祈るのみです。家族を路頭に迷わせることが無いように、万一の場合の為にエスケープ・ハッチを見つけておかなければならない!と云うようにはなりませんように…。
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