2019年11月11日月曜日

クリ農家の方のお話

患者さんの御家族のお一人と面会して、長期にわたる患者さんの容態についての予想説明、今後の治療の方向性、万一の場合についての合意形成のための話し合いを持ちました。

今回病棟の主治医交代という事態が発生し、それに合わせて私も患者さん達の御家族と一度面会させて頂く機会を伺うということで、数ヶ月前から「もし時間がありましたら御来院の際に一言お声がけいただくと助かります」という内容を各御家庭の説明責任者の方々に直接お電話でお話ししておりました。

今回御来院頂いた患者さんの御家族は既に入院歴も長くなっており、発病して数十年になる精神疾患を持たれている方の弟さんでした。お互いに自己紹介をして、今回の入院に至るまでの御家庭での生育環境や御兄弟方の患者さんへの関与等を逐一再度伺って話をしていく中でお互いに普段は話さないような細かなお話をする中で大変強い信頼関係を結ぶことが出来たと感じました。

本当にお兄さん思いの優しい弟さんで、家族思い、しかも人として強い方だということがひしひしと、しかも淡々と伝わるような方でした。お互いが胸襟を開いて話し合った詳しい内容は勿論ここで詳らかにできるような事ではありませんが、お互いが患者の家族と医師という関係を超えた絆というものの存在を強く確信した一瞬でした。

医者をしているというのはこういった瞬間があるから素晴らしいなと思うんです。患者さんが治った時、それを家族の方々に感謝された時、患者さんが元気になって帰っていく時、そして治らない病であっても患者さんとお話をしたり患者さんの御家族と種々のお話ができる時。何れも医師になってよかったなという瞬間です。

ところで、今回お会いした患者さんの弟さんと言うのは栗農家の方。他の田畑とともに栗も栽培されているという方なのですが、この方の栗は粒が大きくてある有名な菓子舗に高値で引き取られているんです。

今回、勿体なくも有り難くもこの菓子舗のお菓子を「私のところの栗が使われているんです」と仰って、わざわざ病棟の看護婦さん達の為にその菓子折を持ってきてくださいました。

私は地元愛知の人間ではないので、その菓子屋のことは知らなかったのですが、後で周りの看護師さん達に伺うと「栗菓子で有名なお店です」とのことでした。恥じ入りました。長崎の人間にとっての福砂屋みたいなものなのでしょう。

とは言え、今回お話が終わりエレベーターまでお見送りした時に一言「こんなに私の話を聞いていただけたのは生まれてはじめてです。ありがとうございました。」と逆に感謝されました。実のところ、感謝したいのは興味深い種々のお話を聞かせて頂いた私の方なんですが。

いつも、話をすることが出来ない患者さんにそんな深い過去の歴史があったことを知った私はその日の午後からまた違った顔でその患者さんのことを診察させて貰うことになったのでした。

お話というのは本当に本当に医療において大切なことだと改めて感じた一日となりました。


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