それは「無理をして長生きをしない・させない」というものだと感じています。我々のような仕事をしていると、人生の終末期というものをどう考えるのかという事を患者さんや患者さんの御家族と一緒に考えることが頻回になります。
それこそ週に何回もいろいろな患者さんや家族さんと、今後の加療の進行方向に関してどういった事までするのか、そこに至るまでにどういう手段を用いるのか等という事をしつこく納得のいくまでお話をします。
私のほうでは理解力のある方も無い方もどこまで理解できるのかを探りながら絵を描く、たとえ話をする、実例を挙げる等の種々の方法を用いながら、こういう方向性に進んだらこうなる感じになる事が多くなりますし、こちらの方向だとこういう方向になる事もありますというような聞いている人達がイメージし易いように話を進めていく事が大事だと思っています。
今回、そうやって終末期を看取って最期を迎えられたある患者さんの娘さんから受付に呼び出しを受け、心の底からの感謝の言葉を授かりました。
実際に、お亡くなりになるまでの間は多くのドラマの連続で、悩みぬきながら方向性を決めていく過程に寄り添う中で兄弟の中で諍いが起きたり、方針を巡って家族の中で沢山の話し合いがもたれたとの事。最終的には娘さんの今までの苦労をそのほかの御家族がきちんと認めてくれて万全の協力と理解が得られる形で親族全体が一つに団結し、お父さんの最後をみんなで看取られたのでした。
受付の前では10分以上娘さんから感謝の言葉をいただき、この病院を選んで先生に診ていただいたことが私にとっての最良の選択でした、というような過分な言葉を頂き激励していただきました。
私はひたすらどうにも面映ゆいばかりでしたが、娘さんが「御自身で悩みぬいた末に自分で行き着いたお父さんとのお別れの過程」は本当に貴重な時間だったと思うんです。お別れの形を自分で紡ぎ出された娘さんのお手伝いを少しだけ出来たことに誇りを持ちたいと思いました。
明日からも真面目に淡々と仕事をしなければ、と思った自分でした。
0 件のコメント:
コメントを投稿