2020年5月10日日曜日

あらゆる権力は腐敗の傾向をもつ。絶対的権力は絶対的に腐敗する。

上の言葉はジョン・アクトンの残した有名なフレーズの一節。大学で政治学をとった方なら誰でも眼にしている言葉かと思います。

基本的に日本人は羊。私はお上の指示に粛々と従って前例を踏襲することで日常の安全と安心を保とうとする人々が21世紀の今でも大多数だと思ってます。そして日本人は平均が好きで、集団の中で目立たないことが美徳で、平均値から外れた人は時に白い目で見られ・・・と言う印象で間違ってないんではないでしょうか。

アメリカに長らく住んでいて思ったのは、例え日本人でもアメリカに生まれ、住んで、アメリカで育つと「自分の意見を躊躇なく述べる」そしてそうすることが正しいことであるという事を体に染み込ませる教育を施されるためでしょうか、実際に戦闘的なレベルで発言をする人を見ることが実に普通だと思います。何かの研究会でも上下のポジションに関係なく「良く考えても解らないこと」は積極的に質問を行ってそれを恥としない人に育つということでしょう。

そういう場にいるともともとそういう事に抵抗感の少ない私などは嬉しくてたまらず、皆の質疑応答を嬉々として聞き入ったり、そこから新たに生まれる疑問を発表者にぶつけたりというようなことを日常的に行っておりました。結局はその延長線上に「自ら能動的に考える人間」「おかしいと思えることにおかしいと声を上げる人間」を育てることになる訳です。無論、声を上げるからと言ってそのあげている声が客観的に見て正しいか否かということは多くのデモを見ていても疑問が残ることは多々あるわけですが、その反対勢力(カウンター・パート)がいるという事こそが血を流して得た民主主義の土壌に生活する人々の基本でしょう。

日本には表立って今までは殆どそういう討論の伝統というものがなかった。開国と鎖国の継続の二派の間で血で血を洗う戦はあったものの、それが自由への扉を開いたかと言うと単に大日本帝国という国を作ったことになるわけで、富国強兵という大義のためには致し方なかったのでしょうが、自分から発言を行い自分の考えを実行しようとする人間は徹底的に政府から追い回されたり、村からは弾き出されたりなんていう事になったわけで、やはり個人の表現の自由を獲得するために国民が血で血を洗うような戦いはしていませんよね。

やはり意見は上意下達が多く、会合でも偉い方の発言を頭を垂れて粛々と聴き、それに対する質問など下々の者は可能な限り致す事無かれというのは多くの学会でも今でも普通。残念ながら。
私自身はそんな会合はそもそも出席する価値自体が無いので出ること自体を避けていますが。

明治が始まって150年が経過した今、ネット上で漸くそういう「思ったことを表現する場所」出現してきて、表に出てこなかった人々が自分の意見を手軽に述べる社会が出現してきたわけですが、まだまだそんな人達がメインストリームであるとは到底言い難い。

人によっては日本人は意見を表明しないことを以て、社会の規範を守る人々が遺伝的に集団として集まっているんだとか、徳川の時代の長きにわたる治世で人々の思考回路がそういうふうに手懐けられたのだというような事を言う方もおられるようですが、私は真実はそのどこかにある中間地点にあるのだろうとも感じたりするんです。しかし、日本人って「暴れだすと」意外と過激な集団じゃないかという思いもあって、いわゆるタガが外れた時にそういう者が前面に出てくるような印象。まあ、この手の事には科学的統計学的根拠が示せないのでなんとも結論は出ないのですが。

さて、前ぶりがまたまた長すぎる展開となりましたが、今度のコロナで判ったことは日本の政治が太平洋戦争終了後も全く前進していないどころか絶望的に退行しているという悲しい現実でしょう。
官僚は質が落ち、このネットの時代に情報の隠匿はますます低品質ながら悪質化し、政府の中をバカが跋扈。吉田茂や白洲次郎がこの凡愚宰相が今の日本で最長不倒距離を塗り替えた大宰相なんですよと紹介されたら文字通り己の子孫たちの劣化ぶりに卒倒するのではないでしょうか。(例えは悪いのですが、今の日本は戦争しても全くボコボコに負けるでしょう。それは自衛隊の弱さ故ではなくシビリアンコントロールの絶望的なまでのダメさ故!)

どこに向かっていいか解らない愚鈍な船長が運行する巨大なタンカーはデッキに陣取る忖度第一の人間達によってサポートを受けまさに「裸の王様」状態。タンカーはまさに漂流しています。無論、王様は自分が裸とはいまでもこれからも多分御存知ない。w

今回、検察官、検事総長の定年延長の事が小さなことのように政権内で扱われていますが、彼らの言う些細な件の前進をみて、正直もうこれでこの政権を信じることは永遠に無くなりました。己の保身のために法を曲げるような宰相を崇め奉る政党が腐敗していなければ他に何が有るんだということ。広島のバカ夫婦に1.5億渡して選挙に勝たせた件もそう。これほどまでに白日のもとに晒されている悪行三昧の悪人達のあんた自身の任命責任はどこに有るのだと100万回でも問いたい。

私自身、何度も書きましたが、自民の反対勢力の劇的な質の低さゆえに今まで「仕方ないけれど、この政党でいくしかない」として行動していましたが、ここに来てアクトン卿の言葉を思い出す時が来たようです。時間が腐敗の度合いを増長させ、その強い腐臭が我々国民の鼻を曲げ始めていることに気づかない鈍感なボンクラ共。

そもそも、以前より私は「日本という国」ではその進路を任せられるのは保守中道だろうなと考え、たとえクソ野郎でも自民党が大きく間違えない限り概ねこのクソ政党の所属者に投票をしてきましたが、次の投票行動では絶対に自民党関係者に投票することを避けたいと思います。ただし旧民主党以外の人間!w


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