2020年3月1日日曜日

叔母の見舞いに宮崎へ

朝早い段階で副院長に仕事を引き継いで頂きセントレア空港へと向かいました。

二日前に書きましたが、母の妹がガン末期状態で意識レベルも低下してきたとのことでしたので、まだ少しでも認識してもらえるうちに顔を見せに行こうという事で飛行機を急遽予約しての宮崎行きとなりました。

朝気持ちよく高速から飛行場にアプローチ、まだ時間に余裕があったのでちょっとおしゃれに飛行場内の喫茶店で美味しいトーストとコーヒーをゆっくり飲んで発券に向かいました。

8:00ちょっとに発券機に9桁の発券番号と予約番号を入力したところで事件発生。(いつもの事ですがw)
何故だかわからないのですが、お客様の予約便はすでに発券できないのなんのとかいう文言とともに発券拒否されます。「もしかして・・・」と思いメールの発着時間のところを見たところ、8時15分となっておりました。orz

もうね、端っから8:45分と思い込んでいた自分にとっては「またやった・・・」との思いしかありません。そこで直ちに便を昼のものに変更してこの空き時間を有効に使うことに作戦変更。レンタカー屋に電話を入れて一便分遅くなることを伝えすぐに"いつもはなかなか行けなかった″ターミナル屋上にある飛行機の発着見学場に急行。

ビュービュー強い風の吹く中を先のほうまでずーーーーっと歩いて端っこのほうまで来た後、5便分ほどの離着陸する各社の飛行機を眺めておりました。そのあとは冷えた体を温めるためにいつもの「風の湯」に1050円払って入湯。そもそも本当は入浴してから宮崎にはいきたかったので、災い転じて福となった状況。(別に強がりではありません)

入浴してみると驚いたことに湯一面に可愛らしい風の湯のマスコット人形(フーちゃん?)が浮いておりました。ざっと推定したところ約500。(湯を上がったあと店の人に聞いたら500入れてますって言われてちょっと嬉しかったおっさんです。)人形をいじりながら朝の人のほぼ居ない湯で一時間弱のんびりでした。

その間もいつものように一人フルxンで寒空の下からだが乾くまで外の飛行機を眺めていましたが、後で急に体の具合が悪くなってしまって冷やしすぎというただのバカ男なのでした。そのあとFBに良いねをして無料のソフトドリンクをいただいて暫くポケモン狩りをした後今度こそは本当に余裕の発券。

一回のロビーでお土産を買いこんだ後、ターボプロップのデハビランドに乗り込んで宮崎まで一時間半でした。数か月ぶりの宮﨑ブーゲンビリア空港でしたが迎えのレンタカーはあっという間に来てくれて、すぐにトヨタのビッツ・ハイブリッドを運転して実家に到着。

老いた両親が笑顔で迎えてくれましたのですが、ここでもすぐに行動開始。オヤジだけを連れて叔母の入院する病院に向かったのですが、その前にその病院で看護師として勤務する二人の従妹達に同行してもらい病室へ。
最上階の6階まで上がっていったのですが、コロナ対策で各コーナーと病室にアルコール洗浄液が備え付けてあると同時に人数的な面会制限もかかっておりました。

部屋へはいると痩せ細って小さな声を上げている叔母が横になっておりました。この前、彼女の姉の葬式で会った時には元気だったのに見る影もありませんでした。耳元で何度も呼び掛けたのですが、「母ちゃん、う~ん」というような事を繰り返すばかり。私の事を認識しているのかどうかわからないほどの意識障害がありました。

一時間半ほど居る間に息子である従弟と主人である叔父さんもやってきて、皆でベッドを囲んでのいろいろな話がありましたが、やはりその間一度もハッキリとは目を開けてくれる事もなく時間だけが過ぎていきました。

両下腿と左上肢の強い浮腫、ドレーンの刺さった状態で抜かれている腹水。そして日々減っている尿量。残念ながらどれを見ても状態が悪いことがわかるようなサインしか見られませんでした。

まだ70代ですが、やっぱり70代に差し掛かったあたりから人間いろいろなことが起きますね。もともと叔母は健康診断に行ったりして病気が見つかるのが嫌だというような臆病な人でしたので、突然に大病が見つかるようなリスクの高い一群に属する人だったのですが、嫌な形で確率論が現実になってしまったのでした。

明日もまた午前中に訪れることを約束して叔父さんに御見舞を渡して帰宅の途に就いたのですが、気持ちは暗いままでした。


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