2018年11月18日日曜日

いつも嫁さんに怒られます

ブログを書くことで家族の記録のあらましを残したり、その時期の前後の記憶を残そうとするために"できるだけ"毎日書くようにしていますが、なかなか書く時間がないこともあります。

こういった記録も十年を超えてくるとほとんど”習い性”みたいになってきて、日常生活の中でも「今日のブログは何を書こうかな?」というネタを頭の中で拾い上げようという行為を行うことが多くなります。

結局、その瞬間には”これ良いかも?”と思えたものも、時間が経ってみると”つまんねえナ”となって消えていくものも多数。一日に面白いイベントが2つ重なったときなどは、どちらかを消してしまったり、比重の軽かったほうの出来事をサラッと書き流して単に備忘録として残しておくだけだったりということもごく普通にやっています。

無論、人生は”オオッ!”というような大きなイベントばかりが連続することはありえませんし(そんなのばかりだと何事にも平均的な人間である私は多分疲れます。w)、強弱、濃淡があってこそピックアップすべきイベントが出てくるわけですので、肩肘張らずにくだらんこと、他愛もなことでも書き続けるのが大事かな?くらいの気持ちでやってきました。

実際、このブログを始めた当初は当分の間はアメリカに住み続けるつもりで生活していた頃だったので、日本語の文章力を保つためにも自分の脳みその中に写っていることを少しでもまともな日本語で書き綴って”日本語の練習”をしておこうというのが大きなモチベーションだったのです。

ところがですね、、、未だに日本語の誤変換や言い間違いをあちこちに残したまま毎日毎日ブログを書くので、嫁さんが「書いたあと少しは見直したら?」という苦言を呈すのです。

まあ、当たり前です。書きっぱなしで推敲も誤字脱字のチェックもしない私にあきれてしまっているわけですが、自分としては書いた直後に殆どの場合一度は読んでくれる、もしくは翌日までには読んでくれる嫁さんがLINEで送ってくる「ここ間違ってませんか?表」をあてにしておりまして、それをもとに”昨日のブログ”に訂正を入れるのですが、それでも昔のブログの文章にはそういう間違いだらけのものを大量に放置している事実があるわけでして、一体そんな大量の文章に手を入れる日など本当にやってくるのか?ということをぼんやり考えたりしているのでした。

実際たま〜〜に書いたものを読み直したりすると、「うわ〜恥ずかしい!」というような誤字脱字や誤変換、文章の記述ミスが見つかることばかりで・・・。(今日の文章にもきっとある!>早速ウェブに上げたあとに2箇所間違いの指摘を受けました。orz)

だからこそ、あえて”私の心”がそれらの駄文を読んで不必要にトラウマを増やすことを自然に拒否しているのかもしれませんね。w

0 件のコメント: