2025年8月31日日曜日
地獄の犬山城
2025年8月30日土曜日
松田聖子のコンサートとな?
2025年8月29日金曜日
突然のお別れ
2025年8月28日木曜日
親父の誕生日
2025年8月27日水曜日
帰国してきた長女を迎えに
2025年8月26日火曜日
訪問診療の仕事
2025年8月25日月曜日
韓ドラ視る嫁さん
2025年8月24日日曜日
長女が帰ってきます
2025年8月23日土曜日
法は最低限の道徳・裁判官の死
2025年8月22日金曜日
こんな酷暑の時期の散歩
2025年8月21日木曜日
そろそろキャンプじゃ!とは云うものの熊が少し怖い
2025年8月20日水曜日
移民の国は衰退するのか
2025年8月19日火曜日
これからやって来る外科医不足
2025年8月18日月曜日
配偶者を探すという事
実は最近或る年齢層の女性を結婚相手として探して貰えないかとある方に頼まれています。
しかし、これが全然難しい…。先ず探して欲しいと言われても私の年齢層が知っている女性達と云えば通常は私の年齢周辺、そして大きくジャンプして私の娘達の年齢周辺となってしまいます。
となると、例え年齢が上の層でも多くの場合は例えば離婚歴でもない限りそういう男性の結婚相手となる女性はなかなか探し出せないという事になってしまいます。時々物凄い美しい女性とかでも結婚されていない我々の年代の人が居ますが、それがどういう背景によるものかというのは失礼にあたるので、本人はおろかその周辺にも聞くことは出来ません。
今の時代は結婚相談所もネットに移行して久しいですし、個人間でそういう情報を開示しあったりして真剣に相手を見つける人も今ではごく普通に居ると若い看護師さんやその他の若人も言います。四半世紀前と違ってネットで相手を見つけて結婚するなんて言うのを全く恥ずかしく無く言える時代になったからこそ!と言いたい所ですが、私が依頼を受けた相手の方はやはりどちらかと云うと私寄りの年齢。
ネットへの親和性とかそういうマッチング・サイトへのアクセスに対する心理的敷居の高さはやはり高い方なのだと推測してしまいます。
以前食事会でお会いした時の個人的な印象では本当に紳士で金銭的にも余裕がある真っ当な方という印象しかありませんでしたが、今の歳に至る迄あまりに仕事に一途過ぎた故に女性と出会う機会がなかなか作れなかったというのがシンプルな事実の様です。
私も機会ある毎に私と同年代の女性を中心に「どこかに40代でルックスが良くてお金も余裕があるけど結婚歴無いという男性との出会いを求めとる人は居らんかね?」という趣旨の発言をして尋ねる事があるんですが、なかなかコレと云ったリアクションが無いですね、ホンマ。
まあ、男性側も40代半ばになってくると「盲亀の浮木」というレベルでなければそういう女性と出会う事は難しいのでしょうか。
いや本当に出会いばかりは運命が準備したものという事が多いですからね。どうしましょ。(+o+)
2025年8月17日日曜日
変わってしまった夏休み
2025年8月16日土曜日
そんな事があったんだ…
2025年8月15日金曜日
今年の盆はかなりはっきり分かった
2025年8月14日木曜日
恥ずかしいw
2025年8月13日水曜日
長女がアメリカへ
2025年8月12日火曜日
X Japanの昔を知る同級生達
2025年8月11日月曜日
九州から出られないという悪夢
2025年8月10日日曜日
宮崎最終日から地獄の始まり
2025年8月9日土曜日
生まれて初めて出席する同窓会という行事
2025年8月8日金曜日
バカ盛り上がり
2025年8月7日木曜日
これはキツイ!
結局名古屋の家を出たのは夜中の12:30で、高速を西に移動する中で1050キロほどの道のりとなりました。
途上4回ほど休憩を入れたのでトータルでかかった時間は13時間半ほど。そもそも眠ければ仮眠を20分ほどとって駐車スペースで車の中でお休み。それでも今回は出発前に2時間ほどしか眠れなかったこともありかなりきついドライブでした。
理由のもう一つは南下時に北九州からの枝分かれが熊本を南下する道では無く、大分側を走らされた事。ナビが未知の先の方で事故が起きてることを理由に経路変更として大分側を走らせたのですが、あの道は高速道では無く自動車専用道路!高速と勝手に呼ぶのは良いのですが、あんな片道一車線の道路を高速と呼んではいけません。
更には途中殆どSAと呼べる場所が無い事もダメだしの追加要因でした。それでも別府湾の眺望が見える「筈」の場所で停まってお土産を買ったり食べ物を口に入れたりしたのですが、余りにも曇りすぎていて何も見えない状況。
そもそもが、大阪を過ぎて以降の断続的に降っていた物凄い大雨が私を疲れさせました。何時もはこんなには疲れないのに今期はキツイと正直に言えるレベル。その所為でしょうか、助手席に座っていた息子も早い段階から眠らせていたつもりでしたが、大分の高速道上で1年3か月ぶりにてんかん発作を発症。「やっぱりリズムを崩すと覿面やな」と嫁さんと話す状況でした。
宮崎について荷物を降ろした後は疲れてしまって先ず息子とside by sideでひと眠り。
実は本日長男の誕生日でもありましたので、夕食に近所に彼の好物の焼き肉を食べに行って美味しく食べて、ケーキも買ってきて家で食べたのですがやはり息子は本調子とは程遠く冴えない顔をしていました。
取り敢えずは即風呂に入って寝せて今日の一日をあわただしく終えました。
それにしても凄いのはディーゼルエンジン。大人四人と荷物満載状態で名古屋から1050キロ走って使った燃料はゲージの7割。ガソリン車は勝てません。
2025年8月6日水曜日
今週水曜の夜から宮崎に帰ることに
実は今度の週末に高校の合同同窓会というのに行ってきます。
その為に宮崎に車で戻る事に。何で車?って感じですが大量に荷物が積めて家族4人が乗れて、現地でもレンタカーなんて使わなくて済むし、ディーゼル・エンジンなので宮﨑程度であれば全くの無給油で到着できるうえに現地での数日分の移動であれば何の問題も無くガソリン継ぎ足さずに行動できるほど燃費が良いからです。
取り敢えず、今回の同窓会は我々卒業8期生が参加すると、学校のモットーが書かれた扇子を貰えるんだそうですが、そもそもこの手の会合に全く参加しない系の人間である私が参加する事になったかと云うと高校大学で共通の友人であった同級生が「今度の同窓会行こうぜ!」と誘ってくれたから。
そうでなければそもそも同窓会が行われてる事自体を知りもしませんでした。
何というか、地元を離れて仕事をしている人間ばかりが多い高校でしたので、地元で集まる機会もそもそも少なく、通知の大本となる私の住所自体も高校側には教えていませんでしたので、こういう事になる訳です。w
大体において30代、40代の頃は仕事や家族の事で忙しくて同窓会なんぞに出る余裕も何もあったもんじゃ無し、そもそも日本に居ませんから疎遠になるのは致し方なしというところでしょう。
しかし、重要なのはそこでは無くて安全運転。毎回九州に帰る時には何がしかの移動リスクと疲労に遭遇しますから…。そこは要注意です。
安全運転安全運転、そして休憩を取りながらの移動に頑張って行きたいと思います。出発は今日の夜12時前後といたしました。
2025年8月5日火曜日
運転免許証更新
2025年8月4日月曜日
高校野球も様変わり
2025年8月3日日曜日
これは焦げるな
2025年8月2日土曜日
人生エロエロ
部屋の隅に積み上げたままになっていた「積読本」の山。今日はなぜかある一冊に目が留まりました。タイトルの妙に惹かれて買ったはずなのに開いていなかったその本。みうらじゅんさんが書くそのエッセイのタイトルは「人生エロエロ」。しかし読み始めてすぐに降参しました。中身の面白いこと面白いこと!
やっぱり文章で飯を食う人間の文章というのは「こうでなくちゃね」と言わせるだけの起承転結があって、私のような書きっぱなしの読む価値のない雑文集ではありません。これは週刊文春に10年以上連載されているエッセイを途中で一旦まとめたものなんですが、幼少期から今に至るまでの自分の身の回りに起こってきた大小様々のエロにまつわるエピソードは、どれも我々世代なら「そうそう!」と思える“あるある”もの。よくぞ書いてくれました!という感じで描き出てくれている秀作です。
この人のこのエッセイで私が感心するのは我々の世代(彼は私より7歳年上)が経験した、そして思っていたことを本当に上手な「落ち」を最後につけて語ってくれること。
みうら氏の職業は一応イラストレータ、エッセイスト、ミュージシャン等などと書いてありますが、そもそも御本人が「一人電通」等と言っているくらいいろいろとやっている状態なので、絵・歌・文章とどれもがそれなりにイケてるのでしょう。私にとってみうらじゅんというのは昔からサングラスを掛けた正体不明の人物。時々テレビで見かけては独特のヘタウマ風イラスト描いている「何かをしているヒト」位に感覚だったんですが、少なくともエロに関する感覚はバッチリ私と波長が合っていて笑えました。
「人生いろいろ」というフレーズはもちろん小泉元総理の有名な発言ですが、我々周辺の世代であれば誰でも知っている訳で、ソレをもじっての人生エロエロはなかなかしっくりきます。
ネタを貯めてそれを熟成させ、起承転結を配置して最後に決まりの一言で文中のエピソードの伏線を回収するというのは言うは易しで実際にはそこらの普通の人間にはなかなかできないこと。軽妙洒脱に語りながらそのエロの情景が眼の前に広がります。まさに手腕ですよね。その手練れぶりには新鮮な驚きしかありません。
タイトルと中身はエロ関連の話ですが、ただのエロと笑いだけでなく、私たち世代の生き様や記憶が詰まっていて、それを文字に起こして伝える氏の手腕に心から拍手を送りたいと思います。
それに比べて己の文章ときたら…。文章を書くという作業には間違いなく慣れというものがあって、業務上の定型的な文章などは私は比較的得意なのですが、こういうブログのような自由な雑文というのは本当に日記レベルでしかなくて、成長の跡というものが見てとれませんね。残念ですが。orz

