娘達と朝に別れた後、実は親父と息子を連れてのミニ旅行をしました。
旅行と言っても北区・豊山の名古屋空港の方に行っただけなんですけどね。今回訪れたのはMRJ(Mitsubishi Regional Jet)の最終組立工場である巨大な三菱の工場です。
最近読み方が変わってMitusubishi Space Jetと呼んでいるみたいなんですけれども、アジアの自由主義圏で唯一旅客機の組立工場を観ることが出来る場所が地元名古屋にあるのですから行かない訳にはいきません。
二月ほど前から今日のこの瞬間を!という感じでネットで予約していたので、仕事を午前中休むということを一週間ほど前から病棟に宣告して他のドクターにも宣伝してからの決行となりました。
車に三人で乗って朝の都市高速をスーッと走るとアッと言う間に名古屋空港まで来ました。予約は10:40のツアーでしたので、AICHI航空ミュージアムに行っていつもの入り口の左脇にある工場見学者専用の特別な小部屋でツアー見学者用のバスのお迎えを待ちました。
しばらく本を読んだりしていると呼び出しが有り、私達のグループの番でしたが、いつもは15人ほど居るという1グループらしいんですが、我々の時は我々三人と若い女性一人、あとは初老の男性が一人という5人グループの小さなユニットでした。
マイクロバスに乗り込み組立工場へ向かうこと数分。エントランスに女性が待ち構えてくれていました。耳にレシーバーを取り付けて上着を脱いで、スマホをロッカーに仕舞い込んでツアー開始。
滑走路風の廊下を歩きながら丁寧に始まったツアーは扉を開けられた先にはその製造工程をパネルやビジュアル、実物大模型、実機の部品などを見せながら進んでいきました。最終的には、この工場はまさにこの場所で50年前に作られたYS-11の一旦切れた血統を蘇らせるステップなのだということが理解できた気がしました。
エレベータを使って登ったあと、最後に開けられた扉の向こうには待ちに待ったMRJの最終組立工場の中でした!現場では7号機、8号機、9号機が次々と最後の仕上げを受けているところでしたが、遠くの方にはまだまだシリンダー状の胴体部分だけの機体もまだまだ置いてあるだけでした。機体番号はJA2XMJで、X部分にその機体の製造記番号がつくみたいですね。
フロアには「当たり前」ですが、翼の部分の各種部品や治具などが整然と並べられえいましたし、プラット・アンド・ホイットニー社製の高効率エンジンも箱に詰められた状態で置かれていたのが現場っぽくて良かったですね。
組み立て現場の技術者さん達はザットと見たところ100人程度。男女まぜまぜですがフロアには日本字っぽい人が多かったです。多分社内には外国人も沢山。忙しくあちこちみんなが歩き回っていました。
取り敢えずは全ての見学を終えて、最後に戻った出発場所で記念写真を撮って親切なお姉さんに別れを告げて航空ミュージアムへと帰ってきました。
家に帰る前にエアポートwalkのフードコートで食事をしたのですが、なんか南米のバンドみたいなのが平日なのに演奏をしていて、アンデス音楽みたいなのを演じてました。
お昼には三菱から来たと思われる大量の技術者たちの一団がマックやその他の昼食をとっていたのが印象的でした。
最後に思ったのはこの飛行機が一刻も早く市場に出回ってほしいということ。飛行機の部品は一機約100万点!。車のおよそ30倍?らしいですから、これらの高度製造技術を要する製品が毎月10機ずつローンチされることを夢見ているヒトは多いはずです。技術の裾野の広がりは大きいと思います。(残念ながら翌日のニュースで更に延期の6度目の延期になったとか・・・orz)
さて、前々から考えていた今回のツアー。親父の足腰がまだ丈夫なうちに案内できて良かったです。飛行機好きの息子も満足してくれたかな?
0 件のコメント:
コメントを投稿