2019年8月13日火曜日

この時期には毎年思い出す

8月12日は私にとっては忘れられない日です。

日航123便の墜落によって520名もの尊い命が奪われた日。6日と9日が原爆の投下、そして15日が終戦の日。戦争の悲惨な記憶を忘れぬ事が無いように祈念する日々の合間に編み込まれる様に起きた悲惨な事故。

日航機墜落に関する多くの本を実際にたくさん読んできました。現場で救助活動に当たった人々の記録、墜落遺体を同定する作業にあたった法医・刑事関係者の記録、そしてウェブ上にあげられている数多くのドキュメンタリーやフライトレコードなどなど、数え上げたらきりがありません。

しかし、どの記録を見てもその記録が語る事実は悲劇的で、全くの罪のない人々が正に地獄のような恐怖の中で、ある人は祈り、ある人は家族へのメッセージを記す。実際にメモとして残された短い遺書を読む度にその方々の無念を思い、私は涙を禁じえません。

ベテランの高浜機長を始め、最後の一秒まで乗客全員を羽田へ戻そうと格闘した3人の男達と、自分も死への恐怖に慄きつつも通常訓練を超えたレベルでプロとしての格闘を続けたフライトアテンダント達の気持ちを想像することは到底私の脳では及びませんが、プロ根性の極致とはこのようなことなのだと毎年改めて思い知らされるのです。

少なくとも当時のJAL(今がどうかということには敢えて言及しませんが)は経営組織としてはボロボロで、救いようのない駄目組織でしたが、中の実務に当たる運行要員達の実務能力というのは少なくとも優れたものだったのだろうなと推測しました。

あれからの日本では今のところ大型機墜落という事故は幸いにして発生しておりませんが、あんな事故は二度と起きてはならないし、絶対に起こしてはならない重大な教訓となっていると思います。しかし、その教訓を得るために520人もの方々が貴重な人生を失う必要はどこにもなかったのです。

飛行機というのは、本当に移動距離ごとの安全性で言えば自動車などとは比べ物にならないほど安全に遠くへ行ける乗り物ですが、一旦何かが発生したときの死亡率の高さもまたトップレベルと思っていたらこんな計算をされている方がおられました。また、他の乗り物と比べて計算の基準を変えたらどうなるのか問うことを考察されている方も・・・。

こうやって見ると、飛行機という乗り物は意外と怖がる根拠のある乗り物だということだと思えてきますよね。orz

改めて亡くなられた無辜の方々の命に黙祷を捧げたいと思います。

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