2025年1月31日金曜日

恐ろしいアニメ

これで二回目の言及だと思いますが、いまNetflix等で放送されているアニメ「ち 地球の運動について」は恐ろしいクオリティを持った物語です。

最初は単純に天動説と地動説受容までの歴史的変遷を時間軸を追いながら話していくのかと思っていましたが、そんな底の浅い表面的なものではありませんでした。話が回を追って進めば進むほどその恐ろしく深く組み立てられた物語の台詞に感銘を受け続けている私です。

科学、宗教、政治、歴史、哲学、倫理、人の情等のすべてを巻き込んだ素晴らしい話がどんどん進行していきます。

科学者になるものであれば絶対に見ておいて欲しい回だけでなく、宗教というものがどういう変遷を経て当時の立場を取っていたのか、人間の知にとって神の声を代弁する教会(宗教)の権威とはどういったものであったか、真理を求める人間の根源的な欲求がそれらの権威を「様々な闘いを通じ」撥ねつけてゆっくりと前進していく様子がどうであったのかを描いていきます。

既に時代は21世紀も1/4過ぎた今日の世界ですが、未だにこの愚かな教会の権威の下に平伏して神の声を聴き続ける人々が掃いて捨てるほど存在するという事実に「人間って誰かに救いを求める生き物」なんだな~って思いました。

まあ、何時の時代にもトンデモを信じる方々は居られる訳ですが、今でも地球は平らだとか人は神の創造物だとか言っているおかしな(おめでたい)人々が居られる訳で、なかなか神様でさえも科学教育は一筋縄ではいかぬようで大変なようですな。w

2025年1月30日木曜日

本当にあった深夜食堂w

嫁さんと食べに出かけました。

行ったのは3か所。一つ目は何時もの今池屋。寒空の下、少し厚着をして6時ちょっと過ぎに着いた感じでしたが、丁度いま席が空きました~というイイ感じで店に入れました。中に入ったら後は嫁さんがマシンガンの様に食べたいものを次々と注文。「食い物に関する事だけは」恐ろしいほど頭の中が整理されています。

腹一杯になって店を出た後は、この前のWhiskey Loversで頂いたパンフレットの中に載っていたお店の一つ「酒肆(しゅし)・蘭燈(らんたん)」。まあ、どんなところか自分の飲み屋のテリトリーを拡大すべくチャレンジしたというのが正直なところですが、嫁さんには「俺が出すから入ろう」という事で入店。先に男女が2人座っていましたが、我々もカウンター席に座って私がLaproaigをロックで、嫁さんはアップル・ジュースをという感じで乾杯。

初めて会ったマスターのWhiskey Lovers関連の裏話をいろいろと伺いながらウイスキーの話をいろいろと聞かせて頂いて愉しい時間を過ごせました。ただし、ウイスキー二杯とジュース一杯で出る時に5000円の会計。チャージ無しでこの会計はちょっと高め?ラフロイグってそんな高級酒やったっけ?等と漢字ながらもお話代という事で納得してお店を出ました。

実は、この店に入る店に気がついていたのですが、ランタンの真隣に入り口の構えからして「ザ・昭和」のようなお店の存在を確認していました。お店の名前は「亀ちゃん」というのですが、引き戸を開けて暖簾から顔を突っ込むと既に出来上がった年齢高めの男女4人が、若干古めのカラオケ・コントローラの置かれたカウンターの前でワイワイやっていました。

私達は一番奥に座ったのですが、まず気付いたのは入り口に可愛い猫が座っていて、こちらをキョトンとした目を見せて上目遣いに眺めていたこと。この猫ちゃんが縦横無尽に店の中をうろつくのですが、撫でてやるとすり寄ってきます。

酔っぱらった年増の姐さんはその隣の男性に絡みつきながらいろいろと文句を垂れたり笑ったり、そして更にその隣の80はいってそうなお爺さんは私達が入ってきた瞬間から敬礼をしてきました。しかしその直後から立ち上がって「僕は帰りたい気分なんだな~」と言ってそのままずっと立ちっぱなし。横の姐さんから引き留められて帰る事も出来ないままずっと立っていました。

そしてその右側には一見素面の体の大きいスーツ姿の男性が冷静にこのやり取りの中でビールを飲んでいました。右手をちょっとだけ我々に挙げて会釈をして下さったのですが、この男性以外の三人のキャラが濃い事、濃い事。本当にキャラが濃すぎて大渋滞という感じ。

もう横に座っている私は常連客っぽい皆さんの会話の遣り取りの余りの面白さにずっとクスクス笑いっぱなしで、余りの昭和感にいま時代は何時?と感じてしまう程でした。コンプライアンスとか言う言葉はここでは死語どころか、未だ新語にさえなっていない感じ。w

カウンターの向こうの御高齢のお母さんはビールを出して下さった後、我々がオーダーした餃子を部屋の向こうから持ってきてくださったのですが、明らかに「味の素」の餃子袋を抱えて持ってきてくれました。後はカウンターの上には缶詰が一杯ありましたし、もうカオス。隠さなさすぎ!(^^)

他所で沢山飲み食いしすぎたせいで、実質一時間も居なかったのですが、こんなに面白い場所が今池にあった事に今更ながら驚きでした。出る時に御勘定しようとしたら、二人で1500円とか言われて余りの事に思わず2000円置いてお辞儀をして出て来ました。

勘定のアバウトさも私が大学生だった頃の飲み屋のおばちゃんと一緒。もうね、存在してくれている事自体が神に感謝というような居酒屋でした。

今後は店の常連となるべく邁進して、オレ個人の深夜食堂にしようと思うのでした。(カラオケをどうするのかという問題は残りますし、タバコ可なのも昭和過ぎはしますが…w)

2025年1月29日水曜日

DeepSeekの破壊力?

実用化されているAIの中で最も役に立つものはどれか?というのは常に気になる所です。

私自身も、最近は検索エンジンと併用する形でOpenAIに質問を投げかけてみる事も頻回になっています。実際、少なくとも今の時点では標準的なAIではへんてこりんな「宣伝だらけ」の回答を返してきませんので、そういう意味ではある程度クリーンな印象を持っています。

今時の検索システムの何がダメって溢れかえる「宣伝、宣伝、宣伝」の一言に尽きます。検索結果の最初の1ページが丸ごと検索結果とは関係の無い、若しくはその検索した言葉に関連したモノを買わせる為だけのCMだったりするというのが今時のフツーになって来ているのは日常的に検索をしている我々にとっては極めて常識的な経験。

検索エンジンも、登場初期の数年はこんな宣伝、雑音塗(まみ)れの結果のようなものを返す今時の汚らしい検索システムでは無くて、垢に塗れていない奇麗で美しい検索結果を返してきていました。勿論、本当に欲しい情報を含むページを重要性の順に返すというアルゴリズム自体の質は、四半世紀前より遥かに遥かに洗練されたものは間違い無いと思いたいのですが、ページ内に溢れかえる宣伝がその進歩の成果をぶち壊してしまっていると思うのは私だけでは無いはず。

個人的にはその「目汚し」を避ける為もあって、AIに対する質問の投入頻度が上がってきている訳なんですが、この度そのAIの競争にあの赤い大きな国のAIが登場してきたという話が漏れ伝わってきました。

先ず思ったのは「俺は使わない」という事。w

あの国の制作物なら質問や訂正したい文章の内容抜き取りは確実に行われているでしょうし、下手をするとAI使用時にスマホやデスクトップシステムへの侵入を許しかねないという強い危惧があるからです。同じような懸念はGoogleその他の企業が作成したシステムであっても同様でしょうが、恐らくはその背景にある悪意のレベルが桁違いなのではないかという話。

君子危うきに近寄らず、という言葉は冒険や挑戦をしないという言葉とは一線を画すものでないといけないとは思いますが、このDeepSeekの使用に限っては「使わない事」が最低限のマナーのような気がします。

書き込み情報を見る限りでは数物系の問題解決には強いという事ですが、最悪、使うにしても使用はそういった事にとどめておくべきで、個人情報や秘匿したいその他の内容を含む経済・学術的な情報などの文章投入も決してするべきでは無いでしょう。

まあ、アメリカ側はこの格安で作られたAIはアメリカ産の検索エンジンを蒸留によって剽窃したものだと勘繰っているようですが、そのような噂話の域を出ない話のみならず、返してくる中身に関してもまだまだ正確性に欠ける点も多いとの事で、暫くは国同士の叩き合いも含めてこのエンジンに関する雑多な情報があふれかえってくる事でしょう。

それにしても、nVIDIAの株価を一瞬で90兆円相当も吹き飛ばすとかなかなかやりますな。いやいや、そんな事よりこのAI戦争において日本が全く蚊帳の外状態なのはどうにかしてくれ!orz


2025年1月28日火曜日

患者さんに集(たか)る寄生虫

経済的DVというのを聞いたことのある方も居られると思います。

世の中にはいろいろな種類のDVがあって、身体的なものや心理的なもの、倫理的、性的等々の各種のDVがある中で、実は病院入院中の患者さん達の身に降りかかる事が多いのが経済的DVなのです。

パターン1:身体的・知的に問題のある人間のキャッシュ・カードやクレジット・カードを言葉巧みに取り上げて、暗証番号も聞き出した上でその人に振り込まれる各種の年金や預貯金等を一度に、または定期的に掠め取る

パターン2:体や心の弱みに付け込み、同居者としてその患者さんの世話をする「振り」をしながら、実際には金銭と寝泊まりする場所を搾取する。実際には「庇を貸して母屋を取られる」レベルの事をされる方も良く居られます。

パターン3:これは組織的に行われるクズ共による犯罪の一例なのですが、貧困ビジネスはその典型的なものです。恐ろしく酷い住環境。例えば畳の床が腐っているようなレベルの四畳半部屋を3つくらいにベニヤ板で仕切って、そこに布団を敷いて生保の人間を連れ込んでは金を予め抜き取りながら生かさず殺さずの生活をさせて、遠くにも行かせないレベルの金しか持たせず逃げられないようにする。実際に私の病院でも起きた事なのですが、これほどまでに酷い目に遭わせられているのに、知的な障害の問題で「この人にお世話になりたい」と生活保護課の人間の前で患者さんに言わせて、折角逃げ出した後にまた施設に連れていかれるというパターン。

実際には経済的DVだけでも上をミックスした様なパターンも普通にありますし、経済的なDVには身体的、精神的、倫理的なものが付帯する事が極普通でもっと問題の根源は根深いのです。経済的DVに限って言っても、何れのパターンにおいても共通している事は人の懐から金を、モノを、場所を掠め取ろうとするクズ達がそれを理解できずない相手に集って生き血を吸っているという事です。

医療従事者として仕事をしていると、役所からの依頼でそういう目に遭っている身体、精神、知的障碍者の人達を一時的に保護する事があるのですが、世の中には本当に畏れ入るほどの善意と努力でそういった人達を助ける凄い人達もいれば、その反対の百回くらい終身刑にしてもまだ足りないようなとんでもない人の形をしたクズもいるという事が見えてきます。

世の中の法律というのは上手く法の網を掻い潜ろうという事ばかりに知恵を絞る人間の悪知恵に全く追いついていない、若しくはマダマダ実効性が足りないと強く思うのですが、弁護士達は金にならない事は致しません。

だから何時まで経っても弁護士は尊敬されないんだよな。

2025年1月27日月曜日

グダグダだよな

フジテレビの釈明?会見は聞くところによると夜中の2時を過ぎてもやっていたとの事。

真実はおそらく極シンプルで、恐らく起きた状況の説明自体は5分以内の筈、そして総辞職を含む責任の取り方の説明も5分で終わりそうなもんですが、フリーの記者と申される謎の軍団の関与で、会見はまさにカオスになった模様。まあ、なんとなく想像がつきます。

基本的にはそんな風にならないように質問者側と一対一で向かい合った形式での応答が一番良いと思うんですが、そもそも初回の悲惨なやらかし会見のせいで全てがぶち壊されてしまったため、こんなグダグダな事態を迎えざるを得なかったという事でしょう。

それとは全く別に私を驚かせたのは遠藤龍之介の名前。取締役副会長というお偉いさんになっていた事に二度ビックリ。あの遠藤周作という慶応卒の親父さんの七光りの下で慶応閥の互助組織の中で階段を駆け上がって行っただろうこのオジサンがこんなポジションに居ったんかいなと感慨深いものがありました。

フジに入社したての頃の記述に関する文章を遥か大昔に読んだことがありましたので、親の七光りはこういう組織では効果的なもんやな~と感じた覚えがあります。御本人や周りが何を言おうと、こういうのは親の御威光の賜物としか見られません(特にこの手の業界では)。御本人には残念でしょうけどね。

会見では何をどう発言したのか知りませんし、内容にも実際のところ特に何の興味も有りませんが、きっと息子の辛い立場を見て狐狸庵先生も草葉の陰で泣いておられる事でしょうな。まあ、これも定め。組織の中で高いポジションにいる人間が高い給料を貰っているのはこういう時に責任を取るための首切られ代も含まれていますのであきらめも肝心です。

しかし、遠藤さんは関係なくとも政治家の御子息を含む長年のコネ入社の蓄積で腐りきった人事と非能力別のポジショニングで自壊した組織だとしか私には見えませんけどね。いい気味です。

それにしても話題になっている裏ラスボスの日枝は影も形も見せませんな。w

さて、今頃になって週刊文春が大事な部分を訂正していたという続報が入りましたが、これもしかしたら文春側が「非常に」ヤバいのではないでしょうか?文春の返答次第では法的な、そして巨額の賠償問題にまで発展しそうな予感もしますが。

2025年1月26日日曜日

Whiskey Lovers Nagoya 2025

遂に行動を起こしました、

毎年毎年「行くぞ、今年こそは!」と思い続けながらも結局はその時期が来ると正確に日にちを忘れてしまい、実際には行っていなかったWhiskey Lovers Nagoya 2025にデビューして参りました。

そもそも、このフェスティバルで毎年ボランティアをされている神経内科のある先生からの御紹介でこのお祭りを知ったのですが、リカー好きの私としてはそんな「美味しそうな話」を聞いて放っておける訳も無いのですが、生来のズボラ・マインドが思いっきり参加を阻んでおりました。

ところが、今年は参加チケット売り切れと思ってガックリしていた矢先に行動派の皮膚科の先生が「先生、もうチケット手に入れちゃいました!」といって私に話しかけてきた為、これはいかんという気持ちがムクムクと鎌首をもたげてきました。この行動派の先生「確か、覚王山のXXXでは未だ前売り券が手に入るってマスターが言っていました」との事で、即マスターの所に電話を入れて下さり、帰りがけに買えばいいんですよと私をきちんと唆して下さいました。^^

バイトの帰りがけに先生と一緒に車に乗ってXXXに乗り付けチケットをゲット。5,000円でした。そしていよいよ行ったのが今日、日曜日。

吹上のホールにはオッサンを中心とした謎の人の流れが吸い込まれていきます。発表によると3500人も入っていたそうですが、中はまさに大混雑状態。各ブースにはウイスキーを試飲する人間で大渋滞です。
こんな感じでみんなブースが出ていて、そこに順序良く並んでいきます。
こんな混み具合。立錐の…とまではいきませんが、大変なものでした。
(人の顔を塗りつぶしています)

結局、全体の1/3程度の試飲を終えたところで相当量のウイスキーが体内に入ってしまい、これ以上吞んだらヤバイというレベルにまで来ましたので、そそくさと地下鉄にのり近所の別の店で確か何かを食べたのですが、ハッキリ言ってどうやって帰ったのか覚えていないのです。w

翌日、件の皮膚科の先生からラインが入ってきたのですが、何故か家に居ました、との事でどうやって帰ったか覚えていないのだそうです。

オジサンは翌日まで弱く酔っておりました。来年はきちんと考えて行動いたします。反省、猛省致しました。

2025年1月25日土曜日

トランプ・2期目は「やばげ」な人事

トランプの二期目が始まりました。

一期目は己に忠実と思われる人間も含め、ある程度はトランプ寄りと考えられる人間が閣僚として仕事を始めましたが、最初から不協和音の連発で、みるみるうちに閣僚が辞職。しかも立て続けでしたが、辞めた人間達のトランプ評は予想通り散々なものばかり。出ていった、若しくは解任された人間達ですが、普通このレベルの高級閣僚になると元の雇い主の悪口は言わないもの。しかし、この閣僚達は出て行った後で殆どの場合散々な内情暴露とトランプの人格に関する疑問を悪し様に書き連ねたり言い続けました。

で、今回の二期目ですがヤバい事になっている様子。二期目のトランプ政権の閣僚達は見たところ一期目とは比べものにならない程の完璧なイエスマン揃い。ただでさえ病的なレベルの肥大した自尊心を持つこの男を、宥めすかしてでも諫言する人間が居なければ一体何が起こるのかという話です。

しかも、任命に当たってはその資質や経歴(犯歴w)に疑問符が付くような連中も盛りだくさんで、任命の時点でこれほどまでに物議を醸す状態では先が思いやられるというもんです。

このバカ大統領は既に昨日の段階で連邦法の手続きを無視して監察官15人を電子メールの通知で解雇したとか。定められている30日前の事前の議会への通知も全く無視しての都合の悪い人間達の一斉解雇。大統領になった途端100連発以上の大統領令を乱射。裸の王様の権力濫用は留まるところを知りません。

バカに権力を与えるとどうなるかという最もシンプルな事例が現代のアメリカで展開されていますが、一体これからの4年間はどうなるんでしょうか。改めてげんなりです。

恐らくこの政権でも、一期目と同様利権を求めて周りをうろつく有象無象の連中達が利益相反と目した瞬間から政権を離れていく事になるのでしょう。政権の一体性というものがそんな流れの中でどう担保されるのか(他人事ながら)きっと興味深いものとなる事でしょう。

2025年1月24日金曜日

名古屋の人間の運転

名古屋走りという言葉があるくらい名古屋の人間の運転は特殊だと言われています。

ビックリしたのですが、この言葉を解説するウィキのページがありました。以前から名古屋の走りは他のエリアから来た人間には難しいとか、名古屋は運転がヤバいエリアだとか言われるし、実際にYouTubeでも以下の様な動画が挙げられています。
しかし、正直言って愛知は一人当たりの自動車保有台数が日本一である上に、実際の走行車両数もトップレベルですから、毎年愛知の事故数が全国一とか二位とか言われてもそりゃそうやろうなと思います。事故統計は出すならもう一つ、台数当たりの事故率の数字も出して欲しいもんだと思います。

それに、上のウィキを読んで思うのは全ての記述が主観的だよなというもの。その想いを強くするのは上記のビデオを視た時に、運転手さんがいろいろと述べている感想を聞いてやっぱり主観的だと思うからです。お話の中で確実に正しいのは高級車が普通に走っている事でしょうか。ただし、こんなにレクサスや外国の高級車がは走っているのはやっぱり都会だからでしょう。地方都市から出てきた人間には上のビデオ程度の道の状態でも「混んでいる」と映るようです。

実は上の猿投グリーンロードから出てきた後の道自体は全て私が何時も日常的に使用している道でして、画面上のある通過地点の脇の100mもいかないところに私の住んでいる家がある訳なんですが、この道の込み具合は実際には動画の中で視ているようなレベルでは無くて、朝や夕方はこの数倍ですから、逆に動画を撮られていた方は幸せだったのかもしれません。

私が唯一名古屋走り?と十年弱住んで思うのは左折時の左巻き込み時に幅を寄せてバイクの巻き込みを予防しない事かなと思っています。
私が免許を取得した長崎は原付バイクが異様なほど走っている街でしたので、左折時には常にバイクが自分の車両の左に居る様な状況でしたから、名古屋の様に横断歩道上の歩行者だけをケアしておけばいい様な交通状況ではありませんでした。

実際、自動車学校ではこの「巻き込み」という事に対して異様なまでに厳重に教育していましたので、それは間違いなく大きな差でしょう。名古屋では教えてないのかな?と疑問に思うくらい誰も左折前に車の左の幅を気にしませんよね。やっぱり交通状況の違いが大きいのかな~と考えてしまう田舎出身の私でした。

2025年1月23日木曜日

心に響かぬ言葉

最近、ある「偉い方」の年頭の挨拶を新聞紙面で見たのですが、読んでみた文面に強い違和感を覚えました。

それは文章が総花的で、確かに内容としては正しい事を書いていると思えるのですが、結局全部を読んでも何の印象も残らないような毒の無い記述だったことでしょうか。この文面について同僚のドクターに話をしたところ「それってChatGPTで書かれたような文章ってことですか?」という返答を受け、思わず「それって、ほんとにそうかも!」とこたえてしまいました。

という事で、直ぐにシステムを使って500字の文章を作成させました。相手はMSのCopilotですが、質問文はというと2025年の年初の挨拶を今後の医療関連の問題を解決する文言も含め500字で述べてください。というもの。すると以下のような例文が返されました。

新年、あけましておめでとうございます。2025年の幕開けに際し、皆様のご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます。昨年も私たちは多くの課題に直面し、特に医療関連の問題解決に向けた取り組みが求められました。今年はこれまでの取り組みをさらに推進し、医療の質の向上とアクセスの改善に向けて努力を続けてまいります。

特に、地域医療の充実や高齢化社会への対応、医療技術の革新が求められています。地域医療の充実に向けては、医療資源の均等分配と遠隔医療の導入を推進することが重要です。また、高齢化社会に対応するためには、介護サービスの拡充や予防医療の普及が不可欠です。さらに、医療技術の革新により、新しい治療法や診断技術の開発が期待されています。

私たちはこれらの課題に立ち向かい、持続可能な医療システムの実現を目指してまいります。皆様のご支援とご協力を賜りながら、より良い医療環境を築いていくために努力を惜しみません。

本年も皆様と共に、医療関連の問題解決に向けて取り組み、健康で安心して暮らせる社会を実現するための努力を続けてまいります。ご指導ご鞭撻のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。2025年が皆様にとって希望に満ちた素晴らしい年となりますよう心より願っております。

新年の抱負を胸に、一歩一歩前進し、共に輝かしい未来を切り拓きましょう。引き続きご愛顧賜りますようお願い申し上げます。

文章は冗長でまさに総花的。取り敢えず万遍無く各種の問題を汲み上げて単語としては入ってはいるものの、一体具体的にはどうしたいのかは一切見えて来ません。書かれている方策は全て既に行われている事ばかりで新規の改善へのアイデアは一つも入っていません。更に、使われている文章は人口に膾炙したものではありますが、それ故か既視感が強く、この文章を読んだ後にあの年頭の挨拶には何が書いてあったでしょうか、という質問をしてもほぼ全員が腕組みをして「ウーム」と唸ってしまいそうな位インパクトに欠けています。

誰も傷つけない、文法も間違いない丁寧な文章ですが、毒にも薬にもならない文章を一体誰が読みたいのか?

という感じで再び手元にある「偉い人」の書いた文章を読み返した後、改めて「じゃあお前の糞ブログはどうよ」というヤバい質問を自分に投げかけてみると、自分の脳内AIは「お前のブログはChatGPTより酷い」というのが返されてきそうです。

という訳で、明日からブログもChatGPTで…とはなりません。最近はボケ防止の為の日記になってきておりますので。w

2025年1月22日水曜日

猫が死にそうでした

昨日いきなり当直に来るはずだった医師がコロナになったとの事で当直を代わってくれと言われました。

本来はこのコロナに罹ったバイトに来る予定だった医師自身が「自ら責任をもって」当直医師の代わりを見つけておくべきだと思うんですが、一体どうなっている事やら。実にいい加減なもんです。

さて、当直せざるを得ないという事を嫁さんにLINEで送った後に驚くような話が文面で送られてきました。それによると、夜中にネコがバタッと目を開けたまま倒れてしまい、息をしていなかったとの事。たまたまその脇に居た次女が口の中に指をグッと突っ込んだところ毛玉のようなものに指があたり息を吹き返したとの事。

結果を聞いて正直ホッとしました。ε-(´∀`*)ホッ

よくまあ、娘は冷静にネコの口に指を突っ込んで冷静に出来たもんだと正直感心したのですが、それを当直明けで帰宅した時に直接次女に伝えたところ「凄いでしょ!」と鼻高々。まあ、子供です。w

それにしても、一歩間違っていたら家族の誰もそれに気付く事無く冷たい骸になっていた可能性が大な訳で、そういう意味では正直「運が良かった」し、娘のアクションも「適切」だったと思えます。

何時も何時でも自分の体をペロペロペロペロと舐めまわしているのはいるのは知っていましたが、ザラザラの舌であんなに大量に抜ける毛を舐め続ける訳ですから、そりゃあ胃や下部消化管の中に毛も溜まるでしょうという話。確かに今までもケポーッという感じで黄土色のウンチの様な筒状のゲロを稀に吐いていましたが窒息することは有りませんでした。orz

そこで、ネットで獣医さんの書き込みなどを調べると以下のような文章が見つかりました。

毛玉がうまく排出されないと、塊状の毛球となって胃の中に停滞します。そして胃粘膜を刺激し、嘔吐や食欲不振を引き起こすことも。この消化器症状を毛球といいます。ごくまれに、胃の中の毛球が胃を通過して腸に入り込み、そこで詰まって腸が壊死を起こす「腸閉塞」の状態になることも。そうなると開腹手術を行い、詰まっている毛球を取り出すことになってしまいます。換毛期の猫や長毛猫が多くなりやすい毛球症ですが、同居猫の毛づくろいをする猫も注意が必要です。

とのことですが、こういうのを読んでると確かにイレウスのリスクがあるんだなという事が理解出来ました。

取りあえず嫁さんは一度獣医に連れて行って診察をしてもらったようですが、特に問題は無かったようで何よりでした。命というのは実に簡単な事で消える可能性があるのだという事を改めて実感させられた日となりました。

2025年1月21日火曜日

中居とTV局

何を今更?という感じです。

恐らく多くの日本人も「どの口が言う?」という感じでフジ・テレビの言い訳を眺めたんじゃないでしょうか。

先日、静止画で放映されたという(最初は視る気も無いのでニュースを読んで知りましたが、ちょっとだけYouTubeで視てみました)ものは、まあ、正直見るも無残な…という表現がぴったりくるような酷い会見。恐らく、数多ある今までの「こういうのはやっちゃ駄目よ~」という釈明記者会見の中でも十指に残るであろう感じのもの。メディア史の年表に載る様な無様で惨(むご)たらしい程の会見でした。

こんな記者会見をセッティングした会社の幹部達と云うのは真に世間と己達がどれほどズレているのかという事を見事なまでに見せつけてくれたよな、っていく事が良く解りました。要するに体裁を繕って、当たり障りのない修辞を並べ、答えるのに窮するような場面では他人事のような説明を繰り返す事と先送りに終始するというズッコケぶり。

いや本当に、この人達は今まで世間で流されてきたこれやっちゃ駄目よ!という様な会見の事例を全く見てきていないんでしょうかね?

マスゴミの連中というのは己達で勝手な世論を捏造し、ある事無い事言い触らし、他人を攻撃する時はプライバシーも何もあったもんじゃないのに、己の失敗の良い訳となるとまさにこの体たらく。

ホントにマスゴミなんて日本に害為す寄生虫そのものですね。ういや、図体のデカさと質の悪さからすれば寄生獣か?

人の触れられたくないプライバシーにズカズカ踏み込むな。データの検証や証拠の確認の無い話を特報とか言って流すな。所詮スポンサー企業とズブズブで悪口なんか何も言えないお前らが公共の電波を丸々使ってXX芸人とか使って下らん商品宣伝番組とかするな。己の闇を全く説明できない屑の分際で上から目線で説教するな。目立ちたがり屋のトンデモ医者やまともな研究歴の無い大学教授なんかをあたかもその分野の権威であるかのように椅子に座らせて顎が落ちるような嘘をつかせるな。己が放送で言い放った話に関してそれが間違いであった場合には検証も何もせずにあたかも最初から何も無かったかのような顔をするな…。

もう、マスゴミへの文句を書き出したら幾らでも書けるんですが、この害獣共が今回の中居の件で叩かれまくってスポンサー全落ちとなる事を心から祈るものです。無論、このバカ社長の引責辞任どころでは済まされないでしょうが。若い皆さんは御存じないと思いますが、バブル時代の昔にはフジテレビが楽しくなければテレビじゃないとかいうタイトルのもと視聴率三冠王だった時代もあったのですが。堕ちるところまで堕ちたもんです。w

こんなところが潰れても社員とその家族以外は誰も困らんでしょうし、なんなら今回のトンデモ案件に類似した件を抱えているであろう同業他社も一緒に潰れて頂ければ日本は随分と良い国になるんじゃやないでしょうか?わりと真剣にそう思います。

フジだけがこんな感じで同業他社がコレと類似したことを「まったく」やって無いとは欠片も思えないんですけど?

ま、これで中居は消え、最近目立ってきていた松本の復帰の目途も完全に消えました。しかし、彼らは既に十分金貯めてるでしょうし特に復帰なんてしなくとも生活には困らんでしょうし。

今日もヤレヤレです。w

2025年1月20日月曜日

アメリカ帝国主義

遂にトランプの再任時代がその動きを見せ始めました。

互いの陣営がSNSその他のメディアを駆使して日本では法的に禁止となっているような昨今の種々のメディアを効果的に使い合ってお互いに札束で人の一票を拾い合うような選挙戦を繰り広げた挙げ句の僅差の戦いでした。

総取り方式ですから、実数では僅差でもアホなメディアの地滑り的勝利などと云う報道とは違って、実際の得票数差はトランプvsハリスで50.2%vs48.1%というものであって、獲得選挙人数の312人と226人というような目立った差ほどの差は実際にはついていないのです。まあ、こういうのは前回のバイデン勝利のときも同じようなものでしたが、この選挙人制度というのは本当に何じゃろ?というのが正直なところです。無論、アメリカの歴史的な経緯の積み重ねなのでしょうが、本当にこれが良い制度なのかは私には謎でしかありません。

さて、再始動し始めたトランプ政権ですが、私から見ると単なる白人主体の帝国主義国家にしか見えません。かなり昔からバカでもお金があればなれるのがこの国の大統領だというのは世界中で有名ですが(日本も同じか?w)、今回は特になりふり構わずという感じでクラスに1人はいる嫌われ者風のアメリカらしくてよかったです!(^^)

赤い国のプー珍大統領も中国のプー首席もアメリカのトランプもホンマに何も包み隠さず己の国の私利追求、国益追求を隠そうともしません。なんだか世界中が100年前に時計を巻き戻したような状況になっていて、誰もこれを止められない…。

しかもトランプは初日から大統領令100連発の狂乱状態。民主主義というのは衆愚制の大原則だというのも理解していますし、長い歴史をかけて獲得した貴重な権利だというのも解ってるつもりですが、その結果がこれじゃ~って感じで、なんだか脱力です。

しかし、この大統領令も(いつもの様に)ポーズレベルのものに終わる可能性はかなり大で、議会が執行予算をつけなければ終わるし、最高裁が違憲と出してもアウト、更には市民レベルでもガンガン提訴されるでしょうから。それでも、最高裁や議会上下院ともこのオッサンの所属する共和党が支配している訳でなんだか空恐ろしいです。

少なくともこれからの4年間、どんなアメリカが出現するのか怖いもの見たさレベルで見つめていくつもりです。ヤレヤレorz

2025年1月19日日曜日

大人になって気づく事

若い頃には気付かなくても、本を読んだり経験したりするうちに「だよな」っていう感じで腑に落ちる事があります。

それが真実なのかどうかなんていうのは脇に置いておいて「自分なりに悟る事」とでも言い換えたら良いのでしょうか。そういう事は歳をとる度にある程度は積み重なっていくものだと思うんですが、私的にはその中の一つに「他人は自分が思って居るほどあなたの事を気にしていない」というものがあると思います。

こういう事は自分の経験や生きてきたバックグラウンドが異なれば違う結論を得るでしょうから、私と反対の結論に到達する人も当然居る訳で、何れが正しいというものでも無いでしょう。

齢を重ねるなかで、人の目を気にして短い人生を送る事、またはそういう生き方をする人々の行為のアホらしさというものをみてしまうと、生物というものは何とも自分の小さな欲を満たす方向に生きる事に流れていくいじましい生き物だなと思ってしまいます。^^

その時代その時代の短い時の流れのはざまで孔雀が羽を拡げるようにいろいろな形で自分を飾り老いていく。その羽はブランド物の服であったり靴であったり、家であったり車であったり地位であったりするのでしょうが、当然ですがその何れも墓に持っていくことは出来ません。結局、後世に残せるものは自分の頭と体が作り出した作品や行為だけ。

目立って残るだろうと推測されるものとしては学術的業績、思想、遺伝子の乗り物としての子孫、特許、建築物、美術、育てた人物達などの諸々のアウトプットなのでしょうが、結局そこには個人の栄誉というのはほぼ関係ありません。例えあってもその時点では殆どの人は既に墓の中でしょうし、生きている間にその人が生物として栄誉を受けてもそう遠く無い未来には墓の中。栄光はその人のヒストリーには残っても本人の上に輝くのはごく短い時間。死んだ後に有名になるなんてのも日常茶飯事ですし。

ちょっと話が飛ぶようん思えるかもしれませんが、そう考えると逆にネットで流行りの人になろうと誹謗中傷を受ける事になろうと、それを気にする事などというのも実は下らない事なのだという気がします。

そもそもエゴ・サーチを全くしない上に、人の話を聞かない人間である私のようなタイプの人間にはネットでの誹謗中傷が鬼の様に降り積もって来ても見もしないでしょうから、傷がつかないような気がします。インスタ、X、FBの何れのメディアもインストールはしていますが、ほぼ年に数回、しかも気まぐれでしか見ないような人間には恐らく声自体が届きませんし。

今回、こんな事を書いたのも、兵庫県知事の斎藤関連の事件に関わった元県議の方がSNSの誹謗中傷に耐え切れずに自ら命を絶ったのではないかというニュースを視て、また多くの人達が組織の中の裏アカウントなどで語られる自分に関するある事無い事を気にして鬱になったり不登校になったり、出社拒否、果ては命を絶ったり等という話を聞いて書いたものです。多くのネット上の噂で苦しむ人々は恐らく物凄く気になった挙句、ネット上の自分の噂を恐る恐る経時的に見返してしまうのでしょう。

しかし、私は言いたいです。誹謗中傷「気にするな」「ネットなんか見なくても生きていける」と。人の視線を気にしない生き方を選んで欲しいとオッサンは思うのです。

人の噂も75日。デジタルデータで残される糞の垂れ流されたような誹謗中傷も無数にある事でしょうが、やがて確実にそのような事象に対する法の反撃手段が整備される時代が来ることでしょう。それに、そんな事を書き込む輩というのは老若男女誰であれ99%は「なーんも考えず」書き込んでいる事でしょう。開示請求を受けて己が読み返しても「自分が書いた?」というような人間も沢山。しかも、そんな連中はほぼ全員が何の社会的影響力も無い様な有象無象であることは今までに逮捕された連中の顔ぶれをみれば何よりも明らかな事実です。法に反撃を受けると青い顔して縮み上がるバカばっか。w

結局、褒められようと謗られようと大したこと無いのです。人は忘れ、噂は消え、それを流した人々も老い消える。世の中そんなもんです。時間が経てば多くの事は二転三転しつつも真実が炙り出されるもの。時の神は本当の正義はどこにあったかを最後には必ず示すものだと私は思っています。

2025年1月18日土曜日

アマゾンでゆるキャン△

アマゾン・プライムVideoでいろいろな動画のタイトルを眺めていたら「ゆるキャン△」というタイトルがsuggestされてきました。

このブログにも書き込んでいるように、最近はゴソゴソとソロ・キャンを試している私ですので、こういったタイトルを見るとまたまた己の「小さな」キャンプ魂に火が点きます。

今シーズン2の後半部なのですが、気になって調べてみるとそもそもニコニコ動画で始まったキャンプに関するアニメとの事。何はともあれ私にとっては愉しみが増えた訳で結構です。同じようにサーチしていたら実写物の「二人ソロキャンプ」というのも出てきて、(未だ二話だけですが)これはこれで面白いですね。

ただ、こういう物語ではキャンプ地周辺のちょっとした紹介だけでなく、キャンプの設営とその後の食事の描写が良く出て来ます。

問題はそのうちの食事の描写部分でして、これが一話に何度も出て来ると、夜に読む池波正太郎の小説の様に腹が減って仕方なくなってしまう瞬間が波状攻撃のようにやって来るのです。その攻撃に負けてしまう事が時々起きておりまして、負けて美味しいもので胃袋を満たした後に、キャンプものビデオを視る愉しみの中に悔恨を残す事態が発生する事となります。orz

それでも、次はここ行ってみよう!ここにも行ってみよう!というエリアやスポットが次々に紹介されてきますので、家の中に居てソファに座りながらキャンプをしている気分になると共に、次のキャンプ地への夢が際限なく広がっていきます。

さて、まだまだ寒い中でのキャンプが出来る良い季節。愛知・岐阜・静岡・三重、どこでも行けますが、私にその決意はあるのか?ヘタレです。

2025年1月17日金曜日

阪神・淡路大震災の30年祈念日

「あの日」からもう30年も経ったのかという感じです。

あの日の事は何回か書きましたが、いろいろな記事を読んでいるうちに、あの日を境にいろいろと防災に関する基準や準備形態が変わってきた事が書いてある記事を見つけました。(この手の日本の記事は何故かニュースのリンクからはかき消されていくので、概要を抽出してメモにしておこうと思います)

それによると、この大震災を契機として大きく変わってきた事としては・・・
  • 【ボランティア元年】本当にこの震災以降、多くの人々が「自分の意志で」被災地応援に出るようになり、企業もそれを有給として認めるようなシステムが出来上がりましたよね。
  • 【震度階級に「5強」などを新設】1996年4月に体感による観測が全廃され、震度計による観測に完全移行。幅が大きかった震度5と6にそれぞれ「弱」と「強」を設けて10段階化。
  • 【東京消防庁にハイパーレスキュー創設】今では海外にも派遣される高度なレスキュー・スクアドロンになりました。
  • 【災害派遣医療チーム(DMAT)発足】この部分は我々医療従事者も大いに関係しているところです。東北大震災では私の勤める病院からも精神に関するケアを行うDPATというのが出ていきました。しかし実際にはもっと多くの医療福祉関連のアシストシステムが構成されています。
  • 【カセットコンロ・ガスボンベの規格統一】この時を境にJISが統一され、どのカセットも互換性がもたらされたという話。シンプルな話ですが、重要な一歩です。
  • 【水道レバーが「下げ止め式」に】今では普通になったこの形式。記事を読むとナルホドと納得ですよね。
  • 【地震保険が普及する】これも今では持ち家を持つ人にとっての当たり前になった感がありますが、その普及率は今後も大地震ごとに上昇するのではないかと思います。運転時の自賠責保険の様にMUSTにするのが本来の姿ではないかなとは思うんですが、いくらそうしても自賠責同様に入らない奴は入らないのでしょう。
等々と出ていましたが、高速道路なども以前とは比べものにならない程の設計基準や補強が為されているのは皆さんの日常で橋脚補強工事などをしているのを見れば一目瞭然かと思います。また、民間レベルでも「防災意識」というのは格段に変わってきているという実感があります。

苦しみを経る度に強くなる災害大国日本。今後も強くなっていって欲しいと思うのですが、それは災害を経ずに…という想いが当然。何時かは判らなくとも必ずここ名古屋も巨大地震に襲われます。その時に先達の被災の記録が大いに役立つことを心から望むのです。

我が家はどうか⁉実際に多くのものが準備されていますが、更にストックその他を増やしていきたいと思います。

2025年1月16日木曜日

やっぱり思い込みはダメですな~

嫁さんと二人で近所の銭湯に行ってきました。

仕事を終えて家に戻った時点では、娘達二人は昨日から東京に行って来日中のアメリカ人の女性タレントのライブに行った帰り道で、丁度名駅に到着した位の時間でしたので、まだ家には着いていません。また、息子はと云うと本日はお泊りに出ておりますので、家には珍しく私と嫁さんの二人でした。

そこで嫁さんとしては料理を作らず手を抜けるという意味で是非とも外出したかったのでしょうか、ともかく意見に乗って温泉に行くことに致しました。w

尤も都市型温泉としての最近の銭湯に入りに行くという事自体は私も大好きですので、一時間のリラックス・タイムをお金を払って手に入れる事に異存はありません。しかも「それなり」に美味しいご飯を風呂上り直後に食べられますからね。^^

さて、今日も湯あたりしないように気を付け乍ら風呂に浸かり続け、10回くらい浴槽を変わったところでそろそろ45分ほど経過。嫁さんとの約束はこれ位のセッティングにしていましたので、ゆっくりと風呂を上がる準備に切り替えて体をシャワーでひと流しして着替えを済ませ外に出ると一分もしないうちに湯上りの嫁さんが女風呂から出て来ました。

そこで二人そろってレストランに入って飲み物と食事をオーダー。嫁さんはもつ鍋、私は月に一度は食べたくなるとんかつを食べ始めました。途中で嫁さんは注文したセットの量が多すぎるからと私に料理を押し付け始める始末。まあ、仕方なく食べましたが…。

しかし、そこで気付いたのは周りに意外と妙齢の一人きりの女性の多い事。一人で風呂に入りに来て一人でご飯をサクッと食べてまた一人で車を運転して帰っていくのでした。

我々が食べ終わって、銭湯の会計を済ませて出ていこうとするとこれまた若い女性が颯爽と一人で入って来て手慣れた感じでズンズンと歩いて擦れ違っていきました。思わず嫁さんに「なんか一人で来てる女性多くないか?」と話してみると、彼女も同じ事を感じていた様で私の質問に同様の言葉で返してきました。

20代から40代の若くて美しい女性達がたった一人で次々に温泉にやって来て風呂とご飯を愉しんでサクッと帰っていく。なんだか俺たちの若かった頃とは世界が違う事だけは確実で、男だから女だからなどという思い込みはとんでもない事だと「改めて」悟った夜となりました。

時代はこうやっていろんなところで変わっていってるんですな。

2025年1月15日水曜日

値段の上がり方が異様なガソリン

ガソリンの価格上昇に対する補助金の廃止で今日をもってガソリンの値段が5円ほど上がるという話。

ちょっと前に一段階目のガソリン価格上昇に対する補助金の打ち切りがあったばかりなのに、もう一段階のブーストがかかる事になります。
紫が全国平均。赤が愛知の平均!安めです。
上のグラフはここ数年のガソリン価格の推移を著したものですが、実際は急激にガソリン価格が「今より」急上昇している時期があります。勿論、これはあの赤いデカい国とウクライナの戦争によるものですが、実のところ戦争が継続されているにもかかわらず、暫くすると価格は急降下。

その後しばらくは精々5円の幅も無く推移していましたが前回の第一段階、そして今回の第二段階で見事に再度の急上昇。ウクライナ戦争の頃の急上昇の半分くらいにはなる感じですよね。

ガソリンには遥か太古より「臨時課税」がされて高速道路の様に永遠に課金され続けていますし、その上にさらに税金を二重に課金されるというトンデモアイテムとして財務省にとっては銭の溶け出て来る打出の小槌そのものです。

この臨時課税が無くなると今の値段から凡そ25円値段が下がると言われてますが、こんな値段で25円下がっても何か数年前に戻っただけ?という感じになるのではと感じています。私の場合、レギュラーでは無くて軽油を使うディーゼル・エンジンなので、更に25円ほど安い感じなのですが、流石に最近高くなってきたな~と実感します。

この暫定課税も来年には廃止されるとの事ですが、さっさと今年からやれよ!と思うのは私だけでしょうか?

2025年1月14日火曜日

眠れない当直

病院の当直のシビアさはその日の運にも依りますが、当番に当たった時の当直師長のクオリティーにも大きく左右されるのです。

実のところ、師長の「知性」に依拠すると言っても良いでしょう。余りにストレートな言い方かもしれませんが、愚かな師長に当たると頭を抱え込むようなとんでもない夜を過ごすことになります。

当直の日には病棟で起きた各種の問題の性質に応じて各医師に仕事が振り分けられるのですが、例え日本人であっても日本語自体の理解力に各人それぞれが大きな差を見せてくれます。その上、一を聞いて十を知るレベルの人物と十を聞いて一しか理解できないような人物との間ではビックリするほど「仕事の捌き具合」に差があるのです。

ですから、当たりの師長に当たった時の仕事のスムースさと外れの師長に当たった時の仕事の惨めさはまさに天国と地獄。翌朝の疲れ具合が全く違うのです。

しかし、こういう事を本人達に直接言う訳にはいきませんので~黙ってる訳ですが、経営陣や看護部の連中は一体どうやったらこんな人選が出来るんだ?と心の底から呆れる様な人選が「混じって」いる事は目の前のシンプルな真実です。

コレも事実ではあっても大きな声では言えない事の一つなのですが、今の師長の学歴のバックグラウンドは実に様々。学歴が何だという声が聞こえて来そうですが、ある一定以上の職種においては基礎学力というものが絶対的に必要なもの。勿論、人間対応力が必須である事は大前提で、その上で「言語や病気を理解するため」のある程度の基礎学力が必要なのが主任や師長等という職種。

無論、看護部長などになってくると本来は経営や法などのある程度の知識を持っている事も必要なのですが、それはなる前後で講座を受講したりテストを受けて磨いていけば良いので後付けで結構。しかしそれを獲得するにはこれまた理解力というある種の知能が必要になってきます。

本来、これらの職種に適した人間の人選の為には「テストやインタビュー」というセレクションのステップが必須なのですが、当病院は全くの恣意的な人選。ヤバいですよね。この点、今回理事長との話し合いで変えていくように話をしたのですが、どこまで変わるのやら。

実際の所まさにヤレヤレってところです。w

2025年1月13日月曜日

田舎の大地震

昨日九時過ぎにPCの画面に向き合っていた時にスマホが鳴りました。

災害時に音が鳴り響くようにしている特務機関NERV防災何かを知らせてくれました。私の場合、登録している災害発生地点は名古屋、長崎、宮崎ですので全国でデカいのがあった時以外は主にこの三地点で何かが起きたことになります。

しかし、名古屋は自分の居るところですし、地震やその他の大災害がココで起きていないのは判り切っていますので起きているのは田舎の二地点。そして画面に出てきたのは以下のもの。
何という事でしょうか!両親が住んでいる田舎では無いですか。しかも震度が5(-)でマグニチュードも6.9(のちに6.5に変更)となっています。昨年も8月に大地震が発生していますが、その時の記事はココに書いています。前回は8月8日で、震度は6(-)マグニチュードは7.1ですから今回のものよりも大きかったんですが、こんなに短期間に二回も大地震が起きる事自体が不気味です。

親父に音声でラインをすると、珍しく直ぐにピックアップして応答してくれました。それによると「びっくりした~。テレビが揺れて揺れて倒れて来るかと思った!」との事。実際、立っていられない程では無かったようですがデカい事には間違いなかったようです。

その後は以前も話したように頭上から何らかのモノが落ちてくるような状況にはなっていない事を再確認してもらい、その心配が無い事を眼の前で確認して貰って通話を切りました。

実家は平屋で鉄骨構造ですからよっぽどの事が無い限り家が潰れるような事は無いはず。しかし、落下物などが発生した時にはその限りではありません。

しかしまあ、何はともあれ今回も大事にならずに済みました。^^

今回の大地震に関しては南海トラフとは関係ないという発表がありましたが、果たして本当にそうなんでしょうか。正解は「誰にもわからない」というのが答えだと思うんですけど、個人的には親父達が生きている間にはそんな大地震は起きて欲しく無いなというのが正直なところです。

2025年1月12日日曜日

郡上八幡へ親子三人で

岐阜への旅行第N弾となりましたが、郡上踊りで有名な郡上八幡へ行ってきました。
江戸時代と言っても良い風情があると思います
名古屋とは異なる雪景色はやはりこのエリア独特のものですね。
この景色に雪が被さると別格になります。
写真が下手すぎて風情を伝えられません…。orz
そもそものきっかけは嫁さんの希望による「レトロアート館」訪問。その手前には食品サンプルを作るサンプル館があるのですが、勿論一回の訪問で二つを訪れることが出来ます。所謂サンプル館の第二章としてのレトロアート館。

先ず見たのはサンプル館でしたが、可愛いんですよね。
これはほんの一部ですが、全部の壁に色んな種類の食品サンプルが置かれていました。
美味しそうなサンプルがキーホルダーにされていたんですが、買ってしまうと息子が食べそうなので買いませんでした。w
奥には昭和レトロそのものの展示物が大量にありました。一杯!一杯!
教科書類。いろいろな時代のが混ざっていますが、結構新し目でした。
幅広い時代のレトロなタバコの数々。

駄菓子屋です!あったな~という様なモノばかり。(^^)
外に出て残雪の上を三人で注意深く歩きながら古風な郡上の街中を歩きながら美しい水路を見たり、途上で入った酒屋さんでコレというようなお酒を買い込んで回りました。それにしても、三連休の真ん中に当たる日曜日だというのに食べ物を食べさせてくれる店が本当に少なくてちょっとビックリしました。

それでも、この街は訪れるのには良い街だなと思いました。訪れる場所の半分も体験しないままで帰りましたので、今度は春や夏に遠くお山に見えた郡上八幡城の御城観光も兼ねてまた行こうと思いました。

郡上踊りの日に行ったら混雑で大変なのかな?やっぱり。



2025年1月11日土曜日

酒に溺れる人達

文字通り「溺れる」という言葉が至適でしょうか。

アルコール中毒の患者さん達の事に関しては何度もここで書いてきましたが、残念ながら多くの患者さんは上に書いたような「溺れる」状態から逃げる事が出来ずに亡くなっていく人が本当に沢山います。

つい先日も物凄い肝機能障害で入院して来たある入院患者さんを治療して数値上は落ち着いたものに戻せたのですが、退院して外来通院に切り替えると再びダメになって戻ってくる人も。実際、治療のターニングポイントは肝硬変になっているのか否かが大きな運命の分かれ目。肝硬変が進行し、肝細胞が線維化して来ると今の医学のレベルでは線維化そのものを戻す方法は「一般的な臨床応用」は出来ておりません。

実験屋としては線維化したものを戻す方法と云うのは夢の一つだと思うのですが、線維化したものを元に戻すのは死体を生き返らせるようなもので、実際にはiPS細胞を使った再生医療を進めていった方がなんぼか近道という気がします。

あとは肝移植なんでしょうが、アルコール依存者の移植では元気な肝臓を移植して折角イイ感じになった移植後の患者さんが再び酒の海に溺れて…というパターンを見ますので、やはりこの「依存」の部分を何とかしない事には金と手間と時間だけが無くなって再び死へ向かうだけの話なのです。

患者さんには依存症のサークルを通じての治療やアルコール教育などが積極的に行われていますが、文字通り画餅に終わる事も頻回で、その教育が終わった晩に悪い酒飲みが周りに集まって来て「退院おめでとう!」と乱痴気騒ぎをするパターンも嫌という程見てきました。

こうなると酒の無い世界に連れて行ってやるくらいしか彼らを助ける道は無いのでしょうが、そんな世界は禁酒法時代のアメリカにも有りませんでした。ましてや今の時代、コンビニは24時間近所に開いてますからね。

患者さんと話をしていて空しくなる事は頻回ですが、最近はどしちらかというと牧師さんの気持ちがわかるようになってきました。見送る側の気持ちと言うべきでしょうか…。


2025年1月10日金曜日

ぶっ飛びの焼鳥屋

今日は職場の若い人がセッティングした小型の新年会に行きました。

行き先は池下。行く人間は私を含めて四人。それぞれ職場では持ち場は違うものの、仕事での接点は最も濃い連中の集まりです。

どんなところに呼ばれるのかと思ってネット上のマップで指示されたところにいった所、一見すると何もなさそうな所に隠れ家のような感じで店がありました。一見して「オシャレ」と判るミニマリズムを基調としたお店。御主人の主張が見える造りです。中に入ると既に残りのみんなは座っていてそれぞれ一杯だけビールを飲んでいました。

私も座って新年会の開始となったのですが、最初に出てきた皿から美味しい串の登場で、そもそも素材が珍しい鳥のオンパレード。確かに一つ一つが美味いし、ナルホドと思われる味でした。

席上話された四方山話はなかなか面白かったのですが、今の院内の人、仕事等の細かい情報が生々しく語られて少々疲れました。まあ、良いんですけどね。

二時間ちょっとで食べ終わって出て行く時には一枚のお会計の紙が出て来ましたが、税込み4万4千円でした。17本の串が提供されたのですが、高級な食べ物はちょっと味が違う、というか値段なりだなと思いました。^^

この後は雪が降った今日の名古屋の寒空の中を二次会の場所を求めて少し歩いたのですが、結局私からのオファーでいつもの覚王山のお店へ。ここでも一時間以上話し込んだあと散会。新年会らしい新年会でした。

しかし!やっぱり自分が一人で行くような店というのにこうやって知り合いを連れていくもんではありませんな。時分ひとりの場所は常に自分ひとりで…。いろんな意味で反省致しました。


2025年1月9日木曜日

現実を見ろ

夢を語るばかりでは何も進みません。

そもそも~と言う話をすれば、目の前に迫りくる厳しい現実から目を背けていては時間が経つと共に「取り返しのつかない事態」になるのが毎度の事です。

実は今、私の勤める病院でもソレがかなり高い確率で現実になろうとしています。計算や未来への予測が全くできないボンクラのXX長と同様のレベルで暗愚と言えるレベルのXX次長。ヤバい組織アルアルなのですが、この二人のトップは就職に当たって何のセレクションも受けていないタダのゴマ擦り男達。(そうやって人間を集める病院側も病院ですが…)

XX長の方は理事長が来た時にただ付き従ってゴマを擦るのが唯一の仕事。会議でも座っているだけで何も喋りません。XX次長の方はというと、資格を取得するチャンスを与えられても学力等というものが全く無くて、講座を受講し始めてあっと言う間にXX病になって長期間仕事まで休んでしまうレベルのお粗末君。w

この連中の後に入職した人間達はセレクションを受けて入ってはいるのですが、その人間達はほぼ全員がこのオッサン達が余りに無能である事はほぼ全員が理解しているという世界。

規模のデカい組織だからと言ってそういった組織が潰れないというのは全くの幻想であるという事は古今東西のありとあらゆる組織の事例が「全く枚挙に暇が無いレベル」で提示されているのですけれども、目の前にある危機を理解、解析しようとする能力に全く欠けるこの少数のダメトップには糠に釘、暖簾に腕押し状態です。

心ある人達はこの状況を何とか変えようといろいろな手を裏で打っているのですが、このボンクラXX長は「俺を通さない案件を理事長に上げるな」というバカに有り勝ちな台詞を吐いて脅しているようです。w

アンタが握り潰すから問題が理事長に上がっていかないんだけどな?

2025年1月8日水曜日

実は名古屋の救急は今ヤバイのでは?

この数日何だか救急を巡って名古屋はとんでもない事が起きているような気がします。

実は数日前から当院に対して受け付け切れない救急の患者を受け容れてくれないかという要請が何度も何度も立て続けになされています。私のメインで勤める病院は三次救急レベルの内科は有りませんので、そこは人的資源も割けないし、ベッド数も何百床もあるようなレベルでは無い事を自覚しての受け容れをしなければなりません。

出来ることは出来る、出来ないことは出来ないというしっかりとした線引きは病院のそれぞれの能力・目的に応じた人命の救助というものがあって、それを解っていないと人命にかかわる重大インシデントを引き起こす可能性があります。要するに「医師としてお前が自分の親であっても大丈夫と思える患者さんを治療する事」という事でしょうか。^^

とりあえず、向こうの病院の先生が準備して下さった書面に目を通し受け入れ可能な患者さん達に関しては可能な限り対応させていただくことにしました。いつも当院からの対応困難なレベルの患者さん達に対する診察加療をそれぞれの専門領域の医師としての立場から行っていただいて居りますので、これ位はお手伝いさせて頂こうというというようなものです。

さて、表題のような事を考えたのは実はこのインシデントだけではなくて、バイト先で各家庭の訪問診療を行うために名古屋の街中を移動していた時の事に関係しています。それは何時にも増して異様な数の救急車が走り回っていたからです。

通常は遭遇しても一件有るかないか程度なのですが、その日はナント5台!も遭遇したからです。確率論的な事に関しては何とも言えませんが、その日の遭遇回数はいくら何でも・・・と云う位の回数だったことが印象的だったのです。

そして最初に書いたような大きな病院の救急システムからの受け容れ要請の頻度が通常とは遥かに異なる事を考えると、この時期であれば呼吸器感染症や寒波襲来に関連した循環器系等の疾患増によるベッド数の圧迫等を推定したくなるところです。

このような多くの三次救急が存在する大都市でさえこの状態では、病院数の少ない一部の地方自治体では一体先生方はどれほどの自己犠牲を払われているのだろうかと他人事ながら心配になってしまいます。

とは言え、厚労省も財務省も医療に金を使うつもりはサラサラ有りませんので、これから先はいろいろな医療資源に纏わる悲劇が「新たに」出現する事でしょう。


2025年1月7日火曜日

患者さんの御家族からの手紙

今迄に何度も患者さんやその家族さんからお手紙を頂きました。

私の様にアメリカら帰国して10年も経っていないようなペーペーの人間でさえ何度もお手紙を頂いている事を考えれば、何十年も医師をされてきた先生方などは全員では無いにしても相当お手紙を頂く方が居られるものと思います。

そんな中で、今回は亡くなられた患者さんの娘さんからあるものを頂いた中に短い手紙が添えられていました。

あるものと云うのは驚くほど上手に作られたシフォンケーキ。年末に頂いたものでしたが、高さが20センチ程度の背の高いケーキで、ケーキの上には可愛い飾りが乗っかっており、奇麗にラップされていたのですが、その箱の外にこの短い手紙が添えられていました。

実は精神科の先生から終末期間近になってしまっていた高齢の患者さんの事でコンサルを受け、結果的に最後の3週ほどを私がお世話させていただく事になったのでした。超高齢であるだけでなく、残念ながら既に一般状態は宜しくない状況で実行可能な手立ては殆どなかったのですが、(恐らく)苦しまれる事も無くグライダーが地上に着陸されるが如き穏やかな最後となりました。

私自身は、その夜にその病棟に居た訳ではなく最後のお見送りをさせていただくことも出来なかったのですが、それかあら暫くして頂いた娘さんからの心のこもった手紙は私の無力感を癒して尚余りあるものでした。

病院のような命の遣り取りをする職場に勤めていると、患者さんやその親族さんからのちょっとした感謝の言葉に癒されますし、その逆の場合は傷ついたりもします。まあ、普通の人間という事なんですが。^^

こういう経験を繰り返していると、己も「もっと人に感謝を感じるだけでなく、感謝を表さないといかんな」と反省すること頻りなんですが、育ちの悪い根っから愚かな人間であるためか、そういうあるべき姿からは程遠い愚か者だよな…と落ち込む日々です。

2025年1月6日月曜日

嫁さんと近所に焼き肉食べに出たのですが・・・

今日は仕事が終わって嫁さんから誘われて近所に夕食に出ました。

最初は我が家の猫の血糖値を測定する予定だったのですが、夕方三時半ごろになっていきなり他の病院からの依頼で急患の転入院の相談があった為、その患者さんを受け容れる事でペット病院の診療時間を大幅にオーバーする事が確実になった為、それは中止してその代わりに…という事で食事に出る事にしました。

藤が丘駅なら近いしという事で雨のしょぼ降る中をそれぞれ傘を差して移動。安くても不味いと判っている店は避けて少しだけ歩いたのですが、結局「焼肉食わん?」という私の一言で、ほんの少し前に行ったばかりの煙力に入っていきました。

中に入ると、年末で満員だったこの前とは打って変わって5割くらいの入り。直ぐに店に入れてそのまま奥の咳へと案内されました。早速注文をしようとしたのですが、ここで小さな問題が。

我々の横には6人のオジサン達が座っていたのですが、この6人が滅茶苦茶大声で話をするものでうるさいうるさい。まあ、ここは叙々苑のような高級焼き肉店(行ったことは有りませんが、想像ですw)ではありませんので、静かな雰囲気とは縁が無いのも仕方は無いのですが。

聞きたくなくとも聞こえてくる隣の話を聞いていると偽痛風の話やその他の健康問題の話。病院でどういう風に診察を受けて、偽痛風とは何で~等から始まって、自分の病気の話や薬の話など出てきていたのですが、これが結構ボロボロの間違いだらけ。やっぱり、医師以外の人の疾患の認識ってこんな感じなんやなというのが良く解る様ななかなか堂に入った素人談義でした。私としてはかなり参考にはなりました。^^

さて、二人でアルコールは一杯ずつ飲んで、肉をたくさん食べて二人とも腹がくちたところで現金ニコニコ払い。さあ家へ戻る?という話をして店を出ようとしたところで問題発生。

ナント、それぞれが差して店へやってきたのですが、その傘を差そうとした時に嫁さんの傘が無くなっている事に気づきました。

この傘は息子が施設通所するときに移動支援の方が差して下さる大きい傘で、結構使いこんでいたもの。息子の名前もしっかり入っていて、とても盗んでいくような代物では無かったのですが?まあ、取られてしまったものは仕方ありません。間違えて持って帰った位に善意の解釈で諦めるしかないのですが、嫁さんは愛着を持っていた様でショックを受けていたみたいでした。

美味しいものを食べた後の小さな打撃。なんだかな~という終わりになってしまいました。orz

2025年1月5日日曜日

初めてのプロ・バスケットボールリーグの観戦

先日、あるネットのサービスでB.LEAGUE(日本プロ・バスケットボールリーグ)の名古屋での2チームの試合を観戦できるチケットが配られていました。

一回のチャンスで4名まで入場できる素晴らしいチケットで、何とも太っ腹だなと思ったのですが、これは当然次のチャンスがあればチケットやシーズン・チケットを買ってもらえればというプロモーションそのものである音は明白。

我々ファミリーもアメリカではカレッジ・バスケットボールを「実際に見る事で」興奮する事ばかりでした。マイケル・ジョーダンが比較的出来たばかりだった頃のWizardsで生涯得点2万点目?を達成した瞬間も見届けています。ですから、少しはバスケの面白さに魅了された個人的な歴史もありますし、本場である彼の地のバスケと比べてこちら日本の「プロ」バスケと云うのはどんなものなんだろうという事に興味は有ってもなかなか手が出ないのでした。

しかし今回はフリー。先ずは行ってみようという事で、名古屋ダイヤモンド・ドルフィンズと群馬クレイン・サンダーズの試合を観戦にドルフィンズ・アリーナに行きました。
古い!でもデカい。三菱の力で立て直して欲しいレベルの古さです。
障碍者用のトイレも標準ではありません…。
試合開始は3:05からだったのですが、一時間半以上前に到着してアリーナの前に展開する十件では効かない大量の屋台でチュロスやたこ焼き、ポテト、焼き鳥などを購入してもぐもぐタイム。息子も幸せそうでした。

こういう、試合以外の時間に食べるものも実はアメリカに居た時のバスケの醍醐味。ところが、このアリーナでは残念ながらサンドイッチやハンバーガー、ポップコーン等のアメリカのアリーナであれば定番のものがどこにも売って無いのでした。orz

とはいっても試合は別。一時間ほど前からDJやチア・ガールズ達が雰囲気を盛り上げてくれます。最近は音響にシンクロする凄いペンライトがあるというのも今回初めて知りました。3000円以上で値段も凄いけど、あれは会場で見ると腰ぬかしますね。( ゚Д゚)

試合は土曜からの二連チャンで、昨日は3点差で群馬に負けています。しかも群馬は別リーグでは二番目に強く、前評判は良かったものの勝てていない状態で地区五番目のドルフィンズとは勢いが違う感じ。今日も果たして勝てるのかと思っていたのですが…!
試合が始まると実際に滅茶苦茶な均衡状態で、一進一退。手に汗握るゲームでなかなか素晴らしいものでした。ただし、女性主審?にちょい問題がありで、あれ?という感じでサンダーズに申し訳ない様な悪い判定がされたり、逆に明らかに名古屋ボールのとき群馬ボールになったり(その時はもう一人の審判が修正^^)、斎藤のシュート・ブロックがボールに行ってたのにファール取られたり?恐らく彼女の経験不足なのかなと思ったんですけど、理想の審判というのは審判の存在を忘れさせるようなスムーズなものが良いんですかね?

それでも、最後はギュギューッと名古屋が点差を拡げて勝利!なかなか気持ち良い勝利を掴んでアリーナを後にしたのでした。

それにしても、グッズその他も含めてもう少しバスケ以外でもアリーナに来たくなる工夫をしてくれないかな~と素直に思ってしまう俺はやはり所詮トーシロなんでしょうね。いや、実際は他のアリーナではきっともっと凄いアコモデーションをしてくれとるんだと思うんですが…。

折角、自分の住むエリアにいろいろなプロチームがある名古屋なんですが、それなら素晴らしいアリーナやホール、スタアジアムが欲しいものだな等と夢想してしまうのでした。勝てば観客は集まり、金を落としいろいろと改修も進む、というのは当然なのでしょうが、名古屋はもうひと踏ん張り回らないのかな~?



2025年1月4日土曜日

新年早々ムッときた

実は今日・明日で二連直という状態で朝を迎えていた時に突然事務方のアンチャンが走ってきました。

「あの、申し訳ないんですけど手違いで別の大学の先生が当直に入ってくださっているのを忘れていました…」

私は朝の寝ぼけた頭のまま机に座ってアマゾンでoppenheimerの最後の部分を視ていたところだったんですが、突然の話に体が固まってしまいました。既に頭の中では今日一日の病院での仕事の予定を組み終えていたので、突然あさイチでそれが全てキャンセルとか言われても私自身は「・・・」という状態。

私の机の後ろに立ったっきり、そのアンチャンはジーッと立っておりましたので「そんな所に突っ立っとっても何も変わらんよ。戻り~」と一言言って片づけを始めました。後ろの方では「申し訳ありません」との声が聞こえましたが、余りのいい加減さに呆れ果てて顔を見る気にもなりませんでした。敢えて一言「頑張って」とは言いましたが、皮肉と受け取るだけの理解力は有ったのでしょうか。

さて、家に帰る前に病院でやろうと思っていた最低限の仕事を済ませて一旦終わったのは昼少し前。それでも、まあ見ておきたいデータその他はきちんと調べられて、患者さんにも挨拶は出来たのが何よりでした。

この後家に戻る前に嫁さんに連絡を入れると「栄に長女と出てきている」との事でしたので、私はさっさと家に戻ってシャワーを浴びてひと眠りしました。

数時間経って午後の遅くから事実上に一日の再始動を始めようとしたのですが、そこが凡人の哀しい所。特に生産的な事をズンズンする訳でもなく、こんな時こそという感じで本を読み、映画を観て一日を過ごすまさに正月の最後の残りを味わう的な時間を過ごしたのでした。

2025年の正月最後。正月気分ゼロのままのエンディングとなりました。まあ、そういうのもアリですわな。^^

2025年1月3日金曜日

電動歯ブラシ選び

実は年末に新たに電動歯ブラシを注文しました。

初めて電動歯ブラシを使い始めたのはバージニアで生活を始めた頃で、コスコに行き始めた頃にびっくりするほどの低価格でソニケアが売られているのを見つけて思わず購入したことが全ての始まりでした。

以降、チャンスがあると替えブラシを購入する事が続きましたが、何年か経った頃に本体がウンともスンとも言わなくなってしまい、日本に帰って来てからは暫く手磨きが続いていました。取り敢えずは数年前にオムロンの電動歯ブラシを購入しましたが、実際には手ブラシと電動との混ぜ混ぜ使用。何となくこれではイカンなと思いながらも、今使っている電動歯ブラシが何となく力不足に思えてしまっていたので、使わない事が増えていたところでした。

そこで今回考えたのは「一体どこの会社のどのタイプの電動歯ブラシにするのか?」という事でした。

多くの方が御存じの様に基本的には超音波ブラシと回転式ブラシの二種類があって、超音波タイプのものに更にバブルを送り込むタイプのものがある事も今回のリサーチで知りました。その上でどのタイプが一番良く歯を磨き残し少なく出来るマシンなのかという事も調べましたが、電動歯ブラシはアマゾンで見てもどれも高評価で比較評価の参考にはなりませんでした。

その上で、今度はネットの情報も見たのですがイマイチ決定打となり得るような差異が掴めません。おまけにちょっとした機能差で三倍ほどの値段を付けているものがあり、頭の中では「なんじゃこりゃ」状態。そんなこんなしているうちに、今度は今行っている歯科の奥様に「うちから買う必要はまったく無いんですけど、XXの電動歯ブラシを使い始めてから主人の歯が間違いなく奇麗になりました!」等と横やりが入って来て情報は錯綜。w

結局、二本セットで一万数千円のソニケアを買って「無難に」問題解決。

この二本セットを医局と家にそれぞれ置いて使用するという事で今後自分の歯をメンテしていこうと思います。小さい頃に歯をメンテしなかった報い、歯を奇麗に保つという教育を受けなかった最後の世代が我々では無いでしょうか…。

歯は大切です。

2025年1月2日木曜日

郵政民営化どころか、組織として消えればいいのでは?

財政投融資という名前の政府の持つ癌細胞のような玉手箱が昔から日本を蝕んでいます。

そもそも、政治家と特定の集票利権団体が結びついて碌でも無い事を繰り返すというのはどこの国でも一緒なんでしょうが、日本の場合はその利権構造が戦中・戦後ずっと続いてきて戦時体制のまま令和の今でも続いているという有様。

特に郵政事業と云うのは、先祖代々の田舎の地主達が子孫共々歴代その利権を受け継いで我々の税金をチューチュー吸い上げている特定郵便局の寄生虫一族として巣喰う世界。我々にとってはその存在理由は何も有りません。こう言っては悪いのですが、ハガキなどで住むエリアによって集配の値段が変わっても良いシステムで無いという事はそもそもその分を利便性の高いエリアの住民が余計な金を払って負担しているという事。

ある程度までは仕方ないものなのかもしれませんが、人口が減るだけでなく「振る袖」自体が無くなってきている今の日本で無い袖は振れない時代になってきています。ユニバーサル・サービスは限界集落を維持するために使う余裕はなくなってきています。医療であってもこういった公共サービスであっても、田舎・過疎地に住むという事は次第に金がかかる事を受け容れ、且つサービスを受ける為には時間のかかる距離を移動しなければならない時代になって来るのだと思います。

こう書くと何だか北海道の山奥の話だけをしているように感じるのかもしれませんが、そんなに時間をかけずとも「有無を言わさず」田舎に住むリスクを忍受しなければならない地方自治体は激増する筈、というか激増します。(統計が未来を見せてくれています)

ともあれ、とんでもない組織を競争力のないまま生き永らえさせる必要は全く無し。クロネコヤマトや佐川等のその他の民間事業者には物流を、金の出し入れは民間銀行に、それだけで十分。民業に国家が口を出すと碌な事にはなりません。独占禁止法と談合事業にだけ監視の目を光らせればよいのです。ハガキだって許されれば民業で必ず手を上げる組織出て来ますから。(値段は変わるでしょうが、そもそも通信は高齢者以外電子的にやる時代)

水道やガスも電気と同じ感じで自由化していけばいいともいます。人口の集中していない地域での水道管やガス管の維持は異様にコスパが悪いもの。残念ですけど今後はガス代も上下水道代も田舎に居れば「キャップの設定はされる?」にしても、それなりに高額となっていく時代となるでしょう・・・というかもうフツーにそうなり始めてますけどね。

日本のような民主主義を騙っていても異様に中央集権的な国家では、政府から民業への業態転換こそがサバイバルの核。これを小泉さんの時代に田中派の力を削ぐ目的一点に集中してやってかなり郵政族の力を削いだはずですが、最近になって楽天と組んでコソコソと悪だくみを再開しています。

ホントにゴキブリ共のやる事と言ったら、税金で生き残る事しか考えないんですよね。要するに他人様の金じゃなくて己の力で己の金で何とかせいって百万回言いたいです。

年賀状の料金上げた瞬間に大幅な年賀状配達枚数の減少に見舞われたようですが、私の周りでも年寄りのみならず30代でも年賀状仕舞いの報告をLINEでしてくる人々の多い事!こういう報告を受けると、嫁さんはともかく「自分自身」ももう年賀状仕舞おうかな等と考えてしまったこの正月でした。

これで益々郵便局の終焉に力を貸せるのかなと思うと「あとは実行あるのみ?」と思ってしまうのでした。w

2025年1月1日水曜日

正月に神社を二つ回りました

何事も無く明けた2025年でした。

初夢と言っても特に印象的なものでは無く、何時ものようになんだか良く解らない奇妙な風景でした。

朝までゆっくりと寝て息子と二人でほぼ同時に目が覚めましたが、今日の予定は毎年恒例の近所の傾向神社にお参りに行く事と夕方過ぎに超久し振りの熱田神宮に参拝する事です。先ずは朝シャワーを浴びて直ぐに準備。電車好きの息子の為にわざと藤が丘からリニモに乗って一駅先の「はなみずき通駅」で降車しました。

景行天皇社は駅を降りて本当にすぐそこですが、リンクをクリックすると成立の背景には実は物凄く長い長い長~い歴史が鎮座している事が判ります。どんなシステムにもそこに繋がる長い背景があるのを知ると腕組みをしてしまいますが、実際はそれらしく判明している事でも、実際のところ「真実はどうなんでしょ?」と云うのが真実だと思います。例えば私の個人史(何の意味も無い例えですが!w)を自分で書けと言ったところで一言「無理」というのが正解でしょうね。

お社のトップでペコペコ・パンパン・ペコリ~と挨拶を済ませ、息子と嫁さんと自分で三人のおみくじ引きをしました。自分は末吉、息子は吉、嫁さんは中吉という無難なものでした。

そのまま歩いてアピタへ行きましたが、それほど混んではいない状況。更にその先にある長久手イオンまで歩いていろいろな福袋を眺めて回りましたが、おにぎりの福袋一つとパン以外はほぼ何も買いませんでした。イオンって店は広いけど買いたいものは余り無い店というのが私の一般的な印象です。

さて、ここからはまたわざとリニモに乗って藤が丘駅まで戻って行きました。家まで歩いて戻って行く途中で、去年の年末に当たっていたマクドナルドの福袋を受け取りに行きました。家に戻って一旦休憩しつつ今年の福袋をチェックしてみるとナント!十人に1人しか入っていない筈のある見慣れないアイテムが入っていました。それがコレ。
今年は良い事があるのかもしれませんが。コレで今年の運を使い切ってしまっているのかもしれません。^^

さて、この休憩の後に今度は久しぶりの熱田神宮へ行きました。人の多さはやはりけた違いですが、これが大晦日だったらとんでもない事になっているんだろうなと云うのが容易に想像できました。
殆ど被さらないように美しく機能的に割り振られた夜店の数々。
香具師の親分の手際が目に見えるショバ割りでしたね。
下にちょこっと見えますけど、このお面一枚1000円!
お祭り価格ですな~。
小さい子供に急かされて買っているお父さんが居られました。w
ただ、おみくじを二か所別々に引くと矛盾した結果が出るとアカンのでそのまま地下鉄に乗って帰宅。九時前後には家に帰って来て大人しくアマゾンでOppenheimerを観たあと、大人しく寝ました。

今年一年が皆様にとって善き年の始まりでありますように!日本が大災害などに襲われませんように。