2024年1月11日木曜日

カッコ良く生きる事と認知症の関係

外来でも病棟でもこれは間違いないな~と「確信」している事があります。

その確信というのは認知症の進行の度合いと身嗜み(みだしなみ)の逆相関。これは別に認知症に限らないんでしょうが、統合失調症の患者さんでも精神状態が悪い時の身嗜みの崩れ具合はかなり確かな相関を感じます。

認知症の患者さんであれば、その症状が進行していくにつれて風呂に入らなくなったりするだけで無く、服を替えない、手や顔を洗わない、大小便をした跡がそのままズボンの外に付着した状態になっているのに気にならない、上着の裾が半分だけズボンに突っ込まれている等という状況が普通になってくる事が「よく」あります。

その延長線上では無く、そこに至る迄の道すがらという事になるんでしょうが、今までお洒落だった人が次第に、若しくは急に恰好を付けなくなってきたりするような事があればもしかするとその人は認知機能に問題が発生してきているのかもしれません。

今回そんな事を改めて考えたのは或る患者さんの弟さんを見た時からです。その年配の男性なんですが、家族さんへの今後の治療方針の説明やインフォームド・コンセントを取る段階でお話をする機会があったのですが、もうなんというか小部屋に入ってその方を見た時から「オオッ!」という感じのダンディさが溢れ出して部屋の中でその人が立っている一角だけ空気が違う感じ。

これは以前、友人がアメリカの上院議員の部屋でブラッド・ピットと写真を撮った時のオーラ感と全く一緒の強い違和感レベルの差異でした。

黒い鳥打帽とカッコよく巻いたマフラー、そして黒いカシミヤ風の厚手のコート。全体のコーディネートというまさに「統一感」の成せる技。患者さんの弟さんがこんなお洒落な方だというのも何というか驚きなんですが、社会的に大変重要なポジションにつかれているという事が話の中で溢れてきます。(名刺を頂いて改めてナルホドと思ってしまいました)

そもそも「オシャレ」ではなくとも人から汚い親父という風には思われたくない、清潔感というのは維持できるようにしたいと願う還暦前のおじさんでした。

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