2022年12月19日月曜日

どんな巨大組織でも潰れる

昭和、平成、令和と多くの巨大企業が消えてきました。

勿論多くの巨大企業も誕生してきているわけですが、東証一部でその勇名を轟かせていた企業も今ではその姿をwikipediaの記述やYoutube等でしか見られなくなってしまったものも沢山あります。

ちょっと思い出すだけでも、私の世代にとっては北海道拓殖銀行、山一證券、山水電気、レナウンなどありますし、吸収されて子会社になって表舞台から消えた三洋電機等も多々あります。そういった会社は数多くの人から倒産しちゃった?という風に思われている会社も。まあ、実際のところ昭和から平成にかけて権勢を振るっていた会社の中で今では青息吐息のところなんてザラにありますし。

東芝なんかもタコが自分の脚を切りながらなんとか生き延びようともがいているレベルですが、「来週のサザエさんは~」というナレーションから消えていった東芝のスポンサーシップは実は東芝解体の晩鐘の一発目だったのかもしれません。(実際はwesting houseの買収案件からボロボロだったような気もしますが。)

今は「一見すると」絶好調に見える会社が10年後、20年後に生き延びていると誰が言えるのでしょうか?私はTOYOTAでさえも実際には人材選択を誤ればその巨体が傾きかねないとも思っています。自動車産業なんて言うのはこれからの進路を少しでも間違えれば地雷だらけの世界の最たるものだと思えます。そこで今のモリゾー社長が息子さんをwoven cityの経営経由で継がせようとしているという世間のお話があちこちから聴こえてくるのですが、HONDAの宗一郎さんはその点偉かった!絶対に私的な血を公器たる会社には入れなかった。

しかし、そのHONDAのでさえ、以前居た伊東孝紳さんという人の創造性とは縁のない「経営」に注力した人の手が入った部分の負の遺産で今も苦しんでいるのは恐らく内側にいる人なら多くの人が実感しているのではないでしょうか。

「世襲」は特に多くの危険な因子を孕んだものだと思います。一族の運命を初代、中興と継いでいくのは一族の資産を守るのには良いことなのでしょうが、その中でその規模が大きくなった会社を運営する能力が不足するものがその会社を継いだら?という例は歴史上枚挙に暇がありません。それは別に会社と言う形態に限らずともですが。

かくも困難な後継者選び。おべっかで擦り寄ってくる太鼓持ちを駆除し、能力の足り無い血族を断腸であろうとなかろうと冷静に振り落とし、自分の思考力が正常なうちに次代に譲る。これからも無数の組織がその成功と失敗を経験し、その選択に付き従ってくる多くの社員達の悲喜交交を生み出すのでしょう。

カイシャというものに入るのではなく、これをやりたい!と言うことをやり続けることこそが後悔の最も少ない人生ではないでしょうか。


0 件のコメント: