2022年1月16日日曜日

無限の収集癖

物を集めることことに執着し始めると切りが無いようです。

実は今回森永卓郎さんの「蒐集物」が載っている昭和40年男と言うコンビニ雑誌を当直の夜にゲットしました。この雑誌結構前からあるのですが、最近では昭和50年男とか昭和45年女などという派生雑誌みたいなのものも、この出版社であるクレタ・パブリッシングは出し続けています。

さて、この雑誌の今回の特集の一つであるモノの蒐集に関するページで森永卓郎さんの昭和という時代の中に出てきた暮らしの中にある「何気ないモノ」のコレクションにはコレクターの持つ狂気に通じるようなエネルギーを感じました。しかし、この狂気に近いものがないとコレクションというものが充実しないというのは洋の東西を問わず事実であることに間違いありません。

蒐集における完全性というのはモノの状態の完全性とそのバリエーションの充実。そしてそのバリエーションには製造時のミスで出来上がったものまで含まれますので実際のところその蒐集に終わりはありません。

そういった「蒐集」などというものとは縁の無さそうな我が家ですが、このブログを読んでいる方の一部はもうご存知のように、我が家のにはファイヤー・キング(アンカー・ホッキング)、グラスベイク、パイレックス、フェデラルなどのマグや皿などのアメリカから運んできた信じられない数の嫁さんがアメリカで集め続けたグラスウェアが積み上げられているのです。

帰国して以来、なんとかかんとか頑張ってそれらを家のあちこちに隠したり展示したりしているのですが、なんでこんなに沢山あなたは集めるの?と言うくらい大量のコレクションを持っています。使うわけでもなく見せるわけでもない余分とも思える残りの大群を売ってしまえば相当の値段がつくでしょう?と以前言ったんですが、本人にとっては持っている事自体が大事なんだそうで、「私が死んだる売って」とか訳の解らないことを言っています。w

前はモノを集めるなどというような本当に全く無縁だった我が家の嫁さんですが、一旦火の点いた特定のモノへの執着というのは人を変えてしまうようですね。

こうやって集められたモノ。稀覯本を含む本、ミニカー、ボトル、食器、そして金持ちは車なんかなんでしょうが!やがては蒐めた人の死を以て多くの場合は蒐集は中断され、また更にその多くのモノは散逸していくか博物館に再収納されていったりします。まあ、そこまで行けば集められたモノも幸せなんでしょうが、なかなかそうは行きませんよね。しかしまあ、モノは所詮モノ。やがては古びて壊れて消えてゆく運命にはありますが・・・。

モノに取り憑かれた人々の心理というのはイマイチ今の私には理解できません。それにこだわる日が私にも来るのでしょうか?その前にあの世に行きそうですが。w


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