2022年1月13日木曜日

みんな他人が悪いのか?

患者さんの中に愛される人と愛されない人がいます。

認知症があろうとなかろうと、頭が良かろうが悪かろうが看護師さん達から自然と愛される人、逆に(表立っては誰も言いませんが・・・)陰ながら疎まれている人というのが自然に発生するものです。

多くの患者さんはそのどちらでもない状態で入退院されているのですが、明らかにその両極に登場する患者さん達というのが存在します。前にも少し書いたのですが、長い間その人達の事を見ていて気づいたのは「感謝の言葉」の存在の有無です。「ありがとう」の感謝の言葉がある患者さん達の病棟における愛され具合と云うのは半端ないです。^^

実際のところ、こういう事は別に院内の患者さん達に限らず普通の世界でも全く同様ですよね。しかし、このシンプルな言葉「ありがとう」の言えない人の多いこと多いこと。私も忙しい時にしてもらった親切に言葉を返す余裕なく次のステップについつい進んでしまって、一旦仕事に区切りがついた後で思い出したように「さっきはありがとう!」とテンポずらして言ってしまうことがあります。ダメダメですよね・・・。

さて、それとは対側に位置する「疎まれる人」の特徴はまず間違いなく「自分の主張と発言だけがまず大事な人」。極端な場合だと、ズッと自分の主張のみ勝手な要求を言いたいだけ言って、院内のルールなどは全く無視してしまう人です。それもある容認限度を超えると注意一回、注意二回という風に病院側も堪忍袋の設定をしておいてそれを超えたら退院手続きとなります。そこら辺は全く容赦ありません。病院というのは医療者側と患者さんとが協力して病を治すところ。それが守れない方には他の病院に行っていただいて全く問題ありません。そしてそのような患者さんは実は他の病院でもブラック・リスト殿堂入りしていることが多いのです。

さて、その上でもう一段誰からも相手にされない人という一群があって、それが「何でも悪いのは他人」としてしまう人達でしょう。精神疾患の一症状としてそういう外罰的な言葉が出てきてしまう人もありますが、いわゆる普通の知性を持っていて普通の生活をしていても「悪いことが起きるのはすべて他人のせい」と持っていく人がいます。その人達の大きな特徴は人の話を聞かないこと。

何かをsuggestされること自体が自己否定されていると感じるような認知の歪みが存在していると思われるのですが、それを訂正することは精神科医ではない私にはとても無理です。どうやら通底して」いそうなおぼろげな背景は愛されて育った経験がなさそうという生育歴。

得てしてこの人達は外見以上に不幸。客観的にみてあんたの何処が一体不幸なの?と言いたくなる事も多いのですが、彼らに言わせるといつも自分の立場は他の人達と違って被害を受けている側という認識があるみたいで、いつもいつでも他の人の悪口を言っては自分の味方と敵を峻別して話します。しかし、、、、なんだかこういった手の人達の事をこうやって記述してみると先代の某国大統領ドナルド何とかという人に似てますな。w

幸せになりたければ人に感謝を示し続けること、そしてそうすることによって本当に自分に福を運んでくれる人達を引き寄せ続けることが大切だと「そうでない人達」の観察から考えるのでした。


0 件のコメント: