2024年12月3日火曜日

ここしばらく考えていた事

実はアメリカ大統領選の結果が出た後サッパリと選挙のこと自体を忘れていました。

直前のセンサスを見る限りではトランプの大勝だなと思っていて、結果もその通り。ですから、結果自体は勝ち負けが見えた時点でもうどうでも良くてハイハイ予想当たり!という感じでアメリカ大統領選の事はチョン。

しかし、ここ数日何故か頭の中でグルグルグルグルとある疑問が浮かんでは消えを繰り返していました。それは「何であんな普通に考えればトンデモナイとしか言えないような男が勝つのか?」という疑問の自分なりの答えが欲しいという気持ちでした。

ヒトラー礼賛の記事や売春婦に関する下司なひそひそ話のリーク、そして己の根拠なき妄想をあたかも確信のように語る独裁者としての資質タップリの話等、ネガティブな面は枚挙に暇なく…というレベルの男。それでもアメリカ大統領選では勝利。

資金源の豊富さで到底ほかの候補は太刀打ちできず、共和党内でも最初からほぼこの男でという空気が作られていましたが、そもそも宗教の教祖と云うのはこんな感じで自分に全能感を持つ輩に付いて行く集団から始まるというのを淀みなく証明してくれる21世紀版の一例だな~と想えたのでした。

しかし、それだけでは何故という当初の疑問には答えていません。そこでいろいろと考えてみたのはその対比。カマラとは人種、そしてキャリア形成でのワシントンD.C.のエスタブリッシュメント達との距離等ありとあらゆる部分で「アメリカ建国前後に新大陸に集った食いはぐれた白い人々を中心とした田舎者」を共感させることが出来なかったという事でしょうか。

でも、それでも全部は説明できない。じゃあ、移民と経済への対策に対する支持の差?ありとあらゆるモノの値段が上がる中で、日々の生活で明日が見えない人々の持つ怒りがバイデン民主党政権への反感として出てきた?うーん…どんなもんなんでしょう。それも決定打ではないような。

そこで私が自分なりに納得した全てを包括すると思われる結論はpolitical correctnessに対する強い拒否感ではないかというものでした。要するに理屈の上では正しいけれども、それが日常をアメリカの中だけで過ごす普通のアメリカ人にとってフェアかつcorrectなものかという疑問と、そのcorrectnessの存在が日常生活を維持する上での経済的な面、日常生活の多くのシーンでの自分の生活改善には当てはまらず、やって来る今日よりよい筈の明日から置き去りにされる材料となってきたと感じる人達がトランプじゃないけどカマラを選ぶくらいなら…NONカマラという感じで今回の結果が出たのではないかというものでした。

私は選挙やアメリカ文化の研究者では無いので細かい分析などは出来ず、断片的な記事や結果、自分のアメリカでの生活体験からしか話を語れませんけど、いわゆる左派という連中が叫ぶイデオロギー(political correctness)のもとに形成される窮屈さに対する反動なのではないかと云うのが結論でした。

やっぱアメリカの背骨はカウボーイが持ってたマッチズモなんでしょうかね。

0 件のコメント: