旅先となった八十八では深い眠りに陥りました。
朝は嫁さんから「勿体ないから朝も入ってきたら?」と言われ、朝の大浴場+露天風呂に息子を連れて入ってきました。朝の熱いお湯に浸かりながら、再びその贅沢を反芻しながらの入浴です。湯船から上がって桧(ひのき)の香りを体に浴びながら一旦部屋へ戻ると、すぐに朝食。
昨夜のお姐さんが改めて昨日の件に関してお礼をしてくださいましたが、それはお互い様。こちらも大変にお世話になりました。朝ご飯も大変に豪華で、朝から腹がパンパン状態。再び部屋に戻って部屋据え付けの露天風呂に入り今回の投宿の仕上げをしました。
山中温泉に来て気付いたのですが、周りにもホテル群がありはするのですが明らかに既に閉鎖してかなり時間が経っていると思わしき宿も1つや2つではありませんでした。姐さんに話を伺ったところ、山中温泉の近くにある山代温泉のほうは本当に壊滅状態とのこと、東京から銀行のお偉いさんが乗り込んできて債権者としてなんとか立て直そうとするけれど先ず立ち直る事はありません、とのこと。まあ、そんなもんでしょう。驚きはありませんでした。
とはいえ、これは姐さんの個人的なお話。ネットで調べると情緒はあんまりないけれど大型旅館が多いのは山代・・・的な評が載っていました。言ってみなければ判りませんが、ここ2年ほどのコロナの影響でどうなったか。またきっとダメージを受けていることと思いますので、正確なことは私には何も言えません。
宿を発つ前に女将さんに挨拶をさせていただいた後、お姐さんがお見送りしてくださり、皆で一緒に写真を撮ってお別れ。次は永平寺へと向かったのですが、長女が日本の水田の青々とした風景に惚れて、写真を撮りまくっては己の鏡の作品をその中に置いてかなりの時間を費やしていました。
途中でダムで車を停めて写真を撮ったりしたあと永平寺まではアッと言う間に到着。寄り道しなければ山中温泉から永平寺まで30分程度でしょうね。そして山道を縫って着いたのは永平寺山門。永平寺の入り口の真ん前の蕎麦屋に車を停めて門の中へ。
おそらく昨日書いた中学になる前の時期に連れてきてもらったのでしょうが、全く記憶にありませんでした。そのなかでも両脇に聳える巨大な檜は眼の中に残っている印象がありましたが、もしかしたら記憶の合成かもしれません。中に入ると検温されて拝観料を一人500円払って拝観開始。先にお守りなどを買ってから開始です。
とにかく中は滅多矢鱈と広い!おまけに拝観できるのはごく一部ですから、その敷地と70あまりの建物の広大さは想像を超えるものです。上の写真はあちこちにある座禅を組む場所の一つのようです。禅寺ですからそれもそのはずですね。途中、御位牌が大量に納められた所があったのですが、各県毎に分けられているのと、新しいもので個人の位牌には金色が使われているのはわかったのですが、4957番とか書いてあるのとは別の手前に見えている古い古い位牌には名前が残っているものもあれば、何故かわざわざ名前が墨で消されているものもありその理由は何だ?と、暫く考え込んでしまいました。
もしかしたら、永代供養に関して何らかの問題が生じた人達なのか?と思って、地獄の沙汰も金次第かもと感じてしまったのですが、これは勝手な解釈ですので本当のところはどうなのか何方か知りませんかね。
汗だくになって拝観が終わった後、車を停めていたところのお店で幾つかお土産を買って高速で一路名古屋へ。途中の南条SAで休憩し昼飯を摂った後、到着したのは4時前。
平日に休みをとって家族で旅をするのも還暦が近くなってきた人間には魅力的な選択だと改めて感じ入った良い旅でした。次はどこに行きましょうかね?
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