2020年11月2日月曜日

センスの問題

机の上や引き出しの中、家の中の整理整頓まで含めて片付けや飾り付けというものをするのはどこのおうちでも有るかと思います。

先日も長女から部屋の中の写真が送られてきましたが、部屋の中は簡素でよく飾られているのですが、ミニマイズされたものしか置いていない感じ。親の私が言うのも変ですけど単純にセンス良いなって思います。以前DCに住んでいた時の部屋もそんな感じ。高校生の時の自分自身の部屋も同じ感じでした。

一方で、次女はと言うと一言で言えばカオス。片付けという意味では全く駄目でして、今まで綺麗に部屋が片付けられていた試しがありません。美術の成績はもともとは長女も良かったのですが、絵を書く練習とそのこだわりのレベルが違った次女はあっと言う間に長女の美術のレベルを遥かに凌駕していきましたので、美を表現する技術というものと部屋のデコレーションなどというものは余り関係ないようです。まあ、センスと技術もまた全く違うものとは思いますけど、その美への拘りが部屋の飾りつけや整頓には全く生かされません。w

翻って我が家。
別の意味で何の飾り付けもない部屋です。通常の女性の感覚ではちょっと何も無いというレベルの部屋で、基本的に家具は私が購入した巨大なテーブルと椅子とソファくらい。壁の飾りの絵もほぼ無いと言って良いレベルです。オマケに部屋の中は娘のトランクケースが開いたまま置きっぱなし。犬のためのクッションが次女の手によって3つも置かれていますし、風呂場の乾燥機を使っているにも拘らず万年にわたって置かれている洗濯物の室内干しの竿などもありもう美的なというか気持ち良い空間などというものとは縁遠い状態です。

以前、綺麗好きの義父が結婚したばかりの頃は義母の部屋の片付けの拙さによく怒っていたらしいのですが、それも次第に諦めへと変わっていったということを聞いたことがありますが、私ももうとっくにそういう心境は通り越して自分の仕事場が常にシンプルで機能的であることのみに専心しています。そもそもこの家に身内以外の人間がそう来る機会もありませんし。家を持つこと自体にも何の関心もないのでそれでいいと思っています。

自分が死ぬ前には金だけ残してひっそりと家を出て橋の下で死ぬのもまた有りかな等と最近は思うようになってきました。そもそも、な~んにも無い四畳半の部屋で寝るところと机が一つあれば私自身は何の不満もないのですが、家族がいるとそうもいきませんか。

部屋の飾りつけも、家に住むことに対する執着があってこそのもの。センス云々といったところで、そもそもそこで雨露をしのぎ、暖を取ること以上の何の関心もなければ家の広さも飾り付けも要らんということになるのでした。

こうやって、ますます私自身は金を稼ぐこと使うこと自体に対しては大きな意義を見いだせなくなるのでした。今の時代、昭和平成とは大きく異る「消費の持つ本質的な意味」を体感として理解している若い世代の人達が給料云々とは別に車やモノを買わなくなっているという事を聞いても「宜(むべ)なるかな」と感じるオッサンです。


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