2018年10月9日火曜日

大横綱・輪島死す

わずか70年の命でした。

大天才・輪島の肉体がこの世から去ってしまいました。
私自身の小学校から中学校時代にかけて、横綱と言えば輪島と北の湖と相場は決まっていました。それほど強烈に強かった輪島と北の湖。

その後、ウルフ、若貴時代が来てその驚くべき強さに皆が痺れましたが、あの怪物千代の富士が当時の輪島にぶつかっていって文字通り電柱にぶつかる藁人形のように跳ね飛ばされていた時代というのを鮮明に覚えています。

ガチンコで闘い合う鬼のような強さの北の湖とこれまた天才のハンサム力士輪島。
私生活はもうハチャメチャだったなどとの噂を後の週刊誌で読んだこともありますが、そんなの彼の人生に彩りを添えるだけ。
借金、女、プロレス、バラエティーでの天然発言。今思い出しても「なんちゅう滅茶苦茶な・・・」という感じの訳のわからない凸凹人生だったと思うんですが、あのニヤッと笑った時の顔をみると女性でない私でも「ああ、この手のやんちゃ坊主が抜けない男性に惚れる大人の女性は多いだろうな~」と大学の頃感じたものです。

学生横綱から本物の横綱になった本名そのものを四股名にした輪島。特別な強さを持つ彼に許された特権だったと思います。
同時期に活躍した二代目貴乃花も大関として女性からも大人気でしたが、輪島の前ではどう考えても格下の感は否めませんでした。

いつも風呂上がりの時間帯に十両や大関等の強い力士が出始めて、しばらくするとこの二人の大横綱がぶつかりあって勝負が決まるという展開が当時の6時前のNHK総合テレビの流れ。親父が決めたこのチャンネルを私如きチビが変えることなどもってのほかで、否が応でも相撲のシーズンには相撲を見るというのが当時の我が家のしきたりでした。

大人は家では相撲を見て、その後はニュースをみるもんなんだと、当時の私はボンヤリと感じていたのでした。なんとも、長閑な時代でした。

あんなに強い男も病と年齢には勝てないという当たり前の事実の前に腕組みをして考えるしか無い私です。

人々の脳裏に鮮烈なイメージを残し彗星のように去っていった相撲の大天才で、多くの人達をその体から出てくる磁力で魅せ続けた稀代の色男・輪島大士。今頃きっと雲の上で北の湖と冗談のようなドでかい輪島塗の器で酒を酌み交わしていることでしょう。

合掌。

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