2025年3月31日月曜日

中居君とフジテレビの報告書

私はそれを読んだ、聞いたという人からの間接情報でしか聞いていないのですが、第三者委員会の報告書900ページもあるとか?

この件に関して実は東京にいる歌舞伎の熱烈なファンである方から、当時自分が慶応に行っていた頃の慶応の学生達の実態とその後の就職先としてのフジテレビ、電通、博報堂などを選んだ連中のその後の様子などを、バブル前後からその後の「付き合った頃」も含めていろいろと裏話を教えて頂いてからは、今回のようなフジテレビの体質に関連した事件を聞いても驚く事は有りませんでした。

実際の所、皆さんの想像を超えて性接待というのは酷いとの話で、フジテレビなんて就活生も含めてほぼみんな手を付けられるような世界だというのです。他人の領収書を異常に欲しがり、下司な宴会芸もごく普通。自分達が楽しめばればそれで良いという様な人種に弱い人の痛みが解る筈が無いからあんな人を痛めてそれを嗤うような番組を作り続けるんですよ、と言っていました。

彼女からいろんな裏の話を聞く限りでは本当に「チャラい、ふざけた」世界というのがあの連中の世界という感じだと感じました。

兎に角、下請けに制作の責任を押し付けて、己らにはモノづくりの才覚なんて一切無い連中だというのが彼女の連中に対する「見立て」。そんな連中の日常というのは己の下半身を愉しませることに一所懸命。何時までも居座り続ける白髪のお爺さんの顔色を窺いながら”日々の無聊”は下半身を追い続ける事で紛らわせていたという事なのでしょう。

お前らときたら…と言いたい所ですが、今回は遂にそういう事がいよいよ隠せない時代になって来たという事だと私は思っています。被害に遭われた女性の治らない心の傷の事を考えると、もしその女性の親だったらと考えると芸能人だろうと何だろうと殺してやりたいだろうなと考えるのですけどね。

天罰覿面。天網恢恢疎にして漏らさず。いい気味でござんす。どこまでもフリーフォール状態で落下し続けて頂きたいものです。

別にテレビ局が一つ減ったくらいで日本は何も変わりませんし、善人面をした真反対の人間が社会の木鐸とか嘯いて嘘をばら撒くことに対して成敗が入るのは素敵な事。どうせ連中は不動産業とかの方が儲かってるでしょうから。頑張れホールディングス!w

2025年3月30日日曜日

久しぶりに名大へ

今日は以前アメリカで知り合った日本人研究者と名古屋で落ち合いました。

鶴舞駅で待ち合わせ、更にそこには昔私が所属していた研究室の教授にお越しいただき車で拾い上げて貰いました。そのまま私が以前所属していた名大のラボに向かい三人である領域の研究に関してコラボレーションの可能性を検討する事になりました。

私から見ると其々の研究者に久しぶりに会う訳ですが、私の友人と教授は初見です。

教授は現時点でのこのエリアの研究の進捗状況を未解決の分野と進展した分野、そして予算の配分状況あ現在の日本でどうなっているのか、更には世界との戦いにおける今の日本のこの分野での立場などを3時間ほどテーブルを差しで挟んで伺いました。

今の時代のサイエンスはシステマティックになっている反面、研究資金を持つ者と持たない者の研究「可能」なエリアと内容の差が非常に大きくなってきている事を感じていたのですが、その点を素直に質問としてぶつけると納得させられるような返答が返ってきました。

更に驚いたのは私が基礎科学の現場を去って10年経っている間に研究内容の出版を巡る環境が激変している事に衝撃を受けました。それは「論文の内容が最終的に受け付けられても、それをpublishする為の額」が非常にデカくなっていたのでした。以前は数百ドル程度の感覚だった出版の為の課金が平気で30万、50万、ものによっては100万という様な感じの金を要求されるというものでした。orz

以前、インターネット黎明期から研究を始めた頃にまさに熱い時間を過ごした私にとって、ネットの登場によって出版に掛かる費用は大きく削減され、誰もが容易に安価な出版が可能になり、更にはそれらの出版物自体も自由にアクセスして己の学問の為に読むことが出来る時代の到来をワクワクしながら待っていたのですが…。

21世紀も1/4を過ぎた今、時代は期待とは真逆の方向に進んでいるではありませんか。一体全体このままで本当に良いの?という話。科学に食い込んでくる商業主義の蔓延はimpact factor至上主義の成れの果てにしか思えません。

それにしても、3時間の豊かな討論の中では沢山の研究提携すべき内容が登場し、今まで持っている遺伝子発現やチャートの再解析が必要だという事が理解出来ました。異分野の交流というのはこれほどのインパクトを持つものかという事を改めて理解した今日の午後でした。

教授と別れて私達二人は鶴舞高架下の「世界の山ちゃん」へ入り、更に二時間の研究に関する熱い議論を行いました。やっぱり研究は面白いですわ!金の事を気にさえしなければ一生研究だけやって生きていくのは夢の世界だな~と感じた次第でした。

いろんな意味で私には出来なかった事ですが、この若い後輩が人類の為に何か成し遂げてくれるのであれば喜んで手伝いたいと思いながら彼と別れたさくら祭り真っ最中の鶴舞公園でした。

2025年3月29日土曜日

サイコ斎藤

兵庫県知事に再選した斎藤兵庫県知事。何時までもニュースに登場し続けます。

このオッサン、批判は受け止めても責任は取らないという時間切れ・人の噂も75日作戦に出ています。東大に入っても、下から1/3とサイコというのが重なると目も当てられないようなトップと云うのが誕生するという見本のようなオジサン。

この前襲われたN党の立花に応援され、それに突き動かされた陰謀論者の皆さまに担がれ、それに同調した恥ずかしい兵庫県民の投票者達に再度担ぎ上げられたオジサンが県庁の中で異様な輝きを放っています。

県庁内部が腐敗している事態を覆すために送り込まれた県民の希望の星、ホワイト・ナイトのような感じなんでしょうね。見る人が見れば。w

しかし、パワハラの後の行動や発言を見る限りではまさに「巧言令色鮮し仁」を地で行くような男ってこんな輩なんだなって思わず感心してしまいます。サイコに有りがちな巧みな言葉使いと全く存在しているように見えない共感力。人をコントロールする事に最大の喜びを感じる、最も人の上に立ってはいけないタイプの人間。これこそは学力試験では出て来ないサイコの特徴の一つ。

更に最近は兵庫県警とバトルを繰り返す、これまた斎藤の応援団という高見千咲という姫路市議が表に出て目立ってきています。市議一期目ということで、そのヤバさから恐らく二期目は無いと思える人なんですが、こっちの人の発言や写真を見る限りでは多分サイコとは別の意味で恐らく本物の人である可能性があるので、コメントはしない事に致します。

それにしても、兵庫県というのは県も市のレベルでも議会にいろいろな意味で選挙民も被選挙民もヤバい奴が多すぎんかという話。まあ、河村名古屋市長というアレな人を選び続けた名古屋市に住んでいる選挙民たるお前が何を言う?という事で、自分の意志が選挙結果に反映しないという意味では同じように歯軋りしている人達が兵庫県にも沢山居ると推察いたしますが!

元県民局長の処分を撤回して謝罪をするという最も大切な行為が実行されない限り、私はいかなる意味でもこのサイコパスの発言を一言も認める事はないでしょうね。


2025年3月28日金曜日

樹木希林はやっぱり怪優

たまたまですが、当直中にアマゾン・プライムのsuggestで出てきた映画「あん」を観ました。

樹木希林の出る映画、宮本信子の出て来る映画に決して外れが無いというのが、私にとっての一つの確信になっているのですが、今回の映画もやはりソレでした。

今回はネタバレとなりますが、物語の筋は過去に「訳あって」どら焼き屋で雇われている男(永瀬正敏)の冴えないどら焼き売りから始まります。そこは学校帰りの女子学生や帰りがけのちょっとしたおやつ程度の買い物客が寄る程度。作っている本人もそれほど美味しくないという事は百も承知なんですが、流れていく日々の中で取り敢えず生業として仕事をしています。

そこにやって来たのが樹木希林演ずる通りがかりのお婆さん。お婆さん、実はここで仕事をする事、特に餡を作るという部分に興味津々なんですが、ある事情からバイトの応募は何故か控えめ。時給600円だからといって断る雇われ店主の男に食い下がり、300円でも200円でもと言い寄る老婆だったのですが、それでも断っていました。

しかし、ある時そのろうっばが作って来たタッパーウェアの餡を食べて態度一変。男の側から頭を下げて働いてもらう事に。その結果次第に客が店の前に列を成すようになり、やがては開店直後にもう並んでいるような状況に。

ところが、このお婆さんには手の変形、障害がありました。そのことを調べたある人物からお婆さんに関する「語られていなかった過去の事実」が判明したのでした。それはお婆さんがハンセン病(癩病)患者であったという事実。

そこにハンセン病に対する迷信塗れの、時代に全くそぐわない考えに憑りつかれた店のオーナーの馬鹿嫁が絡みついて来るという話。

それが周囲に漏れた途端、客はぱったりと店に来なくなりそれが己の存在によると理解したお婆さんは静かに身を引き、この雇われ店長である男に手紙を認めるのですが…。

私はこの映画を観ていて本当に涙が出て来ました。実際に日本でも国家権力の手によって犯罪が行われ、人として扱われず、日本の各地でその幼少期から死ぬまでその隔離され逃れる事のない施設で家族・親族からも忘れられたように一生を過ごしてきた無数の人々の存在を知っていればこそ、画面を観ていて義憤で血がたぎる思いでした。

今の日本では数年に1人ハンセン病患者が見いだされるか否かという程にまでコントロールされる程度にまで減少しています。しかも、ハンセン病というのは成人同士ではほぼうつらない疾病であり、完全に治療可能な各種の抗生物質が揃っている感染症。

医師会も犯罪を犯した主犯の一人で、声高に国家を責めることは出来ないのです。決してあってはならない感染による人の差別。今も人の心の中に残る疾病、障害への根強い差別をこういう形で改めて観る事は大切な事。

人には教育が必要。正しい教育の先に人と動物を分ける成長があるのだと思います。

是非、子供から大人まで皆さんに観て頂きたい映画だと思います。


2025年3月27日木曜日

嫁さんの誕生祝い

今日は久しぶりのイベントでした。

嫁さんの5X歳の誕生日を祝うために栄まで出ていきました。我々は通常、栄にまで出て飲み食いをするという事は有りません。基本的には藤が丘界隈で飲食するか精々人に御呼ばれで出ていくかという程度。

今回の「遠征」は美味しい食事を食べることが何によりも好きな嫁さん自身の選択でした。お店の名前は鉄板焼「じろう」というもので、ネットで調べたら評判がいいという事と、一回目の前でバシャーっと火を上げて肉を焼くお店で食べてみたいとのことでしたので、まさにぴったりと思えました。

少し雨が降りそうな気配であると感じつつ、二人で地下鉄に乗って栄で降車。少し予約の時間には早かったので、新しく出来た中日ビルに初めて入ってみて少し時間を潰すことにしました。

外から見えた中日ビルの二階にはmont bellのお店が見えていたので、どの程度のお店の規模か知りたかったのと、その品揃えで何か良さげなものがないかを見てみるつもりでした。そのままいろいろと見ていたのですが、結局ウィンドウ・ショッピングで終わりでした。
行く途中に見えたタワーです。きれいな色使いでした。
7時前20分で少し早かったのですが、小振りな店の中は「美味しさ感」が溢れていて、食べる前から期待大。メニューが置いてあったので、まずは眺めてみると以下のような感じ。
        • 季節溢れる旬菜の盛り合わせ 
        • 本日の一品 
        • 旬菜のポタージュ 
        • 旬のシーフードの鉄板焼 
        • 厚切り牛タンの鉄板焼 
        • 旬菜のサラダ 
        • 旬の焼き野菜 
        • 黒毛和牛A4等級ヒレステーキ 
        • 青実山椒のガーリックライス 
        • 食後のデザートプレート
最初はお互いビールから始めたのですが、最初のプレートからやたらと美味しくて、お金を使う価値のある料理だなと判明し、私としてはいきなり嬉しくなりました。
こんな普通の何気ない皿がやたらと美味しい!
嫁さんが見たかった景色。w
最後のデザートがまた良し!
上のメニューが次々と出てきたのですが、美味しい日本酒と美味しい料理の味が重なって心の底から楽しい時間が過ごせました。いや、食べログなんかもたまには当たるんですね~。w

しかし、20の頃から知っている嫁さんですが、こんな歳になるまで一緒にいるとは!健康第一でこれからも頑張って私より遥かに長生きしてもらいたいものです。

さて、私はしこたま飲んで酔っ払った状態で嫁さんと覚王山のいつものお店へ向かって締めの一杯を食べましたが、その後のことはさっぱり覚えていません。確かミスドを買ってそのまま千鳥足で帰っていったような?

とにかく美味しいお店でした。娘達にも食べさせたいなと思いました。

2025年3月26日水曜日

拍手が欲しいだけの子供のようなオジサン

トランプの関税障壁のおかげで世界中が大混乱に陥っています。

U-Pennにインチキで入ってインチキで出てきた金持ちのバカボンは現代の経済政策の基本原則さえ守れず、自国さえ茹でガエルにしようという立派なお方。

アメリカの大学受験をした事がある方なら誰でもすぐに理解する事実ですが、アメリカの大学ではレガシー入学と金で入学を買うという2つの「日本では考え難い」方法が根強く残っているという事に驚くことでしょう。

大学にとって見れば、数億円の寄付をしてくれるような大富豪の子供を適当に転がせておけば、いろいろなビルが建ち、才能は有るけど貧乏な家庭の子達の奨学資金が積み上がり、大学が応援したい研究に金が注ぎ込まれ、病院まで寄付される。見方を変えれば、そこには完全にドライな資本主義の原理が働いている訳です。

ただ、実はそこから先に大問題が出てくるわけです。皆様のご推測通りなんですが、実力は無いけどXX大学卒として箔を付け、親父や母親のサポートを受けてその企業で最初から社長候補として卒業していったり、政治家の家系ではその後継ぎになるという「長期的な社会の負の遺産」が作り出される訳です。

するとそういう連中が社会に出て金の力でポジションをゲットして球が転がり続ければその結果が「アレな大統領誕生」というような事態を生み出す事となる訳です。

結局、今のアメリカは更なる物価高にシフトし、景気は確実に傾く方向に。種々の原材料費もまさにこれから上昇を始める訳で、単なる貿易上の痛み分けで無く自分にも深いナイフを突き刺した訳です。

数々の歴史的事実が「効果なし」と判定している19世紀的な経済手法で吠えるディール男。ポピュリストの力の根源となるpopularityがどこまで通じるのかじっくり眺めていきたいところ
です。前回の政権担当者たちと違い、周りを埋めているのはオッサンの幇間ばかり。ブレーキがかからない分、恐ろしい結末が待っているような気がします。

拍手が欲しくて愚策を連発するサイコ・オジサン。頑張れ。w

2025年3月25日火曜日

女性に何を求めるか

この対の文言というのは女性が男性に何を求めるか?という事になるのでしょうか。

実は今日、ある事がきっかけでネットで東電OL殺人事件の事を調べていたら、ある方がこの事件に関連して記述していた文章が目に入ったのでした。その方の文章の中に、自分は学生時代に勉強と運動が出来たのに男子達から妬み、やっかみも混ざって「でもブスじゃん」という一言で全てが否定されたという話が記述してありました。

この話を読んで浮かんだ言葉は「若造」というもの。w 学生という立場の時代には真に愚かで若気の至りというまさにバカ真っ盛りの年代。実際には人生経験など本当にまだまだ「空」で人の評価などをするには何もかも足りない。真の意味での失敗の経験も成功の経験もほぼ無し。これはまあ無理からぬところですが、更に幼さをいや増す子供らしさというのは本当は相手の事が好きでもその逆をやってしまうところ。これは私自身にも覚えがあります。^^

しかし、いろいろな人を見ていろいろな女性を見ていくと、顔や全体の見栄えで選んで付き合ってみて後悔をする事が繰り返されると「より深く失望」するパターンという経験をする事に。勿論、美しく賢いなんて言うパターンもあるんでしょうが、経験を積み重ねる中で私が見つけた女性の魅力は何と言っても一緒に居て楽しい、話をして楽しいという人。

勿論、その楽しさの背後には更に重層的にその女性の育ちや行動等というバックグラウンドがあるのでしょうが、パートナーとして一緒に長い時間を過ごす相手というのは姿形だけではとても無理というシンプルな事実に結構早い段階で気付くものです。(少なくとも私の場合は)

私にとって、結局相手に求めるのは一緒に居て楽しいかどうかという一点だという事に今の歳になって「結論」が出ました。単純と言えば単純なんでしょうが、これ以上の理由はありますかね?

反対に女性から見て男性にどのような魅力何を求めるのか等というのはまさに男性から見た女性の場合と同様に、まさに多種多様で一つとして同じものは無いのでしょうが、年齢や男性との付き合いの経験差によって種々変っていくのでしょう。私は女性では無いので、あくまで推測ですが。

現実的にはカジュアルな付き合いなのかライフ・パートナーなのか等によって相手に何を求めるのかはこれまた違うのでしょうが、これは超イケメンなら相手がどんなキャラなのかはあんまり関係ないのかな?w

トロフィーとして見せびらかすためにパートナーを選ぶのであればトランプの様にパートナーを選べば良いのでしょうが、果たしてその双方にとってそれぞれ幸せそうな顔をしていましたっけ?手を繋ごうとした相手に手を振り払われるようなパートナーを持って果たして幸せといえるでしょうか。

顔も姿も時間の経過とともに老いて崩れていきますが、キャラは~。^^
何を以て相手を選ぶか人生の大事な選択ですよね。

2025年3月24日月曜日

良かった良かった!

本当に一年ぶりの再会でした。

実は私と一つ違いの看護師さんで、何時も気軽に話していた看護師さんが居たのですが、ある希少癌でこの一年間「生死の狭間」を彷徨っていたと聞いていました。聞いた時点で余りの驚きに言葉を失ってしまったのですが、その後様々な診断と治療を経て病と戦っているという話を「間接的」には聞いていたのですが、眼の前に突然現れて驚かされました。

以前はどちらかというとふっくら系の豪快なお姐さんだったのですが、一時期は全く食べる気が起こらず何と15キロも減量してしまったとの事。しかし、ステロイドによる治療が入りだしてから、次第にそれをテーパリングという次第に使用量を減らす方法を導入して落ち着いた状態で安定的に推移しているとの事。

私の外来のほぼ終了したところで入ってきたのですが、その顔は以前の面影が戻っており、少しだけ小さくなって寧ろスリムにかっこよくなった感じ。何と言っても素晴らしい笑顔が戻って来ていてそれが私にとっては何より嬉しい出来事でした。

背筋をシャンと伸ばして内科外来の丸椅子に座っている様子はとても1年間苦しんで治療に邁進した担癌患者には見えませんでした!

ほゞ外来は終了していたので、10分ほど外来で二人で会話。この1年間に己の身に起きた由無し事を徒然に話し合い「へ~」「ホントに?」「そうだったんか!」等という話が沢山飛び出してきました。

何と言っても年齢が1歳しか違わない我ら二人。同じような年齢になると同じようなバックグラウンドを共有しており、ツマラナイ話、芸能、文化、知っている人等もかなり共通のバックグラウンドに基づいて話が出来ます。

今後も安定的に症状が推移してくれれば、何時の日かまた気の合う数人で食事会でも開いて快気祝いとしたいと思います。^^

2025年3月23日日曜日

最近変わってきた終末期の処置

命が終わりを迎える時どのような処置をするのか、そしてそこに至る迄の道のりでどのような方法論を選択するのか、その選択が次第に私が日本に帰って来たばかりの頃である10年前とは変わってきたと感じています。

以前はやはり「先生にお任せします」というパターンが本当に多かったのですが、厚労省のsuggestするような「終末期の治療形態に関する同意書」の類の書類作成を話し合う行為の確実な施行が当然になってきました。

患者さん御自身や患者さんの家族との間で「こうなったらどうする」「もしこうなったらどうする」という様な選択肢をかなり細かくディスカッションして決定していくのが普通になっている状況は以前からあまり変わっていないのですが、家族さんも患者さんも書面に書いてある処置や行為に関して事前の説明が無くとも、かなりの程度理解している人が増えてきているのです。

勿論、私の方でも疾病や病状の変化に合わせた処置上の種々のバリエーションに関しても被せて説明を行って理解を深めて頂くのですが、実際に片親や御兄弟で以前病人として病院に入院し、終末期に種々の延命処置を施したことで却ってその親族さん達を苦しませてしまった経験を持つ方々が増えた事、そしてその経験がネット経由で「まさに今その選択をする必要がある方々」がそれを学習してから選択をされる、という時代が来ているのです。

無論、まだまだそうでない方々も一部おられますが、実際の所は押し並べて…という状況で、最後には心臓マッサージや気管挿管を望まれない方々が増えてきました。しかもかなりの確率で。

時代の流れというものなのでようが、60代で亡くなる事も全く普通だった50年前とは違い、体自体が更にプラス20年ほど長く生きている事で、脳の方は認知症状の低下という現象の発現で心身のバランスの崩れた状態になる人が増えているのは自然の趨勢。

そういった中での選択肢の変化なのだと私は考えています。それが良いのか悪いのかも含めてそれが時代というものなのでしょう。

2025年3月22日土曜日

嫁さんと映画を観に行ったが…

今日もくしゃみと鼻水と目の痒みに悩まされながらの一日でしたがそこを押して嫁さんと「超」久しぶりに映画を観に行きました。

前回のゴジラ予約とそのトラブルに関連して長久手のイオンシネマには行かずに、わざわざ遠い大高のイオンシネマにまで行ってその映画を観ようと言っていたのですが、嫁さんと話しをしているうちに「やっぱり近いところに行こう」という方向で説得されてしまい、アノ事件が起きた長久手の方に行くことになりました。orz

説得に負けてしまった私は「もし、アノ糞マネージャーが居たら俺は暴れるぞ!」と言ったら、嫁さんには「もう居ないよ、それに居ても出て来ないよ」等と何の根拠も無い推測で為された話で丸め込まれてしまいました。

観に行った映画は鶴瓶と原田知世の出てくる「35年目のラブレター」というタイトルの映画です。簡単に説明すると、貧しい生い立ちと種々の不幸が重なって、小学校を低学年までしか通うことが出来ず、文字の読み書きがほぼ出来ないままに成人になってしまった人物の役を鶴瓶が、そしてその彼と縁あって結婚した女性の役を原田知世が演じていました。

嫁さんは予告編をちらっと見た印象から、この物語が涙を誘うものであるという仮定の下でハンカチを事前に準備。私に二枚のうち一枚を事前に手渡してきました。

実は嫁さんは私と結婚する直前にBack to the Future IIIを映画館に観に行ったのですが、一番前の列で大口を開けて殆ど最初から最後までスヤスヤ寝ていたという黒歴史を持っております。w

今回はそのような事もなく粛々と進む物語を二人で見つめ続けました。実は二人とも明確に泣いてしまっていたのですが、私はハンカチも使わずひたすら画面に見入っていました。話の筋自体は比較的シンプルなのですが、実際の話に基づいたものであるだけにその話の中身は深刻。ハンディを負わされた人生の出発とその想像を超えた苦悩と劣等感、かつ、そのハンディを克服しようとする努力の大変さは見ていて涙を誘わずには居られませんでした。

この映画の主人公が夜間中学校で勉強を始めた頃の非識字者数は約120万人とか出てきましたが、やはり戦争の影響と貧しさの絡み合ったものが大きな理由。現代の日本ではJICAによると、99.8%なのだそうです。この約1%のブーストは凄い。

想像できますか?自分の周りに溢れている文字情報が読み取れず、文字が読めないために、本来の知的能力とは関係なく仕事に就けない、人に馬鹿にされる、命の危険に晒される等という状況。

私にはその状態を人生のハンディの中では最大級のハンディの一つだと考えます。人は文字情報を読み書きすることで、次の自分を磨き築き上げるもの。その過酷さは私には想像もつきません。

それでもこの主人公は最後には己の殻を破り、淡々と努力を重ね亡くなった奥さんにレブレターを書き上げましたが、実はその亡くなった奥さんからも…というのがネタバラシになってしまうのですが。

どんなレベルであろうと、何歳になっても努力する人を決して嗤う人間にだけはなってはいけないと再び強く焼き付けさせられた映画でした。

嫁さんも今回は寝ませんでしたね!

2025年3月21日金曜日

縮小崩壊し続ける日本の自治体

いよいよ財政運営状況のヤバい自治体が「正式に」悲鳴を上げ始めています。

ずっと前にその放漫財政から財政再建団体に転落したメロンと炭鉱で有名だった夕張市の例があるものの、今度は北見市がその次に手を挙げそうな勢いです。

このニュースをYouTube経由のニュースで視て以来、そこに書き込んである種々のコメントを見た上で、実際にその背景にある事実を更に現実の数字で見ていくと、自治体の合併その他の問題だけでなく、実際の問題はこれから淡々と人口が減少し老齢化も進んで行く各地の地方自治体の代表例にしか見えません。

北見だけの話では全くありません。正直な所、歳入なんて全く増える見込みがない。ゴミ袋なんぞの値段を上げたところで焼け石に水どころか焼け石に霧ですよね。結局、死んでも行わなければならないのはコストカット。そして次がコストカット。未来の展望を開くような箱モノ行政などというのは既に今の日本では余程の税収見込みがない限りは絶対のレベルで行ってはいけない行政の仕事です。

市民達にパンを配り、サーカスを見せてくれるような市長を選び続けるような状況では全く事態は改善しない訳で、住民に苦難を強いる事を頭を下げて説明納得させることが出来る人物でなければ市の運営は早晩行き詰まる事でしょう。

前かあ謂われている通り、基本的には日本の多くの自治体はコンパクト・シティ化しなければ行政サービスは受ける事が難しくなっていくのは見えている訳で、如何に電子化が進んで行って手続きや書類発行などが迅速化されても、満足できるレベルの物理的サービスを受容する為にはある一定範囲内に住んでおかなければ、上下水道、電気、都市ガス、公教育、ごみ収集、郵便物の集配なども特別加算なしには受けられなくなると思います。

ポツンと一軒家に住んでも良いけれど、そこの家の光熱費は異様に高いよ!という世界。種々の計算式をもとにそれらのサービス負担量が産出される事になるのでしょうが、結局は無い袖は振れない時代が既にすぐそこまで来ている事を我々自身が受忍するしかないという事実を何時になったら認めるのでしょうか。

巨大な市庁舎や体育館、球場、ホール等多くに自治体が維持費に悲鳴を上げていても、それを作った連中はとっくの昔に行政職を去って居たり年金を受けていたり墓の中だったり…。

もっと足もとをしっかりと見つめて贅沢を言えない時代の到来に身構えろと言いたいのですが、聞く耳はお持ちにならないのでしょうね。実際に荒波に吞まれるまでは!

2025年3月20日木曜日

トランプというエコー・チェンバー

人工的に残響を創り出す部屋の事を我々は残響室などと呼びますが、英語ではecho chamberと言います。

ネット社会が出現して以来の最も顕著な変化はこのecho chamberの存在の明確化と多数化だったのではないかと思っています。ネット出現前までは判り易いエコーチャンバーと言えば各種の新聞や団体、そして政党だったと思います。ところが、ネット登場以降は物理的な距離や手段は一切消え去り、同じ思想傾向や性向を持った人達が「濃密に集う場所」が提供されるようになった事で、その「棲み処」には毛色の違う人々が入って来ると袋叩きに会う羽目に。

知的なレベルや思想背景が比較的均質な人々が、自分と同じような意見を出してくる人々に対して「いいね」や「リコメンド」ボタンを配してその集団内で更に賛同を集める仕組みですから、そこに集まってくるのはこれまた同質の人々。

こんな集会所に一円もかけずに同好の士が群れることが出来る訳ですから、その中での会話は大盛り上がり。同じ方向に向いたベクトルはそのパワーをいや増すばかりで、他の意見が到達しない事に…。

こんなつまらない事を改めて考えたのはトランプの再度の出現以来です。この頭の逝っちゃってるオッサンを創り出すために生み出されたecho chamberの名前はtruth social。まさに皮肉に満ち満ちたネーミングそのもので、ソ連時代のPRAVDA(ロシア語で真実)やイズベスチャ(ロシア語でニュース)のような感じで、当時のアネクドートで嗤われたように「ソ連の二大新聞、プラウダとイズベスチヤの違いは何か?―プラウダにイズベスチヤはなく、イズベスチヤにプラウダはない」を21世紀に再現する事態が出現しています。

USAIDの破壊、教育省の廃止命令、DOGEによる公務員達の解職等もう滅茶苦茶。確かに連邦政府の仕事は税金で動かされており、非効率な点がある事は中にいる人間でさえ百も承知。それでも、それを改善していくのは慎重な判断と考察と期間が必要な訳であって、鉈で竹ひごを割る様な事をやっていては正確な仕事は全くできません。

また、ベネズエラ出身のギャング共の強制送還にしても彼らがアメリカに害を為す極め付きの屑だとは判っていても、法治国家においては超法規的な手段は可能な限り使用すべきではなく、憲法を超えた行為はいかな大統領であろうと「犯してはならない原則」として許されない訳です。

この気の狂ったオッサンが何時も極太の安サインペンで大統領令を乱発する様はまさに「基地外に刃物」そのもの。気の狂った裸の王様が、トランプ・ワールドというエコー・チェンバーの中で他人の意見を顧みず暴走を続ける様は、アメリカって云うのは本当にどんな基地外でも、金さえあれば大統領にしてしまうシステムを持った怖い国なんだなと思わせるに十分な恐怖と絶望を振りまいてくれます。

今回の強制送還への批判に対する反論で「私は有権者が望んだことをやっているだけだ」とTruth Socialに書き込んでいますが、正にこれこそ糞チェンバーの真骨頂。自らが自らの限定的な支援者による熱狂の渦の中で、ローマの皇帝の様に振舞う様は「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」と言ったと謂われるビスマルクの言葉を再度想起させます。

もしこのオッサンがこれからもう暫く生きるとしたら、その残りの存命中、遠くない未来に様々な司法判断に弾劾され続ける様な事になるのだろうとボンヤリ思ってしまうのでした。

私が、この10年ほどは2chやその派生上の様々な枝葉のまとめサイトなどに全くアクセスしなくなったのは、こういったエコー・チェンバーの意見の中に揺蕩っていると、タダでさえ狭い自分の視界に更に偏向がかかるという危惧からでしたが、ネットの上で作り出される政治的仮想空間の現実への適応は共産主義や社会主義と一緒でそもそも機能しませんね。

使い方を誤った劇薬は恐らくその世界自体を崩壊させていく事になるのでしょう。

2025年3月19日水曜日

地下鉄サリン事件から30年

30年前の3月20日に地下鉄サリン事件が起きました。

カルト宗教集団オウム真理教の松本智津夫の指揮の下、最終戦争だの何だのという頭のおかしいクズ共が、何の罪も無い通勤通学途上の市井の人々にサリンをぶち撒けて6000人!以上の人々に障害を負わせ、13人の死者を出したという世界に巨大な衝撃を与えた凶悪な無差別テロ事件でした。

教祖であったブタは当然死刑として、そこに関わった幹部連中も長い審理の後多くが死刑。結局10人が死刑となるというこの関与側の死刑の人数も異様なほどに膨れ上がった事件となりました。

松本サリン事件、坂本弁護士一家殺害事件と併せてオウムの起こした三大事件と言われていますが、この事件の後も「信教の自由」の名の下にカルト教団は解散させられず、あの上祐が実質的な指導者として「ひかりの輪」として存続。しかも、今でも若い世代を吸い込み続けているとの事。

終末思想を教義に持つ連中というのは本当に厄介で、世界のあちこちでこの手の連中が起こした集団自殺や殺人事件の記録があります。人民寺院なんて云うのはその最たるものでしょうが、これは1000人弱の死者。ロクでもありません。

やはり、今後もこの手のカルトの連中はきちんと公安の監視下に置かれているのが肝要だと思います。日本では最大のカルトと言えば実際はあの公明党を支配下に置くあのカルト宗教団体ですが、こいつらはこいつらで政権運営のキャスティング・ボートを握るというようなヤバい状況ですよね。

せめてもの救いはこのカルト教団の二世、三世の宗教離れが進んでいるという噂。少子高齢化とこの親離れが重なっていろいろな教団が壊滅的な信者数の減少を認めざるを得ない状況になっていると聞き及びますが、このまま下降曲線を維持してしっかりと弱体化と消滅への道を歩んでほしいものだと思います。

宗教ある限り亡くならない終末思想。何れにせよ何時の日にかは消えてなくなるであろう人類終焉をわざわざ早める必要など何処にもありません。

2025年3月18日火曜日

博打打ちの健康法

仕事終わりに今池の亀ちゃんに皮膚科の先生と行きました。

が、その前にまずは新しくできた同じ今池のタコス屋に入りました。名前はPKPK Tacosという名前。東京で仕事をしていた東京出身の方が店長として仕事をされているんですが、メニューには20種類弱の種々のラップに包まれる中身が目の前の10種類ほどのトッピングとともに出てきます。

美味しい!と思える品々でしたが、正直一つ一つのラップが小さすぎて腹が満たされないというのが欠点。あと20%くらい大きければ良かったんでしょうが、8センチ程度のサイズのラップではやはり私には小さすぎました。もう一声、10センチ程度のサイズが有れば先ずは満足だったんでしょうが。御洒落サイズでは食いしん坊のオッサンには辛かったです。

そこを出て、今度は亀ちゃんに突撃。

揺り戻しの強い寒空の下、風に吹かれながら何時もの亀ちゃんの引き戸を引くと、期待通りのお爺さんがハンチングを被ってビールの瓶を傾けておりました。期待通り、直ぐに話しかけられてお店の姐さんとの掛け合いになりましたが話の中心はおっちゃんの博打の話。w

話の中心は「博打なんかやっちゃいかん!勝てやせん!!」と云うのを手を変え品を変えいろいろな実話で話しかけてくるのですが、そこにオジサンの日常の行動を知る店の姐さんが茶々を入れるという状況。「この人はね!朝7時半に起きて、まず場外馬券場に行ってコヒー飲んで、それが終わると競輪の勝負に行って、それが無い時はボート・レースに行くんよ」と言って、毎日の規則正しい博打生活がオジサンの健康法だとの話でした。

この方は若い頃から視覚障害があるという事で、名古屋市内の移動は公共交通機関の届くところならフリー。

ところが店の姐さんの話では勝った話を聞いたことがないとの「博打あるある」のトホホホ話でしたが、実際には万馬券を当てた事もあるし、万一のお金として200万は絶対に使わずに取り分けてあるとのことで、なかなか堅実。博打健康法は正解なのかもしれません。w

最後の方は「あんた博打はやらんのかね?今度競輪行かんか?」とのお誘いを受けたのですが「まだ仕事が結構忙しいので~」と茶を濁させていただきました。

そこへ別のオジサンO島さんという方が登場して「畜生、今日も負けた~」とバクチの負けの話。ハンチング帽のオジサンとの漫才のような博打の話の掛け合いに我々二人は大いに笑わせて頂いた後で、今度は平成の初めくらいまでは普通にあったというヤクザの仕切る馬券売り場、いわゆるノミ屋の「微細を穿った実に詳しいお話」が展開され、我々若造はその話を実に興味深く傾聴させて頂いたのでした。まあ、教科書には絶対に載っていない話ばかりでしたが。

そういう裏社会と公営のシステムが背中合わせで自然に存在していた「緩い時代」のお話は、我々とオジサンの間の距離を更にスッと縮めてくれたような気がしました。

 九時過ぎにハンチングのオジサンがスッと立ち上がり「こんなに遅くまで飲んだのは久しぶりだ、じゃあ俺帰るわ」と言った時に横に居たO島さんが「良いな、家に女が待っている奴はヨ!」と茶化していましたが、オジサンはと云うと後ろを振り返らずに右手を挙げて格好良く出ていったのが印象的でした。

この店には令和のコンプライアンスはゼロ。野暮とは縁遠い大人だけが酒を飲める「やがては消えていく」最後の昭和が残っている場所なのでしょう。                                                                                              

2025年3月17日月曜日

いしだあゆみの訃報・・・

お昼に「いしだあゆみ」がお亡くなりになった事が様々なメディアから号外として流れました。

いしだあゆみという名前は、我々昭和のアラ還にとっては恐らく人生で初めて登場した小さな自分でも歌える歌を歌う芸能人だったのではないでしょうか。他に思い出せる芸能人と言えば、梓みちよの「今日は赤ちゃん」ですが、これは歌えても歌手の名前は当時知りませんでしたし、相良直美の「世界は二人のために」は顔と名前も良く知っていましたが、フルには歌えませんでした。あとは「喝采」を歌ったちあきなおみさんでしょうが、歌詞の意味が難し過ぎて小さな子供には理解は無理でした。

結局、歌詞の内容が平明で子供でも歌える「ブルーライト・ヨコハマ」が大好きで、幼稚園の行き帰りには鼻歌としてよく歌っていました。特に冒頭部分ばっかりでしたが。^^

街の灯りが とてもきれいね ヨコハマ ブルー・ライト・ヨコハマ あなたと二人 幸せよ 
いつものように 愛のことばを ヨコハマ ブルー・ライト・ヨコハマ 私にください あなたから 
歩いても 歩いても 小舟のように わたしはゆれて ゆれて あなたの腕の中
足音だけが ついて来るのよ ヨコハマ ブルー・ライト・ヨコハマ やさしいくちづけ もういちど 
歩いても 歩いても 小舟のように わたしはゆれて ゆれて あなたの腕の中 
あなたの好きな タバコの香り ヨコハマ ブルー・ライト・ヨコハマ 二人の世界 いつまでも

本当に奇麗な人だな~って子供心に思ったチビ助の私ですが、時間が経つにつれてこの奇麗なお姉さんがどんどんどんどん痩せていくのを目の当たりにした私の成長期でした。そして私が大人になって暫くしてから見た久しぶりの彼女は、どう考えても痩せすぎでは?という程に痩せていました。

何があったんだろうなという事に関して知る必要もないし、比較的最後まで彼女がドラマなどに出ている姿を見続ける事をが出来たのは私にとって何よりだったと思っています。

どんな人でも最後は亡くなる。それでも、自分が小さかった頃に黄金の時代を迎え始めていたような人達が次々に鬼籍に入っていく報せを受けるというのは寂しいものです。アノ人、コノ人、そしてやがてはその人達を知っていた我々も。

それでも素晴らしい作品は間違いなく受け継がれていく事でしょう。

いしだあゆみさん、私の人生の中で絶対に忘れない人の一人である事に間違いありません。長い間の素晴らしい活動、お疲れさまでした。合掌。

2025年3月16日日曜日

時代遅れの愚か者

とんでもない患者がまた出ました。

というか、時代の中でもう生きていけない人達なんだなっていう人達が居るんだなと云うのを再確認した事件が起きました。

実は数年前にも認知症の患者さんが療養病棟でほぼ同じような事をしでかして、お見舞いに来ていたその娘さんにその話をしたところ、平謝りされたことがありました。その内容とは今回の事件とほぼ同一。

私の病院で勤務している看護師さんの中には中国からやって来てアッという間にキチンと正看護師の免許を取って仕事を始める女の子達がいます。(そもそも中国で看護師免許を持っている女の子でもありますが!)

そんな女の子達も、その若さ故でしょうか「あっ」と言う間に日本語を覚えて更に一年も経つと物凄く流ちょうな日本語をしゃべり始めます。勿論、文字などは私などの数百倍も上手くてそもそも比較にもなりません。しかし、どうしてもなかなか抜けないのはそのアクセント。日本人が喋る英語と同じで、文法的に正しくてもその時代の文化の中ではもう使わないような文章の使い方や、少し標準とは異なる日本語のアクセントを使います。

しかし、今回その様な日本語を話す女の子に対してある70絡みのオジサンが「お前は中国人だろう。俺は中国人とは喋らん。バカが!」等という暴言を吐いた挙句、自分の振り上げた怒りの拳自体に興奮して看護師さんに手を振り上げたのでした。

女の子は実は今日が日本で働く最後の日で、あとは四月に中国に帰るだけなのでした。よりによって、その最後の夜勤の日に暴力を振るわれた女の子に対して私は職場で働く上司として、そして日本人として心の底から謝ると共に、直ちにその患者の所に行って本人に事実を確認した後間違いない事が判明。患者に強く説諭し、直ちに退院を命じました。

未だにそういう視点で日本で真面目に働く若い子を汚い言葉で罵る輩が居るという事に深い哀しみを覚えました。

何というか、これではそのオジサンが憎む中国という国の人間以下の所業を犯しているという事に気づいていない愚かな矛盾。カスタマー・ハラスメントとかなんとか云う前に思った一言は「バカに付ける薬はない」というものでした。

昭和100年を迎えた今年。まだあの戦争から抜け出せないバカ者の残滓が日常に溶け込んでいる事を再確認したのでした。


2025年3月15日土曜日

近所の道の駅でも十分楽しい

嫁さんと連れ立って瀬戸の道の駅に行きました。

瀬戸と言えばあの藤井聡太君の地元。実は私の職場で働いている方にも瀬戸から来ている方は沢山いて、日常の中で藤井君に擦れ違う様な事もザラらしいんですが、日常に干渉しないように地元住民は比較的見て見ぬふり、というか極力声を掛けたりしないようにして「普通」を作ってあげているんだそうです。^^

実際の話、藤井先生レベルの人物にとっては何も起こらない、誰にも注目されないで市井の人として日々を過ごす事は日本区内ではほぼ不可能。海外にでも行かなければユルフワ生活は一切できません。そういう意味では地元の方々のそういう心配りは藤井先生にとっては何よりも大切なものなのでしょう。

職場の人の話では、藤井先生の出た小学校も知っているし、家も御両親の顔も知っているとの事。地元民の人的情報ネットワークは濃密そうです。w

さて、夫婦で向かった道の駅は「瀬戸しなの」ですが、以前もここに来てパンや蚊取り線香を入れる瀬戸物を買った事があります。この道の駅には手作りパンを作るデイリー・ヤマザキや地元でとれた新鮮な大量の野菜、そして地元のお土産という道の駅の定番。当然ですが、各種の陶磁器も置いてあります。

実は、今回の訪問ではある出会いがありました。それは道の駅の脇に出ていた何件かの手作りショップのうちの一つであったお婆ちゃんが手作りしているトートバッグのお店でした。値段は異常に安く、高い品質。色使いも品があってこれは是非手に入れたいと思ったのですが、サイズがもう一回り欲しかったので、別にオーダーさせていただきました。

凄いのはお婆ちゃんなのにインスタその他のメジャーなメディアを全部登録して使いこなしている事。スーパー婆ちゃんですな。やがて出来て来るであろう新しいトートが愉しみです!ベースの色基調を好きなオレンジにして、大きめのトートにして貰いました。7,000円で作って下さるとの事。前払いは拒否されたので、仕上がりの時払いですね。

さて、帰る前に黒あん焼きそばを食べ、日系ブラジル人の出しているチキン・ケバブをお土産に買ってもう一つグイ飲みを一つ買い足して家路についたのでした。

2025年3月14日金曜日

生中継「ライバー」の死

一体そのシーンと云うのはコピーされて拡散でもされたのでしょうか。

探す気も無いし、例えあったとしても見たくもないような襲撃シーンになっているでしょうから、敢えて見ようと思うのは警察関係者かサドっ気のある変態なのでしょうが。刺殺された最上さんという方は「ふわっち」というアプリでのCastをされていて被害を被ったようです。

将来の夢はYouTuberになる事とかいう、やばい子供達が増えて来るのも無理からぬことかもしれません。下らないおふざけをして、良かろうが悪かろうが、どんなに下らない事でも世の中で目立つことをして金が入れば良いと云うのがYouTube等の金稼ぎの基本。

勿論、規約上は倫理的な箍(たが)は嵌められていますし、金を貰う為の敷居もそんなに低くはないのは最近では良く知られたところ。しかも、視聴者数当たりの単位収益もGoogle側の都合でどうにも下げられることは可能ですし、安定的に生きていくという意味ではやたらと恐ろしいシステムです。しかし、ネット上の収益法をいろいろと見ると、他にもインスタでも投げ銭などというものもあるようで、まるで何とか一座の地方公演での「御捻り」と全く一緒のシステムも存在する事に逆にナルホドという感じ。時代や調達方法は変わっても、その人やグループの「推し」から金を掻き集めるという考え方自体は何も進歩が無いんだなと思うのでした。

私のようなオッサンがネットのニュースで見かけただけでも、迷惑系だの私人逮捕系だのという訳のわからん連中がハエの産み付けた蛆の如く糞壺の中で蠢いています。こういう連中でも生きていけるようなシステムがこのネット中継に移っていると云うのも有るんのかもしれませんが、この「顔」と「位置」を晒すという行為がどれほどリスクの伴う行為なのかと云うのをまざまざと見せつけたのが今回の事件の要点の一つだと思います。

事件の背後には借金返済云々と云うのもあるようですが、不特定多数の人間に個人情報をばら撒いてそのプライバシーと恥の切り売りで金を稼ぐという行為の恐ろしさは一種の無敵の人が出来る事なんじゃないかと思うんですけどね。

「稼いだモンの勝ち」なんていう言葉を吐いて悦に浸っている人がこれほどどの程度まで「文字通り」無事に生き残ることが出来るのか。小蠅のようなレベルから大物の皆さん迄、襲撃その他の犯罪に巻き込まれずその成功譚を喧伝できるように祈るばかりです。

と思っていたら、N党のあのポピュリストが鉈で襲われたとか。言いたい放題と言論封殺の両極端のバカの間で消しあいまで起きているようです。あな恐ろしや。

2025年3月13日木曜日

ネコちゃん元気になって来た!

前回インスリンの投与量過剰でシック・デイ状態になってしまった我が家の猫。

血糖が高い為に何度もイヌ・ネコ病院に行っては血糖測定をしてインスリンのボリュームを調整していたんですが、通常打っていた0.5Uが最終的に3Uになった途端にシック状態である低血糖に。瞳孔が開き気味になって、動きも悪く、食事を摂らなくなってしまいました。

娘と嫁さんが獣医さんの所に飛んで行って診察を受けると見事な低血糖になってしまっていたのでした。結局、これでは糖尿を治療するどころか死に至らせてしまうという事で急遽インスリン注射は一旦中止に。

結局、それから血糖値が暫く戻り、かつ食事の量が戻る迄には数日かかる有様。やっぱり低血糖は恐ろしいです。

結局、猫の毛を刈ってCGM(Continuous Glucose Monitoring)システムを獣医の先生とセメダインを使う事で体に張り付けて血糖の常時測定を開始。剥がれないように猫に服を着せていたのですが、大変嫌がりましたね。当然ですが。w

しかし、このおかげで一々獣医さんの所に行く事も無く、連続的に血糖測定をしてはグラフに描出されますので、それを先生に電話で報告するだけで相談できます。結局、インスリン1UではほぼずっとHIであった為、0.5Uずつ増量して最終的に2Uにする事で体重も減らず(=食事が摂れている)、低血糖にもならない状況が判明したという事で行く事になりました。

と思たったら、いきなりCGMが猫の皮膚から剝がれ強引に全てが終了と相成りました。orz

実はネコ専用に開発されたインスリンもあるのですが、これを使って検討コントロールしていて、犬猫がポロポロ死んでしまっているんですとそこの先生がお話してくれました。人用インスリンで、こういうある程度の「safety margin」を取っておいてフォローが一番という気がしました。

若い時とは異なり、緩い感じで血糖コントロール。人間の場合も高齢者では基本です。うちの猫ちゃんもこれで天寿を全うできそうな気がしてきました。


2025年3月12日水曜日

花粉でいろいろやられてる

今日仕事を始めた時、ナースステーションに座っていた「花粉に対する敏感さ病院で一番」みたいな花粉センサーのような看護師さんが涙を流して参ってました。

雨がちょこっと降ってはその翌日に暖かくなるという恐らくスギ花粉なんかの飛散には最高の環境が揃うという状況がこの二週間で二回ほど続いて発生していましたので、こういう状況が登場するというのはかなり明確に見えていました。

涙ポロポロ、鼻はスルスル、しつこくクシャミまで出てる始末。更に本人に言わせると体が重くて仕事どころじゃ無いとの事。確実にアレルギーだろうなという感じでした。こういう状態で一日仕事をするのは本人にとっては「つらい」どころでは無い筈ですが、俯きながら目にティッシュを押し当てて仕事を始めていました。

外来でも内服の抗アレルギー薬は勿論、点鼻薬、点眼薬は飛ぶように出ていきます。それぞれに症状の種類や程度は違えどもアレルギーである事には変わりありません。

コロナやインフルエンザのシーズンが一段落したと思ったら今度はこれです。(少なくともまたコロナは直ぐに戻って来るでしょうが!)何だか一年中こういう”症候群”に薬を使っている感じ。薬が無くならない事をただ祈るばかりです。

抗アレルギー薬としての薬にはその押さえ込むチャンネルの種類や血液脳関門の通過の程度の差による眠気の誘発具合、持続の程度によって何種類もの薬の使い分けをしますが、最近経口剤で良く出しているのはルパフィンとビラノアでしょうか。ルパフィンは眠気や口渇感の出現が強いのですが、効果という意味では強いと思います。

デザレックスなどは昔は良く使っていたのですが、眩暈のような症状を訴えるお年寄りが居たため最近は出していません。ビラノアは眠気が出にくいので運転する人にも出しやすい点が良いかなという感じ。昔からあるオロパタジンは私なんかはもうちょっとでも飲むとズズズズと眠気の沼に引き込まれるような古いタイプの抗アレルギー剤で、精神科の先生にはこれを眠剤として使う人も居るほどですから、今の時代、とても日常的な運転者に出せる様なシロモノではありません。

何れにしても杉・ヒノキのシーズンが終われば今度はイネ花粉。日本の一年は四季折々といいますが、アレルゲンも四季折々。手を変え品を変え人間を襲い続けます。

文章書いていた私も何だか目が痒くなってまいりました。w

2025年3月11日火曜日

またやって来たあの日

あの日の一撃に由来する大震災で東北では18,000人以上の方々が亡くなりました。

私はアメリカに居ましたが、日本から配信、実況として送られてくる信じられない動画の数々にただただ目頭を熱くしていました。とても現実に起きている出来事とは思えないようなシーン。眼の前にいる人々が黒い液体の塊に襲い掛かられているシーン。画像の中で田んぼの中を恐ろしい勢いで遡上していく津波の流れを視ているなかで「逃げてください、逃げてください」というアナウンサーの声を聴いていると本当に涙しか出て来ませんでした。

多くの方々が潰れた家、津波によるより溺死や流れて来た物との衝突による死、火事、凍死等で亡くなるという有り得ないこの世の地獄。21世紀の日本にこんな地獄絵図が出て来るものなのかと。

家族全員が亡くなられた方、一人だけ取り残された方、両親を子供を失われた方々の話は流す涙が枯れ果てる様な聞く事自体がトラウマになる様なものばかりで、自分だったら立っていられるだろうか、それよりも生きていけるだろうかと自問する日々。

被災者に寄り添う事は勿論できず、アメリカから私が出来る事は小銭を送る事だけでした。

自然の力の前では想定を幾らしていてもそれを超えて来る「何か」が何時でも起こりうる事を示した恐ろしい大震災でしたが、人知を超えた事がいつ、どこで、どれくらいの規模で起こるのかと云うのはこれからも本当には誰にもわからないと思うのです。予想は出来ても正確にはわからないと。

あの日から驚く事に既に14年。6歳だった子供でさえ既に二十歳。10歳だった子ならもう医学部を卒業し、今年は現役の医師になるような歳です。おそらく、あの日の悲劇を胸に刻みつけ、人の命の重みを誰よりも知る高い志をもった方々が医師になっていくでしょうし、その他のエリアでも建築、防災等で数々のスペシャリストが育ってるはず。

人は灰の中から何度でも立ち上がるとは言いますが、私はもし家族の誰かを失ったらあの震災後のボランティアが働く会場で気丈に振舞っていたような方々の様には絶対に働けないでしょう。

そういう意味でも、被災されても他の方を思い遣り必死で働き続けられた方々、そして今の街の再建へ貢献された方々の苦労を偲ぶと共に、亡くなられた無辜の人々と行方不明の方々の御冥福を改めて祈る日となりました。

2025年3月10日月曜日

そんな家庭が今もある

今日は昼飯時に病院のヘルパーさんから愚痴を聞きました。

「聞いてくださいよ~」と言うので周りの看護師さん達と話を聞いていたんですが、どうやらこの女性は家に御主人と娘さんと御主人の御両親と同居しているらしいのですが、さらにそこには結婚していない御主人の弟さんも住んでいるとの事。更に!ここには頻繁に御主人の姉さん夫婦もやって来ては泊っていくとの事。

そこで、不満と云うのはまず家族が私を家族会議に入れてくれないというもの。更には義理の親、特に親父の方がずっと私に文句を言ってくるくせに家の事は何も手伝わないし、時々つむじを曲げて謎の理由で誰とも口を利かずに部屋に閉じこもっては飯だけ食べに降りてきたりするとの事。所謂「こじらせ」系の爺さんが居て困っているとの事。

更に、何か口を開くと家事の事を手伝わないのに家事の事には口を挟んでくるのだそうです。まあ、面倒くさい年寄りなんでしょうな。w

その他にもいろいろ聞いて思ったのですが、まるで昭和の大家族に嫁いできた嫁さんのようなもの。小さな子供さんが一人居るらしいんですが、その子は義理の両親から猫っ可愛がり状態にはされるんだそうですが、別に近くの保育園に送り迎えなどをしてくれる訳でもないとのこと。聞いているとこの女性サイドからだけの情報なので真偽は不明なんですが、正直そんな親との同居とか「何だかな~」という感じ。

自分が女性でそんな立場だったらゾッとしますが。勿論、親がどんな人かにもよるんでしょうが、聞いた範囲ではあんまり一緒に居て嬉しいタイプの人達ではなさそうですよね。w

この話をしていたところで、周りの二人の看護師さんは「むり~、むり~」と強い拒絶反応。「私なら絶対そんな同居しないし、そもそもずっと相手の両親といるとか息が詰まる」と言って半分怒っていました。このヘルパーさん自身も、友達とLINEとかで話していると、「絶対に別居しかないよ!」って言われるそうです。

何というか、私の家ではちょっと考えられないパターンだなと思うんですが、今の時代やっぱり大家族で小姑みたいな人物や結婚していない義理の弟が居る家庭とかで一つ屋根の下で過ごすのはプライバシーの観点からしてもかなり難しいのかなとちょこっと想像してしまいました。

そもそもこのヘルパーさんの一番の悩みは部屋は沢山あるのに自分のプライベート空間はゼロという事だそうです。テレビも自由に視れないし、友達と自由に話せる空間も無い。しかも家のローンは御主人だけが払っているとの事。更には自分の給料も全部毎月預ける形で取られるんだそうです。

そこまで聞いたら私自身は何も言えませんでした。もし話が本当ならっていう事ですが、そんな生活は嫌だなって思いました。それ以上でもそれ以下でもありませんが、ただ嫌だなって思いました。

2025年3月9日日曜日

ネットも凄いけど、これを見つける方も凄い

今日はこのブログの記事に対するある方の返信に腰を抜かしてしまいました。

それはつい先日ここで書いた異食症の息子の記事の続きに対するコメントに書いてあった情報でした。その方のコメントはリンク先のコメント欄に載っていますが、冷蔵庫などのフロンが使われた製品の表に貼られたスティッカーである事が判明しました。

余りにも鮮やかな問題解決力に嫁さん共々ビックリしてしまいました。そして、その回答が下の写真。
冷蔵庫の表面の貼付物!
上の冷凍庫に当たる部分の扉の外にキチンと張ってある明るい黄色というか橙色のスティッカーです。下にその拡大部分が出ていますが、こうやって奇麗に新品で提示されれば「判ります」。しかし、さらにその下の胃から取り出したものの写真でどうやって判る?という話。
これが・・・確かに正解なんですが、それが下のブツと同一だと誰が判るでしょうか???
これは前回表示した胃内からの摘出物
家に戻った後、嫁さんにこの情報を見せたところ「えーーーーーっ」という感じの声をあげて私と同様に腰を抜かしました。二人で話し合ったのは「どうやってこれを探したんだろう」というもの。

表面の文字を読まれて?いや、それでも超能力レベル。グーグル画像検索?いや、無理でしょう。non-flonとか、シングルライフとかで検索されて?いやそれも有り得ないような謎です。言われてみれば、レトロスペクティブにこの「正解」というネタを見せられた後、そう言えばこれに間違いない!と言えますが、正直私にとって殆ど手品のレベル。一流のマジシャンですよ。

これ探す能力を持たれている今回の返事を投稿して下さった方は私達が逆立ちをしても勝てない探索能力を持ったintuition/inferenceの力を持った方。CIAやFBI等に勤められたら物凄い結果を出しそうな気がするんですが!^^ いや、余計な提案でした。

こんな方はその知的能力を存分に発揮された何らかの素敵な人生を送っておられると思いますので。

2025年3月8日土曜日

これまた素晴らしい無料チケット

先日LINEをやっている時にある情報が目の片隅に入ってきました。

それは次回、オリンピック代表クラスの選手の居るハンドボール・チームであるブレイブ・キングス刈谷の試合の無料チケットが四人分手に入るというものでした。中日新聞提供のものでしたが、この際どこの提供か等と云うのはどうでも良い事で、その試合のクオリティこそが問題。

何と言っても、現在のハンドボール男子日本代表に18人中何時も4‐5人が代表に入るレベルのチーム。しかも、今年はリーグ二位なんですが数年前には一位にもなったチームです。以前は鬼の様に強かった大同特殊鋼は最近はちょっと沈み気味。代わりにトヨタ関連のチームが昇り龍状態ですね。

そんなチームであれば見る価値は十分にある訳です!名古屋市はまことに残念な事に女子のチームはあっても男子のプロチームは無いのです。orz 私は、そもそもリッチモンドに住んでいた時にVCUという「応援すれば全国に行ってくれる、勝ってくれる!」というチームがありました。そういう意味で、会費を払ってでもチケットを買ってでも応援したくなるチーム、期待感を持って応援できる地元のチームが欲しい。

中日はダメ。地元だからこそこういうプロ野球チームがあるという素晴らしさに感謝したい所なのですが、余りにもダメすぎて…。最低レベルを万年地表スレスレで飛び続けるチームを球場に観に行こうとは思えないのです。駄目トラを応援し続ける関西人のスピリットを持つほどのドラゴンズ愛も残念ながらありません。w

さて、御託はもう終わり、刈谷に行って見て参りました。
これが今季の選手達。体育館入り口のバナーです。
実際には少し古い体育館だなと思いましたが、電子チケットをマシンにかざして中に入ると先ず選手達のスティッカーが置いてあって、そこから好きな選手をピックアップするというものでした。(後でこれが人気投票に直結すると判りましたが!^^)

中に入る前にバンバンと音の鳴るハリセンを渡されて気分も盛り上がります。二階席に陣取って観戦待ちですが、一時間以上前から外で買った肉チャーハンやお菓子を頬張りながら待っていました。
バスケと同じで試合前の演出は盛り上がります!
ハンドボールは6人攻撃+1人のキーパーが標準のセットアップなのですが、試合の流れによってはキーパー無しで7人攻撃をしたりするのも全く普通の事。試合開始から一度も相手に主導権を握られる事無く、試合が終わってみればトヨタ自動車東日本レガロッソ宮城相手に36‐25という大差をつけての危なげない勝利でした。

実は私は高校の頃ハンドボール部に所属していましたので、今回の選手達の「物凄さ」がヒシヒシと伝わってきました。ポストパス、ムササビ、忍者等々のスカイプレーの恐ろしいスピードやシュートのテクを真近で観ていて震えました。嫁さんはピンと来ていなかったようですが、そのレベルを感じる私には背筋にビンビンと電気が走りました。
プレイの一つ一つはまさにスゲーの一言でした。
試合が終わった後に気づいたのですが、選手紹介に書いてあった選手の身長は190㎝近傍の大男達。実際にコートで見ると普通に見えても、本当はやっぱり大男なんですね。一番小さくても178センチ!私がコートに立てば…ですね。w

チームが今年勝てばファンクラブに入ろうかなと思いました。

2025年3月7日金曜日

息子がまた命の危険を冒した・続き

結局、朝まで超浅い眠りのまま親子二人でまさに「まんじりともせず」という状態でした。

朝からは胃カメラを用いての取り出し作業です。
実際にはこういう事に慣れている胃カメラの手練れの先生の到着を待っての仕事です。内科外来のカメラ室の担当の方にお願いをして息子が取り出しをする事を説明したところ、気軽に引き受けてくださいました。

息子は病院に来た事は理解していて、大人しくしています。彼はこういう事に関しては幸いにして受容的で、歯医者での治療等も問題なし。というわけで、喉頭の麻酔をかけるスプレーも素直に受けてくれました。

先生が到着されて、作業開始。

カメラを突っ込んで直ぐにまず第一の遭遇がありました。それは昨日のCTでも写っていた食道中下部の物体。見てみたところ昨日、直接口から取り出した土日エコカードの残りの半分。orz
この曲がったカードの突っ張りが食道を一晩中拡張させ続けて、息子のゲップを誘っていたと推測されました。
実はこれはクリップで摘まんでも表面のプラスチック故に滑ってしまってダメでした。そこでこれを一旦、胃の中に落とし込んでしまってからバスケットで採取する事に方針変更。直ぐに落とし込んで最初はリングを使って取り出そうとしましたが無理でした、それどころか胃の中に何ともう一個の異物それも相当古い異物を発見しました。orz
酸に晒されて長い時間が経ったと思われる「何らかの物体」を見つけたのです。これ、相当大きいと思われたのですが、幸いにして最初にこの物体はこの最初に四敗した輪っかで摘出する事が出来ました。洗って展開してみたところ、以下のようなものでした。
表面の文字を見る限りでは、恐らく作業所で使われている何らかの商品の表面に張ってあるシールでした。しかし、このシールは相当長い間胃の中に入っていたのでしょう。黒色に変化した表面の物質はかなりゴシゴシ擦っても取れませんでした。

計測してみたところ、直径10センチメートルのスティッカーでした。ともあれ、この二つのトンデモナイ物体が取れた後の息子はゲップも大幅に減って、夜も全くスカーッという感じでスヤスヤと寝てくれました。

異食症。トンデモない難敵です。


2025年3月6日木曜日

息子がまた命の危険を冒した

また起きました。

息子の異食症の話は何回か書いてきましたが、今回の事件は夜の11時前にPCに向かってYouTubeを視聴していた息子の激しい咳込みで始まりました。

いつも我々自身も気を付けているんですが、時々コッソリと扉を閉じて視聴しています。ほとんどの場合、何も悪さをしないで精々のところ机の表面の塗装を剥がして1ミリ角位の塗装を口元に運んだりするくらいなのですが、今回は違いました。

咳き込みに気づいた嫁さんが息子の所に行って口元を確認すると、口からあるものを4つ折りにしたものが出て来ました。それは昨年の名古屋女子マラソンで待機所の医師として参加した私に配られた当日限定の土日エコ切符。

口から取り出して気付いたのですが3回ほど奇麗に折りたたまれ、それを口に入れて吞み込もうとするという普通の思考回路を持った人間からしたら「全く」理解できない行為をしていたのでした。私は、その危険な行為を見て思わず「アホか~!」と怒鳴りつけましたが、息子はむせた後の涙目顔で私を見つめるだけでビビっていました。

ところが、その後が問題。口の中には何も残っていないと思っていたのですが、口からその織り込まれた土日エコ切符を取り出した後もまだ「おえ~、おえ~」と言って1分間に数回嘔吐を見せます。

嫌な予感がして近づいて背部叩打をしてみると小さな文字の書かれた紙のクラスターが数個出て来ました。それで終わったと思ったら、別の部屋に行って未だ吐き気を示して見せます。仕方ないので奥の手登場です。

いつもこういう時の為に持っておいたディスポーザブルの喉頭鏡をもし出して来て、息子をベッドに寝かせ頭側に立膝をして息子の喉頭を意識下で観察しました。まさかこんな日が来るとはと思いながら観察しましたが、取り敢えず観察した範囲では何も見えませんでした。

暫くすると目立った嘔吐反射は頻回には出なくなってきたのですが、何となく本調子ではありません。やはり嫌な予感はします。そこで、大変申し訳なかったのですがラインで近くに住む病院の放射線技師さんを呼んでお手伝いしてもらう事にしました。

快く引き受けて下さった技師さんと自分の勤める病院の放射線室で待ち合わせて作業開始。単純XPでは何も映らず、CTへ移行。息子の脇に立って画像撮影したところ、やはり、食道に何らかのプラスチック片らしき物質が引っかかっているのを発見。胃の方にも何か紙のブロック様な影が見えます。CT上は鉄で無い事は確認できましたが、やっぱる悪さをしている何かが引っ掛かっていました。orz
コロナリー画像での縦郭像。
真ん中左に菱形に拡張している食道が確認できます。
この時点で症状はほぼ無かったので、取り敢えず明日の朝からファイバーを使って俺を取り除く事に決めました。

取り敢えず、息子を車に乗せて家へ帰りシャワーを浴びせて寝せましたが、やはり気持ち悪いのは残っている様で一晩中寝付いては起きてゲーッというゲップを吐いていました。そのまま何度か私もごく浅い眠りのまま朝を迎えたのでした。

(明日のブログに続く)

2025年3月5日水曜日

血圧のコントロール

嫁さんの血圧が上がって来ていた事から降圧剤を嫁さんに服用させ始めて既に二年以上たちます。

実はもともと私自身は血圧の高い人間では無かったのですが、40半ばを超えてきたころから、疲れた頃にウォルマートとかで血圧を測ると「アレ?」という感じで血圧の上の価が130を超える様な時が時々出て来ました。それ以降は上がったり上がらなかったり。

10年前に日本に帰って来てからもあまり変わらない感じで、上がったり上がらなかったり。そのうち、下の血圧が少しずつ上がる事が多くなりだして、上もコンスタントに130を示すようになってきました。

嫁さんの方が血圧の上りがちょっと高かったので、オルメサルタンという降圧剤を服用させ始めました。効果はテキメンであっと言う間に正常範囲内の血圧を示すように。その後、ちょっとした理由があってアムロジピンという薬に変更。やはり降圧効果は十分でした。しかし、これもまた訳あってもう一度ARBであるオルメサルタンに。

取り敢えず、嫁さんはこれらの薬を一剤飲むだけで十分に上等な降圧を達成する事が理解できました。出は己自身はどうなのかと云うと、年齢や血圧の込み入った状況を考慮すると、いろいろと考えないといけない事があるにしろ先ずは単剤で降圧。私の場合は早朝高血圧の傾向が強いので寝る前にしっかり服んでいますが、良く効いています。

このタイプの高血圧は脳梗塞や心筋梗塞のリスクが高い方なので、きちんと降圧する必要があります。今のところ私は一種類の降圧剤で事足りていますが、今後の流れを考えると、心不全予防その他の目的の為には長い目で見てどの薬を選択していくか良く考える必要があると考えています。

降圧剤の進歩は日進月歩。私が医学部に居た頃には影も形も無かったような薬が大手を振ってメインの薬として使われている時代。勉強しなければアッと言う間に時代に取り残されてしまう状況。古い知識で古い治療を続けているとその行為自体が犯罪になってしまう事になります。新しい知見に基づいた治療論で、より良い薬を使って治せる疾病を「その方法知らないから」という理由で使用しないのは患者さんのレスキューにおいて完全にバツですから。

循環器専門医との心血管系の治療や知見に関するこの手の話はなかなか奥深くて愉しいものです。今後もいろいろ多くの先生方から学びながら、嫁さんと二人分の血圧のコントロールに勤しんで参りたいと思います。^^

2025年3月4日火曜日

感謝される仕事

人の「やりがい」は仕事に限らずとも達成感と感謝される事に二つに尽きると思います。

達成感と云うのは如何なる仕事でも大事で、研究や作品制作、ビルの設計、自動車免許の取得、テストで目標としていた得点を取る等々、世の中にはチャレンジをする人のチャレンジする出来事の数だけ達成感を得る道筋はありますよね。

勿論、やりがいはもう一つの側面を持っていて、何かを行い達成する事によってその恩恵を受けた人がそれを行ってくれたことに感謝してくれる事で達成感が幾倍にも増幅される性質思ていると思います。教え子にきちんと教育を施してしっかり学んでくれた生徒が、今度は師匠より成長して世のため人の為に役立って人々から感謝されるような事をしてくれれば、それはそれでまさにやりがいが幾万倍になって自分に戻ってくれることになります。

いろんな仕事の中で、現在、自分が今している仕事と云うのはそういう意味では自分の行為が直接に患者さんの健康と命を左右する仕事であるだけに責任は重くいつも勉強をしていかないといけない仕事ですが、そんなのは他の仕事でもまともな人なら皆同じ。^^

緊張感のある中でこの手技に失敗したら、この判断を間違えたら…人の命がリスクにさらされるかもしれないと云うのは大きな大きな責任を伴う仕事。長女がアメリカで大学を選ぶときに医師を選ばなかったのはソコに彼女なりの判断があったようで、自分の手で人の命を左右するような行為に関わりたくないと云うのがその理由でした。

しかし、逆に言えば自らの手を動かす事で「今消えそうな命、若しくは放っておくと消えていくであろう命」に再び火を灯す事が出来た時の充実感はこの仕事を選んでよかった~という最高の、そして何物にも代え難いレベルの充実感を私に与えてくれます。

実はこれは患者さん自身からだけでなく、患者さんの御家族から感謝の言葉をかけられた時ににも私自身の心に小さく火が灯ります。結局、医療職と云う仕事はそういう感謝の言葉によって支えられている仕事なのでしょう。

仕事が重なろうと、疲れていようと、入院時に意識が無かった患者さんが別人の様に元気になって退院して行く時、今の医学では助けられない患者さんが無くなる数日前の最後に声を出せる最後の時間に手を握りながら感謝の言葉を授けてくれた時などは、人の生の奥深さを去り行く患者さんと一緒に一瞬で追体験させらてもらう様な不思議な感覚を覚えます。

看護師、医師と職種は別れても、払った努力が充分に返ってくる素晴らしい仕事だと思います。もうすぐ各種医療職の国家試験の結果が発表されるになりますが、素晴らしい仕事を選んだことを誇りに思っていただきたいと思います。

2025年3月3日月曜日

バカが体を纏(まと)って歩く

以前、ビル・ゲイツが思わず私的ミーティングでトランプの事を「無知が体を纏っている」と表現した事があります。

私自身は、今回のトランプとゼレンスキーという二つの国の大統領でのホワイト・ハウスでのやり取りを通して抱いた感覚は「唖然」というもの。やっぱ馬鹿だとは知ってたけど、ここまでとはね~って感覚。

アメリカの強さや寛容性というものは打算の前に全てかなぐり捨てている所がなかなか潔くてよろしかったです。しかもそのビジネス・ディールが成功しているかと云うと、殆ど残念レベルの結果の集大成となっている点がこのインチキ・オジサンの可哀想な所。身内では枕投げに興じる修学旅行生の様に盛り上がっていますが、オッサンを見つめる世界の眼はますます冷ややかなものになっているのに。しかし、この裸の王様にそんな視線を感じる「能力」は元よりありません。あったらこんな尊大な裸の王様が生まれる訳有りません。w

しかし、金があれば馬鹿でも大統領になれるという伝統は20世紀のアメリカの優れた特徴。資本主義国家の総本山らしい素敵な点です。

それにしても、今回の会談前後でのアメリカ側の発言や行動の酷さはもう「お前はホンマにヤバい奴」認定という感じ。ロシア側に寄り添い、ロシアの主張する停戦条件を丸吞みし、あの選定時点で問題だらけだったFOX出身の国防長官ピート・ヘグセスによるロシアに対するサイバー作戦を停止の指示を肯定し、ウクライナに対する軍事援助を一時的に完全停止するよう指示し、戦争の開始はゼレンスキーによるものと非難し、国連ではロシア側の決議案に乗っかるというレーガン大統領が聞いたらトランプを国家反逆罪で銃殺売るんじゃないかというレベルの愚かなアクションの連続。

もし、この馬鹿が夢みるように全ての事が運んだと仮定しましょう。オッサンの頭の中の政治的レベルのビジネスが成功したとしても、アメリカの、そしてアメリカ人の世界における評価は「益々」下がり続け、馬鹿ディールは成功、アメリカ全体としては大失敗という状況になる事でしょう。

地に落ち続けるアメリカへの信頼感と西側諸国の雄という地位。マーシャル・プランで流石は近代世界の親玉と認識させた時代の面影はとうに消え果て、栄光は歴史の教科書の中の遠い遠いチャプターになり果てました。

2025年3月2日日曜日

働き方改悪

結局今の居名古屋の市バスで運転手の勤務時間「改竄」の件が伝えられていました。

運行時間に関して国の定める基準を満たしているかのように運航実績を書き換えていたというモノなんですが、これは正直言ってバス会社も悪いと言えば悪いのですが、車を運行している側にとってみれば確実に法に則ってやっている事を示す為のアクションを取ったのでしょう。

結局今の時点で判っている事は運行と運行の合間に求められる「九時間」というインターバルをきちんととれないような事態(渋滞、故障、その他事故など)が日常のレベルで発生した時にそのハング・オーバーした部分を別の日に付け替えて平準化していたという訳です。

しかし、これは職務に忠実であろうとしたばかりに起きた事。恐らくアメリカなんかだったら絶対のレベルで起きない事。w
要するに人が足りなければ大穴を開け、少々遅れても気にもしないというような連中が仕事をしていればそういった改竄は逆に起きない訳です。

結局、人手不足を何としてでも防ごうとする苦肉の策と言えば苦肉の策。しかし、驚く事にこれは名古屋市だから未だ斧程度の負担と改竄で済んでいる様で、実際は民間のバス運転手は心と体をすり減らす毎日だとCBCのインタビューで証言しています。

病院にも歯医者にも行けず、疲れていても定時運行。バス停は見落とせず、事故を起こすなど以ての外、等という状況だとの証言がありますが、それに加えてカスハラも酷いということで、遅れて扉を叩き怒鳴る客とか、定刻通りに着いても遅れを見越して遅く来た客から置いて行かれたなどと文句を言われる始末。もう滅茶苦茶ですわな。お客様は神様でも何でもなくて、サービスする側の犠牲的努力で成り立っている糞システムだと云うのを解っていないだけ。orz

その結果はどうなるかと云うと明確で、減便や時間の変更、最終運行時間の短縮など。まあ、当然ですよね。これにパンチを聞かせてしまったのは昨年度の働き方改悪。働く時間を短くして労働者を護るという名目で制度が構築されましたが、まさに官僚が作った机上の空論。いつもの事ですが!

仏作って魂入れず等という言葉がありますが、こちらは制度作って人は揃えずという奴です。これから間違いなく公共交通サービスのみならず、色々なシステムで大きな綻びが出てくる事でしょう。しかもそれは始まったっばかり。

今回の話は市バスで起きた件を中心にしたものですが、実は今、医師の社会でも似たような事が起き始めています。市井の方々には判らないでしょうが、実は(実践的)研修をまともに終えていない医師が今から市中病院に飛び出してくるのです。

その結果は…わかりません。恐らく高度な技術を持った医師の育成は以前より相当難しくなってくるはず。9時ー5時業務が当たり前の医師が巷に溢れ、当直業務は皆バイトにカバーされ、病院自体も数がぐっと減ってくる事でしょう。

それなりのクオリティを保つためにはそれなりの配慮と金と人とが必要という事を厚生官僚自身が理解する時代が来るにはもう少し時間がかかる事でしょう。


2025年3月1日土曜日

オエ~ッと言ってしまった

今日は夕方に「やっとかんといかんかった!」という家の仕事を思い出してしまいました。

それは二週間前から嫁さんに言われていた事だったんですが、脱衣所の脇にある「洗面台の水はけが最近悪い」という案件。もともと洗面台で髪を梳く事の多い「私の家の次女の髪」が落ちている事の多い場所ですので、そういうモノが詰まってきている可能性と云うのは何時もあります。

嫁さんは普段から髪の毛の溶解剤などを流してパイプ詰まりを未然に防ぐように気を付けてはいたそうですが、こういう事も当然あり得ることなので、先ずは調べてみようと思いつつ二週間もそのままになっていました。

夕方過ぎに思い立って時間を見ると6時半過ぎ。近くのホームセンターの閉店時間をネットで調べると、8時閉店。小道具を購入するには充分な時間が残っていました。直ぐに車のカギを握って車庫から車を出して店へ直行。パイプ詰まりの問題解決用の配管内のダクト掃除のシステムを陳列棚から二種類ほど選び出して家へとんぼ返りしました。

家に戻って洗面台の下に置いてあった日用品をちょこっと脇に置いて、パイプの連結部を幾つか緩めてパイプの中身を一つずつクリアしていくと、一番端の部分ではちょっとだけ髪が挟まっていたものの、尤も問題だったのはそんなものでは無くたんぱく付着物に雑菌が発生して増殖したのであろうダクトの内部をチクワ状に埋めて、内腔を細くしていた汚泥のような物質。

ダクトの掃除システムを何度も突っ込んでゴシゴシと内腔をクリーンアップする事数分。当然ですが、再連結したダクトシステムは嘘のようにサラサラと水を流すようになってくれました。
しかし、あのダクトから出てきたウXコ上の汚泥は病院で患者さん達の排便などを視ても全く何とも思わない私をして「オエ~ッ」と言ってしまう様なPTSDを残すレベルの集合物質でした。w(嫁さんは何とも思わなかったようですが)

こういった事はたまにはしないといけない事なんでしょうが、犯人は髪で無いという事が判った時点で思わず意外だな、と感じたのでした。思い込みによる犯人選定と云うのは何はともあれ、大きな失敗の元のようです。

※この件に関してコメントを下さった方が居ります。下のコメントにビックリするような事が書かれておりますので、御一読を!