今日、知り合いからある人物の日常について話を聞きました。この人はこの人物の小さい頃から一緒にいた方なんですね。前にもちょっとだけここで書いた人物なんですが。
それで彼女の話を聞いた感想は「ああ、あの人ヤッパリこんなに変わってたんだ・・・」という、なんというか納得感。
但し、この”或る人”というのは誰もが知る偉人レベルの人物ですけど、その話を聞くとヤッパリいわゆる変人で確定!という日常なんですね。
友達は居なかった、日焼けは疲労を助長するから絶対にしない、同じものしか食べない、でっかいショッピングセンターに行っても何かを探す事は決してせず、最初に買うと決めていたものだけを買ったらもう家へ帰ってオワリ。
自分の人生の目標に向かって一心不乱に進むのみで他のことは一切顧みず、興味もないというのは、いわゆる”普通の人”から見るとどう考えても変人かつ如何にも話かけづらい雰囲気の持ち主。
しかし、その人が成功というものを得た暁には全てが一瞬にしてエピソードと言う名前の話に変換されるようなことばかりです。世の中の各分野に数多いる天才達にも驚くようなエピソードは数限りなく伝えられていますが、彼もその列伝の中に入ること間違い無し。但し、亡くなった後では更に驚くようなお話が溢れ出てくるのでしょうが。
天才たちというのは、やはり普通の人達がうごめく世の中かというのは生き辛いのでしょうか。珍獣、孤高の人であるが故の他からは理解されない特異な行動や思考様式。昔はそれだけでも、排斥されたり殺されたりする理由になっていたのかもしれません。
変な人が変なままいきいきと生きる事のできる多様性を、幅広く受け入れる環境を探すのは”日本では”難しいことでしょう。
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