2026年2月28日土曜日

弟の四十九日

早いもので今日で弟が亡くなってから49日を数えることとなりました。

心のなかでは弟のことが日々出てきますが、宗教的な行事は私も親父も無縁です。何度も言いますが、有り難くもなければ功徳もないようなレクサス乗りの糞坊主などに金などは一円も出す気はありません。

あの日起きた突然の悲しい出来事は私が死ぬまで忘れることはないでしょう。それでも、あの日以来実際には弟は私の胸の中でより身近なものになりました。触覚、聴覚、視覚、嗅覚等の記憶の中で蘇る弟の感覚を覚えているのは間違いなく私の両親と私だけでしょう。

弟の存在というのは恐らく私が死んでいくことでこの世の中からは「かなり」忘れられたものとなると思いますが、それでも良いと思います。みんな順番にそうやって他人の記憶の中から次第に消えていき、語られなくなり本当に魂は昇天するのでしょう。

今回の49日の前日に親父からLINEで「明日はXXの49日やけど、わかっとるか」というよいうな話がありましたが、もちろんわかっておりましたよ!^^

ただ、今回親父からやっぱりというか気になっていたんだなと思われることが語られました。それは今回の弟の死を認知症の母親に伝えるべきか否かということでした。私は即座に当初の決意を親父に伝え「伝えないほうが良い」ということを繰り返しました。そもそも、会わせるのなら死に目に会わせるべきで、今回の弟の死でそれをしなかった理由は以前にも書いたように母の心を乱さず、会うのなら共にこの世を旅立ってでも間に合うということ。

基本的に老いた母親の心を「再び」乱すのは止めよう!という事で手短に合意してLINEでの会話を終えました。

弟のことを想い写真の前で手を合わせている時にはそう強い感情は出なかったのですが、「弟」という血の繋がった直近の身内の喪失は「ふとした時」にこそ、己の血を分けた片割れの存在がこの世からは消えたことを思い出させます。

そしてその瞬間に熱いものが胸に込み上げてくるのでした。止めようもありません。

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