訪問診療と一口に言っても在宅診療という一軒一軒まわる感じの診療と施設診療といって、30人くらいを一気に一回で診るような診療形態があって、大量に一気に診れる施設診療のほうが医療機関側の「収入対象」としてはあたかも良いように見えますが、そこはそれ、ちゃんと厚労省側はそれに「軽重」をつけてそう簡単には稼がせないようにしています。
要するにあちこちをまわって一軒一軒診察していくような「本来、厚労省が想定していたような訪問診療」のほうがかなりの重みを付けて保険診療費が請求できるようになっており、大雑把に言うと少なくとも3倍は多くのお金が請求できるのです。
しかし、その金額の差からも判るように実際一軒一軒まわっていく本来の訪問診療は「患者さんのいる家と家」の間をいろいろと考えて最短コースを巡るようにしていても、天候、ルートの間の工事の有無、移動時間帯、移動するエリアの家の密度、道の幅などでも本当に移動時間が全然違います。
長いときには一日100キロを移動しても精々8−9件位しか回れない等というようなコースもあって、午後だけでも固め打ちで外来のように30人位をさっさと診察できる施設診療とはその手間暇が全くと言っていいほど異なるのです。
しかも、家によっては認知症の患者さんが診療日を忘れて家で待っていなかったり、恐るべきゴミ屋敷に突入していかざるを得ない家だったり、精神的に危険なレベルの問題を抱えている患者さんの家を訪れるリスクなども実際にはあるわけで、皆さんが想像するようなアニメのようなシンプルさは先ずありません。
しかも、病院と違うのはその場で緊急事態であると判断したような人は即座にその場で診療情報提供書を認めて、いろいろと苦労しながら三次救急の病院に紹介搬送の手続きをとらなければならないことも多く、理想と現実のギャップは小さくありません。
そして「たまには」実際に「極たまには」なのですが、倒れて絶命している独居の患者さんを見つけることも無い訳ではないのです。実際に私自身はそれに「近い」状況はありましたが、実際に亡くなられたのを確認したのは3日後に訪れた訪問看護師さんだったりと云う感じでした。それでも、医師が看護師と訪問して絶命されている高齢者を発見してしまうことも当然ありまして、そんな日には残りの訪問診療は全てスキップした上で警察に連絡して異状死の報告を行わないといけない事になります。
そんなこんなで、実際はそう簡単ではない訪問診療ですが、患者さんや家族さんとの交わりは殆どの場合私にとっては愉しみな心の交流を通した栄養剤のようなものになっています。
2040年に団塊の世代の一番若い層が90歳に届く頃まではこの仕事は日本では大事な仕事で有り続けることでしょう。
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