朝 身体障碍者の弟の入所施設より連絡があり、弟が宮崎大学の救命救急センターに搬送されたという連絡が入りました。
三連休の入り口という事でゆっくりと寝ている所を突然起こされたのですが、朝から切迫した声で弟の入っている施設から急な連絡。「昨日の夜二回嘔吐されて、経過を見ていたんですが今朝また嘔吐されてSaturationが測れなくなって宮崎大学病院の救命救急センターに救急車で運ばれました」との事。
正直、これはただならぬ事態が発生したことが確信出来ました。
実は三年ほど前に誤嚥性肺炎を起こし始めてからというもの、流動食が中心になっておりまして、劇的に痩せてしまっていたのでした。親父から送られてくる施設で過ごす弟の写真を見ていても「やつれていく」のが目に見える状態でした。ですから「なにか」が起きる可能性というのは常にあり、しかもそれは日々増していた訳なんですけど、その日が来てしまった感じです。
施設以外からも直接救命救急センターの先生御自身から電話が入り「血ガスの結果をみると乳酸値がXX、CO2がXX、COがXX」というお話で、今からCTを撮って何が起きているのか確認しますとのこと。その数値は絶望的なもので、聞く限りではもうアカンかなと思わせるもの。
実際に先生からも「どこまで治療されますか」という質問がありました。これは親父とも話をしてみないとと思いつつも、施設に親父が書き置いた意思表示評がある筈だと思って一旦施設に質問をしてみたところ、探し出してきた紙には「どちらにするか決めていない」という選択肢にばかり丸が付いていたとのお返事。orz
私からは救命センターに再度連絡を入れ「挿管と経静脈的処置まではお願いいたします。万一オペが必要でしたらそれも行っていただいて結構です」とのお返事を一旦させていただきました。
直ちに身支度をして出発する準備を始めてANAの時刻表を睨みながら息子を連れて二人で出発するためにチケットを取得。昼1:05分の便で出発する事となりました。到着は2:45ですが、万一の事を考えると一刻も早く到着したい所。
斧間にも先生から報告があり、造影CTまで行えたけれども誤嚥性肺炎ではなくS状結腸捻転による絞扼性イレウスが強く疑われるとの連絡。この言葉に再度衝撃を受けました。それが事実であれば発症の経過からして腸管壊死から敗血症などが発生していてもおかしくありません。
飛行機の出発は少し遅れ、ここ一年で一番の寒波の日と重なり遅延。飛行機に乗っている間も内心暗い気持ちでした。
実際に到着したのは3時過ぎ。レンタカーを直ぐに借りて乗り込もうとした時に(連絡のとれない親父に代わって)親戚の叔母さんから一本の電話が入りました。「間に合わんかったよ。先生が3:09分に亡くなったって言いやったよ」。連絡は15:12分でした。
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