それはモノが壊れた時にそれをどうするかという質問。私は可能な限り修理して使い続ける方に一票を投じるんですが、それは身近なものである電気製品から車まで全てに共通しています。
尤も、一番の理由は「金が勿体ないから」更に有り体に言うと「僅かな投資で以前の機能が戻ってくるなら」特に「手作業という愉しみ」を通じて仕組みを理解しながら一度バラけさせたメカをもう一度壊れた部位を推理、特定しながら追い詰めて行くことはそれ自体がパズルを解くようなもので物凄く楽しく感じるのですが、嫁さんはそうではないようです。w
頭の中でぶっ壊れた理由、そして修理に必要なものはナニ?と考えた後で部品を注文し「まずは一回やってみよう!」もしその部品が動かなくなった理由でなくとも、その他の本当の壊れた理由になっている部品を替えるついでに経年劣化の逓減、将来の故障に対する予防的措置という意味でそれ以外も一緒に置き換えておくという考え方で修理していきます。
こいう行ったやり方でアメリカにいた頃から掃除機、乾燥機、洗濯機、車、PCその他諸々のマシン類を修理してきました。
先日のようにPCに液体ぶっかけでやらかしてしまう事も当然あって、モジュール交換で部品がない時などは諦めることも考えたりしないといけないのでしょうが、少なくともこの1月は鏡、マックのバッテリーの置き換え、壁掛け時計の駆動部の交換、車のLED交換などは自分でやっていく予定です。
さっさと買い替えたほうが新機能が手に入ってええやんか!というのももちろん正しい考え方の一つなんでしょうが、例えば車においてその新型の新装備が飛び抜けて安全性のレベルを一段上の高みに引き上げてくれる、なんていうのなら購入はアリだと思いますがそれほどのないものは可能な限り修理し続けたいと思うのです。まあ、それは人の体も同じなのかもしれません。将来的には新規臓器への置き換えなんていうのが意外と普通(多分、高度医療で手に入るレベル)の医療になるのかもしれませんが。
古く使い込んでいったものというのはナンカ「味」が出てきませんか?そういう意味で使い込めば使い込むほど黒光りしてくる革製品などが好きなんですけどね。
とにかく使えるもんは部品が手に入る限り修理して使い続けようと思います。(そういう意味で、部品全体の巨大モジュール化というのは修理欲求の強い人間の敵ですな。部品交換自体が新品を買ったときより高くなるみたいな奴。w)
部品全体が古びてきているおじさんの独り言でした。
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