2026年1月13日火曜日

弟の通夜

翌日は今日の本通夜に備えての一日が始まりました。

そもそも葬儀をどういう形態でするのかという所から葬儀社の方と話が始まりましたが、先ずは家族葬でコンパクトに行うという事から話を開始。それでも基本料金の下限は50万円からです!

その上で明日の葬儀進行の時間の段取りや加える花などを次々に選んで行くとともに最終的に無宗教で行く事をお話しました。知りもしないクソ坊主を弟の葬式に呼んで、何を言っているのかわからない読経を長時間聞かされて、有難くも何ともない説教を垂れてレクサスに乗って帰るような野郎の関与が弟の葬式に必要とは思いません。それは自分の葬式でも全く同じ。

最終的に額を決定して全て終了。

それにしても基本額がX万円だとしても、それから後に次から次へと提案して来る「様々なオプション」を付けるとあっと言う間に数十万円の追加になってしまいます。ここを一つ一つ丁寧に固辞しながら最終的にほぼミニマムに近い金額で収束させました。

私は自分の勤める病院にも「弟の不幸の為に仕事を休む」という事を知らせたのみで、それ以外に一切の情報を伝えませんでしたので、ここに花が来る訳もなく。プライベートは完全にブロックしました。

「X時」というようにコレと言った時間を通夜の時間に決めた訳ではありませんので、午後から三々五々親父の親戚や弟の施設の方々が集まって来られては焼香をして下さいました。弟に関するありとあらゆる思い出話に花が咲き、弟に関して初めて聞くような施設での話が沢山出て来ました。

更に3時過ぎには長崎からやって来た長女を飛行場に迎えに行って会場に案内したところ、大量にスキャンしていた私の家族の過去の写真群からあっと言う間に弟の写っている大量の写真をピックアップしデジタル・フォトアルバムを作ってくれていました。更に親族たちの過去の写真も!

それを見た親戚達も弟の話や親族の過去などに関して大量の新鮮な話をしてくれて皆が大変い盛り上がりました。弟も大勢の人に集まって貰い、きっと喜んだことでしょう。皆遅くまでずっと座り込んでいろいろな話をし続けて終わることはありませんでした。

そこに名古屋から駆け付けた嫁さんが合流してきました。やって来たのは夜の11時直前。宮崎駅でピックアップしたのですが、飛行場まで行って機材整備の為といって飛ばなくなった飛行機の代わりに新幹線で博多まで行って、そこから九州新幹線で鹿児島まで移動し、日豊本線で北上して宮崎駅までやって来たのでした。

嫁さんが到着する直前に本当に夜遅くになって流石に皆が明日の事もあるからという時間になって散会。嫁さんの到着は散会後でした。

私は私で弟の体からドライアイスを外し、体が硬直して難し目でしたが服を旅立ちに問題ないものに着替えさせました。その後、今度は私の長女が弟の死化粧をしてくれました。先ずは二人で弟の少しだけ伸びた髭を完璧に剃り上げて、その後に娘が心を込めて自分の化粧道具から適切な色を選んで弟の顔を血色良くしてくれました。

最後に弟に再度線香をあげて終了を報告。納棺師任せでは出来ない心のこもった作業を最後に娘と二人で弟にしてあげることが出来ました。その作業の間中親父はずっと私と娘の共同作業を見つめ続けていました。娘には感謝しかありません。本当に普段は喋らないけど、ここぞという所では何時も凄く役立つ人間に育ってくれたことに改めて気づき、驚き、感謝した夜となりました。

最後に、今日の通夜には親父と親父の弟が一緒に通夜の会場に一晩泊ってくれるとの事で、私の家族は実家へ戻って明日へ備える事にしました。

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