昔研修医だった時にはもっと自分の勉強や他の仕事に時間をたくさん割いていた記憶があるのですが、最近は病院でどのステップを踏んでもペーパー・ワークで仕事の時間が圧し潰されそうです。
完全電カルであれば、あるステップから次のステップに移行する時点で必要な書類が自動的にプリントアウトされてくるのですが、自分の勤める病院ではまだそこまで出来ていないので、そこを手動でしないといけない上にいろいろな情報を紙カルテで掻き集めて一つにまとめるというトンデモナイ昭和の仕事ぶり。
何のためにコンピューターというものがこの世に存在しているのか全く理解できないレベルで愕然としています。要するにシステムというのは通常トップダウンで決められるものですから、その様なシステムを導入する意義を理解できない人間がトップもしくはその近傍に控えていると「ムダ金」と映る訳です。
フル電子化によってもたらされるメリットは計り知れないのですが、現場にいない老害ちゃんレベルの事務系の人間にはそういう言う事が全く理解できない輩が世の中には沢山居るのです。例えて言えば金の卵を産み続けるニワトリが他のニワトリよりも高いけれども、時間が経つにつれて金が溜まっていくのはそのニワトリを買った人間になるというか事が理解できない。もう終わってます。w
ですから、こういう決断が理解できない人間にはお引き取り願うしかない訳ですが、こういう人間が病院経営者の腰巾着だったりした時に、経営者がアレな人だったりすると判断が遅れ続ける訳です。幸い私の勤める病院は理事長がある程度そのあたりは理解しているようなので問題は無いと思いたいのですが…。
ちょい話がずれましたが、病院の電子化は進むものの医師が作成しなければならない書類は役所向けのモノも患者さん及び家族あてのモノも含めて増える一方です。なんの事は無い、電子化されても時代の要求が逆に昭和の頃より紙の書類のプリントアウトを増やしているというまことにお粗末なお話なんです。
大学病院などでは、治療開始や術前に誰が読む?というレベルの小さな文字がビッシリと印刷された分厚い紙の束がプリントアウトされてきたあと、その多くにサインを次々させられる訳ですが、コレって説明というより万一の際のエクスキューズの説明書ですよねという気がしてならないんですが、それが時代の流れというものなんでしょう。
役人と弁護士が幅を利かす時代と国に碌な事は起きません。
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