2017年6月22日木曜日

帰国後の初仕事

毎度のことなのですが、アメリカから帰ってきて仕事に戻る第一日目というのはなかなか緊張するものです。

大体何時も2週間ほどの期間を帰米のための時間として頂いて種々の活動を行ってから日本に帰ってくるわけですが、その間に色々と病棟には御迷惑をかけるわけで、ちょこっと控えめにして病棟に入っていきます。
するとステーションでは大体において主任さんか師長さんが「あら〜、お久しぶり〜、元気でしたか〜」風の会話を振ってきて帰朝報告を手短にするわけです。w

同じような感じの応答が数病棟に渡って続くわけですので、少し’恥ずかしがりやさん’の私としては内心ちょっと赤面状態。誰もどうとも思っていないのにいい歳こいて自意識過剰ですわな・・・。

病棟では処方を山のように書いて、私が居なかったあいだの患者さん達のレポートを立て続けに読んで、溜まっていた医療要否意見書を書きまくって・・・と言う感じの種々の書類の処理の山が押し寄せてきます。

当然のように全患者さんへの診察と挨拶も行っていきますので、時間はアッと言う間に飛んでいきます。
今日も実際に時間は飛んでいってアッと言う間に5時近く、、、と思ったら外の散歩から戻ってきた患者さんが熱中症用の症状だということでその病棟に飛んでいって処置開始。採血や輸液をしながら経過観察。暫くしたら全身状態も落ち着き、意識も戻り安定しました。

初日から忙しい復帰の第一日でした。

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2017年6月21日水曜日

日本の家に帰り着いて

家に帰り着くと部屋の中には7つの大きなスーツケースと3つの小さなスーツケース、それにポスターやその他の手荷物が地面に置かれ雑然としています。

嫁さんが帰るまでは収納棚も家具も何も買わないと決めていたこの名古屋の家にはものを入れる棚というものが最初の有る収納用の納戸や戸棚以外ありません。ですから、嫁さんとしてはどこかに何かを収納するためには今まで私が使っていた収納部分を一から出して入れ直すなどの大仕事をこなさなければなりません。

取り敢えず次女のリクエストで外食にて近所の「べこや」に肉を食べに行き、日本の食事の旨さを堪能してもらいました。次から次に食事をする上に次女は日本でアルコールを試してみたかったようですが、この部分はちょっと家族の秘密に。w

さて外出後に家に帰り着いた私達を待ち受けていたのは家の犬の”外道の所業”でした・・・。うんこは一箇所で済んだのですが、玄関口や廊下に数カ所の非常に濃いオシッコをジャージャーかけているではありませんか!
私はムッとしたのですが、嫁さんと娘は可愛いばかりで何とも思っていないようで、サッサと拭いては何事もなかったかのように犬の頭を撫でております・・・。orz

自分の子供達のうんこやオシッコは私にとっても何ともなかったのですが、それほど思い入れのない我が家のヨーキーに対しては正直な所、「このアホ〜!」と言う気持ちしか湧いてまいりません。w
やっぱり女性の持つ母性というのは男よりも随分とスペクトルの広いものなんでしょうかね?

何はともあれ、アンパックした荷物を出してはこれはここ、あれはここと配置を決めていくのはまだまだこれからも暫くはづきそうです。特に暫くはずっと家にいる嫁さんにとっては賽の河原のようなものか。こればかりは共に頑張ってやるしか無いよです。

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2017年6月20日火曜日

そして帰国の便に乗る

上の娘の家から出発して約30分ちょっとでIADに到着。

途中では実にクッキリハッキリした巨大で美しい虹が空港の傍で立ち上がっておりまして「これは幸先がいい!」等と家族で話し合っていたのですが、実はこのあととんでもない目に遭うとは露知らず・・・。
副虹までついていた巨大な虹!スマホでは伝えられない美しさです。
飛行場に着いてからは前々回も書いたようにカウンターのオープンを待っていました。開いたあとは真っ先にペットの預入について質問すると、他の列を作って待っていた人々を係の人達が全然無視して我々のペットの通関組を相手にしてくれました。他の方々に申し無いなとは感じつつも、確かに通関の為の手続きのステップが多い我々が優先されるのも解るような気がしました。

実際の所、荷物が多いだけでなく、ペットをカウンターの向こうに連れて行ったあともかなり長い間誰も戻ってきませんでした。実際はTSAのオフィサーがやってきて、ペットのかごの底や蓋のところに何か隠したりしているものがないかなどを調べたりしているのでした。

また、カウンターはカウンターで預ける8つのスーツケースの検量にちょっとドキドキ。実際の所、家では頑張って入れてきたもののスーツケースによっては22.5キロでは収まらず、23キロだったり、23.2キロだったりというのもあったのです。w
しかし、カウンターの荷物運びのオジサンは優しくて、ちょこっとの重さに関してはお目こぼしをしてくれて明らかにちょっとずつ重いのに”OK,OK,OK”と言いながら一つずつ許可を出してくれました。家長としては大変助かりました。まあ、それでも1キロを超えることはなかったのですが・・・。(<言い訳)
北の方から近寄ってきたらしいサンダーストーム・・・。
ボーダーコントロールのオフィサーの場所を抜けた後は身体検査。息子は自閉症がありますので人の支持がわからないところが多い。そこで、予めコントロールの係官のおじさんに「息子は自閉症のためにオフィサーの指示が通りませんので私が一緒に身体検査に同行してよろしいですか?」と伺った所、係官は息子と私に二人共、検査用の透視装置の脇にあるドアをパカっと開けることで「ヨカヨカ!通れw」と言う感じで通してくれました。
こういう時は障害を持っている子の親としては大変心強い・・・。私はこれを”優しさと良識”と呼びたいなと思いました。

その後はスムース。構内の移動用トラムに乗っていつものゲートでFive Guysのハンバーガーで最後のアメリカを家族で食べ尽しました。w

その後はいよいよ機内へと移動。ところがここからがミニドラマの始まり。先程虹が立ち上がっていたのは実はラッキーの印というよりも、雨関係の前触れだったようです。なんと、我々の出発便が最後の最後で管制塔から足止めを喰らいまして、何と3時間もの間機内で待ちぼうけ。

機長さんは何度も何度も謝罪しておられましたが、こればかしはお天道様が相手ですので如何ともしがたいということで、機長さんが気の毒に感じました。しかしそれよりも心配だったのは犬と猫。余計に3時間もかかることで健康状態にどういう影響が出るのかと嫁さんと心配しました。

それでも3時半頃に出発した飛行機はほとんど揺れることもなくスムースに飛行を続けやがて日本へ到着。私も二本ほどしか映画は観ませんでしたが、横に座っていた息子はほとんどパンチドランカーのようにウトウトし続けしているのが笑えました。
氷の上を歩けるのか?w
やがて飛行機はベーリング海、北海道上空、千葉上空と飛んでいき車の動きが見えるほどの高さで成田上空へ・・・。
18年以上のアメリカ生活を過ごした嫁さんも遂に日本へ。
まさに日本の玄関口。

入国して結構すぐに動物たちは出てきましたが、意外や意外、猫はおしっこもせず犬もウンチもせずに元気に到着したのでした。ここからは時間との戦い。検疫官の方は非常にゆっくり丁寧に仕事を正確に進めてくださるのですが、三時間の遅れのために名古屋までの乗継便は物理的にギリギリ!あと五分遅れていたらもう絶対に飛行機に乗れなくなるというギリギリの状態でした。

兎にも角にもなんとかそれにも間に合って、セントレアへは定刻に到着。眼下に富士山を眺めながらの飛行はやはり格別でした。最終的には夜の10時前後。家族が外での夜食も食べ終わって家へ戻ってきたのは12時ちょっと前くらいという大変遅いものでした。しかし、荷物の家への搬入はとても!疲れました。(セントレアには二週間駐車して障害者割引で3750円で済みました。)息子と共に自分の車に犬猫込みで連れて帰って実質的に一人で10ケース以上を搬入。息子は横でぴょんぴょん跳ねておりましたが・・・。w

家へ帰ったあとは風呂入ってしばらくして私は寝ましたが、嫁さんは眠らず娘とともに何か夜遅くまで起きていたようです。何れにせよ日本へは安全に家族で戻れてめでたしめでたしでした。

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2017年6月19日月曜日

ペットも帰国

今回の帰国で大変だったのは単にモノの片付けその他だけではありませんでした。

最も大変だったのは物理的な荷物の運搬は言うに及ばず我が家に住んでいる”犬と猫”の移住でした。そうです、検疫を通すという大変な作業が待っていたのでした。
しかし、実際の所この一番大変な作業はアメリカに居た嫁さんに任せるしか無いところがあって、そこの点は残念ながら日本にいる私が手も足も出せませんでした。

近所でお世話になっていたVeterinarianにはもう十年近くお世話になっておりましたが、猫も犬もRabiesのショット記録や三種混合の記録などとともに、それぞれのワクチンの番号とそれらの抗体価の変化を記録していったものをキチンと提出しなければならないのでした。これらはVetsからカンザス州立大学へ送付したものを二度三度と記録し続けていたものなのですが、これが曲者。(少なくとも半年前以上からこう言ったショット等の記録とともに抗体価の記録などもないと日本にはペットなど連れて帰れないのです。)

大学側からの記録は通常問題は無いのですが、更にこの記録をリッチモンドに有るUSDAにチェックしてもらってやっとアメリカ側は終了。(特別な資格を持ったVetが居るらしいです。)

しかし、問題はVet側・・・。実際にはここのアシスタントが記録を書き込んでいくわけなのですが、アルファベットのLが1になっていたり、全く関係のない番号が書き込まれたり、先生の資質とは関係のない低いレベルで単純ミスが連発され、それを一々嫁さんが電話をしたり実際にVetに行ったりして確認。

更にはそれを日本の農林水産省の動物検疫所にメールしてPDF化した実物を担当官の方にチェックして頂き、間違いないか否かを毎度確認していくという地道な作業の繰り返し。検疫所の担当官の方は実に懇切丁寧かつ迅速にほぼ何時であろうとすぐにメールを返してくださるということで、嫁さんは毎度感心しておりました。

実際には上記の手順、仔細な部分は微妙に異なっているらしいのですが、それも年ごとに少しずつ変わってきたりしますので、ペットを帰国させたい方は農林水産省のページにキチンとアクセスするとともにアメリカ側のUSDAの記事と書類をよく確認しておくべきだと思われます。

そうしないと、成田で最後の最後に・・・ということになるのではないかと。それは悲劇以外の何物でもないですし、ましてや出国の時点でさえ引っかかってしまったら、チケットとパスポートと荷物を持ったままもう一度家へ帰らざるを得ないなどということになりかねません。そっちも高いストレスレベルという意味では相当の悲劇だとは思うのですが。

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2017年6月18日日曜日

家で過ごす最終日

最終的には最後の部屋の壁塗りは諦めました。

家の中では本当に最後の一品まで綺麗にしていくつもりで片付けていったのですが、嫁さんに言わせるとやりたかったことの70%くらいしか仕上がらなかったとのことですが、私から見ると「よく数日でここまで仕上げたわな」と言う感じ。
ほぼ寝ずに仕事を仕上げた嫁さんには頭が上がりません。

私の方は翌朝真夜中からの運転に備えて一時間でも寝ようとしていたのですが、実際には帰国を確信して興奮した息子が大音量で流すYoutube上のANAのビデオに邪魔されて20分ほどしか眠れず・・・。orz

取り敢えずはシャワーを浴びてシャキッとした状態で車を運転しなければならないのですが、頭は冴えているようで実は眠くて仕方ない。でかいスーツケースは7つ、ミニ・スーツケースは3つ。次女の大学引っ越し用のでかいプラスチックケース2つと犬猫それぞれ一匹ずつのケージ、更にはぎっちり詰め込んだポスター・絵画用の筒二つ、リュックが3つ、嫁さんが持つ、パスポートやペット管理用の書類を詰め込んだカバンが一つと言う感じで、それをパズルのように詰め込んだ巨大なトヨタのシエナを運転することでまずはDCへ向かいます。

夜の3時ちょっと前に家を出たのですが、深夜であってもアメリカの東海岸の大動脈I-95は混み合っています。DCに入っていったのは五時ちょっと過ぎでしたが、流石はアメリカの首都。ガンガンに混み合っています。畏れ入りました。

長女と彼氏が同棲しているDCの真ん中にあるビルはまるでホテルのようなところでしたが、家賃もそれ相応、ワンベッド、ワンリビング、キッチンのみにも拘らず月の家賃が$1900!やはり高いです。折半しているとのことですが、それでも広さに比べて都会は高いですな〜。

さて、ここで20分ほど過ごしたあとで直ぐにIADへと移動してチェックインですが、ここでBudgetレンタカーを返して直ぐにANAのカウンターに行ったところで9時半までは何も始まりません。というわけで、ここで一旦シートに座って待つことにいたしました。

続きは明日の分で。

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2017年6月17日土曜日

いよいよ明日が実質的な最終日!

相変わらずやってもやっても前に進まない感じ。

ディティールを補正していくためには気を使って一つ一ついろいろなものを調べていくわけですが、今現在の生活をしながらも自分の足跡を掃き消していくようにして掃除をしていかなければなりませんので、本当に難しい限りです。
しかも、今までは大型物件の比較的片付けやすいものを処理していたので、引っ越しも片付けもガンガン進んでいたように”錯覚”していたのですが、最後に近付くにつれその漸近線が100%に近づきつつも永遠にフラットにならないことに心も体も疲れてきております。w

昨日も今日もディスポーザル・エリアへと二度ずつ車を走らせ、重い物・軽い物、ガラージの片付けで出てきた最後っ屁のようなゴミをスコーッと捨ててきました。

嫁さんも私も全然子供達の手伝いはあてには出来ないし、あてにするつもりも無いのですが、やっぱり家のことをわかっているのは俺達二人なんだなというのがよく解るこの数日の片付けでした。

片付けが終わるたびにその日の昼や夜の食事は外食になりまして、主に娘達のリクエストに従う形で普段は余り食べに行かないものを食べに行っておりまして、大概の出費を強いられております・・・。orz

余り眠らずに次々と仕事ばかりしていると溜め息が出てくるのですが、嫁さんと娘が「お父さんってそんなに溜め息出す人だったっけ?疲れててもダイジョブって言ってなかった?」などと、責めてまいります。

そうです、お父さんも歳をとっているのです!!(だからもっと優しくしなさい。w)

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2017年6月16日金曜日

下の娘の卒業式

遂に我が家には高校生が居なくなりました。

先週の息子の卒業式に引き続き、今度は下の娘の卒業式が執り行われました。遂に最後の小鳥も我が家を巣立つことになり、いわゆる”こども”と言う感じの子供は居なくなる感じですかね〜。

式の会場はリッチモンドのど真ん中にあるシアターでした。下の娘の学校は公教育とは言っても各カウンティから成績毎に数人から数十人ずつピックアップされた子達が集うちょっと変わった学校で、Southern VAのかなり少数の子供達が通うところです。
シアターは三回まで観客席があり、普段は演劇や映画上映をしているところです。
いつものようにポリスがやってきてガードしております。これは一種のバイトですけどね。
今年はハーバードに二人、イェールにも二人、その他日本では”全く”知られてはいないものの、アメリアでは知る人ぞ知るtop notchのカレッジやその他の大学にもポコポコ入っている・・・と言う感じで、「ほう流石だな!」と感じることしきりでした。まずもって全員が大学に進学する公立高校というのは先ずこの手の高校以外は有り得ないと言っていいでしょう。何しろ卒業式で配られた名前の横に全員の進学先の大学が書かれておりますのでよくわかります。

DCからボーイフレンドとともに帰宅してきていた長女もそれなりのドレスアップをして式に臨みましたが、妹の番になった時に大声で名前を連呼していたのが何ともアメリカンだな〜って正直に思いましたね。他人の目など気にもせず。w

式が終わった後は皆でベトナム料理店に行ってたらふく食べました。ちょっと驚いたのは、そこでサーブしてくれた女の子が実は長男の高校で総代をしていたベトナム系の女の子だったのです。可愛い子でした。VCUに行くそうです。
video
最後になりましたが、本日行われた卒業式ではtossingが行われましたのでちょっと動画を載せておきますね〜。

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2017年6月15日木曜日

終わらない終わらない・・・

ちょっとした事が色々とありすぎて、大変疲れます。

これどうする?捨てる?取っておく?持って帰る?それとも大学に持っていく?それとも上の娘の家に持って帰ってもらう?等と一々確認。更にはゴミを捨てる手順や時間、ドネーションする際の持ち運びの手順等、時間が無いが故に普段は問題にならないような”手順”が時間に押し込まれるように大切になってきます。

更には今後のリノベーションの範囲と方法、それを行うであろう業者との連絡などこの数日にすべて済ませるとなると実際の所めまいがしそうです。
もともとここに居た家族たちもそれなりに色々と動いてくれていたとは言え、そこは英語の世界。嫁さんにも複雑なことは使い慣れない単語を使いう交渉事では理解出来ませんし、お金の支払等の決定もしなければならないため、当然ですが一人ではなかなか進めることは出来ませんでした。また、今日は家をレンタルするにあたっての保険の種類の変更にも行ってきました。これがまた結構細かくて大変ですが、それも取り敢えずは問題なく終わりました。

最初は週末にケンタッキーにでも行ってバーボンの里を廻ろうかい!等と心のなかで想い描いていたアイデアもあったのですが、なんのなんの。全くもって荒唐無稽なアイディアであることがよ〜〜くわかりました。w
ケンタッキーどころか、ちょっとだけ家を離れていろいろなところに必要なことをしに行くことさえ大変な状況ですがな・・・。

今回も大量のゴミが出ましたし、最後の片付けの段階で夫婦二人で心が疲れてしまっていますが、ここはなんとか踏ん張るしかありません。

明日も朝早くから種々のアクションを取っておかなければなりませんが、果たして想い描いたように行くのか?これまた疑問です。やるだけやって後は当たって砕けろというところでしょうかね。明日は携帯電話の解約の連絡もして置かなければなりませんしね。(固定電話とネットの解約の連絡は既に済んでいる。)

さてさて明日はいよいよ次女の高校の卒業式・・・無事に終わってくれますように!

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2017年6月14日水曜日

Farewell食事会

リッチモンドにもあと数日。

今回の我々家族の日本への帰国に関連してVCUで共に研究者として働いていた同僚の皆さんが最後の晩餐を開いてくれました。場所はLegend Breweryで、ここは我々の中でもビールが美味い店としてよく知られたリッチモンドのお店です。

6時から集まったのですが、それまでは家で壁塗りや掃除の手伝いをしておりましたので実際はヘトヘト。それでもここまでは運転をして帰りは娘に送ってもらうという約束で家族全員で行きました。K先生御夫妻とH先生がほぼ定刻通りに現れましたが、外は生憎のサンダーストーム。それでも雨好きの私には逆に願ったり叶ったり。

全員で外のテーブルに着いて注文開始です。最初からドンドコドンドコ飲み物や食べ物を注文しながら四方山話に花が咲きます。なかでも特に昨今の研究におけるサバイバルの難しさに関していろいろと話が出ますが、トランプ政権下で今後どんな感じでリサーチにおける予算が変化していくのか未だ誰も知らない状態だとのこと。

アホが大統領になると下々の人間が色々と困るのは日の目を見るよりも明らかですが、こんな形でごく身近の同僚たちが割りを食っているのかと思うと怒りの方向も日本にいるときとはまた違った方向に向かっていきます。

そんなこんなでいろいろなことを話しているうちに腹はパンパン。w
米国に来て毎晩毎晩食べ過ぎでお腹はパンパンです。orz

ビールと話と料理でハッピーになった私は、娘の運転する車の後部座席ですやすやと寝ながら家路についたのでした。

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2017年6月13日火曜日

感謝の印

今日は午前中から先週まで息子の通っていた学校に行って参りました。

理由は簡単で、個別に先生方にお会いして今までの長年にわたる息子への情熱的な教育に対して直接感謝の言葉を述べさせていただくことが一つ。もう一つはそれを言葉だけでなく、感謝の印として何らかの”役に立つもの”を学校に残していくことを目的にdonationを行ったことでした。

実は卒業式終了の時点で、special physical Ed.の先生にお願いをして、500ドル前後で何らかの形で生徒たちが使える物品を購入していただきたいので、その額に見合ったものを見繕っていただけないでしょうかと言うようなことを行っておりました。そして数日の間隔をおいて先生とお会いすることになったのが今日でした。

先生にお会いした時に「トレッドミルの様なエクササイズの為のマシンなんかは如何でしょうか」等とお話はしたのですが、実際に彼らが使うレベルのものになると容易に2000ドル前後のものになってしまい、今回の予算的には厳しいということになりましたので、先方から提案があったのは”学校内で届け物をする時に使用する三輪自転車(tricycle)”でした。

リッチモンドに有る百年以上続く有名な自転車店Agee'sに先生と二人で行って、三段変速のペダル・ブレーキ(後ろに回すことでブレーキが掛かるもの)付きの600ドルちょっとのものを買わせて頂きました。

家に帰ると直ぐに先生方からは感謝のメールが届き、嬉しそうに届いたばかりの自転車に乗っているハンディキャップを持った子供達の様子を写した数葉の添付写真を見ることが出来ました。

特殊教育で大変な苦労をされるアメリカのspecial edの先生方に対するせめてもの感謝の印をアメリカに残すことが出来ました。今後もこの学校のこの教室がハンディキャップのある多くの子供達を助け続けてくれることを願ってやみません。

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