2016年9月27日火曜日

アマゾンでの評価の妥当性

アマゾンで買い物をする事が日常になった今、こういう事実の確認はしておいたほうが賢いかも?

ハーバード・ビジネス・レビュー(HBR)にこんな記事が載っていました。曰く、アマゾンのレビューがあてにならない訳・・・。読んでみると、なるほどなという記述が並べられています。そこに箇条書きにされているメインの理屈を書き出してみると以下の通り。

  • 統計上の問題
  • サンプリングの問題
  • 評価制度の問題
上の記述は”流石にHBR!”と言う感じできちんとした記述です。私の何も見ないで普段感じている事を書き散らすのとは違い”良く推敲された誰が読んでも納得しそうな原稿”って感じですよね。とはいえ、これとは別に私がいつも感じていたのは以下のような感じのことです。


  • 製品によってレビューの数の偏りが半端ない。(結局、目についたモノが更に選択されてその製品ばかりがレビューされていく”増幅”傾向にある)
  • 一度レビュー数がドコっと上がりだすと、レビューの星の数はかなり極端なものになる傾向がある感じ。
  • レビューのネガティブなものの多くは送ってきた業者のクレーム対応に対するネガティブ評価だったりすることが多く、製品そのものの評価を離れていることが多いような傾向を見出します。
  • ポジティブなものの多くはかなりの割合で初期評価の段階で止まってしまっている印象が強い。結局フォローアップのレビューを見てみると実はぶっ壊れてしまったとかのようなマイナス方向へと転換してしまうものも多い。(その逆もまたよく見受けられ、クレーム対応後、業者から送られてきた良品は凄く良かったりとか・・・。)
  • まず間違いなくレビューさえも全くついていないものの中に良品が大量に埋もれていそうだという事実。w
HBRのようなコンシュマーリポートとの比較などをしているわけではありませんが、結局のところはこれらはあくまで”購入者達の主観の集大成”を超えるものではないということでしょうかね。コンシュマーリポートはアメリカでは結構ものの購入基準に関しては堅いバイブルのようになってますし、読んだことがありますがその検査はガチで厳しく相当客観的だと思えます。

しかしながら、最終的には自分が色々なサイトでのいろいろなレビューを見た挙句、買って満足してしまえばそれで何も問題ないわけでして・・・。結局はよっぽどの大問題が潜んでも居ない限り、人が作って人に対して売られるものなどというものは安いものでも高いものでも満足してしまえばそれで終わりってことで、おあとがよろしいようで。w


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2016年9月26日月曜日

生死の交わる時

結局、昨日の夜は殆ど眠れませんでした。

あんなこと書いたのでそれがジンクスのようになってしまったのか・・・。書いた通りのことが起きてしまい内心「何じゃこの状況はorz」と言う感じ。白みゆく空の光を窓越しにガンガン感じながらも、一分でも長く寝て疲れを体から剥ぎ取ろうとするのですが、なにせ死亡診断書を書き終えて御遺体をお見送りしたのが朝の7時ですから、最初から”ムリ”っていうのは充分承知しておりました。

それでも何とかならんかとは考えたのですが、取り敢えず出来ることはサッサと朝の会心で病棟を周り、患者さん達の診察を終えて、検査のオーダーと処方を終了させてしまうことでした。
とは言え回診する病棟も7つあるとなんやかんやと日々新たな何かが起きてきます。皆、何らかの理由で入院しているわけですから、100人、200人の人の中には、当然熱を出したり、具合が悪くなったりと言う人がポロポロ出てくるのが普通です。

病気に休日はありませんので、私の体調や眠気などというものには関係なしに”病”はやってくるわけでして、こればっかしはどうしようもありません。

夏の間の問題は脱水傾向と基礎疾患の重なり合いでしたが、これからの季節は感冒や呼吸器へのウイルス感染症と基礎疾患の兼ね合いになりますので、要注意です。これからの季節、呼吸器の基礎疾患がある人達には特に呼吸器感染症が重なると文字通り”一気に”症状が悪化してしまい、高齢者などでは”取り返しのつかない事態”になることが頻繁に起きてきます。良かれと思ってお見舞いに来た家族などがその感染源だったりすることも有るのでイヤラシイです。

さて、今朝亡くなられた患者さん、夜中の早いうちに危篤をお知らせし”万一の可能性”が高いので最後をお看取りになられるのならば今来られたほうが良いということをお話した所、早速来たいのですが、今度は娘さんが出産予定日まで2−3日ということで、今はショックを与えたりすることも出来ず来られないという、これまた”当然”の理由で「万々一の時には覚悟しておりますので連絡をいただきたい」という事で受話器を置いたのですが、残念なことに上に書いたようなことになりましたので、御親族になるべく物理的負担をかけないように、病院には来られなくとも我々がお見送りをさせて頂き、直接、契約済みの葬儀会館の方へ御遺体を搬送する手はずを整えてからそちらでご面会いただくということに致しました。

90近くで亡くなられたこのお婆ちゃんが居なければ、あと数日で生まれる可能性のある赤ん坊も居なかったはずで、一緒に御遺体をお見送りした看護婦さんとともに、病棟へ戻りながら「生まれ変わりになるのかな・・・」等と話したのでした。

例え輪廻転生は無いとしても、こうやって遺伝子の方舟は運ばれていくんですね。

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2016年9月25日日曜日

当直の合間に

勉強していないときには寝てるかネットをしている私ですが、最近生活習慣の中に運動が入っていません。

良くないなと解ってはいても、日常の7000−10000歩の運動以外は特に何もしていないのですから世話ないです。当直のときなどは夜になると変な時間に起こされて変な時間まで引っ張られて変な時間に寝ると言う事になることがあります。

特に、ずっと状態が良くなかった患者さんの状態が”いよいよ”悪化し、患者さんの御家族の代表者に連絡して来院を願ったときなどに1、2時間ほど何もする事無く待っていることがあります。そういう時には病院のPHSの電波が入る範囲で外の空気を吸いながら”静寂”を愉しむ事にしています。

昼の喧騒というものが全く無くなり、夜の静寂のなかで空に瞬く星を眺めていると時々点滅しながら何の音も出さずにゆっくりと空を横切る飛行機が見えます。特に高いところを飛んでいるようなものは国際線でしょうからスマホのスカイスキャナー系統のソフトで調べると”A航空のB行きのCから飛んできたD便”だと判ります。

また、空の星もスマホのソフトで星座や星の名前までほぼ有名所は全部出てきます。完全にARの初期応用ものの一つです。これがなかなか楽しい。星座なんかの知識は殆ど小中学生のときのレベルで止まっている私ですので、画面の中に出てくる各種情報は(例え覚えることなど叶わなくとも)楽しいものです。

これからは空気も”冷えた”と言うレベルから”寒い”に移行し、やがては”出たくない”というレベルの切れそうな寒さにまで変わってくると後は部屋での活動のみですが・・・。

そろそろメチャ暑という日が無くなってきて残暑とも縁がなくなってきた感じです。

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2016年9月24日土曜日

ググッと冷えてきた?

やっぱり確実に夜は涼しくなってきましたね。

ちょっと前の涼しさは気持ち涼しくなって良い感じだな、というものだったんですけど、多分寒がりの人の中には既に夜間は薄手のカーディガンを羽織っている人が居るのは間違い無しでしょうね。
アメリカの嫁さんに聞いても、バージニアの方もやっぱり同様とのことで、この前から涼しいって言ってたのが次第に寒い方へ傾いているようで。

そんななか、嫁さんが1枚の写真を送ってきました。それは鹿の写真でして、鹿が現れること自体はアメリカの我が家の近所では全く普通のことで、時には玄関の前に親子二匹とか、裏庭に親子で三匹なんちゅう事も極普通です。ところが今回の写真、ちょっと文字通り”毛色”が違う。w
上の鹿の写真はピンボケ物なのですが、よ〜く見てみると体全体が白いアルビノらしいのですね。これ、コミュニティーの中のエリアなんですが、嫁さん曰く実は家の裏庭でもこのアルビノらしい鹿を見たことが有るんだということで、ここら辺りに生息域を持っているみたいです。

アルビノは基本的に生物として弱い上に、目立つので捕食や捕獲の対象になりやすく長生きできないものが多いのですが、この鹿はここまで立派に大きくなっていますので、立派にこのエリアで静かな人生(鹿生?w)を送ってもらいたいものです。

秋の夜長にコンニャクのぶつ切りを八丁味噌で食べてブログを書いているオジサンでした。

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2016年9月23日金曜日

ビッグデータでらくらくポケモンGO

ビッグデータが商売や基礎科学で大いに活用されている昨今ですが、ゲームも当然その流れに。

ポケモンGOやってる人には当然使っている人も多く、一時期ガジェット系のニュースでちょっとした騒ぎにもなったポケモンGO関連の”チート”としてそのソフトと繋がるデータベースが乗っかったサーバが使えなくなったり、それを使っている人のアカウントがBANされたりと言った噂も・・・。

ところが、そんなことは全くお構いなしに幾つものソフトが次々に現れて主導権を握っていきます。ウェブブラウザーに詳細情報をガンガンあげ続けるタイプのものやスマホのみで純粋に働くタイプのものなど様々。

幾つか有る中でこれは良いなと思ったのは以下の2つか?

これらを見ていると、ビッグデータっていうのは”凄いな”って素直に思います。勿論これらのデータを更に解析すればもっと効率的なポケモン収集が出来るのでしょうが、このような一次情報だけでも物凄く便利ですね。なんといってもこれらのデータの肝は経時的にこれらのポケモンの出現場所を示すテント、その”経時的”表示にもう一つ上を行く「後何分何秒この出現時間が続くか」ということを示してくれることですね。

おまけにこれが完全にかつ当然のようにグーグルマップと繋がっているので、その出現場所への移動時間次第でそこまで車や歩行でリーチ出来るか否かまで一瞬で判るというスグレモノ。やっぱりデータというのは三次元的に繋げるだけでなく、経時という第四番目の次元を加えてデータを繋げることで素晴らしいものになるんだということをこのゲームのソフトを通じて実感する次第です。


やっぱり自分の実現したいアイデアをソフトの制作を通じて実現する能力が有るとデカイ金になる可能性があるな〜、と強く実感した次第です。

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2016年9月22日木曜日

警察も進化している

この前少し驚いたことがありました。

あるイオンモールに本を買いに行った帰り道のことです、川沿いを車で走っていた時に何故かなんでもないところで車が少し滞留したような状態になったところがありました。例え小さなものであっても、通常は渋滞が起きるようなところではありません。

頭の中でクエスチョンマークが点滅しつつも、ゆっくりとクリーピングしながらその渋滞の原因のもとに少しづつ近づいていってその理由が判明しました。

原因は爺さんでした。倒れている訳でもなく、道に飛び出しているわけでもなかったのですがガードレールの”道路側”で車の流れをボーッと眺めながら只々突っ立っているのでした。一見すると”飛び込み志願の自殺者”にも見えます。普通の感覚を持っている運転者であれば、間違いなく何かを感じて徐行や迂回をするでしょう。そしてそれが実際に起きているせいでこの小渋滞が発生しているのでした。

しかし私が感じたのは少し違っていて、日常の臨床でみる認知症患者の観察と対比しても実に認知症で方向がわからなくなっている確率の高そうな爺さんに見えました。

爺さんは小脇に薄汚れたジャケットを小脇に抱えて本当にボーッと立っていました。時々ピクピクと位置を変えるのですが、明らかに怪しい・・・。

十秒ほど悩みました。ほんのちょっと前このブログにも書いたように、自分がどこにいるか誰なのか理解できずに疾走状態になってしまう認知症の人は日本中にゴマンと居ます。もちろん毎日発生しているわけでもしかしたらという気持ちと、ただの散歩かもという気持ちが8対2位の感じで揺れ動きましたが、結局110番通報をして警察に確認してもらうことにしました。

まず、コールの最初に聞かれたのは「事件ですか事故ですか」という男性の声。すぐに手短に事情を説明したあと、万一用の電話番号(当然警察側には私の携帯番号は表示されているはずですが)をもう一度言って更にその発生場所の説明をすると驚いたことに「今あなたが移動しているところの後方ですね?」と確認してきました。

内心で”ああ、電話の位置情報を示すGPS信号が警察側のマップにもリアルタイムで出てるんだ”と思いつつ、更に詳しく爺さんの身なりの説明や状況を説明すると「わーかりました、今から署員を向かわせて一度チェックしますね」との返答がありました。
間違いなら申し訳ないのですが、一度手間をかけていただいても良い案件だと考えましたので、逆に間違いであって欲しいと考えた夜でした。

認知症と徘徊、実はいつでも遭遇しうる出来事だと思います。自分の両親が何時かそうやってお世話になるかもしれませんしね。日頃から気をつけていると意外とそういう方って身の回りに居るのかもしれません。

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2016年9月21日水曜日

卑しい発想

久しぶりにムッとしました。

週末からの数人の重症患者さんへの懸命の応対が明けて疲れが溜まっているところで、その日の当直に備えるために病棟日誌の当直医氏名欄に自分の名前を書いていたとき、日勤入りで朝やって来た看護師から一言。
センセイ、儲けてますね〜!
一瞬血がたぎりました。間違いなく血圧は上がってアドレナリンは出まくりだったと思うのですが、頭の中で”バカは相手にするな”という、心を落ち着けるときのいつもの呪文が出てきて何とかその場をしのぎました。

一言だけ「冗談でもそういったことは言わんでくれるかな?」とだけは努めて静かに言いましたが、頭の中ではバーチャル”幻の右”で壁際までぶっ飛ばしておりました。w やっぱ、人の命がかかっていて、疲れている時にはこんな人間でも相手にしてしまうとか、私もマダマダ人間が出来ておりませんな。

こういう愚かなことをしばしば言う人間がこの手のことを言ってきたとしてどう対処するか。教育的指導を行ったり多くの同僚の面前で静かに諭して赤っ恥をかかせる手もありはしますが、それは有る一定以上の知性が有る若手のときのみであって、効果のない人間には効きません。むしろ逆恨みされるだけ。こんな人間でも人の母親だったりするわけですが、こんなのを育てた親の顔が見てみたいなとフト思ったりもします。

貧しく育っても人に妬みを感じずむしろ自分の逆境を肥やしにする人間もいれば、徹頭徹尾、己が及ばない物や事に対して妬みの感情をぶつけて来るこの手の人間も居ることに残念感というか暗澹たる気持ちを抱くこと暫しです。

この人、自分のご主人が高級腕時計をつけていることを聞かれもしないのに大声で話しているのを聞いたことが有るのですが、その”高級”というのが30万円だと聞いて脱力しそうになりました。なんとも中途半端なお値段で・・・。
今時の時計なんて言うのはそれこそ千円でもキチンと動きますが、30万位の値段のものは、時計好きの間ではまだまだ日常つけることが出来る”普通”のお洒落時計の一種です。

高級腕時計と”自慢して”言うからにはパテック・フィリップとかヴァシュロン・コンスタンチンみたいなもんかと思えば・・・。そんな世界の話をしたらまた”藪蛇”ですのでしませんし、私自身は時計をはめないアンド時計のデザインにお金をかけようとは思わない人ですので、間違いなく話は合いませんが。(そんなもんつけても、値段を気にして使っているよ言うな状態では自分が惨めなだけですので。年収も100億あったらパテック・フィリップも臆せず身につけられるかな?w)

大人になって最も惨めで卑しい発想は”人を妬む”という感情だなと思います。多くのモノの本には「妬みは人の本性である」という書き方がしてありますが、私はそうだとしか思えない人による記述が、それがあたかもそういった感情が”すべての人”の根本に有るという発想になってるんだと心から思います。

家族五人で年収200万円で過ごしていた長い長い初期ポスドクの時期も、少しは給与に余裕が出てきた今もハッキリ言って全く金に対するものの見方に変化はありません。あればあったほうが良いけど、だからといって金の有り無しで人の質が決まるなどと言うことは全く思いませんし。この歳でよくわかることは、金があろうとなかろうと屑は屑ですわ。w

暗愚としか思えない人間に何かされた時どう対応するか・・・キリストのごとく哀れみを掛けるか、シヴァの如く対応するか。私はその中間として以前NYに人種差別を公言する投手が試合に乗り込んできたときに、それに対してコメントしていたパキスタン人のニューヨーカーのニュースでの発言を金言としています。

曰く「狂犬が君に噛み付いてきたとしても君がその狂犬に噛み返すかい?

狂犬は行政の力で殺処分とすることも出来るけどな〜って呟いたのは私でしたが。それ以来これは頭の中でトマス・ジェファーソンの言葉とともに怒りを鎮める言葉の一つとして大切に記憶しています。

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2016年9月20日火曜日

久しぶりに大雨

本当に久しぶりの大雨でした。

名古屋では夕方から雨の勢いが強烈になった数時間が続きましたが、この間は車に乗り込むほんのちょっとのアクションだけで体も車内も濡れてしまう始末でした。雨好きの私にしてもこれは”珍しいな”と思えるレベルの雨でしたね。

今年は日本に向かってくる台風は久しぶりにバンバンやってくるという感じで、いわゆる”当たり年”なんでしょうか。例年の台風発生数と接近数と実際の上陸数等の数値を比べれば答えは出るのでしょうが、例によって感覚的には間違いなく多い年だと思えますので”当たり年”だとしておきましょうか?何の責任もないこのブログのことですので。w

実際に、接近して大きな被疑を及ぼしても上陸はしないものもありますし、横断して北上などをしていく過程で外れていってまた再上陸などというはた迷惑な台風も時々おりますので、カウントするのは結構面倒な気もするのですが、16個しか発生していないのにこれほどまでに立て続けに日本に激甚災害レベルの記録を作るというのはやはり上に書いたような当たり年なんでしょうかね、と思いたくもなるわけです。

数年前にスパコンで予測する日本近郊の気象の未来予測みたいなのをネットで見た記憶があるのですが、それによると平均気温の上昇に伴って起きることは台風の発生数自体は減るものの、その一個一個の規模自体は大きくなり、より大きな被害を及ぼすというものでした。

近年の台風によく修辞として「近年稀に見る」とか「観測史上初の」とか「猛烈な」とか言う文言が付いているのはそういう意味では、このスパコンの計算があっている結果なのかもしれませんね。何れにしてもそういった災害がなるべくのことなら人の命を運び去るようなことをしないで欲しいとは思うのですが、巨大な力の前には人間の抵抗も虚しいことは沢山あります。

われわれに出来ることは近づく意味の無い危険に”自分からは”近づかないことだけではないかと思います。

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2016年9月19日月曜日

DAISOで買っていいものいけないもの

久しぶりにダイソーに行きました。

100円のカッターを手に入れるのが主目的で、おまけの目的は病棟で看護師さんが持ってきていたのをたまたま見た100円のお手頃サイズの綺麗なタッパーウェアを手に入れることでした。
日本版のいわゆるダラーショップですが、こう言った店は目的もなく入ると際限なくつまらないものを買ってしまいそうなので、なるべく早くササッと観察して、目的のだけ買ったら帰るというのが一番。

今までダイソーで買ってよかったと思ってかつその中からアメリカに持っていったりするものは実に少数で、その週数のものと言えば、黒い綿棒・黒い軽石・カッターの替刃・有名な会社の名前の入ったノック式のサインペン・ポチ袋と香典袋くらいでしょうか。

あとはもうね、これはいかんかったという後悔の連続。
思い出すだけでも挙げてみると、まずはボールペン。これはもうね・・・使い物にならんですわ。w 次は荷物梱包用のガムテープ。これも、目も当てられんというくらいのレベルで、特に透明のタイプのものはベリベリ剥がして使おうとする度にプチプチと切れてこちらの堪忍袋の尾まで切れそうです。w 
あと意外と費用対効果という意味で騙されてはいけないのがレジ周辺に並んでいるお菓子でしょうか。これ、出る直前にちょこっと掴みそうですが、お菓子鑑定士の私から言わせると値段も駄目ならサイズも駄目。実は売り物の中にはどう見ても通常サイズじゃないでしょうというモノが多々紛れ込んでおりまする!

お菓子は量販店で狙いを定めて大量買いをするか、スーパーの特売日にチラシに載るレベルのものを買うがヨロシと先生が申しておりますぞ。w

個人個人でこれはマズったと言うものが皆さんにはそれぞれあるのでしょうが、取り敢えずはこんなところでしょうか。
最近は、ダイソーでなくともセリアとか300円ショップとかもありますので、ダイソーもウカウカしてるとアメリカのダラーショップ戦争みたいな状態に巻き込まれますぞって言っても、既になってるか。

タッパーウェアの方は各種買ってみました。これは良さそう。しかし、タッパーの壁が少し薄めかな〜。まあ、100円だから冷蔵庫での保存用とかには良いかな。

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2016年9月18日日曜日

日本のシステムの危なさの一つ

病院という大きなシステムで働いていると、システムの構築という課題はいろいろな面で難しいものだなと言う事態に遭遇します。

申し訳ないのですが、こういう場面では経営コンサルタントなどというのは恐らく”無能”としか言いようのない助言をするのではないかと考えています。私の考える理由は簡単で、コンサルはその現場におけるシステムの実態、特に人的ネットワークの相互関係について余りにも”ブラインド”の状況で理想的構造を考えさせられるが故に現場におけるフィードバックではかなり役に立たない助言をしていくものと推測します。(ウェブで読むことの出来るコンサル達の独白録なんかも実に酷い内容を淡々と語っていることからもそんなもんだろうというのを推測させるネタにはなっているのですが。w)

実際の所、コンサルが全員に聞き取りをしていったところで、それぞれの職能の長であっても”本当のこと”をどれだけ言うのか実に疑わしいものですしね。

システム構築に関する最も大きな問題は日本のシステム設定が負荷分散型になっていないことでしょうか。
一人ひとりの”ベスト・エフォート”に過剰に頼っていることでしょう。これは本当に前回の大東亜戦争以来全く進歩なし。”各個人”の能力に過剰に期待して、上から下までの厚生院の中の誰かに大きな負荷をかけつつ、その人の頑張り無しでは組織がうまく回らないようなセッティングにした挙句、結局はどこかでそれに綻びが出てきて終わりというパターン。(まるでメインフレー頼りのシステムとでも言いますか・・・。)

「それでは組織は長続きしないよ!」というのが前回の大戦で多くの貴重な命と引き換えに導き出された教訓だったはずですが、全然日本は学んでいない。働き蟻の遺伝子は、誰かが死んでも誰か新しい担い手が次々に現れては組織を次の目的地へと”間違いなく”移動させてくれるというあり得ない幻想のもとに運営されています。

アメリカは個人のスキルや知識という意味では正直それ程高いと思いません。しかし”上の人間”がよく考えたシステムにそれぞれ比較的単能の人がキチンと割り振られ”こんな人でも??”と日本では言われそうな人が、それでもその仕事がそこそこには出来るようにセットアップされていると私は思います。

誰かが居なくなったり、最悪の場合は死んだりした時にその組織はどう立ち回っていくのか・・・。それが顕著に差として現れたのは前回の大戦の結果であったはずなのですが。単一の人に頼りすぎる組織はその人の寿命を以て瓦解することになりかねません。

ソフトバンク、日本電産、ユニクロ、下手したら京セラの様なところであっても、”旗手が特別”だからこそ、危険を孕むという逆説的な一面をよく検討しておくべきだと思います。そう言えばソニーというエクセレント・カンパニーでさえその軛からは逃れられなかったという事実はきちんと思い出すべき歴史ではないでしょうか。

病院で働きながら、中に居る仕事のできる人の様子を見ながらふと考えた一日でした。

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