2017年3月23日木曜日

愛子内親王畏るべし

もうね、己の愚かな中学時代と比べた時のその彼我の落差に呆然としましたよ、本当に。

愛子さまが学習院中等科を卒業されるにあたり記された作文の内容が秀逸すぎてオジサンは冗談抜きでアゴがが落ちてしまいました。最初にも書いた通りなんだか”知性と思惟”が文章の隅々にまで溢れていて、高貴とはまさにこの事というべき見本のような文章で、日々駄文を連ねるオジサンは本当に恥ずかしくなりました。orz

同時に考えたのはこの歳でこう言ったことを考察しなければならない立場に有る将来の責任あるお立場に立たれる方というのは本当に大変だなという一点。こういった平和に対する強い希求というのは先の大戦後に繰り返し平和へのお言葉を事ある毎に国民に向けてお話になられる今上陛下、そして皇太子殿下、そしてそのお子様である愛子さまへと連綿と色濃く受け継がれてきたものに疑いを挟む余地はありません。

文章の素晴らしさと中身の充実ぶりなどはとても普通の中学生が書けるようなものではなく、高級な教育が施されたのであろうということと、両親の能力の遺伝、日常の生活における哲学教育、そして親からの惜しみない愛情などを想像して余りあるものが有ります。

また、ファミリーの歴史や格としてはどこと比較しても世界最強の天皇家がこのような感覚で世界の平和を希求されているということ自体が日本国民として誇らしく思います。

宮内庁がこういった”将来責任あるお立場で公務を果たされる方々の意見”を文章を通して我々に見せてくれるのは大変良いことだと思うんですが、愛子さまがもう少し大きくなられていわゆる”成人”になられてから回顧と言うかたちで公式発表しても良かったのではないかなと少し思いました。

だって、私が中3だったら自分の書いた文章が世間に大々的に知られるのはやっぱりいろいろと恥ずかしいだろうなと思いますもんね。まあ、宮内庁の中の人としてはこの文章の闊達さにうたれて公表したくてたまらなかったというのも十分に有り得る話ではありますが・・・。

人気ブログランキングへ

2017年3月22日水曜日

医者の定年

コメント欄で医者の定年に関して質問をいただきましたので、これは一回書いてみる良い機会と考えました。

勿論ここで言う定年というのは国立や市立などの”公的”病院は除きます。この手の所は医師としてのと言うより役職につく年齢というのが比較的オフィシャルに決まっておりますし、そこらあたりは比較的一般企業並みかと思います。

また、私立の医学部ではH原さんの例を出すまでもなく、広告塔レベルの人間を入れれば100歳を超える人間まで”医師”としてというか、医師免許を持ったタダのお爺さんでも祀り上げて置いておきますので、定年は有って無きが如し。

では開業医はどうかというと結局その人が健康で患者さん達がその医師を慕ってきてくれるうちはいつまででもやってる人多いです。先生の息子や娘が二代目として医院を継いでも初代の先生に見てもらいたいと言って指名打者のように診てもらうお年寄りは結構居られます。勿論、二代目などがおれば時間の融通も利いて受け持ち患者さんを少なく診るというような芸当も出来ますしね。

では私が所属するような大規模な私立病院はどうかというと比較的医師の健康が保たつ限りはいつまでもいてくださって結構ですというところが多いような気がします。周りの病院もそうですね。
60代、70代は比較的何の抵抗もなく受け容れられているような状態ですが、少しづつ受け持ち患者さんの数が減っていったりはするのですが、腰が曲がっていても診療行為をされておられる先生はおられますね。

ただし、問題は最新のとまではいかなくても新しい医療、特に医療器具や医療技術にはついて行けない先生方が増えてきます。技術的についていこうという”頑張る意欲”が失せた先生から診療行為の最前線からは落ちていく感じでしょうか。

ただ、スペシャリストとしての”昔取った杵柄”を持たれている方はいろいろな意味で強いですね。まあ、それはどの世界でも一緒でしょうか。

この前、医師に対して行われたあるクローズドのネット・アンケートでは確か70台位までは現役として働きたいという希望を持っている医師が多かったように記憶しております。

取り敢えず結論は”元気にやれるうちは”働け働け〜!という吉本興業のような世界です。w

人気ブログランキングへ

2017年3月21日火曜日

病院での人事異動の季節

今日、私の勤める病院では人事異動の発表がありました。

とはいうものの、私の勤める病院では大きな異動という意味では常に多くの人達の悲喜交交の反応を呼び起こすのは看護師さんとヘルパーさん達の二つの職種の異動・移動です。

多くの人達にとっていわゆる職種ランキングの変更は無しでの病棟間の移動となりますから、仲の良い友達と別れたり慣れていた病棟を離れたりするだけでなく、お世話をする患者さんの年齢層やタイプ、そして時には科まで変更になりますから中には”激変”といってもいいレベルの変化がこの4月から訪れる人達もいるわけです。

これらの人事異動の発表にともなって入職してくる人もいれば、当然離職していく人も居ます。私自身はこの看護師とヘルパーの人事異動を決定している看護部長に関しては非常にネガティブな評価をしているのですが、この評価は実際の所、たぶん本人が知らないだけで病院の医局にいる医師は”私の知る限り全員”がとてつもなく低い評価をしております。w

そんな評価を受けている人が、院内の重要な資源である人の動きの采配をとるのですからその結果として起きてくる反応はほぼ毎回予見できるものばかり。

アメリカで、大学において教職について居た頃よく開催されていた教授への研修においては毎回学長が強調していたのは「バスの運転手を手始めに、正しいシートに適正な人間を配置することではじめて組織が生き生きと動く!」ということでした。残念ながら、ただただ長くこの職種にいるだけでは能力というものは全く伸びるということはなく、通常は悪いところが凝り固まっていくだけ・・・。いわゆる頑迷と言うやつですね。しかも酷いときはそれに付け加えて組織の上に立つ人間が認知機能障害を起こしているということも実は”よくある話”でして、組織が崩壊寸前に追い込まれるという話は企業コンサルなどの手記には比較的当たり前のこととして記述されております。

そう考えると、ある程度の歳になった人間はその判断力と認知機能を確認するテストを毎年しておくべきなのかななどと比較的”真剣に”考えてしまうのです。

何はともあれ、新しい部署に着いた人達に幸せが訪れますように!

人気ブログランキングへ

2017年3月20日月曜日

忙しいというのがなかなか言い訳にならない仕事

ものごとは重なる時は重なるものです。

今日春分の日は月曜で私の当直担当の日でしたが、昼過ぎ三時頃までは珍しく何にもなくて落ち着いていたのですが、突然内科の有る病棟から呼ばれそちらへ走っていって処置開始。その処置をしている間に別の棟からコールが入り、重症患者さんの家族がやってきたのでそのムンテラをして欲しい、との事。そっちの方には事情を話して「ちょっと待っていただいて貰って欲しい」と伝えておりました。

そのコールを切って一分もしないうちに更にその上層階の別の病棟で保護室に入っていた患者さんが突然転倒し、頭部打撲を発症したとのこと。当直精神科医が頭部CTを撮ったのでその判定をして欲しいとリクエストされて駆けつけてみると、頭頂近傍のseptumに新鮮な出血の形跡が確認できましたので、今度は近くの大学病院の脳外科に連絡を取って当直医の先生に紹介状を送付し救急搬送をする事態となりました。

その救急車が来る間に家族へのムンテラを行いつつ最初の患者さんの状況把握と言う感じで、いままでの平和な3時までの時間が嘘のようでした。

幸いにして患者さん達の容態は安定し、大学病院へ送り出した方も緊急オペになるまでには至らず入院して経過観察で良かろうとの連絡でしたが、今回はすべてが”取り敢えず”ワークしたものの、常にそううまく行くわけでもなく”勘弁してください!”と言いたくなるくらいいろんなことが連続して起きることもあります。

例えば有る患者さんの心肺蘇生をしている時にもう一件ほぼ同時に心停止、呼吸停止のコールが入ったときとか・・・。以前ここにも書いたと思うんですがもうこれは大変ですわ、さすがに。

それでもその場ではそこにいる誰よりも冷静になって対応し続けなければいけないわけですからなかなか大変な仕事だとつくづく思います。充実感はあってもそれは体力・気力があってはじめて出来ることですので・・・。やがて引退という時期くるのでしょうね。

人気ブログランキングへ

2017年3月19日日曜日

名城公園でポケモンゲットというか・・・散策

名城公園と言うところに行ってまいりました。

目的は散策・・・等と書いておけばオジサンらしくてまっとうな気もするんですが、実はポケモン探し。w
以前、親父達を連れて名古屋城の天守閣に登ったことはありますが、城の外側を含め、更にその北側に広がる公園自体を目的として訪れたことはありませんでしたので、今回が初の名城公園散策となりました。(まだ散策って言い張ってる。w)

以前はそれほど遠くない名大医学部横の鶴舞公園で寒い日に行って震えながらポケモンをゲットしたこともありましたが、特に目立った収穫はなく駐車場代を払って近くの大須に行ってPCのモニタを見て家に帰った記憶があります。今回の名城公園ではどんなポケモンが出るのか楽しみのために取っておいて敢えて調べずに行きました。

公園にはすぐに着いたのですが、問題は駐車場。なが~い列の駐車待ちの車がありましたのでそこは諦めて公園の周りを少し回ってみると道沿いの標識には土日祝日は除くという路駐許可の標識が有りはするものの、本当にビッシリ埋められてスペースはなかなか見つかりません。

中には反対車線に逆停めしている馬鹿も結構いました。海外住まいが長かったのかな?w
おまけに日曜日の今日は民間で雇われていると思われる路駐の違反摘発のおじさんたちがイソイソと駐車違反のスティッカーをバンバン貼り付けておりましたので、そういった事態は避けるためにスペースを見つけるまで数分間車を流しました所、公園北側の道路に偶然スッとスペースが出来ましたのでそこに車を停めて強い風の吹く中をいそいそと花壇の有る方へと向かいました。

中では貸自転車も出されておりましたが、愉しむのはちびっこ達で私を含めて大人はほとんどがスマホ片手にウロウロ。私自身が理解できたのはここはブルーの巣だなと言うことでした。ブルーというのはピンクのブルドッグ風の妖精ポケモンなんですが、そんなことはマア普通の人にはどうでも良いことですね。
これが呆れるほど沢山おりまして、アッと言う間に進化に必要な50個の飴玉が揃ってしまいました。あと少しだけ珍しかったのはワニノコの最終進化したオーダイルと言うのが捕獲できたことでしょうか。それくらいですね。

二時間もいなかったと思うのですが、日頃の診療の疲れをとるために噴水のそばのベンチでポケモンも取らずゆっくりとした時間を過ごせましたのが何よりも良かったです。

しかし、一つだけ問題が。それはアレルギーの発生で、いま名古屋はスギ花粉がバンバン飛んでおりますのでこの風邪が吹きまくる中での散策は、己の体をそのスギ花粉に感作させ続ける耐久実験の様相を見せておりました。やたらくしゃみは出るし眼は痒いしでその点は散々でした。

家に帰っても暫くはクシャミが出っぱなしでした。

人気ブログランキングへ

2017年3月18日土曜日

五つ目

取り敢えずは次女の大学の合格通知のほうは粛々と進んでいるようです。

今日入ってきた合格通知はUCLAの分でした。州外からの応募ですから、カリフォルニア州内からの応募よりかはちょこっとだけ選考が厳し目ではあるようですが、まあ入学自体はそこまで難しくはないかなという感じでしょうか。でも取り敢えずは合格できた大学が増えて選ぶ選択肢も増えてきて良かったです。

同じ高校の友達の中には早々にハーバードに合格した賢い子もいたとか、賢くてもMITに選ばれなかった子がいたとか、それなりにいろいろな話が友達同士で流されているようです。
娘は只々合格発表を待てば良い御身分なので今のところは後5つの大学の合格発表を待つのみ。

問題は私達親の側です。例えば州外からある別の州の大学へ行くとなると通常我々が支払う大学の授業料はその大学へ州内から行くいわゆるIn stateの子供達の払う約三倍前後のお金の支払いが殆んどです。
UCLAの場合にはここにそういった情報があるのですが・・・。見るとここでは三倍ということはないのですが、実質的には約二倍でちょっとガックリするような額の支払総額ですね。

あとはfinancial aidがどれほどのものになるかによるのですが、もしUCLAに行きたいと言い出したらこれから四年はお父さんはたくあんと白飯一膳で四年間を過ごさねばなりませぬ。その覚悟はできておりますが。orz

後はどれだけ娘がスカラーシップをいただけるかにかかってくることは間違いありません。これから一、二ヶ月は仏壇でも買ってきて何か神仏にでも祈りましょうかね。w

人気ブログランキングへ

2017年3月17日金曜日

他人の空似・昔を思い出した

今日はちょっとおやおやと思うことがありました。

病院の仕事が終わって外を歩いていた時に外来の看護師さんにそっくりの女性が子連れで歩いていたので、あららこの辺に住んでいるのかな?と思って声をかけそうになったら、どうも何となく違う”雰囲気”がしたので、声をかけそうになる直前にやめました。

体の細い感じやショート・ヘア、顔の輪郭その他も実にそっくりなのですが近視の私が遠目に見ても何となく眼の感じがいつもに比べて”やや”腫れぼったい感じがしたので、本当に直前でやめました。

それ以上は近づくこともなかったのでそのままとなりましたが、その後も「いや、あれは違う・・・よな?」と言うほど似た人だったのだと思います。私の顔を見ても何のリアクションもなかったですしね。(それとも無視されていたか?w)

これほどまでに似ていた人を見た経験は実は余りありませんが、唯一他に強烈かつ不思議な経験を語るとすれば、私が小学生だったある時、同じアパートに住んでいた親父の仕事上の同僚であったオジサンのお母さんと思しき人を街から帰る途中のバスの中で見かけたことがありました。

ところがこれが大変な謎だったのです。じつはこのお婆さん数ヶ月前に亡くなられていたんですね。ですから私はそのお婆さんをバスの中で見かけた時に頭のなかは怖いとかなんとか言うような感情よりも「???????」という、理解不能マークが頭のなかに充満していたのです。私は最後部の座席に座っていてそのお婆さんの横顔を見る位置関係だったのですが、そのお婆さんはなんだか物思いに耽っているような様子でジーッと斜め前方の床を眺めておりました。そして私はといえばジーッとそのお婆さんの顔を・・・。

その時のことは子供ながら果たしてこれをそのオジサンに話して良いものか否か大変考えたのですが、子供なりにその観察に関してオジサンとその奥さんがどんな反応を示すか知りたくもありました。取り敢えず両親には夕食時に話したのですが特に反応はなかったような気がしますが定かではありません。ところがある時そのオジサンと会った時にそのことを話したら、奥さんともども「うーん、もしかしたら会いに来たのかね〜。でもXXくんの所に会いに来るかな〜。」という言われてみれば当たり前の反応を示されたのでした。

人によっては気味悪がったりアホな子だと言うような反応を示しても全くおかしくはないかとも思えるのですが、40年ほど前のその時のバスの中の出来事を今でも昨日のことのように覚えているということは、当時の私にとってよっぽど鮮烈な体験だったのかな〜とも考えたりします。

今日のことは生きている人の空似だったと思うのですが、既に死んでいる筈の人の空似も当然世の中にはあるわけで、そういうときって余りにも似ていたらやっぱり不思議な気分になるものなんでしょうね。それにしても、これだけ沢山の人間が居るのに殆んど今日のような体験をしないと言う意味では、逆に人の顔の多様性というのは凄いもんだと改めて考えた今日の出来事でした。

人気ブログランキングへ

2017年3月16日木曜日

確定申告終了

やっと終わりました。

千種税務署に行っても事態の煩雑さ故になかなか前に進まなかった納税及び減税の全ての手続が終了いたしました。
本来はもっと大きな還付を受けられたはずの種々の項目を全く記入せず、書類も揃えずやっつけ仕事でただただ確定申告用に所得証明書をペタッと貼り付けて済ませていた全のですが、今回は病院全体の申告業務を担当している税理士さんの指示の下、必要な書類を全て掻き集め、言われるがままに原本やコピーを揃えてヒーヒー言いながら駆け込み乗車と相成りました。

取り敢えずはどういう結果が返ってくるかはわかりませんが、税理士さん曰く「比較的予想より大きめの額が還ってくるのではないでしょうか」とのお話・・・。

まあ、期待は全くしていませんが税理士さんへのお金を払った後に幾ばくかでも正当な還付金が戻ってくれば収支はプラスということで私は大満足です。

勿論、税理士さんなしでも十分な時間さえあればこの手の問題は解決するのですが、何しろ時間がないのと私の情熱不足のせいで、この前ちょっとした時間を捻り出して千種税務署に駆け込んだときも、税務署員からは「あれが足りないこれが足りない、これは関係ない、この書類はどこにあるの?これはこういうのがあるはずだ。etc,.」と言われ続けて這々の体で病院に逃げ帰りましたので、今回はやはりきちんと下書類を一度作って来年度以降は滞りなくこれらの業務がスムースに進むのかと思うと幸せです。

日本に帰国しての正式かつフルのレベルでプロセスを踏んだ型さえ作っておけば、来年以降は容易に納税業務が進められますので今年のステップは大変重要なものになったと思います。

まあ、こういった細々とした書類、はがき類などの管理業務は来年からは全て嫁さんがしてくれることになっているので私的には実に最後の仕事だったんですけどね・・・。アメリカでのこの手の仕事はすべて私、そして日本では嫁さんと割り振っておりますので今後は少しは楽になりそうです。

人気ブログランキングへ

2017年3月15日水曜日

幼稚園・保育園の反対者

日本の少子高齢化もだんだんと”生物学的レベル”でおかしくなってきてるんだなと感じます。

本当に驚くのは幼稚園や保育所を建設するのに”真剣に”反対している年寄り達が居るというニュース。ここ数年はこの手の反対運動の記事に事欠きません。最初の頃は「何言ってんだ?」と言う感じで記事を読んでいたんですが、あちこち具体的な地名が出てそういったことが少なからず本当だというのが見えてきました。

全国的に有名なのは杉並のこの案件ですが、Youtubeでも、杉並・保育所・反対のキーワードで検索するときちんとその馬鹿達の”ご意見”が出てまいります。実際の所、表には出しませんが、静かな公園横の我が家の物件の評価額が下がるからなんですわ。口には絶対に出しませんが。絶対に!

せっかく”公園横”という高い土地の価値を産み出すロケーションにウルサイ子供達がワイワイ遊んでお遊戯して騒ぐ子供達の嬌声が我が家の安寧を乱すということでしょうが、正義面して画面に出て来ている老人達の発言の醜いこと醜いこと。(容姿についてはコメントいたしません。ご覧の通りですが・・・。)

いろんな”らしい御託”を正義の被害者面(づら)して並べておりますが、反対の理由はこの一点ですわ。もし子供達の歌声や歓声が効きたくないならこちらから聞きたいですね。「お前らは学校教育どこでどうやって受けたんか?」と。お前らさえ良ければ後はどうでもいいんかい?

子供達を地域全体で育み育てる能力の亡くなった地域というのはやがて朽ち果てていきます。このKUSOジジイ、KUSOババア達の”私が死ぬまでは作らせん”的な態度は、まさしくゴミ処理場や火葬場を身近には作りたくないという発想と同列に保育所や幼稚園の建設を考えているものとしか私的には思えないんですけどね。

こんなところで、子育てしたいと思う若い世代はそれこそ奇特ですわな。集まった杉並区全体の人口比0.5%の署名をもって全員反対といってる爺さまは一度、認知症の検査を受けたほうが良いです。何なら私の勤める病院で私がお金を払ってでも検査をして差し上げて結構ですが。

杉並児童合唱団って私の小さな頃から結構全国的に有名だったと思うんですけど、杉並区には合唱団が構成できるほどには子供は未だ住んでるんですかね?

日本が衰退していっている大きな理由は単に少子高齢化と言うだけではなく、まさしくこういった老害たちのドミナントネガティブとしての育児へのアンタゴニスト的な存在そのものなんだと思います。

人気ブログランキングへ

2017年3月14日火曜日

自家撞着

今日勉強したこと。

それはタイトルに有ることば「自家撞着」です。読みは”じかどうちゃく”。大学受験生や就活生なら知っている当たり前の言葉なのかもしれませんが、おじさんはこの50年という月日の中で文脈の中では何度か自分の目の中に入ってきた四文字熟語ではありましたが、本当の意味をよく知らないまま見過ごしておりました。

意味を調べたところ「同じ人の言動や文章が、前後で食い違っていること。また、自分で自分の言行に反すること。」となっておりました。私自身はなんとなく”執着と撞着”の部分を調べもせずにいい加減に推測していて、自分で文章中に使いはしなかったのですが、"自分の言っていることにこだわること”くらいの意味に取っておりました。orz

恥ずかしくて一人でチョイと顔を赤らめてしまいましたが、とりあえずポジティブに受け取って”一つまた日本語の知識に磨きがかかったわい”位に受け取ることと致しました。

まあ、どこまで行っても言葉の森は深いもの。あるとき突然間違いに気づいて大人になってそれを訂正することも今まで多々ありましたが、これもその一つになってしまいました。

やっぱり国語辞典は感じの間違いを探すだけでなく、言い回しに間違いがないかなどを調べるときにも良く使いますが、その時にウェブの辞典に載っている脇の方や下の方のその他の言葉をretrieveすることで、「へー、この言葉の語源こんなことだったの?」とか「XXXXの誤用の広がったもの」などという説明に巡りあいます。これが意外に知識を広げるのには有効で、かなり満足させられることが多いのですが、多くの方がネットではこれに準ずることをしているものと思います。
やっぱネットのブラウジング上の最大の武器はハイパーリンクだよなーって感じる瞬間ですね。

それにしてもこの言葉の意味を知ってその瞬間に思ったことは「俺のブログっていうのはまさに自家撞着そのものだな」ってことでした。w

人気ブログランキングへ