2017年2月18日土曜日

自動運転の近未来

最近では自動運転のことがよく記事になっています。

基本的にはテスラの昨年の事故で再び大きく取り上げられましたが、あの自動運転レベルにしても四段階ある自動運転レベルのレベル2というのですから凄いもんです。実際にはiSchoolなどでその説明がされています

レベル2まではドライバーが責任を取り、その次のレベル3からは自動運転システム側が責任をとるということらしいのですが、レベル2からレベル3への変化は保険料その他のことも絡んできますし、人身事故がおきた時には自動車会社が責任を負うの?ってことにもなりかねませんからこの2から3への変化は私には大跳躍に等しい革命的な変化に思えます。

テスラのレベル2でさえ少なくとも私の娘が運転するレベルよりも随分と安全で慎重なものに見えます。(実際これでも普通の運転者の運転よりも2倍安全なのだとか・・・。)勿論、自分の意志で行う運転というものも永遠に無くなることはないでしょうが、その時にはそういった車には保険料がどうかかってくるのか大変気になります。

今私が運転している車も高速道路上では異常に楽チンですし、普通の路上でも車間距離や障害物に対する反応が半端なく明敏で、そういった車から病院が支給している、そういったギミック無しの”いわゆる普通の車”に乗り換えると、自分のいつもの車の調子で乗ってしまうところがあるのがよく判り、かえって用心して運転していますね。

まずは危険への告知機能と回避機能の先進性が競われている2015年以降ですが、Uberの会長が言っているように、あと五年も経つと全自動運転の車というものが”ごくごく普通の乗り物として比較的安価に提供される時代になるのかもしれません。

今こう書くと「早すぎないか?」と多くの人は思うのかもしれませんし、私自身も5年で?と感じる所はあるのですが、じゃあ今ほどのスピードでAIともども技術開発が進んでいてあと十年かかるかと言われれば、それは遅すぎるよな〜って気も確かにします。

結局のところは法整備と保険料の問題という極めてヒューマン側の文化系的問題に収束するのかもしれませんね。さて、五年後にこの日記を読んでみてみたらどうなっているのか。

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2017年2月17日金曜日

急な訃報

義理の父の妹が肺癌で亡くなりました。

急な知らせでしたが、実は数ヶ月前におばさんの”咳が止まらない”のがあまりにも酷いので、怒ったご主人が「医者に行け!」と言って医者に行ってみたらもう末期の肺癌。肺門部も癌の腫瘤で埋まり呼吸が苦しいような状態だったらしいのですが、京大病院で放射線と抗癌剤の治療を受け物凄く元気になっていた矢先でした。
直接的死因は(非常に珍しいのですが)心臓に転移した癌によるリズム伝導経路の障害による致死性の不整脈だったようです。

こういう表現は奇異に感じるかもしれませんが、おばさんは女性だったにもかかわらず発言や行動が”物凄く男前”で、決断力と発言が本当にサバサバした方でした。女性にしておくには勿体無いというと女性に叱られそうですが、多分、女も男もそのキャラクターの男気には惚れるのではないかと言ってもらえば何となくイメージが湧くのではないかと・・・。

実際、棺の中に入ってまるで生きているように化粧されたおばさんの顔は本当に今すぐにもパチっと眼を開けて「ワッ!w」と驚かしてきそうなほどで、生前のおばさんの生き生きした声が頭のなかにライブで蘇ってきた感じまでしました。

アメリカに居たときも気をつかて時々私の子供達にまでを送ってくれたり、こっそり私の嫁さんにも別口のお小遣いを入れてくれていたりしたみたいで・・・。そんなこととは関係なく、こうやって文章を打ちながらおばさんと出会ってこのかたのいろいろなことを思い出して何だか心の底から惜しい人を亡くしたという気持ちが再び大きく湧き上がってきました。

息子は二人共医者になり一人は脳外。もう一人は耳鼻科。本当にどちらも一流の専門医として日々研究に臨床に勤しんでおります。娘さんも嫁いで沢山の孫に囲まれる幸せな日々だったとおじさんも言っていました。惜しい人を亡くしたと本心から言える人を本当に亡くすというのは心に大きな穴が空くというのは本当ですよ。

おばさんを亡くしたおじさんが「家に帰っても誰もおらん。寂しいわ。飯もアカンな。」と言っていましたが、逆単身赴任3年の俺にはその呟きが冗談無しで心に突き刺さりました。

別れ際に「おじさん、飯だけはまともなもん食ってください。」と言うのが精一杯でした。

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2017年2月16日木曜日

それほど美味しいか?

長久手イオンモールで美味しいタルトがあるということで、外来の看護主任から紹介を受けて一度チャレンジしました。

しかし、前回はそのお味でであるPABLO miniと言う店の目の前まで行ったのですが、あまりに人が多くて「人生における時間の無駄」と考え買うのを止めました。
人が並んでいるのを見るのはいいのですが、それが30分以上待ってまで食べたり購入したりするほどのものというものは今の日本の世の中にそうそうあるとも思えませんでしたので、一秒で”価値なし”と判断して足を別の方に向けました。

旨いものを食べることに命をかけているうちの嫁さんだったらきっと並ぶのでしょうが、イチャイチャと話しながらだべっているカップルやお姉さん方が立ち並んでいる所に無粋なオッサンが混じるのは絵にならんという自主判断も大きかったと思います。

取り敢えずはその時はそのままだったのですが、今回はその味を試すチャンスがやってまいりました。私がスポンサーになるので、外来の看護師さんに「チャンスがあったら買ってきとってね」と一言言っておいたのが二週間以上前。暇な時間に言ってくれたある看護師さんが、外来の看護師さん達の分もあわせて12個買ってきてくれました。これで3000円なので、まあ皆様が喜んでくれればそれで良しということで安いものです。

遂に味を試す瞬間がやってまいりました。私に与えられたのはプレーンとチョコ味。実際にはプレーンだけで良いと言ったのですが、「先生にはぜひ二種類を」と言われたので、自分で腹の出っ張りを指差しつつ「策略?w」と言って受け取りました。

さて、味の方は如何だったのかということなのですが・・・。残念でした。私の口には250円出すくらいなら”かるかん”のほうがよっぽど美味いと思えました。これが正直な感想です。確かに、甘みを抑えて味を上品系には振ってあるのですが、それ以上でもそれ以下でも無いっていうところかなという個人的なミニ評価で終わりました。

店の周りにとぐろを巻いて二時間も待つほどの味かと言われれば絶対にNO。この前の自分の判断は正しかったと、スイーツに関する野生の勘が衰えていなかったことに一安心。w

もっとも、甘味に関する感想は個人によって大きく異なりますので、私のような菓子歴50年という人の”古臭い舌”とはまた違った皆様ご自身の評価を信じるべきだと強く思います!

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2017年2月15日水曜日

円高と円安

日本に住む多くの個人にとってはそれほど日常生活と関係の深いことではないかもしれません。

しかし、アメリカに送金を、しかも最終的にはかなり大きな額の送金を定期的に続けなければならない私のような立場の人間からすると、円高や円安はそれこそテレビやネットを見る時にはまっさきに気になるものです。こんな風に為替レートを気にするような生活をするようになるとは大学生の頃は露ぞ考えませんでしたが・・・。

FXなどでレバレッジを効かせながら”為替”が生死に関わるほどのデカイ取引をしているような人達はまた別格でしょうが、個人のレベルで切実に為替の影響を最小限に抑えたい私の様な人間は非商売人の人では少ないと思われます。
アメリカで給料をもらってアメリカで生活している人間にも余り関係ない話ですし、日本で生活している人間で海外旅行などをしない人間も特に関係ないでしょう。

無論、貿易という意味では為替をそれこそモニターに齧りつきながらリスクヘッジをしているであろう戦士の方々の大変さは想像を絶するモノだとは思うのですが、資源を輸入して物を輸出するという全ての工程を持つ我が国においては実は貿易の赤字黒字というのは表面の数字に現れるような簡単な収支計算ではないのではないのかなどと考えたりもするわけです。(経済のシロウトで深くは考えられないのですが。)

まあ、トヨタなどはアメリカが作り出す関税障壁に立ち向かうべく、更に強力な防衛策を取って”十年”とか言う長めのスパンで見れば結局は企業体質を更に強くしてアメリカでしぶとく車を売り続けるのでしょうから、数年間凹んでも多分戻ってくることでしょう。

トランプみたいな人間の登場は多くの経済アナリストが今後は円安にと言っていますが、(ちょっと前はごく一部を除いて円高へ!と叫んでいましたが。w)こればっかりは規定要因が多種多様すぎて、殆ど下駄を蹴り上げてオモテウラを予想するレベルの精度と考えておいて間違いないでしょう。

経済アナリストというのは基本的に言ったもん勝ちかつ、結果論のみの世界で殆ど全ての予測は過去の経験則などに縛られた思い込みの産物以外の何物でもないと思っています。この人たちの数理経済モデルも現実世界への応用ではオイオイ!なんて言う結果を産んでばかりで・・・。

兎にも角にも、わたしにとって”送金が楽”であれば全て良しということでお願い致します。w

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2017年2月14日火曜日

バレンタイン・デイ

今日はバレンタイン・デイ(日本語標準はバレンタインデー???)でした。

病棟各所から集まってきたチョコの合計は・・・となりましたが、まあこれは例年と変わらず。どちらかと言うとお返しが面倒くさいので、義理チョコなど一個も貰わないほうが個人的には嬉しいのですが。w

しかも、私の場合ホワイト・デーと言う日が何時だったかよく忘れるのです。雛祭りと端午の節句の関係と勘違いしていて二ヶ月先がホワイト・デーと勘違いしていた”二年前の4月14日とか”もありましたが・・・。orz

こんな行事は絶対に製菓業界か歯科医師会、もしくは双方がタッグを組んでの虫歯製造大作戦であろうと私は以前から読んでおるのですが、真実は那辺に。同じようなことはアメリカでのハロウィーンもそうであろうと考えております。(^o^)

アメリカに私が居たときの私の居住エリアの風習は男から女へ何かを送るバレンタイン・デイでしたので、やっぱりこれは商業主義の成れの果ての行事ですわな!国がちょこっと違っただけでこれだけ向きの変わる贈り物とかあるかいな。しかも、アメリカではよく下着や宝石を彼女に送ってるみたいですし。

ところで、聖バレンタインは癲癇(てんかん)の守護神みたいなことをまことしやかに書いている説明文がアチラコチラに見受けられますが、そもそもはこの伝説のもとになったもう一人のバレンタインさんは1月7日がこの人に関連した日であり、かつ”もともとは”てんかんとは関係ないらしいという・・・。

ただ、こちらのバレンタインさんの居たイタリアの村の教会には今でも毎年配られている「金の鍵」を求めて毎年数百人の人が訪れていると医学関係者のクローズドなメール・マガジンで書かれていましたね。(ただ、このメルマガ自体も記述者は聖バレンタインがてんかんの守護者と勘違いしている記述をしておりましたが。)

踊らされるなよ〜!って、昔はこの日が嫌で堪りませんでしたな。モテナイ男なんで。w

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2017年2月13日月曜日

フラフラ〜

長崎からバスで名古屋へ戻り、家でシャワーを浴びてそのまま出勤しました。

あまり良く寝ていなかったので夕方にかけてちょっと眠気が増強してきた感じでこれはイカンと思い気合を入れ直して病棟巡回。幸いなことに大きく悪い方に状態が変化された患者さんもおらず、副院長先生が全て適切に対処してくださっておりました。

ところがこの後そのまま当直でしたので、取り敢えずは強い眠気に対処するため、五時過ぎにベッドの上に倒れ込んで寝ていた所8時過ぎに院内PHSが突然ピリピリと鳴りました。
寝ぼけ眼でPHSを取って話をすると当直司令である師長さんから「XXの患者さんの呼吸が停止しています!」とのコール。飛び起きて病棟へダッシュして蘇生処置を開始。

内科病棟へ心臓マッサージを行いながら搬送しつつチューブ挿管、CV挿入、モニタリングを行いながら各種の薬剤を投与。バイタルがそれなりに安定したのを見極めつつ直ちに家族と通常の担当医への連絡を済ませながらの濃い時間が過ぎていきます。

ほんのさっきまで泥のように眠っていたのがウソのようです。

あれやこれやで家族と担当医の先生まで説明を終えてカルテの記入を終えて当直室のベッドに戻ったのは10時前。また疲れました。しかも白衣とズボンは初期操作時の吐物で汚れてしまって臭くなっております。
こう云うときのためにパンツとズボンの代えは常に机の引き出しにしまってあるので良いのですが、やはりね・・・。疲れます。

そうこうしてしばらくして寝たのは夜中の一時。
ところがまた朝の2時過ぎと4時にコールがあって4時過ぎのコールでは慢性閉塞性肺疾患末期の方の死亡退院の方がでました。死亡診断書を書いてお見送りが終わったのが6時前。そのまま、朝のコロン・ファイバーが待っておりましたが、少し寝坊しそうになってしまいました。

そのまま翌朝の勤務ですからね。金は貰っても命を削る仕事はいつもこんな感じです。交換してるって感じかな?w

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2017年2月12日日曜日

長崎から名古屋へ帰る

実はさらにもう一つ毎度のように追加している帰崎時の行事は嫁さんの妹と家族と長崎の夢彩都というところで買い物をすること。

育児に追いまくられてすっかり洒落っ気を失ってしまった義理の妹に「オバハンになってどうする!?」と発破をかけて服を買いに行き、ついでにそのオマケでついてくるチビ助達におもちゃや文房具、本などを買うこと。滅多に帰ってこない会えないおじさんの”大人パワー”を見せるのです。w

今回は靴と上に着る春物の服二着と更にその上から羽織るA-1風のジャンバーを買いました。やっぱり主婦をしていても人混みの中に混じりこんでしまうような女性になってはいけません。自分の嫁さんもアメリカから帰ってきた時には我が家も少しは経済的な余裕ができていると思いますので、同じように名古屋のパルコ辺りに連れて行ってお洒落をしてもらおうと思っています。

子供のため、家のためということで”いくら私が勧めても”殆んど自分のためには金を使わない嫁さんをどうにかして自分と結婚したことを少しでもプラスに感じられるようになってもらいたいものだと思っています。
とはいえ、嫁さんには経済的なものが大きな幸せをもたらすタイプの人間では無いのでやっぱり”その他の諸々の事”で幸せになってもらうしか無いかな?

なんか、難しいです。w

さて、夕方はあっという間に近づいてきて近くの親戚が大量に集まってくれて暫しの別れを語り、長崎駅の方へタクシーで向かいました。ニュー長崎の中の福砂屋で病院のためにカステラを買い込みました。
長崎駅南口というのがどこにあたるのか最初はわからず別のバスターミナルなどに大きな荷物をもって移動したりして焦りましたが、昨日使ったニュー長崎ホテルのまん前と判ってそこへ汗だくでアクセス。本当は目と鼻の先だったのにかなりの遠回りになりました。w

バスはすぐにやって来て乗り込むと一番前の右側の席。何となく名鉄バスよりも一時代古い感じのバスで、USBのコネクタもありませんでしたが、MacBookから充電して携帯も使い続けました。また、何故かWi-Fiはバス内にありました。しかし、ちょっと繋がりの低速なものでしたので、頻繁に自分の携帯の共有設定に接続を切り替えて使わざるを得ませんでした。

兎にも角にも帰りはスムースでたったの15分遅れの翌朝の7時半には名古屋へとたどり着いたのでした。12時間弱でした。疲れはなかったのですが、携帯を使いすぎて眠らなかったので逆に眠たくて大変でした。

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2017年2月11日土曜日

名古屋に帰る前にやっておいたこと

結局、昨日はヘビーなラーメンを食べた後そのまま嫁さんの実家に到着して沈没。

翌朝目がさめたときには顔が腫れておりました。orz
楽しい、愉しい25年ぶりの同窓会だったのですが、私は短期の滞在の間にあと2つの仕事がありました。一つは嫁さんの実家を訪れることで、今月三度目の頭頸部癌のオペをする義理の親父さんの顔を見ること。久しぶりの再会でしたが実に大変元気な様子で拍子抜けするほどでした。

しかし、なんといっても二度目の再手術。今回は術式も少し前回に比べると侵襲の大きいものなので心配が無いわけではありません。大学の耳鼻科の先生とじっくり相談して決めたとのこと。当方は昨日のうちに術場のヘッドたる友人の麻酔科の教授に親父さんのことを宜しくとお願いしておきました。

また、今後の”万一”の事を考えて訪問看護で地域医療に24時間、物凄い貢献をしている歳上の友人にも声をかけて今後の”万一”の場合に義父のケアを頼んで良いか伺って「全力で仕事をさせてもらう」と太鼓判をいただきました。
親戚の散るエリアに信頼のできる実力派の友人達をもっているということは幸せなことです。

もう一つの仕事はもう20年ほど置きっぱなしになっている大量の本の詰まった本棚を分解するとともに古い古い本達を廃棄していくために厳しいセレクションを加えることでした。
昨日と本日の2日でかなりの量の本を廃棄コースにのせた後、分解した本棚をユニットごとに小分けして二階の嫁さんの昔の部屋に置いてきました。名古屋に移動させる本の量は小さめの段ボール箱で約8個分くらいになりました。

最終的にこれらのトータル送料がいくらになるかは未だわかりませんが、引っ越し隙間便(あいのり便)を使えばかなり安くなると思うんですけどね。

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2017年2月10日金曜日

四半世紀ぶりの医学部同窓会

というわけで同窓会は到着した日の夜7時からでした。

長崎駅のすぐ隣のホテル・ニュー長崎というところでしたが、ここは以前陛下がお泊りになったこともあるホテルで、長崎では比較的格式の高いい近代的なホテルと言ってよろしいかと思われます。参加費は二次会の飲み代込み(知りませんでしたが、集合写真代も込みで)1万5千円でした。

案内に沿って地下一階に降りていくと居ました居ました、今は主婦になられて名字の変わった同級生の方々が。あんまり変わっていないというのが正直な感想で、皆さん良い感じで落ち着きが出ていましたね。

コートを案内係に預けて中へ入るとそこには数十人の旧同級生が既に到着しておりました。取り敢えず受付で名札カードは渡されたのですが、必要なかったですね。ほぼすべての人間の顔と名前がすぐに一致しましたが、中には頭頂部の”相当”抜けてしまっている方々も。w

ただ、皆未だ50代そこそこなので、老けると言うにはまだ早い歳かな?そういった意味ではみな恰幅は良くなったけど脂が乗ってるなっていうのがよく分かる風体でした。(高脂血症っぽい感じでもありましたが。w)

すれ違う人間すれ違う人間から肩を叩かれ握手をされて、一気に25年の月日は消え去り学生時代の馬鹿野郎同士の関係に。出てきている人間たちも、そうでない人間たちも殆んどが誰それはどこでどうやっているというのが判っていてネットワークはFB以外でもきっちり生きて繋がっているって感じですね。

ただ25年前と違うのは、集った人間たちの医学的な実力。殆どの人間たちは円熟の域に達していて、どこそこのX科の部長、病院長、主任、教授、専門医達。長崎であればどこで倒れても間違いなく最高の治療を同級生達から受けられるなって強く実感しました。

勿論、マダマダ忙しすぎてこの同窓会に出てこれない連中もいるわけで、その人生の充実ぶりが逆に推測できようというもの。中には癌で惜しくも早世した同級生もいましたが、それもこれも含めて50歳前後というのは人生の中での立ち位置はそんなものなのなのでしょう。

早い時間に全員で集合写真を撮っておいたのが帰り際にはもう渡されて、二次会のアイリッシュパブへ移動しました。そこでも涙の出るほどいろいろな話が出て各ブースで大爆笑がおきていたのですが、これは幸せな時間でした。そのまま気の合う連中と三次会に移動して中華料理屋へ。12時過ぎてるのに脂っこいもの食べてビールを飲みながらまたバカ話の連続で腹の皮がよじれそうでした。w

そのあとは同じ方向へ帰る三人とタクシーの中でも話し続け最初に私が降りましたが、良い時間を過ごせましたね。

こんな楽しい同窓会をセットアップしてくれた幹事の皆さんに本当に心からの感謝です。

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2017年2月9日木曜日

大学の同窓会のため長崎へ

実は明日長崎で大学の同窓会があります。

病院で仕事を終えたあとで名古屋に向かいますので飛行機などは実に都合の悪い時間帯でしか飛んでくれませんので却下。ではレールはと言うと速度の割にはお値段のほうが納得いかんということでこれもちょっと選択肢の第一には入りません。値段からするとよほど飛行機のほうが合理的ですから。というわけで、わたしにとって最も都合が良かったのはバスとなりました。

バスのチケットはネットで二週間ほど前に予約を入れておきました。5日以内にコンビニに行っていつもの発券機にクレジットカードを通せばあっという間にバスのチケットが発行されますので簡単です。21世紀の便利さに感謝感謝。(まあ、スマホ発券というもっと便利な方法も使えるのですが。)

出発は夜の7時40分、到着は朝の7時10分なのでほぼ半日のバス旅行ですね。丁度アメリカ便に乗ったようなもんです。

名古屋を出発したあとはあっという間に神戸、広島とずんずん進んでいきます。途中ウトウトしながらのバス行程でしたので特に窮屈でもありません。ネットを見ると人によっては全く眠れす地獄の強行軍等とも書かれてはいましたが私にはなんということもないもの。これぐらいで音を上げる輩がおるとは。w

ところがところが!

出発前にちょっとだけ心配していたことが現実として襲いかかって参りました。
それは中国・九州地方に降り始めていた大雪。関門海峡を抜けて北九州に入ったところで突然バスがスローダウン。どうした?とおもってスマホで位置を確認してみると既に高速上ではなく太宰府近辺の一般道を走っています。

あいや〜、これはもしかして九州自動車道とか閉鎖?と思ってネットを調べてみると案の定閉鎖。w

この状態が二時間半ほど続いたでしょうか、車の群れがにっちもさっちも如何状態で路上に群れております。そんなこんなで結構な時間が経ったあとアナウンスメントが・・・。
「誠に申し訳ございませんが、当バスはこのまま博多駅へ向かいましてそこが終点となります。チケットは全額払い戻しとなります。誠に申し訳ございません。」という衝撃の内容でした。バス会社の方々は全力を尽くして走ってくださっているのは判っていたのですが、この結末は予想しておりませんでした。

とりあえず博多駅へ付いたあとは荷物を下ろす時に申し訳なさそうに平謝りに謝っている会社の方に逆に「いや、大変なのはバス会社の方ですよ。踏んだり蹴ったりですよね。お疲れ様でした。」と語った次第。ちらっと数えてみたところでは20人弱乗っていましたので、高速代、ガソリン代なども考慮すると軽く30万は足が出たはず。

この後はJR博多駅でかもめに乗り換えてスムースに長崎に着きましたが予定よりも五時間遅れの昼の12時過ぎでした。ちょうどランタンフェスティバルが最終日を迎えているようで綺麗な飾り付けが目立ちました。

嫁さんの実家に到着してシャワーを浴びてひといきついたのですが、不思議と疲れはなかったですね。

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