2017年12月16日土曜日

意外と良いけど?

両親の来名にあわせて、息子のスーツを作ったのは良いのですが、その他の小道具も安くで手に入れようということになりました。

嫁さんのアイデアは比較的近所にあるBookOffで二階にある古着のショップに小道具があるんじゃないか?というものでした。日本においてはヤフオクやメルカリが登場するまでは実質的に中古の物流を取り扱う唯一のメジャープレーヤーでしたが、実際にそこに行って何かを探すということは私自身はありませんでした。

アメリカに居た頃は娘達も嫁さんも始終Goodwillで古着を買ったりドネイションしていましたので、その事自体には全く心理的障壁はありません。今回日本に帰国したことで、実際に日本ではどうかということを確認する良い機会でした。

車に乗ってブックオフに到着すると、二階にある古着コーナーへ一直線。ところが嫁さんは安くて質の良い日本の古着を見てしまって、いきなり本来の目的を忘れ”オノレの”古着を探し始めました。w

待つこと約十分、いろいろと候補の古着や靴を探した後、私に見せ続けたのですが、私としてはほぼ完全に新品であった靴以外は納得いかず、私自身が納得した「これはどう?」という候補を逆に嫁さんにオファーして即座に「可愛い〜!」と満足してもらえましたので、コート二点と靴を買って会計を済ませたところ何と1,500円!!。

嫁さんも驚いて、なんでそんなに安いんかと思ったら実は今日から半額セール。道理で安いはずです。
それにしても、実際に手に入れたのはビックリ高品質のある有名ブランド。一体全体幾らで仕入れているのやら?これでは売り手は全く金にはなってないはずで、ブックオフ事態が利益を上げているとすれば、間違いなく捨て値で買い取られているはず。

まあ、買い取る方の私達としてはそれで買えるのであれば、きれいな品をサクッと買ってクリーニングに出せばよいだけのことですので、大助かりですが。

今回のショッピングが終了して、嫁さん随分とこの店とシステムが気に入ったとのことでした。スポンサーは私なんですけどね。orz

2017年12月15日金曜日

成し遂げる人

今日、知り合いからある人物の日常について話を聞きました。この人はこの人物の小さい頃から一緒にいた方なんですね。前にもちょっとだけここで書いた人物なんですが。

それで彼女の話を聞いた感想は「ああ、あの人ヤッパリこんなに変わってたんだ・・・」という、なんというか納得感。
但し、この”或る人”というのは誰もが知る偉人レベルの人物ですけど、その話を聞くとヤッパリいわゆる変人で確定!という日常なんですね。

友達は居なかった、日焼けは疲労を助長するから絶対にしない、同じものしか食べない、でっかいショッピングセンターに行っても何かを探す事は決してせず、最初に買うと決めていたものだけを買ったらもう家へ帰ってオワリ。
自分の人生の目標に向かって一心不乱に進むのみで他のことは一切顧みず、興味もないというのは、いわゆる”普通の人”から見るとどう考えても変人かつ如何にも話かけづらい雰囲気の持ち主。

しかし、その人が成功というものを得た暁には全てが一瞬にしてエピソードと言う名前の話に変換されるようなことばかりです。世の中の各分野に数多いる天才達にも驚くようなエピソードは数限りなく伝えられていますが、彼もその列伝の中に入ること間違い無し。但し、亡くなった後では更に驚くようなお話が溢れ出てくるのでしょうが。

天才たちというのは、やはり普通の人達がうごめく世の中かというのは生き辛いのでしょうか。珍獣、孤高の人であるが故の他からは理解されない特異な行動や思考様式。昔はそれだけでも、排斥されたり殺されたりする理由になっていたのかもしれません。

変な人が変なままいきいきと生きる事のできる多様性を、幅広く受け入れる環境を探すのは”日本では”難しいことでしょう。

2017年12月14日木曜日

嫁さんの指摘

いろいろなことをする時にそのアクションのとり方が”下の娘と私”が似ているとのこと。

私はそのようなことを感じたり考えたことは無かったのですが、基本的に何かを始めるまで「ギリギリまでアクションをとらない」という点なんだそうです。
確かにそう言われてみると、下の娘は私に似てそういうところがあり、宿題でも試験勉強でもほぼ常にヘッドスライディングで滑り込んでいくというところは否定できませんね・・・。

いつも「もっと早くから始めれば!」と嫁さんから激しく追い立てられるのですが、「大丈夫〜!」と言う魔法の言葉で逃げ回っている我々二人です。長女もそういう感じの人間だったのですが、大学入ってからはスッカリ変わってしまいました。

アメリカの大学教育は人間のベースの部分を磨いてくれるんですかね?

下の娘はペンを取って何かをするという、紙の上で物事を処理する件に関しては絵でも言葉でも何やかやとうだうだ進めるのですが、興味のないことに関してどうしても体も心も全く動かない怠け者ですね。
しかし、これは私も同じような生き物なので、下の娘にこういった事に関して非難めいたことを言う資格は余りないんですよね。正直なところ。

それでも、ヤッパリ親としては言わんとあかんシーンはごく稀ではありますんで、内心嫌々ではありますが、嫁さんの怒りを鎮めるために怒らざるをえないときがございます。w

どうでも良いけどすべてが自分の責任で動くように早く大学出てくれんかな。

2017年12月13日水曜日

田舎から来たでっかい荷物

あと数日で実家の両親が名古屋にやってきます。

今回の来名にあたって両親に一つだけ質問をして、あるものを送ってもらうように頼みました。それは自分達が来た時に使う薄手の掛け布団だったのですが・・・。実家から送られてきたのは見事にトンチンカンなものでした。orz

嫁さんが家にいたとき、ピンポーンとエントランスのベルが鳴ったので、モニタを見るとJPの人が立っていたとのこと。解錠して上へあがってもらう時に玄関で待っていた彼女の耳に入ってきたのは”ゴロゴロゴロ”という明らかに台車を転がす音だったそうです。

それもそのはず、玄関先に現れたのは巨大な巨大なダンボール箱だったのです。その到着のことは早速LINEで仕事場の私に伝えられたのですが、私は予め嫁さんに言っておきました。「リクエストしたものが箱の中に入っていない方に全財産!w」と。

こう言い切れるのは、田舎から毎度毎度送られてくる使途不明の様々なものが今まであまりに多かったという事実なんですね。田舎の両親、特に私の母親というのは全く人の話を聞かず”自分が良いと思ったもの”を特に何の脈絡もなく送りつけてくるのでした。

例えば、自分が今まで着ていた(過去形、かつ母ちゃんは特に背が低いかつ年寄り臭い)古着を、うちの嫁さんに送りつけてくるのです。アメリカに居た頃からこの調子で、中身は殆ど(言っちゃ悪いけど)地元の商店街から送られたタオルとか、なんの興味も喚起しないような(他人から貰った)ゴミ同然の本などなのですが、親父の注意も怒りも全く通じず、高い金をかけて送ってきたのでした。

ですから、今回もまあ、悪いけど何の期待もしていなかったので、怒りも湧かずただただ自分のネガティブな賭けが当たったことに苦笑い。
うちの親父曰く、”頭がオカシイ”という、私からすると至極まっとうな評論をするのですが、老い先短い母親の自己満足として最近は何も言わず許しているようです。夫婦もこうなってくると、もう許すではなくて赦すと言う感じなんでしょうね。

もちろん掛け布団など一枚も中に入っておりませんでしたとさ!(因みに中にはいっていたのはクリスマスの飾りとまたまた無数のタオル。w)

2017年12月12日火曜日

死ぬまで酒を飲む人達

日本に帰ってきてこの12月でほぼ四年ですが、その間に肝硬変末期の患者さん達を十数人診ています。

そのうちの7、8人はアルコール過飲による肝硬変。
御本人方がアルコールを飲みすぎるようになった原因はそれぞれ違っていて、一人の方は料理人をされていた時に、周囲の人間達に「強い、強い」と言われていい気になっているうちに酒が本当に止められなくなってしまい、気がついたときには飯もおかずも何も食わずに酒だけを飲み続ける日々となってしまって仕事も失ってしまったという人。

他の一人は複雑な家庭事情から逃れるために酒を呑むという、本人曰く「自棄(やけ)酒」で体を壊してしまったという方でした。お話を伺うと、確かに生まれ落ちた初日からいきなりのハード・モードでのスタートで、ただの貧乏人の倅だった自分等とはいろいろな意味で”育っていく為の条件”がキツ過ぎて・・・。

淡々とされる話を聞いていると、一体どこの国の話だろうと言いたくなるような物凄い生育環境だったようで、肝臓をぶっ壊すまで酒を飲みすぎることを擁護するものではありませんが、「なるほど、これはキツイ」と同意したくなるような半生を送ってきたようです。

またある時は、本当に末期の最後の数日だろうというような患者さんが最重症の患者さん達が入る1号室の部屋を抜け出して、真っ黒な皮膚を晒したまま病衣一枚で近所のコンビニに出かけていったあと、缶酎ハイを袋に入れて病室の前で呆然とした姿で立っていたこともありました。
治療の開始前に、あれほど「一生懸命治療しますから、Xさんも頑張れますね!?」と話したときにはウンウンと頷いて涙を流していたのですが、その呆然とした姿を見つけて私が驚いて駆け寄ると「もう死んでもいいから呑ませて」と懇願されたこともありました。

嗜むと言うレベルで飲酒が止まればいいのですが、そこは人間。ある一定の条件が揃うと、ある一定の確率でヒトはアルコールの魔力に負けて向こう側の世界へ行ってしまうようです。嫌酒剤や精神科医からのサポートなどいろいろな方法を使ったあとでも、結局のところそれをやめるか否かは本人の強い意志。

最後の段階になってしまうと内科医のできることは本当に限られてしまいます。医師としてアルコール過飲を止めてあげられないことに無力感を味わうことの多いアルコール性肝硬変末期の患者さん達がいます。

2017年12月11日月曜日

ポケモンのアップデート

数日前より出現している新ポケモンの数々。

知り合いのチビ助達のあいだでは医者としてではなく”ポケモン先生”ということで名が通っておりますが、今回のアップデートで再びそのアドバンテージを拡げたような気がしました。(単に私がスマホを持っているから先走れるだけの話ですが・・・。)

新しい要素として加えられたお天気と連動したポケモンの出現比率の変更と新しいシリーズのポケモン追加は、間違いなく多くの人ポケモンマニアの関心を誘っているようで、結構色々なサイトで多くの人の興味を引いているのがわかりますし、実際に道行く人々もオジサンを中心にかなり皆が頑張って新しいポケモンを探しているのがスマホ越しに見えます。w

実際のところ、このゲームは”外でのお散歩を促す”ことが大変重要な目的ですので、まさしくそのターゲット層であるおっさん達(俺も含めて)がガンガン歩くのは良いことだと素直に思います。
多くの時間をオフィスの中のデスクワークで過ごしている人達にとって、ほんのちょこっとでも歩く距離を伸ばさせるモチベーションを与えるこう言ったゲームはまさにアイディアの勝利以外の何物でもないでしょう。

それにしても、このリアルタイムに現地の気象情報と組み合わせるやり方は流石にデータ・カンパニーと言えるだけのものはありますね。これで寒い日に氷ポケモンを拾いに外に行く人達が増えるかな?

Nianticのような大量のデータをWizardの様に取り扱えるスマートな技術者集団には毎度毎度怖れ入ります。
全世界のポケモンGOやIngressを流れるデータの処理量というのはまさしく驚異的なレベルである事は間違いないはずなのですが、そのtransactionをきちんと支え続ける能力にはホントに感心します。

ポケモンが続く限りは、今後も少なくとも十年間にわたって進化し続けるであろうこのゲーム。俺も生きている限りはこれをちょこちょこしていこうと考えております。

オジサンの趣味はコレといった特定のものはないのですが、結構あれこれとやりたいことの幅は広いのでした。

2017年12月10日日曜日

そろそろ娘がやって来る・・・

恐ろしいことですが、アメリカから次女がやってくるのがもう目前に迫ってまいりました。

ほんのこの前、アメリカに帰っていったはずですが、もう年末。この年末と正月は娘にとって初めて日本で迎える年の瀬と新年なのです。もちろん息子にとってもほぼ20年振りでして、今までカウントダウンと言えばアメリカで迎えていた”ミラーボールがタイムズスクエアなんかでスーーッと動いて、花火が上がって皆がキスをして大騒ぎ”と言うパターンだったのですけど、大幅に変わります。

今年は間違いなく嫁さんにとっての長年の夢であった”紅白歌合戦を日本で視る”という(訳のわからない)行事を挟んで熱田神宮などへのお参りをしなければなりますまい。

娘達にとっては正月に賽銭を投げ込むような行いというのはまさしく遠い国の出来事以外の何物でもありませし、きっと興味を持ってくれるとは思うのですが、果たして寒空の下、行きたがるや否や、興味深いところです。元々が極端な怠け者ですので、寒くて人がたくさん集まりすぎて・・・などという場所には行かないかも?それとも一回くらいは”懲りる”という経験を積むというために行くかもしれませんね。

もちろん除夜の鐘も彼女にとっては???な行事でありまして、そういった日本人なら当然常識として知っていること等への細かな説明もしてやらなければなりますまい。

来名中の私の両親ともシンクロしますので、その間はきっとやたらと賑やかというかウルサイ日々が我が家を襲うことでしょう。私としては次女が日本に来るとアレコレ食ったり買ったり遊びに出かけたりで金も時間もかかりますので、大人しくアメリカでクリスマス休暇を過ごしておいて欲しいところなのですが・・・。言うこと聞く訳ありませんし!w

取り敢えず、嫁さんは娘の帰国のことを話すときには「面倒くさいな〜」等とは言いつつも、やはり顔にはそれなりに楽しみ〜という感じが滲み出してきております。まあ、当然ですが。

何はともあれ無事に帰国して欲しいものです。

2017年12月9日土曜日

四回目の忘年会

実は一昨日も病棟の忘年会(三回目)があったのですが、昨夜は連続で四回目の忘年会が行われました。

場所は千種に有る陳建一の四川飯店。
実は病院の医師の忘年会というのは例年、高級寿司店だったのですが、その店が廃業してしまったので今年からは通常は夏の納涼会に使う店を冬にも使うことになったのでした。

しかも、今年は医師の一人が四川料理の辛味に大変弱いということで、その特徴の一つである辛味が消された四川飯店の料理が出るという奇妙なメニュー。w
なんというか、お客さんの無茶な要求にも応えてくれるタイプのお店のようで、本来の特徴を殺してまで、お客さんが満足してくれるものを提供することが出来ればそれで良いとしているのでしょうね。

今年を締めくくる理事長先生のお言葉の後には早速食事とワインが次々に出てきたのですが、確かに”全く”辛味が抜かれていましたね〜。これを四川料理と呼べるのか否かは私にはわかりませんが、確かに美味しかったのでそう言うところは流石にプロの味なんでしょうね。

全てが終わった後に通常は話す機会の無かった精神科の先生に誘われてちょっとモツ鍋屋の暖簾をくぐってちょっとだけつまみ食いをしつつ、普段は口にしない種々の話がその先生方の口から大いに出てきて大変楽しめました。

今日も終わって気がつけば午前様。
体に良くないことは来週の水曜日の最後の飲み会までは発生致しません。w

あとはクリスマスを楽しむばかりですね!

2017年12月8日金曜日

高齢者の死に思う

日本の超長寿を支える高度な医療技術の数々。

もちろんその技術にはいろいろな幅とアプリケーションが有るわけですが、病院にいる超高齢者の多くはかなりの割合で人工的な栄養や水分摂取に頼って延命しているというのが実情です。

国によっては経口摂取ができなくなった時点でもうそのようなことはしない、と割り切ってしまう国が多いのですが、日本全国に散らばる”療養病棟”では実際のところ胃瘻、経鼻チューブ、IVHが色々と混ざったアプリケーションで毎日のように延命が行われております。

それが良いかどうかというのは別にしても、技術的には可能ですので、親族の方が居られない方も、また、居られる上で更に延命を望まれる方には特に強い目的を持って、これらの技術は使われております。
実際に医師だけが集まるネット上のフォーラムではこれらの処置に関しては”自分が関わっている医師も含めて”批判的な意見が多数を占めているのが現状なのですが、実際に日常の現場に戻ると・・・というジレンマを抱えているわけです。

これが日本の長寿を支えている大きなファクターの一つなのですから、果たして日本の平均寿命というのにはどれほどの意味があるのかと誰もが疑問に思うことでしょう。もちろん私もそういった疑問は抱いているのですが、高齢者の療養者病棟に戻ればそういう疑問を強く持つ己自身がやはりそのような方法を使ってしまうという大きな矛盾。

自然に、痛み無く、可能であれば自宅や親しい方々に囲まれて最後を迎えると言うのは理想ですが、全部とは言わないまでもそのうちの一つでも、二つでも達成した上での最後を迎えることを国民のコンセンサスとして広めていくのは大切な教育だと思います。まあ、難しい問題ですので、そう簡単に割り切れるものではないのですが・・・。

健康寿命の延長こそが本当の国民自身の目的の一つなのでしょうが、実際のところ寿命という押し返せない細胞のタイマーを巻き戻すだけの医療技術はまだまだ目の前には登場していません。老いても生きたいという望みと、愛する人を生き永らえせたいという思いがあるのはこれまた自然、しかしそこには何らかの哲学と倫理が必要な時代になっています。

自分のファミリーはどうかと言うと、自分の両親も自分も75過ぎてものが食えなくなるような事態になったら、そのまま最低限の輸液だけでゆっくり自然に逝きたいというコンセンサスが既に成り立っております。

2017年12月7日木曜日

なんと一等賞!

第二回目の忘年会でした。

今日は内科の別の病棟の忘年会。
正直、いろいろな意味でしがらみのある病棟ですので、何か良からぬ攻撃でも受けなければよいが〜等とボンヤリ考えていたのですが、最初から最後までウェルカムという感じで楽しい忘年会になりました。

基本的には寿司刺し身が中心でしたが、日頃はあまり話す事もない人と席を並べ、若い人や年配の方といろいろ話をしているうちに知らない話、興味深い話、まず普通なら出てこないような本音の話が出てきて実に有意義な会合でした。
やっぱり物理的な距離というのは人の心を開く場合の大切な要素だって事を改めて実感したのでした。

ある程度時間が経った時、幹事の司会者役の女性が始めたビンゴゲーム。私に配られたカードは”何となくラッキーなオーラ”を感じていたのですが、7つくらい開けたところでいきなり効率良くビンゴとなってしまいました。
周りの女性陣から「うそ〜〜!ズルイ〜!」と言う声が聞こえてきましたが、再チェックしてもらってもヤッパリビンゴは間違いなく、一等賞のでかい箱をいただきました。

中身を開けろ開けろ!との声に押されて見せましたところ、パンが一度に四枚焼けるサイズのオーブントースターが入っておりました。嫁さん的には喜んでくれたのでまあ、良かったのですが、医者が勝ってしまったので一年は言われそうです。w

きちんとした一次会が終わって”これで帰るべい”と思っていたところで、いきなり7人の若手男性陣(放射線科の技師さん、社会課の若手、医事課の担当者)から囲まれて「さあ、先生行きますよ〜!」となりました。
オイオイ!とは思いつつも、酒を飲める医者は俺一人と言う状況でしたので、これは俺が行かねばなるまいと言う感じで野郎共の誘いに一口乗りました。

病院のすぐ近くにある居酒屋では一次会とは違い女性陣が一人も居りませんでしたので、ボーイズ達の本音トークが炸裂し、仕事の中での悩みや相談事、個人の四方山話などで有り得ないくらい盛り上がった数時間となりました。

家に帰ったのは午前様で、床暖房の上にズコッと寝転がってそのまま朝を迎えた”ただの酔っ払い”でした。