今日は大阪のおばさんの一周忌に行ってまいりました。
義理の親父さんの妹さんが亡くなってはや一年。大変気っ風の良い明るいおばさんでしたが、肺癌でアッと言う間になくなってしまいました。咳が止まらないのをそのままにしていたら見つかったときには既に単純胸部写真でもすぐ判るくらいに大きくなっていた腺癌だったそうです。
息子さん方お二人は大阪府立と京大の医学部を出てそれぞれ専門医になっておりますし、娘さんは既に三人の大きなお子さんもいるくらいで何の心配もない状態ですから、そういう意味では旅立っていく時にも大きな後顧の憂いは無いかとは推測されたのですが、それでもね・・・今時70代での死はやはり早死です。
九州、名古屋、広島と各地から集まった親戚のみの小さな集まりでしたが、初めて見る顔もあり大変楽しく賑やかな会となりました。
坊さんが到着して読経が始まります。いつもの如くなんやら訳の判らん文言を呟き続けていくのですが、その読経もチーンと鐘を叩いたところで終わりかと思いましたら、それを繰り返す繰り返す。ナンチャラカンチャラ、俗名云々、戒名云々ナンチャラカンチャラだけでも少なくとも三回は繰り返されたのは間違いなく、その他にもなんかよう判らんナンマイダブが延々と続いて45分という長さに及びました。
もう足も痺れて限界と言う感じで、亡くなったオバサンの供養どころではありません。w
周りの親戚達も同じように耐えていたのでしょうが、我慢できなくなった順に足を崩し始める始末で、ほとんど気分はマラソン大会。兎に角ここは精神力で頑張って何とか乗り切った暁には、新しい何かが地平線の向こうにでも見えてくるのではないかという気持で乗り切るしかないと覚悟を決めて前を見つめていましたが、既に脚には感覚など無く・・・。
仏壇でにこやかに笑っているおばちゃんの顔が何となく「どや、痺れてきたろ〜、イヒヒ。ヽ(´▽`)/」と笑っているのではないかと感じるように見えてきて、思わずこちらも苦笑です。
最後はこのクソ坊主はよ終わらんと頭ペチッと叩くど〜!と言うところまで来そうになりましたが、そこで45分。正座を緩めたときには下肢に電気がビリビリと走って久しぶりに呻きそうになりました。
この後はお墓参りに行かせてもらい、最後は全員でホテルに集まって親族全員で懐石を突付きながらオバサンの思い出話などをしながらワイガヤで二時間弱で散会となりました。やっぱりオバサンが親戚の繋がりをもう一度強めてくれた感じで大変良い集いでしたね。
皆さんにサヨナラをした後は、長崎からやってきた義理の母を連れて嫁と長男とともに四人で京都へ。嫁さんと義母の再会は7ヶ月振りでしたから、後部座席で話に花が咲いておりました。
京都では京都駅の伊勢丹に行って、滋賀出身で京都で働いている親戚の女の子と落ち合い蕎麦でまず夕食を取り、河岸を変えて甘味どころでぜんざいや抹茶パフェを頬張ってガッツリ腹一杯になりました。女の子には我々から久しぶりの再会ということでお小遣いをあげたあと地下街で別れました。6時過ぎには京都を発ち淡々と新名神高速で何事もなく名古屋へ到着しました。
それにしても大阪って名古屋からは直ぐそこだな〜って改めて思った一日でした。