あれからもうそんなに経つのかと。
5年前の自分が書いた記事を読み返すと、これから判明していく恐ろしい規模の被害も全く解っておらず、あり得ない状況が時々刻々と発生し伝わっていくまでの前段階で有ることがわかります。
最悪の人間がこの国の政権に座っている時に限って起きる大災害は阪神淡路大震災に引き続き二度目。一度目は村山富市。そして二人目は菅直人。なんでこれほどまでに最低の無能がトップの時に限ってなんでしょうかね。
後になって判ったことですが、阪神淡路大震災のことを当然理解した上で、辞表を胸に自衛隊の初動を行った人々、そして自分の命を全く顧みず何時逝ってもおかしくない四基の原発を必死で暴走から守ろうとした数多くの人々。
連動するように全国で起きた互助の動きとボランティア集団の行動。医療、警察、行政、建設、民間のありとあらゆる人達がそれこそ決死の覚悟で日本中から東北を目指して動いていたのが昨日のように思い出されます。
私は当時アメリカにいましたが、繰り返し繰り返しアメリカの各種メディアで夜も昼も流され続ける己の祖国の尋常ならざる光景に衆目の中で涙が止まらなかったのを覚えています。
あの瞬間にも多くの方々の命が一つ、また一つと消えていっていたのかと思うと「アメリカに居る己が何も出来ない」と言う事実に歯痒い思いをしたのもまた事実でした。せいぜいが募金。あの時の事は一生忘れないでしょう。
何時かはまた必ずやってくる大地震、大災害。その時に備えていつでも防災意識を高めておくよう教育と訓練を重ねておく必要があると思うのですが、果たして我々はそれができているのかというと、名古屋ではとてもそんな感じはしません。
東海沖ではいつ起きてもおかしくない大地震の要素が常に語られているのに我々は本当に天災が襲ってくるまで反省と準備はできないものなのでしょうか・・・。
0 件のコメント:
コメントを投稿