患者さんのお話をするのも自分の親の話をするのも本当に身に積まされる様な状況、どこかで聞いたような話、明日は自分の親かも知れないという様な話ばかりで、目の前に居る患者さんに迫る「もしかして」というその日が自分の親になるかもという感覚。
患者さんの病状に関して説明する相手である患者さんの息子さんや娘さん達も本当に私とほぼ同年代で、会社や組織をリタイアした直後とか、リタイアする直前とか。
そういう方々と話をしていると実は気付く事があるのです。寝たきりになっている患者さんをお見舞いに来た息子さんや娘さんは本当にベッド上の患者さんと瓜二つで、ドラえもんの小道具であるタイム風呂敷を掛けただけの息子さん、娘さんのような印象。
こういうのを見せられると、逆に医師である「私」も患者さんの御家族がもし私の親父が私の真横に立っているのを見たら多分吹き出してしまうのではないかと思うんです。それとも、遺伝子の為す神秘の複製能力に腰を抜かすのか?
親と私の半世紀以上の時間の流れを振り返ってみると、それはまさに親との相克の歴史。親、特に母親が私を認める事はまず無くて、父親は私の勉強には全く不干渉という状態でした。親父の不干渉は私にとっては大変有難く、両親ともワイワイという様な最悪の状況ではありませんでした。
親父に成人になった後でその理由を聞いてみると、「俺はお前の勉強の事はわからん。わからん事には口は出さん」とのシンプルな答え。小学校の頃から私が家でシコシコやっている宿題などにも教えてくれる事も無ければ、余計な口も出すことは有りませんでした。母親は私がやっている勉強の内容は解りませんでしたが、定期テストの点数の余りの悪さにいつも激怒していたのは確かです。w
その点に関して母親は父親に恐らくいろいろと言っていたようです。というのも、極マレに「お前勉強大丈夫か?」とボソッと聞いてきて来たことがありましたので、流石に母親の話から息子の定期テストの点数が酷い事を聞かされていたのだと推測されます。
私は暢気なもので、親父に一言「帳尻は合せるから」と言っていました。親父も親父で、それを聞いて「わかった」と言うだけ。まあ、二人とものんびりしてますな。
そんな両親も今年の誕生日を無事に迎えればもう87歳。ビックリですが、既にそんな高齢者です。親の老いてゆく様を見るといつも思うことは「俺も無事にあと25年生きるとしたらこんな風に老けるんかいな?」という事。
良いところも嫌なところもこの親に遺伝子を分けて貰い、この親達に育てて貰ったからには似てしまうんですよね。^^
お互い100年も無い一生。患者さん達の御家族を診る事で、己の両親も大切にしたいと思う今日この頃でした。