十年ほど前までは「少しは」疑っていた世界がやはり現実の世界として相当近くまでやってきてるんですね。
オジサン齢五十になるまで全くその存在を認識していなかった漫画図書館Z(旧Jコミ)の存在のデカさに驚きました。
大学生から研修医の頃にかけて結構読んでいた相原コージの懐かしの「文化人類ギャグ」と言う漫画が完全に自由に読める事に単純に驚くとともに、この手の万人の力を用いて維持される強烈なデジタル・アーカイブの力を改めてまざまざと見えつけられました。
やはり好きもの・趣味の人のみならず、たまたま持っている人まで含めた世界全体の人がバックアップをしてくれる対象としてその原資料を提供してくれるようなレベルになると、デジタルとはいえどもほぼ国会図書館のようになってくるわけで、そのパワーは文字通り無限大でしょう。
しかしこうなってくると、私が慣れ親しんできた本棚やDVDの棚というのはそのサイズを縮小していく運命になっていくのはしょうがないのでしょう。実際の所、娘たちはアマゾンのkindleで本を持ち運ぶことが全く日常的な出来事になってしまっていること、私のようなオジサンであっても、今や映画はネット経由で観るのがデフォルトになっていること、等を考えると、これからは持っている本や映像というのはクラウドの中から引っ張りだして来るだけになってくることがよっぽど普通で、コレクションとして紙で持っておきたいものや、よっぽど珍しくてデジタル化されていないもの、著作権の関係でデジタル・アーカイブ化されていないものだけが本棚に鎮座するような時代になってくるのであろうことを確信している私です。
医師として去年から再び働き始めた私も、今はスマホやiPad miniにインストールされた医学関係の薬や臨床データの資料無しでは病棟業務が捗らないような時代であることを素直に認めざるを得ません。
知識を直ちに実務として引き出せるレベルのものが頭の中に入っていることが必要であることは勿論のこと、己の記憶容量を超えるものに関する詳細な知識は、デジタル化されたものが自分のドロップボックスにまとめられたデータやグーグルの検索から呼び出された情報を如何に効率よく引き出して使うかにかかってくるのかな。
自分もデータの検索には自信があるつもりなのですが、娘達がグーグル以外の色々なソースを使って即時的な情報を集めることに「圧倒的なパワー」を見せつけるのを見ていると、やっぱ俺は奴らの世代とは違う時代の人間なんだと認めざるを得ません。残念ですが。
しかし彼らも、やがて彼らの子供達に同じ台詞を吐くようになることでしょう。確実に!w
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