2012年8月16日木曜日

これから確実にやって来る危機への対処

関東大震災が発生してから来年で90周年。
確実に来ると言われている次の関東大震災のことがありとあらゆるメディアで語られ、東北大震災で実際に悲惨な災厄が起きたにもかかわらず、首都機能の分散のことが全く進まないのは何故なのだろうといつも考えてしまいます。実際に、「既に」前回の関東大震災の時点においてさえ以下のような遷都論議があったことが下のように記述されてます。

遷都論議 震災直後には、参謀本部では周期的に大地震が発生するおそれがある東京からの遷都が検討され、当時、参謀本部員であった今村均は京城近郊の竜山、加古川、八王子を候補地として報告したと述懐している。しかし、震災発生から11日後の9月12日には、東京を引き続き首都として復興を行う旨を宣した詔書が発せられ、遷都は立ち消えとなった。

結局、首都「復興」の名の下に機能の移転論議はとりあえず立ち消え。その後も何度も何度も心ある人達、または利権絡みの人間達も含めて何度も何度も何度も何度も出てきているはずなのに関東平野という素晴らしい地理的条件のもつ魅力の前にやはり掻き消されるということの繰り返し。
あちこちの公的、私的な研究機関も、実際に震度ごとに想定される人的、物的被害の数値が出されてはいるものの、遷都どころか首都機能移転は勿論、首都機能分散も進んでいないようなんですが、こんな調子でマトモに首都機能が保持できるんでしょうか。日本レベルの国家というのは実際に世界の中でも物凄く重要な役割を果たしていると思うんですが、その国の首都の機能が壊滅的ダメージを受ける可能性があるというのをこんな形で座して待っていても良いとは到底思えなんですよね。
発生する時間、発生する時期によっても、当然その被害の規模はいろいろと変わってくるんでしょうが、このままでいいはずもありません。実際に起きてしまってから「そら見たことか」等というのは中学生レベルの対応ですから、ここは一つこれだけの知性が集う日本の中から次の一手を、、、と願いたいところなんですが、、、まあ起きないでしょうね。何にも。日本という国は不思議な国で、これだけ高度の施設やシステムが集積しているのに、確実に来ると判っている危機に関しては「突撃的精神論」や「実際にはありえない予定調和的な愚にもつかない防災訓練」で茶を濁し、心のなかでは両手を合わせて神頼みをする国であったことは今も昔も何も変わって無いと思ってます。
結局、次の関東大震災で多くの方が亡くなった後で「何で解っていたのに対策をきちんと取らなかったんだ!」と言う議論が出てはきてそれさえもまた、すごろくの振り出しのように上に書いてあるような対象の遷都議論と同じレベルに部分に戻ること請け合いです。日本の知恵と実力があればやれることはいくらでもあるのに、政治がこれですから、、、誠に残念です。
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2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

いつも楽しく拝見しています。日本の危機管理については、

オウムのサリン事件のあと、日米の警備関係者の間で話し合いがもたれた。
米:日本ではその後、警備方針にどのような変更があったのか。
日:あのような事件が二度と起きない様、祠を建てて祈ることにした。

なんてジョークがありますね。

small G さんのコメント...

ジョークと思えない所が日本人としては悲しいです、、、。orz