違和感が消えて普通の日本人の感覚に戻る前に幾つかメモの感じで書いておこうと思います。w
何と言っても圧倒的に優れたパッケージングと丁寧な陳列が印象的です。また、(私の好きな)お菓子コーナーの充実度は目を瞠るレベルですよ。w 更に「イイナー」と心から思えるのは魚介類の豊富さですよね。こればっかりは多分アメリカのどんな都市も太刀打ち出来ないんじゃないかなと思うんですが、如何なもんでしょう。魚の種類がたとえ沿岸部で多いとしても、日本のスーパーのように鮮度に命をかけるという発想が根本的に欠如しているようにしか思えないアメリカのストア。
アジアンマーケットがあるにしても、少なくともリッチモンドのものは臭い魚屋というのがデフォルトですからネ〜。
ただし、いい事ばかりでは無いかなということも感じます。それは価格。美味しいものにはそれなりに高い値段がついていてもおかしくは無いという考え方は納得できるものなのですが、それにしても高すぎないかい?という感想がチョット頭をかすめます。
最も高いなと感じるのはまずはビール。間違いなく最低でも二倍。下手すると三倍高いです。まあ、日本のビールは確かに切れやコクという意味では非常に美味いと思うし、アメリカのビールは水みたいという意見も否定はしないんですが、、、倍以上の差がつくほどではイカンでしょうという。実際、アサヒのスーパードライやキリンビール等もアメリカでは現地のビールと同じ値段で売ってますから。(カナダ製だったかな?)それでも、味は日本のに相当似てますし。
やっぱり税制ですよね、犯人は。
あと日本で超絶にアメリカより美味しいのはパン。種類と鮮度、美味しさではアメリカなぞ脚元に近寄ることも出来ません。これはガチ。議論の余地さえないと思います。そこ辺りの100円パンでさえ美味いとかどういうことなんかと逆に呆れます。
いま上に書いたようなことはこっちに帰ってきてスーパーで感じた「モノ」の違いに関する感覚なのですが、実際はスーパーの中を歩いていて感じる違いのなかで最も強い違和感があるのは「ヒト」なのでした。
これはどういうことかというと、すれ違いざまにお互いがExcuse meと言ったり、少なくとも互いが通行することに関してちょっとした断りや謝意の表明を言葉でする国からここに戻ってくると、文字通り「誰も、ほとんど」そういったことをしないということに軽い眩暈を覚えるとともに、開けたドアを誰もキープせず後ろを見ないことにも(解ってはいても)違和感が強いですね、、、。
そのうちこういった事にも慣れるのかな、慣れるんでしょうね、、、。でも、良いところは良いところとして自分の中で習慣として残していきたいものです。
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