2020年9月10日木曜日

やっぱりワクチン完成までには時間がかかる

Oxford/AstraZenecaの期待の星が一旦治験お休みとなったようです。

アストラゼネカは私にとっては循環器や抗癌剤を比較的多く使うことの多い会社なのですが、世界的に連なる巨大製薬カンパニー連山の一つです。

今回の一旦中断はアメリカと英国二カ国で行われていた50000人を対象とした第3フェーズにおいて起きた横断性脊髄炎が原因だそうです。7月の治験の時には多発性硬化症であることが後に判明した1人の被治験者の発生で短期間の中止を経験しておりますが、この時にはワクチンには無関係と判明して治験継続となっています。

横断性脊髄炎の場合、神経繊維の鞘である構造物でして、繊維の周りにグルングルンと巻き付くように守って神経の信号の伝達に重要な役割を果たしている構造物です。とは言えこの一件も、果たしてこのワクチン投与がその原因となったのか否かというのは大変判定の難しい問題。何にしろ5万人での1人という数字ではそれが原因か否かということは断定には程遠い数字です。

結局のところ、治験中断と再開をゆっくり繰り返し、なにか起きる度にその症状が何に起因するのかしっかり見極めつつ、進めていくのがまっとうな治験ではないかと普通に思います。

実際のところ、個別の話にはなりますが、毎年使うインフルエンザワクチンでさえ過去に全粒子ワクチンという形式のものだった頃はもっといろいろの副作用があった筈ですし、刺入部位の発赤・腫脹からギランバレーなどの頻度は低いもののシリアスな副作用まで、今まで色々と報告されています。もちろん死亡に至るような極稀な反応も当然あって、残念ながら副作用ゼロというのは多分人類がワクチンというものを使う限り無くならないと思います。

結局の所、ワクチンの使用というのはベネフィット/リスクの比率が上がれば上がるほど、結局のところ「使ったほうが良い」と考える人々が使うものであることが解ります。これはまさに今普通に手に入るインフルエンザワクチンに関しても同じことですし、その他多くの乳幼児に使用されているワクチンもまさにそういう哲学のもとに使用されているわけです。

そう考えると、例え今回のワクチンも今後の追加治験、継続治験にて発生する可能性のある副作用の種類と頻度によっては普通に最終製品として出てくる可能性があるわけです。もちろん、使わないという選択肢も万人にある訳ですが。

そう考えると、以前から書いているように比較的という前置きのつく「安全」なワクチンでさえも、最終製品として第4フェーズにまで到達すると思われる製品が世に問われる状態になるにはとてもとても東京オリンピックにはなかなか間に合わないと考えるわけです。

そう考えると、ロシアの発表したワクチンとかまだまだとても恐ろしくて使えませぬ。あまりにも世界最初と言いたいが為の共産主義国家的拙速発表がミエミエで・・・。w


2020年9月9日水曜日

カモにされるXXな医者w

ある所にXXなお医者さんが居りました。

この人、医者の世界には良くある「不動産投資」にどっぷりハマっておりまして、非常に良い(インチキ・デベロッパーからみれば!)カモになっております。例えて言えば、カモがネギ背負って味噌とタレも一緒に背負っているような。w

医局の机の上にはいつもある地方に20件以上買い込んでいると言われる、所有する賃貸マンションの借り手との契約書が積んであるのですが、景気動向に左右されるこの世界の賃貸案件と申しますのは素人には通常「危なすぎて」とてもとても手の出せるような代物では御座いません。

しかし、このセンセイはデベロッパーの言いなりになっていろんなモノを買い込んでは僅かな賃貸収入をあてにした生活をして居られるのです。私自身は全くびっくりしないのですが、実際のところは「儲かる」等という事とは当然のようにほぼ全く縁がなくて、それどころか恐ろしいことに給料が病院から振り込まれると殆ど同時に「すーっ」と右から左に種々のお金がデベロッパー側から引き抜かれていって何時もかつかつレベルのお金しか残らないという話。

あまりにも金が無くなっていく上に何の旨味もないのに書類仕事なんかは増えて税務処理は大変。しかも、これからは時間が経つ度に定期的にいろいろな物件の大規模改修費用が発生するため更にお金が飛んでいくという、買う前から解っている「当然の」支出が次々に発生してきます。

最近は精神状態が不安定のようで、意味もなく苛立っていたりする事もしばしば。周りの人達が意味もわからずこのセンセイの情緒不安定の理由を推測しているようですが、知っている人は知っているのです・・・。

以前はあぶく銭で周りの人間を引き連れてキャバクラ通いなどをしていたらしいのですが、驕れる者久しからず・・・あぶく銭はやっぱりあぶく銭なのでした。投資の堅実な方法論や勉強を何もせず、インチキ・デベロッパーの口車に乗せられるXXなセンセイが全て悪いと言えば悪いのですが、その愚かさ加減に心のどこかで「哀れ」を感じる一片の憐憫の心もある私です。

情報弱者と言うか、お人好しと言うか、XXというか・・・。

唯一の救いは未婚の方ですので、迷惑被る奥様や子供さんも無しということで、自爆・自己破産すれば終わりというシナリオがあるのが未だ救いといえば救いです。


2020年9月8日火曜日

空気よりも軽いアル中の約束

今日はガックリきました。

実は先日の内科外来にやってきた精神科に以前入院していた50絡みの患者が居たのですが、その人の採血を行ってデータを採取したところ、肝機能や膵機能が相当悪化しておりました。いわゆる即入院というレベルの数値がずらりと並んでいたのですが、もともと私の患者さんじゃなかったんです。

しかし、今回偶々私の外来に来たことで過去からのデータを洗いざらい眺め直したところ、周期的に相当悪くなっており、判明しているだけでも今回の悪化は三度目の波。酒を飲んでは悪化し、入院して治療して数値が改善すればまた出ていって酒を浴びるという循環です。

今回の「たまたま」の外来でのスクリーニングで、その悪化の状況が再度判明したので「入院して治療すべきです。可能なら今日にでも。」と話をして、具体的にここ数ヶ月の肝機能等の数値の変遷を一つずつ説明して十二分に納得してもらい、最終的に「明日の1時」に入院という事が関係各位の調整で段取りがつきました。

ところが、翌日となる今日になって1時になっても2時になっても精神科外来に患者さんが現れたという報告が私に入ってきません。3時頃になってしびれを切らした連絡担当者が本人に電話を掛けたところ、一言”かる~く”「一週間自分で様子を見る」と宣ったそうです。orz

精神科病棟の師長さんは慣れたもんで「来んと思ってた。w」と平然としておりましたし、精神科のドクターは「ああ、普通です。アル中の言う事とか私信じてませんから。なんちゅうか、独特でしてね。ヤク中とは違う感じの嘘のつき方ななんですよ。」とサラリと言ってくれました。私としてはグヌヌヌという感じで待ちぼうけを喰らった小さな怒りを感じていたのですが、この手のことで一々腹を立てていたら身がもたないと逆に外来の師長さんに笑われました。

このオッサンにとっては私達との約束など羽毛よりも軽いもの。

皆の調整の努力など屁とも思っておりませんし、いよいよ肝硬変が非代償性になった頃きっと「なんとかしてくれんですか」等といって国民健康保険の医療費を使っての命乞いをしてくるのかと思うと、医師としては助けなければならないのですが、人としては「主治医になりたくないな」と言う自分の心の声が体の中で響き渡る気がする今日の私でした。


2020年9月7日月曜日

過保護な親と溺愛されて育ったひ弱な娘

もう時間が経ったから書いても誰のことだかはわからないと思うんですが・・・。

以前、と言っても数年前ですが、バイト先の外来で「ある症状」を訴える「名古屋のお嬢様学校」のお嬢さんが来院したことがありました。話を伺うと天気が崩れると頭が痛くなって学校へ行けなくなるというイベントが何度となく繰り返されており、お母さんも困り果てて病院に・・・という事でした。

よく問診をしていくと偏頭痛の訴えだったのですが、テストの前などにも特に酷くなるらしく、その女の子はあちこちの内科、特に神経内科と脳外科を中心にドクターショッピング状態を繰り返しており、その一つとして私の外来にたまたま白羽の矢が立ってしまった訳でした。

問診中に奇異に思ったのは、外来の診察室で私の目の前にいるその高校生の娘さんとお母さんの様子なんですね。質問をしていてもその質問に答えるのはお母さんばっかりで、娘さんは精々のところコクリと頷くかお母さんの方を向いて困った顔をするだけ。

「もういい年こいた高校生なんだから君が自分の口で答え給え!」と、我が娘なら絶対に言っている一言もそこは他人の家の娘さん。しかも私などでは窺い知ることもないし自分の子としても金額的に絶対に出すことも出来ないようなお嬢様学校の御令嬢。ネットで病院の悪口でも書かれたらバイトごときの私の所為で・・・等となりかねませんので、そこは我慢。w

雑草として育ち、肥料は犬の糞、水分は雨風くらいしか受けずにここまで生きてきた己のような田舎の野蛮人の発想で深窓の御令嬢を傷つけてはなりませぬ!ということで「お薬手帳を見させていただいて」今まで使ってきた他のドクターの処方を拝見させていただいたのですが確かに教科書的な処方が多々。先生方の発想が透けて見えました。

私の診断はたしかに偏頭痛あるのかもしれんけど、一番の根源的な問題はあなた方の親子関係、ひいては今までの御両親のお子様の育て方に問題がありませんでしたか?というものだったのですが、そんなこと言ったら付添のお母チャマが真っ赤な顔で絶叫して引っ掻いてくるかもしれませんので、そこは営業スマイルでう~んと唸って取り敢えずは「ある系統の薬」の中で一番効果のマイルドなものを処方しました。

この親御さん達、精神科はもちろん心療内科も一度も行っていないという事でしたが、そういうのは避けてるんですよね。知ってか知らずか。確定診断や除外診断で核心に近づかれるのは怖いんでしょうね。しかも精神科の通院歴を異常に嫌がる日本人多いので。

取り敢えず、「この母娘に幸アレと願って」診察室を退出いただいたのですが、あれから数年、エスカレーター式にお嬢様短大か近くの私大にでもいかれてるのかな、今頃。症状消えてると良いのですが・・・。

上流階級というのがこんな人の多い世界ならそんな世界は知らんで良いなと強く思った一件でした。まあ、発想が「育ちが貧乏で粗野な野蛮人」のものから一歩も出られないオジサンの戯言でした。


2020年9月6日日曜日

漢ガスリーの勝利に泣く

判官びいきとは言いたくないんです。しかし本当に泣きました。

夜のF1でピエール・ガスリーがトップでチェッカー・フラッグをうけた時、小さなスマホの中継画面を見ながら目からしょっぱい水が。


今まで本当にいろいろ頑張ってきてもなかなかオーナーの思っていたような結果が出ずに、あっと言う間にいわゆる格下チームであるイタリアベースのアルファ・タウリに抛り出された訳です。そこで雌伏の時間を経てこの一つ前のレースで力がある事をしっかり示して臨んだ今回のイタリアはモンツァでの試合。

今回から予選モード縛りの適応が始まり予選で使ったパワー・モードを実際にレース決勝でも使わせるというもの。例えパワーを絞り出して予選で速くとも、それを決勝で使い続けてエンジンをぶっ壊せば何の意味もないし、予選で絞りすぎてエンジンを労ってもそれで勝てなければ「壊れなかった」だけの弱いエンジンというだけのしょうもない結果しかついて来ないわけで、そのパワーの按分を含めた采配が大きく勝負に影響するであろう面白い試合になると思われていましたが、その通りになりました!

運と才能と努力とを全て引っさげてレースに臨む彼等はまさにこの1/1000秒の競争の世界の中で生き残ってきた極一部の選ばれし人達。例えF1で勝てない人間でさえ、普通のレース会場に来れば、普通の腕自慢程度では「全く」触れることさえ出来ぬ、視界の外にあっと言う間に消えていくほどの恐ろしい速度でサーキットを駆け抜けていくわけです。

才能はあってもなかなか勝てずに悶々としていたGasleyがそんななかでも腐らずに淡々と結果を積み重ね今日の結果を得たこと、そして昨年亡くなった盟友ユベールに今日の勝利を捧げた彼の男らしさに私の涙腺は緩みっぱなしでした。

頑張っても頑張っても容易に勝てないのがこういうトップのなかのトップの鍔迫り合いの世界。そこに「多くの物語」を抱えながら一閃の鋭い切込みで結果を残した闘士の勝利に涙を流さないなんて男じゃありません。

夜中でしたが、1人で画面を見て彼の勝利の雄叫びを聞いた時、思わず嗚咽してしまいました。やっぱりこりゃー判官贔屓なんですかね。w

しかし、更に良かったのは絶対王者ハミルトンの友情あふれるコメント。実は二人はCall of Dutyでチームを組む仲間らしいんですが、彼が正当に評価されていないことに言及した上で、彼の勝利を本当に心から喜んでくれていたのは友人であり、かつ絶対王者らしい素晴らしいコメントでしたね。

強い男は心に余裕があり知的で優しい。これからのハミルトンやガスリーに更に真っ直ぐ勝利の未知を進んで欲しいと願うのは当然ですよね。ところで今日のフェルスタッペン・・・エンジンがアカンかったみたいですが、次はどうやって立ち向かっていくのか、才能溢れるのは誰もが知っている事。必ず戻ってくるでしょうが、どういう戦略でやって来るのか、大変興味あるところです。