2020年11月30日月曜日

弟が肺炎になった

宮崎に住んでいる私の年子の弟が肺炎になったようです。

夜まったりしていると、7時半頃に親父から電話がありました。大体において、こんな時間に田舎の両親から電話があるなんて言うことは通常「望ましくない」事が多いのですが、実際にその通りでした。

親父によると夕方に施設から搬送されたその病院の主治医の先生が夜の8時に直接お話してくださるということで、親父が直接電話をしたようなのですが、結局受付の事務の方に、息子である私が内科医師である事を話してそちらのほうが説明を伺っても良いか?との質問をしたようです。

私はこんな時間にいくら緊急であるとは言え、このように顔の見えないシステムである電話で弟の病状、容態を尋ねるのは大変失礼で通常はあり得ない状況であることを説明したのですが、不安であることが電話越しにも伝わってきましたので、腹を括って失礼を承知でお電話させていただきました。

御電話に出られたK先生は体の不自由な私の弟のことをいつも診察してよく知っておられるようで、今回の肺炎に関してもその部位や性状、今後の治療方針などを電話越しに明瞭に説明してくださいました。改めて、老いた両親が己の次男の病状説明に関して説明を聞いても理解できない可能性に慄き、私にその質問をするよう依頼してきたことの非礼を詫びるとともに、日頃の丁寧な診療のお礼を申し述べ、今後の治療もK先生に一任することを改めてお伝えさせていただき電話を切りました。

直後に親父に電話を返して、私とK先生が話した内容に関して改めて噛み砕いて説明するとともに、このコロナの時代には安易なことでは病院に親族を見舞いに行くことも叶わない理由をきちんと説明しました。

親父としては説明を聞いて安心したらしく、「これで安心できる」等と云う謎の言葉を残して電話を切ったのですが、親なら本心としてはまあ当然というところでしょうか。少なくとも老いたオヤジの気持ちがこの説明で安らいだのなら少しは役に立ったかと己を慰める始末でした。

基礎疾患もある身体の弱い弟ですが、今まで何度も肺炎にかかったりしておりますので、今回もきちんと乗り切ってくれることを期待したいところです。今の時点ではコロナではなく、誤嚥性肺炎のようですが・・・。


2020年11月29日日曜日

西ベルリンの想い出・孤独死の話

私が医学部の学生だった頃、授業をガッツリとサボって二ヶ月間のヨーロッパ一人旅に行ったことがありました。

持っていたのは帰りのチケットと1000ドルのT/Cのみ。後は着替えのズボン一枚とシャツ数枚。細かいことは全て省略して書きますが、最初に降り立ったのは当時法医学教室の先輩が住んでいた西ドイツのマインツへアクセスするためのフランクフルト国際空港でした。

これまた全ての細かい事を省略してそのお宅へ到着した後の行動の第一弾として当時の東ヨーロッパをぐるぐるアテもなく廻るというものがありました。その移動の途中、乗り合いレンタカーというものがありまして、数人の人間が一台の車に乗って目的地へ向かうというシステムの紹介を受けたのです。

移動当日の朝、私とドイツ人の男性とポーランドから帰ってきたドイツで働くポーランド人のメイドさん、そしてもう一人の女性がいました。ドイツ人男性が運転手としてオペルをかっ飛ばしてAutobahnをベルリンへとひた走ったのですが、最終的にベルリンで降りて散会したときにその男性Frankと言ったのですが、彼から「もし泊まるところが見つからんかったら俺に電話せい。泊めてやるから!」と言われていました。

夜までいろいろ探したのですが、当時のベルリンには私のような当て所なくやってきた人間が素泊まりできるようなホテルなど何処にもありませんでした。仕方ないので駅にでもダンボールを敷いて寝るべい!と思ってベルリン中央駅に行ってさっさと寝ようとしたのですが・・・。寒くてとても寝られません。

オマケに2m位ある激ヤセの(ほぼ間違いなくAIDS末期)ジャンキーがドイツ語で喚きながら寝込んでいるトルコ人をガンガン蹴っています。スゲーなと思ったのは、このトルコ人のオジサン寝ていてガンガン背中を蹴られているのにグースカと鼾をかいて微動だにしません。ほとんど脳卒中の昏睡状態でもなければこんな事は無理だろうと思われるのですが、世界は広い。w

段々と人の間を渡り歩きながらこのジャンキーが金を出せといろんな人に言って回っているのですが、あいにく大学でのドイツ語はスレスレで通っただけですから何を言っているのかサッパリ解りません。最後には私のところに来てドイツ語で捲し立てるのですが私は英語で反応するともしかしてレスポンスが返ってくる可能性を考え日本語で「知らん。俺から金が欲しいなら日本語で話せ~。」とか言っていたら、ドイツ語で何事かを喚きながら起こって離れていきました。私の勝ちです。

とは言え、寒い寒い。やばい寒さだったので仕方なくギブ・アップして道中知り合ったフランクに電話した所「すぐに来い!」との有り難いお返事。若い者同士恐れるものも遠慮もありません。

彼はベルリン自由大学の電子工学科の学生でしたが、この大学はいわゆるドイツのエリート大学の一つでして、気さくな様子とは裏腹に優れた頭脳の持ち主だけが集う国際色豊かな大学なのでした。ところで、この学生が泊めてくれたベルリンの部屋の隣ではいわゆるMad Manが住んでいたとのことで、毎日毎晩おかしな声を出して四六時中喚いていたと言うんです。

ところがある日、突然声が聞こえなくなってしまったということで引っ越したのかなと彼は思っていたそうです。ところがある日隣の部屋にポリスが沢山やってきて、彼の部屋にもやってきて「隣の男が死んで大分経って見つかったんだけど君何か知ってる?」と質問してきたとのこと。真夏の部屋で腐っていたらしいのですが、彼には何も臭ってこなかったと言う話で、彼は静かになった理由に「なるほど」という感じで話は終わったというのですが。orz

実は彼とはいろいろとそれからもお世話になったり、面白いことも経験させてもらったのですが、それはココには書かずということで・・・。

まあ、とりあえず昨日孤独死の話を書いていた時に30年前のこの話を思い出したので、ちょっと書いてみようと思っただけです。


2020年11月28日土曜日

孤独死の激増

テレビでもネットでも80・50問題というものが存在していることを盛んに喧伝しています。

確かに引きこもりの自分の子供が50になっても未だ家で両親や片親の年金などをアテにして細々と「呼吸して食べて排泄するだけ」の生活を送り続けるうちに親が死にその脇で自活する能力も意欲もない老いた子供達は骨と皮になって死んでいくという悲惨なものが多くなっているようです。

悲惨なのは腐ったり白骨化した両親の年金が止まらないようにそのまま家の布団や押し入れの中に遺体を置きっぱなしにしてその家の中で生活していたりという異様な状況が展開されるわけです。子供が生きている途中で見つかれば未だ救いようもあるのでしょうが、玄関やトイレ、風呂場の浴槽の中で息絶えている老いた子供(多くは50~60代)が共に見つかることもあるわけで、一体いつその両親が亡くなったのか推定に困るほど古い遺体であることもあるわけです。

一言でいうと「無残」と言うしか無い状況ですが、これからも大量のゴミに塗れセルフ・ネグレクト状態になって外との関わりを絶った状況で亡くなっていく人間があちらこちらで続々と発見されるのでしょう。成長が終わった国家の最終フェーズで登場してくるとんでもない状況で、こんなインシデントが激増しているのかと思うと薄ら寒くなるばかりですが、実は自分の部屋の壁の向こう側で人が倒れているのが見つかる時代というのがやってきているのかと思うと暗い気持ちになってしまいますが、それも頻回になるとやがて皆それに「慣れて」くるのでしょうか・・・。

私の家も子供達は三人にいますが、兄弟姉妹の住む場所がお互い遠くに離れるのが普通の時代。しかも、我が家には自閉症の息子が居ますので、80・50問題というのは全く他人事ではないのです。知的障害のある子供の将来を誰にどう託すのか?少なくともその答えは娘達2人に任せるようなものではないと考えています。

全国に同じような状況で悩みその対策をとろうと、そして今とっている方々は山のようにいるわけで、己のことも去りながら残される子供達が不幸な余生を送らなくて済むように考える日々が続きます。


2020年11月27日金曜日

ヒカルの碁に熱中

アメリカに住んでいると当然のように日本での「流行り」というようなものには疎くなりがちです。

その範囲はニュースのみならず、人々の口に上っている流行りの言葉やドラマ、歌、本、アニメなど様々ですが、アメリカにいる間はそんな事がどうであろうと気にもしていませんでしたが、日本に帰ってくると事実としていろいろなものを見逃してる、知らないままで今の時代を過ごしていることに気づくのでした。

そのなかでも特に私にとって目につくのは本、映画、歌、アニメ等。アメリカにいる間は当然のようにアメリカで流行っているものに関しては良く知っていたし、娘達にも「良くそんなの知ってるね」と言われるようなことも耳や目には入ってきているつもりでした。

その代償として、日本のことはほぼ全く知らないままで過ごしてきたものも当然多いわけです。特にアマゾンやネット・フリックスで一昔前の日本のアニメがどかっと見られるようになってからは「ああ、これも」「あれも今アニメになってるんだ」何ていうのばかりが大量に並んでいます。

しかも、私のように何周も周回遅れの人間にとってはちょうど若い世代が、我々が幼かった頃のアニメやドラマを初めて視るのと同じ状況が再現される訳。しかも、それらのratingは既にある程度固まったものばかりですので、ある程度安心して視始めることが出来るわけです。

そんな中で今回視始めたのが「ヒカルの碁」なんですが、これが全部で70話以上あって既にアニメ状はとっくに完結しているお話になっているわけで、私のような人間には毎週次の話などを待つ事無しで最後まで突き進むことが出来るわけです。

今の所数日前に視聴し始めてあっという間の45話。ほぼ一年間分を数日でドンドコ視る事が出来るわけで効率良いことこの上なし。しかもCMなども当然のように入っていませんしね!

それにしても、碁打ちという人々の世界で繰り広げられる勝負の厳しさを一端であってもこういった形で世間が興味を持ってくれる形でアニメ化してくれる作者は素晴らしいものです。私自身はヘボ将棋しか打てませんし、やっていたのはこれまた麻雀ばかりで、特別な頭脳と努力を要する碁打ちの世界の真実などはとてもとても見えませんが、それでもこういった棋士と呼ばれるプロの碁打ち達の物凄い能力には驚かざるを得ません。

碁や将棋、チェスなどの盤上の世界では素人とプロとの間でまさに天と地ほどの差があることはいろいろな書物や映画で書かれ、表現されていますが、10人相手の勝負でもプロは尽く素人を叩き潰していくわけで、その能力というものはどれほどのものか素人には想像もつかないレベルなのでしょう。

以前、プロ棋士の米長さんがあっと言う間に150手以上の詰将棋の正解手をほぼ瞬間的に出したり、どこで闘った誰との盤面を当然のごとく頭の中で並べ直す様を見せつけられて「触っちゃいけねえガチのヤバさ」というものがある世界を感じたものです。

しかしなー、今のAIっていうのはその人達を完膚なきまでに叩くんだから何だか不思議な時代になったもんです。まあ、ともかくそんな事は脇においておいて、未だ視ていない方は「ヒカルの碁」を一度ご覧になることを強くお勧めいたしますぞ!(ルールを知らない私でもこれだけ愉しんでいますので。)


2020年11月26日木曜日

人の褒めかた

評価がないと報われないという人はごく普通で、しかもそれが殆どと言ってよいかと思います。

私は正直なところ他人にどう思われようが関係なく動く人なので、外からどう評価されようが口で言っているほどには気にしない人なのです。とりあえず褒められたり評価された言葉に対しては必ず感謝の言葉を返しますが、それで気分が高揚したりということも特に有りません。

「得意淡然」「失意泰然」というのを何となく座右の銘としているのですが、他の人からの評価はポジもネガも可能な限りサラリと流すようにしているので、ネガティブな言葉を私に吐く人が私を見れば所謂「ム・カ・ツ・ク」等という言葉がその人の脳裏を過ぎっているのかもしれません。まあ、私に悪意は有りませんが不徳の致すところというやつでしょうか。w

最近病棟で仕事をしていて大変忙しく仕事をしている人を見ていると、私はその人達に「褒める言葉」というのを探してその労をねぎらう事のできる小さなフレーズを投げかけています。しかし、果たして自分のかけた言葉が彼らの努力を十分に労(ねぎら)っているのか?と考えてしまいます。

私自身は物事の「説明」というのは比較的上手く出来る方だと思うのですが、人を喜ばせる・元気づけるフレーズというのは正直なところ出せていないような気がします。また、私だけでなく、更に上のポジションの人達などからもそういう「見えないところ」で頑張っている人達を褒めたり労ったりする言葉を投げかけることは組織において想像以上に重要な要素だと思います。

やはりそういう言葉が全くなければ、多くの場合人の心は疲れるのでは無いかと思うのです。この歳になってなんですが、やはり人を鼓舞するような、しかし落ち着いたフレーズというものを手持ちとして繰り出せないというのは情けない話です。

ポジティブな気持ちを引き出すための言葉を人に与えられないというのはやはり自分がそういった事になるべく無関係に生きてきたという自分の来し方そのものなんでしょう。今になって困っている私。だからと言ってこういった事の答えがネットに散らばっているとも考え辛いのですが・・・。

ここからまた頭を捻りながら、なるべく「然りげ無く」人に元気を与えるフレーズを作り出さなければ!