2020年6月5日金曜日

コロナ後最初の自分の外来

コロナ騒動で長期処方で数が少なくなっていた患者さんや遠隔診療になっていた外来。

それが今回6月に入って病院全体として「本当に久しぶりに」外来診療を本格的に再開始しました。多くの病院でもかなり狭く閉じていた病院の扉を、再びグッと広げたのは今回の愛知県の動きに合わせたものだと考えます。それでも、来院時のマスク着用と熱の測定は全く緩めてはいないんですけどね。

私に関して言えば実質的な最初の外来が今日だったのですが、大変な数の患者さん達がまさに山のように押し寄せて大変でした。"もう待ちきれなかった"という感じの患者さん達の山で、外来の待合室から「センセ~、こっちこっち~」と言いながら大声で外から私の姿を確認してはまるで一対一であるかのように私を指差しています。

躁病気味のお婆さんなどは外来のカーテンを看護師さん達の制止も聞かずに開けてはチラ見してくるし、お年寄りには何故か人気の私です。(因みに子供達からもすぐに懐かれるのですが、肝心の中間層が・・・w)

まずは久しぶりで「症状が気になる方々」から先に診察開始。久しぶりですので、データを取らないといけない方々がこれまた殆ど。看護師さん達もまさに息つく暇もなく点滴、採血、放射線科への患者さんの移動、認知機能検査の依頼などまさに目のまわるような状況を見せておりました。

今までの数週間が固く閉ざされた扉を通ってくる数名の要定期通院の方々ばかりでしたので、その差は歴然。こうなるということは解っていても、実際に押し寄せてこられると大変な状況でした。

例のごとく、久しぶりに会ったお婆ちゃんの中には握手だけでは済まず、向こうからハグをしてくる人もいれば、他のお婆ちゃんに笑顔を見せたら駄目!とか訳のわからないレベルでリクエストを入れてくる人までおりもう本当に80過ぎたら「年寄り無双」状態です。あの世が近いという事をいつも自分達で言っているだけあって「残りの人生やったもん勝ち、恥ずかしいものなど無い感じ」とでも言いましょうか。

取り敢えず嵐のような午前中の診療が終わり久々に疲労感を覚えた久しぶりの外来でした。
再開したは良いけれど、コロナが再び拡大しないことを祈るのみです。


2020年6月4日木曜日

禁煙外来の設置

いま何としても病院に設置しようとしている部署があります。

それは禁煙外来。以前もこのブログで書きましたが、院内で喫煙を止めない(止められない)人間は残すところ病院の職員のみ。勿論、その殆どは看護師と看護助手ことヘルパーさん達です。

一部医師も禁煙できない人物が居りますが、知っている範囲ではいま院内で喫煙を行っているのは極一部と呼んで良いレベルの二名のみ。60歳以下の喫煙者は一人もおりません。そうです、もうそういう時代なのです。時代の流れについて来られない人々は何時の時代にも一定数おりますし、それを咎める気もないのですがその行為が周囲の人間に甚大な被害を与えているのなら話は別。ましてやそれが人の健康の維持にあたる医師であれば話は深刻です。

昔は呼吸器内科の医師でもヘビースモーカーなんて言うブラックジョークのような世界もありましたが、今は多分「隠れ」を除けば放逐されていたはず。アメリカなどでは当然のように資格取得の前段自体が非喫煙者だったと思います。

さて、この禁煙外来には設置基準というのがありまして、院内に喫煙箇所があるようなところはこの外来自体が開設できないというようになっています。現在のところ前回導入された健康増進法案によって病院という敷地には喫煙が許される場所自体が消滅したので、本来何の問題もなく開設可能かと考えるのですが、実際の話「ある愛知県内の病院」で禁煙外来を設置したものの、ある許容限度を超えて内部の喫煙者が存在することを繰り返し密告された病院がそれまでの禁煙外来の保険診療請求を返還させられたという事案があったというようなことがまことしやかに伝わってきております。w

兎も角、現在院内において禁煙を求める声が水脈のように流れているのは事実。勿論、「さらさら」やめる気がない人も沢山おりますが、止めたくてもやめられない、以前禁煙していたのに、いままたこちらの病院にやってきて喫煙習慣が戻ってきてしまったという人もこれまた沢山おられるのです。

更には当院関連施設から沢山やって来られる患者さん達の中にも「禁煙を進める医学的方法論」が存在することを知らず「辞める方法があったら先生わしやっとるわ~」と明るく言われる方々もまた大勢おられます。

長期に亘る大量の喫煙の結果、肺気腫、COPD、肺癌その他諸々の疾患を得てこの世から去っていく方々をみるにつけ「少しでも苦しまず」に喫煙という行為を止めるお手伝いができるなら・・・と強く思うのです。

院長と粘り強く交渉してこの外来設置を成功させたいと思っています。


2020年6月3日水曜日

やっと届いたアベノマスクw

小中学校や一部の公的機関では優先的に配られていたといういわゆるアベノマスク。

10社くらいの大中小及び意味不明のレベルの公明党関係者がヘッドをつとめる極小カンパニーの作ったと言われる小さめのマスクが我が家にも届きました。遂に。そもそもサージカル・マスクが病院で配給されていますので、私個人としてはこのマスクを待つ気も更々無かった上に、トータルで500億円かけたとも言われるこの各世帯に二枚ずつの布マスクとかいう愚かな政策を聞いたときに感じたのは虚無感。

日本酒を飲みすぎてしまったときにジーッとぐい呑を見つめてしまう感覚と言ったら解っていただけるでしょうか。わかりませんよね。スミマセン。w

とにかく世界の失笑をかったこのマスク政策。
日本では皆がかなりのレベルで行儀よく三密防止に向けた動きを達成させたためだと思うんですけど、いい感じで恐ろしいレベルでの拡散が発生することは「いまのところ」起きていません。

さて、記念に残しておこうと思うんですけど我が家に届いたマスクは以下のようなものでした。因みに上の方のマスクは私が日常的に病院で使用している不織布のサージカル・マスク。
そして同梱されていた言い訳?というか説明書・リーフレット4ページ分の一部。
感染危機の真っ盛りのときには全く届かず、祭りが終わった後に届いたクラッカーの様な感じとでも言いましょうか。さすがの危機管理能力です!

患者さんにでもあげる事といたしましょう。


2020年6月2日火曜日

小学生男子の忘れ得ぬ大興奮

今日、DIMEのニュース記事を読んでいたらメダカの記事が出ていました。

それによると、メダカの飼育というのは「仕事で様々な生物を飼育したプロは、メダカ趣味に回帰する」なんていう記者の個人的な感想が書いてあったのですが、竹島水族館の館長でさえ愛好家というくらいですからこれはもしかしたら本当なの「かも」知れません。

最近、と言っても既に3年ほど前からなのですが、外の訪問診療のバイトである施設に行くときに、決まって施設の人から提案を受けるのです。まあ、冷やかし半分なのですが。
それは施設でなんとなく飼っているメダカを「家に持って帰って家で飼いませんか」という提案。もう何十回も断っているのですが、私が患者さんの診察を終わってメダカの水槽をしげしげと覗き込むたびに同じセリフを私の頭から被せるように言ってくるのです。

季節季節で定期的に繁殖していくメダカ達。子供を増やしては何割かが消えていき、生き残った中で更にまた子供を増やす、と言う感じでチビ助たちが生まれる度に別の水槽の小さなエリア(実際にはメッシュの細かい網の中でのしばらくの間の別飼い)を作ることで施設のヘルパーさん達が安全に増やしていたのですが、その繁殖時期が来る度に私に「置いてけ置いてけ」ならぬ「持ってけ持ってけ」の呪文を浴びせくるのでした。

今のところ「我が家はもうこれ以上生き物はちょっと無理です」という一言で呪文を封じ込めておりますが、一体何時までこの呪文封じが通じますやら・・・。

さて、メダカに関しては小学三年生のときの非常に鮮烈な思い出があります。実は私自身は親父の仕事の関係で大学の農学部の隣りにある公務員宿舎というアパートに当時住んでおりました。(余談ですが、この前宮崎には叔母さんの亡くなる直前に帰った話をここにも書きましたが、そのときにもうそのアパートは取り壊されたと聞いてちょっと悲しくなりました。)

当時の農学部というのは近所の子供達にとっては昆虫取り放題、動物沢山、変わった標本がタダで展示されている素晴らしい遊園地でした。当時でさえボロボロの木造校舎だった農学部の周辺には小学校低学年の子供にとっては全く想像さえつかない使途不明の施設や謎の機器、秘密基地の代わりとなる使用されていない小屋などが広大な敷地内に散らばっており、まさに男の子の楽園状態。そこにはドロドロに藻が茂った(今思えば)防火水槽がありました。

ここの中にメダカや金魚が何故か泳いでいるのを知ってはいたのですが、ある日のこと何気なくそこを覗いていたところ何だか肌色のメダカらしきものが表面を泳いでいるのに気づいたのです。じーっと見てみても確かに形は100%メダカなのですが、色が肌色で何だか透き通るような感じ!

次の瞬間、声にならない声、それも大声を心のなかであげながら決意したのは「絶対このメダカに似た不思議な魚を捕る!そして学校のみんなに見せる!!」ということ。水槽の中のメダカが逃げるわけないのですが、目を離すと居なくなりそうな気がしつつも近くの自分の家まで可能な限りの全速力で走りいつもはクマゼミ取り用に使っていた長い長い柄の虫取り網をとってきました。

しかし、戻ってみるとやはりいません。それでも息を殺して水面をじーーーーーーーーっと見つめていると、居ました!あいつが。網の存在を知られないように後ろからアプローチしたり、横から掬ったりしながら格闘することほぼ数時間。もう早く帰って夕ご飯の食卓につかないと鬼のオヤジにぶん殴られるという頃になって採れました!採取成功です。

もう小学三年生の理科大好き少年の頭の中は「新種発見!」の大興奮で収集がつかない状態。w

多分もう顔は興奮と喜びでこれ以上ないくらいの顔になっていたと思うんですがそれを次の日学校に持っていったら「期待通り」教室は男子を中心に大興奮。みんなが水槽の中を代わる代わる見てはその発見の経緯を聞いてきました。

そこにやってきたのは当時理科の先生でクラス担任でもあった大倉先生。見た瞬間い「お、ヒメダカだね~!」と声を上げたのでした。私はその瞬間、先生も驚いてくれたと言う事実の嬉しさと同時に「新種じゃないんだ」という一人だけ心のなかで呟いた声とが渦を巻いたのを昨日のように覚えています。

しかし、あのときの興奮は医学部でて大学院出て、アメリカでいくつか自分なりの実験で見つけた不思議な事実の発見に夜中に一人で叫んだときの気持ちと全くおんなじだと言うことに20年後にも経験し再度体験したのです。

自分にとって新しいこと、新しいものを見つけ理解する経験の大切さはどんなに小さなことでもその人の人生を根本的に変えてしまうのかも知れません。そんなとき、もし私がその子の横に居たら最大限に一緒に興奮してあげたいと思うのです。

本当は何も解っていないのにモノを知ってしまったかのような大人が忘れてしまいがちな「知る興奮」を刻みつけることこそ子供を自分から前へ動かすガソリンになると固く信じている私です。


2020年6月1日月曜日

娘たちと夜間外出禁止令(Curfew)

George Foydさんに対する警官による「明らかな殺人」の映像に端を発した全米大都市での暴動、viralと言うべき勢いでいろいろと起きていますが、正直私は娘たちや友人たちの動向も心配でした。

この前のボルチモアでの暴動でもそうでしたが、黒人に対する様々なアクションがアメリカを揺るがした例は別に今回の事ばかりではありません。大きなものだけでも1965年のWatts暴動から始まり、67年のデトロイト、92年のLAでの大暴動、2014年のファーガソン、そして今回。小さなものまで上げれば本当に数え切れないほどの大小様々な人種差別絡みの暴動がアメリカでは起きています。

実際、警官に来るまで停められてそのまま暴力的な事件や警官によるドライバーへの過剰な暴力や銃撃で亡くなる人も「黒人では」白人の3倍以上有ると言いますから、これらが人種差別と警官という言葉と繋がらないと頭から否定するには相当な無理があります。

実際に娘達は私のように大学や世界中の人間が集まってくるようなリベラルな環境の中「のみ」で米を見てきたわけではありません。ですから、長女いわく「お父さんにはわからんと思うけど、人種差別って今でも酷いもんだよ」と言うんですね。スラングやちょっとした言葉の中に込められる根深い差別意識というものを敏感に察知する能力、そしてその様な環境に晒される機会の多いを娘達にはきっと日常なんでしょう。

私はと言えば、アメリカでの生活中に正直そんなものを感じることもなかったし、多分、何かそれらしいことをレッドネックぽい人間にボソッと言われても「いやあ、多分間違いなくあんたよりはいい人生送っとると思うよ?w」という感じで笑い飛ばしていたので、全くアメリカでの生活に人種差別のことを意識することができませんでした。幸せなのか鈍感なのか。

既に近未来(2040年代なかば)にアメリカにおいてマイノリティーとなることが強く予測されている白人ですが、この変化は押し止めることができないことは既に明白になっておりますし、そのときに起きるアメリカの政治的変化はトランプ的な政治家の完全な排除になると思われます。

いわゆる白人以外のminorityに対する明確でポジティブな政策を示せないpoliticianはそもそも政治の舞台にさえ立てない時代になると思われます。これは人種だけでなく、性に対するスタンスや宗教に対するスタンスなどもよりリベラルなものに寄っていくことになるのではないかと推測されるのです。良いとか悪いとかは別にして、何らかの古典的な価値観に依拠し続け、特定の小集団にのみ集票を頼むような人はきっと終りとなるのでしょう。

さて、今回の暴動は大きな都市でいろいろと悲惨な衝突を生んでいますが、長女も次女も特には今回の暴動に直接巻き込まれるているなんて言うことは無いということがメッセージで判明しました。しかし、長女の彼氏から来たメッセージによると彼自身毎日DC周りで暴動や行進、車が燃やされているのを見るそうで、正直こんなシーンは人生で初めてとのこと。あまりにも多すぎてちょっと目障りに感じるレベルなんだそうです。

それにしても、夜7時以降は外出禁止令が出ているそうで、何だか内戦状態かよって感じとのこと。とてもこれが色んな意味での世界のナンバーワンの国とは思えん状況となっておることを憂える文章が続いておりました。

催涙ガスなんかは窓を締めえおけばなんとかなるんでしょうかね。取り敢えず、彼らは安全な状況下に居ることが判って私としては一安心です。