日本にいると余り考えない、または感じない事の一つに人種差別があります。
違う人種の人が日本に来ると、多分その反対なのかもしれませんが、見かけも中身も日本人なので、日本にいる自分には少なくともそれを感じることが出来ません。当たり前ですが。
ここはリッチモンドで、南軍の首都が置かれていた所ですから、必然的にここ産まれのネイティブというのは白人であっても黒人であっても、直に人種差別の歴史と向かい合ってきた事になります。簡単に言うと、今のリッチモンドは中心部に黒人たちが多く住みその周辺部の郊外と言えるところにそれ以外の多くの人種が戸建の住宅に住んでいるというのが「非常に大まかな」住み分けとなっています。勿論、このような状況は年々変化してきており、人種による住み分けよりも収入による住み分けのほうがその境界線を分けるようになってきている。たとえ黒人であっても、教育を受け、収入もあれば違和感無くコミュニティーの中に溶け込んでいるし、それによって地域住民が「少なくとも表立って」何らかの行動をとるというようなことは「全く」と言って良いほど無い。少なくとも、ここは悪名高いディープサウスでは無いのだ。ウェブで調べてみると白人至上主義者のアホ団体KKKもバージニアの中に支部は持っているようだが、フツーに、まともな暮らしをしている21世紀のリッチモンドの人間にとっては人種差別などは関係ない話であって、特に世代が若くなればなるほどそこに拘る人間には「社会的な死」が待つのみ。差別するのは自由だが、それを公言するような人間には少なくともこの旧南軍の首都にさえ公的には居場所は無いのです。
少なくとも私は(鈍感なのかもしれませんが(笑))アメリカに来て差別を受けたことは一度たりともないし、無論、人種で人を差別をすることも有りません。仕事が出来るかどうかという一点だけがこの業界のポイントなので、その他のことは性別も年齢もどうでも良いことなのです。仕事ということで思い出しましたが、こちらの履歴書には顔写真を張る必要や、性別、子供の有無、結婚の有無、その他場合によっては誕生日さえ書く必要はありません。勿論、書く人も中にはいますが別に書かないからといってそれが何の不利益も及ぼしてはいけないのですから書く人も自然と減るわけです。
中には人種差別に関して非常に社会的に激しく活動している人もいて、そのような人たちの積年の努力が報われたという面も全く否定できません。実際、お年寄りの人たちの話しを聞くと、「滅茶苦茶」に露骨な差別というのが毎日のようにあったとの事ですし、ここの私のいるビルも1950年代の建物なのですが、何故かやたらと便所があるなと思っていたらある日黒人の友人がこっそりと、「これは昔の白人と非白人のトイレの名残だよ」と無知な私に教えてくれて「なるほど」としばし考えてしまった事がありました。
やっぱり隠れたところには見えない形で未だに残っている名残というのがこの辺りにはあるのでしょうね。
と書いていたらいきなりこれか、、、。頭にきた。これは酷い。
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