2023年2月28日火曜日

おそらくこの馬鹿が潰す事になるのでしょう

大丸別荘という福岡の老舗旅館。

多くの方々がニュースに接したと思われますが、温泉の水を週一回以上総入れ替えし、かつ塩素濃度を一定以上に保つように常に気をつけなければならない筈のこの旅館が実は年二回、盆と正月にしか水を入れ替えしておらず、そもそも塩素などは気持ち程度を入れときな~という指示を山田という五代目社長自らが指示出ししていた上に、保健所には虚偽の報告を出していたという話。

しかも、その結果としてレジオネラ肺炎の患者を出していたというのですが「最大基準値」の3,700倍のレジオネラ菌が検出されたといいますから、湯に浸かった人達は殆ど人体実験の標的レベルのリスクの中で金を払って湯に浸かっていたことになります…。

あな恐ろしや。

レジオネラ肺炎で我々医師が普通に思い起こす言葉は、おそらく「在郷軍人病」と言う単語です。これは1976年のアメリカ・フィラデルフィアで執り行われていた在郷軍人大会(Legion)における原因不明の大量の呼吸器疾患の発生に因んで名付けられたものですが、実際には循環システムを持つエアコンや加湿器などの空調機器や温泉などの「水」が関係する所で発生するレジオネラ肺炎が有名です。原因菌は主にlegionella pneumophilaなのですが、多種多様な症状を堕すもので、早く正確に診断してキノロン系の抗菌剤をきちんと処方しなければなりません。

しかし、この山田真という70歳の社長。五代目ということなんですが、HPを開こうにもforbidden状態。記者会見も何度もネット経由で視ましたが、驚くほどに他人事感丸出しで、他の類似事件などから一切何かを学んだ形跡が無いですね。笑うほどに。

そもそも最初はこの社長を探し出してインタビューを行なおうにも、「社長不在」という事で逃げ回っていたことが歴然。もう本当に漫画に出てくるようなポンコツ・キャラです。w

とんでもないのは被害者の方々で、昭和天皇もお泊りになられた事があるというこの老舗旅館も残念ながらこの五代目が潰すことになるでしょう。年齢的には恐らく40歳前後の六代目は既にスタンバっているんでしょうが、我々の世代的にはオフコースの歌ではないんですが「もう、終わり~だね♪」と言う状況でしょうな。

そもそも、こういう恐ろしい事を平気でするポンコツがトップに就いてる世襲ポンコツ旅館の料理その他が再利用した食材とか、期限切れの食材を使いまわししていなかったのかなどということまで勘繰ってしまいます。別に下衆でなくとも勘ぐりたくなりますよ、と。

150年の歴史もここで終わるのかと思うと、地元にとってもある程度影響はあると思うんですが、後継者も150年の間にここまで劣化するという良い例として今後も影の経営史として経済学や公衆衛生学の材料として記録されていくことでしょう。

馬鹿を頭に据え続ける家族経営の負の側面がモロに出た良い(悪い)れとなってしまいました。


2023年2月27日月曜日

時代の流れに気づかないと・・・

「日本有数の」という冠が当然のようにつく名門スポーツ高校「市立船橋高校」で「男子バレーボール部の60歳の顧問が、部員に服を脱ぐよう命令したうえで頭髪を掴んで引きずりまわす、至近距離からバレーボールを顔面に投げつけるなどの暴行を加えた容疑で、2023年2月に千葉県警船橋警察署に逮捕された」とのニュースが大々的に報じられました。

私はここ暫く、テレビの芸人達がスポーツの顧問などにどれほど恐ろしいシゴキにあっていたのかと言うような話をしているのをたまたま娘達が観ているのを脇で見聞きしていたので、「そういえば昭和のころは、今同じ事したらすぐにニュースになるようなシゴキや体罰が日常だったな~」と懐かしい感覚を持ったばかりでしたので、今日のニュースはちょっとタイムリーすぎるなと感じました。

実際の所、この監督さんは少なくともこの世界の有名人だという事が色々なソースに書かれていますが、所謂「熱血漢」という先生なのでしょう。私にとってはサッカーでは長崎の国見や島原で指導していた小峰監督が伝説の熱血漢として思い出されますが、今はもうその監督も居られません。

今回逮捕されたコーチに関しては、十年ほど前には別のある方曰く「指導法に悩んでいた」との事ですが、今年還暦を迎えている顧問の先生にとって変わってしまった周りの世界の中で、変われずに残っている自分の変化の無さに対する焦りも確実にあったと思います。

恐らくどうすれば「実績を落とさずに指導法を変えることが出来るのか」という事が見出だせないままに今回の事件に至ったのでしょう。私の見方は完全に無関係の第三者としての見方ですが、部活動の顧問はもう辞められるのではないでしょうか。こういう怒りのコントロールを失うタイプの指導者は同じようなことを繰り返しかねませんし、そのマネージメントが出来たとしても、心の本能を抑えつけながらの指導では御本人の精神衛生にも良くないのかな~と言う気がします。

まあ、先生御自身が周りと調整しながら決めることなのでしょうが、既に指導法が現代風にモディファイされていても、そのまんま強いチームを維持できる新指導者も居られるはずでしょうし、そろそろ新陳代謝の時間なのでしょう。

星飛雄馬を鍛えた根性論的な鍛錬?方法はもう21世紀には要らないのです。


2023年2月26日日曜日

今年のインフルエンザ

コロナの勢いが一旦止まっている名古屋です。

実際の所なぜ下がってくれたのか感染症の専門家も実際には解析する要素が多すぎて正確な理由は出せていないと思います。ウイルスの変異・ワクチンの性質とそのショットの世代別の割合・そして人々の日常生活での行動様式の変化まで解析しないといけませんので、スパコンに叩き込むにしてもこれは難しいでしょう。

そのうえで現在の名古屋の感染の様子は下のような感じです。

本当にボッコリ凹む感じで急激な減少ですよね。しかし、こういう急減は毎度毎度やって来ては直ぐに逆転していきますので、なんの楽観的な予測もできません。これからもずっと警戒モードです。では、そのコロナが何度も増減を繰り返している中でのインフルエンザはどうかというと…。下のような感じ。
実はこの二年間の間は国外からの人の流れがほぼピタリと途絶えるとともに、マスクの装着率の高さも重なって、インフルエンザの発症に関しては本当にフラットになっていたという有り得ない二年間でした。

しかし、今年になってその感染が戻ってきました。しかもほぼ100%A型のインフルエンザのようです。恐らくですが、今後は気温の上昇とともにインフルエンザのピークも消えていくことでしょう。

この季節性のピークの存在こそが我々の知っているインフルエンザ。新型コロナとは大きく異なるところです。実際の所「実は夏などにも結構、夏風邪の原因になってる事があるよ」と呼吸器科の先生に伺ったことも有るのですが本当なんですかね?調べもしないから無い事になっているのかな?などと勘ぐったりもするのですが。

取り敢えず、コロナもインフルエンザもこの春には一旦小休止して頂きたいものです。


2023年2月25日土曜日

娘と友だちを連れて長距離移動

やって来たばかりの娘の幼馴染をつれてお伊勢さんに行きました。

昨日の時点では四日市にある「ひもの食堂」に連れて行ってお昼御飯を食べさせてくれという長女のリクエストがあったのですが、折角日本に来たんだからここは「THE・日本!」というところに行ったらどうだい?という提案をしました。

その会話の中で出てきたのが伊勢神宮でした。勿論、外宮から内宮へという正式な遥拝形式は最初から無視してのおかげ横丁から内宮への参拝です。まあ、いつもの事ですが。

家を出てから高速の北側寄りで行こうとしたのが間違い。乗ってからグーグル先生で調べてみるとやはり高速リニューアルの工事渋滞で二箇所ほど突っかかりました。とはいえ、12時過ぎには伊勢に到着し、おかげ横町の直前にある赤福の和風の店内ではゆっくりと赤福と抹茶を頂いた後におかげ横丁の中でいろいろと彼らにとって珍しいものを眺めながら移動していったのです。

ところが、前回コロナ禍の直前にやって来たときと大きく異なっていたのはその人の多さ。異様と言っても良い程の多くの人達で横丁全体がびっしりと埋まっていたのです。それは伊勢神宮の内宮に於いても然りでした。

以前とは違うレベルで人が多い感じで、コロナの酷い間はみんな我慢してたんだろうなって私自身は想像したんですが、どんなもんでしょう。参拝した折には家族の健康と安全を祈ってそこを去りましたが、人の多さは長女をして「勘弁して」と言うレベルだったようです。

それは駐車場事情にも顕れていて、いつも駐車場で苦しむ我々ですが、今回はいつものそれに拍車をかけて酷いものでした。伊勢市ってもう少し抜本的な改善をすればいいのにといつも思うんですが、まあする気はなさそうです。w

その後は当初の計画とは反対になりましたが、夕飯を摂るためにひもの食堂へと向かいました。私は真ほっけ、娘はキンメ、彼はホッケと言う感じでしたが比較的上手に箸を使いつつも、娘に箸で骨をザクッと取り除いてもらいながら沢山ついている肉をむしゃむしゃと美味しそうに食べていました。

それからは一直線に家に戻りましたが、流石に疲れました。それでも、彼らが楽しんでくれた様子だったのが何よりでした。


2023年2月24日金曜日

長女の幼馴染がアメリカから遊びに来ました

病院で仕事をしていたら、午後になっていきなりLINEで連絡が入りました。

曰く「A着いたよ!」と言う短いメッセージと共に娘の友人の写真が!私はてっきり26日と思いこんでいて、その日には迎えに行ってあげるつもりでしたのでちょっとビックリしてしまいました。まさか成田あたりに先ず着いて1-2日東京で羽を休めて名古屋に移動してくるのかくらいに思っていたら、何と既にセントレア空港にやって来ていて、それを娘は迎えに行っていて電車と地下鉄で移動中との事。

二重に驚きましたが、私が「今どこにいるの」とtelegramでメッセージを送っても既読になりませんし、勿論返事もありませんでした。ところが、その直後に病院から家への帰りがけに娘と友人が道端をスーツケースを曳きながらチョットだけ雨がショボっている中を歩いていましたので、後ろの車の流れがないことを確認して車を左に寄せて窓を開け「お~い、XXX」と娘の名を呼ぶのですが、振り向きません。話が盛り上がっているようで。w

ところが、その眼の前を歩いていた全く関係ない男性が私の方を振り向きながら娘達に何かを話しかけてくれました。すると、気付いた娘が「あっ、お父さん!」と声を出しましたので、私は近くのコンビニに車の鼻を突っ込み停車。久々の娘の幼馴染である彼とハグを交わして再会を喜びました。

コンビニではちょっとした必要品を買い込み、先ずは今晩彼が寝るだけに使う次女のアトリエの方に彼の荷物を持っていき、直ぐに家へ。

家では家族全員が彼を喜んで迎えました。直ぐに風呂に入ってもらった後、皆でドリンクを乾杯していろいろな話をして夜は夜で結構遅くまで話が盛り上がりました。

彼は娘と同じ小学校、娘と同じ中学校まで一緒でいつも近所に住んでいましたので違う高校になった後もずっと遊び続けている仲でした。では彼氏かというとそれはノーでまさにフレンド!実は人生で初めて彼自身がゲイであることを打ち明けた相手も私の娘でした。娘は「そんなの知ってた」と言うくらいで、それが何か?と言う感じで、彼がその後William & Maryに行った後も、変わらずずっとベスト・フレンドの一人でした。

明日から彼と娘はいろいろと計画があるようでうsが、彼らのために一肌脱ぎましょうかね。^^