2021年4月30日金曜日

名古屋転勤は絶望なのか?

先日、LINEにニュースと言うか記事の形で科学的解説とかいうサブ・タイトルで、全く科学とは縁のない個人的感想が投稿されていました。

タイトルはなぜ人は名古屋転勤になると絶望するのか 科学的根拠を解説(もともとのサイトはなぜか消えていましたのでまとめサイトのリンクを)というものでしたが、半分炎上狙い、人によっては「そうそう」と言うような記事だと思いましたが、私個人としては結局のところその街の魅力というのはその人が何をその街に求めるかということだと思います。

それによってその人にとっての街の魅力というのは激変しますしね。投稿された記事では名古屋に若い男性が単身で転勤させられるという前提での話になっていましたが、食い物の変わりっぷりや遊びに行く場所の少なさを以て名古屋という街に「絶望」という烙印を押したいようなんですが、私は全く逆の理由で名古屋という街は悪くないと思っています。

そもそも名古屋っていうところは記事にもある通り仕事をするには極めて効率的な街だと思っています。そういう意味では記事は正解。学会に行くにも多分平均すれば日本で一番金を使わなくて済む街ではないかと思います。東京でも大阪でも京都でも、あるいは仙台でも、他の大都市圏に移動するための交通費は最小になるんではないでしょうかね?そもそも以前の私のように、九州の果てに住んでいると言うだけで、どこの学会に行くにも極悪レベルの金がかかりますし、観光地に出ていこうにもまずは九州を出てどう動くかという動線を考えるのが最初。

ところが名古屋だと、どこにでも180度の扇を北に広げた方向に比較的短時間で着く交通手段が選り取り見取りで迷うくらい。結局、ほとんどの愛知外の観光地は荷物や費用のことを考えると車で1、2時間までの距離なら迷わず車。(アメリカに居たときのことを考えるとその程度の運転なんて「すぐそこ」という感覚ですし。)

岐阜や滋賀、北陸、関西、静岡方面も自分の県以外の大量の観光地に直ぐにアクセスできるという意味では良いところです。後よく知られていないのが、愛知自身にある「地元の人間なら知っている」ような種々の場所。しかし、対外的にココぞ!というようなところでは無い為に、外に向かって宣伝するような場所でもないところが多いのも事実なんですね。いわゆる有名所としての名古屋城しか無いとよく陰口叩かれますけど、そういう理由で外に喧伝するような観光資源がないのかもしれません。

あと、食い物もいろんなものを変に混ぜて料理を作り、不味くしているなどと書かれていましたが、たしかに名古屋は他のエリアに比べると味が濃くかつ独特の種々の料理があると思います。好き嫌いは確かに人によって大きく分かれるのでしょうが、私はと言えば、名古屋に来た当初から名古屋の料理の味は好きです。味噌やその他を使った料理は他のエリアには無いものも沢山。それでいいと思っています。天むす、味噌カツ、ひつまぶし、喫茶店の無数の出し物。十分です。私がもともと田舎者で濃い味好みだからでしょうかね?

私が唯一、たった一点ですが、あかんな~と思っているのは愛知の酒。いろいろと飲み比べてみたのですが、続けて飲もうと思えるよいうな味は今のところ私の所には巡ってきておりません。

あと、でっかいコンサート会場としての名古屋は「今のところ」アカンという感じでしょうか。いろいろと計画はあるみたいなんですが、現時点では名古屋飛ばしという憂き目にあうことが多いようです。私自身はそういうコンサートに行く人間ではないのであまり構わんのですが、好きな人達には現時点では楽しめないのでしょうね。

愛知、名古屋に来られる県外の方々は名古屋の「独特」な都会なのに人は田舎という感覚を味わうのもいいと思います。ガイドブックには載っていない自分の名古屋(+近郊外出)マップを作られると良いのではないかと思います。


2021年4月29日木曜日

もうやめるべき

昨年から今年に一年期日が延長された東京オリンピック2020。

今年は2021年ですが、名前は変わらず「TOKYO2020」のようです。とは言え現時点で政府から国民向けに言われている予定はおそらく無観客開催というようなものになろうというものですが、それだと響きは確かに感染の拡大を招かないようなイメージを聞く人に与えますが、実際は各国から間違いなく隠れ感染者達が、いろいろな種類の各国の新型コロナのミュータントを日本に持ってくる事になるでしょう。

聖火のトーチ・リレー1つを見ても判るように、いくら無観客を呼びかけようと必ず人々は集まります。必ずです。「このくらいなら、これだけなら」という無数の人々が集まった結果があの聖火リレーのバカ騒ぎになるわけですから、実際の競技で沿道その他に人が来ないわけがありません。

オリンピック開催のベースとなる「スポーツ」というのは本来、そのスポーツをする無数の人々の健康を増進するものという大前提があるはず。確かに各競技の世界のトップアスリートたちが一堂に会してオリンピック開催時期という極短期間にピークをもって来て最高の結果を残す訳ですから見ている方も参加する方も楽しくないわけがありません。卓球やバドミントン、水泳なんかも何だか大量にメダル獲りそうな予感しますし!

しかし、今は明らかに間違った時期であるのは誰にとっても一目瞭然。「参加させて選手達に結果を残させてあげたい」という気持ちと「開催可能」というのは峻別しないといけないでしょう。

四年に一回しか開催されない祭典なのですから、多くのアスリート達にとっては二度と来ないピークがココにあると思いますし、多分二度と参加を望めない選手達が半分程度は居るのではないでしょうか。チームとして常連で参加するような競技であっても、そのチームを構成する人間は4年も経てばガラリと変わるのはいつものこと。別に個人に限らずチームの構成でも競争はあるわけですから。

それでも、空襲警報(raid siren)が鳴り響いている時にピクニックに行く人間は「普通は」居りません。


2021年4月28日水曜日

抗新型コロナ・ウイルス薬

基本的に現時点では新型コロナ・ウイルスに対する人類が持っている最も「直接的な」攻撃方法は人体の免疫システムにある液性免疫(抗体)と細胞性免疫を誘導することのみ。

その手段として各国の製薬会社が必死になって作っているのが種々のワクチンです。DNA、mRNA、そして旧来の抗体作成法を用いた中華・ロシアのアプローチなどあるものの、現時点ではこれらが人類側の最良の防御的攻撃。

ところが、長い研究の歴史と多大な金が注ぎ込まれてきたインフルエンザには低分子化合物による直接的な攻撃方法が既に準備されています。(Flu A/Bに対して!)

皆さんよくご存知のタミフル、リレンザ、ラピアクタ、イナビル等のお薬は多くの方が毎年使っていることと思います。そういう私自身も病棟職員に患者さんが発生した後には規定でイナビルを服用することもありますし、症状の強い患者さんにラピアクタを投与することもあります。ただし、殆どの若い患者さんの場合は解熱とかの対症療法だけでも数日で収まりますが。

今回NIHの発表で新規に開発された新型コロナ用の薬が第Ⅱ、Ⅲ相試験に突入しているとのこと。この薬MK-4482(モルヌピラビル)と呼ぶらしいのですが、ハムスターの実験ではウイルスへの暴露前後の比較では未治療群に比較してウイルス量がほぼ1/100になるということで、肺病変も有意に減少しているようです。(もとはflu用の薬として開発開始したみたいですが?)

この研究、ジョージアのエモリー大学がNIAIDからのグラントでやっているみたいですけど、これが市場に出たらデカイ金になりますな。メインはMerckが介在しているみたいですけど、この瞬間も同じような低分子化合物の研究開発競争が裏ではガンガン続いていると思われますが(イギリスからも出てくると噂されていますし)、何れにしても「対症的」な治療薬の集合体による治療よりもこっちのほうが効果という意味では直接的で高そうすよね。

今後はコロナも変異株に対するワクチンとこういった低分子化合物の組み合わせによる治療がメインストリームになっていくものと思われますが、問題はどの程度の速度で出てくるかという話。

日本は何れにしても蚊帳の外ですね・・・。寂しいです。


2021年4月27日火曜日

汚屋敷に住む人々の深いダメージ

いわゆる汚屋敷(おやしき)の住人を病院で検査入院して貰うことを役所に依頼されるケースがあります。

普段から近隣の世話好きの人が心配してくれていて、よろめいて近所を歩いていたり、最近どうもドアからの出入りがないというような些末なことに気がついて、役所や警察に相談したことがきっかけでボロボロの状態の人を発見し、検査入院になってくる人というのが結構居られます。

認知機能の低下はもちろん、低栄養や脱水、骨粗鬆症や転倒からの打撲・骨折、脳梗塞、加齢による機能低下、統合失調等諸々の背景が表に出てきた挙げ句の入院というパターンが沢山あるのですが、そこにまで至るような状況というのは個人の生活実態としては単純な生活リズムの崩壊というような生易しいことは少なくて、「経済的にも安定していて健康的な生活」を送っている人々には想像もつかないような状況でギリギリ生きていたというような事が多いのです。

そして多くの場合、この人達の汚部屋の中は尿や糞便塗れ、またはゴミや普通の人から見れば何のために取っているのかわからないようなモノで溢れかえってしまっている事が多いのはある種の精神的に病んでいる共通の背景を持っているのかもしれません。精神科医ではないので詳しくは解りませんが、いわゆるホーダーの方々の精神心理も重なっているのかな等といつも想像しています・・・。

入院してきた時も大量のご本人にとっては必要と言って憚らない「モノ」をビニール袋や大きな紙袋に入れて堂々の入院というパターンも多いのには驚きます。一個一個のものを見てみても、思わず「うーん、要らんやろ~」と思わず唸ってしまうような状況。そのビニール袋自体も、「ビニールもこんなに劣化するものなんだ・・・」と驚くほどの煮染めたような汚れぶりを見せます。

コロナ禍の中で普通の人々でさえ困窮する中で、もとより常に掃き溜めのような状況の中に押し込まれ無視されがちだったこのような人々は、更に困窮の度合いに加速がかかってきているように感じます。実際のところ、以前ならあり得なかったような、「受ければ助かるはずのオペ」を様々な理由をつけて断ってくる事も増えてきました。結局、受け手側に余裕がなくなってきているという状況。

名古屋でさえそうなんですから、コロナ禍の患者さん達で満杯となっている大阪の多くの病院は既に緊急性のないオペなどは延期せざるを得ないという、昨年までであればとても信じられない状況が出現してきているという報道を見ても驚きません。病院が一つ一つ機能を失い、本来助かるべき人々が櫛の歯が抜けるように亡くなっていく時、自分自身が何時その「抜けた櫛の歯」にならないと言えるでしょう。

そんな中でGWに外に遊びに行く連中がいるというその能天気ぶりには開いた口が、という感想しかありません。ある意味最強のメンタリティなんでしょうね。まだまだこれではコロナは収束までに時間がかかる事でしょう。

2021年4月26日月曜日

意味のハッキリしない交通標識

道を走っていてずっとよく理解していない標識がありました。それは下の標識。

日本で免許を取った時には解っていたのかもしれませんが、そのまま九州の田舎では意識することもなくアメリカへ。日本に帰国して以降は、道で見ては「うーん・・・?」という感じで放っておいては調べるのを忘れてしまっていました。

ネットを見てみると、「指定方向以外進行禁止」となっていますした。これを意識するようになったのは名古屋にやってきて、いわゆる都会の道路を走る時によく見るようになったという事なのでしょうか。

この標識、最初は左V字ターンの方向?等と愚かなことを考えていたのですが、ネット上の解説でも具体例を揚げているほどのものではなくて、この標識の右側を通行してはいけないというようなものだという解説をしているところもあったのです。

よく見てみると、実際にこの標識がおいてあるところはほぼ決まっていて、お互いが三車線ずつあるような名古屋の典型的な道路で、一番右端の車線に目立つように表示されています。そしてそういった場所はよく見ると右折が危険な場所ばかり。そしてそこには交差点はないのですが、道路上には自分に向かってくる対向車線の右折車は右折可の「道路上の矢印マーキング」があっても、こちらの進行方向から見て右折が出来る道路上の矢印はなし。

要するに道路と道路の間に存在する中央分離帯にちょこっと書かれている矢印の方向(=指定方向)のみにしか行けないのだなと理解しました。

実際にこのマークが有るところではほとんど朝の幹線道路で、かつここから右折しようとする車の左後部がお尻を突き出すことで、一番右車線の後続車両が渋滞を作るというパターンが多発していますので、「なるほど、これを置く意味はあるんだな」と思った次第。

単純に右折禁止にしないのはUターン(転回)も含めて駄目だよってことなんだろうということなんでしょうね。この点に関しては近所の交番に行って再度確認をしとこうと思ってます。(免許を持っててこんな単純なことで知らないことがあるなんて本当に恥ずかしいことです。orz)