2019年1月12日土曜日

また我が家は三人に戻りました

朝の五時には起きて娘を送り出す為に朝食をとりました。

朝から少しだけ冷え込んだのですが、幸い悪天候とは縁もなく雪も雨も降りませんでした。スーツケースの大と小の2つの荷物を車の後部に積み込んで出発。
朝の高速道は6時を過ぎると、実質三連休となる二連休前の土曜の朝ということもあるのでしょうか、結構混んでいました。それでも何の問題もなくあっという間にセントレアには到着。

飛行場では慣れたもので、すぐに静かに全てのプロセスを終了。
チケットの契約自体は1月7日よりも随分前に為されたものですので世間を賑わす“出国税”と言う奴もまだ払う必要はありません。(何れにしてもチケット購入時に多くの場合既に入っているらしいんですけどね。今の所よく知りません。)

この出国税というものは多くの国で導入されているのですが、1000円というのは実際は安いほうだと思います。実質一万程度取る国もあれば、昔の共産圏の多くの国家のように、国内である一定以上の金額を使わないとかなりの大金を巻き上げる国々もありましたからね。とは言え、この凡そ年間500億円になると言われている大金を国がきちんと「無駄遣いせず」管理し切るのか、巨大な疑問というか疑心があるんですけどね。w
どうせ官僚の天下り先の給料に億単位で消えるんだろうなと・・・。

お土産類は既に詰め込んでありましたので、娘の意向ですぐに荷物チェックのために出国のカウンターへ向かったのですが、何時もの如く娘と嫁さんが二人でハラハラと泣きあっていました。まあ、何というか毎度毎度好きですな。

娘が身体検査のゲートを超えて消えていったあとLINEで遣り取りしながら、嫁さんと娘が今どんな状況かよく話していたみたいです。
飛行機が成田に着いたあとも、好きな牛タン屋に行くために荷物を飛行場に預けて夕方発の飛行機が出るまでTOKYO散策をしていたようです。元気ですな〜。

我々はというと、朝早かったせいで私はすぐに家の床暖房の上で寝てしまい昼過ぎに起床。久しぶりのお休みですのでこういうのもアリです。
その後、円頓寺商店街というのがどういう所か知るために嫁さんと散策したのですが、これはまた明日書きます。

ところで、この直前ある方からまたお誘いを受けキャッスルホテルの中華「龍城」へ招待され、レアな食材を使った極上の中華を食べることと相成りました。
「赤ツバメの巣」等という食材を食べました。何というかいろいろな食材が非・食通である私にはレアすぎて後光が差しているような感じのものばかり。

消えて消化されていく食物にお金を使えるのは私のような貧乏人の雑草育ちには出来ません。ほんと、これだけは間違いないです。学生時代、カネがない時に真っ先に絞ることが出来たのは私の場合食事の材料の量と質を落としてやり過ごすことでした。

こういったお誘いをしてくださる方に心から感謝です。
名古屋に来て、私も本当にいろいろと美味しい食べ物を経験することが出来て幸せです。その幸せも私の場合は前腹に、嫁さんの場合は腰に纏わりついている訳ですが・・・。

家に帰り着くと娘二人も両親も消えて、また夫婦二人と息子と犬の住む家に戻りました。
居るとガヤガヤするけど、居なければいないで寂しくなるもんですね。

2019年1月11日金曜日

我が家の極端な二人の娘

今回娘達が二人帰国して困ったことがありました。

それは二人の食事のパターンが極端に異なるために家族でどこかに食べに出た時にレストランや食堂などの選択が大変難しくなっていることです。二人共、食べることに関してはいろいろとうるさくて、それぞれに食べたいものに関する主張をぶつけ合います。

特に問題は次女。ペット好きが嵩じて動物愛護の延長線上としての肉食禁止を自らに課すようになったのが去年の夏頃から。それでも、魚肉は良いという。菜食主義者にも何だかアメリカでは細かい分類があるようなんですけど、私にはよくわかりません。例えば卵は良いけど・・・とか、徹底的に一切の肉類は駄目とか。

とりあえず娘の場合はまだまだ比較的緩い分類のようです。
それでも、ビーフやポークは避けるタイプに日本人にもわかりやすい菜食主義者らしいので、(今後またもとに戻るかどうかはわかりませんが)肉のある店に行っても食べるのは基本的に野菜や果物を中心としたメニュー。

ですからインド料理の大部分のメニューや海鮮料理の店に対しては親和性が高いようです。ところが彼女はもともとは肉好き。そんな次女の目の前で長女や私達が美味しそうに肉を食べるものですから、いろいろと話しも複雑。

競争相手は一人でも少ないほうが増しなどと長女が言い放っては皮肉の応酬が行われます。w

アメリカでは菜食主義者への対応なんて言うのはどこの店でもごく普通に行われますので問題ないのですが、まだまだ日本ではそれほど普遍的なものでは無いようで、困ることもありますね・・・。

次回帰ってきてときもまだ続いているのかな?

2019年1月10日木曜日

長女ももうすぐ帰国

この前来た長女もいよいよ明後日には帰国となりました。

長崎のお爺ちゃんお婆ちゃんからはお小遣いも含め大量のお土産も持たされて帰ってきたようです。

夕方からお気に入りの焼肉店に行くことに。店の名前は“八ちゃん(やっちゃん)”という店なのですが、特に牛タンが美味くて行く人行く人が結構気に入っていて、気が付けばリピーターになるというお店。

店自体は昭和そのものでして、いわゆるオシャレとか綺麗とかいう様な言葉とは全く縁遠い内装なのですが、店の二代目のアンちゃんが大変に陽気で人当たりのよいサービス精神旺盛な方で、このお兄さんの笑顔を見るのもこのお店を訪れる理由の一つと言って良いでしょう。(^^)

長女は牛タンやホルモン、ロース、ハラミ、ニンニクさがりその他諸々の単品の品を次々にオーダーし、暫くして腹一杯になって大満足したようで「日本に帰ってきた理由の一つがこれで一つまた達成できた」と言って喜んでいました。

満腹になったあとは帰りの道すがらにあるアピタに寄って娘の服などの買い物に付き合いました。私は女性二人の後ろに付き従い、ターゲットを決めてレジに向かう娘の後ろから支払いを制し「これで」と言ってカードを提示することに専念しておりました。

まあ、娘も明後日には帰米するので最期にしてやれることと行ったらこれくらいのものです。また親子三人での生活が二日後に戻ってきますが、なんだかまた寂しくなりそうです。

2019年1月9日水曜日

兼高かおるさん さようなら

兼高かおるさんが亡くなられたとの訃報に接しました。

私より一回り下の世代の方々の反応はどうかわかりませんが、少なくとも私の世代周辺の人たちにとって、彼女の存在は日本人としては初めての「世界を旅する自由で素敵な女性」の代表ではなかったでしょうか。

兼高かおる世界の旅という番組で小さな頃からこの方には接していました。
今日はじめて知ったのですが、この番組なんと1959年から放送開始ということで、私の生まれる6年も前から始まっていたという古い古い番組です。

私が記憶しているのは兼高さんが私のような九州の山猿が一度も聞いた事のないような上品で不思議な日本語を話すということ、そして世界を旅する映像を見せながら、ナレーションのアシストをする男性と淡々とその様子を解説していくという番組構成。
私のように小学五年になるまで九州自体から出たことのなかった貧乏な国家公務員の家庭の男の子にとって飛行機に乗って世界を旅するなんていうのは今どきの子にとっての月面着陸レベルの夢のまた夢の世界でした。

いつまでも凛として気高い感じの女性でしたが、彼女の歩んできた道を展示している記念館が在ることをこの度知りました。
兼高かおる旅の資料館というのだそうですが、淡路島までの旅で行けるのなら今度行ってみようと思っています。

兼高さん、今頃天国へのフリーチケットで旅行でもしているんでしょうね。合掌。

2019年1月8日火曜日

病院はインフルエンザ大流行

今日はある病院の外来で午前中に診察を続けていたのですが、インフルエンザの患者さん診察で大忙しでした。

年末もそれなりには忙しかったのですが、二週間経って戻ってきた同じ外来は別の様相を示しておりました。定期的に来られる慢性疾患の患者さんに混じって大量の熱発者が混ざってきている状況でして、その熱発者の多くがすでに熱発して一日から二日ほど経過している人々でした。

別室に通して次々にスクリーニングにかけられるのですが、びっくりする程次々にインフルエンザA型の人が検知されます。
病院ナースによるとB型の人もすでに“たまには”検出されますよとの事でしたがまだまだ基本的にはA型のインフルエンザ患者さんが圧倒的大多数です。

結局今年はインフルエンザワクチンが当たらなかったのでしょうか?何だかアメリカではそういう話が出回っているようですが、真偽の程は数値としては確認しておりませんのでその確かさを話す根拠を残念ながら持っておりません。

とは言え、名古屋は今年も結構なレベルで警報が出ている感じ。
少なくとも例年の平均的流行の開始よりも三週間から一ヶ月ほど早い感じで拡がっています。今年は早めに爆発するのでしょうか?気を引き締めないと私自身がかかってしまう可能性が十分ありますので、用心していかねばなりません。